言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
語源や考えたこと、お気に入りの歌や発想法、雑学など、政治経済社会の時事ネタも書いたりしています。また、楽習社とは私の脳内にある架空の企業です。現実世界での所属組織や職業が変わろうとも、生涯、理系・文系を問わず、古今東西の学問を楽習(がくしゅう)して、生きていきたいので、架空の企業名を勤務先にしています。その会社を退職する時は私の人生が終焉する時です。.

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くわどん

Author:くわどん
世の中の森羅万象のことに好奇心を持つものです。
いろいろの世の中をことを知り、いろいろ言葉を
つづっていきます。
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イギリス国民のEU離脱の意思表示・・・グローバル化の推進のエリート層の主張に欺瞞を感じたのだろうか、グローバル化のスピードを落とす必要がありそうである

今日は、2016年(平成28年)6月 26日 日曜日

イギリスでの国民投票で、
EU離脱が過半数を占めて、世界各国や金融市場に
衝撃をもたらしたが、
加速するグローバル化による不利益と
EU残留を主張する経済エリート層の脅し(離脱によるリスク)や
移民を受け入れることの美辞麗句の欺瞞に対する不信を
離脱支持者に植え付けたことが背景にあったかもしれない。

EUは東欧に拡大して、その結果、イギリスにも
東欧から多くの移民が流れてきた。

EUの拡大は、EUの盟主であり製造業が強い
ドイツにとってはメリットが大きい。

ドイツは、東欧諸国から安価な労働力や材料を調達し、
また、東欧への輸出を拡大してきた。

また、東欧諸国が順次、通貨ユーロを導入すれば、
さらに為替リスクを背負うことなく、ドイツは
東欧に輸出をすることができる。


東欧諸国の国民にしれみれば、
より経済が豊かな国に移住したいとなり、
EUに加盟した東欧諸国から
イギリスにもどんどん移民が流れてきた。

さて、移民は家族もろとも本国からイギリスに
移住していて、家族の分の社会保障をイギリス政府は
負担することになるが、そうなれば、拡大する社会保障費のため
イギリス国民に対する社会保障費が抑えられることを恐れ、
また、移民にとって有利な社会保障によって、病院に移民の方が
多くきて、イギリス国民がなかなか治療が受けれなかったり、
地域によっては、学校で移民の生徒の方が多く、
普通のカリキュラムに添って授業を進める事は出来なくなったりして、
その移民急増の問題に対して、イギリス政府の対応が不十分で
離脱支持を高める一因になったとも見られている。


そして、移民はイギリスに来て、なんとか仕事をしたいので、
賃金が低くても求人に応募する動機が高くなる。
そうなると、イギリスの労働者階級の賃金も上昇を抑制して、
低く抑えられてしまうことになってくる。

それは、移民を推進する経営者エリート層にとっては、メリットがだが
労働者にとってはデメリットになる。

そのようなこともあり、EU残留を主張するエリート層の主張に
欺瞞を感じた中間層や労働者層で、離脱支持を高めることに
なったのではないかと感じる。

イギリスのEU離脱は、
国境開放・グローバル化を急ぎすぎたことのしっぺい返しに
あったという感じがする。


ただ、今回のイギリスの国民投票で、地域別の意思表示に違いが出て、
2年前に独立の住民投票を実施したスコットランドは
EU残留が多数であり、また、北アイルランドもそうである。

スコットランドや北アイルランドはEU残留をかけて、
イギリスからの独立を求める住民投票がなされる可能性も出てきて、
イギリスという国が分裂可能性が出てきた。

イギリスがEUから離脱するとなれば、欧州大陸市場へのアクセスが
関税などで制限され、そのことによるイギリスへの経済的打撃が懸念されている。

イギリスとの離脱交渉をするEU各国としては、
イギリスに有利に妥協しすぎると、他のEU各国内で高まる
EU離脱論を加速させることになり、イギリスに対して厳しい交渉に
せざるえない。
かといって、無碍にイギリスを突き放すことも慎重にならねばならない。
怒ったイギリスがEU諸国からの輸入に高関税をかけられるとEUの盟主である
ドイツにとっては困ったことになる。
それは、ドイツの対イギリスの貿易黒字額が、
ドイツのGDPの3%を占める状態で、
そのようなお得意様のな商売相手のイギリスを無碍に冷たくすることも
難しいのである。

