言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
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可視化される残虐性と見えないままの残虐性・・・・イスラム国の行為とアメリカ主導の空爆

今日は、2015年(平成27年)2月5日 木曜日

昨日、イスラム国に囚われていた
ヨルダン人パイロットが殺害されていく様子が映った
動画がネット上に配信された。

私はその様子を見たが、詳しい描写は説明しないが、
もし、同様のことを日本人人質になされていたら、
日本国民が激高して、
「憲法9条を変えて、軍隊を送り込め!」という世論の流れが
加速されそうな内容で、
もし、それがアメリカ人になされていたら
アメリカ国内で、
「ためらわずに一気に地上軍を投入して、イスラム国を殲滅しろ!」
という世論が一気に高まりそうだなと思うような内容であった。

この動画のあるシーンを見て、
これは、イスラム国がアメリカ主導の有志連合による空爆に対する
「目には目を」の復讐のメッセージだろうなあと強く推察した。

檻の中で横たわっている
ほぼ絶命しているであろうヨルダン人パイロットの身体に
ある行為をしていた。

それを見て、私は、アメリカ主導の有志連合による空爆で
亡くなる人の場面を再現しているかのように思えた。

そう思うと、
イスラム国が多くの人々が残虐だと思える人質殺害の様子を
公開し、残虐性を可視化させる一方で、
アメリカ主導の有志連合による空爆によって
巻き添えで亡くなる非戦闘員の一般市民の亡骸は
直接その現場にいる方々など以外の多くの世界の人々にとっては
見えないままになっていると思った。

2001年以降のアメリカによる対テロ戦争やイラク戦争において、
空爆によって非戦闘員の一般人も多く亡くなっている。
その亡骸を直接、目にした人は、その残酷さ、残虐性を感じ、
それに反発し、復讐心を抱いて、アメリカなどにテロ行為に
走っていくのだろうと想像する。

私はこのブログ記事のタイトルの中で

「イスラム国の行為とアメリカ主導の空爆」

という表現を使っている。

あえて、このような表現を使った。


「イスラム国の行為」では、何の行為か
具体的に指示していないので、わからないか、
あるいは、読者の方が想像して、
イスラム国による残虐だと感じる殺害方法を想像する方が
いるかもしれない。

一方、「アメリカ主導の空爆」という表現を目にしただけで、
どのくらいの人が、残虐性を想像できただろうか?

あまり少ないのではないか?

実際、私は「アメリカの空爆」という表現を目にしても、
それがもたらす残虐性を感じることはほとんどなかった。

それは、アメリカの空爆で巻き添えで亡くなった人々の
亡骸を画像や動画で目にしていないからだ。

ここで、ふと思い出したのが、
先月の阪神大震災20年のテレビの特集で、
「御遺体をテレビで放送することが賛成か反対か」で
議論になっていた。

私はそれに対して、どちらかだという結論を抱いていないが、
私個人はそのような映像に対する免疫があるので、
見ても精神的なダメージは受ける度合いは小さい。

ただ、今回のイスラム国の事件で、
私の個人的な経験では、
実際に画像と映像で見ると見ないとでは、
残虐性のリアリティを想起できない、
見えないようにされていた残虐性に気がつくことはなかっただろうと
思った。

このたびのイスラム国と欧米との戦いについて、
哲学者の山崎行太郎氏が
「正義は何処にも誰にもない。力と力の衝突」である。
とコメントしていたが、
その力と力の衝突が
互いに程度の差こそあれ、残虐性を抱えて、
なされていて、
その残虐性を抱えた力と力の衝突に
日本国と日本人は無関係ではいられなくなってきたのだなと思う。



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