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言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
語源、雑学など、時事ネタなど。また、楽習社とは私の脳内にある架空の企業です。所属組織や職業が変わろうとも、生涯、理系・文系を多様な知を楽習(がくしゅう)して、生きていきたいので、架空企業名を勤務先にしています。それを退職する時は私の人生が終焉する時です。.当ブログ各記事に誘うための目次専用ペ ージはカテゴリートップにあります。PCページは画面左サイドに、スマホ画面からは下のマークの真ん中からカテゴリーにいくことができます

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平成最後の日・・・平成時代は日本が衰退した時代であったが、そんな時代であっても「ありがとう平成、さようなら平成」

今日は、平成31年(2019年) 4月30日 火曜日

本日、今上天皇陛下が退位され、元号「平成」の最後の日である。
私が15歳の中学3年生の時の西暦1989年1月8日から
平成が始まった。

平成改元の時、日本はバブル経済の絶頂期直前の時期で、
その好景気ばバブルで、数年後には、株価と土地が暴落して、
四大証券の一角を成す山一証券破綻と金融危機の大不況に陥り、
日本経済が衰退する時代になるとは
当時の多くの日本人はほとんど想像していなかっただろう。

ここのある表を見ていただきたい。
この表は主要先進国のG7諸国が
平成元年(1989年)の名目GDPに対して
平成30年(2018年)の名目GDPが
自国建て通貨でどのくらい大きくなったかを示すデータである。

平成年間 GDP増加率比較

G7の中で、日本が最も低く1.3倍、
日本に次いで低いフランスでも2.36倍と2倍以上に
なっているのだ。
いかに、平成時代の日本経済が成長できなかったかがわかる。
これでは、日本国民の経済生活が良くなるはずはない。

日本のGDPの5割以上である個人消費が増えないので
GDPは増えないが、それは働く方々の所得が増えないからだ。

平成の日本は、政府と企業を通じての再分配機能が低下した。
これが日本経済衰退の大きな要因だと私は思っている。

まだ、平成初期のころの政治は、
平成元年に発覚したリクルート事件で、政治とカネの問題が
大きな問題となり、それは中選挙区制により
自民党の派閥金権政治が生じているということで、
選挙制度の変更をめぐる政治対立が深まり、
自民党分裂、平成5年には、自民党が下野して
非自民連立政権が誕生して、平成6年には
衆議院の選挙制度を小選挙区比例代表並立制にする法律が
可決された。

今、おもうに、小選挙区制は日本に合わないのではないかと思うことが
多々あり、また、この平成最初の5年間を政治とカネ、選挙制度に注意が
注がれたが、バブル経済崩壊による土地と株価下落の不良債権問題や
しのびよるデフレリスク、そして少子化対策にもっと議論と対策を
深めるべきであったと平成が終わる今になっては思う。

平成元年の出生数は124万6802人であったが、
昨年の平成30年の推計出生数は92万1000人で
平成年間で出生数が約26%も減少している。

出生数が200万人を超えていた
昭和46年(1971年)から昭和49年(1974年)の
第2次ベビーブーム世代による第3次ベビーブームは
平成時代には出現することなく、ついには出生数が100万人を
下回る状態になってきた。

出生数低下は未婚者の増加が背景にあるが、
未婚の要因のひとつに経済的理由もあり、
日本経済の衰退が少子化を加速させた側面もあるだろう。


平成元年のころには、防災対策が進み、
その30年前の昭和34年(1959年)に、
5000人を出す犠牲者が発生したの伊勢湾台風のような
死者を1000人以上出すような自然災害はもうないような
感覚があったが、それが全く根拠なきことであったことが
平成7年(1995年)1月17日の阪神淡路大震災であった。
大都市部を襲った直下型地震で
死者不明者が6434名を出す大災害となった。
そして、西宮市に住まいしている私はその大災害の被災者になった。
当時、大学生の私が住む下宿屋は傾いて居住不能となり
大阪市への引っ越しを余儀なくされた。

そして、その16年後に阪神淡路大震災以上の大震災が発生する。
平成23年(2011年)3月11日に発生した
東日本大震災は、マグニチュード9.0という世界的にみても
規模の大きい超巨大地震であり、巨大津波などで
死者・不明者18434名を出し、
そして、福島原発事故を引き起こすという原発震災になったことが
危機をさらに深刻となり、事故現場指揮にあたった原発の吉田所長が
「最悪、東日本に人が住めなくなる」と思い
当時の首相官邸でも首都圏3000万人避難を想定されたり、
それに備えた首相談話草案が検討されたりするという
まさに戦後日本の最大の危機に見舞われていた。