イギリスがEU離脱することによって、対EU輸出の関税がかかったり規制が
かかったりしてい、イギリスからの対EU輸出が打撃を受けると心配される。

ただ、一方で、今回の離脱でイギリスのポンドが下落して、
輸入品のインフレというデメリットがあるが、輸出における
価格競争力の上昇につながり、EU離脱による輸出コスト上昇を相殺する
ことになるかもしれない。

まあ、今回のイギリス国民がEU離脱の意志を示したことは
経済のグローバル化、移民の急増に、幸福を感じない多くの方々がいるという
ことを示したものであり、
経済のグローバル化の進め具合のスピードをより漸進的に慎重に、
しなければならないのではないかと感じる。


まあ、今回のイギリスのEU離脱の国民投票は
今のところ、私のなかでは、今年の10大ニュースのトップになるような
できごとで、歴史的な事件になりそうである。


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テーマ:国際政治 - ジャンル:政治・経済


青葉城恋唄・・・瀬音ゆかしき、葉ずれさやけき杜の都をうたう美しい日本語の名曲の作詞者は、ラジオリスナーの一般市民であった

今日は、2016年(平成28年)6月 19日 日曜日

♪~季節(とき)はめぐり また夏が来て
あの日と同じ 流れの岸
瀬音ゆかしき 杜の都
あの人は もういない~♪


と、青葉城恋唄を耳にすると名曲だなあと思う。

また、

瀬音ゆかしき 杜の都

と2番の

葉ずれさやけき 杜の都

という部分の歌詞はなんて美しい日本語を使うのだろうと思う。

青葉城恋唄は、さとう宗幸が作曲した。

昭和52年(1977年)4月に、当時28歳のさとう宗幸は、
NHK-FM仙台の「NHKFMリクエストアワー」のD.Jになり、
リスナーから作詞した歌詞を投稿してもらって、それにさとう宗幸が
曲をつけるという企画をしていた。

そして、その年の6月、リスナーの星間船一から
仙台の美しい町影を重ねて失恋を綴った歌詞が届けられた。

さとう宗幸は、歌詞の冒頭に

広瀬川流れる岸辺

と、仙台市中心部を東西に流れる「広瀬川」と書かれていて、
とても印象に残った。
また、歌詞に「七夕」と、仙台の七夕祭り、
「青葉通り」と仙台を舞台とした歌詞にさとう宗幸はひきつけられた。

それは、仙台にはこれっといったご当地ソングのようなものはなく、
また、音楽不毛の地とも言われた仙台から全国的に広がる
ご当地ソングは生まれにくいとも言われてきた。

さとう宗幸は
星間船一から送られた歌詞を一部手直しして、5分ほどで
曲を仕上げた。

番組のそのコーナーで,1回歌い,それで終わる予定であった。
しかし、さとう宗幸が曲を歌った回の後、1人の番組リスナーから、
「良い曲なので,もう一度聞きたい」というリクエストがあった。

再度歌うと、少しずつリクエストの数が増え、
さとう宗幸は番組でこの「青葉城恋唄」を毎週歌うと反響が広がり、
その噂を聞きつけ、また、デモテープが持ちかまれたキングレコード(東京都)の
仙台出身のディレクターか気にいって、メジャーデビューさせることにした。

