言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
語源や考えたこと、お気に入りの歌や発想法、雑学など、政治経済社会の時事ネタも書いたりしています。また、楽習社とは私の脳内にある架空の企業です。現実世界での所属組織や職業が変わろうとも、生涯、理系・文系を問わず、古今東西の学問を楽習(がくしゅう)して、生きていきたいので、架空の企業名を勤務先にしています。その会社を退職する時は私の人生が終焉する時です。.

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イスラム国による日本人人質事件での仲間の死刑囚釈放要求の歴史的背景を見ると、アメリカのイラク占領政策の失敗のとばっちりを日本が被っているようにも感じてしまうなあ

今日は、2015年(平成27年)1月27日 火曜日

イスラム国による日本人人質事件で、
人質2名のうち生き残っているとされる
後藤健二さんの解放の条件として、
イスラム国の全身のイラクのアルカイダの組織に
所属し、ヨルダンでテロ事件を起こし
現在死刑囚になっているサジダ・リシャウィ氏の
釈放を求めたという事態を受けて、
あらためて、アメリカのイラク戦争後のイラク占領政策の
失敗が尾を引いているなと思った。

イラクのアルカイダは
2003年のアメリカによるイラク戦争後の
イラク国内の混乱で、リーダーのザルカウィ氏(のちに米軍の空爆で死亡)
のもと台頭した組織である。
この組織が強化された背景には、
イラクを占領したアメリカが、
フセイン政権の政党のバース党を解体したことがある。

バース党解体により、フセイン政権下で
働いてきた公務員や教師、大学教授、裁判官、警官、
医師らが一斉に失職した。

その失職して行き場を失った元バース党員の公務員や
軍人がイラクのアルカイダに参加し、
そして、現在のイスラム国の統治を支えているのだ。

(ちなみに、アメリカが日本を占領した時は、
間接統治の方法を取り、日本の基本的な統治機構は残していた。)

イラクのアルカイダは
2004年にイラクを旅行していた日本人青年を
人質にとり、日本政府にイラクからの自衛隊撤退を求めたが
拒否されると、人質の日本人青年を斬首して殺害した。
(この動画は見てしまった。かと言ってそうトラウマにもなっていない)

そのイラクのアルカイダが現在のイスラム国の母体のひとつに
なっているが、
イラクのアルカイダのリーダーのザルカウィ氏の側近の親族で
死刑囚としてヨルダンで拘束されている
サジダ・リシャウィ氏の解放を求めてきたということである。
2004年の日本人殺害といい、今回の事件といい
何か因縁めいたものを感じてしまうが。

それはさておき、
現在、イスラム国の最高指導者になっている
バグダディ氏もイラクの元バース党員だとされる。
アメリカ主導の戦後イラク政権への反政府および反米運動で
イラク南部のアメリカ軍の収容所に投獄されていた。
この収容所は、旧フセイン政権を支持する武装勢力の
メンバーと疑われた人物が次々と送り込まれたが、
その収容所に投獄されたバグダディ氏は
より過激な思想に染まっていったという。
そして、おそらくこの収容所で、
元バース党員や元軍人たちと人間関係を深め、
その方々がイスラム国の幹部になっているのではないかと見られる。
つまり、ある意味
米軍の収容所が反米イスラム過激派人物の養成所の
機能を果たしてしまっていたとも言える。

そして、バグダディ氏は収容所から出たあと
2010年ごろ過激派のリーダーとして台頭し、
そして、2011年以降のシリア内戦に乗じて、
シリアで影響力を拡大し、イスラム国の現在に至っているのである。

そして、イスラム国が、今日、
日本人人質のうち1名を殺害し、
さらに残り1名の人質の解放の条件として、
ヨルダンでテロ事件を起こして死刑囚になっている女性の
解放を求めるという日本とヨルダンの間の外交問題に
してしまうようなことになっている。

今回の人質殺害事件とイスラム国台頭への歴史を見ると、
アメリカによるイラク戦争とその後の占領政策の失敗の
とばっちりを日本が受けているようにも思える。


このブログ内の関連記事

2015年1月23日の記事
イスラム国支持者「中立はない、われわれに付くか、付かないかだ」・・・・アメリカの中東政策の代償で国際社会にさらなるテロの脅威が拡散してしまった


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