言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
語源、雑学など、時事ネタなど。また、楽習社とは私の脳内にある架空の企業です。所属組織や職業が変わろうとも、生涯、理系・文系を多様な知を楽習(がくしゅう)して、生きていきたいので、架空企業名を勤務先にしています。それを退職する時は私の人生が終焉する時です。.当ブログ各記事に誘うための目次専用ペ ージはカテゴリートップにあります。PCページは画面左サイドに、スマホ画面からは下のマークの真ん中からカテゴリーにいくことができます

プロフィール

くわどん

Author:くわどん
世の中の森羅万象のことに好奇心を持つものです。
いろいろの世の中をことを知り、いろいろ言葉を
つづっていきます。
また、過去の各記事にアクセスしやすく
するため当ブログの目次専用ブログを随時更新中です。
目次専用トップページ http://blogs.yahoo.co.jp/
kuwadong/64865881.html 



最近の記事

2015年11月2日まで、10年間毎日更新してきましたが、その後は、週1回プラスアルファのペースで更新していきます。



カテゴリー



語源由来辞典からの引用

当ブログにおいて、語源のコメントを する時は、語源由来辞典から引用しています。

語源由来辞典へはここをクリック!!



リンク

このブログをリンクに追加する



フリーエリア



お買い物しませんか?



最近のトラックバック



最近のコメント



月別アーカイブ



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



RSSフィード



広告ですたい!



フリーエリア



「曲芸と野球」(小川洋子 作)を耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館で聴いて・・・曲芸師の女性と野球少年という異色の組み合わせの男女の淡くも末永い絆

今日は、2016年(平成28年)3月 20日 日曜日

昨日の午前8時05分からNHKラジオの
耳で聞く短編小説ラジオ文芸館を聞いた。

昨日は、芥川賞作家の小川洋子氏の作品「曲芸と野球」であった。
その簡単なあらすじがラジオ文芸館のHPにあるので、
引用すると

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「曲芸と野球」 2016年3月19日
作:小川 洋子

2015年1月17日放送のアンコール。

小学生の「僕」の打撃が独自の進化を遂げたのは、曲芸師の影響だ。
どんな球もレフト方向に引っ張らず、ライト方向に流し打ちする。
三塁の脇で椅子を積み上げ、その上で毎日逆立ちの練習をする曲芸師。
彼女に打球をぶつけたくなかったのだ。  
周りの人はみな曲芸師に無関心だったが、ある日僕は言葉を交わす。
次の日、生涯初のヒットをライトに打つと、
逆立ちのまま手を振り、彼女だけが祝福してくれた。  
別れは突然だった。ある日、僕が空振りして尻もちをついた拍子に椅子が崩れ、
曲芸師は転落して大けが。その日が彼女に会った最後だった。・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

とある。私もこれを聴くのは2回目である。
内容の記憶があやふやだったこともあり、
もう一度聴こうと思った。
さて物語りは以下の通りである。
きちんと覚え切れていないので、
詳細は不正確なところがある。

****************************


僕がライト方向の流し打ちができるように
なったのは曲芸師のおかげである。

主人公の小学生の僕は、少年野球をしていた。
その野球をする場は、河川敷の広場で、
そこは石がごろごろして、草の生えたようなところで
きちんと整備されているわけではなかったが、そこでの
野球を楽しんでいた。

主人公の僕が打席に立つと、
3塁・レフト方向のファウルグランドの
水門の調整室のところで、4脚の椅子を4段乗せて、
その最上段で逆立ちをしている曲芸師の女性の姿が
目に入る。
その女性に打球を当てたら、曲芸師が落下してケガを
してしまう。そんな心配をして、
一度も3塁・レフト方向に打ち返したこともないのに。
それで、変なフォームで打つようになり、
コーチからそれを変えるように指導されたりしたが、
3塁方向にいる曲芸師に打球を当てないようにと
独特な打撃フォームが形成されていった。

そのように打席に立つ時に、
3塁方向の曲芸師を心配する僕であったが、
他のチームメイトは、曲芸師をまったく気にせず
3塁方向に打ったり、中には、その曲芸師を狙って
打っているんじゃないかと思える打球を飛ばす者もいた。

そう、その曲芸師を気に留めているのは、
僕だけに思えた。

そのように、もしかしたら打球があたるかもしれないと
僕が心配するような場所で、曲芸師の彼女が
その水門の直方体の形をした調整室の
建物を使って練習するには合理的な
理由があった。
それは、ちょうど椅子を3段積み上げた後、
最後の4段目の椅子を乗せるには、
その調整室の屋上の高さが好都合だったからである。

