言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
語源、雑学など、時事ネタなど。また、楽習社とは私の脳内にある架空の企業です。所属組織や職業が変わろうとも、生涯、理系・文系を多様な知を楽習(がくしゅう)して、生きていきたいので、架空企業名を勤務先にしています。それを退職する時は私の人生が終焉する時です。.当ブログ各記事に誘うための目次専用ペ ージはカテゴリートップにあります。PCページは画面左サイドに、スマホ画面からは下のマークの真ん中からカテゴリーにいくことができます

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2015年(平成27年)の3大ニュース・・・「対イスラム国戦争~テロと難民」「安倍内閣と立憲主義・表現の自由」「沖縄県と国の対立」


今日は、2015年(平成27年)12月31日 木曜日



大晦日の今日は、
当ブログ年末恒例の今年の3大ニュース


1位 対イスラム国戦争~テロと難民

2位 安倍内閣と立憲主義・表現の自由

3位 沖縄県米軍辺野古基地新設をめぐる沖縄県と国の対立


まず、
3位 沖縄県米軍辺野古基地新設をめぐる沖縄県と国の対立


沖縄県の米軍の普天間基地移設で、
沖縄県名護市の辺野古地区への新基地を建設を
日本政府が推し進めていることに対して、
新たな県内基地新設を認めないことを公約にして
当選した沖縄県の翁長雄志(おながたけし)知事が
自身による辺野古埋め立て承認取り消しの効力を止めた
国の決定を取り消すことを求めて、
那覇地裁に国を相手取って「抗告訴訟」を提訴する事態となり、
国と沖縄県の対立が深まっている。

沖縄県の翁長知事が
沖縄の辺野古基地をめぐる対立に関して、
日本政府の対応について、国連人権理事会で、
「沖縄の人々は自己決定権や人権をないがしろにされている」
と主張する事態になっている。

私のこの問題、長い目で見ると、日本が沖縄を失うことに
つながっていかないかと懸念を抱く。

そう、もともと沖縄県は、明治になるまで
琉球王国という独立国であった。

それを日本の明治政府が侵略して併合したのだ。

この問題は、沖縄の自尊をかけた戦いのように見え、
あまりにも国の対応が酷いと、
「沖縄独立論」が沖縄県内で高まっていくかもしれない。
実際、独立までいかなくても、沖縄独立論が高まることで、
日本政府に対する脅しとて、交渉を有利にするために使われて
いくという展開になっていくかもしれない。

まず、そこまでいかなくても、沖縄の反基地闘争が、
辺野古のことだけでなく、沖縄県全体の米軍基地にむけられ、
東アジア最大の空軍基地である沖縄県の嘉手納(かでな)基地の
撤退を求める運動が高まり、アメリカが撤退さぜる得ないと
なると、これこそ大きな抑止力を失うこととになるだろう。

辺野古のアメリカ軍の海兵隊のための基地として使われる予定であるが、
アメリカ国内でも、沖縄での海兵隊不要論があり、
不要論が出ている海兵隊の沖縄駐留をこだわるあまりに
最重要の嘉手納基地を失うというアメリカにとっても
政治的、安全保障上のリスクを負うということを
アメリカ政府は認識した方がいいと思う。


2位 安倍内閣と立憲主義・表現の自由


安倍内閣が集団的自衛権を認める法律を国会で成立させた
ことに関して、多くの憲法学者らが憲法違反の法案であるという
批判が出た。

また、今年の秋に、野党が安倍内閣に臨時国会の開会を要求したが
それに安倍内閣は外交日程の多忙さを理由で応じなかったが、
日本国憲法第53条には、
議院の総議員の四分の一以上の要求があったときは、内閣は、
臨時国会の召集を決定しなければならないと書いてあるが、
まさに、安倍内閣の対応は憲法違反の振る舞いである。


安倍内閣をめぐって表現の自由をめぐる議論が
かわされている。

昨年の総選挙の時に、
テレビ各局に選挙報道について要請文を送ったり、
安倍内閣に近い国会議員たちが、勉強会で
「マスコミを懲らしめるために広告収入で締め上げるのがいい」
と言ったり、また、昨今では、有名ニュース番組のキャスター降板
をめぐって、安倍内閣の圧力があったのではないかとうわさされたり
している。
また、今年、国連からの表現の自由に関する調査団の受け入れを
直前になって日本政府がドタキャンしていたりした。

