言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
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10年以上ノーベル賞候補だった男、ついに受賞する・・・中村修二氏らノーベル物理学賞、非主流派の研究開発で花咲かす

今日は、2014年(平成26年)10月 8日 水曜日

ノーベル物理学賞に、
青色発光ダイオード(青色LED)の発明と
開発に関わった日本人の3名が受賞をした。

青色LEDの発明と開発の成功は
非主流派の大逆転であった。

青色LEDの材料として
セレン化亜鉛と窒化ガリウムの2つに絞られていたが、
窒化ガリウムでは難しく、
多くの研究者はセレン化亜鉛での開発に勤しんでいた。

それに対して、
赤崎勇氏と天野浩氏が昭和61年(1986年)
窒化ガリウムでの結晶化に初めて成功し、
そして、平成5年(1993年)、
当時の徳島県の日亜化学工業に勤務していた
中村修二氏が、窒化ガリウムで極めて明るい青色LEDの開発に
世界で初めて成功して、製品化にこぎつけた。

20世紀中には作れないと言われた
青色LEDの製品化が実現して、
赤・緑・青の光の3原色のLEDが全てそろって
あらゆる色のLEDが可能になった。

それにより、蛍光灯に代わるLED照明が実用化され、
低消費電力、長寿命、小型であるため爆発的に普及し、
交差点の信号機などに使われたり、携帯電話の

また、青色LEDの技術を発展させ、
より短い波長のレーザー光線の開発に結びつき
従来のDVDよりも記憶容量が大きい
ブルーレイディスクの開発につながった。

青色LEDの発明と開発により
光を用いた文明の大きな変革をもたらしたのである。

中村修二氏は、いずれノーベル賞は取るだろうと
言われていて、私が13年前に購入した
彼の著書の帯には、
「ノーベル賞に一番近い男の・・・」
と紹介されていて、
彼がノーベル賞を受賞したという速報を聞いた時は
ついに受賞したのかと思った。

ちなみに、中村修二氏と当時受賞した
赤崎勇氏は松下電器の研究所に勤務していたというとだが
中村修二氏が徳島大学の大学院修士課程中での
就職活動で、松下電器の求人に応募して面接を受けたが
「理論屋はいらない」と不採用だったという。

ちなみに中村修二氏は、私が住む同じ兵庫県つながりで言うと、
彼は、父親の転勤で小学校は尼崎市の杭瀬小学校を卒業しているという
ことである。
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