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言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
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パラリンピックと3・11・・・・東日本大震災での巨大津波で自宅を流されたことがきっかけにパラリンピアンになった女性選手

今日は、2018年(平成30年)3月11日 日曜日

一昨日から平昌(ピョンチャン)パラリンピックが開幕したなか
東日本大震災から7周年の日をむかえた。

昨日のパラリンピックの競技で
被災地出身の女性選手がいた。
その選手の名前は阿部友里香選手である。

彼女は平成7年(1995年)10月7日
岩手県山田町に生まれたが、
出生時、左腕に障害を負った。肩の神経が傷つき、
ほとんど左腕が動かせなくなった。
そのような障害を負いながらも
小学生の時からバレーボールを始めた。

彼女が中学2年生の時の
平成22年(2010年)に
バンクーバーパラリンピックのスキー競技をテレビ観戦して、
自分と同じく片腕しか動かせない選手が
ストック1本で滑ってい姿に惹かれ、
スキーを始めた。

阿部友里香さんが中学3年生の時の
平成23年(2011年)3月11日に発生した
東北地方太平洋沖地震による
巨大津波で岩手県山田町にある彼女の自宅は
流されてしまう。

阿部友里香さんは地元の山田高校に進学して、
バレーとスキーのトレーニングを両立しようと
考えていたが、

その被災をきっかけに
被災者を受け入れるスキー強豪高校の
岩手県の盛岡南高校に進路変更して入学した。

本格的にスキーを始めて3年経った
平成26年(2014年)3月には
ソチでの冬季パラリンピックに出場し、
そしてレースが行われたのは3月11日であった。
クロスカントリースキークラシカルで8位に入賞した。

高校卒業後は大東文化大学へ進学して、
スキー競技で活躍を続け、
2016年のワールドカップ フィンランド大会、
クロスカントリー・スプリント・クラシカルで金メダル、
2017年の
パラノルディックスキー世界選手権大会(ドイツ)
バイアスロン・ミドルで3位となった。

昨日の
平昌パラリンピックの
バイアスロン女子立位6㎞では
雪質の対応に苦慮したりして9位と
入賞を逃したが、別競技に出場することになっている。

今日で、東日本大震災から7年であるが、
阿部友里香さんは
震災がなければ、スキーを本格的に初めてもいないし、
また、やるのはもっと遅くなっていたという。

まさに、阿部友里香さんにとっては、
東日本大震災により巨大津波で自宅が流されたことが
パラリンピアンになる人生の転機になったのだ。

その阿部友里香さんには
いつか故郷の岩手県山田町に
カフェをつくる夢があるという。


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テーマ:東北地方太平洋沖地震 - ジャンル:ニュース


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