言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
語源や考えたこと、お気に入りの歌や発想法、雑学など、政治経済社会の時事ネタも書いたりしています。また、楽習社とは私の脳内にある架空の企業です。現実世界での所属組織や職業が変わろうとも、生涯、理系・文系を問わず、古今東西の学問を楽習(がくしゅう)して、生きていきたいので、架空の企業名を勤務先にしています。その会社を退職する時は私の人生が終焉する時です。.

プロフィール

くわどん

Author:くわどん
世の中の森羅万象のことに好奇心を持つものです。
いろいろの世の中をことを知り、いろいろ言葉を
つづっていきます。
また、過去の各記事にアクセスしやすく
するため当ブログの目次専用ブログを随時更新中です。
目次専用トップページ http://blogs.yahoo.co.jp/
kuwadong/64865881.html 



最近の記事

2015年11月2日まで、10年間毎日更新してきましたが、その後は、週1回プラスアルファのペースで更新していきます。



カテゴリー



語源由来辞典からの引用

当ブログにおいて、語源のコメントを する時は、語源由来辞典から引用しています。

語源由来辞典へはここをクリック!!



リンク

このブログをリンクに追加する



フリーエリア



お買い物しませんか?



最近のトラックバック



最近のコメント



月別アーカイブ



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



RSSフィード



広告ですたい!



フリーエリア



もし私が公立高校の校長なら、服装・頭髪・化粧は一切自由ににて、生徒や親御さんに対してメイクアップやファッション講習を行い ファッションセンスの良い学校を目指す・・・こどもの日に「子どもの権利条約」の表現の自由から思ったこと

今日は、2017年(平成29年) 5月 5日 金曜日

で、本日はわが国日本では「こどもの日」という祝日であり、
その「こどもの日」にちなみ、
1989年で国連で採択され、日本政府が平成6年(1994年)に
批准発効したした「子どもの権利条約(児童の権利に関する条約)」に
関係することを書きたいと思う。

そのまえに、
韓国のインターナショナルスクールに通っている日韓ハーフの16歳(記述当時)
の方のブログ記事を引用する。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ブログYUE짱's journey
海外の学校と日本の学校の比較〜校則編〜
2016年10月10日(月)


日本の高校に1年弱通い、インターに転校した私にとって学校で一番に差を感じたのは、
校則であった。日本の高校では、数多くの校則に縛られ、スカートは膝頭にかかるくらい、
頭髪、化粧、ピアスの注意など様々なことがあった。私の周りではどのようにすれば
先生に見つからないかを試行錯誤する生徒がたくさんいた。私はレベルの低い
先生相手に試行錯誤するのも無駄だと思っていたので、学校でのおしゃれは全く
をもってしなかった。
しかし、今こうしてインターナショナルスクールに通いながら疑問に思うことが沢山ある。


『なぜ髪を染めてはいけないのか?』これは生徒の誰もが思うのではないだろうか。
先生たちの模範解答はこうだ、『学校のイメージが悪くなる』そして、
世間でも『チャラい』というイメージがつきがちだと思う。

しかし、髪を染めることの何が学校のイメージを悪くするのか?
何をチャラく思わせるのか。

(中略)

私が通うインターでは20か国以上の国から生徒が集まっている。
もちろんその生徒らの髪色は全く違う。そして私の学校では染髪というものが許されている。
と言うより、許可をしない理由がないのだ。
個人個人のパーソナリティの主張はもちろん内面でもあるが外見からの方がより主張ができる。
その人にしかないセンスやindividuality などは尊重するべきではないのだろうか?
そしてこれらはもちろん外見からも内面からも大いに見ることができる。

日本の学校の髪を染めてはいけないという校則は、日本の中では通用するかもしれないが、
世界を見たときに、それは小さな社会でしかないことを日本人はわかっているのだろうか??
それこそ、グローバル化や国際社会と言われいる中、このような状況は適切なものなのだろうか。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

現在、16~7歳と思われる女性の意見だが、
とても素晴らしく強く共感するものである。
彼女のコメントに、


個人個人のパーソナリティの主張はもちろん内面でもあるが外見からの方がより主張ができる。
その人にしかないセンスやindividuality などは尊重するべきではないのだろうか?