そのメジャーデビューにあたり、歌詞の文字の手直しを提案してきた
大物作詞家がいた。

その大物作詞家は、「青葉城恋唄」を聴いて、
大絶賛して、作詞大賞をとるかもしれないと思ったが、
彼は、ただ1つ気になるところがあると言ってきたのだ。

歌詞の

時はめぐりまた夏が来て

という部分である。

「時」は過ぎ去るもので、めぐるものではない。

そこで、「時」を「季節」と書いて、「とき」と呼ばせるように
したらいいと提案してきた。それに、応じて、歌詞の文字を
「時」から「季節」に変えた。

その大物作詞家とは、阿久悠である。

さとう宗幸は、昭和53年(1978年)5月5日、「青葉城恋唄」で
全国メジャーデビューすることとなったが、
当時無名のさとう宗幸を売り出すことに不安を感じたレコード会社は
有名コーラス・グループのダークダックスにも
「青葉城恋唄」を歌わせ発売して、と競作させることで、
さとう宗幸を売り出そすこととした。
ダークダックスの発売は翌月の1日であったが、
当初は、さとう宗幸よりもダークダックスの方が売り上げが多かったが、
そのような最中の昭和53年6月12日に、死者28名を出した
宮城県沖地震が発生した。
その地震被害からの復興の気持ちをこめて、生中継で仙台から
歌い上げたりしていた。
また、いわゆる「ご当地ソング」がなかった仙台市の後押しもあり、
ダークダックスよりもさとう宗幸の「青葉城恋唄」の方が売り上げを大きく伸ばし、
100万枚を超える大ヒットとなった。

また、この「青葉城恋唄」の全国的な大ヒットにより、
仙台の雅称「杜の都」が全国的に認知され、
仙台のご当地ソングとして、「青葉城恋唄」は定着した。

さて、「青葉城恋唄」が大ヒットした
この年の11月、日本作詞大賞の会場に、
「青葉城恋唄」を作詞した星間船一と作曲したさとう宗幸がいた。
そして、その会場には、2年連続大賞を受賞して、3連覇がかかる
阿久悠がいた。
この年も、ビンクレディの 「サウスポー」を作詞した阿久悠が大賞を取ると
思われていたが、大賞を受賞したのは「青葉城恋唄」を作詞した星間船一であった。

星間船一とさとう宗幸はまさか大賞を受賞するとは思っていなかったので驚いた。
そして、受賞式が終わった後、その2人に近づく男がいた。阿久悠である。

2人は、阿久悠に「僕たち新人が受賞してしまいすいません」と言うと、

阿久悠は
「おめでとう 今年はこれでよかった。 時を季節に変えろと言ったでしょ」と
と言って、その場を去っていった。

阿久悠は、「青葉城恋唄」が大賞受賞するにあたり、
「時はめぐり」がネックになると考えたようである。
その助言を受け入れ「時を季節(きせつ)」に変え、
新人としては珍しい日本作詞大賞を受賞することととなった。

さとう宗幸は阿久悠からのアドバイスが忘れられないという。

仙台のご当地ソングとなった「青葉城恋唄」は、
仙台市内の鉄道の駅の発車メロディで使用されたりしている。

また、仙台市民のアンケートで、「広瀬川」と聞いて、
「青葉城恋唄」を連想するというほど、
仙台市民に親しまれる名曲となっている。

「青葉城恋唄」の全歌詞は以下の通りである。

***********************

星間船一 作詞
さとう宗幸 作曲

広瀬川流れる岸辺 想い出は帰らず
早瀬躍る光に 揺れていた君の瞳
季節(とき)はめぐり また夏が来て
あの日と同じ 流れの岸
瀬音ゆかしき 杜の都
あの人は もういない

七夕の飾りは揺れて 想い出は帰らず
夜空輝く星に 願いをこめた君の囁き
季節(とき)はめぐり また夏が来て
あの日と同じ 七夕祭り
葉ずれさやけき 杜の都
あの人は もういない

青葉通り薫る葉緑 想い出は帰らず
樹かげこぼれる灯に ぬれていた君の頬
季節(とき)はめぐり また夏が来て
あの日と同じ 通りの角
吹く風やさしき 杜の都
あの人は もういない


***********************

あらためて、美しい日本語の歌詞だなあと思う。
名作詞家の阿久悠が絶賛するのもうなづける。

それを、無名の素人のラジオリスナーが作った歌詞である。
また、この美しい歌詞にふさわしいメロディを乗せた
さとう宗幸はすばらしいと思もうし、それをたった5分ほどで
仕上げたとは驚きである。

この歌詞に「あの人は もういない」とあるが、
平成23年の東日本大震災の後、この名曲を歌詞を読み、
さとう宗幸が歌う「青葉城恋唄」を聴いて、
胸に迫るものを感じて、
涙を流した大御所のミュージシャンの男がいた。

