言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
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1月11日は伊豆諸島にとって2つの出来事があった日、1878年と1965年。さてさて、伊豆諸島が静岡県ではなく東京都の理由は?

今日は、2013年(平成25年) 1月11日 金曜日 

静岡県伊豆半島の東方沖の相模湾から南に
大島、三宅島など伊豆諸島の島々が並んでいる。
伊豆諸島と言えば、日本史で
八丈島など島流しになった地として
耳にしたこともあると思うが、

さてさて、その伊豆諸島に海上で近接する県は
静岡県、神奈川県、千葉県なのに
なぜか東京都になっている。

伊豆諸島地図 c

その伊豆諸島が東京の含まれるようになったのは
1878年(明治11年)1月11日であった。

火山またはカルデラ式海底火山の外輪山が
海面より高くなった島々である伊豆諸島は
昔は、現在の静岡県にあたる
駿河国に属していて、飛鳥時代に
駿河国から分離した伊豆国に属するようになった。

やがて、江戸時代になると
伊豆諸島は江戸幕府の直轄領になる。
島の人々が特産物を
江戸の「島方会所」に送ることが多くなり
伊豆半島地方よりも
航路が江戸の方に開けていき、江戸との結びつきが
強くなった。

明治になって、伊豆諸島は
いろいろ変遷を経て、静岡県に属するようになったが、
江戸が東京と改まっても、東京と伊豆諸島は、
生活のうえで密接につながっていて、
島民や商人を中心として
当時の東京府への帰属を嘆願していた。

そのようなこともあり、
当時の内務卿の大久保利通の決済により
1878年(明治11年)1月11日(金曜日)に
伊豆諸島は静岡県から東京府に移管された。
 *ちなみに、この年の5月14日(火曜日)に大久保利通は暗殺された。

その大久保利通の決済によって静岡県から東京府に
伊豆諸島は移管され、現在に至っている。

1月11日は、伊豆諸島にとって東京帰属になった
記念の日ともなるが、
1月11日は、伊豆諸島で別のある大きな出来事があった日でもある。

それは、1965年(昭和40年)1月11日(月曜日)である。
その日、伊豆諸島最大の島の大島の中心地の元町地区
「大島大火」と呼ばれる大火災が発生した日である。

その日の夜
元町地区にある寿司屋に酔っ払いの客がいて、
その客が座布団の上に煙草の吸殻を投げ捨てた。
それに気づかぬまま店員が、
その煙草の吸殻がまかれた座布団を押し入れに仕舞い込んだ。
これが大火の出火原因となった。

その日の23時10分ごろに寿司屋から出火。
瞬間最大風速36.2mの暴風が吹く中
瞬く間に火はその寿司屋から次々と別の家屋に燃え移り
その火の広がりに、
寝間着姿のまま人や
子どもを背負った母
ヤカン片手に裸足で逃げる老人など
多くの人々が外に出て避難、
火は大島町役場、元町郵便局、大島電話局、図書館も
焼き尽くし、電話局消失のため大島と東京を結ぶ電話は普通になり
東京本土の警視庁と大島警察署の電話もつながらなくなった。
元町の大火は約30km離れた伊豆半島からも見えたという。

火が鎮火したのは翌朝の6時45分に鎮火したが、
全焼584棟418戸、元町市街地の約7割、大島町の3割が焼失するという
大火となり、
被害総額約20億円(当時の大卒男子初任給が約1万6000円)の
大きな経済的被害をもたらした。幸い人的被害は無かった。

このように1月11日は
伊豆諸島にとって、東京帰属が決まったり、
大きな火事があったりして、
歴史に残る日となっている。


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