言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
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原田マハ 作の「無用の人」を、耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館で私の人生と重ね合わせながら聴いて・・・無用の人扱いされた他界した父が娘に贈った最後の誕生日プレゼントとは

今日は、2015年(平成27年)5月13日 水曜日

先週の土曜日も、午前8時05分から
「耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館」を聴いた。

その日は、原田マハ 作の「無用の人」であった。

これは、小説現代の2012年10月号に掲載され、
その後、小さな幸福論を集めた短編集「あなたは、誰かの大切な人」
にも掲載された小説である。

さて、この原田マハ 作の「無用の人」にあらすじについて
ラジオ文芸館のページで、次のように説明されている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「無用の人」2015年5月9日
作:原田 マハ

美術館の学芸員、羽島聡美の50歳の誕生日に、父親が生前に出した小さな宅配便が
送られてくる。それは見知らぬ住所が書かれたアパートの鍵だった。
父は50代後半で仕事を辞め、聡美が独立してから母と離婚、一人暮らしをしていた。
父は一度美術館を訪ねてきたが、次に会った時には白い壺の中に納められていたのだった。
誕生日の後、訪ねたアパートの中で聡美が見つけたものは何だったのか…。 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

というあらすじであるが、より詳細にストーリーを説明していくと


主人公の聡美は50歳の女性学芸員である。
聡美の父は、ちょうど聡美の誕生日の1ヶ月前に他界した。

そして、父の他界から1ヵ月後の聡美の誕生日に
聡美の職場に、
職場の学芸課に茶封筒に入ったものが送られたきた。

それは、他界した父からの
送り日が指定された着払いのもでそれは
父からのプレゼントであった。

それを開けて見ると「鍵」が入っていた。
筆跡を見れば、間違いなく父が差出人であるが、
住所が東京の西早稲田になっていて、
父の住まいが千葉県の船橋市であったので、
思い当たらなかった。

父は家の経済的理由から大学中退で就職し、
スーパーに就職。
そのスーパーで同僚として働いていた女性と結婚。
その女性が聡美の母となる。
そして、父が25歳、母が26歳の時に
聡美が生まれる。

ただ、父は目立たない性格で、
スーパーの野菜売り場で野菜を黙々と切っているだけで、
お客さんを呼び込むこともしなくて、
昇進とは縁遠い人生であり、
母はそのような父を侮蔑し見限っていた。

ある日、
父は遅番の母が帰るまで、自分で作った夕食を前にして、
食べずに待ちながら、読書に熱中していた。

聡美がその本のタイトルを確かめると
それは、岡倉天心の「茶の本」であった。
父は、茶道を通じた日本人の芸術の精神を西洋に伝える
「茶の本」を何度も飽きずに読んでいて、
本が手垢で色づいていた。

ふと、父がいないときに、
聡美は父の愛読書の「茶の本」を読むと、
伝統芸術に重きを置く内容に反発を覚え、
大学に進学するなら現代芸術を学ぼうと
大学への進路を決意し、受験勉強に取り組み、
彼女は、某有名私大文学部の美術科に入学する。

母は聡美が有名大学に入学したことをとても喜んだ。
しかし、聡美は現代アートの知識を活かしたいと
博多の現代アートスペースの施設に就職するが、
それは低給料でかつ雇用形態が不安定であった。
母にとっては、わけのわからない現代アートの仕事に就き、
そして、低給料の職業の聡美に落胆する。

一方で、父は現代アートに関わることに取り組む
聡美に理解を示した。

聡美は、その後、千葉県佐倉市にある美術館の学芸員に就職し、
そこでの勤務が18年となっていた。

さて、父は彼が50代後半で、スーパーの職場から
主婦の万引きを見逃したということを
リストラの口実にされで解雇された。
そして、聡美が独立してから、父を軽蔑していた母は離婚した。

父は一度だけ、聡美の職場の美術館を訪問したことがあった。
予告なしの訪問に聡美は戸惑い、
本当は昼休みで時間があるのに、父と会話を続ける自信もなく、
忙しいからあまり応対できないことを告げると、

父は美術館に展示されている
ロスコ(アメリカの現代芸術家 1970年 66歳で自殺)の絵を見ながら、
聡美に幸せかと訊く、
さらに、父は
「だって、こんなうつくしい絵に、毎日触れてるんだから。幸せじゃないか」と
聡美に言った。

