言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
語源、雑学など、時事ネタなど。また、楽習社とは私の脳内にある架空の企業です。所属組織や職業が変わろうとも、生涯、理系・文系を多様な知を楽習(がくしゅう)して、生きていきたいので、架空企業名を勤務先にしています。それを退職する時は私の人生が終焉する時です。.当ブログ各記事に誘うための目次専用ペ ージはカテゴリートップにあります。PCページは画面左サイドに、スマホ画面からは下のマークの真ん中からカテゴリーにいくことができます

プロフィール

くわどん

Author:くわどん
世の中の森羅万象のことに好奇心を持つものです。
いろいろの世の中をことを知り、いろいろ言葉を
つづっていきます。
また、過去の各記事にアクセスしやすく
するため当ブログの目次専用ブログを随時更新中です。
目次専用トップページ http://blogs.yahoo.co.jp/
kuwadong/64865881.html 



最近の記事

2015年11月2日まで、10年間毎日更新してきましたが、その後は、週1回プラスアルファのペースで更新していきます。



カテゴリー



語源由来辞典からの引用

当ブログにおいて、語源のコメントを する時は、語源由来辞典から引用しています。

語源由来辞典へはここをクリック!!



リンク

このブログをリンクに追加する



フリーエリア



お買い物しませんか?



最近のトラックバック



最近のコメント



月別アーカイブ



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



RSSフィード



広告ですたい!



フリーエリア



日本文化に流れる「おもかげ」の世界観と現代物理学で説明される真空のゆらぎによる「電子と陽電子の対生成」の類似性

今日は、2014年(平成26年)8月3日 日曜日

編集工学の松岡正剛氏が
平成18年(2006年)に発刊した
「日本という方法~おもかげ・うつろいの文化」という
書籍をその時に購入して以来、何度も読み返している。

先日、神戸三宮の職場の休憩中にそれにまた
目を通していると、それに私が
過去に赤ペンで書き込んだのがいつか
わかるように記録している。

書き込み 日本という方法 140802_1606~001

そこには、

電子
陽電子
反応

2014・3・17 
7:20

とあるが、それは、
「電子陽電子反応」という書き込みを
2014年3月17日の午前7時20分に
したという記録である。

それは今年のことであるが、
それを書いたのは今年の3月末まで
大阪の靭本町のオフィスで勤務していたのだが、
そのオフィスの隣にモスバーガーで
いつも出勤前にお茶をしつつ読書をしていたのだが、
その時に書き込んだのである。

先日、今の職場でその箇所を読み
約4か月前には違う職場で過ごしていたことを思い出した。

さて、それを私が書きこんだ箇所には
次のように松岡正剛氏は書いている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まず、空洞のようなウツがある。そこには何もない。
少なくともそう感じられる。そこから何かの折にウツロイが出てくる。
そのウツロイを追っていくと、どこからかウツツになっているのです。
非現実のウツはウツロイをへて現実のウツツになっていくのです。

「日本という方法~おもかげ・うつろいの文化」P112

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

松岡正剛氏は、日本の編集文化を「おもかげ」と「うつろい」を
キーワードにして論を展開していて、
「うつろい」というは常ならぬもの、
つまり、日本人の深層にある無常感との関係について説明している。
そして、この章では、
何もない「ウツ」から「うつろい」という動きを経て
「ウツツ(現)」が生じるという日本人が抱いてきた世界観を
紹介している。

そこで、私が思ったことを書きこんだのが、
「電子陽電子反応」である。

電子は、電気的性質はマイナスである。
一方、
陽電子は電気的性質はプラスである。

電子はマイナスのものだけと考えられきたが、
量子力学でディラック方程式から
プラスの電子の存在が予言され、予言どおりに
それが見つかり、陽電子と呼ばれる。

さて、その電子と陽電子が
どうして、その書籍のページの
「空洞のようなウツがある。そこには何もない」に
書き込むことになったのか。

ウツとは空(くう)であり無とも言える。
空を物理学で言い換えると真空となる。

量子力学が発展するまで、物理学では、
真空には、
全く何も目に見えない物も含めて全く物がない
完全な無であると考えられてきたが、
量子力学により、
真空のゆらぎによって、何もないところから
電子と陽電子がペアで対生成(ついせいせい)する
ことがわかってきた。

つまり、無と思われた真空から有が生じているように
思えてしまうのである。

なぜ、何も見えないように思えるかと言えば、
電子と陽電子は、プラスとマイナスで電気的に中性になるので、
一見何もない状態に思えるのである。

何もないと思われていた真空でのゆらぎによって
電子と陽電子がペアの有である物質が生み出されるという現象と
空洞で何もないウツからウツロイという動きによって
ウツツ(現)が表れるという日本に伝わる世界観と相通ずるものを
感じたのである。

つまり、日本古来から伝わる世界観が
現代物理学で説明される現象と重なるように感じるのである。

そして、「日本という方法~おもかげ・うつろいの文化」P112には

「バーチャルな無のウツと、リアルな有のウツツ。」

という記述がある。

特に私は、バーチャルな無のウツの「バーチャル」という表記に
惹きつけられた。
「バーチャル」とは「仮想」を意味するが、
陽電子の存在を予言したディラック方程式は
虚数という仮想数字が含まれる方程式である。

また、真空で沸き立って対生成する電子と陽電子を
仮想粒子と呼んでいる。
それは直接観測にかからないが、、
計算上、この仮想粒子を想定することで、
驚異的な精度で実験値と理論値の一致してきて、
無の真空と思わせた世界は実は電子と陽電子という粒子が
沸き立っている世界だとわかってきたのである。

虚数という仮想数字、そして、真空での仮想粒子、
つまり、バーチャルな数字とバーチャルな粒子を用いることで、
バーチャルな無のウツである空の世界で
電子と陽電子の対生成というウツロイを経て、
ウツツ(現)が生じる。
つまり、無から有が生じているように思える現象が
発生してきたことがわかったのである。

このように見ると、
日本文化に刻み込まれてきた「ウツ」と「ウツツ」が
「うつろい」によってつながれてきたということと
現代物理学によって明らかになってきた自然の理との
通低を感じてしまうのである。

そのように感じたので、
2014年3月17日の午前7時20分に
「ウツ」と「ウツツ」と「うつろい」を説明している箇所に
「電子陽電子反応」という書き込みをしたのであった。


スポンサーサイト

テーマ:文明・文化&思想 - ジャンル:学問・文化・芸術


この記事に対するコメント


この記事に対するコメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック

トラックバックURL
http://kuwadong.blog34.fc2.com/tb.php/3221-eb4f6975
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)