また、放送法に対する安倍内閣による解釈の間違いが指摘されたりしている。

放送法第1条と第4条をめぐっての解釈の仕方である。

その第4条では、政治的な公平性や事実を曲げないことを求めていて、
それを根拠に安倍内閣がNHK番組の「やらせ疑惑」をめぐり、
高市早苗総務相による放送への介入を正当化していたが、
ただ、放送法第1条第2項の

放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによつて、
放送による表現の自由を確保すること。

という条文について、
この法案が審議されていた昭和25年(1950年)に、
国会で、当時の綱島毅電波監理庁長官が、
この条文はそもそも放送事業者ではなく、
政府に対して向けられたものであると答弁しており、
放送局が政治に介入されることなく自ら
放送の不偏不党、真実を求める権利を認めるものであり、
それが大前提となって放送法第4条の政治的な公平性の報道が
求められていることとなっているのが自然で、それを
行政当局による放送への介入や指導の根拠にしようとする
安倍内閣の解釈は間違っているとなる。

また、この放送法は
表現の自由を保障した日本国憲法第21条を根拠にしており、
その第2項には、

検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。


とあり、安倍内閣の放送法解釈がまかり通るなら、
そのような放送法は憲法違反となってしまう。

この放送法を解釈問題からも安倍内閣による立憲主義の侵害が
体質がうかがえるものがある。

私はこのような体質の安倍内閣が続くことは良くないと思っている。

また、そのような体質の安倍内閣からの圧力に対して
あまりマスコミが抵抗している感じもせず、
ただ、政府広報のように報道している感じもする。

全体主義的ディストピアの世界を描いた「1984年」
を作ったイギリスの作家のジョージ・オーウェルが

「ジャーナリズムとは報じられたくないことを報じることだ。
それ以外のものは広報に過ぎない」

と語ったが、今一度、そのジョージ・オーウェルの
言葉を噛み締めて欲しいと思うのである。



1位 対イスラム国戦争~テロと難民

今年1月、日本人2名がイスラム国の人質として
とられて、その後殺害された。
また、この人質殺害事件の過程で、
ヨルダン政府を巻き込む展開となり、
ヨルダン人パイロットの殺害が明らかになり、
過去にヨルダンでテロを起こして、死刑囚として
拘留されていて、人質解放の交換条件として、
釈放を要求された女囚に死刑が執行されたりした。
ヨルダン人パイロットが殺害された報復で
ヨルダンはイスラム国に激しい空爆を行った。

また、日本人が被害にあった事例としては、
バングラデシュでイスラム国関連組織に
現地在住の日本人が殺害された。

また、巻き添えにあった事例としては、
イスラム国によるチュニジアの博物館襲撃事件で、
日本人3名が亡くなった。

シリアでイスラム国とアサド政権と反政府勢力の
3つどもえの内戦が続く中、
現地で暮らせなくなったシリア人達の多くが
難民としてヨーロッパに、民族大移動のごとく
多く押し寄せ、EU諸国に大きな試練をもたらした。
EUは基本理念として加盟国内の移動の自由、
難民を受け入れることを是としているが、
あまりの多くの難民に国境を閉鎖したり、
難民受け入れを拒む加盟国も現れたりして
EUにとって試練の年となった。

イスラム国関連によるテロは世界各地で起こり、
10月には、エジプトのシナイ半島で
ロシアの航空機がテロで墜落、
そして、11月にはパリ同時多発テロ事件、
また、アメリカでは、イスラム国の思想に影響を受けた
夫婦が銃乱射事件を引き起こした。


イスラム国に対して、
アメリカ、フランス、ロシアなどが空爆を強化しているが、
アメリカとフランスとロシアの間で、
シリアのアサド政権に対する対応の違いがあり、
足並みが揃わず、また、ロシア空軍機が
トルコ軍に撃墜されて、両国の間の対立が深まるなど
対イスラム国戦争に参戦している国々に間での
対立点が残されたままになっている。

シリアとイラクのイスラム国支配地域を
小さくできたとしても、
他の政情不安の地域、例えば、リビアなどに
あらたにイスラム国支配地域を作ったりする可能性があり、
また、イスラム国に忠誠を誓う
他の国々に存在する過激派組織が
イスラム国型の面の支配地域を拡大する活動を
しており、シリアやイラクでのイスラム国を殲滅させた
ところで、解決とはならない状況である。

また、シリアでイスラム国を殲滅させたとしても、
シリアでのアサド政権の扱いをめぐって、
欧米とロシアとの間で対立点が残っており、
シリアが安定するか未知数であり、
安定化しないシリアでまたイスラム国が蘇生
したりするかもしれない。