やがて、父は末期がんにかかり、短い間入院し、
家族に看取られることなく他界。

聡子は母に、西早稲田という住所に心あたりがないか尋ねると、
父が結婚前に住んでた住所だということだった。

そして、
父からの最後のプレゼントの鍵を持って、西早稲田へ
聡美は行った。
都電荒川線で神田川沿いを走る。
ネット検索して見つけたその場所は、都会とは思えない路地にあった。

古びた2階建ての木造アパートで、1階は大家さんの自宅だった。
聡子は階段を上り、部屋の前でしばらく立ちすくんで鍵を開けた。
部屋の中には何もない。
ただよく見ると、何もないと思えた
4畳半の部屋の真ん中に本が一冊があった。
それは父が愛読していた岡倉天心の「茶の本」であった。
そして、その本の中に、
その部屋の賃貸契約書が挟まれていて、その期間が4月一杯までになっていた。
そして、その部屋の窓を開けると、
窓から見える景色一面から桜が迫ってくる。
聡美はこれから毎年、誕生日にこの窓の景色を見にこようと決めた。

現代アートに関わることに取り組む聡美を理解してくれた父は、
無用の人となったが、無能ではなかった。聡美はそう思った。


という感じの内容のストーリーであった。

この内容の少しばかりか私の人生状況と重なるところがあった。
聡美が大学に行けるように母は仕事など一生懸命取り組み
聡美が有名大学に合格したことをとても喜んだが、
大学卒業後、聡美が低給料の仕事に就き、
それも仕事内容がわけのわからない現代アートのことであった部分である。

私は、この小説の「無用の人」の作者の原田マハさんと同じ
関西の有名私学の大学を卒業したが、卒業後すぐ就職しなかったこともあり、
就職できたのは小さなシンクタンクの低給料の社員であった。

そこでの仕事内容や社風は私に合っていたが、
母に、シンクタンクのある意味、研究職のような仕事の内容を説明しても
なかなか内容を理解してもらえなかった。
母からすれば、わけのわからない仕事で、
とても結婚できないような給料で働く私の状況を複雑な思いで
いたと思う。

そして、この小説で登場する「父」の愛読書が岡倉天心の「茶の本」で
あったこと。

私は、岡倉天心の「茶の本」そのものを読んではいないが、
その本を解説している著書を今年買って、何度も読み返している。

そのような現状で、今回の小説を耳にすることとなり、
親近感を抱いた。

岡倉天心の「茶の本」を愛読している父が無用の人扱いされているが、
私も3年前の夏に14年間勤務した小さなシンクタンクを
福島原発事故の影響で退職せざる得なくなり、
いろいろな会社の求人に応募したが、次々と不採用結果となり、
時には、面接で「使えねえよ」と言われたり、
ある中小企業の採用試験では、筆記試験が、
その会社の歴代2位の点数であったが、結果的には不採用となったり、
その後も職を短期で転々として、
やっと短期間の派遣労働で
食いつないでる状況で、仕事人間としては、
「無用の人」状態になっている。

そんな「無用な人」状態になりつつある私であるが、
大学やシンクタンク時代を通じて培った
「知」への探求を私なりにしていきたいと思っていて、
古今東西の学者や知識人が発してきた「知」のミーム(文化遺伝子)を
吸収して私の精神を育み、また、このブログで発信できればと思う。

今回のラジオ文芸館の小説「無用な人」で、
最後に父が娘にプレゼントした一面に迫る桜の光景が描かれていたが、

その父が愛読した岡倉天心の「茶の本」に、
散り行く桜について、私が秀逸だと思った、表現があった。
(「茶の本」は英語の本なので、大久保喬樹(おおくぼ・たかき)氏の翻訳)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

花の中には死を栄光とするものもある。
日本の桜のように、すすんで風に身を委ねるのだ。

吉野や嵐山の桜吹雪を経験したことのある人なら誰でもわかるはずだ。

つかの間、花たちは宝石の雲のように渦巻き、
水晶のような流れの上を舞うかと思うと、
次の瞬間には、
笑いさざめく水の流れにのって消えていく、
あたかもこう語りかけながら、

「さようなら春よ、

私たちは永遠に向かって旅立つのです。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

このように過去の偉大な知識人たちの「知」や「表現」を
「無用の人」になりつつある私であるが、それを伝えることが
できれば良いと思っている。


このブログ内の関連記事

さようなら春よ、私たちは永遠に向かって旅立つのです・・・・散り行く桜への岡倉天心の表現が秀逸である


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「無用の人」が掲載されている


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