言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
語源や考えたこと、お気に入りの歌や発想法、雑学など、政治経済社会の時事ネタも書いたりしています。また、楽習社とは私の脳内にある架空の企業です。現実世界での所属組織や職業が変わろうとも、生涯、理系・文系を問わず、古今東西の学問を楽習(がくしゅう)して、生きていきたいので、架空の企業名を勤務先にしています。その会社を退職する時は私の人生が終焉する時です。.

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英科学雑誌が日本の科学研究の衰退をデータで示す・・・文部科学省の大学研究政策の失政がイノベーションを妨げ日本を亡国に誘う、本当は日本は財政危機じゃないのだから、大学研究にどんどんカネを注ぎ込め

今日は、2017年(平成29年) 3月26日 日曜日

先日、ある日本の科学研究状況に関するニュースを聞いて、
昨年、ノーベル医学生理学賞を受賞した
大隅良典栄誉教授の次のコメントを思い出した。

「役に立つという言葉がとっても社会を駄目にしている」

「科学を何かに役立てるためのものではなく、文化としてとらえ、
育んでくれる社会になってほしい」


と、基礎研究を軽んじ、
すぐに役立つものという短期に実用性の成果を求める
風潮に危惧を抱く発言をひとりの研究者として発言
していたが、大隅教授が懸念する通り、
日本の科学研究の衰退を示すデータが公表された。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
英科学雑誌 日本の科学研究の失速を指摘
(NHK 2017年3月23日 4時36分)


世界のハイレベルな科学雑誌に占める日本の研究論文の割合がこの5年間で低くなり、
世界のさまざまな科学雑誌に投稿される論文の総数も日本は世界全体の伸びを大幅に
下回ることが、イギリスの科学雑誌「ネイチャー」のまとめでわかりました。

(中略)

「ネイチャー」は、
「日本の科学研究が失速し、科学界のエリートとしての地位が脅かされている」と
指摘しています。

その背景として、ドイツや中国、韓国などが研究開発への支出を増やすなか、
日本は大学への交付金を減らしたため、短期雇用の研究者が大幅に増え、
若い研究者が厳しい状況に直面していることなどを挙げています。

(中略)

日本では2001年以降、科学への投資が停滞しており、その結果、
日本では高品質の研究を生み出す能力に衰えが見えてきている」と記し、
長期的に研究に取り組める環境の整備が求められるとしています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

とあるが、特に日本の大学の科学研究の衰退要因として、

日本は大学への交付金を減らしたため、短期雇用の研究者が大幅に増え、
若い研究者が厳しい状況に直面している

「ネイチャー」が指摘しているが、この指摘が意味することは
この10年間の文部科学省の大学研究政策の失政である。

大学への一律の交付金を減らす一方で、数年後に成果が見込める
研究に研究資金を配分する競争的研究費という制度を導入した。
その研究費は期間限定のプロジェクト型研究費で、
その研究費で若手研究者の給料も賄うので、
そうなると短期雇用の非正規雇用となってくる。
修士・博士号を取得した有能な若手研究者が
雇用不安を抱えながら研究に取り組まざる得ないのだ。
そうなれば、
「目先の成果にとらわれている」
「長期的な視野に立った研究ができない」となり、
すぐに成果がでない中期的な基礎研究はできなくなる。

また、大学や研究機関の事務職員も非正規化され、
事務作業を長期に継続的にしてくれる人が減少して、
その研究とは関係ない事務作業を研究者がしなくては
ならなくなり、研究時間を削られるという事態が発生している。

この競争的研究費制度の問題点について、

ノーベル医学生理学賞を受賞した
大隅良典栄誉教授の次の意見を述べている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

競争的資金の獲得が運営に大きな影響を与えることから運営に必要な経費を得るためには、
研究費を獲得している人、将来研究費を獲得しそうな人を採用しようという圧力が生まれた。

その結果、はやりで研究費を獲得しやすい分野の研究者を採用する傾向が強まり、
大学における研究のあるべき姿が見失われそうになっているように思える。
このことは若者に対しても少なからず影響があり、今はやりの研究課題に取り組みたいという
指向性が強くなり、新しい未知の課題に挑戦することが難しいという雰囲気をますます助長している。
結果的に、次代の研究者はますます保守的になって
新しいものを生み出せなくなってしまうのではないだろうか。