対イスラム国戦争の先行きはよう容易に
解決とはならない様相である。


このブログ内の関連記事

過去の今年の3大ニュース

2005年
今年の3大ニュースとアメリカ(新自由主義)

2006年(このときは、1つのニュースのみ)
今年の最注目ニュース~ドル離れが進む世界

2007年
2007年の3大ニュース「サブプラムローン問題」「参議院選挙」「消えた年金」 ~ 来年以降の情勢にも大きく影響を及ぼす問題である 

2008年
2008年の3大ニュース「世界金融危機とオバマ氏米国大統領へ」「秋葉原通り魔殺人事件」「毎日新聞Waiwai事件とマスコミ各社の赤字」・・・昭和20年に続き平成20年も激動の年に、金融危機は来年以降の世界史的な大事件になっていきそうだ

2009年
2009年(平成21年)の3大ニュース・・・・今年は国内ニュースばかり、やはり、1位は皆さんが思う通りのことがらです

2010年
2010年(平成22年)の3大ニュース・・・・菅内閣のていたらく、検察の権威失墜、メディア革命

2011年
2011年(平成23年)の3大ニュース・・・・大震災&原発事故、欧州債務危機、抗議する人々・・・来年にも続く大ニュースである

2012年
2012年(平成24年)の3大ニュース・・・増税と政権交代、日中対立とオバマ再選、原発問題・・番外編で「刑事司法の問題」、あとがきで、昨年のトップニュースの後遺症

2013年
2013年(平成25年)の3大ニュース・・・安倍自民党参議院選勝利、シリア危機とイラン制裁緩和、スノーデン事件

2014年
2014年(平成26年)の3大ニュース・・・「主権国家をめぐるできごと」「消費税と総選挙・安倍自民党大勝」「山が崩れ、山が噴いて、人命奪う」


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私の年末の慣わしとなった年の瀬の夕刻、西宮北口のCAFE FLATにて、読書をしつつ、サザンの名曲「夕陽に別れを告げて」を聞きながら・・・その名曲を聴いている間だけ夕陽の光が曇りから晴れて見え

今日は、2015年(平成27年)12月 30日 水曜日

昨日の午前10時過ぎ、
自宅から西宮北口駅近くにある
「CAFE FLAT」に電話をかけた。

2009年以来、毎年年末に
CAFE FLATの窓側の席から
年に一度、年末に年の瀬を夕刻の景色を
見ながら読書をして
サザンオールスターズの「夕陽に別れを告げて」を聞く。

私のアタマの中では、
「年末の夕陽」という単語の目録に
夕陽の光が射し込むCAFE FLATの店内や
西側の窓から見える夕陽に反射する光景が
「イメージの辞書」として対応するように
なってしまっているのだ。

一昨年からは、その当日の午前中に
CAFE FLATの窓側の南側の席に座りたいので
その席を予約するために電話をするようになった。

今年も同じように電話を

「毎年、年末に行っている○○ですが」

というと、店主の女性のが

「あっ、今年、電話がないから今年はこないのかな
と思った」

という返事がきた。そういえば、昨年は12月27日に
行っていた。昨年により2日遅かったのであった。

私は、CAFE FLATには、年に1度しか
いかないが、店主の女性は私の名前まで覚えて
くれているのだ。

そして、14時過ぎ、CAFE FLATに入店して、
いつも座る窓側の南側の席に座った。

出されたメニュー表を見て、選ぶ。
この店のメニュー表のカバーがカッコいいなあと
思えて好きである。

CAFE FLAT 151229_1413~001

飲みたいものを選んで、注文した後、
お手洗いに行った。

CAFE FLAT 151229_1415~001

CAFE FLATのお手洗いの鏡もオシャレで
素敵である。

CAFE FLAT 151229_1420~001

さて、私は、結局、今年もやはり
ハニークリームティを頼んだ。
クリームの上にはちみちが乗せられていて、
まあ甘くておいしいこと。

そして、それを飲みながらゆっくり読書を堪能するのだ。

そこで、
2010年には、ヴェルナー・ゾンバルトの
「恋愛と贅沢と資本主義」を読み、
2011年には松岡正剛氏の「知の編集工学」、
2012年には、示野信一氏の「複素数とは何か」という
数学の本を読み、
2013年には
大栗博司氏の「超弦理論入門」と
宮台真司氏の「絶望の時代の希望の恋愛学」を
読み、
昨年の2014年は
橋元淳一郎氏の
「時空と生命~物理学思考で読み解く主体と世界」
を読んだ。

