言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
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想定にとらわれて命を失い、想定にとらわれず命を守った・・・東日本大震災から3年、大川小学校の非劇と釜石の奇跡をふりかえる

今日は、2014年(平成26年)3月10日 月曜日

明日で、東日本大震災から3年になるが、
その震災の悲劇のひとつとして
よく取りあげら得るのが
石巻市立大川小学校の悲劇である。

大川小学校は東北地方最大級の河川の
北上川河口から約4kmの川沿いにある
学校である。

大津波で全校児童108名のうち74名が死亡・行方不明と
なった。

地震発生から大津波来襲までの約50分、
学校の教員達は
学校のグランドで児童達を待機させたままにしていたが、
学校よりも少し高い地点に向かい始めた時に
大津波に飲まれて、教員10名と児童74名が犠牲になった。

昨日、震災3周年関連の番組で
その大川小学校の空白の50分の検証をしていた。

大川小学校の裏には山があって、
この学校に赴任する前に沿岸部の学校で
務めていた教員が、すぐに裏山に避難するように
進言したが、他の教員らの反対によって
それはなからなかった。

昨日の番組ではなぜ、裏山避難が反対されたか
詳しく伝えられていなかったが、
余震で裏山の崩壊や倒木のリスクや
山が登山用に道が整備されていないので
山を登ることの安全性に疑問がなされたり、
また、その学校は地域の災害時の避難所なので
地域の老人達も来ていて、道が整備されていない裏山を
登るのは危険だという判断があったからとか
いろいろ、裏山に逃げなかった理由の推察がなされている。

もともとの行政の津波予想浸水で
大川小学校はその対象外で、
避難所になっていた。
そのようなことも踏まえると、教員達は
ここまで津波は来ないと考えていた可能性がある。

津波が来ないと考えるなら、リスクのある裏山避難を
止めようと考えたのかもしれない。

実際、地震後、学校に子供を迎えに来た保護者が
対応した教員に
6mの津波が来ると言っているので、ここから高い所に
避難した方がいいのではという主旨のことを言ったが、
その教員は学校の方が安全だと言っていたという。

地震当日、学校のグランドで
待機していた男児児童2名が
泣きながら、教員に津波が来るかもしれないので
裏山に逃げようと強く言ったところ
教員は、騒ぐんじゃないということで
聞き入れなかった。

教員としては、教員の指示に従わず
勝手な行動をされたら困る。
あるいは、児童達が勝手に動いて
その結果、けがなどのトラブルが発生したら困ると
考えたかもしれない。

もし、「たられば」の話であるが、
その泣きながら、津波リスク回避のための
裏山避難を訴えた男児児童が、
いつも先生の言うことの聞かない問題児で
「おまえのことなんか、聞いてられるかあ」という
反発心のある児童であったならば、
勝手に裏山に逃げて、助かっていたかもしれない。
もしそうしたら、他の児童も一斉に、その児童に
着いて行って裏山に逃げて助かったかもしれない。

まず、我先に逃げるというのは
津波避難において、自分のためだけでなく
結果的に、多くの人の命を救うことになるのだ。

この大川小学校とは対象的に
大津波に襲われながらも生徒・児童がほとんど犠牲にならなかった
釜石市では、釜石の奇跡とも称賛されることになったが、
その釜石の奇跡は、群馬大学の片田教授の長年の指導の賜物である。

片田教授は、
津波から逃げるために

率先避難者たれ!

と釜石市の中学校の生徒達に指導してきた。

なぜ、そのように指導したかと言うと、
まず、津波が想定されるような地震の揺れを体感しても、
誰も避難しようとしなかったら、
集団心理や正常性バイアスなどの心理で
避難すべきなのに、避難しようとしない事態が発生する。

その時、やっぱり危ないと思って、誰かが逃げ出すと
やっぱり逃げた方が良いと思って、
他の人も逃げ出す。そして、結果的に
多くの人を津波の犠牲から守ることになるという。

また、片田教授は、

想定にとらわれるな

という指導をしていた。

行政が作る津波ハザードマップの津波予想浸水域は
ある条件をもとに算出したものである。

その条件が変われば、予想以上の津波が来るので、
想定にとらわれず、とにかく高いところに逃げること。

そして、片田教授は、避難にあたり、

最善を尽くす

ということを指導してきた。

実際、釜石市のある中学校の生徒達は
一旦、ある避難場所に走って逃げてきたが、

ここも危ないと感じて、

さらに高いところに逃げた。
それが正解だった。最初の避難場所に留まっていれば
津波にのまれていた。

この釜石の奇跡と大川小学校の非劇を見ると

想定にとらわれた大川小学校の教員達は
生徒を守ることができず、また、自らの命を失ってしまった。

一方、想定にとらわれず最善を尽くした釜石市の生徒達は
自分達だけでなく、自分達を見て避難を始めた者たちの命を
救った。

ただ、大川小学校の場合、裏山のリスクがあったので
裏山避難に躊躇したことは理解できる。
それゆえに、想定にとらわれずに
裏山に逃げる提案を受け入れることができなかったのだろう。


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テーマ:東北地方太平洋沖地震 - ジャンル:ニュース


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