言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
語源、雑学など、時事ネタなど。また、楽習社とは私の脳内にある架空の企業です。所属組織や職業が変わろうとも、生涯、理系・文系を多様な知を楽習(がくしゅう)して、生きていきたいので、架空企業名を勤務先にしています。それを退職する時は私の人生が終焉する時です。.当ブログ各記事に誘うための目次専用ペ ージはカテゴリートップにあります。PCページは画面左サイドに、スマホ画面からは下のマークの真ん中からカテゴリーにいくことができます

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「海の見える理髪店」(荻原浩 作)を耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館で聴いて・・・老男が店主の海の見える理髪店に結婚式を控えた青年が初めて通ったその理由とは! 「青年のつむじ」と「床屋のブランコ」・・・最後はしみじみと深く余韻が残る直木賞受賞作品ですね

今日は、2017年(平成29年)12月10日 日曜日

昨日の午前8時05分から
NHKラジオで
「耳で聞く短編小説 ラジオ文芸館」を聴いた。

昨日の小説は、ラジオ文芸館のページから引用すると、

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「海の見える理髪店」2017年12月9日
作:荻原 浩

 海辺の小さな理髪店へ初めて足を運んだ「僕」と、
この町に移って15年になるという理髪店の「店主」。
 「僕」に向かって、「店主」は、戦後老舗の理髪店を受け継ぎ、
波乱に満ちた店の浮き沈みを経験、刑務所を経験するなどした自身の来し方を、
静かにとめどなく語りだす。
そして、物語のラストで明らかにされる事実が、静かに人々の胸を打つ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

と簡単なあらすじの説明があるが、
最後の方で、「そういうことだったのか!!!」
と気づくところがある。

この物語で、床屋に客として通う青年の頭の「つむじ」
そして、海辺の床屋の庭にある「錆びたブランコ」が
最後に明かされる事実を知る手がかりとなる。

どんな物語か詳細を以下に書いていく。

一部記憶が曖昧な部分があり、少し内容が間違っているかもしれまん。
お許し下さい。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

ある青年が海の見える理髪店に予約を入れて訪れた。
この青年はグラフィックデザイナーを職業にしていて、
ある理由から
いつもいく美容院ではなく、理髪店に行こうと考え、
彼はいろいろ調べて、そこに予約を入れていたのだ。

当日、海辺の小さなまちに行き、
山すそにある小さな停留所から
降りたところの海辺に理髪店があった。

その理髪店の家の花もない庭には
支柱も鎖も赤く錆付いたブランコが置かれていた。

店には、
高齢の背筋が伸びている老男の理容師がいて、
青年にいろいろ話しかけてきて、
この場所で理髪店を始めて15年になるという。

青年は、髪型を老男の理髪師に任せようと言ったが、
理髪師は「そう言われると、床屋冥利につきるが、
お任せいただけるなんてとんでもない
お客さんと相談しながら切っていく」と

いざ、髪を切り始めると、その老男の理髪師は
青年の頭の妙な位置にあるつむじのところで
手を止めたりするのであった。
その老男の理髪師の店主は、青年の髪をまさぐって
小さなため息をつくのであった。

青年が座る理髪席の前に大きな鏡があり、
その鏡には海が広がって映っていた。
秋の午後の水色の空と
深い藍色の海、2つの青が鏡を半分に分けていた。

青年は、その店主の髪の切り具合の心地良さに
これほど床屋は気持ちいいものかと感心した。

この海辺の理髪店の店主を
かつて世間に広めたのは、この店主の腕に惚れた
大物俳優や政財界の名士が店に通い詰めていたという
逸話であった。

前年、その大物俳優が亡くなった時に、
再び、その理髪店のエピソードが話題になり、
店主が東京から離れて海辺の小さな町で理髪店を
続けていることが雑誌の記事になった。

その店主が青年の髪を切っている間、
会話もサービスなのかと思うほど
饒舌に語りかけてきて、
店主の身の上、人生史を語ってきた。

店主は東京の長屋の生まれだという。
祖父の代から床屋をしていて、
店主は3代目である。

戦時中の国民学校の児童のころから
家に帰ると、床屋の手伝いをさせれたという。

店主は青年にこんな話をしても退屈ではないかと
尋ねるが、その青年は続けてもいいと言い、
店主は、青年への理髪作業をしながら、話を続ける。

父親から話術も床屋の腕のひとつだ。父親から理髪師はどんな客とも話ができることが
重要だと教えられ、実際、店主の父親はどんな客にも会話を弾ませていた。
その実家の床屋は昭和20年の大空襲で焼けてしまった。
店主が中学2年のときに終戦をむかえ、その翌月には授業が再開して、
はじめにしたのが、軍国主義教育の教科書の黒塗り作業。
それにばからしさを感じて、すっかり学校に魅力を無くした彼は勉学をさぼり
学校には行かずに、闇市で使いパシリのことをしていた。