今年は2冊、合わせて読んだ。

1つは、
ジョンジョー・マクファデン氏の
「量子進化~脳と進化の謎を量子力学が解く!」

もうひとつは
園池公穀氏の「光合成とは何か」

である。

「光合成とは何か」は数年前に
買った本だがまったく読んでいなかったので、
ここ最近読み始めた。

その本で、筋肉の収縮など生命活動で利用される
エネルギーの貯蔵・利用にかかわる
ATP(アデノシン三リン酸)についての
化学反応について説明があり、
それで思い出したのが、
「量子進化」で説明されていたATPのことを
思い出して、読んでいたのだ。

化学反応というのは、電子の動きによって
引き起こされるが、粒子でも波でもある電子などを
扱う量子力学が関係してくる。

「量子進化」は、人間の進化や体内などの反応を
量子力学から説明しているのであるが、
量子力学の基本原理のひとつである
ハイゼンベルクの不確定性原理や
量子の重ね合わせなど、量子力学に関わる
キーワードが展開させながら議論が進む。

この本では、細胞が量子測定を行い活動
しているという議論が展開されていて
興味深い内容である。

CAFE FLAT 151229_1417~001

さて、店内を見ると、ジャノのミシンが置かれている。
それは、店主の女性の家に置かれていたもので、
あまり使わなくなり、机に使おうと考えていたが、
店のオブジェとして使うようになったようだ。

私がCAFE FLATに入店した時は、
誰もいなかったが、しばらくすると、
若い男性2名が、また、しばらくすると、
小学生くらいの娘さんを連れたお父さんら2名、
そして、ベビーカーに赤ちゃんを乗せた
夫婦が来店したりして、にぎわいをみせてきた。

その後、何か食べようと思い、
ケーキが置かれているカウンターに行った。

昨年は、ベイクドチーズを食べたが、
「とうふのシフォンケーキ」というものがあり、
どんな味がするのだろうと思って食べてみることにした。

CAFE FLAT 151229_1522~001

食べてみると、ケーキ自体が甘くておいしい、
添えられているクリームも甘くておいしいが、
クリームの量を調整しないと、せっかく、
とうふシフォンケーキの甘さが消えてしまうので、
クリームは少しつけて、ケーキの甘さを堪能して
口にした。

ふと、店主の女性に
「CAFE FLAT」という店の名前の由来を
聴いてみた。

すると、「平穏無事で過ごせるように」
ということで、「FLAT」という名前にしたとのこと。

それを聴いて、
「山あり谷ありの激しい変動ではなく、
いつも安定しているのがいいのかな。
そう思えることがあったのかなあ」と
想像していたりした。

また、「CAFE FLAT」を開業してから
14年になるという。

そのような会話をしつつ、
読書を続けていたが、

16時前だろうか、外を見ると、
それまで晴れていたのに、曇り始めた。

いつも、16時を過ぎれば、この席から見える
道路の向かいにある
マンションの壁に夕陽の赤みの光が
反射される光景を見ながら、
サザンオールスターズの
「夕陽に別れを告げて」を聴くのが
慣わしになっているが、
昨年は、曇り空になっていて、その夕陽光の
反射光が見えなかったので、

当初は、晴れていたので、今年は
夕陽の反射光を見ながら、それを聴けるかなと
思っていてので、曇りだして、今年も曇りのときに
聴くのかなと思いながら、充電機能がかなり低下して
しまって、ほとんど使わなくなったウォークマンを取り出し、

サザンオールスターズの
「夕陽に別れを告げて」を聴き始めた途端に
再び、日光が出てきて、
道路の向かいにある
マンションの壁に夕陽の赤みの光が
反射され始めた。

CAFE FLAT 151229_1625~001

CAFE FLATに年に一度だけ来店して、
年末の日に過ごすことをやり始めて
今年で7年目になるが、
今年もこのようなひと時を過ごせて
嬉しく思う。

CAFE FLAT 151229_1625~002

1年前の年末は、
今と違う職場で勤務していたが、
もう、年明けの1月に退職することが
決まっていて、その後の職が決まっていかった。

その時、1年後はどうしているだろうなあと
思っていたが、
この1年は1月末に退職した後、
1ヵ月半のど無職をした後、
ある派遣会社に登録して、
大阪のなんばで3月の半月ほど勤務し、
4月から私が住む西宮市での勤務が始まり、
10月末までは、西宮市内の東鳴尾で、
11月からは西宮市内の西宮浜で勤務
することとなった。

