言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
語源や考えたこと、お気に入りの歌や発想法、雑学など、政治経済社会の時事ネタも書いたりしています。また、楽習社とは私の脳内にある架空の企業です。現実世界での所属組織や職業が変わろうとも、生涯、理系・文系を問わず、古今東西の学問を楽習(がくしゅう)して、生きていきたいので、架空の企業名を勤務先にしています。その会社を退職する時は私の人生が終焉する時です。.

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国立大学の人文系学部廃止と国民の政策批判能力・・・あっ、そうそう、阪急電鉄の名経営者だった小林一三は小説家志望だっただよなあ

今日は、2015年(平成27年)6月19日 金曜日

安倍内閣が、国立大学への方針として、
カネにつながる実学重視して、
その一方で人文系の学部を廃止していこうとしている
ことに対して、哲学研究や住民投票運動に関わった
國分功一郎氏がツイートで次のようにつぶやいている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
國分功一郎 @lethal_notion

国立大学の人文系学部が廃止されようとしているそうですが、
これは残業代ゼロ法案や派遣法改悪と通底しているのであって、
国民から知識と知恵と時間を奪って、政策についての判断能力を
低下させるための政策ですね。一貫しています。

9:01 - 2015年6月15日
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

とあった。
それでふと思うのが、国立大の人文系廃止の動きとは
対照的に感じたのがフランスの入学試験の内容である。
フランスでは、日本のセンター試験にあたるバカロレアの
科学系(日本で言う「理系」)の哲学の入試問題である。

その問いの内容は

・政治に関心を持たずに道徳的にふるまうことはできるか
・労働は自意識を持つことを容認するのか
・ベルクソン『思考と動き』の抜粋に対する解説
  *ベルクソンは、20世紀前半のフランスの哲学者

と理系の入試でありながら社会と思想を問う内容である。
このバカロレアを導入したのはナポレオンであるが、
ナポレオンは
哲学を深く学ぶことで人はより自由に思考でき、
その自由な思考により人間はより自由な存在になる
と考えていた。

フランスでは、哲学教育による教養が
思考の自由を持つ人々により共和国フランスの理想を基礎づけるものと
考えられていて、この教養がフランス共和国の理念と
民主主義に関わることととらえている。

理系の学生にも哲学という人文系の素養を
フランスでは求めている。

哲学的な思考を育む思考の自由が民主主義に関わることと
フランスではとらえているということを思うと
國分功一郎氏が
「国立大学の人文系学部が廃止が、
国民から政策についての判断能力を
低下させるための政策につながっている」
とつぶやくのもうなづける。

昨今は、安倍内閣が憲法違反が濃厚な
安全保障法案を強引に推し進めようとしているが、
まさに立憲主義の危機である。

そのようなことを思考することを
大学の文系の学部で学んだりするが、
今の政権の文系学部軽視の動きは
国民の政権批評の能力を弱める方向に機能しそうである。

さて、人文系学部軽視の背景には、
それは経済的収益につながる知識や技能を高めることに
つながらないという考えがあると思うが、
人文学的センスと会社経営ということで思い浮かぶのが
阪急電鉄の社長をしていた小林一三(1873年~1957年)である。

小林一三と言えば、
線路を引くだけだった鉄道事業に、宅地開発、遊園地、歌劇、
百貨店などを組み合わせ沿線開発という
新たなビジネスモデルを持ち込み、日本型私鉄経営の原型を
作った人物である。

小林一三は青年期に小説家を目指して、
慶應義塾大学文に入学し、小説を書いたりしていた。
その後、銀行マンを経て、阪急電鉄の前身の会社に入り、
経営者になっていった。

文学青年で小説家を志していた小林は、大衆が何を考え、何を望んでいるか、
大衆の気持ちをとらえることができたと言われるが、
その背景には、小説家になろうとして、人間の心理や思考を洞察
してきたことがあるかもしれないと思ったりする。

そして、彼は、宝塚歌劇を立ち上げるが、
自らも22作品、脚本を執筆したが、
まさに小説家の素養がここに劇団経営に活かされたと言える。

商売をするにあたりターゲットの顧客層が、
どのような生活を営み、その生活で何を思い、何に価値をおき、
どのような心理なのか。そのようなことを考えるのは
まさに人文的素養に関わることだと思うが、
国立大学の人文系廃止は、顧客層の心理に対する洞察力を養う
という観点から見ればそれから遠ざけるものになったりしないかと
思ったりする。

小林一三は学問について、次のような言葉を残している。

学問は飯の種ではない 
 学校に行って学問をするということは、飯を食う材料
(よい会社に入るため)ではなく、人間としての教養を
身につけるため。

と、この小林一三の言葉を、国立大学の文学部を廃止しよう
としている政府の人間達に爪の垢を煎じて飲ませたいわ。


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