その男の名は、桑田佳祐である。

桑田佳祐は、平成23年の9月10日と11日に、
宮城県のセキスイハイムスーパーアリーナで、
「宮城ライブ~明日へのマーチ!!~」という復興支援のライブを行った。

セキスイハイムスーパーアリーナは、
被災地最大の遺体安置所ともなった場所である。

その場でのライブで、桑田佳祐が1曲目に選んだ曲は
「青葉城恋唄」であった。

ライブで、1曲目に「青葉城恋唄」がイントロが流れて、
アストロビジョンに、「青葉城恋唄」という
テロップが表示されると、大きな歓声と拍手が場内に
響いた。


もちろん、地元宮城の夕方の生放送の番組で
20年以上司会を務めている
さとう宗幸本人も
「青葉城恋唄」を震災復興支援の関係で歌ったりしている。


桑田佳祐「宮城ライブ~明日へのマーチ!!~」_青葉城恋唄
http://www.tudou.com/programs/view/QKtoBCt1KaY


青葉城恋唄 さとう宗幸
https://www.youtube.com/watch?v=u-GYBCktieU


テーマ:今日の1曲 - ジャンル:音楽


西宮北口のカフェグライナーズにて、アンティーク壁掛け時計のそばで、素粒子物理学の本を読み

今日は、2016年(平成28年)6月 12日 日曜日

まえの月曜日の6月6日、
西宮北口駅の前のアクタにあるカフェグライナーズに行った。
10年以上前はよく行ったものだが、
北口近くから西宮市内の別のところに引越して、
また、西宮ガーデンズができてからは
あまりいかなくなったが、今月の1日になって
久々に行った。6日でそこに行くのは今月で2回目である。

よく使っていた奥の席に座ると、
アンティークの壁掛け時計があった。
もしかしたら、以前からあったかもしれないが、
はっきり、それがあると認知できたのは
今月、久々にきたときであった。

グライナーズ 時計 160606_1515~001

Antiquite de Paris

と、時計に書かれていて、趣がある時計である。

グライナーズでは、キャラメルフレンチトーストセットを
口にしながら

グライナーズ トースト 160606_1524~001


「超対称性理論とは何か」
という素粒子物理学に関する本を読み、
質量の起源であり神の粒子との呼ばれる「ヒッグス粒子」
の説明のページに目を通していた。

2時間ほど、そこに滞在して店を出て
アクタ西宮の中を歩くと、アクタの開業15周年の表示があって、
「そうか、ここができて15年になるのかあ」と思った。

阪急西宮北口の北東の商店街の地域は、再開発の話があったが、
なかなか進まなかったが、
阪神・淡路大震災をもたらした兵庫県南部地震の震度7の激震で
多くの家屋が倒壊して、その再開発として、アクタ西宮が作られ
平成13年(2001年)に開業した。

ふと、思うと、阪神大震災から21年経つが、西宮北口の周辺の
光景はその21年の間に大きく変化した。


このブログ内の関連記事

カフェグライナーズに関わることです
2010年(平成22年)7月9日の記事
この1ヶ月の間に、とある2名の女性の人生のうつろいを垣間見た・・・西宮北口駅の北東側と南東側の線対称で、過去から現在への時のうつろいを感じた

テーマ:日記 - ジャンル:学問・文化・芸術


「仮面パパ」(森浩美 作)を耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館で聴いて・・・偽りの「育メンパパ」に仕組まれたワナは


今日は、2016年(平成28年)6月 6日 月曜日

一昨日、NHKラジオの「耳で聞く短編小説ラジオ文芸館」の放送を聴いた。
その日の作品のあらすじは、NHKのページから引用して以下の通り

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

2016年6月4日 仮面パパ
作:森 浩美

三十代半ばで、働き盛りの主人公・石川。ある日、会社に“宅配便”が届けられた。
荷物を受け取ろうと向かった受付には、なんと三歳のわが娘、美空がいた。
その上、妻の鮎子は、「送り主…ママ」の伝票を残して行方しらずとなってしまったのだ。
その日から、石川の“イクメン”としての日々が始まった。悪戦苦闘する中で、
やがて、子育てについての自分の認識や、
妻が抱えていた苦労の大きさをあらためて考えなおすようになるのだった…。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ということだが、その
内容は次のように展開されている。
(記憶が曖昧なところがあり、間違っている部分もあるかもしれません)