社会人になって、最も
自分が自分が住む西宮市で仕事をするのが
多い期間となった今年であった。

また、2012年に14年間勤務したところを
失業していらい、毎年、違う職業の状態で、
年末を過ごし、
この「CAFE FLAT」で過ごす日を
迎えているのである。
さて、来年はこの時をどのような状態で
過ごしているのだろうなあ。

そう思いながら、
サザンオールスターズの
「夕陽に別れを告げて」を聴いて、

道路の向かいにある
夕陽の赤みの光が反射されている
マンションの壁を眺めていた。

そして、4分ほどして、
ちょうど、「夕陽に別れを告げて」を聴き終えたころ
また曇り始め、光が見えなくなった。

まったく、まさに私が夕陽を見ながら、
サザンの名曲「夕陽に別れを告げて」を間だけ、
たまたま雲から夕陽がのぞかせてくれた
自然の偶然性に不思議さを感じた。

そして、17時ごろ、レジで清算を済まして、
店主の女性に私が

「来年も年末に来れるようにします」

と言ったら

「年末だけでなく、何度も来て頂ければ」

と告げられた。

まあ、来年も年末には来たいと思う。

とてもオシャレな店で、一度も行ったことがなければ
お勧めのお店です。

CAFE FLATの電話番号
0798-65-8465



このブログ内の関連記事

2009年12月30日の記事は
年の瀬の夕刻、西宮北口のCAFE FLATにて・・・・サザンの名曲「夕陽に別れを告げて」を聞きながら

2010年12月30日の記事は
今年も、年の瀬の夕刻、西宮北口のCAFE FLATにて、「夕陽に別れを告げて」を聞きながら・・・今年の場合は、「恋愛と贅沢と資本主義」を読みつつ

2011年12月30日
今年も、また、年の瀬の夕刻、西宮北口のCAFE FLATにて、「夕陽に別れを告げて」を聞きながら・・・「年末の夕陽」という「単語の目録」に、「夕刻のCAFE FLATの光景」という「イメージの辞書」が連動する

2012年12月28日の記事
今年もまたまたまたまた、年の瀬の夕刻、西宮北口のCAFE FLATにて、読書をしつつ、サザンの名曲「夕陽に別れを告げて」を聞きながら、夕陽の光を眺める

2013年12月30日の記事
2013年の年の瀬も、夕刻、西宮北口のCAFE FLATにて、読書をしつつ、サザンの名曲「夕陽に別れを告げて」を聞きながら、夕陽の光を眺める・・・来年の年末はどのような気持ちでここで過ごすのだろう

2014年12月28日の記事
私の恒例行事となった年の瀬の夕刻、西宮北口のCAFE FLATにて、読書をしつつ、サザンの名曲「夕陽に別れを告げて」を聞きながら・・・曇り空でも光が届いているのだなあとふと思い

テーマ:日記 - ジャンル:学問・文化・芸術


高浜原発の再稼動判決から思うこと・・・・自動車と原発、誰かが犠牲になることを前提に社会の便益増大が図られる社会

今日は、2015年(平成27年)12月 26日 土曜日


先日、福井地裁で、関西電力高浜原発の再稼動停止の仮処分に
関して、

「新しい規制基準は最新の科学的・技術的な知見を踏まえた評価を求めるなど、
内容は合理的で、この基準に適合するとした原子力規制委員会の
審査の判断に不合理な点はない」

ということで、その仮処分を取り消し、再稼動容認の判決を出したが、
その一方で判決で、

「万が一の事故に備え、避難計画を含めた重層的な対策を
講じておくことが極めて重要」


と言及していた。

まあ、司法の場で、福島事故のような過酷事故は
そうめったに起こらないものだけど、もしかしたら
事故があるかもしれんので、その時は、
原発周辺の地域の方々が被害を被ってもやむを得ない
ということを容認しているようにも思える。

日本の原発は人口が少ない過疎に建設されているが、
その背景には、もし、原発で大事故が発生して放射能汚染が
広がった場合の被害が大都市より過疎地域のほうが、
人的社会的被害が小さく抑えられるということがあると
言われる。

そのことに非倫理性を感じて原発の反対の考えに転向したのが
原発の研究をしながら反原発の立場になった
科学者の元京大原子炉研究所助教であった小出裕章氏であった。


まあ、めったに福島事故クラスの大事故なんて起こらないから
大都市に電力を供給する原発を動かす方がいいんだよということを
今回の判決は容認したともとれる。

リスクと便益の例えで、自動車のことがあげられる。
日本国内で、毎年、交通事故で数千人単位の死者が発生しているが、
だからと言って、自動車をなくせという声は聞こえない。

