言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
語源や考えたこと、お気に入りの歌や発想法、雑学など、政治経済社会の時事ネタも書いたりしています。また、楽習社とは私の脳内にある架空の企業です。現実世界での所属組織や職業が変わろうとも、生涯、理系・文系を問わず、古今東西の学問を楽習(がくしゅう)して、生きていきたいので、架空の企業名を勤務先にしています。その会社を退職する時は私の人生が終焉する時です。.

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「objet」というピアノ曲と昭和62年の中山美穂主演のドラマ・・・切ないシーンによく似合うメロディ

今日は、2017年(平成29年) 4月 9日 日曜日

今回、ピアノ曲を紹介する。

それは、ピアニスト西村由紀江が作曲した

「objet」である。

この単語はフランス語で
英語で「object」と表記され、
「事物、物体、対象」
また日用品などを使用した「作品」などの意味を持つ。

この「objet」は、西村由紀江の
昭和61年(1986年)のデビューアルバム「Angelique」
に収録されている。(彼女が大学在籍中に発売したものである)

私がこの曲を初めて聞いたのは
中2の時の昭和62年のあるドラマ番組だった。

そのドラマとは
中山美穂が主人公でかつ
役名も「中山美穂」であった
「ママはアイドル」である。

ママはアイドルの中で、
何か切ないセンチメンタルなシーンに
よく使用されていた。
そのシーンにぴったり合うメロディであった。

いい曲だなあと思いつつ
曲名も全く知らなかったが、
それが、西村由紀江の曲で
「objet」」という曲名であるのを知ったのは
私が20代後半のころであった。

Objet(Piano Solo):西村由紀江
https://www.youtube.com/watch?v=aSYJSdf6d3o



テーマ:今日の1曲 - ジャンル:音楽


♪~なんにもない なんにもないまったく なんにもない~♪・・・やつらの足音のバラード・・・地球誕生から人類登場の歴史の歌詞をムッシュかまやつがメロディに乗せて

今日は、2017年(平成29年) 3月 5日 日曜日

先日、ムッシュかまやつ/かまやつひろし氏が
78歳で永眠したというニュースを耳にした時、
私の脳内のJUKUBOXのストックから

♪~なんにもない なんにもない
 まったく なんにもない~♪

という歌詞の
アニメ・はじめ人間ギャートルズの
エンディングソングの

「やつらの足音のバラード」

のメロディが再生された。

やつらの足音のバラードを作曲したのは
ムッシュかまやつ氏である。

昭和48年(1973年)生まれの私が
はじめ人間ギャートルズをよく見ていたのは、
小学生の時の夏休みアニメ劇場であった。

そして、そのエンディングで流れる
この曲は、いいなあと感じて
聞き入っていた。

作詞は、はじめ人間ギャートルズの作者の
園山俊二である。

歌詞の内容は、
地球の誕生から生命の出現、
それぞれの生物の栄枯盛衰、
地球環境の変化と生物の変化と
人類の登場の歴史を象徴的な
表現で綴られている。


1番の歌詞の最後の

なんにもない 大地に ただ風が吹いてた

と、2番の歌詞の最初の

やがて大地に 草が生え 樹が生え

という部分は、
現在、宇宙の誕生から生命の誕生の歴史について
説明している本を読んでいて、
その中で、
DNAを破壊する
太陽からの強烈な紫外線により、
地上に生命がない時代から、
酸素の増加によって、紫外線のバリアとなる
オゾン層が形成され、地上に植物が登場する説明の
ところをちょうど読んでいる。

それを知って、

やつらの足音のバラード

の歌詞にふれると、
人類が生存できる自然環境の条件と
その形成の悠久の歴史を想起させてくれる。

はじめ人間ギャートルズの
エンディングを実際に歌っていたのは
ちの はじめ(若子内悦郎)である。

やつらの足音のバラードは、

小泉今日子、スガシカオ、平井堅らが
カバーしている。


「やつらの足音のバラード」

園山俊二作詞・かまやつひろし作曲

なんにもない なんにもない
まったく なんにもない
生まれた 生まれた 何が生まれた
星がひとつ 暗い宇宙に 生まれた
星には夜があり そして朝が訪れた
なんにもない 大地に ただ風が吹いてた

やがて大地に 草が生え 樹が生え
海には アンモナイトが 生まれた
雲が流れ 時が流れ 流れた
ブロントザウルスが 滅び
イグアノドンが 栄えた
なんにもない 大空に ただ雲が流れた

山が火を噴き 大地を 氷河が覆った
マンモスのからだを 長い毛が覆った
なんにもない 草原に かすかに
やつらの足音が聞こえた
地平線のかなたより マンモスの匂いとともに
やつらが やって来た
やって来た
やって来た



やつらの足音のバラード(かまやつひろし)
https://www.youtube.com/watch?v=kpTdeyHT5AY


Yatsura no Bara-DO (Suga Shikao)
https://www.youtube.com/watch?v=biErwZSGMyE








テーマ:今日の1曲 - ジャンル:音楽


壮大さと躍動感を感じるイントロがカッコいい!! Children of the New Century by TM NETWORK ・・・ミーム(文化遺伝子)として、20世紀のJ-POPが21世紀にも継がれれば 