その時、店主は
絵を描くことは好きだったので、絵描きになりたいと
独学で絵の勉強をして、デッサンの練習もして、何度か入選もした。
東京の武蔵野にある美術学校が再開すると聞き、
そこの入学しようと希望した。
終戦の2年後に、彼の父がバラック小屋で床屋を再開しても
父の仕事を手伝う気になれなかった。
ただ、美術学校は旧制中学卒が条件だったので、それを卒業して
いなかった彼は受験できなかった。

すると、店主は話を途中で区切り、青年に
「デザインの学校には専門の学校があるのか」と質問してきた。
青年は、美大を出て、デザイン事務所に就職したこと、
イラストレーターとして、顧客が付くようになってきたことを店主に伝える。
すると店主は珍しく、理髪作業の動きを止めた。
店主は自分の手に目を落としていた。
まるで、なぜそこに絵筆ではなくハサミがあるのだといぶかしげる如く。
店主は、青年の視線に気づくと顔をくしゃりとゆがめて笑った。

店主は「いやあ~、素晴らしい」と同じ台詞を繰り返す。

店主は、また自分の人生史の続きを話し出す。
闇市の仕事を辞めて、しばらく看板屋の仕事をしながら美術展の応募を
していたが、まったく見向きもされる実家に戻った。
親父に頭を下げて、床屋の床掃除から始めた。
店主が18歳のとき、子供の頭から理髪をさせてもらえるようになった。
なんとか椅子を任されるようになったのは、家業を手伝い始めて4年目の時。
それからやっと実家の隣に自分の店を設けるようになったが、
父が心臓病で逝去した。父が亡くなり客が減ってしまった。
それから自分に猛特訓を課して、客が減った分、その特訓の時間ができた。
客が戻ってきたのは昭和30年代になってから。
自分の修練が実ったというより
俳優石原裕次郎の人気ととも、裕次郎の兄の慎太郎刈りがにブームとなったからだ。
前髪を長くしたスポーツ刈りのような髪型である。
店主の慎太郎狩りが最もうまいと評判になり、客が増えたのだ。

店主が結婚したのは、店にテレビを置いた年であった。
妻となったのは、
秋田から上京してきた遠い親戚で店の雑用をしてもらっていた
女性であった。彼女は静かで働き者であった。
その女性を母親が気に入って、知らないうちに縁談の話が進み、
いつの間にか所帯を持つことになってしまった。

昭和40年代になると、床屋業はゆっくりと斜陽化していく。
31歳の時に、理容コンクールでちょっとした賞をいただいたが、
自分のような古い床屋は世間の流れに無頓着になってしまっていて、
その賞も売上げには無関係であり、業績が悪化していった。
仕事がうまく行かないと、私生活もダメになり、
酒好きの店主は酔うと自分を見失い妻に暴力をふるうようになった。
無口な彼女は何も口答えしないせず、店主が暴れて割ったものを
黙々と片付けていたが、
「無口で大人しい女ほど恐ろしいものはない」、ある日店主が
商店街の親睦旅行から帰ると、妻は家におらず、
黙って出て行き、離婚となった。

正式に妻と離婚したころ、腰までのロングヘアの若者の男がやってきて、
「髪を切って、七三にわけてくれ、同棲の女性が妊娠して、
音楽では食っていけないから、きちんとしたところに就職しようと思って」と
その若者が言った。そのとき、店主は店を変えよう改革しようと思った。
その若者が帰った後、店主自身の髪型を慎太郎刈りを止めて、髪型を変え、
「老舗」というボロ店にしがみついたらダメだ。
借金をして店を改装、待合室にテレビや漫画を置くのを止めて、
ホテルのロビーのような内装にした。
従業員として技術のある男を高給で名のある店から引き抜き雇った。
マッサージを一から学び、2人で、まだ珍しかったエステの講習にも通い、
思い切ってシャンプー、リンスを上等のいいものにして、理髪代も
高めに設定した。今までの顧客には敷居が高いと敬遠されたが、
違う客層から大いにもてはやされた。彼の店はヒットした。

そしてやがて、店主の店に
有名な俳優もやってきて、御贔屓してもらえるようになった。
その俳優はヤクザ映画に出るので、それらしい髪型にしてくれと
注文してきた。その俳優は善人も二枚目ばかり演じるのに疲れていたの
かもしれない。その俳優の頭の両側の地肌が見えるぐらい短髪にして、
トップを長めに残してみた。
得意技だった慎太郎刈りの角刈り版のような髪型であった。
長めに残した毛は、ドライヤーと大量の整髪剤で立たせ、
その時に施したのが、その俳優のトレードマークになった髪型である。
その髪型をその俳優にとても気に入ってもらえた。
その後、その俳優から、撮影所に呼ばれ、メイクアップの人間では
どうしても毛が立たないと、撮影所で髪を整えたことがあった。
その俳優の出入りする店という評判が立っただけでも
ありがたいのに、彼がマスコミに店主の店の名を出してもらい、
それで一層店主の店は注目され、夢のようにうまく行き始めた。

