言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
語源や考えたこと、お気に入りの歌や発想法、雑学など、政治経済社会の時事ネタも書いたりしています。また、楽習社とは私の脳内にある架空の企業です。現実世界での所属組織や職業が変わろうとも、生涯、理系・文系を問わず、古今東西の学問を楽習(がくしゅう)して、生きていきたいので、架空の企業名を勤務先にしています。その会社を退職する時は私の人生が終焉する時です。.

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日航ジャンボ機墜落事故から25年、日本は未だに責任追及型の事故調査の体制のままで、これでは再発防止の真の原因追求はできないままだ

今日は、2010年(平成22年)8月12日 木曜日

今日で、1985年(昭和60年)8月12日に発生した
日航ジャンボ機墜落事故から25年経つ、
当ブログで、日航ジャンボ機墜落関係については、
4年前の2006年8月12日の記事
日航ジャンボ機墜落事故から21年~乗客が残した言葉に力を感じる
で、乗客が残した遺書や当時12歳の私が「レーダーから消えた」というニュース速報を見て、
このニュースに釘付けになっていたことを書いているが、
多くの方に拍手をいただいて、また、昨日新たに1つの拍手が追加され
当ブログの最多タイになる19拍手を頂いているが、
それほど、この事故が強く記憶に残っている方やまた乗客が
人生の最後が迫る中で、懸命に魂こめて書いた遺書が人々の心を
ひきつけるのだろう。

事故から25年ということで、時事通信社のページにある特集

25年を経て記者が語る~日航ジャンボ機墜落事故

を読むと、墜落するのが18時56分であるが、
その前に、JAL123便が迷走状態になっているときから
時事通信社はJAL123便の以上を気心知れた管制官からの連絡で知っていて、
まだ、その時は、羽田空港に引き返そうとしているのではないかという認識を抱いているようだったが、
レーダーから機影が消えて、管制官達は大騒ぎになり、時事通信社の記者があわてて
本社デスクに情報を流し、19時13分に
「日本航空123便ボーイング747SR型機の機影がレーダーから消えた時刻は午後6時56分」
という速報フラッシュがマスコミ各社に送られ、
19時26分にNHKニュースの最後に松平友和アナウンサーが読み上げたのが
マスコミからの第一報で、
その様子について

Yahooの知恵袋
明日8月12日は、日航ジャンボ機墜落事故から25年目を迎えます

での質問へのs20090403さんからの回答に

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

丁度7時のNHKニュースを見ていました
放送終了直前突っ込まれた一枚の原稿を見た瞬間の
松平アナの顔を今でも鮮明に覚えています

たった今はいったニュースで゜す
所沢の東京航空管制部からの情報によりますと
日本航空123便ボーイング747旅客機 羽田発大阪行きがたった今レーダーから消えました
これを二回繰り返して時間終了

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

と、その時の様子が書かれている。
私が、第一報を知ったのは
関西テレビ(フジテレビ系列)の月曜ドラマランドを見ていた時の
ニュース速報であった。

そのように第一報に触れた時の衝撃は今でも覚えているが、
それから25年で、

インターネット放送のビデオニュースドットコムで
マル激トーク・オン・ディマンド 第486回(2010年08月07日)
日航ジャンボ機事故はまだ終わらない


が特集されていたが、内容紹介で

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

事故原因を明らかにする上では、制度面でも遺族にとって納得のいかない
理由があった。国交省の事故調は法的な強制力を持っていないため、
あくまで事故の当事者たちの協力を得られない限り、調査ができない。
しかし、その一方で、日本で強制力を持つ事故調査を行うためには、
事故の責任者を刑事告訴することで、警察や検察による強制捜査に頼るしかない。
日本にはアメリカのような、事故の当事者に刑事免責を与えた上で、
原因究明に全面的に協力させる司法取引の制度が存在しない。そのため、
仮に当事者が事故調には協力をしたいと考えていても、
いつ自分が刑事告訴を受けるかもしれない立場にある以上、
刑事裁判で自らを不利な立場に置く可能性のある情報を自ら積極的に出すことは難しい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

とあるが、その問題は未だに日本には残っていて、
実際に、日航ジャンボ機事故でも、原因調査の
ボーイングからの協力を得にくくなったようだ。
日本国内で、海外航空機による事故が発生した場合にも同じような
ことが起こりえるだろう。

