言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
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教師の個性が出せない横並び体質の学校に、ゆとり教育失敗の一因があるのでは

今日は、2012年(平成24年)11月7日 水曜日

昨日の記事
乙武先生が、子どもの親に、よく電話をする理由・・・皆さん、もっと褒め合いましょう
に続いて、

一昨日、NHKラジオの
「すっぴん」という番組にて
ゲストの作家の乙武洋匡氏の
教師体験のエピソードから
お話をする。

乙武氏曰く、
今の学校の運営状況では
子どもの個性だけでなく
教師の個性も育たないという
話をしていた。

つまり、横並び圧力があるということである。

乙武氏が担任をしているクラスで
学級会を校庭かどこかわからないが、
桜の木の下で行ったところ、
学校側から
それは止めてくれということになったようだ。

ひとつのクラスだけ違うことをすると
他のクラスに通う子どもの親などから
「なぜ、あのクラスだけ、そのようなことするのに
私の子供が通うクラスではしないの?」
とか意見が寄せられ、それを学校側はクレームと受け取り、
そうなると、ひとつのクラスだけ違うことをするなと
なるというのだ。

それでは、教師の個性が育たないという主旨のことを
乙武氏が言っていたが、

まあ、それにしても、
ダメ出しの理由がなんとなさけないこと。

他のクラスがユニークな学級会をすれば
自分のクラスもまた違ったことをすれば
いいだけのことである。

隣のクラスが学級会を桜の木の下でするのであれば、
チューリップ畑でもいいし、近くの川の河原で
やったりすればいいではないか。
そうしていくことで、個性や創造性が
育まれると思うが。

違うことをすればクレームがくるので、
横並びで同じようにすれば
創造性も生まれてこないだろう。

横並びでやれば無難なので
教師が何か新しいことをやろうとしないという
ことになるなあと思うが、
このエピソードから、日本でゆとり教育が失敗した
ひとつの要因が垣間見られた感じがした。

それは、次の
社会学者宮台真司氏のブログで
2012年5月4日にアップされた小論

次の部分から、そのように思ったのである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

宮台: 昔そう[人より制度が肝心だと]考えていたけど、今は違います。
僕は文科省の寺脇研を支援する形で「ゆとり教育」化に関わって失敗しました。
ゆとりが〈体験を通じた成長としての学び〉の時間増大の意味だったのに、
日米構造協議を背景に労働時間短縮と結びついて週休二日化に象徴される
時間数減少の意味に変じたのもあります。

でも最も重大なのは教員人材の頽落。校長権限を強化し、
校長次第ではクラスをなくすことも教員免状のない人が
教壇に立つことも自由自在にしたのに、この新制度を
利用し尽くしたのは盟友・藤原和博が日本初の民間人校長と
なった杉並区立和田中学校だけ

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

という部分である。
リクルート社出身の藤原和博氏が
杉並区立和田中学校の校長になって様々な
新しいことにチャレンジしていった。

学校に
保護者や地域ボランティアを構成員とした
「学校支援地域本部」という組織を作り
そこから「土曜寺子屋」というプロジェクトが
生まれ、
毎週土曜日の午前中に、
生徒たちが自主的に、自分の思い思いの勉強をして、
それに、地域の教員志望の大学生がボランティアとして
中学生達を教える仕組みを作った。

すると、
学生から勉強を含めて、いろいろなことを教えてもらい
理解度と動機付けがさらに高まり、宿題の提出率も上がり
していったという。

また、「よのなか科」という授業を設け
その時々の時事問題を題材に
生徒たちに、
「正解」のないテーマでロールプレイとディベートを繰り返す
授業を行い、また、ホームレスをテーマにした時には
実際にホームレスの方に来てもらって
お話してもらりすると、生徒たちのそれまでの
意見が変わったりと体験を深める授業に取り組んできた。

その結果、杉並区内で底辺の状態だった学力が、
一気にトップクラスへと上がり、
藤原氏が校長を退任した後も高い学力水準を保ち
全国学力調査でも、全国平均を大幅に上回る結果を
残している。

藤原氏は、
OECDによるPISA(学習到達度調査)で
日本が順位を下げているのは、
それまでの日本で学校教育で行われてきた
情報処理的に一つの正解を詰め込んでいくことではなく
正解がひとつではない
物事を多面的に考える態度、本質を捉える洞察力を含んで、
「複眼思考」を重視しているPISAに
日本の学校教育が対応しておらず、
ゆとり教育がまともに機能していれば
PISAが求める学力が育まれていただろうという
ことのようだ。

PISAでは、数学・科学・読解力がテストされる。
日本のPISAのテストの世界ランクが落ちて
ゆとり教育への批判が高まったが、
その得点が日本よりも高いフィンランドでは、
週休2日であり、授業時間も日本よりかなり少なく、
日本の「総合的な学習」に相当する授業時間が
日本より多く、「ゆとり教育」に近い内容である。

PISAで、
読解力の順位が日本は低下したとなったが、
読解力と言っても、「インフルエンザ」「落書き」など普段使う文章で、
そこにある情報から言える「解釈」をすることや、
自分の考えを理由付けとともに「表現」する意味での読解力が低下
したというのだ。

その表現する力をつけることを目的としたゆとり教育で成果を上げているのが
京都市の御所南小学校である。
2003年、同校はベネッセコーポレーションが実施した
「学力向上のための基本調査」で「学力日本一」の小学校となった。

御所南小学校では、
教室には扉がない、そもそも
廊下側の壁なく、常に開放状態。
そうすることで、多目的な授業が行うことができ、
複数の教師や外部の協力者が授業に参加しやすくなる、
生徒が社会性を身についたりしてきた。

また、同小学校では、
様々なその道のプロや達人が総合教育の講師として招かれる。
なぜこの人はこんな技を持っているのか、どんな思いで
仕事をしているのかなどについて考え、考えたことを表現が
できるように教師が方法を示してサポートする教育をしてきた。

その結果、PISAで求められる表現力が
高まったのだ。

このようにゆとり教育で成果をあげている
学校は、それまでの学校とは違って、
自由に学校に与えられた裁量を活かして
様々な独自の創意工夫をしているのだ。

この記事の冒頭での
乙武氏の体験のように
新しいことをしても
横並びでないとダメとされると
何か新しいことをやろうという意欲もなく
それまで通りに無難にやろうとなるので、
ゆとり教育で成果をあげるために
学校独自に何か新しい取り組みの教育方法を
やろうという発想もわかないのではないか。

教師それぞれが個性的に新しい
取り組みをしようという気運が
大切にされる状況でなければ
ゆとり教育もうまくいかないなあと思ったのであった。



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