言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
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女川で、屋上避難した銀行員たちの津波による犠牲について、多角的に検証する必要はあるだろう・・・避難に落ち度…行員家族ら、七十七銀に検証要求

今日は、2012年(平成24年) 1月 12日 木曜日


東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)では、
多くの方々が、津波で犠牲になられたが、
このようなニュースがあった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
避難に落ち度…行員家族ら、七十七銀に検証要求
(読売新聞 2012年1月11日7時49分)


 仙台市に本店がある「七十七銀行」の女川支店(宮城県女川町)で、
東日本大震災の津波によって行員ら12人が死亡・行方不明となった
のは「銀行側の対応に落ち度があったため」などとして、遺族らで
つくる家族会が11日、当時の対応の検証などを求める文書を同行
本店に提出する。

同行が遺族らに行った説明によると、当時支店には14人の行員と
スタッフが勤務。取引先から戻った支店長が午後3時前、屋上に避
難するよう指示し、女性スタッフ1人は帰宅したが、13人は同
3時15分に2階建ての支店屋上(高さ約10メートル)に避難
を完了した。だが、同40分頃、屋上も津波にのまれ、4人が死亡、
8人が行方不明となった。

 文書では、支店があった地域の指定避難場所が、徒歩5分ほどに
ある高台だったにもかかわらず、屋上に避難したことや、本店から
避難に関する指示がなかった点などを問題視。銀行側に謝罪や、
当時の対応の検証などを求めている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ということである。私のこの事案に関する限りの情報は
この記事だけなので、現在、この情報の範囲で考察する。

本店から避難に関する指示がなかったというのは、

大津波が予想される場合どのように避難するべきかのあらかじめの
指示がなかったということなのだろうか。

過去の津波で、1960年(昭和35年)のチリ地震津波で
女川湾では、3.8~5.4mの津波が記録されている。
 *情報源 防災システム研究所 1960年のチリ地震津波災害より

また、女川湾はリアス式海岸で津波が高くなりやすい地形なので、
あらかじめ津波の避難対策を計画していなかったというのであれば、
同銀行の危機管理の意識が低かったと言わざるえない。

もし、あらかじめの避難計画があり、屋上に避難するということに
なっていたのであれば、同銀行女川支店の屋上が高さ10mという
こともあり、チリ地震津波より高いので、屋上避難ならば安全と
考えていたかもしれない。

本店からの避難の指示がなかったというのが、地震直後の避難指示の
意味であれば、地震直後に電話がかかりにくくなり、指示が
できなかったということもあるかもしれない。

地震直後、強い揺れで、本店が混乱し、何を優先順位して、
対策をとるか適切な判断ができず、大津波警報が発令された
沿岸部に対する指示がなされなかったということもあるかもしれない。

宮城県地方では、震度6の地震がここ10年ぐらいの間に、
何回か発生していて、
また、宮城県沖地震による大地震が発生すると予想されていたので、
それをふまえた危機管理体制を同銀行が採っていたのかいなかったのかが
気になる。


次に、支店長が徒歩5分ほどにある高台ではなく、屋上に避難
させたことである。

どうして、支店長がそのような行動をしたのか?

もともと、その高台への避難計画が同支店になかったということも
あるかもしれない。
もしあったしても、すぐに行員達が高台への避難をしなかったのは、
もしかしたら、支店長が指示をするということになっていて、
地震発生時には、支店長が不在だったようなので、すぐに高台避難
を開始しなかったということもあるかもしれない。

支店長が取引先から戻り、15時前に屋上避難を指示したということだが、
その15時前のいつなのかが、気になる。
地震は14時46分に発生したが、その支店長の指示が
14時50分ごろなのか、14時55分ごろなのか、14時58分ごろなのか、
なぜ、その時刻が気になるかというと、
最初の大津波警報の情報である。

大津波警報が14時49分に初めに発令された時、
宮城県への到達予想時刻は15時で、予想の高さは6mであった。

支店長が、大津波警報の情報を得たのかどうかわからないが、
もし、車載のテレビでその情報を得たかあるいは、
ワンセグ携帯テレビで得ていた可能性もある。

また、
女川町では、防災無線で

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

河北新聞ニュース 焦点/学校・避難の教訓(3)情報/速やかな収集、命左右
(河北新聞 2011年12月17日)


情報を人づてにつないだ自治体もある。宮城県女川町では地震後、
防災無線が6メートル以上の大津波警報を伝えた。
町教委は町内5小中学校に電話をかけ始めた。だが、1校に知らせた
直後に停電。携帯電話も不通だった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

と、高さ6m以上の大津波警報を伝えているようである。
「6m以上」と伝えていても、「6m」という具体的な数値が
強く情報として残ってしまい、
「6m」なら高さ10mの屋上なら安全が確保されると判断したかもしれない。

そして、もし、支店長が女川支店に戻って、屋上避難指示をした時刻が
14時55分以降であれば、
到達予想時刻が15時なので、高台への避難は間に合わず、高さは6mなので
屋上避難した方が良いと判断したのかもしれない。

もし、大津波警報に関係する情報が得られていなかったら、
いつ、津波が来るかわからないので、外に出れば危険なので、
高さ10mの屋上に避難した方が安全だろうと考えたのかもしれない。


根本的には、地震発生直後に、すぐに高台避難をしていれば
行員達の生命が失われることはなかったので、
どうして、そのような行動ができなかったのかについての検証は
必要だろう。


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