@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

30代半ばの石川は働き盛り。その職場に、大学での先輩でもある
シノダという男がいた。
ある日、シノダが石川に「会社の受付に、お前宛に、ナマモノ、が届いているよ」
という。

石川が会社の受付に行くと、届けられていたのは、モノではなく、
自分の3歳の娘の美空がいて、その送り主は、彼の妻の鮎子であった。

そして、妻からの手紙のメッセージがあり、「もう無理。家出します」
とあった。

石川は突然のことに仰天して、妻に電話をかけるがつながらない。
その日、仕事の打ち合わせなどが残っていたが、会社の同僚の女性が
美空の面倒を見てくれることとなった。

その日、仕事が終わり、先輩のシノダが石川に
「いっぱい飲みにいかないか」と誘う。
石川は娘が一緒にいて無理だというが、シノダはいつものように
強引に誘う。
飲み屋で美空は眠りについていた。その間、石川とシノダは
飲みながら話をする。

石川は、妻が家出をして、美空を会社に置いていったことを
シノダに説明するが、なぜこのような事態になったのかすぐには
わからなかったが、石川の妻の鮎子の機嫌が悪くなりだしたのは
あるできごとからとシノダに説明する。
それは、石川が「育メンパパ」として、雑誌の対談記事に
インタビュー記事が掲載された時からだった。

石川はその雑誌に出るつもりは全くなかったが、
先輩のシノダが勝手に石川を「育メンパパ」として
推薦して応募したのだ。

そして、その記事を見た妻の鮎子は、不満を抱きながら
石川に
「へえ、料理を作ったりね」と皮肉交じりに言い寄る。
雑誌のインタビューで、子供のための料理を作ったり、
子供のために折り紙を折って一緒につくりったりしていると
言っていたが、実際はそんなこと全くしていないのが実情で、
妻の鮎子は、いつも帰りが遅く、娘の子育てを妻に任せきりの
石川に
「あなたは、娘を抱っこしたりするというけど、ただ
子育てのおいしいところだけで、本当に大変なところは
全くしないじゃないの。
また、いつも帰ってくるのが遅くて、ほとんど
娘の世話はしてないでしょ」と
不満を爆発させて言い寄った。

石川は、それに「先輩のシノダさんが誘ってくるので、
断れないのだよ。また、得意先との付き合いも大切で」

と言い訳をするが、シノダさんの誘いがなくても
得意先の人と一緒にキャバクラに通っていたことがあった。

その後、眠気まなこの美空を連れて家に帰った。

明日以降、妻無き家で、娘の美空の面倒をどうみようか
悩み。石川は実家の母に頼もうと電話をする。

事実は伝えるしかないと、石川は母に
「妻の鮎子に家出をされて、明日、美空の面倒を見てくれないか」
と頼み込む。すると、母から意外な言葉が返ってきた。

「鮎子さんならそのようなことすると思った。今まで、口に出さなかったけど、
良く思っていなかったのよ」

と母は言う。石川は、母が鮎子のことをそのように悪い評価をしているとは
思っていなかったので、驚いたが、美空の面倒を明日みれくれないかと頼むが

母は

「明日から、友人と韓国旅行に行くことが前から決まっているのよ。だから
美空ちゃんの面倒は見れない」

と無碍に断られる。

石川は、その夜、眠る前の美空がトイレに行きたいと言い出し、
さらに、「ひとりの行くのが怖いから、パパついてきて」と言うが、
石川はすぐに応じずぐずぐずしていると、なんと美空はおしっこを
漏らしてしまった。
その対応に、石川は悪戦苦闘する。

