言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
語源や考えたこと、お気に入りの歌や発想法、雑学など、政治経済社会の時事ネタも書いたりしています。また、楽習社とは私の脳内にある架空の企業です。現実世界での所属組織や職業が変わろうとも、生涯、理系・文系を問わず、古今東西の学問を楽習(がくしゅう)して、生きていきたいので、架空の企業名を勤務先にしています。その会社を退職する時は私の人生が終焉する時です。.

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5月25日のできごと・・・「10年以内に人間を月に着陸させ、安全に地球に帰還させる」、1961年5月25日、ケネディ大統領が米国議会でアポロ計画の演説・・米ソ冷戦下、自由主義陣営のリーダー国として、威信をかけた人類月面着陸計画であった

今日は、2015年(平成27年)5月25日 月曜日

平成11年(1999年)発売の
ポルノグラフィティのヒット曲「アポロ」に
次のような歌詞がある。

♪~僕らの生まれてくるもっともっと前には
もうアポロ計画はスタートしていたんだろ?
本気で月に行こうって考えたんだろうね~♪

本日の5月25日はその人類月面着陸計画であるアポロ計画に関わる日で、
それは、1961年5月25日(木曜日)
当時のアメリカ合衆国第35代大統領である
ジョン・F・ケネディ大統領がアメリカ議会の演説で
人類月面着陸計画に関するヴィジョンを高々に宣言したのであった。

さて、当時の時代背景について説明する。

超大国アメリカ合衆国が主導する西側の自由主義陣営と
もうひとつの超大国ソビエト連邦が主導する東側の共産主義陣営の
冷戦の最中、
1957年にソ連がアメリカに先駆けて
人工衛星の打ち上げに成功し、
その後もアメリカよりもソ連が次々と宇宙開発をリードするようになった。

宇宙開発の技術は
核兵器搭載可能なミサイル技術など軍事にも関わることで、
そのような観点からも
アメリカ国内では、ソ連に宇宙開発をリードされる状況に
危機感を抱く世論が高まっていた。

そして、ジョン・F・ケネディが第35代大統領として
大統領に就任してからの約3ヵ月後の1961年 4月12日の
ソ連のユーリ・ガガーリンによる
世界初の有人宇宙飛行が成功したことにより、
アメリカに対するソ連の宇宙開発の優位性は決定的になった。

それを受けて、ケネディ大統領は
なぜソ連に宇宙開発をリードされてしまったのか、
アメリカの宇宙開発の問題点と
今後のアメリカが宇宙開発で取るべき姿勢について
ジョンソン副大統領に報告するように指示した。

ジョンソン副大統領はアメリカ航空宇宙局(NASA)の助言をもとに
その報告に関するメモを
1961年4月28日に、ケネディ大統領に提出した。

それをもとに
ケネディ大統領は
1961年5月25日にアメリカ議会において
特別議会演説で行った。

その演説でケネディ大統領は次のように語った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まず私が確信していることは、
今後10年以内に人間を月に着陸させ、
安全に地球に帰還させるという目標の達成に
我が国民が取り組むべきことだ。
この期間のこの宇宙プロジェクト以上に、
より強烈な印象を人類に残すものはないだろし、
長きにわたる宇宙探査史においてより重要となるものもはないだろう。
そして、このプロジェクト以上に完遂に困難を伴い
費用を要するものもないだろう。


(以上の和訳の原英文)

First, I believe that this nation should commit itself to achieving the goal,
before this decade is out, of landing a man on the Moon
and returning him safely to the Earth.

No single space project in this period will be more impressive to mankind,
or more important in the long-range exploration of space;
and none will be so difficult or expensive to accomplish.


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ケネディ大統領 アポロ計画 議会演説 y
アメリカ議会で演説するケネディ大統領
1961年5月25日

この時、NASAで構想されていた
人類を月面に着陸させるアポロ計画をケネディ大統領は強く
支援することを明きらかにしたことで、
多額の予算をつぎ込んで、技術開発および宇宙飛行士の訓練を進み、
1969年7月20日、アポロ11号が月面に着陸し、
アームストロング船長らの宇宙飛行士が
人類初の月面着陸を実現し、その後、地球に無事帰還できた。

ケネディ大統領が1961年5月25日に
アメリカ議会で
「10年以内に人間を月に着陸させ、安全に地球に帰還させる」という
ヴィジョンを掲げて演説をして10年しないうちに
実現したのであった。

しかし、その時、ケネディ大統領はこの世に存在していなかった。
大統領在籍中の1963年11月22日にダラスで暗殺された。

アポロ計画が促進された時代背景として、
軍事技術を結びつく宇宙開発において
敵対国であったソ連にリードされことがあった。

ただ、アポロ計画の有人月面着陸実現の過程で発展させた
技術があまり軍事的な効果はなかったという。

さて、そうであるならば、
ケネディ大統領はなぜ人類の月面着陸を実現させようと
したのか?

それは、軍事技術の向上というよりも
米ソ冷戦下における自由主義陣営のリーダー国としての威信だったという
議論がある。

国際基督教大学博士後期課程所属の青砥吉隆さんの論文
「信念とヴィジョンの証 ケネディ大統領による二つの「月」演説の分析」
において、ジョンソン副大統領がケネディ大統領に提出したメモに
書かれていた内容が記載されている。その部分を含めその論文の
次の文を引用する。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

4月28日にジョンソンからケネディに向けたメモが作成された。
そこには、アメリカが世界においてリーダーシップを示すにはどのような
計画が最も効果的なのかということを明らかにしようとする、極めて現実的な
政治判断が示されていた。
「他の国がいかに我々の理想主義的な価値に感謝していようとも、
彼らは長期的な目で見た際の勝者の側につく傾向があるということ
を認識すべきだ」と、ジョンソンは強い口調で警告した。
 このメモを受け、ケネディは 1961年5月25日に特別議会演説を行った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

このころはアフリカなどで欧州各国の植民地から独立する国々が誕生して、
その国々に対する米ソの陣営引き込み活動が活発になっていた。
それらの国々がアメリカをリーダーとする自由主義陣営につくのか
ソ連をリーダーとする共産主義陣営につくのかが定かではなかった。

もし、アメリカがソ連に宇宙開発で遅れをとっていると見なされると、
それらの国々がアメリカよりもソ連が優位だと判断して、
ソ連の共産主義陣営に回ってしまうことをケネディ大統領は恐れた。

自由という価値観を尊重する
自由主義陣営のリーダー国として、
そして、世界の技術開発のリーダー国として、
なんとしてもソ連に負けるわけにはいかなかった。

それで、ケネディ大統領は
人類初の月面着陸成功を10年以内に成功させるという
演説を1961年5月25日にアメリカ議会で行ったのだ。

人類を月面に着陸させるというアポロ計画は
ケネディ大統領の自由主義陣営のリーダー国としての
威信をかけた計画であったのだ。

その威信をかけたアポロ計画は
ケネディ亡き後もアメリカ政府で継がれ
1969年7月20日に世界初の有人月面着陸成功で
実現したのであった。

アポロ計画での技術開発により
電子工学や遠隔通信、コンピュータなどの分野の発展に
つながったという。


ケネディ大統領の演説の
「10年以内に人間を月に着陸させ、安全に地球に帰還させる」という
スピーチは次の20秒の動画で閲覧できます。

Archival: John F. Kennedy Speaking to Congress About Reaching the Moon (NASA)
https://www.youtube.com/watch?v=IMH139TOQ8M


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