そうなると、まわりから、「長髪の達人」とか「経営手腕」が
あるなどチヤホヤされるようになった。
こん時こそ、頭を垂れるべきであったが、すっかり自分のことを
勘違いしてしまい、下げなくなった頭の中で、
「理容コンクールで1番になった俺が、経営者としても優れている俺が、
他人の髭を剃ったり、頭を洗ったり、耳掃除までしたりする。
こんな仕事をいつまで続けるのだろう。

店主が48歳の時、銀座に2号店を構えた。事業欲と言えば、
聞こえが良いが、欲しかったのは「箔」だった。
2号店が軌道に乗れば、現場仕事はせずに経営に専念しようと
考えた。

2号店出店の翌年、再婚して、2番目の妻を迎えた。
銀座の仕事終わりに通う小料理屋で働く女性をくどいて結婚した
のであった。
彼女はよくできた女房であった。

子どもにも恵まれた。50歳を過ぎて初めての子供だった。
子供はとてもかわいくて。
人生に山と谷があるのなら、まさにこの時が、
自分の人生の頂だった。
銀座への出店は結局失敗となった。
銀座の2号店の経営がうまくいかなくなると酒に逃げて
しまった。店は2号店も1号店も人手に渡った。
銀座の店をあきらめれば経営は続けられたが、
人を殺めてしまった。

そう店主が語った時、
店主にのどの髭剃りをしてもらっていた青年は
店主の剃るカミソリが急に冷たく感じた。

店主は続けて人生史を語り続ける。
26年前のこと、1号店の本店を任せていた男が、突然、
「店を辞めて独立する。」と言い出した。
自分は行く行くはのれん分けを考えていたので、
裏切られた気分で、腹が立った。
その彼は「従業員も連れて行く。顧客名簿も分けろ」と
要求を突きつけられ、怒りが爆発して、
たまたま近くにあった店のヘアアイロンで男を殴ってしまった。
そして男を死なせた。最初はその男の意識があり救急車を呼んだが
帰らぬ人となった。
傷害致死だったので、人を死なせたのに、刑期は申し訳ないほどに
短かった。
2番目の妻とは服役中に離婚した。
妻は離婚することを拒絶したが、
「人殺しの妻」「人殺しの子」となどと言われたら不憫なので、
強引に説き伏せて妻との離婚となった。
それっきり、別れた妻子とは連絡していない。

その店主の人生史を聴きながら、
客の青年は理髪作業の最終過程の顔のマッサージを
店主から受けていた。
店主の5本の指が青年の顔の骨格を確かめるかのように
青年の顔をはっていく。

また、店主の人生史の話は続く。
店主が刑務所から出所した後、
保護司が老人ホームでの出張散髪の仕事を見つけてくれた。
そこで「やっぱり私には床屋しかない」と思った。

東京の家を売り、今の海辺の物件を買い、床屋に改装した。
海が好きだったから。今の場所にした。
また、東京から離れて自分を知る人間が誰もいない
ところであればどこでも良かった。

今の床屋の鏡にこだわったには理由がある。
お客様に海を眺めていただけるというのは口実で、
その鏡は私自身のためにある。
床屋は大きな鏡の前に立つ仕事である。
お客様に常に姿を見られる商売である。
それがつらかった。私の顔など誰も覚えてはいない。
そう思いつつ、いつか誰かに「お前は人殺しだろ」と
指をさされるのが恐ろしかった。夢に、私が殺めた男の
顔が出てくる。

客の青年は店主の出所後の話を聴きながら、
やけに長かった顔のマッサージが終わり、
椅子の背が元に戻される。
青年は瞼を開けると、鏡に映る海が輝いていた。
水平線に沈もうとしている太陽が映りこんでいる。

そして、店主の人生史は続く。
この海辺の床屋を開店して3年目の時、
かつて贔屓していただいていた有名俳優の客が
来店したのだ。
彼は「近くで映画のロケがあったから」と言ったが、
本当は彼が何年も前から映画なんて出ていないことは
知っていた。その俳優の最後の髪を整えたのは
私(店主)であった。
その俳優が亡くなる半月前に、彼が入院する病院に呼ばれ、
持てるだけの道具を持って病院に行った。
その俳優の彼は店主に
「ありがとうございます。今の自分があるのは
あなたのお陰です。」言った。

