言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
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天才、湯川秀樹!・・・李白の漢詩から素粒子物理学の「素領域」という概念をひらめいた日本人初のノーベル賞学者のすごさ

今日は、2014年(平成26年)12月29日 月曜日

昭和24年(1949年)に、
中間子理論で日本人初のノーベル賞を受賞した
湯川秀樹がいる。

その湯川秀樹は幼少のころから
古代中国の老荘思想や漢詩にふれていて、
その方面の教養が深かった。

湯川秀樹は、老荘思想が
自身の物理学の研究の発想に大きく寄与した
と語っている。


湯川秀樹はノーベル賞受賞後も
素粒子物理学に関する研究を深めていたが、
超ミクロの世界での
物質、エネルギー、時間そして空間の相互分割不可能な
領域を「素領域(そりょういき)」というコンセプトを打ち立てて
研究を深めた。

私は、湯川秀樹がその「素領域」の概念をひらめいた
過程を知り、
彼の天才ぷりというか発想力の豊かさに仰天した。

彼が「素領域」をひらめいた由来は
中国の唐の時代の詩人の李白のある漢詩であったのだ!!

李白の漢詩に
「春夜桃李園に宴するの序」という詩があるが、

その詩の冒頭に

夫(そ)れ天地は万物の逆旅(げきりょ)にして
光陰は百代の過客(かかく)なり


という詩句があるが、
湯川秀樹は自身の著書「素粒子」において

一寸見たところ素領域の概念と李白詩との間では
些(いささ)かの関係もないと思えるが、
実のところ李白の詩にこの発想の源流がある

と述べていて、李白のこの詩句から
「素領域」を思いついたというのだ!!

さて、この詩句の意味は

そもそも天地とは万物が泊まる旅館のようなものであり、
月日は様々な時代を過ぎていく永遠の旅人のようなもの

という感じである。

湯川秀樹はこの詩句と素領域の関係について
次のようにも述べている。

時代的には両者が遥か遠くに隔たっているが、
時間、空間を「天地」とし、
その内容物としての物質、エネルギーを「万物」として考え、
それらの相互関係を問題にする点では両者は共通点がある。
ここの思想的特徴のあるアイデアがある


逆旅(げきりょ)というのは宿屋のことであって
入れかわり立ちかわり旅人が宿屋に泊まる。
そうして月日が立ってゆく。

旅人があるからこそ宿屋が成り立つ。
しかし、万物が先で天地が後ともいえない。
万物あっての天地であると同時に、天地あっての万物である


というように述べている。

湯川秀樹は

天地=空間
万物=素粒子

として、この李白の詩句と自身の素粒子研究との類似性を
感じて、この詩句から「素領域」のコンセプトをひらめいたのかも
しれない。

まあ、私はこれを知った時、
李白の漢詩から物理学の発想につなげた
湯川秀樹の天才ぷりに

すごい!!!!!

と思わざるを得なかった。

この湯川秀樹の発想の仕方に驚いたのは
私のような直接的に素粒子研究をしている素人だけではなく
それを専門に研究している方も
そうであったようだ。

量子力学と一般相対性理論の統合を目指して研究が進められている
超ひも理論(超弦理論)を研究している
大栗博司博士は、自身の著書「超弦理論入門」で
湯川秀樹が李白の漢詩のこの詩句から「素領域」を考え出したことついて
驚きと現代の物理学の研究に示唆を与えた可能性をこう述べている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

現実的な解決策を開発した朝永に対して、湯川のほうは、時代に先駆けた
ビジョンを追究するタイプの科学者でした。後年には哲学的な思索に傾いたようで、
たとえば湯川の著した教科書には、中国盛唐期の詩人である李白の
「夫天地者萬物之逆旅、光陰者百代之過客
(それ天地は万物逆旅にして、光陰は百代の過客なり)」
という文章が引用されています。

逆旅とは宿屋のことである。万物はそれぞれ宿屋のどれかの部屋に泊る旅人である。
どこかから来て、そこに泊り、やがてどこかへ去る。
しかし天地全体が宿屋なら、その外へ出てしまうことはなかろう。
同じ部屋に居続けるかほかの部屋へ移るかの、どちらかである。
あるいは時あってか旅人は死ぬことによって、この天地から消えてしまう
こともあろう。
そこで、もしも天地という代りに三次元の空間全体、
万物という代りに素粒子という言葉を使ったとすると、
空間は分割不可能な最小領域から成り、
そのどれかを占めるのが素粒子ということになる。
この最小領域を素領域と名づけることにしよう。
(『岩波講座 現代物理学の基礎10 素粒子論』岩波書店)


私は大学生時代にそれを読んで、「何だ、これは」と仰天しました。
しかし、いま考えればこの「素領域」という発想は、
重力と量子力学を統合したときに現れる階層構造の行き止まり、
プランクの長さのことを予見していたのかもしれません。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

プランクの長さとは
1.1616×10のマイナス35乗メートル
と数字で表記されるが、
さて、10のマイナス35乗は、
言い換えると、10の35乗分の1である。

1兆は10の12乗で、1京(けい)は10の16乗である。

その1京を2乗すると、10の32乗となるが、
その1京の2乗にさらに1000をかけた数値が
10の35乗となるが、それが分母となる数値が
10の35乗である。

原子の大きさが、
10億分の1(10の9乗分の1)メートル=100万分の1ミリ
ということなので、
いかに1.1616×10のマイナス35乗メートル
という「プランクの長さ」がどれほど小さい値か
ご理解いただけるかと思うが、
超ひも理論を研究している大栗博司博士は
湯川秀樹が李白の漢詩からひらめいた
「素領域」というコンセプトが
それ以上細かく分割できないというプランク長を
示唆していたと感じているようである。

李白の漢詩から
物理学のコンセプトをひらめた
日本人初のノーベル賞受賞者である
湯川秀樹の天才ぷりと発想力の豊かさと
教養の深さにただ脱帽するばかりである。

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