言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
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小学生にイスラム国に殺害された日本人遺体画像を見せたことについて・・・私は小学生のころからテレビ報道で残虐シーンを時々見てたなあ・・・ベトナム戦争の時のあの映像が報道されていなかったら・・・

今日は、2015年(平成27年)2月7日 土曜日

名古屋市の小学校の情報化についての授業で
20代の女性教師が、イスラム国によって殺害された
湯川さんの遺体の映像を見せたことについての報道があった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
小5授業で「イスラム国」遺体画像 名古屋市教委、謝罪
(朝日新聞 2015年2月5日19時34分)


 名古屋市東区の市立小学校で5年生の社会科の授業中、過激派組織「イスラム国」に
殺害された日本人男性とみられる遺体が映った画像を、20代の女性担任教諭が
児童らに見せていたことがわかった。市教育委員会は5日、「不適切だった」と謝罪した。

(中略)

校長によると、授業のテーマは「情報化が進むことによる利点と問題点」。
東日本大震災後、見る人の心的苦痛を考え津波の映像を流さない放送局もあったが、
報道で支援が広がったなどと教諭は説明し、
「どこまで真実を報道することがよいか」を議論させた。

 議論に入る前に後藤さんらの画像を示す際、「見たくない人は見なくていい」と話すと、
児童35人のうち5人ほどが顔を伏せた。今のところ、体調を崩した児童はいないという。

(中略)

市教委は「テーマ設定はいいが、国内のメディアも報じない残虐な画像を
発達段階の子どもたちに見せたのは大きな問題。厳正に対処したい」としている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まさに「どこまで真実を報道することがよいか」について
この児童の方々は、身をもって体験することになったなと思った。

現在41歳の私は、イスラム国の殺害映像には免疫があるので
そう精神的なダメージはないが、
小学生のころはどうだったのだろうかとふと振り返った。

小学生のころから私は
カメラがとらえた決定的瞬間という幾度も
ゴールデンタイムの木曜スペシャルのような番組での特集を見てきて、
おそらく現在では放送されないであろうな
あるスタントマンの死亡直後の頭部がない遺体映像とかあったが
それを見て私はトラウマになったことはない。

そして、戦争報道で思い出したのが、
1982年のイギリスとアルゼンチンの間の戦争であった
フォークランド紛争の特番で、
重傷を負ったばかりの兵士が担架で運ばれていて、
片足の膝下から切断されている様子が映っていて、
さらにもう一度スローモーションでそこを拡大して
強調して伝える内容であった。
それは、大手マスコミのゴールデンタイムの番組であった。

1982年は、私は小学3年生であったが、
私はそれを見て、トラウマになってはいない。

そう思うと
もし、小学5年生の自分が授業で湯川さんの遺体を
見せられても、そう精神的にダメージはなかっただろうなと思う。

ただ、一方で、
そのような映像を見てショックを強く受ける人がいるのも事実で、
子供だけでなく、大の大人の男性さえも・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
遺体の写真見た裁判員男性、一時意識失う…解任
(読売新聞2015年2月5日 7時45分)


 京都地裁で審理中の殺人事件の裁判員裁判(後藤真知子裁判長)で、
裁判員の男性が遺体のカラー写真を見た直後に意識を失っていたことが
同地裁への取材でわかった。

男性は同地裁に「写真が原因」と説明したといい、地裁は4日、男性を
解任し、補充裁判員を後任に充てた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ということなので、
誰がどのような映像を見てショックを受けて、意識を失うかわからないような
状態なので、公に見せるようなことは控えた方がいいとなる。

ただ、そうなると、世の中全体がそうなっていくと
現実を直視できず、現実感がないままに議論が進んでしまったりする
恐れも出てくる。

ふと、思い出したのが、ベトナム戦争時での
ある映像である。

それは1968年2月1日、
当時、アメリカが支援していた南ベトナムの首都サイゴンで、
アメリカの敵であった北ベトナムのベトコン兵士が
捕虜として捕らえられたが、
その捕虜を路上で、南ベトナムの警察庁長官が
軍事裁判にかけることなく、銃で処刑した。

その様子がカラーで写真と映像で撮影され、
それが全世界に配信されて、
「そのようなことをする南ベトナム政府をアメリカが支援する
正当性があるのか」と
アメリカ国内でのベトナム戦争への反戦運動を一気に加勢させる
こととなった。

もし、現在の日本のマスコミの基準であれば、
おそらくその様子は報道されていないであろう。
もし、報道されいままであったら、
反戦世論の加速がなかったかもしれない。

その処刑というひとりの兵士が殺害される映像や画像を
多くの人たちが目にすることによって、
ベトナム戦争のひとつの現実を知ることとなり、
その戦争への正当性についてアメリカ国民が考える
材料を提供することになったのだ。

ちなみに、その映像を私が初めて見たのは
それも小学生の時のテレビ番組だった。
時折、小学生の時からそのような映像を目にしていたので、
免疫ができてしまっていたかもしれないなあ。

それはさておき、
今回、イスラム国に拘束されていたヨルダン人パイロットが
殺害されて、その報復としてヨルダン政府が一気に
イスラム国への大規模空爆を行った。

この殺害が明らかになるまで、
ヨルダン国内では、イスラム国への空爆について、
アメリカの戦争になぜ付き合う必要があるのかなど
空爆に反対する意見もあり、厭戦気分があったが、
国内世論が沸騰し、
一気にイスラム国への徹底報復に傾き、
さっそく、大規模な空爆にふみきった。

ヨルダン国内の世論がどうしてそうなったのか?
あの動画を見ると理解できる。
世界のできごとを知るためにも
残虐な場面でも直視する意味を思う。

ただ、あのヨルダン人パイロットの殺害の映像を
マスメディアでは放送しない方がいいだろう。
おそらく、意識を失い卒倒する人が出る可能性があるからだ。

今は、インターネットがあり、マスメディアでは放送できない内容でも
「見る」という意思があれば見ることができる状況である。

さて、今回の記事は、
小学生の先生が児童に殺害された遺体の画像を見せたことへの
ニュースから始まったが、
もし、私が小学5年生でその先生と同じ教室で
見ていたとしたら、
おそらく私は
「マスコミでは先生を叩いてますが、先生の伝えたかったことは理解できた。
私は何もなくて平気ですよ。」
と思っていただろう。

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