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言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
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強力台風としての「台風19号」・・・平成2年、平成3年、そして令和元年

今日は、令和元年(2019年)10月21日 月曜日

令和元年の台風19号は東日本の広範囲に被害を及ぼし
死者は約80名に達している。

私にとっては、台風19号で記憶に残るのが
平成2年(1990年)の台風19号と、
その翌年の平成3年(1991年)の台風19号である。
2つの強力台風として19号である。

まず、平成2年の台風19号は、
私にとっては、かなり直接的な経験をする台風であった。

平成2年は、私は高校2年生の時である。
9月17日の朝のテレビ番組の天気予報で、

台風19号が沖縄近海で、
中心気圧910hPaで、第2室戸台風以来の勢力で
近畿地方に接近する恐れがあると伝えていた。
(実際は沖縄近海で890hPaまで、気圧が低下していた)

第2室戸台風は昭和36年(1961年)9月16日に
高知県室戸市に、中心気圧925hPa、最大風速60m以上で上陸して、
大阪市の3分の1が浸水して、全国で死者・不明者202名の被害を出した。
日本本土の上陸時の勢力としては、現時点でも、戦後最強の台風である。


そのような第2室戸台風以来の強力な台風が
私が住む近畿地方に接近すると聞いて、
「これは、すごい事態になりかねない」と思った。

実際、9月19日の夜に和歌山県白浜町に上陸して
上陸時の気圧は945hPaまで上がったが、
それでも、最大風速が45mと非常に強い勢力で上陸した。

日本本土に、中心気圧が950hPa以下で上陸したのは
昭和46年(1971年)8月29日に、
台風23号が鹿児島県の大隅半島に940hPaで
上陸して以来、19年ぶりで、それほどの久々の
強力台風が日本本土に上陸したのであった。

私は当時、実家のある和歌山県御坊市に居住していて、
台風19号が上陸した白浜町から北に約45km離れたところに
いたのだが、かなりの激しい暴風が吹き荒れていた。

そして、実家の裏に、幅5m程度の河川があり、
河口から約1.5kmぐらいの場所であるが、
気圧の低下による高潮と暴風にともなう沿岸に押しよせる
高波の影響で、自宅裏にも、高さ約1mぐらいの波が
逆流していた。そんなことは初めての体験で
いかに、台風19号が強力な台風であったかを
感じるできごとであった。

この平成2年の台風19号では、
室戸岬で最大瞬間風速61.2mを観測、
また、各地で昭和34年(1959年)の伊勢湾台風に匹敵する暴風が吹き荒れた。

また、西日本で大雨災害をもたらし、全国で死者42名、不明者2名を出した。

ちなみに、台風19号が上陸した平成2年の和歌山県では、
台風19号を皮切りに合計4個の台風が上陸することとなり、
同年11月30日に、観測史上最も遅い上陸日の台風上陸もあった。


さて、その平成2年の翌年の平成3年(1991年)の台風19号も
強力台風として上陸した。

平成3年9月27日、台風19号は非常に強い勢力を保ったまま
九州西方の東シナ海を北上して、
長崎県佐世保市に上陸時の気圧が940hPaと、前年の台風19号よりも
低い気圧で上陸して、また、昭和46年(1971年)8月29日に、
台風23号が鹿児島県の大隅半島に940hPaで上陸して以来、
20年ぶりに940hPaで上陸した。

さて、平成3年の台風19号は長崎県佐世保市に上陸して、
北東方向に日本海をすすで行く過程で、暴風台風の威力を
日本全国にもたらしたのである。

暴風域の範囲が、北東方向に進路を変えるにつれ、
偏りながら拡大していった。

長崎県佐世保市に上陸した時の
の9月27日16時の暴風域の範囲は

南東 330km 北西 260kmであったが、

日本海の山陰沖を進んでいた9月27日21時には
その範囲は
南東 440km 北西 260kmであった

と南東側に5時間で110kmも拡大していたのだ。

そうなると、進行方向の右側の危険半円の暴風域に
日本列島の多くの部分が含まれる事態になる。

で最大瞬間風速が
九州の阿蘇山60.9m 広島で58.9mを観測、
広島県では、国宝の厳島神社では
暴風や高潮の影響で能舞台が倒壊したり、
檜皮葺の屋根が吹き飛ぶ被害が発生した。

私は当時、高校3年生で和歌山県御坊市に居住していたが、
当日の夜は、塾で外出していたが、21時過ぎに塾が
終わって帰宅するころには、風が強く吹いていて、
木々の葉や枝が地面を動いていたりして、
和歌山県に暴風警報が出ていると誰かから耳にして、

私はテレビの報道も見ていなかったので

「なぜ、こんな急に風が強くなっているのだ」と
思い、和歌山県に暴風警報が出ている理由はわからなかった。

日本海の山陰沖を進んでいた台風19号の影響で、
この日、和歌山市では、最大瞬間風速、
南南東の風で42mを観測、
日本海沖を進む台風により太平洋側の都市で
40mを超す暴風が観測されたのだ。

そして、台風19号は、偏西風に乗りさらに速度を上げて
翌朝には、東北地方沖に進み、その時には、

暴風域の範囲は翌朝の7時には

南東 480km 北西 260km

と南東方向にさらに広がり、東北地方沖に
達した時でも、中心気圧が955hPaと強い勢力で
東北地方に接近して、
青森市で最大瞬間風速を53.9mを観測、

青森県内のりんご農家では、収穫前のりんごが
大量に落ちて、被害が発生した。

その様子にちなみ、気象庁による正式名称ではないが、
平成3年の台風19号を「りんご台風」と称されることがある。

また、この時、50mを超す暴風でも落下しなかったりんごを
「落ちないリンゴ」として販売して、受験生の間で人気商品になった。


この平成3年の台風19で62名がなくなったが、その多くが風によるもので
大阪府でも2名亡くなった。

今回の令和元年の台風19号被害により
これらの平成2年の平成3年の台風19号のことを
で思い出す。

今回の令和元年の台風19号について、
気象庁は、昭和52年(1977年)の
沖永良部(おきのえらぶ)台風」以来、
台風の固有名称を命名することとなった。
来年の5月までに決めるという。

過去の固有名称がついた台風は、
伊勢湾台風や狩野川台風など、
甚大な被害が特に顕著な地名が命名されたり
してきたが、今回の台風19号は、
東日本の広範囲に被害が発生して、
特定の地域に他の地域と比べて甚大な被害が発生している
わけでもなく、
もしかしたら、「東日本台風」という名称がつくかもしれないと
思っている。


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