言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
語源、雑学など、時事ネタなど。また、楽習社とは私の脳内にある架空の企業です。所属組織や職業が変わろうとも、生涯、理系・文系を多様な知を楽習(がくしゅう)して、生きていきたいので、架空企業名を勤務先にしています。それを退職する時は私の人生が終焉する時です。.当ブログ各記事に誘うための目次専用ペ ージはカテゴリートップにあります。PCページは画面左サイドに、スマホ画面からは下のマークの真ん中からカテゴリーにいくことができます

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「沖縄戦下の幼女 みえちゃんからの伝言」(比嘉淳子 作)を耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館で聴いて・・・夫婦不和で育つ子供の心にできた哀しみの魂の大穴は、戦争で怯えて亡くなった子供の哀しみと変わらない・・・己ばかりを優先せず、まわりと調和することの大切さ

今日は、2016年(平成28年)12月04日 日曜日

昨日の朝の午前8時05分から
NHKラジオで、「耳で聞く短編小説ラジオ文芸館」を
聴いた。

昨日の小説は、比嘉淳子氏の
「沖縄戦下の幼女 みえちゃんからの伝言」であった。

そのあらすじをNHK番組のページから引用する。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

本土(関東)で都会生活をしていた「アタシ」は、3歳と1歳の子どもがいる
主婦(夫婦とも沖縄出身)。本土から沖縄本島中部のマンションへと、
家族そろって戻ったが、忙しさを理由に家族を顧みない夫とは喧嘩の毎日。
ついに夫は家に帰らなくなった。「アタシ」は育児ストレスから娘を叱り、
手をあげてしまうようになった。
そんなある日、娘が「毎晩、みえちゃんが、首を絞める。助けて」と訴えてきた。
みえちゃんは、沖縄戦の時、壕の中で母親にあやめられた幼女の幽霊だった。
壕の中で「泣く子は悪い!泣くとアメリカに見つかる」と言われ続けたみえちゃんは、
泣いている子を見つけると「泣くと殺されるぞ!」と訴えていたのだ。
「アタシ」は気づいた。現代に生きる自分の娘と、壕で戦死した子どもの心に
共通する気持ちがあったことに…。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ということだが、この物語の詳細を以下に書いていく。
少々記憶が曖昧な部分があり、間違っている部分があるかも
しれません。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

女性である主人公の「アタシ」は沖縄出身であるが、大学進学で
関東に出た。大学卒業後、関東で、同じく沖縄出身の先輩の男性と
結婚して、関東で過ごしていた。

沖縄と違って、本土は交通網が整い好きなときにテーマパークに
行けたりとアタシの好奇心を満たしてくれて、
便利で魅力的な都会生活が続くことに何の疑いを持たず未来永劫
続くものだと思っていた。

しかし、義兄が来て、還暦を迎えた義母があと何年もつかわからないと
伝えてきた。
それを聞いた夫は沖縄に移ることを決意。アタシは二児の子供とともに
家族4人、沖縄本島中部にある高層マンションに転居した。

そこでの生活は快適便利は関東との生活とは一変し、
車がなければトイレットペーパーを変えないようなところで、
猛スピードでトラックが走るような道の端を
下の子供を前に抱いて、上の子をおんぶして
連日往復6キロを歩いて買い物に行くような苦行の日々が
続く。そのようなアタシの状況に夫は思いをはせることもなく、
そのような夫に対するイライラが高まっていた。
さらに仕事が多忙になった夫はあまり家に帰ってくることもなく、
たまの仕事が休みの日もゴルフか二日酔いでつぶれて、
家族から団欒と笑顔が消えてきた。
「離婚」という文字が脳裏に浮かぶようになる。
アタシ達には、関東時代の仲睦まじかった夫婦の面影も
なくなっていた。

このままの生活では行き詰ると思ったアタシは夫に、
休日は買いものに付き合うか、
アタシが車をもつか、
沖縄でももっと便利な那覇に引越しをするかを
迫った。夫はすべて拒否して、大ゲンカとなり、
そのまま出勤をした夫はその日から家に
帰ってこなくなった。

事情を知らない姑から日々電話がかかってきて、
いろいろ干渉をしてくる。それにもアタシは追い詰められた。

そのような中、千葉に住むアタシの祖父が亡くなったという知らせが
入った。父を早くに亡くしたアタシにとっては、父親のような存在であった。

そのような祖父の葬式を行くことを夫と姑は許してくれなかった。
そのような事情をしらない実の母からは責められた。
「女三界に家なし」を実感したアタシは死をあこがれ始める。

ある日、自分の住むマンションの9階のベランダで
洗濯物を取り込んでいる時、
幼子がミニカーで遊んでいた。そのミニカーが隙間から
階下を落下していく。
ベランダから階下を覗きこんだ時、
「落ちれば確実に死ねる」と咄嗟に思い、
自分の子供を抱えて飛び降りおうとしたとき、

ばかもんーーーー!