また、マスコミも原因追究ではなく、責任追及型の報道をしてしまい
そのことがさらに再発防止につながる原因追究を阻害してしまっている
ように思える。

さて、4年前の8月12日の当ブログの記事
日航ジャンボ機墜落事故から21年~乗客が残した言葉に力を感じる
の最後の方に

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

、圧力隔壁が破損し、機内の気圧が抜けるときに発生する風により、
垂直尾翼などが破損して、それによって、ハイドロプレッシャー(油圧操縦システム)
の4系統全てに損傷が及んで、エレベータ(昇降舵)やエルロン(補助翼)は殆ど
効かなくなってしまった。そのため、油圧を使用しての操縦は不能となり
墜落したと政府の事故調査委員会は結論を出している。
 ただ、この圧力隔壁破損説にいろいろ疑問がつけられている。

(中略)

私の知っている方で、航空業界に関わっている方がいるが、その方による事故原因の説を聞いて驚いた。
確証がないので、ここでは、書かないが、それが事実であり、明るみになれば、大きな外交問題にもなる。

事故原因に関しては、いろいろ不明なところがあるようである

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

と書いた。
知っている方は、理系の物理の大学出身のパイロットの方で、
その方曰く、

「どう計算しても、内部からの圧力で尾翼などが飛ぶことは考えられない。
外部から尾翼に何かが当ったとしか考えられない。
そして、ここから推測だが、おそらく○○○○・・・」

ということで、おそらく○○○の部分が本当で世間にも明らかになれば
大きな外交問題ということになる。
まあ、ネットでも、「おそらく○○○・・・」の部分については、それに該当する
説が出ているが。


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この記事に対するコメント

日航ジャンボ123便 (F-19)F-117 http://www.asyura2.com/10/lunchbreak41/msg/542.html
【2010/08/16 18:00】 URL | 123 #qhByB3uI[ 編集]

日本は古来ずっと、言葉を大事にし、丁寧に扱って来ていました。
本来の得意技は、「破邪・解呪・跳ね返し」等で、呪術・謀略などは自ら仕掛けるのは善しとせず、また得意でもありません。呪術謀略が得意でないのは、別に支障は在りませんよね。仕返しに次ぐ仕返しは、果てしない泥沼と化しますから。
日本は日本古来の得意技の「解呪・破邪」の方法で、人道から外れないように行くのがやはり日本人には合って居るなと思いますが、いかがでしょうか?

123便事件・福知山線事件・福島事件は、
全部、南京事件等の一連の戦乱から来ています。

1937年南京攻略は戦後、虐殺強姦強奪事件として訴えられ、現在でも尾を引いています。
『南京事件の日々 ミニー・ヴォートリンの日記』『南京の真実』「NewYorkTimesのティルマン・ダーディン氏の記事」、日本人の記録など、様々な資料を調べていますが、
大量虐殺の記事の殆どが伝聞や推測となっていて、数十人~数百人の処刑を見たとの記事が最高の人数です。日本人捕虜二千人が済南で中華軍に射殺されたとの情報も『南京の真実』に載っています。
中華軍が、南京城から脱出する前に、南京城内と城外の村などを破壊・放火・強奪して、命令に従わない人達を射殺もしています。

中華では、権謀術数という謀略が在るそうです。戦後裁判で、南京で大虐殺が在ったと訴えられた内容の一つが「攻略から6週間に渡って」。12月13日攻略ですので、丁度1月23日が6週間目です。また、1937年8月15日に南京が初めて大日本帝国空軍に爆撃されたとしている情報もあります。1985年8月15日に中華の「侵華日軍南京大屠殺記念館」がオープンしました。
中華では、大日本帝国軍が中華人民を大虐殺したとかガスで襲った等の虚言がまかり通っています。ガスで調べると、戦時中、「家庭調理用ガスが不足して、大量生産の必要がある」として増産の計画をしていた資料が在りました。その後の情報は未検索ですが、その辺りが真相のような気がします。中華は、戦後、日本軍が去った後に、大規模な内乱を遣っています。その時にガスや化学薬品が多く使われたとの噂は昔聞いた事が在ります。
1985年のプラザ合意も為替操作で日本の物価を急騰させられ米国と中華のレートを下げてどちらも莫大な利益を得ました。米国は上海のそう財閥のような華僑財閥も居ますので一概に米国の仕業と言い切れない所が在ります。
その後の報復と見られる事件や偽装事故での犠牲者の方々の為にも、一刻も早く、真相が解明される事を祈ります。
【2012/04/28 19:17】 URL | Nao #-[ 編集]


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