あの時、東京消防庁の方々などが、余震が続き
放射能汚染が広がる事故現場でメルトダウンした原子炉がある建屋に
放水する作業は、戦後日本の最大の危機に対処する
日本という国を救う意義深い作業だった。

さて、関西に住む私はその原発事故の影響の余波で
その翌年に14年間務めた小さな会社のシンクタンクを
会社都合で退職せざる得ない状況になり、失業者となり、
平成が終わる現在も職を転々とする人生が続いている。

まさに、平成の2つの大震災は私の人生に大きな影響を与える
出来事であった。

そして、平成の日本で、インターネット普及などの情報通信技術の
発展は人々のライフスタイルやビジネススタイルに多大な影響が与えた。

特に、平成7年(1995年)は、先に言及した
阪神淡路大震災の時、災害時にも有効な通信手段として
インターネットの威力が社会的に広く認知されるようになり、
また、同年に、マイクロソフト社からウィンドウズ95が発売され
一般家庭にパソコンの普及が進むとともにインターネットの利用が
より一般化することを後押ししたので、
平成7年(1995年)を日本のインターネット元年とする言説がある。

そして、
このように私がブログで発信するしているように
誰もが情報発信者として表現できる世界になった。


日本の平成インターネット史で
日本のネット技術の進展を警察がつぶした
ウィニー事件は語らずにいられない。
ファイル共有ソフトであるウィニーが
著作権法違反のほう助にあたるとして
開発者である47氏こと金子勇氏が京都府警によって逮捕され、
最高裁で無罪が確定するまで7年かかった。

ウィニーは
インターネットでサーバを介さずにパソコン同士で直接ファイルを
交換するP2Pの仕組みであるが、
金子勇氏の逮捕により、日本でのP2P開発が躊躇され
その一方、世界各地でP2Pを活用した情報技術が開発され、
無料IP電話スカイプもそうであり、
仮想通貨に使用される「ブロックチェーン」もそうである。

本当に、ウィニー事件は日本のIT技術開発に計り知れないダメージを
与えて、本当に京都府警は余計なことしやがったと思う。


さて、本日で今上天皇陛下はご退位される。
私は個人的に今上天皇陛下のことで思い出すのは、
皇太子時代の昭和58年(1983年)7月18日、
皇太子殿下と美智子妃殿下が
私の故郷である和歌山県御坊市を来訪され、
そして、車で当時私が住む和歌山県御坊市湯川町の
自宅前を通過されたことがあった。
ちなみに、昭和58年7月18日は御坊市では
昭和28年に和歌山県中部に大災害をもたらした
7・18大水害の日から30年経った日でもあった。

今上天皇陛下が偉大だなあと思ったのは
東日本大震災の計画停電の時のことである。

皇居のある東京特別区は計画停電の対象外であったが、
天皇陛下と皇后陛下は
計画停電で「第1グループ」に分類された地域の
停電時間に合わせ、照明や暖房などの
電気の使用を控え、
ろうそくや懐中電灯を使いながら過ごされ
「寒いのは(服を)着れば大丈夫」と
国民と困難を分かち合おうとされたことがあった。

平成の天皇陛下は、象徴としての天皇をまさに
体現されてこられた偉大な天皇であったと思う。

平成は1989年1月8日に始まって、
実質的に30年と113日で
本日、2019年4月30日で終わる。

平成は数え年で31年。日本の元号の長さを数え年の順で
トップ5を見ると

1位 昭和64年 1926年~1989年
2位 明治45年 1868年~1912年
3位 応永35年 1394年~1428年
4位 平成31年 1989年~2019年
5位 延暦25年  782年~ 806年

平成は4番目に長い元号で、日本の元号で250個のうち
30年以上続いたのは4つだけで、平成はそのうちのひとつである。

平成の日本は衰退の時代であったが、私個人としては
中学3年生からカネもない独身の45歳のおっさんに
なったが、それなりに楽しんで生きてきた。

そんな平成にありがとうと思い

ありがとう平成 

さようなら平成と思い、元号は
明日から始まる令和に引き継がれる。

平成から令和


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