と怒声がした。なんとそこに、
亡くなったはずの祖父はミニカーをもって立っていたのだ。
祖父は「お前はおじいちゃんの自慢の孫だ。チビたちも
お前の子供だ。さぞかし立派になるだろう」

すると祖父はもういなくなっていて、
記憶を蘇らせると、実際にベランダに出ていなくて、
高層階では、洗濯物を干すことは禁止されている。
自分は子供達と昼寝をしていた。

そして、目が覚める。そう夢を見ていたのだ。
それは死の憧れがそうさせたのか。


ある日娘が通う幼稚園から
呼び出しを受けた。
娘の髪の毛が抜けて薄くなっていることを指摘された。
家庭の状況でそうなっているのを見過ごせないと。

そして、娘が描いた「みんなだいすき」という題の絵を
見せられた。

夫の顔はクレヨンの黒色で塗りつぶされ、
息子を抱いているアタシは赤鬼の顔、
アタシと青いドレスを着た娘の間に
見知らぬ頭に包帯を巻いた女の子が描かれていた。

娘は絵についてこう説明するという。

パパは顔がわからないから黒。
ママはいつも怒ってばかりいるから赤鬼。

そして、その見知らぬ女の子は
「みえちゃん」と娘は説明しているという。

その絵にはアタシは打ちのめされた。
いつも笑顔ではいる娘は
実は心では、
冷え切った家庭の中で、悲鳴を上げていた。

ある日、息子を寝かしつけている時、
娘が「ママに抱っこされてネンネする」と
しつこく言い寄ってきた。
娘の赤ちゃん帰りがひどくなり、日々のいらいらも
重なって、そのような手を煩わせる娘に
ついつい手をあげてしまった。

アタシに叩かれた娘は大声で泣きながら

「だって、だって、みえちゃんがね。
『お前が悪い。お前が悪い』と言って、
アタチの首を絞めるんだ。こわいの。
ママが助けてくれないもん」

と大声で泣き続けた。
娘の言っている意味を理解できなかったが、
娘に手を上げてしまった後悔で、その夜は
アタシも泣いてしまった。

夫との関係が冷却したままで、姑からの
干渉が続くなか。子供二人と母子3人で
沖縄を出ようと思った。

そのようなある日の深夜、
就寝中のアタシは物音で目が覚めた。
すると金縛りで動けなくなった。

体の上に重みを感じる。
そして、誰かがアタシの首を絞めている。
首を絞めているのは頭に包帯をぐるぐるに巻いた
おかっぱ頭の5~6歳ぐらい小さな女の子だった。

その女の子は
「くるしい。苦しい。お前が悪い。お前が悪い」と
アタシの首を絞めてくる。

何とかして、その女の子を押し退けるとすぐさま
その包帯の女の子は娘に襲いかかろうとする。

アタシは、娘を守るため、
その女の子の包帯をつかみ、娘から離した。

するとその女の子は消え去った。

すると、娘はその光景を見ていて、
「あの子がみえちゃんだよ。毎日アタチをいじめにくる。
なのに、ママはアタチを叩いたよう」

娘の恐怖体験を理解できたが、それを今まで理解できなかった。
また、そようような自分に母親としてのふがいなさを感じた。

みえちゃんの服装は、汚れた開襟シャツにもんぺ姿という
第2次世界大戦中の装いを想像させる姿であった。
アタシが住むマンションあたりは、
沖縄戦の激戦地になったと聞き、近くには慰霊塔がある。

その後、アタシは母子3人で新しく住むための引越し先の住まいを
探しあて、引越しの準備をしていた。

引越しのための箱詰め作業をしているとき、
急激な睡魔に襲われ、その場に眠りこむ
アタシの前にみえちゃんが現れた。

アタシはみえちゃんに語りかけた。
5歳だと言う。

アタシ「どうしてここにいるの」

みえちゃん「母ちゃんがここで」

アタシ「お母さんを待っているの?」

みえちゃん「ちがう」

みえちゃんの包帯姿のことについて聞いた。

アタシ「みえちゃんは、そのケガで死んじゃったの?」

みえちゃん「母ちゃんが、首を絞めた」

みえちゃんの説明では、
避難壕の中では静かにしないといけないが、
怖くてみえちゃんは泣いてしまった。
泣いてしまうとアメリカ兵に見つかると言って、
泣く子は憎まれる。

