言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
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「車窓家族」(高田郁 作)を耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館で聴いて・・・車窓から見える老夫婦の何気ないほっこりした日常が見知らぬ人どうしの言葉を交わすきっかけをつくり

今日は、2016年(平成28年)5月22日 日曜日

昨日の午前8時05分からNHKラジオの
耳で聞く短編小説ラジオ文芸館を聞いた。

昨日は、高田郁(カオル)氏の作品「車窓家族」であった。
今回はアンコール放送であり、
前回は2014年(平成24年)6月7日放送であった。
私自身もこの作品を聴くのは2回目で、
その簡単なあらすじがラジオ文芸館のHPにあるので、
引用すると

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「車窓家族」2016年5月21日
作:高田 郁(カオル)

2014年6月7日放送のアンコール。
大阪と神戸を結ぶ私鉄電車は、さまざまな乗客を運ぶ。彼らが気にしているのが、
線路沿いの古アパートに住む老夫婦の存在だ。
火灯し頃になると、その部屋からは夫婦の倹しい暮らしぶりが浮かび上がって見えた。
ある日、信号待ちで停車した電車の乗客たちは、
老夫婦の一室に灯りがついていないことに気づく。
心配の言葉を交わす乗客たちが、動かない電車のなかから見たものは…。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

とある。前回聴いたがぼんやりと内容を覚えている感じで、
結末はどうだったのかの記憶が定かではなく、
もう一度聴こうと思った。
さて物語りは以下の通りである。
きちんと覚え切れていないので、
詳細は不正確なところがある。

****************************


大阪と神戸を結ぶ私鉄電車(阪急か阪神か、阪急ぽく思えるが)で、
いつも信号待ちで停車するところがある。

その電車の車両に乗っていた
30代OLの「まりえ」は、その日はあるアクシデントで憂鬱な
思いでいた。
電車が信号待ちで停車して、ふと、車窓から見える
2階建て「文化住宅」の真ん中の部屋に
外から丸見えの状態で、ある老夫婦が過ごしている光景が目に入った。
何か夕食でも作って食べようとしていて、どうやらカレーのようであった。
仲むつまじく楽しそうに食事をとっている老夫婦の光景を見て、
憂鬱な気持ちもなくなっていた。

そして、まりえが乗っていた電車の次の電車に乗っていた
「ゆういち」は会社に不満を持っていて、前任者の尻拭いばかり
させられ、「こんな会社辞めてやる」と怒りがこみあがっていて、
また、関東育ちのゆういちにとって、関西のボケやツッコミ、
話の最後にオチがあるような会話を求められる空気に全くなじめず
それに対しても不満を高めるようになっていた。

そのような不満を抱いていたゆういちだが、電車が信号待ちで
停車して、車窓から見える「文化住宅」の老夫婦の光景が目に入る。
何か、編み物をしているようで、よく見ると、靴下を縫っていた。

それを見てゆういちは、彼の母のことを思い出した。
母は40歳を過ぎて、ゆういちを生み、他の同級生の母よりも
年齢が高いことを嫌がり、彼がやっていた少年野球の
応援に母が来ることを禁じていた。その母は、野球で
擦り切れて穴が開く。母は新しい靴下を買わずに、
その穴を裁縫で補修していたのだ。
そのことを靴下の編み物をしている老夫婦の光景をみた
ゆういちは思い出し、気持ちが和らいだ。

その電車からさらにいくつか後の電車に乗っていた
「みつこ」は、60歳を過ぎていたが定年後も公証役場で働いている。
そのみつこが乗っている電車が信号待ちで停車した。

すると、車窓から見える「文化住宅」の老夫婦の光景が目に入る。
夫の方が妻から肩もみをしてもらって気持ちよさそうに恍惚の表情を
浮かべていた。
それを見て、みつこは、あの人が生きていたらあのくらいの年齢になって
あのようになっているのかなと思った。
20年ほど前、みつこの夫は40代で心筋梗塞で急逝し、当時高校生だった
子供たちを支える大黒柱にみつこはならなけならなくなった。
そのようなことをふりかえりつつ
もし、夫が生きていたらと思いつつ、その老夫婦の光景を自分たち夫婦の
姿に重ね合わせていた。