毎年、数千人事故による死者を出しても、自動車があるようが
社会全体の便益が上回るという理由だろう。

社会全体の便益のため毎年数千人の死者が出てもやむを得ないと
社会が容認していることとなっている。

原発もこのまま再稼動が続き、福島事故以前の原発稼動状態に
なっていくとなると、
大事故なんてそうめったにないし、もし、おきても、
原発周辺の人口が少ない地域が犠牲になってもやむを得ないと
そのように今回の判決は容認したとも思える。

自動車にしても原発にしても、誰かが犠牲になることを前提に
社会全体の便益を図るという社会に我々がいると思える。

ただ、自動車と原発の違いは、リスク発生時の
社会へのダメージの大きさが桁違いであることだ。

福島原発事故で、いまもなお、福島第一原発周辺には
人々が住めない状況になってしまっている。

そして、あの福島事故は、もっと被害が大きくなるリスクを
抱えていた。
事故直後のがあった平成23年3月中旬に
東京にも放射能汚染物質が飛散したが、
もし、その時、雨や雪が降っていたら、東京も
福島市と同程度の汚染となり、オリンピックの誘致はなかった
かもしれなかった。
また、福島原発に保管している大量の使用済み
核燃料もメルトダウンする恐れが発生して、
当時の首相官邸では、首都圏3000万人避難が想定されはじめ、
事故現場で陣頭指揮を取っていた吉田所長は、
「最悪、東日本に人が住めなくなる」と考えるほど、
まさに、日本の戦後最大の危機であった。


いまもなお、日本各地の原発には大量の使用済み核燃料が
保管されている。

まあ、私の個人の感覚的のものだが、
日本という社会は、また、いずれ原発の大事故を
起こすこともありえるなあと思ったりしている。

今回の福島原発事故の背景と第2次世界大戦で
負けるとわかりながらアメリカとの大戦争を決断した日本の
共通性を指摘する意見もあり、その体質が残存されたままの
日本という国において、また、原発の大事故を
やってしまうのではと懸念を抱くのである。

最後に、福島事故で、未成年の甲状腺がんの発生率が
相対的に高くなっている分析する学者さんがいて、
その反論として、全数調査したことによる
スクリーニング効果で高くなっただけという意見もあるが、
その学者さんは、スクリーニング効果だけでは
説明できないほどの発生率の高さになっていると再反論している。

そのような議論を耳にして、
誰かが犠牲になることを前提にして社会の便益が図られる
社会に我々が身をおいているのだなあと改めて思うのである。


テーマ:思うこと - ジャンル:学問・文化・芸術


新・映像の世紀の独裁者ヒトラーの特集を見て・・・その時々の政治家や企業家の思惑が史上最大の戦争を引き起こす独裁者誕生に手を貸していくことになるとは考えていなかっただろうなあと思う

今日は、2015年(平成27年)12月 23日 水曜日

先日の日曜日、NHKの「新・映像の世紀」の
第3集「時代は独裁者を求めた」で、
ヒトラー政権の誕生から第2次世界大戦にかけての
特集があったが、
20年前の「映像の世紀」の第4集の
「ヒトラーの野望」と同様に興味深いものであった。

ヒトラー政権誕生の経緯を見ると、
ふと、実業家や政治家のその時々の利害・思惑が、
世界の歴史の大きな激流をもたらしていく結末に
なるとはその時は誰も思っていなかっただろうと
ふと思った。

ヒトラーは、もっとも先進的で民主的な憲法を持つとも
いわれた第1次世界大戦後のドイツのワイマール憲法の体制下
において、選挙という民主主義な手続きで議員数が
第1党の地位を占めて、その後、首相になっていく。

ヒトラーの主張がドイツ国民に受け入れられていった
ひとつの背景に、第1次世界大戦で敗戦国となったドイツに
対して、ベルサイユ条約で課せられた過酷な賠償にあったとも
考えられている。

ベルサイユでの講和会議で、敗戦国ドイツに過酷な賠償を
率先したのはアメリカの財閥であったモルガン商会などである。

モルガン商会はイギリスなどに多額の戦費を貸し付けていて、
それの回収を確実にするためにも、
ドイツがイギリスなどの戦勝国に賠償を支払わせることが
必要だと考え、そうなるように積極的に動いた。