それでもみえちゃんが泣き続けるので、
するとおじさんが、「みんなで死のう」と
手榴弾で自決することを言った。

みえちゃんの母は嫌がったが、
おじさんが
「一人残るとみじめだからみんなでいこう」と。

既に顔を火傷していたみえちゃんは苦しんでいて、
さらにみえちゃんのお母さんが、

「これ以上、みえにつらい思いをさせたくない
みえの体が爆弾でバラバラになるのは嫌だ」と

みえの首を絞めた土に埋めた。

その説明を語るみえちゃんの包帯の隙間から見える目には
涙が溜まっていた。

アタシは、みえちゃんにどうしてアタシの娘の首を絞めたのか
質問した。するとみえちゃんは

「みんながいつも哀しい心だから」

そのみえちゃんの一言にアタシは落雷を受けたような
衝撃を受けた。

アタシだけでなく、娘の哀しい心を抱いていたのを
みえちゃんに見抜かれていた。

言葉で表現できない娘は絵を描くことで
心の穴を訴えていた。

その心の穴は親が作った魂の落とし穴だった。

アタシ達夫婦は、己の我をぶつけ合うだけで、
子供に向きあおうとしなかったことが
娘の哀しみの魂の落とし穴を作ったのだ。

みえちゃんは続けて語る。

「みえはいつも怖かった。
おばあちゃんが火炎放射器で焼かれて、
みえも顔を焼かれて怖かった。だからいつも泣いていた」

さらにみえちゃんは

「ここにいたお兄さん(お兄さんとは幽霊で現れたアタシの祖父)が
ここの子供は怖い思いはしていない。今は戦争はないから。
でも、ここの子供は泣いていた。みえと一緒。
『泣くから殺される。お前が悪い。泣くな』
みえは言ったんだ」

アタシは、泣いている子は悪い子だから殺されるという思考回路が
できあがっているみえちゃんの話を聞きながら、

この平和な時代に生まれた娘が戦死した子供と同じ哀しみの心を
抱いていたことに気づかされた。
アタシが子供たちと向き合って、大事に大事に愛してあげなければ。

この地を離れるアタシであるが、みえちゃんはここに残ったままである。

大好きな母ちゃんに殺されても、子供はお母さんを探して彷徨う。
母親は愛情が故に、戦争で追い込まれた極限状態の中、
わが子を殺めたことで地獄を彷徨う。
戦争は人を悪魔に変えてしまう。

アタシ達は普通に「死の記憶」を持つ土地に住んでいる。
「住める土地」と「住めない土地」という言い方がなされる。
幽霊が出るという噂があったり、不幸があったりした場所を
「住めない土地」と言ったりするが、
「住める土地」と「住めない土地」の違いを決めるのは、
そこに住む人間の心の持ちようである。

「己ばかりを優先してはいないか」
「まわりと調和を持てているか」
「心は満たされているか」

みえちゃんによって、子供の心に穴を開けていけない
夫の真に将来に向けて語りあった。

その後夫婦の縒りはもどり、
関東の時代と同じように明るい家庭に変わっていった。
夫婦でお酒を飲みに行くことも増えた。

みえちゃんとのできごとからかなり年月が過ぎ
年季の入った夫婦となったアタシ達がお気に入りの
ワインバルで出会った男性の祖父が、
話を聞くとあのみえちゃんがいた土地で農地の地主だったという。

壕に隠れたおばあさんと孫娘は火炎放射器で焼かれて、
おばあさんは即死、孫娘はろくな治療を受けずに亡くなったと。

おそらくその男性の話はみえちゃんの話だろうが、
自決した話にはなっていない。自決や母がやむを得ずわが子を
殺めた話は外にだせないのかもしれない。

その男性の話によるとみえちゃんと思われるその子の
遺骨だけが見つからなかった。
それで、代々の土地に慰霊塔を建てた。
土地の後継者は土地を手放して、そこに高層マンションが建てられた。

アタシは、その男性に
「その近くの防空壕の跡地に、お菓子やお水をお供えして、
『安らかになれ、天に届け』と強く念じて」

と伝えた。


@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

というお話であったが、
残念ながら、人類が続く限り、戦争は無くならないだろう。
ただ、その戦争は、そこ国に、その土地に暮らし、住まう人たちの
意識模様の集合が引き起こすのかもしれない。

個々の家庭での満たされぬ思いや
不満集合体が社会全体の大きな不満の集合体となり、
行き着くところが国同士や民族同士の戦争になるのかもしれない。

この短編小説で

::::::::::::::::::::::::

「住める土地」と「住めない土地」の違いを決めるのは、
そこに住む人間の心の持ちようである。

「己ばかりを優先してはいないか」
「まわりと調和を持てているか」
「心は満たされているか」

::::::::::::::::::::::::::