日本学術振興会 「私と科研費」  No.78(平成27年7月発行)「科研費について思うこと」より


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

手短に言えば、現状の競争的研究費制度が、
科学研究のイノベーションを妨げているということである。

日本は科学技術立国を謳ってきたが、
この大学における研究環境の惨状は、
日本を亡国に誘う状況である。

文科省の大学の研究政策失政が日本を亡国に誘っていると思う。


また、違う視点から、大学の交付金が減らされた背景に
財政危機ではないのに、日経新聞や
財務省に洗脳された記者らが、財政赤字キャンペーンを
展開したことがあるように思う。

日本が本当に財政危機なら、高金利と大幅な物価が発生しているはずだが、
もう20年近く、それとは逆の減少が発生している。
日本はカネ余りで生産力過剰状態が続いているのであろう。

また、国債の超低金利状態が続いているということは
マーケットのメッセージは、低金利でもお金を貸したいので、
もっと、政府は借金して下さいとなる。

日本の将来の国力の基盤となる科学技術力向上強化のため
国債をどんどん発行して、大学研究にカネをつぎ込めばいい。

また、借金が心配なら、政府の借金にならない
政府紙幣発行で活用して、大学の研究費につぎ込めばいい。

そうでもしないと、日本はより衰退していくのではないかと思う。

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日本の高校生の科学の成績良好だが好奇心は低いという現状とノーベル賞の大隅教授の「科学を役立つためのものではなく、文化として育てて欲しい」という発言より・・・好奇心に基づく探究心を育むことが長期的に役立つものを豊かに生み出す社会にする

テーマ:テクノロジー・科学ニュース - ジャンル:ニュース


中島みゆきの名曲「糸」の歌詞から、「みずから(自ら)」の意図と自然の「おのずから(自ずから)」の作用が織り成す人生を思う・・「結婚することになりました」という表現が意味するもの

今日は、2017年(平成29年) 3月19日 日曜日

中島みゆきが作詞・作曲した曲で
「糸」という曲がある。

1番の歌詞で

なぜ めぐり逢うのかを
私たちは なにも知らない
いつ めぐり逢うのかを
私たちは いつも知らない
どこにいたの 生きてきたの
遠い空の下 ふたつの物語

縦の糸はあなた 横の糸は私
織りなす布は いつか誰かを
暖めうるかもしれない

とある。この歌詞から
ふと、竹内整一の著書

やまと言葉で哲学する
 ~「おのずから」と「みずから」のあわいで~

と思い出した。

日本人が結婚報告する場合の表現で

「結婚します」と言うよりも

「結婚することになりました」

と「~なりました」

と、自分の意図以外の作用が働いて、
そうなったような意味を含むような表現をする。

みずから(自ら)の意図や努力をしながらも
みずからの(自ら)の作用以外の
自然のおのずから(自ずから)の作用が働きにより、
意図したことが達成できなかったり、できたりする。

自らの意図以外の自然の作用が働いくという感性・世界観が
「結婚することになりました」

という「~なりました」に表現されているようである。

そのようなことを
中島みゆきの「糸」の歌詞の

♪~なぜ めぐり逢うのかを
私たちは なにも知らない
いつ めぐり逢うのかを
私たちは いつも知らない~♪

という部分から、自らの意図を超える
自然のおのずからの作用が働き、
出逢いが生じ、結ばれたりするということが
重なるのである。

みずから(自ら)の意図(糸)と
自然のおのずからの(自ずから)の作用という糸が
結び合って、人生のその時々の出来事が
織り成されていると思うのである。

中島みゆき「糸」
https://www.youtube.com/watch?v=haubodw4lVg


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「出会い」と「出逢い」

スマホゲームのガチャ課金に表現される日本社会の伝統思考である「偶然性の受容」




テーマ:哲学/思想 - ジャンル:学問・文化・芸術


卒業式の定番曲「蛍の光」は、和洋中折衷の歌である。

今日は、2017年(平成29年) 3月12日 日曜日

卒業式の定番曲になっている「蛍の光」
もともと、イギリスのスコットランドの民謡である
Auld Lang Syne (オールド・ラング・ザイン)という曲に
東京師範学校教員であった稲垣千穎(いながき ちかい)が
文部省所属の音楽教育機関である音楽取調掛として、
作詞したとされる。