そういわれた店主は、
「いつ死んでもいい。こんな私でもそんなふうに
言われるだけで、生きてきた甲斐があった。」
すると、店主の客の青年に

「鏡、まぶしいですよね。西日がこの鏡の難点でして、
この時期の日没近くには、なるべく予約を入れないように
していたのですが、原田様(青年)のお若い声の予約が
嬉しくて、つい」

続けて、店主は、客の青年にこう語りかける。

 それにしても、珍しい場所につむじがおありですね。
つむじというのは、お一人おひとり違います。
いいえ、変わるものではありません。
こういう仕事をしているので、違いはすぐにわかります。
最後までよくしゃべるジジイだとお思いでしょう。
いつもじゃありませんよ。こんなことまでお話したのは、
お客様が始めてです。
あなたにだけは話しておこうと思って、
私もそう先が長くないですから。

そして、店主は青年に向って、青年の頭の後ろにある
傷について、こう語った。

 頭の後ろの縫い傷はお小さいころのものでしょう。

青年は、そう語る鏡の中に映る店主を見返した。
逆光を浴びた顔は黒い影になって、表情ははっきりと
わからなかった。

店主は続けて、その青年の縫い傷について語る。

 その傷はね。ブランコから落ちた時のものですよ。
河川敷の公園のブランコです。あそこは地面に石がごろごろ
していましたからね。
息子をそんな危ない場所で遊ばせたくない一心で、
女房は親バカだと笑いましたけれど、
私、ブランコを買って、家の庭に置いたんです。
ここに(海辺の床屋)に古いブランコがありましたでしょ。
あれは、私が東京の家から持ってきたものなのです。

店主は、続けて、青年にこうたずねる。

 お母様はご健在ですか?

青年は「ええ」と答える。

店主が黙り込み。ドライヤーの音が響く。
青年は、店主にこう語りかける。

 来週、結婚式があるのです。

そして、まだ明かしていなかったここに来た理由を
手短に説明した。

僕の結婚式だ。そこでいつもの美容室ではなく、
きちんと床屋に行っておきたかった。それだけを
語った。

口(くち)の重い母親からではなく、
自分で集めた噂話を頼りに、苦労してこの店を
探し当てたことは黙っていた。

店主は逆光になった黒い影の顔で青年に

 おめでとうございます。

と言った。青年は

 ありがとうございます

と応える。理髪作業が全て終わり、
上掛けの留め具が解かれる。
自分で脱ごうと思ったが、
熟練の店主の動きは早く
子供の服を脱がすかのように
あっさり上掛けを脱がされてしまった。

レジの脇には、その床屋のメンバーズカードが積まれていたが、
青年は手に取らなかったし、店主も勧めてこなかった。
店主が受け取ろうとしない代金を青年はどうにか支払って、
青年は古いアルバムを閉じるかのようにドアに手をかける。
すると、青年の背中に店主の声が飛んできた。

「あのう。お顔を見せていただけませんか。
もう一度だけ。いえ、前髪の整え具合が気になりますもので」

(終)

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

と、この客の青年と床屋の老男の店主は実は父子の関係であったのだ。
直接的には、父子関係であるという表現はないが、
そうだと理解できる表現でラストが展開していく。

店主が出所後に、贔屓にしてくれていた
有名俳優から「あなたのお陰で」と言われて、
人を殺めてしまった自分であっても、そう言われて
嬉しかったというところで、ある意味、物語が終結しそうな場面であったが、
それを聴いているときの時刻が午前8時40分ごろで、
番組終了まであと5分あり、
NHKの番組ページの解説で
「物語のラストで明らかにされる事実」とあったので、
さらに何かあるのだなと思って聴き続けると、
店主が客の青年に

「それにしても、珍しい場所につむじがおありですね。」

という場面で、あっ、この店主と青年は父子の関係だったのだと
そこで私は気づいた。

店主が別れた妻を「お母さんはご健在ですか」と質問して、
気にするところはなんともしみじみしたものを感じる。

そして、床屋のメンバーズカードを勧めなかったりするのが
父子の一度きりの最後の出会いを感じさせるのである。


それでも、父である店主は、最後に息子の姿を
しっかりと見納めにしようとして、
ドアに手をかける息子に
前髪の整え具合が気になるので、もう一度
顔を見させてください
という場面で終わるのは深く
しみじみとした余韻を残して
心に残るような物語の終わらせ方をしているなと
感じたのであった。


作者の荻原浩氏は、昭和31年(1956年)生まれで、
大学卒業後、広告代理店に入社し、その後、
コピーライターとして独立、39歳の時に小説を書き始め
平成26年(2016年)、今回のラジオ文芸館で
朗読された「海の見える理髪店」で
第155回直木三十五賞を受賞した。


ニコニコ動画 【ラジオ文芸館】荻原浩 「海の見える理髪店」 で、
聴くことができます。





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