今日は、2017年(平成29年) 2月26日 日曜日

今回、紹介したい曲は
TM NETWORKの
「Children of the New Century」である。

この曲は、昭和62年(1987年)11月11日に
発売されたTMの5枚目のアルバム「humansystem」の
オープニングソングである。

当時、中学2年生だった私が、
レンタルCD店で、「humansystem」を借りて、
早速、ステレオのプレイヤーで再生させたところ、
オープニングソングの「Children of the New Century」の
壮大さと躍動感を感じるイントロに

うぉぉぉ~かっこええ!!!!!!

とはまり込んでしまい、作曲とアレンジをした
小室哲哉の才能の凄さを感じた。

まあ、私としては、
この壮大さと躍動感を感じるイントロが
この曲を名曲にしている。

これが発売されて10年近く経ったころ
8歳年下の友人が、この曲について
どこかで聴いたようで、
「いいですよね」と共感しあったことを
思い出す。

この曲が2015年3月の横浜アリーナでの
TMのライブで演奏された時、参加していた方の
ブログに次のように書かれている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2曲目は「Children of the New Century」。
この曲が始まると場内はどよめきのような歓声に包まれた。
生で聴くのは初めてだったけど、
こんなにもライブ栄えする曲だとは思っていなかった。
イントロが壮大でとてもテンションが上がる。
あらためてこの曲のかっこよさに気付かされた。

PUBLIC IMAGE REPUBLIC さん
ライブレポート:TM NETWORK@横浜アリーナ2DAYS より

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この曲を作詞をしたのは
小室みつ子で、TMの曲の作詞をよくしていた。
(ちなみに、小室哲哉と苗字が同じだが、親戚関係ではない)

歌詞に

1988 君はここにいる
ひとりきり明日をみつめて
1999 君はどこにいる New age's comin' up


と、この曲が発表された翌年の1988年と
21世紀という新世紀が近づく1999年という
未来を思う歌詞となっている。

この曲のイントロの壮大さと躍動感は
将来に来る新世紀に向って力強く進んでいくような
イメージを想起させた。

20世紀の1987年の時、2001年からの
21世紀という新世紀はまだまだ先の未来のことだと
いう感じであった。

2017年の現在、もう21世紀が17年目に入ったが、
この曲が発表された1987年、
バブル経済という
日本経済の黄金絶頂期の階段を駆け上がっていた時、
21世紀になって17年経っても
日本経済が長い20年以上の衰退状態になるとは
そのとき、誰も思っていなかっただろう。

経済的に衰退しても、
20世紀に蓄積された日本のJ-POPなどの
文化資産が21世紀の次世代の方々に、
クラシックJ-POPという
ミーム(文化遺伝子)が聴き引き継がれ、、
新しい音楽文化を生み出す糧にしてもらえればと思った。

Children of the New Centuryの2015年3月
横浜アリーナのライブの動画のリンクを貼っておきます。
イントロの47秒あたりから、壮大なパートに入ります。
ちなみに、ギターの木根さんかっこいい!!

【TM NETWORK】Children of the New Century 2015【30TH FINAL】
https://www.youtube.com/watch?v=ZCf6jXIRKBY


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銀色の道~♪遠い遠い はるかな道は~♪・・・銀色の道を作曲したのは宇宙戦艦ヤマトの作曲者でもある宮川泰である

今日は、2017年(平成29年) 1月29日 日曜日

「銀色の道」という曲がある。
昭和48年(1973年)生まれの私が、
この曲を初めて耳にしたのは、小学4年生の冬である。

当時の電電公社(現在のNTT)のCMで
この「銀色の道」がCMソングとして使用されていて、
それを見た時が初めて、銀色の道を聞いた時であった。

そして、ちょうどそのころ小学校の音楽の授業で
教科書に載っていた「銀色の道」を習ったのであった。

そのCMと音楽の授業で「銀色の道」に触れる機会が
ほぼ同時期に訪れた(音ずれた)のであった。

この「銀色の道」は、

昭和41年(1966年)10月に
ザ・ピーナッツとダークダックスとの競作として
発売された。

作詞を担当したのは、放送作家として活動していた
塚田茂である。
彼は、放送作家として、
「夜のヒットスタジオ」「8時だョ!全員集合」などの番組立ち上げに参加、
また、NHK紅白歌合戦の構成に約30年関わってきた人物である。

塚田茂が作詞した「銀色の道」の歌詞の

遠い遠い はるかな道は 
冬の嵐が 吹いているが
谷間の春は 花が咲いている

という部分を読み
どこか懐かしさを感じたのが、
この曲を作曲した宮川泰である。

それは宮川が少年期に過ごしていた
北海道のオホーツク海側の紋別地区にあった
鴻之舞に重なる内容であったのだ。

鴻之舞には鉱山があり(1973年閉山)
紋別から鴻之舞鉱山をつないでいた
「鴻紋軌道」(宮川の父が土木技術者として建設に関わった)の
廃線レールがあるのだが、宮川がその廃線のレール跡の
水たまりに月の光が映る姿を見て、
「これこそ銀色の道だと確信した」という。

