言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
語源や考えたこと、お気に入りの歌や発想法、雑学など、政治経済社会の時事ネタも書いたりしています。また、楽習社とは私の脳内にある架空の企業です。現実世界での所属組織や職業が変わろうとも、生涯、理系・文系を問わず、古今東西の学問を楽習(がくしゅう)して、生きていきたいので、架空の企業名を勤務先にしています。その会社を退職する時は私の人生が終焉する時です。.

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12月25日、日本人が世界で初めてテレビ実験に成功した日・・・日本で、昭和の産声とともにテレビの進化が進んだ

今日は、2013年(平成25年)12月25日 水曜日

12月25日の過去の出来事で、
1926年12月25日(土曜日)
日本人が科学技術の発展において、
世界初の事を成した日である。

その日本人の名は高柳健次郎。

高柳健次郎は、1899年(明治32年)に生まれ、
1921年(大正10年)に
東京高等工業学校(現・東京工業大学)をした後、
神奈川県の工業学校の教諭をしていた時の
1923年(大正12年)に
フランスの雑誌に未来のテレビが描いたのを見て、
テレビの研究をしようと考えた。
そして、彼は、1924年(大正13年)に
25歳で、浜松高等工業学校(現・静岡大学工学部)助教授に
就任して、テレビの開発研究に本格的に取りかかる。

そして、1926年12月25日(土曜日)、
高柳健次郎は浜松高等工業学校にて、
ブラウン管による電子式受像の実験を行い
片仮名の「イ」の文字を送受像したところ
画面に「イ」の文字が映し出され、
世界で初めて電子式テレビジョン実験を
成功させたのであった。

ちなみに、この日は大正天皇が崩御され、
大正が15年で終わり、この日から昭和が始まった。
そして、昭和とともにテレビの技術は進化し、
高柳健次郎はテレビの更なる研究に取り組むが
第2次世界大戦のため停滞する。

終戦後の1946年(昭和21年)に
彼は日本ビクターに入社し、テレビの実用化に尽力した。

そして、高柳健次郎ら技術者の尽力により
1953年(昭和28年)に、
日本でもテレビ放送が始まった。

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