言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
語源や考えたこと、お気に入りの歌や発想法、雑学など、政治経済社会の時事ネタも書いたりしています。また、楽習社とは私の脳内にある架空の企業です。現実世界での所属組織や職業が変わろうとも、生涯、理系・文系を問わず、古今東西の学問を楽習(がくしゅう)して、生きていきたいので、架空の企業名を勤務先にしています。その会社を退職する時は私の人生が終焉する時です。.

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school(スクール)の語源は・・・ゆとりの時間があればじっくり考えて議論もできるなあ、日本の学力向上はschoolの語源にヒントあり!

学校のことを英語では、school(スクール)と言うが、
その語源を遡ると
古代ギリシアのschole(スコレー)である。
さて、そのschole(スコレー)とは
「何もしていない状態、何かやるべきことから解放されている」
という意味で、つまり「ひまな時間」ということである。

重労働は奴隷階層の者が担っていた
古代ギリシアにおいて、ひまをもてあましていた
市民達は、「善とは何か、美とは何か」など
いろいろ哲学的な議論をしていた。
やがて、そのような学問的な議論をする場として
schole(スコレー)が使われるようになった。

それが、やがて、ラテン語で学校を意味する
schola(スコラ)となり、
それが英語のschool(スクール)になっていったのだ。

schoolの語源がひまな時間というのは共感することがある。
もともと文系卒の
私は、3~4年前の30代後半の時に、
量子力学を数学的にきちんと理解したいと
微分積分、三角関数、指数関数、双曲線関数、
テイラー展開、オイラーの公式など
自分で学んで、自分で一度、
きちんと正解できるまで計算してみたりしていたが、
何とまあ時間のかかること、まさに「ひまな時間」がなければ
じっくり、学問的な探究はできんなあと思った。

さて、今の日本の学校はどうなんだろう?
脱ゆとりからまた知識量重視の方向になっているが、
まあ、知識を詰め込むことは重要であるが、
ゆとりの時間があれば、議論をしてじっくり
思考を養えたりするとも思うが。

ふと思い出したのが、
私がjunior high school (中学)の1年の時のことである。
そのことについては、当ブログの記事

テスト前にテスト用紙を配る先生~「知っていること」と「賢い」の違い
で書いたが、それを再掲すると

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私が、中学生1年の時の地理の先生が、定期テスト前に必ず
テストと同じ内容と順番のテスト用紙そのものを配布していた。
いざ、テストになると、全部同じ内容と順番で、最後に記述問題
だけが追加されていた。

テストの平均点は上がる。普段、テストで30点ぐらいしか取らない生徒でも65点は取っていた。

その地理の先生はこう言った。

「みんなやればできるでしょう。それは、知っているから。知っていることは誰でも解ける。
ただ、知っていることと賢いということは違う。
賢いというのは、知らないことに対して、ひらめき、が出るということだ」

この言葉は、私の心に残るものだった。

私は、中学校の定期テスト15回のうち、13回は国数英理社の5科目の平均点は
90点以上だった。その後、関西の有名私立大学に入学した。
テストで高得点を取ると、「賢いなあ」と言ってくれる人がいるが、
私は、「ただ、知っていることを書いただけ」と思うだけだった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

と書いたが、
私も40年生きてきて、まだまだ知っていることにはなんとか
対応できるが、
未知の問題に対しては、機転をきかして閃かせ
対応する力は乏しいと思うのである。

中学高校の時、
いろいろ知識を詰め込むことはやってきたが、
じっくり考えて議論するという機会は少なかった。
ペーパーテストで、授業で覚えて事を書けば
いい点を取れた。ただ、未知の事柄に対して
自分で考えてオリジナリティのある回答を出す
力を養うことはできていなかった。
一つの正解を教えてもらうのではなく、
もし、じっくり考えて、議論して、
とりあえず正解かどうか気にせず、
自分なりの解を出すというトレーニングを
もっと積んでおくべきだったなあと思ったのである。

私がゆとり教育に共感したのは
そのような自分の実体験があったからだ。

OECDによるPISA(学習到達度調査)で
日本の順位が下がってゆとり教育批判が強くなり
授業時間増加の方向になったが、
その得点が日本よりも高いフィンランドでは、
週休2日であり、授業時間も日本よりかなり少なく、
日本の「総合的な学習」に相当する授業時間が
日本より多く、「ゆとり教育」に近い内容である。

リクルート社出身で
民間企業から
東京都杉並区立和田中学校の校長になった
藤原和博氏は
OECDによるPISA(学習到達度調査)で
日本が順位を下げているのは、
それまでの日本で学校教育で行われてきた
情報処理的に一つの正解を詰め込んでいくことではなく
正解がひとつではない
物事を多面的に考える態度、本質を捉える洞察力を含んで、
「複眼思考」を重視しているPISAに
日本の学校教育が対応しておらず、
ゆとり教育がまともに機能していれば
PISAが求める学力が育まれていただろうという
と述べている。

藤原和博氏は和田中学校で、
「よのなか科」という授業を設け
その時々の時事問題を題材に
生徒たちに、
「正解」のないテーマでロールプレイとディベートを繰り返す
授業を行い、また、ホームレスをテーマにした時には
実際にホームレスの方に来てもらって
お話してもらりすると、生徒たちのそれまでの
意見が変わったりと体験を深める授業に取り組んできた。

その結果、杉並区内で底辺の状態だった学力が、
一気にトップクラスへと上がることに成功している。

これを思うと、
日本の学校の学力向上には、
school(スクール)の語源に遡って、
いろいろ議論して自分でじっくり考える
暇なゆとりの時間が必要だと思ったりする。


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スクール(学校)の語源は初めて聞きました。
【2013/08/03 10:21】 URL | 教育ブログ 高等学校教育 #kQBTdAVk[ 編集]


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