これが結果的にドイツ国民に大きな不満と鬱積を蓄積し、
そのドイツ国民の心理をくすぶり支持を高めていったのが
ヒトラーであったのだ。

ただ、ヒトラー率いる政党のナチスは議会の第1党になったが
過半数を占めておらず、ヒトラー政権誕生の当初は連立政権であった。

ナチスと連立政権と組んだ古参の政治家は、
ヒトラーを成り上がり者と見下していて、
政権をとって2ヶ月もすればダメになるだろう、
ここはヒトラーの人気を利用して、政権に関わろうと魂胆であったが、
ヒトラーは政権をとると、すぐに独裁権確立のために動く、
それが、議会の承認なしにヒトラー内閣が法律を制定できる
全権委任法の制定であった。

そして、ナチス以外の政党を認めない法律を
ヒトラー内閣は制定する。

そう、それは議会の承認を経て制定された
全権委任法に基づいて、ヒトラー内閣が出した法律なので、
ヒトラー内閣に参加していた他の連立政権の政党は文句は言えない。

このように、ヒトラーの独裁権の確立は
もっとも民主的な憲法ともいわれたワイマール体制下のドイツにおいて
選挙と議会での手続きという民主的かつ合法的な手続きで
成されたのであった。

ヒトラーを利用しようとした古参の政治家はまさか
自分の政党が認められなくなるとは考えていなかったかもしれない。

そして、そのヒトラーがやがて史上最大の戦争を引き起こして
いくことになるとも想像していなかったかもしれない。

ヒトラー政権が国民から支持を得続けた理由のひとつに
失業問題の解決があった。

世界大恐慌で大量の数百万の失業者が出て、失業率が40%にも
なったドイツであったが
ヒトラー政権は失業対策として公共事業を大掛かりに始める。

その公共事業のひとつがドイツの高速道路である
アウトバーンの建設であった。

また、国民の雇用を重視し、機械でできる作業も人力でさせ
より多くの失業者を雇えるようにした。

そして、独裁者ヒトラーは大衆にも自動車を乗れるように、
その大衆たちが運転する車がアウトバーンを走行できるようにするのだと
考え、
ポルシェに設計を依頼させ、大衆車を作らせ、
そのもとに作られたのが、ドイツで国民車を意味する
「フォルクスワーゲン」であった。

そして、ヒトラー政権の労働政策として、実施されたのが
週休2日、週40時間労働、ワークシェアリング、福利厚生の充実と
国民生活の向上につとめた。

また、一方で公共事業となったのが
ベルサイユ条約を破棄して再軍備に取り掛かり
軍需生産を増大させていった。

そのような政策などで、
ヒトラー政権下のドイツにおいて、
失業問題をわずか数年で解決し、経済を安定させ、
世界大恐慌からいち早く抜け出すことに成功して、
「ヒトラーの奇跡」とも言われ、ドイツ国民からの
ヒトラーへの支持が高まったのであった。


そのように経済が復興するナチスドイツに
アメリカの大企業が次々と投資をしていき、
ヒトラー政権のドイツの国力を高める機能を果たしていく。

それに危惧を抱いたドイツ駐在のアメリカの外交官が
本国に警鐘をならす報告を送っていたが、
アメリカの企業家はお金儲けができるとそんなこと
関係なくナチス政権のドイツに投資していく。

そのナチスドイツがやがて、日本とともに
アメリカと戦争をするということは全く考えて
いなかったのかもしれない。


その時々の企業家や政治家がその時々の利害打算で
動いた結果、独裁者ヒトラーの誕生に手を貸すこととなり
それが史上最大の戦争となった第2次世界大戦という惨劇
につながっていくとは、全く考えていなかったのではないかと
思う。


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夫婦同姓強制の最高裁合憲判決から思うこと・・・日本もフランスの事実婚を法的に保障する制度をつくればいい・・・ちなみに、明治31年までは、日本は夫婦別姓だった

今日は、2015年(平成27年)12月 19日 土曜日

今週、最高裁で民法で規定された夫婦同姓について
合憲判決が出された。

私は、選択的夫婦別姓に賛成で反対する理由もないという
立場であるが、私は法の平等のという観点からで合憲判決が
出されるのはやむを得ないという。

現在の民法では、婚姻後、
男女どちらかの性にするとなっているので、
形式的には男女平等になっているので、
日本国憲法 第14条の法の下の平等で違憲の論理を
立てるのは形式的には難しいなあと感じた。

ただ、日本社会の実質上、婚姻すれば、
男性の性にすることが一般的になっていて、
それを社会的同調圧力で、自分の性を
変えることに精神的苦痛を感じる女性の立場を思うと
その救済処置が考えられるべきだと思う。

