言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
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西暦1615年6月3日(和暦 慶長20年5月7日)、大坂城炎上落城す・・・1467年の応仁の乱から始まった戦国乱世が終焉す

今日は、2015年(平成27年)6月3日 水曜日

今から400年前の今日の
西暦1615年6月3日(和暦 慶長20年5月7日)は
大阪夏の陣により大坂城が炎上落城した日である。

豊臣家排除を考えていた江戸幕府の初代将軍であった
徳川家康は、方広寺鐘銘事件で
鐘に彫られた「国家安康」「君臣豊楽」の文言に関して、
家康から解読依頼を受けた儒学者の林羅山は「家康呪詛の意図がある」と
家康に伝えた。

そのようなこともあり
前年の西暦1614(慶長19年)に
大阪冬の陣が勃発し、この時の和議で
豊臣家の大坂城の外堀が埋められることとなった。

しかし、翌年になって、
豊臣家に不審な動きがあると
徳川家は開戦の準備に動き、
豊臣家も開戦は避けられないと
外堀が埋められた大坂城の篭城戦では勝ち目なしと
考え、野戦で一気に敵方の総大将の家康を討つ作戦を立てる。

そして、
西暦1615年5月25日(和暦 慶長20年4月28日)
大坂夏の陣が開戦
道明寺・誉田合戦、八尾・若江合戦などで
豊臣軍は破れ、
そして、西暦1615年6月3日(和暦 慶長20年5月7日)に
最後の決戦となる天王寺・岡山の戦いが始まる。

豊臣軍は、真田幸村、大野治房、明石全登、毛利勝永らが
作戦会議の結果

右翼として真田隊、左翼として毛利隊を四天王寺・茶臼山付近に布陣し、
射撃戦と突撃を繰り返して家康の本陣を孤立させる。
そして、明石全登の軽騎兵団を迂回・待機させ、
合図と共にこれを急襲・横撃させる。

しかし、いざ、戦いが始まると
左翼の毛利隊が合図を待たずに発砲し、作戦は水泡になった。

そこで、真田幸村は
「今はこれで戦は終わり也。あとは快く戦うべし。狙うは徳川家康の首ただひとつのみ」
と、真田幸村率いる真田軍は
一気呵成に真一文字に家康本陣に突撃を敢行する。
その勢いは凄まじく、
10部隊以上の徳川勢を蹴散らして本陣に突入。
あまりの急な攻め込まれように、
家康の己の所在を明示するため馬印が倒れ、
家康は自害を覚悟した。
また、毛利・明石・大野治房隊などを含む豊臣諸部隊が全線にわたって奮戦し、
徳川軍は総崩れ状態になる。
ただ、数に勝る徳川軍は体勢を立て直し、真田幸村は追い詰められ討ち死にする。
唯一戦線を維持し続けた毛利勝永の指揮により、豊臣軍は大坂城内に総退却するが、
冬の陣で堀を埋められた大坂城は裸同然で、徳川軍が城内に侵入する。
そして、大坂城本丸内部で内通者によって放たれた火の手により、
天守閣も炎上。炎上する天守閣の炎により大坂の夜の空は照らされ、
京都からも大坂の夜空が明るく見えたという。
そして、西暦1615年6月3日(和暦 慶長20年5月7日)の深夜には
大坂城は落城した。
翌日には、豊臣方の豊臣秀頼と淀君は自害。
大坂夏の陣は終戦し、
西暦1467年の応仁の乱から始まった戦国乱世は
ここで終焉した。それは
武器を偃(ふ)せて武器庫に収め、
長く続いた戦国時代の終わりと平和の始まりを意味するで
「元和偃武(げんなえんぶ)」と呼ばれ、
元号も「元和」に改元された。
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