言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
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6月15日の出来事・・1896年6月15日明治三陸地震津波発生・・・揺れが小さくても、揺れの時間が長ければ大津波のおそれあり!

今日は、2012年(平成24年) 6月15日 金曜日

今から、116年前の今日の
1896年(明治29年)6月15日(月曜日)19時32分に
マグニチュード8.2~8.5の明治三陸地震が発生して、
その後の大津波で、青森県、岩手県、宮城県を中心に
死者・行方不明者21959人という
明治以降の日本の震災で、関東大震災に次ぐ
人的被害を出した大災害となった。

この地震が発生する3ヶ月前の3月ごろから
三陸地方周辺では、
小さな地震が続いていて、また、井戸水が枯れたり、水位が変化したり、
普通では見られないような
いわしの大群が連日押し寄せたり、マグロの大漁が続いたり、
いつもと違う状況になっていた。

地震の当日は、朝に弱い地震があり、その後幾度か地震があった後、
19時32分に、三陸沖を震源に
M8以上の巨大地震が発生したのだが、
実際に陸地で感じた揺れは小さく、現代の震度で最高震度が
秋田県強首村(現・大仙市)の震度4で、
大津波に襲われた岩手県宮古町(現・宮古市)では震度2ぐらいと
揺れは弱かったが、地震の揺れの時間は5分ほど続いた。
ただ、揺れが小さく、3月から続いていた地震の中でも
小さい方で、あまり三陸地方の住民の方々は気にしていなかった。

ただ、約30分過ぎた20時07分ごろから
三陸沿岸に大津波が押し寄せてきた。

津波が来る前に、満潮時間帯のはずであるが、
潮水がひき始めたりしていた中、
沖合から轟音が響きわたったが、
それは大砲のようにも聞こえ
人々は、軍艦の演習ぐらいに思っていて
気にしてなかったが、それは沖から押し寄せる大津波の音であった。

津波から避難する時、
生死をわけた事例として、
走って逃げた人とゆっくり歩いて逃げた人の差があった。

この地震の41年前の1856年(安政3年)の大津波の時は、
ゆっくり津波が来たので、この津波を経験した方々は、
ゆっくり避難して、津波にのみ込まれて犠牲となったが、
慌てて走って逃げた方々は助かったという。
ちなみに1856年の三陸地震の前もイワシやマグロの大漁であったという。

また、この明治三陸地震では、地震の揺れが弱かったことも
津波への警戒心を小さくさせてしまった。

太平洋プレートの境界面には柔らかい堆積物が大量に溜まっており、
それが数分にわたってゆっくり動いたことで、
地震の規模の割には、揺れが小さかったことにつながったのではないかと
推測されている。

この時は、揺れが小さかったが揺れの時間が長かった。
大津波をもたらした東日本大震災では、揺れも大きく、揺れも時間も長かった。

このことから、揺れが小さくても揺れの時間が長ければ大津波の恐れがある
ということが教訓である。

この明治三陸地震の県別人的被害を見てみる。
そして比較のために( )内の数字で
東日本大震災の死者・不明者数(2012年5月9日)を記す。

北海道     6(    1)
青森県   343(    4)
岩手県 18148( 5893)
宮城県  3452(11127)
福島県     0( 1819)

と、東日本大震災では宮城県で最も人的被害が多いが、
明治三陸地震では、岩手県の人的被害が最も多い。

岩手県より宮城県の方が人的被害が少ないことを示唆する
データとして、
女川の津波の高さである。
明治三陸地震では宮城県女川の津波の高さは3.1mであるが、
東日本大震災では、女川港では15mの津波が来ていた。

明治三陸地震の津波の震源域の中心が岩手県沖で、
東日本大震災では、宮城県沖が最もすべりが大きく、
また、震源域が岩手県沖から茨城県沖まで関東方面まで
広がっていたこととの違いがある。

また、明治三陸地震当時の人口は現在よりも少なく、
東日本大震災よりも明治三陸地震の方が、
被災地域における対人口死亡率が高いと思われる。

それと思うと、昨年の東日本大震災では
明治以降では、明治三陸地震に次ぐ
死者・不明18879名を出しているが、
明治三陸地震の時と比べて、対人口死亡率が小さくなり、
ハードとソフト両方を含めた津波防災の効果があったと推測できる。

また、この地震で、青森県から宮城県の沿岸地域が
三陸海岸と呼ぶことが定着していった。



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今日は、2012年(平成24年) 6月15日 金曜日今から、116年前の今日の1896年(明治29年)6月15日(月曜日)19時32分にマグニチュード8.2~8.5の明治三陸地震が発生して、その後の大津波で、青森県、岩手県、宮城県を中心に死者・行方不明... まとめwoネタ速neo【2012/06/19 11:40】