翌日、石川は有給休暇で仕事を休む。
美空の食事づくりに困り果てる石川である。

そして、その日の夕方は、宅配ピザを頼むことにした。

週末になり、その日の午前、美空は石川に
「パパ、遊ぼう」とおねだりしてくる。

家の中で、体を張って、娘と遊び疲れる石川。
昼になり、昼食をとり、ゆっくりしたい石川であるが、
美空が、石川に
「パパ、また、遊ぼう」とおねだりしてきて、
お馬さんごっことか、もうへとへと。

そんな時、一本の電話が石川宅にかかってきて、
石川が電話に出ると、すこし間をおいてから女性の声で

「美空さんのお父さんですか?」

そう電話の相手は、鮎子のママ友の女性からだった。
一緒に、他のママ友達とファミレスで食事をしようと言ってきた。

石川は、「どうして、ママ友たちと食事をしないとならないのだ。
男たった一人で居場所がないだろう」と思って断ろうと思ったが、

ふと、「もし、いったら、妻の居場所に関する情報を聞きだせるかもしれないし、
他の子供たちと一緒に美空が遊ぶことになれば、少しは助かる」

とそう思って承諾した。

そのママ友達がいるファミレスに、美空を連れて石川が向かう。
ママ友たちの間では、例の雑誌の件で、石川は「育メンパパ」と
思われていて、ママ友たちは、石川を称賛する。
しかし、実際はそうではない石川は苦笑いで応じる。

しばらくして、美空は、他のママ友の子供たちと遊びだし、
ほっとしたののつかの間、
なにやら、石川を電話で誘ったママ友の女性が
携帯電話を石川に向けて、

カシャッと石川を撮影して、

「送信完了」と言う。その突然の振る舞いの石川が戸惑っていると、
石川の携帯電話にメールの着信が届く、差出人は
妻の鮎子であった。そう、そのママ友は鮎子にメールを送ったのだ。

それを合図にして、妻の鮎子は夫の石川に送信してきた。
そして、すぐさま、別のメールが、文章つきでかつ画像が送られきた。

その画像には、妻の鮎子ともう一人の女性が写っていたが、
その女性とはなんと、石川の実の母であった!!!

妻と鮎子と石川の実母が一緒に韓国旅行をしているというではないか!!!!

そして、このような企てをしたのは、
石川の会社の先輩のシノダというのだ。

石川はあわてたようにトイレと言って、その場を離れる。


@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@


という感じのお話で、最後の展開には
笑ってしまいました。

私は独身男子で、子育ての大変さや
子育てに関する夫婦の葛藤を体験したことはないですが、

この石川のような家庭は、けっこうありそうで、
この物語を聞いたリスナー女性で
うなづいたりする方が多いかもしれませんね。


仮面パパ 収録作品


このブログ内の関連記事

○ラジオ文芸館に関すること

「車窓家族」(高田郁 作)を耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館で聴いて・・・車窓から見える老夫婦の何気ないほっこりした日常が見知らぬ人どうしの言葉を交わすきっかけをつくり


「曲芸と野球」(小川洋子 作)を耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館で聴いて・・・曲芸師の女性と野球少年という異色の組み合わせの男女の淡くも末永い絆


「はるか」(北村薫 作)を耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館で聴いて・・・天真爛漫の無邪気な女子高生の明るさが潤いと彩りのある豊かな日常にもたらす


「サヤンテラス」(乙川優三郎 作)を耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館で聴いて・・・私の愛するテラスでの亡き夫の声は幽霊か面影か


「本番、スタート」(ドリアン助川 作)を耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館で聴いて・・・・日の目を見ず、下っ端であろうが、その人の人生の主人公はその人本人なのである


「トオリヌケ キンシ」(加納朋子 作 )を耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館で聴いて・・・・何気ない日常のふるまいが誰かを大きく助けていることがあれば嬉しいですね

「かがやく」(帚木蓬生 作 )を耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館で聴いて・・・・人間は自分が得意として輝いている時のことに関心を持ってもらえることに喜びを感じるのだ


「超たぬき理論」(東野圭吾 作 )を耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館で聴いて・・・・えっ!UFOの正体はたぬきが化けた文福茶釜だってえええ??・・・こじつけと思い込みの想像力・・ちなみに、宇宙人って誰のこと


「イービーのかなわぬ望み」を耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館で聴いて・・・垂直移動のエレベーターで生きてきたイービーの結末から「空間」についてちょっと思う