季節が過ぎ、クリスマスが近づいたころ、
信号待ちで停車した電車の車両にあるチャラチャラした感じの
若者が乗っていた。その若者は「しょうた」という。
そのしょうたが乗っていた車両では、
サラリーマンが多く乗って加齢臭が漂っているような状況で、
かつ、自分の隣に、50を過ぎたおっさんで、ふとって
頭の後頭部が寂しく肌が露出していて、難しそうな専門書を閉じて
立っている姿を見て、蔑むように哀れむように
「このおっさん、何かたのしゅう(楽しくて)生きてんだろう。
明日は、クリスマスイブというのに、そんな楽しみもないだなあ」
と思いつつ、自分が明日、彼女と楽しいときを過ごせることを想像していた。

ふと、そんなことを思っている「しょうた」は車窓から見える
「文化住宅」の老夫婦の光景が目に入る。
その老夫婦はおでんのようなおいしそうなものを食べていて、
それに興味をもってじ~と見ていた。

さて、その「しょうた」に内心蔑まれいた50歳を過ぎた
「こういち」は、隣に立っていた
チャラチャラして髪を染め、ピアスをし、ドクロのベルトをした
若者(しょうた)を見て、
「私が最も嫌うタイプの男だ」と軽蔑しつつも、ず~と
車窓から見える老夫婦を見つめているその若者(しょうた)を見て、
「あんがい、良いやつかもしれんな」とも思ったりした。

そのお互いに軽蔑しつつも、このふたりは、
老夫婦が、おいしそうにおでんらしきものを見て
互いにギュルリ・グーとお腹を鳴らしてしまうのであった。

さて、年が明けて、大寒も過ぎ、少し寒さが緩みだしたころ
みつこはいつも通り帰宅で電車に乗っていて、信号待ちの
ところで電車が止まっていたが、トラブルで長い間
そこで停車したままで、他の乗客から苛立ちの気分が漂っていた。

ふと、みつこはいつもは車窓から見える老夫婦の部屋から明かりが
ここ2日間見えなくなっていることが気になった。

60代で公証役場で働く
みつこは、ふと、そのことを口にすると、
隣に立っていた女性も呼応するかのように心配していることを
口にする。その女性は30代OLの「まりえ」であった。

すると、それに呼応した男が2人いた
関東育ちの若い会社員の「ゆういち」と50代の「こういち」である。

すると、「あんたらも気にしてたのか」と
椅子に礼儀知らずの若者の如く、足を広げて座っていた若者が言い放った。
その若者は「しょうた」である。

みつこは、その老夫婦はなにか病気になったのではとふと心配になったが、
2日前までは電気がいつも通りついていたので、そうでないかもという
思いを抱くが、その思いも全く気づかず、しょうたは

「年寄りは急に病気になったりするからなあ」と

軽く言うと、他の4人はしょうたに冷たい視線を送る。

すると、老夫婦の部屋から明かりが戻った。

すると何か脚立に立っている作業員がいて、
それは電気の修理屋のようであった。

そう、この2日間、電灯が故障して、灯らなかったのだ。

再び、いつも通りの老夫婦の姿をみてほっと5人は安心した。
そのとき、しょうたは「ばんざーい」と言い放った。

その5人は
再び動き出した電車が停車した駅でそれぞれ降りていき、
各々の進む方向に行くが、
50代のこういちは、「しょうた」が髪の毛を黒くしているのを見て、
どうして、髪の毛を黒くしたのかをきくと、

しょうたは「美大の受験をするが、面接で髪の毛染めていたら
まずいでしょ」と言うと、こういちは
「がんばれよ」と声をかけた。


****************************


こんな感じの物語でしたが、
老夫婦の
何気ない日常の光景が人の心を和ませ、
そこから全く面識のない人どうしが、ふと
気持ちがつながり言葉を交わす時と場を生み出したことに
素敵なものを感じました。

この作品は、平成25年(2013年)に発売された
短編小説集の「ふるさと銀河線 軌道春秋」に収録されている。

ちなみに、私は全く知らないが、
作者の時代小説シリーズの「みをつくし料理帖」の作者で、
これはテレビドラマ化され女優の北川景子さんが主演されたという。





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