言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
語源、雑学など、時事ネタなど。また、楽習社とは私の脳内にある架空の企業です。所属組織や職業が変わろうとも、生涯、理系・文系を多様な知を楽習(がくしゅう)して、生きていきたいので、架空企業名を勤務先にしています。それを退職する時は私の人生が終焉する時です。.当ブログ各記事に誘うための目次専用ペ ージはカテゴリートップにあります。PCページは画面左サイドに、スマホ画面からは下のマークの真ん中からカテゴリーにいくことができます

プロフィール

くわどん

Author:くわどん
世の中の森羅万象のことに好奇心を持つものです。
いろいろの世の中をことを知り、いろいろ言葉を
つづっていきます。
また、過去の各記事にアクセスしやすく
するため当ブログの目次専用ブログを随時更新中です。
目次専用トップページ http://blogs.yahoo.co.jp/
kuwadong/64865881.html 



最近の記事

2015年11月2日まで、10年間毎日更新してきましたが、その後は、週1回プラスアルファのペースで更新していきます。



カテゴリー



語源由来辞典からの引用

当ブログにおいて、語源のコメントを する時は、語源由来辞典から引用しています。

語源由来辞典へはここをクリック!!



リンク

このブログをリンクに追加する



フリーエリア



お買い物しませんか?



最近のトラックバック



最近のコメント



月別アーカイブ



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



RSSフィード



広告ですたい!



フリーエリア



3月27日のできごと・・・明治45年(1912年)3月27日、東京市から送られた桜がポトマック川河畔に植樹される。荒川(東京)・伊丹市(兵庫)とワシントンの桜の交流

今日は、2015年(平成27年)3月27日 金曜日

3月27日の過去のできごとで、
今から102年前の今日の明治45年(1912年)3月27日(水曜日)
当時、東京市から市長の尾崎行雄より
アメリカに贈呈したサクラの苗木が
ワシントンDCのポトマック川河畔に植樹された。

そもそも、
日本の桜をワシントンに持ち込むことを考えたのは
ナショナル・ジオグラフィックス協会の
女性理事で紀行作家のエリザ・シドモアである。

彼女が1885年(明治17年)に、日本に旅行したとき
日本の桜に魅せられ、ワシントンDCのポトマック川河畔に
日本の桜を植樹することをそこを管理していた米陸軍に
24年間提案し続けたが、なかなか受け入れられなかった。

動き出したのは、日露戦争後である。

明治42年(1909年)当時、
ニューヨーク総領事をしていた水野幸吉が
シドモアがワシントンへの桜植樹構想を抱いている
ことを知った。

水野幸吉は、日露戦争のポーツマス条約締結にむけて
アメリカが協力してくれたことに恩義を感じていた。
水野幸吉がワシントンに出かけた時、
そのころワシントンにいた
アドレナリンの発見者である高峰譲吉博士とシドモアとの
話し合った。

その時、水野はシドモアから
当時のアメリカ合衆国大統領ウィリアム・タフトの婦人である
ヘレン・ヘロン・タフトが
ワシントンのポトマック河畔への桜植樹に強い関心を示したことを聞いた。

その時、水野と同じく
日露戦争講和条約のアメリカの協力への謝礼を考えていた
当時、衆議院議員でかつ東京市長であった尾崎行雄が
水野幸吉からトマック河畔への桜植樹構想の話を耳にした。

そして、明治43年(1910年)に
東京市から桜の木を2000本をアメリカに送った。

しかし、それに害虫が寄生していたため、
アメリカ政府は焼却処分にした。

そのことに関係者は落胆したが、
それでも、尾崎行雄は高峰譲吉博士の支援を受け
再び、アメリカに桜を送ることを目指した。

害虫に強い桜を確保するため
苗の台木の産地として選ばれたのが
兵庫県川辺郡東野村(現・伊丹市)の桜の苗木であった。
それに当時の東京の荒川の荒川堤にあった桜を接木して、
明治45年(1912年)2月、横浜港からアメリカに送られた。

そして、明治45年(1912年)3月27日
ワシントンDCのポトマック川河畔にて、
東京市から送られた桜の植樹の記念式典が行われ、
ウィリアム大統領夫人のヘレン・ヘロン・タフトと
日本大使珍田捨巳子爵の妻・珍田いが桜の植樹を行った。

その後、毎年、ポトマック川河畔にて桜の開花時期に
全米桜祭りが開催されるようになっている。

ポトマック川に送られた桜の木のもとになった
荒川堤の桜の木々は、第2次世界大戦で、
燃料として切り倒され、廃れてしまった。

そして、その荒川堤の桜を復活させるため、
昭和27年(1952年)と昭和56年(1981年)に
ポトマック川からの桜が送られ、
荒川堤の桜並木復活への取り組みが続けられている。
このような歴史もあり、ポトマック川と東京の荒川が
姉妹河川になっている。

そして、平成15年(2003年)に
日本から桜がワシントンに贈られてから
90周年を超えたことを記念して、
「里帰り桜」の木として、
ポトマック川への桜の苗木の台木の産地となった
伊丹市にワシントンから桜が贈られた。

ポトマック川に東京市から桜が植樹されてから
100年となった
2012年3月27日、植樹100周年の記念式典が
ポトマック川河畔で行われ、
オバマ大統領夫人のミシェル夫人は
「長年、桜の木々は米日の素晴らしい友情の象徴だった」と語り、
また、それに参加した
尾崎行雄氏の孫である原不二子さんは
「100年たっても100本の木が残っているのは、大事にしてくれたということ。
国が戦争をしても、市民と市民のつながりは大事にしていかないといけない」と
語った。
現在、ポトマック川河畔一帯にには、
1912年に植樹された約100本を含む3770本の桜の木が今もある。

スポンサーサイト

テーマ:今日は何の日? - ジャンル:ニュース


この記事に対するコメント


この記事に対するコメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック

トラックバックURL
http://kuwadong.blog34.fc2.com/tb.php/3458-b933921a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)