原田マハ 作の「無用の人」を、耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館で私の人生と重ね合わせながら聴いて・・・無用の人扱いされた他界した父が娘に贈った最後の誕生日プレゼントとは

耳で聞く短編小説ラジオ文芸館 鈴木光司 作「大山」・・・バブルに翻弄された元夫からの復縁の申し出の旅路にて、元妻からの粋な計らいとは

人生という名の自転車は、自力で漕ぎ続けるのだ・・・「耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館」で「自転車を漕ぐとき」、41歳無職の男の物語を同じく41歳で再び無職に戻る私が聴いて

ロバのサイン会・・・消費され消え行くものに過ぎないものが育む絆・・・耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館を聴いて・・・

2か月に1度行く、上新庄のミスタードーナッツで、ラジオ文芸館のアンコール放送「尾瀬に死す」を耳にして、前回も同じ場所でそれを聴いていたので、デジャブさを感じた

透明人間とはそういうことだったのか!・・・耳で聞く短編小説ラジオ文芸館、島田雅彦の作「透明人間の夢」を聞いて、ホームレス寸前の彷徨う若い男女の恋の結末は!

人生、思わぬ偶然のできごとでどう変わるかわからない・・・角田光代の「誕生日休暇」を耳で聞く短編小説「ラジオ文芸館」で耳にして


テーマ:読書メモ - ジャンル:学問・文化・芸術


近畿地方の2016年の梅雨入りを6月4日に発表・・・・1951年以来、近畿での6が4日の梅雨入りは初めてである

今日は、2016年(平成28年)6月 5日 日曜日


昨日、私が住む近畿地方での梅雨入りが発表された。

昭和26年(1951年)以降で、
6月4日の梅雨入り日の年はなく
6月4日の梅雨入りは初めてとなる。

その前後の6月3日の梅雨入りの年は

昭和46年(1971年)
昭和47年(1972年)
平成 7年(1995年)
平成11年(1999年)
平成21年(2009年)
平成26年(2014年)
平成27年(2015年)

と7回あり、6月5日の梅雨入りの年は

昭和34年(1959年)
昭和48年(1973年)
昭和50年(1975年)
昭和51年(1976年)
平成13年(2001年)

と5回あるが、

その6月3日と6月5日の間の6月4日は
今年が初めてとなる。


ちなみに、近畿の梅雨入りの平年日は6月7日で、
昨年のそれの梅雨入り日は6月3日で、
平年よりも3日早く、昨年よりは1日遅いこととなった。

ちなみに昨年の梅雨明け日は7月24日であったが、
今年はいつ梅雨明け日になるだろうか。

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子供は何でも楽しんで遊び場にする・・・高度経済成長期の電車が走らない駅の線路にて



今日は、2016年(平成28年)6月 4日 土曜日

先日の1日に、西宮市役所に用事があり、
そのついでに、市役所の東館8階で、

第18回歴史資料写真展
「酒ぐらの裏小路-旧西宮町の街-」

をしていたので、見てみた。

そこで注目したのが、阪神電鉄の今は亡き西宮東口駅の
昭和34年(1959年)に撮影された
「ストの日の西宮東口駅」
という写真である。

西宮東口駅 160601_0951~001

ストライキの影響で、電車が運休され、
そのため子供たちが普段は入れない駅中の線路に入って
遊んでいるのだ。

レールの上に乗って、平均台のように遊んだりと
子供はなんでも遊んで楽しむことができる才能があるのだなあと
思うのであった。

西宮東口駅は、明治38年(1905年)に開業され、
近くに市場があったり、近くの女学校があったり、
主要な行政機関があったりして、
近くの阪神の西宮駅よりも年間利用者数が多い駅であった。
しかし、同駅は、
平成13年(2001年)に、阪神電鉄が高架化されたことに
ともない、隣の駅の阪神西宮駅に統合され廃止された。

今は亡き駅であるが、かつて、高度経済成長期の電車が走らない日に
子供の遊び場になった何気ない日常の歴史のひとこまを
見ることができてよかった。

ちなみにこの写真展は6月6日までしているようだ。


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