そして、晩年、また、宮川が父を亡くした後、
何度か紋別を訪れて、父の思いや自身の望郷の念が
深まり、鴻之舞が「銀色の曲」の原点だと確信
するようになったという。

そのようなエピソードもあり、
平成15年(2003年)に、
鴻之舞鉱山閉山30周年記念式典において、
鴻之舞鉱山跡地に「銀色の道」の歌碑が建てられ、
その式典に参列した宮川泰が
「銀色の道」の合唱する市民合唱団を指揮した。

このように
「銀色の道」は合唱曲として歌い継がれている。

そして、平成28年9月に、
アルバム『ザ・ピーナッツ トリビュート・ソングス』において、
「銀色の道」をmisonoが歌っている。

ちなみに、昭和41年に「銀色の道」を作曲した
宮川泰は、その8年後の昭和49年(1974年)
宇宙戦艦ヤマトを作曲することとなる。


銀色の道

作詞:塚田 茂、作曲:宮川 泰、

遠い遠い はるかな道は
冬の嵐が 吹いてるが
谷間の春は 花が咲いてる
ひとりひとり 今日もひとり
銀色のはるかな道

ひとりひとり はるかな道は
つらいだろうが 頑張ろう
苦しい坂も 止まればさがる
続く続く あしたも続く
銀色のはるかな道

続く続く はるかな道を
暗い夜空を 迷わずに
二人の星よ 照らしておくれ
近い近い 夜明けは近い
銀色のはるかな道

続く続く はるかな道を
暗い夜空を 迷わずに
二人の星よ 照らしておくれ
近い近い 夜明けは近い
銀色のはるかな道 はるかな道


銀色の道 ザ・ピーナッツ
https://www.youtube.com/watch?v=3C92qzWYIw0


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宇宙戦艦ヤマトの主題歌は名曲やね!あのイントロからいい・・・ヤマトの歌詞と311の原発事故を重ね合わせて・・・




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桑田佳祐と氷室京介が共演して一緒に歌う超豪華な音楽の番組が1986年にあった。そのバックバンドにBOØWYとKUWATA BANDやアルフィーの高見沢がいて、ローリングストーンズの名曲「夜をふっとばせ」を歌う

今日は、2017年(平成29年) 1月 9日 月曜日

桑田佳祐と氷室京介が共演して一緒に歌うという
超豪華な音楽の番組があった。
当時、中学1年生だった私は、その2人が
共演している様子を見て、「すげえ」と思った。

それは、昭和61年(1986年)のクリスマス番組での
特番であった。

当時、21歳の吉川晃司が桑田佳祐に「多くのミュージシャンが集まる企画をしよう」
と言い出し、それによって作られた番組が
昭和61年12月24日に日テレ系で放送された
「メリー・クリスマス・ショー」 (Merry X'mas Show) である。
スタジオの生放送と様々なミュージシャンがカバー曲を歌うVTRを
混ぜて放送された。

その番組に吉川晃司に誘いにのって
参加したのが、当時人気絶頂へ駆け上がっていた
BOØWYである。

その番組の中で、ロッケストラという
ロックのオーケストラという意味のコーナーがあり、
そのVTRで、4名のヴォーカルがいた。

その4名は

桑田佳祐、氷室京介、吉川晃司、アンルイス

であった。

そのバックバンドの面子は

○BOØWY
 ・布袋寅泰(ギター)
 ・松井恒松(ベース)
 ・高橋まこと(ドラム)

○KUWATA BAND
 ・今野多久郎(パーカッション)
 ・河内淳一(リードギター)
 ・松田弘(ドラム、彼はサザンオールスターズのドラムでもある)
 ・琢磨仁(ベース)
 ・小島良喜(キーボード)

という2つのバンドメンバーがいて、
他にギターとして
 ・高見沢俊彦(THE ALFEE)
 ・鮎川誠
 ・DEKAPAN(依田稔)。彼は、アンルイスのバックギターを勤めていた。

そして、コーラスに、米米CLUBの「SUE CREAM SUE」が参加。

以上の面子だが、まあ、すごい超豪華メンバーのロッケストラで
ローリングストーンズの
「Let's Spend the Night Together(夜をぶっとばせ)
をアレンジして歌っていた。

リハーサルなしで一発で録画したVTRだとも言われる。
このVTRの途中、画面右下のワイプに
生放送のスタジオで、このVTRを見ていた
ユーミンが、曲に合わせて身体を踊らせながら乗っている様子が
映っている。

このVTRは
Merry X'mas Show 1986_12 Let's Spend the Night Together
https://www.youtube.com/watch?v=uunfR1ygV4w

で見れます。削除される前にぜひ




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