ほたるのひかり、まどのゆき、
ふみよむつきひ、かさねつゝ、
いつしかとしも、すぎのとを、
あけてぞけさは、わかれゆく。


歌詞の形式は、平安時代から続く
七五調四節の今様の形式となっている。

さて、1番の歌詞を漢字交じりで見ると

蛍の光、窓の雪、
書読む月日、重ねつゝ、
何時しか年も、すぎの戸を、
開けてぞ今朝は、別れ行く


という内容であるが、
曲名と歌詞の内容は、
悪条件の環境の中でも一途の学問を成し遂げたことを
意味する中国の故事「蛍雪の功」に由来する。

蛍雪の功の由来する人物は2名いる。

一人目は、4世紀ごろの中国の東晋末期の政治家であった
車胤(しゃ いん)。
彼の家は貧しく、灯りをともすための油も欠き、
夏の夜に袋に数十匹の蛍を集め、その光で書物を照らして
勉学に励んだと言われる。

もう一人は、車胤と同時代ごろに活躍した官僚であった
孫康(そん こう)。
彼の家も貧しく、灯りをともすための油も欠き、
冬には、窓から注ぐ
積雪が反射する月光で書物を読んだとされる。

そのような、蛍雪の功の逸話に沿った内容の
今様形式の歌詞には、
「掛詞」と「係り結び」がある。

何時しか年も、すぎの戸を
開けてぞ今朝は

の「すぎ」には

「年が過ぎる」と
「杉の戸」が掛詞となっている。

また、「開けて」には

「杉の戸を開ける」と
「年が明ける」が掛詞となっている。

そして、

開けてぞ今朝は、別れ行く

には、係り結びの文法になっている。

「開けてぞ」

の「ぞ」が「別れ行く」の
「行く」を連体形にして、
何か強い決意を表したような
強調する係り結びになっている。

さて、「蛍の光」の原曲は
イギリスのスコットランド民謡の
Auld Lang Syne (オールド・ラング・ザイン)という
作曲者が不明の「遠い昔」という意味の曲名の曲であるが、
18世紀には、スコットランドの詩人であった
ロバート・バーンズが
懐かしき旧友との再会を祝杯する内容の歌詞を付けた。
この曲は、スコットランドでは準国歌扱いされているという。

卒業式の定番曲になっている「蛍の光」は
スコットランドという「西洋」由来のメロディをベースに、
蛍雪の功という「中国」の故事をベースにした歌詞に、
そして、今様形式や掛詞や係り結びという「和」の要素という
「和洋中折衷」の曲だと言えるだろう。


平原綾香 「蛍の光」 「Auld Lang Syne」
https://www.youtube.com/watch?v=T_srayBoLko

テーマ:発想法・編集法 - ジャンル:学問・文化・芸術


♪~なんにもない なんにもないまったく なんにもない~♪・・・やつらの足音のバラード・・・地球誕生から人類登場の歴史の歌詞をムッシュかまやつがメロディに乗せて

今日は、2017年(平成29年) 3月 5日 日曜日

先日、ムッシュかまやつ/かまやつひろし氏が
78歳で永眠したというニュースを耳にした時、
私の脳内のJUKUBOXのストックから

♪~なんにもない なんにもない
 まったく なんにもない~♪

という歌詞の
アニメ・はじめ人間ギャートルズの
エンディングソングの

「やつらの足音のバラード」

のメロディが再生された。

やつらの足音のバラードを作曲したのは
ムッシュかまやつ氏である。

昭和48年(1973年)生まれの私が
はじめ人間ギャートルズをよく見ていたのは、
小学生の時の夏休みアニメ劇場であった。

そして、そのエンディングで流れる
この曲は、いいなあと感じて
聞き入っていた。

作詞は、はじめ人間ギャートルズの作者の
園山俊二である。

歌詞の内容は、
地球の誕生から生命の出現、
それぞれの生物の栄枯盛衰、
地球環境の変化と生物の変化と
人類の登場の歴史を象徴的な
表現で綴られている。


1番の歌詞の最後の

なんにもない 大地に ただ風が吹いてた

と、2番の歌詞の最初の

やがて大地に 草が生え 樹が生え

という部分は、
現在、宇宙の誕生から生命の誕生の歴史について
説明している本を読んでいて、
その中で、
DNAを破壊する
太陽からの強烈な紫外線により、
地上に生命がない時代から、
酸素の増加によって、紫外線のバリアとなる
オゾン層が形成され、地上に植物が登場する説明の
ところをちょうど読んでいる。

それを知って、

やつらの足音のバラード

の歌詞にふれると、
人類が生存できる自然環境の条件と
その形成の悠久の歴史を想起させてくれる。

はじめ人間ギャートルズの
エンディングを実際に歌っていたのは
ちの はじめ(若子内悦郎)である。

やつらの足音のバラードは、

小泉今日子、スガシカオ、平井堅らが
カバーしている。


「やつらの足音のバラード」

園山俊二作詞・かまやつひろし作曲

なんにもない なんにもない
まったく なんにもない
生まれた 生まれた 何が生まれた
星がひとつ 暗い宇宙に 生まれた
星には夜があり そして朝が訪れた
なんにもない 大地に ただ風が吹いてた

