言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
語源や考えたこと、お気に入りの歌や発想法、雑学など、政治経済社会の時事ネタも書いたりしています。また、楽習社とは私の脳内にある架空の企業です。現実世界での所属組織や職業が変わろうとも、生涯、理系・文系を問わず、古今東西の学問を楽習(がくしゅう)して、生きていきたいので、架空の企業名を勤務先にしています。その会社を退職する時は私の人生が終焉する時です。.

プロフィール

くわどん

Author:くわどん
世の中の森羅万象のことに好奇心を持つものです。
いろいろの世の中をことを知り、いろいろ言葉を
つづっていきます。
また、過去の各記事にアクセスしやすく
するため当ブログの目次専用ブログを随時更新中です。
目次専用トップページ http://blogs.yahoo.co.jp/
kuwadong/64865881.html 



最近の記事

2015年11月2日まで、10年間毎日更新してきましたが、その後は、週1回プラスアルファのペースで更新していきます。



カテゴリー



語源由来辞典からの引用

当ブログにおいて、語源のコメントを する時は、語源由来辞典から引用しています。

語源由来辞典へはここをクリック!!



リンク

このブログをリンクに追加する



フリーエリア



お買い物しませんか?



最近のトラックバック



最近のコメント



月別アーカイブ



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



RSSフィード



広告ですたい!



フリーエリア



関の山、その語源・・・・三重県のかつての宿場町にて、豪華絢爛な山車があり

これ以上望めない、そこまでが精いっぱいという意味で
「関の山」という表現がある。

さて、どうして、そのような意味で「関の山」という
表現が生まれたのだろうか。

まず、「関の山」の「関」は何を意味するかと言うと
それは、地名である。

東海道五十三次の四十七番目の宿場として
「関宿」で、2005年(平成17年)1月10日まで
三重県関町として存在し、現在は、三重県亀山市になっている
ところである。

そして、「関の山」の「山」は、祭りで使用される山車(だし)の
ことである。
関で夏に行われる祭礼で、豪華絢爛な山車が関宿の街中を
行進する。その豪華さはとても立派で、
もうこれ以上の豪華絢爛なものは望めない、それが精いっぱいだ
ということで、「関の山」という表現が使用されたという。

もう1つ少し違った説は、関の山車にちなみものだが、
山車は大きいのであるが、道幅をいっぱい使って行進するので、
山車が行進する関宿の道幅に限界があり、
もうこれ以上通すことができる山車を作れないということから
これ以上望めない、そこまでが精いっぱいという意味で
「関の山」が表現されるようになったともされる。

スポンサーサイト

テーマ:語源 - ジャンル:学問・文化・芸術


この記事に対するコメント


この記事に対するコメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック

トラックバックURL
http://kuwadong.blog34.fc2.com/tb.php/3172-bdd031c8
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)