4段の椅子を乗せ、
真っ黒なタイツを身に包んだ
曲芸師の彼女は、逆立ちをして、曲芸の練習をする。
その4段の椅子と逆立ちをする彼女が一体化して
いるようにも思えた。

僕は彼女とは会話をしたことはなかったが、
声を聞いたことがある。
その僕の父が営む整形外科医院の
ある意味、常連の患者であるからだ。
それも

父は、その地域で、親切な医師として
評判があり、患者さんには同情心を示して
接しているのであるが、
その曲芸師の彼女には、
いつも診療時間を終えた頃に来院する
彼女であっても親切に接するが、
「まだ、肋骨にひびがはいってますね。」
と淡々した口調で、たびたび、ケガをしてくる
ケガをするようなことを止めない彼女には
同情心を示すようなことはなかった。

その父の診察に、「はい」「はい」と
応える曲芸師の彼女の声を僕は聞いていた。

彼女は曲芸のキャリアの中で、度重なるケガで
ある意味、傷だらけの身体になっているのだ。

しばらくして、ある日のこと。
その日も、いつもの河川敷で野球の練習をしていた僕。
チームメートがレフト方向後方の茂みに打ち飛ばし転がした
ボールを練習後に僕は捜していた。
そのうちになんと、他のチームメートは帰ってしまっていた。

その時、水門の調整室でいつものように練習していた
曲芸師の彼女と言葉を交わすこととなった。

毎日練習している理由は、血の流れが逆になってしまう
からだという。そう、曲芸師の彼女は、逆立ちをする。
逆立ちに適応した身体を維持するために毎日、曲芸の
練習をするのだという。
曲芸を披露する時、助手とサルとクジャクと一緒に
芸を行い、
彼女は、4段に積んだ椅子の上で逆立ちをしながら
股の間にフライパンを乗せて、クジャクの卵焼きを作ったり
するという。

それ以来、河川敷で野球の練習をする時、
3塁方向の水門の調整室で、曲芸の練習をする彼女と
手を振ったりしてコミュニケーションを交わすようになる。

ある時に、僕が、ライト方向に流し打ちをして、
ヒットを決めた時、
曲芸で4段の椅子の上で逆立ちしていた彼女は
褒め称えるほうに僕に手を振ってくれた。
その時、彼女は片手で逆立ちをしていて
それを見て、落ちないか心配しながらも
僕は片手を突き上げて、彼女に応じた。

そんなある日、前日の雨でぬかるみが残る
打席にたった僕は、転んで三振をしたと同時に
嫌な音が響いた!!
曲芸の椅子が崩れ、曲芸師の彼女が落下して
横たわっていた。ただ、意識ははっきりしていた。

野球のコーチが彼女を背負い、
僕の家でもある父の整形外科に連れて行った。

僕は彼女の練習道具の椅子を病院まで持っていった。
その椅子は、崩れた影響で破損したりしていたが、
彼女と一心同体の椅子をそのまま置いてきてはいけないと
思ったからだ。

彼女は万一、頭に異常があってはいけないと
横たわっていた。
診察の結果、手首が骨折、鎖骨も異常があり、
精密検査のため大学病院に紹介状を書く父が言う。

その後、僕は、曲芸師の彼女を彼女の自宅まで
一緒に歩いて送ることとなった。

彼女は片手は三角巾で曲げた上体で歩き、
僕は、4つの椅子を持って歩いた。

僕は、彼女の大ケガのことを心配したが、
彼女は、曲芸にはケガはつき物であり、
それは、野球でデッドボールでけがをするのと同じだと。
「デットボールのけがを怖がって、打席に立てないなんて
ないでしょ」という趣旨のことを言う。

彼女の自宅の庭には、他に多くの使い古した椅子がいくつもあり、
その多くの椅子のところに持ってきた椅子を置いた。

その日以来、曲芸師の彼女をみかけることはなくなった。

その語、うわさで、その曲芸師の女性は亡くなった。
そして、さらに、彼女は実家に戻ったのちに
肝臓の病気で亡くなったという追加情報が耳に入ったりした。

僕は、あの時、自分が変な三振をしたことがきっかけで
彼女が転落事故を起こしてしまい、もう二度と曲芸ができなく
なったのか、または、亡くなってしまったのかもと思ったりして
自責の念を抱いた。