やがて大地に 草が生え 樹が生え
海には アンモナイトが 生まれた
雲が流れ 時が流れ 流れた
ブロントザウルスが 滅び
イグアノドンが 栄えた
なんにもない 大空に ただ雲が流れた

山が火を噴き 大地を 氷河が覆った
マンモスのからだを 長い毛が覆った
なんにもない 草原に かすかに
やつらの足音が聞こえた
地平線のかなたより マンモスの匂いとともに
やつらが やって来た
やって来た
やって来た



やつらの足音のバラード(かまやつひろし)
https://www.youtube.com/watch?v=kpTdeyHT5AY


Yatsura no Bara-DO (Suga Shikao)
https://www.youtube.com/watch?v=biErwZSGMyE








テーマ:今日の1曲 - ジャンル:音楽


壮大さと躍動感を感じるイントロがカッコいい!! Children of the New Century by TM NETWORK ・・・ミーム(文化遺伝子)として、20世紀のJ-POPが21世紀にも継がれれば 

今日は、2017年(平成29年) 2月26日 日曜日

今回、紹介したい曲は
TM NETWORKの
「Children of the New Century」である。

この曲は、昭和62年(1987年)11月11日に
発売されたTMの5枚目のアルバム「humansystem」の
オープニングソングである。

当時、中学2年生だった私が、
レンタルCD店で、「humansystem」を借りて、
早速、ステレオのプレイヤーで再生させたところ、
オープニングソングの「Children of the New Century」の
壮大さと躍動感を感じるイントロに

うぉぉぉ~かっこええ!!!!!!

とはまり込んでしまい、作曲とアレンジをした
小室哲哉の才能の凄さを感じた。

まあ、私としては、
この壮大さと躍動感を感じるイントロが
この曲を名曲にしている。

これが発売されて10年近く経ったころ
8歳年下の友人が、この曲について
どこかで聴いたようで、
「いいですよね」と共感しあったことを
思い出す。

この曲が2015年3月の横浜アリーナでの
TMのライブで演奏された時、参加していた方の
ブログに次のように書かれている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2曲目は「Children of the New Century」。
この曲が始まると場内はどよめきのような歓声に包まれた。
生で聴くのは初めてだったけど、
こんなにもライブ栄えする曲だとは思っていなかった。
イントロが壮大でとてもテンションが上がる。
あらためてこの曲のかっこよさに気付かされた。

PUBLIC IMAGE REPUBLIC さん
ライブレポート:TM NETWORK@横浜アリーナ2DAYS より

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この曲を作詞をしたのは
小室みつ子で、TMの曲の作詞をよくしていた。
(ちなみに、小室哲哉と苗字が同じだが、親戚関係ではない)

歌詞に

1988 君はここにいる
ひとりきり明日をみつめて
1999 君はどこにいる New age's comin' up


と、この曲が発表された翌年の1988年と
21世紀という新世紀が近づく1999年という
未来を思う歌詞となっている。

この曲のイントロの壮大さと躍動感は
将来に来る新世紀に向って力強く進んでいくような
イメージを想起させた。

20世紀の1987年の時、2001年からの
21世紀という新世紀はまだまだ先の未来のことだと
いう感じであった。

2017年の現在、もう21世紀が17年目に入ったが、
この曲が発表された1987年、
バブル経済という
日本経済の黄金絶頂期の階段を駆け上がっていた時、
21世紀になって17年経っても
日本経済が長い20年以上の衰退状態になるとは
そのとき、誰も思っていなかっただろう。

経済的に衰退しても、
20世紀に蓄積された日本のJ-POPなどの
文化資産が21世紀の次世代の方々に、
クラシックJ-POPという
ミーム(文化遺伝子)が聴き引き継がれ、、
新しい音楽文化を生み出す糧にしてもらえればと思った。

Children of the New Centuryの2015年3月
横浜アリーナのライブの動画のリンクを貼っておきます。
イントロの47秒あたりから、壮大なパートに入ります。
ちなみに、ギターの木根さんかっこいい!!

【TM NETWORK】Children of the New Century 2015【30TH FINAL】
https://www.youtube.com/watch?v=ZCf6jXIRKBY


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