言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
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尾崎豊が亡くなってから15年 ~ 現代社会の仕組まれた自由に人々は気づいているのだろうか?

今日は2007年4月25日
今から15年前の今日の
1992年4月25日12時06分

「若者たちの教祖」「10代の代弁者」と呼ばれた
カリスマ的なミュージシャン尾崎豊が肺水腫により
26歳の若さでこの世をさった。


尾崎豊は、この日の早朝、
東京足立区千住河原町の民家の庭先で上半身裸の姿の
泥酔状態で発見され、墨田区の病院に運ばれ、
一度容態が回復し帰宅するが、帰宅後、
容体が急変すでに呼吸は停止、
文京区日本医科大学付属病院へ運ばれるが、
12時06分死亡した。


私はこの時は大学に入学したばかりのころで、
多分、土曜日だったと思う。
外出していて、夕方にある飲食店で
食事をしていた時に、このニュースを聞いて
驚いた。


尾崎豊の曲で強く心に残っているのは
「卒業」である。

歌詞の中に
「夜の校舎 窓ガラス壊してまわった」とあり、
歌詞の内容も学校や大人に対する反発がある。

私個人としては、そんなに強く学校や
身の回りの大人に反発を抱くことなく
過ごしてきたが、何か、
メッセージの力強さに惹かれるものがあった。

卒業の歌詞の中で強く印象に残っているのは


行儀よくまじめなんてクソくらえと思った


人は誰も縛られたかよわき小羊ならば 
        先生あなたはかよわき大人の代弁者なのか



そしてラストの

仕組まれた自由に
     誰も気づかずに
        あがいた日々も終わる
            この支配からの卒業
                  闘いからの卒業



この曲が発表された1985年
全国で吹き荒れた校内暴力への対策として
服装規制などの校則を事細かに決めて、
管理教育が強まっていったころであった。

私が中学・高校だったのは
1986年度~1991年度であったが、
私の中学校では、中1の時に服装検査などあったが、
その後、厳格に運用することはなくなり、
それほど校則の窮屈さを感じることはなかった。

ただ、私は髪の毛を染めたいと思うことはなかったが、
茶髪は禁止されていたことに対しては
疑問を感じていた。

そのルールの意味がわからないのだ。
私はその時から、他人の権利を侵害しない限りは
何やっても自由ではないかと思っていた。



高校の体育の時、
髪を染めている同級生の男子が
髪を染めているという理由で
欠席扱いされている光景を見て、
何と理不尽なルールなのだと思った。



茶髪や髪の毛を染めたり脱色することの禁止等の
容姿や服装規制をするのは
いざ、大人社会に出た時に社会のルールに適応する
ことができるようにという理由を述べていたが、
それにも疑問を感じていた。

このブログで、昨年の4月6日に
茶髪の職員さん~相関関係・因果関係・自己責任
書いたように、

茶髪などの髪の毛を染める人が排除されたのは、
問題行動を起こすいわゆる「非行少年」に、髪の毛を染める人が
多かったからだろうだろうが、

京都市の四条烏丸の四条駅の
市バスの定期券販売所の若い女性職員は
強めの茶髪の頭髪をしているし、

関西電力本店ビルの受付の女性の頭髪が
黒ではなく、カラーリングしている光景を見ると、

当時の茶髪禁止の校則で学校側が
根拠にしていた
いざ、大人社会に出た時に社会のルールに適応する
という理由は全く的外れであったと思う。


そのような考えが
尾崎豊の
「卒業」に惹かれた背景かもしれない。


尾崎豊の曲は「卒業」は
発売当初は「夜の校舎 窓ガラス壊してまわった」という
歌詞もあるように過激さがから
学校ではタブー視されていたが、
「自己の生き方を模索する代表例」として
現場の教師からの推挙もあり
「高等学校 新倫理 ―人間とは何か 思索の糧に」など
2003年以降の高校の倫理教科書に
尾崎豊の歌詞が引用されるようになった。

しかし、
朝日新聞2007年4月24日の
没後15年尾崎はどこへ 消えた反抗心
によると、尾崎豊の歌詞を用いて授業をしている
現場の教師によると学生達の受けが悪くなってきたという
「尾崎豊の歌に生徒たちが実感を持てなくなってきた」

「容姿にも才能にも恵まれているのに変に反抗して、
早く死んだのはバカだ」 など
最近はきっぱりと否定的な感想が多くなっているという。


現代の10代後半から20代前半の方々には
尾崎豊が感じたような息苦しさは感じなくなったのであろうか?
それとも、息苦しさを感じてもどうすることもできない
諦めを感じてしまっているのであろうか?
その諦めの中で、上手に生き抜けるマインドを持って
いるのであろうか?

それはわからない。


ただ、尾崎豊の「卒業」のラストに


仕組まれた自由に
       誰も気づかずに


とあるが、現代の社会は個人が
自由に選んで生きているように思えて、
それは仕組まれた自由であるかもしれない。


例えば、入店したファストフード店やファミレスで
食事を終えた後、一服したり、誰かと話したりして、
「そろそろ、出ようか」

と、好きな時間に自分の自由意志で退出時間を
決めているように思えるが、
実は、硬いイスが配置したり、
冷暖房機によって、室内の温度の調整したり、
BGMの音量を上げたり、テンポを変えたりして、
店内に客を滞在させず回転率を高めるために
なされている仕掛けによって
動かされてしまっているのだ。
ある意味動物のようにヒトは扱われいて、
現代人はきわめて動物的に管理されているのだ。
これは「環境管理型権力」と呼ばれている。

「30分で食事を終えろ」と命令する社会と、
イスが硬いせいで何となく30分で食事を終えてしまう社会、
その2つの社会では、「管理」
という点で同じ効果が起きている。

そう、尾崎豊が言うように

仕組まれた自由に誰も誰も気づかずに


そして、そのようなことは
選挙の時に起こるかもしれないし、
既に今世紀になっておこっているかもしれない。

自分の自由意志によって投票した候補や政党、
でも、実は、統治権力によって
巧みに仕掛けられた印象操作によって
判断が管理されているに過ぎないのかもしれない。


仕組まれた自由に誰も誰も気づかずに

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

You Tube 動画 尾崎豊 卒業


          
          卒業はラストにあります。

          
   環境管理型権力をコメントする東浩紀氏の著書





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この記事に対するコメント

ぼくは大学生になったばかりですが、尾崎さんは大好きです。ファンは友人にもいくらかいます。

仕組まれた自由。この言葉には恐怖にも似た衝撃を受けました。否定的な声が多かった、というのも、実は印象操作が関わっているのかもしれませんね。
【2014/05/07 00:05】 URL | 卒業 #-[ 編集]


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