言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
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10月4日のできごと・・・日本のある2つの長寿バラエティ番組が始まった日・・・全員集合でいいとも

今日は、2014年(平成26年)10月 4日 土曜日

10月になれば番組改編期で新番組が始るが
10月4日は、ある2つの長寿バラエティ番組が始まった日である。

ひとつ目は
昭和44年(1969年)10月4日(土曜日)
午後8時からTBS系列で第1回放送が始まった
「8時だョ!全員集合」である。


ザ・ドリフターズが体をはった
コントで多くの国民を大爆笑に誘い
番組全体の平均視聴率が27.3%で、
最高視聴率が昭和48年(1973年)4月7日には
50.5%(関東地区)で記録した
まさにお化け場組であった。

ちょうど昭和48年に生まれた私が
「8時だョ!全員集合」を見出したのは
幼稚園年長ぐらいのころであったと思う。

「8時だョ!全員集合」のコントで
特に記憶に残っているのは
ヒゲダンスである。

やはりあのヒゲダンスの曲を耳にすると
思わず
あのペンギンのような手を独特な
上下させる振りを
したくなってしまう。
あのヒゲダンスの曲は
テディ・ペンダーグラスの「Do Me」を
アレンジしたものである。
ヒゲダンスは昭和54年から昭和55年と
1年ぐらいと短期間であったが
今でも当時見ていた方々記憶に強く残っている。
多分、それは、ヒゲダンスのテーマ曲が
大きく寄与しているのではないかと思う。

さて、ちょうどヒゲダンスが放送されていたのは
私が幼稚園の年長から小学1年生の時であったが、
私は、小学校2年の秋からは
「8時だョ!全員集合」をあまり見なくなった。

それは、昭和56年(1982年)の10月から
フジテレビ系列で
「8時だョ!全員集合」の裏番組で
「オレたちひょうきん族」が始ったからだ。
3つ学年が上の兄の意向により
「オレたちひょうきん族」のレギューラ番組化
第1回目から見ることとなった。

やがて、視聴率は
「オレたちひょうきん族」の方が
「8時だョ!全員集合」の視聴率を上回るようになり
「8時だョ!全員集合」は
昭和60年(1985年)9月28日で
16年間の放送を終えた。

ちなみに、この「8時だョ!全員集合」の
「少年少女合唱団」の志村けんのコーナーのネタから
ある国民的バントのデビュー曲の曲名がうまれた。

それはサザンオールスターズの「勝手にシンドバット」である。

サザンが昭和53年6月25日にデビューする前年の
昭和52年に、「8時だョ!全員集合」の
「少年少女合唱団」の志村けんのコーナーで、
そのころのヒット曲の
沢田研二の「勝手にしやがれ」と
ピンク・レディーの「渚のシンドバッド」を
無理やりひとつの曲にして
両曲の振付をするが結局、無茶苦茶になっていくという
ことをやっていたが、
それを拝借して、サザンオールスターズの
デビュー曲名が「勝手にシンドバット」になった。

さて、10月4日に始ったもうひとつの
長寿バラエティ番組が始ったのは
昭和57年(1982年)10月4日(月曜日)
正午からフジテレビ系列で

♪~お昼休みは ウキウキWatching
 あっちこっちそっちどっち いいとも~♪

という軽快な曲でオープニングが始まる
「森田一義アワー 笑っていいとも!」の
第1回放送が始まった。

深夜番組で顔であったタモリが司会を務める
番組で、「笑ってる場合ですよ」の後継番組として
始り、タモリ自身は、半年ぐらいで終了するつもりでいたが、
なんとなんと
今年の平成26年(2014年)3月31日まで
31年半、8054回の放送をすることとなり、
「生放送バラエティー番組放送回数最多記録」の
ギネス記録になっている。

私は小中高の長期休暇の平日の昼間はいつも見ていて

金曜日の
タモリ・さんまの日本一の最低男をとても楽しみにしていた。
タモリとさんまのおもしろ雑談で20分以上しゃべくりまくる
コーナーで、
昭和59年(1984年)4月から
平成7年(1995年)9月まで続いた。

特に、このコーナーで記憶に残っているネタは
昭和62年(1987年)10月30日に
放送された内容である。

さんまは、前年に出演した
TBS系列のドラマ「男女7人夏物語」の続編として
その秋に「男女7人秋物語」に出演していたが、
そのことについて、
他局の番組にも関わらず、あるネタばらしをしていたのだ。

タモリ・さんまの日本一の最低男は金曜日に放送されていたが、
男女7人秋物語も金曜日で、21時から放送されていた。

さんまは、その日の夜に放送される
男女7人秋物語について、
お好み焼屋にいくシーンがあるが、
お好み焼屋にみんなで行こうと行った後、
直後にお好み焼屋のいくと、髪が散髪され、きれいに整っている。
しかし、そのお好み焼屋のシーンが終わり、次のシーンになると、
再び、髪が急に伸びて、お好み焼屋にみんなで行こうと言ったシーンと
同じ髪型に戻っているということであった。

さんまが撮影の順を間違えて散髪してしまったため
そのようなことになってしまったという。
番組が放送される前に伝えておこうということで、
他局の番組に関係なく、ネタばらしをしていたのだ。

私はそれを生で見たような記憶がある。
中2で、その日は
たぶん、中間テストのころで午前中のみだったので
自宅に帰ってみていたのかもしれない。

そして、実際、男女7人秋物語を見ると
実際、さんまが昼間に語っていたように
髪が短くなったり伸びたりしていた。

そのことは、2日後の日曜日の
笑っていいとも増刊号で、
他局の番組でありながら、
実際の男女7人秋物語のシーンを使いながら
放送されていたことを覚えている。

笑っていいともも私は
大学生になってからはあまり見なくなったが、
今年の3月31日のグランドフィナーレは見て、
久々のタモリ・さんまの日本一の最低男を見た。

このように10月4日は
「8時だョ!全員集合」と「笑っていいとも!」という
日本のバラエティ番組史上に残る番組が
初めて放送された日であったのである。


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