とあるが、服装はある種の自己表現である。

子どもの権利条約第13条に

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1 児童は、表現の自由についての権利を有する。この権利には、口頭、
手書き若しくは印刷、芸術の形態又は自ら選択する他の方法により、
国境とのかかわりなく、あらゆる種類の情報及び考えを求め、
受け及び伝える自由を含む。

2 1の権利の行使については、一定の制限を課することができる。
ただし、その制限は、法律によって定められ、かつ、
次の目的のために必要とされるものに限る。

(a) 他の者の権利又は信用の尊重
(b) 国の安全、公の秩序又は公衆の健康若しくは道徳の保護

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まあ、子どもの権利条約対象年齢の18歳未満の少年にも、成人と同様に。
他者の権利を侵害しない限り、社会の円滑な運営に障害にならない限り
表現の自由はあるよという事である。

日本の公立学校に生徒個人の自由を奪う
無意味、かつ、非合理な校則今もはびこる状況は
日本国政府が批准した子どもの権利条約第13条の
基本精神とは程遠い状況である。

また、子どもの権利条約第28条には、

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

締約国は、学校の規律が児童の人間の尊厳に適合する方法で及びこの条約に
従って運用されることを確保するためのすべての適当な措置をとる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

とあるが、男子は耳に髪がかかってはいけないというあほな校則があったり、
スカートは膝上何センチ以内というまあどうでもいい規則があったり、
とても 児童の人間の尊厳に適合する方法というこの条約の主旨に沿わないのが
日本の公立学校の現状である。また、その背景に文部科学省がこの条約の主旨に
反して、校則を適用外と解釈していることがある。

まあ、服装や制服の細かな規則はいざ社会人になったら、きちんと
服装や身なりを企業に受け入れられ就職できるようにするためと
いった理由があったりするが、
私個人の経験から、20年近く幾つかの企業の職場で勤務しているが、
そのうち18年くらいは服装自由の職場である。
また、他にクリエータ系の企業に就職したり、家業の小さな店を
引き継いだりするところでは正装がなかったりする。
特に公立学校では、多様な背景や多様な職業や職場選択をする
生徒が集まるのだから、一律の価値にもとづく校則は適さないと
思う。

なぜその規則があるのか「ルールはルールだ」と言って、
納得できる根拠を説明を教師ができなければ、先に
引用した16歳の少女のブログに

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
私はレベルの低い
先生相手に試行錯誤するのも無駄だと思っていたので、
学校でのおしゃれは全く
をもってしなかった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

と書かれていたように軽蔑されるのだ。
軽蔑する尊敬できない人物から指導を受けても
説得力を感じなくて、効果がないだろう。

ふと、もし、私が公立高校学校の校長だったら、
子どもの権利条約や日本国憲法の基本的人権の尊重に則り、
制服なし、服装自由、髪の毛の色も自由、お化粧も自由と
するだろう。

髪の毛を染めることを禁止、また、お化粧の禁止の
理由として、その本人の皮膚を傷めるからという理由があるが、
それは禁止の理由にならないと私は思う。

その生徒をことを思うなら、
髪の毛を染めたり、お化粧をしたりして、皮膚のトラブルを
どう予防するのか、その方法を教えてあげるのが
本当の指導教育ではないかと思う。
よく事細かな無意味とも思える校則を正当化する理由に、
大人になって社会人になるために必要と言う意見があるが、
特に女性は、大人になって社会人になったら服装やお化粧は
必須になってくるので、学校で教えるのが適切ではないかと
思う。

また。専門のアドバイザーを学校に招いて、
「お化粧するならナチュラルメイクでクレンジングや
洗顔等のスキンケアもしっかりした方がいい」とお化粧をする
生徒に教えてあげる機会を設ける。

また、そのお化粧やファッションの専門のアドバイザーを招くときに、
保護者の方も来てもらって、その親御さん本人のリクエストに
応じたアドバイスもしてもらうということがあっていいだろう。
まあ、親御さんへもメークアップ講習をしたりするのだ。

また、所得格差に応じて、低価格の服装でおしゃれに見える
着こなし方をアドバイスしてもらったりして、
年に1度の学校祭にはファッションショーを開催したりして、
あの公立学校を卒業したら、ファッションセンスに磨きがかかる
というブランド力のある学校を目指したいなあとふと思った。

私はそのような立場ではないので、実行できず、しようともしないが、
そのような発想が思い浮かぶのは、自由があるからだ。
自由を抑圧するような無意味な校則のある学校ではできないだろう。
自由や個性を尊重し、よりよい社会になっていくように
誘うのが本来の学校のあり方ではないかと
子どもの日に子どもの権利条約の基本思想から
自由な発想を働かせ思いついたことを書きました。


このブログ内の関連記事

公立高校の頭髪校則で「地毛証明書」を提出させる行為は法の下の平等を定めた日本国憲法第14条違反である・・・憲法記念日にクソクラエなくだらない校則について思う
スポンサーサイト

テーマ:発想法・編集法 - ジャンル:学問・文化・芸術


この記事に対するコメント


この記事に対するコメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック

トラックバックURL
http://kuwadong.blog34.fc2.com/tb.php/3800-3acfeb2e
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)