言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
語源や考えたこと、お気に入りの歌や発想法、雑学など、政治経済社会の時事ネタも書いたりしています。また、楽習社とは私の脳内にある架空の企業です。現実世界での所属組織や職業が変わろうとも、生涯、理系・文系を問わず、古今東西の学問を楽習(がくしゅう)して、生きていきたいので、架空の企業名を勤務先にしています。その会社を退職する時は私の人生が終焉する時です。.

プロフィール

くわどん

Author:くわどん
世の中の森羅万象のことに好奇心を持つものです。
いろいろの世の中をことを知り、いろいろ言葉を
つづっていきます。
また、過去の各記事にアクセスしやすく
するため当ブログの目次専用ブログを随時更新中です。
目次専用トップページ http://blogs.yahoo.co.jp/
kuwadong/64865881.html 



最近の記事

2015年11月2日まで、10年間毎日更新してきましたが、その後は、週1回プラスアルファのペースで更新していきます。



カテゴリー



語源由来辞典からの引用

当ブログにおいて、語源のコメントを する時は、語源由来辞典から引用しています。

語源由来辞典へはここをクリック!!



リンク

このブログをリンクに追加する



フリーエリア



お買い物しませんか?



最近のトラックバック



最近のコメント



月別アーカイブ



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



RSSフィード



広告ですたい!



フリーエリア



東日本大震災から5年、5年前の今日と同じく「金曜日」であった・・・・もうひとつの平成の大震災の阪神大震災の5年後を思いつつ

今日は、2016年(平成28年)3月 11日 金曜日

今日で、東日本大震災と福島原発事故をもたらした
東北地方太平洋沖地震が発生してから5年になる。
5年前の今日は、本日と同じ金曜日であった。

今から5年前の今日、
私は当時勤務していた小さな会社の
京都市内のオフィスでひとりで勤務していた。
そのころは、いつも、オフィス内のラジオで
FM802を聞きながら作業をしていたが、
ちょうど、14時49分ごろだっただろか、
FM802の「ただいま地震が発生しています」と言っていて、
すると、京都市内の職場でも揺れを感じて、
すると、船酔いするかのような気持ち悪い揺れの長さに
「これは、日本のどこかで大地震が発生した」と感じて、
2ちゃんねるの速報ヘッドラインを見ると

緊急地震速報を告げるスレがあり、
見ると、宮城・岩手・福島・秋田・山形とあり
東北かと思うと
すかさず大津波警報で、それも6mという大津波を示す
書き込みがあり、これはすごい大地震が東北三陸沖で
発生したんだなと思った。そして震度7の速報があり
これはすごいことになりそうだと
最新情報を随時追っていた。

その後、夕刻、兵庫県西宮市の自宅に帰宅している
途中の阪急京都線の十三駅に到着する前の17時20分過ぎ、
NHKテレビの音声放送のみを
ウォークマンのFMラジオ機能で耳にしていた時、
驚く速報が耳に入った。


「東京電力福島第一原子力発電所の原子炉が
安定的に冷却できなくなり、原子力緊急事態宣言が出された」

というニュースであった。
私はこの時、

「ああ、やられてしまったたんだ。大変なことになる」

と思った。その後、まさに3つの原子炉がメルトダウンして、
最悪、首相官邸で、首都圏3000万人避難のシナリオが想定されるという
原発の大事故となった。

そして、私にとっては、会社の主要顧客企業が電力関係であったことで、
原発事故の影響で受注がなくなり、その翌年の8月に失業することとなった。

あの地震から5年、失業後、6つの職場を転々として、
現在に至っていて、西宮市内の職場で勤務している。

平成になって、2つの大震災が発生していて、
東日本大震災と阪神淡路大震災である。

阪神淡路大震災の時、大学生で西宮市で下宿屋に
いた時、震度6以上の激しい揺れで下宿屋が居住不能となり
引越しをせざるえなくなり、震災の混乱の中、
その後の進路も不安定で大学を卒業しても2年ほどは就職せず、
平成10年になってやっと京都の小さな会社に就職して、
阪神大震災から5年後の平成12年もその企業にいて、
西宮と京都を毎日通勤している日々を過ごしていた。

その企業をもうひとつの平成の大震災となる
東日本大震災での原発事故で退職をせざるえなくなる運命とは
思ってもいなかった。

さて、そのような平成の2つの大震災の5年後ということを
私個人の体験でつづったが、
社会的に大きく見て、
この平成の2つの大震災の5年後の違いについての
キーワードとしては、

人口減少時代、大都市と過疎地

とある。

東日本大震災の被災地の方が、
阪神大震災から20年以上経った
神戸を見て、
「このように復興したのを見て」
ということを語ってたのをテレビの報道で見かけたとき、
阪神大震災と東日本大震災の違いを感じる。

阪神大震災後の日本は
まだまだ人口が微増ながらも増えていて、
また、神戸は人口150万人の大都市で、
復興にしやすかった面があったのかもしれない。

一方、東日本大震災後の日本は
人口減少社会に突入し、
東日本大震災の被災地は、過疎の地区も多くあり、
阪神大震災の場合よりも
復興に困難さを伴うように思え、
人口減少を前提とした復興にならざるを得ない。

そして、阪神大震災と東日本大震災の決定的な違いは
原発事故という放射能汚染で、福島県では
未だに帰還できない地域があり、
帰還が再開された地域でもあまり人が帰ってこず
一度、町や村が失われたところを
ゼロから作り直すことの困難性を思わされる。


そのようなことを東日本大震災5年を
阪神大震災の5年の時と比べながら思うのであった。

スポンサーサイト

テーマ:思うこと - ジャンル:学問・文化・芸術


この記事に対するコメント


この記事に対するコメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック

トラックバックURL
http://kuwadong.blog34.fc2.com/tb.php/3716-cec82c1b
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)