そんな僕は時が流れ、高校生になり、高校生でも野球部に入部して、
県の予選大会に出場した。
そして、その時、9回裏にランナーがいる状況で
打順が回り、見事なライト方向の流し打ち、
あの曲芸師のおかげで身についた打法で、サヨナラヒットを
生涯一度だけのサヨナラヒットを決めたのだ。
その時だった。3塁の観客スタンドが視野に入った時、
あ!!とする光景が目に飛び込んできた。

それは、4段の椅子を積んで、その最上段で逆立ちをする
あの曲芸師の彼女の姿だった!!!
そして、助手の方もサルもクジャクも一緒にいて
そして、そこで逆立ちをしながら彼女は
サヨナラヒットを打ち放った僕を褒め称え祝福するかのように
芸をしていた。
彼女は亡くなってなんていなかった。
あの時の大ケガを克服して、曲芸師として復活していたのだ。

その後、僕は成人して、社会人になって、
野球は草野球チームでするぐらいになったが、
そのような試合でも、僕の目には
3塁・レフト側で、曲芸をする彼女の姿が映っていた。


****************************

という感じの物語ですが、
曲芸師の彼女と野球少年というあまり見られない組み合わせの
男女の縁の深さというか淡くも末永い絆を感じる物語でした。

実は、この当ブログの「ラジオ文芸間シリーズ」で
小川洋子氏の作品を取り上げるのは2回目で
1回目は、「イービーのかなわぬ望み」である。

その「イービーのかなわぬ望み」も
アンコール放送の回で取り上げた。

そして、今回の「曲芸と野球」も
「イービーのかなわぬ望み」も
平成19年(2007年)9月に発売された
「夜明けの縁をさ迷う人々」の
9つの短編小説に掲載されている。





このブログ内の関連記事

○ラジオ文芸館に関すること

「イービーのかなわぬ望み」を耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館で聴いて・・・垂直移動のエレベーターで生きてきたイービーの結末から「空間」についてちょっと思う


「はるか」(北村薫 作)を耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館で聴いて・・・天真爛漫の無邪気な女子高生の明るさが潤いと彩りのある豊かな日常にもたらす

「サヤンテラス」(乙川優三郎 作)を耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館で聴いて・・・私の愛するテラスでの亡き夫の声は幽霊か面影か


「本番、スタート」(ドリアン助川 作)を耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館で聴いて・・・・日の目を見ず、下っ端であろうが、その人の人生の主人公はその人本人なのである

「トオリヌケ キンシ」(加納朋子 作 )を耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館で聴いて・・・・何気ない日常のふるまいが誰かを大きく助けていることがあれば嬉しいですね

「かがやく」(帚木蓬生 作 )を耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館で聴いて・・・・人間は自分が得意として輝いている時のことに関心を持ってもらえることに喜びを感じるのだ

「超たぬき理論」(東野圭吾 作 )を耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館で聴いて・・・・えっ!UFOの正体はたぬきが化けた文福茶釜だってえええ??・・・こじつけと思い込みの想像力・・ちなみに、宇宙人って誰のこと

原田マハ 作の「無用の人」を、耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館で私の人生と重ね合わせながら聴いて・・・無用の人扱いされた他界した父が娘に贈った最後の誕生日プレゼントとは

耳で聞く短編小説ラジオ文芸館 鈴木光司 作「大山」・・・バブルに翻弄された元夫からの復縁の申し出の旅路にて、元妻からの粋な計らいとは

人生という名の自転車は、自力で漕ぎ続けるのだ・・・「耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館」で「自転車を漕ぐとき」、41歳無職の男の物語を同じく41歳で再び無職に戻る私が聴いて

ロバのサイン会・・・消費され消え行くものに過ぎないものが育む絆・・・耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館を聴いて・・・

2か月に1度行く、上新庄のミスタードーナッツで、ラジオ文芸館のアンコール放送「尾瀬に死す」を耳にして、前回も同じ場所でそれを聴いていたので、デジャブさを感じた

透明人間とはそういうことだったのか!・・・耳で聞く短編小説ラジオ文芸館、島田雅彦の作「透明人間の夢」を聞いて、ホームレス寸前の彷徨う若い男女の恋の結末は!

人生、思わぬ偶然のできごとでどう変わるかわからない・・・角田光代の「誕生日休暇」を耳で聞く短編小説「ラジオ文芸館」で耳にして
スポンサーサイト

テーマ:読書メモ - ジャンル:学問・文化・芸術


この記事に対するコメント


この記事に対するコメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック

トラックバックURL
http://kuwadong.blog34.fc2.com/tb.php/3719-13b6f659
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)