とあったが、それは日々の暮らしで、
よりよく生きていくうえで大切な心の持ちようだと思う。


たとえ、世の中、大不況になって生活が苦しくなっても、
戦争で荒廃しても、家族や友人など身の回りの親しき人たちが
そして、己も含めて、
元気に生きてなんとか過ごしていけているだけでも喜びを
感じていければ、大変な社会状況になっても、
心まで荒んでしまうことは防げるだろう。

今の暮らしで不満に思うことがあったとしても、
70数年前のわが国、日本で、日々、爆弾の雨に
怯えながら暮らしていた人々のことを思うと
大したことはないと思う。
その時代は、飛行機雲をみたら身の危険を感じるような
時代であった。その飛行機から爆弾の雨が降って
くるからだ。
そう思うと、飛行機雲を見て、そんなことを感じる必要のない
現代は恵まれている。

この小説で

アタシ達は普通に「死の記憶」を持つ土地に住んでいる。

とあったが、それを耳にして、
今の私の職場の最寄駅の大阪市の京橋駅を語らえずには
いられない。

京橋駅も第2次世界大戦による死の記憶がある場所である。

その出来事が発生したのは
昭和20年(1945年)8月14日。
そう翌日には、日本政府が降伏して戦争が終わったのである。

戦争が終わる1日前に、米軍の空襲の爆弾がそれて
京橋駅を直撃して、少なくとも210名が亡くなったとされる。

もし、あと1日早く8月14日に戦争が終わっていれば、
亡くならなかった命であった。


そのような戦争による死の記憶の歴史を振り返りつつ、
戦争で怖い思いをしてなくなったみえちゃんのように、
現代の日々の暮らしの中での己の振る舞いや心の持ち方が
身近な人に哀しみという魂の大きな穴を作ることになっていないか。
そのようにふと思いながら、
この耳で聞く短編小説を聴き終えたのであった。





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6月23日は沖縄慰霊の日・・・日米両軍で住民を巻き込んだ熾烈かつ凄惨な激闘の沖縄戦の組織的戦闘終結の日 

終戦前日(昭和20年8月14日)に、大阪の京橋駅で米軍の爆弾が落ち多数が亡くなる・・・・もし、終戦が8月13日であったら、京橋駅で空襲で亡くなる人はなかった


○ラジオ文芸館に関すること

ロバのサイン会・・・消費され消え行くものに過ぎないものが育む絆・・・耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館を聴いて・・・

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「トオリヌケ キンシ」(加納朋子 作 )を耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館で聴いて・・・・何気ない日常のふるまいが誰かを大きく助けていることがあれば嬉しいですね

「あなたに会いたい」(浅田次郎 作)を耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館で聴いて・・・出世のために若かりし時に捨てた恋人の幻影か・・カーナビからの「あなたに会いたい」の声で誘われた場所は・・・

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「仮面パパ」(森浩美 作)を耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館で聴いて・・・偽りの「育メンパパ」に仕組まれたワナは


「車窓家族」(高田郁 作)を耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館で聴いて・・・車窓から見える老夫婦の何気ないほっこりした日常が見知らぬ人どうしの言葉を交わすきっかけをつくり


「曲芸と野球」(小川洋子 作)を耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館で聴いて・・・曲芸師の女性と野球少年という異色の組み合わせの男女の淡くも末永い絆


「はるか」(北村薫 作)を耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館で聴いて・・・天真爛漫の無邪気な女子高生の明るさが潤いと彩りのある豊かな日常にもたらす


「本番、スタート」(ドリアン助川 作)を耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館で聴いて・・・・日の目を見ず、下っ端であろうが、その人の人生の主人公はその人本人なのである


「かがやく」(帚木蓬生 作 )を耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館で聴いて・・・・人間は自分が得意として輝いている時のことに関心を持ってもらえることに喜びを感じるのだ


「超たぬき理論」(東野圭吾 作 )を耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館で聴いて・・・・えっ!UFOの正体はたぬきが化けた文福茶釜だってえええ??・・・こじつけと思い込みの想像力・・ちなみに、宇宙人って誰のこと


「イービーのかなわぬ望み」を耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館で聴いて・・・垂直移動のエレベーターで生きてきたイービーの結末から「空間」についてちょっと思う


耳で聞く短編小説ラジオ文芸館 鈴木光司 作「大山」・・・バブルに翻弄された元夫からの復縁の申し出の旅路にて、元妻からの粋な計らいとは

人生という名の自転車は、自力で漕ぎ続けるのだ・・・「耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館」で「自転車を漕ぐとき」、41歳無職の男の物語を同じく41歳で再び無職に戻る私が聴いて


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透明人間とはそういうことだったのか!・・・耳で聞く短編小説ラジオ文芸館、島田雅彦の作「透明人間の夢」を聞いて、ホームレス寸前の彷徨う若い男女の恋の結末は!

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