もし、夫婦同姓強制の民法を違憲であると訴えるなれば、
「人格権」の侵害だとして、訴えれば良かったのではないか
と思う。

この「人格権」という表現は、現憲法では
明確に記述されていないが、
過去の最高裁判決で用いられ、かつ、
大飯原発差し止めを認める福井地裁の判決で、
この「人格権」が用いられた。
その「人格権」の憲法的根拠としては、
日本国憲法第13条の「幸福追求権」から導いて
違憲訴訟を起こせばよかったのではないかと思った。

さて、よく夫婦別姓反対論者に日本の伝統に反するというが
夫婦同姓が日本で法廷に規定されたのは、
明治31年(1898年)のことで、
江戸時代には庶民には苗字はなく
明治8年(1875年)に苗字が義務化されたが、
明治31年に夫婦同姓が規定されるまでは、
婚姻後も夫婦別姓であったのだ。

どうして、夫婦同姓になったのか。その背景のひとつに、
帝国主義戦争に生き残るため
列強に肩を並べようとしていた明治政府が
欧米列強の風習をどんどん取り入れいたが、
西洋のキリスト教的な夫婦一体論の法理・慣習で
夫婦同姓の考え方を日本に持ち込んだのである。

ようは、夫婦同姓は、別に数百年も続いた
日本の伝統ではなく、近代の明治のときの政府が、
西洋の真似をしたものであると言える。

ちなみに、飛鳥時代の670年に
「庚午年籍(こうごねんじゃく)」という戸籍が
作られたが、この時は、夫婦別姓であり、
これを見れば、夫婦別姓のほうが長い日本の
伝統だったとも言えなくもない。

さて、選択的夫婦別姓のことを思うと
日本もフランスと同じように事実婚を法的に保障する
制度を取り入れたら良いと思う。
それは、夫婦別姓のことだけでなく、
同姓愛の方々(LGBT)の婚姻も法的に保障するという観点からも
あれば良いと思うのだ。

フランスでは、入籍しなくても、
男女がPACS(連帯市民協約)を結び、それを裁判所に提出すれば、
法的に、税の優遇措置や財産権などで結婚とほ
ぼ同等の法的権利を持てるようになっている。

このフランスの制度はもともと同性愛婚のカップルを法的に
保護するために作られたが、事実婚で利用する男女のカップルが
増えていった。

日本も夫婦別姓や同性愛婚の方々を法的に保護するために
フランスのPACS(連帯市民協約)の制度を取り入れたら
良いと思う。

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食料品の消費税の軽減税率でマスコミは大騒ぎしているが、日本は財政危機ではなく増税不要と考える私からすると、馬鹿騒ぎに思える・・・・金余りで、生産供給力過剰の現在の日本で財政破綻危機はありえない

今日は、2015年(平成27年)12月 13日 日曜日

再来年4月の消費税増税にあたり、
外食を除く食料品を8%のまま維持するという
(これを軽減税率と言っている)
ことが連立与党が合意したという
ニュースが報道されていたが、
日本は本当は財政危機ではないということを
10年以上主張している私からすれば、
なんだかなあと思う。

もし、日本が本当に財政危機の状態なら
金利が大きく高騰して、
かつ、紙幣が生産力以上にばら撒かれ大幅な
物価上昇になっているはずであるが、
そうはなっていない。

日本の国債の長期金利は
12月10日現在で、0.305%と
歴史的な低金利状態が続いている状況である。

ちなみに財政危機で大騒ぎになった
ギリシア国債の金利は、今年の夏には
18%となった。

そのようなギリシア国債の金利に比べてみれば
日本国債の長期金利がとてもとても低い状態
になっているのを見ると、全く財政危機ではなく、
市場からは、「政府はもっと借金して、財政支出を増やせ」
というメッセージとも受け取れる。

また、日本の現在の工業生産力状況を
示す数値として、私が注目しているのが、
実稼動率という数値である。

今年の9月の経産省発表の
製造工業生産能力・稼働率指数概況の数値から
推定される実稼働率は約73%であり、
全くフル稼働しておらず、需要に対して、
生産供給力がありあまっている状態であり、
財政危機にともなう大幅なインフレに
なるような状態ではない。

そのような状況で、政府が借金をして
国債を発行しても財政危機を心配するような
状況でなく、増税も不要である。

政府が発行して債券市場に放出された
国債を大量に日銀が買えば、
政府の子会社である日銀が
所有する状態である。
(日本銀行の株式の55%は日本政府が所有)


そして、政府が国債を保有している日銀に対して
利払いをしているが、その利子の利益を得た
日銀は、国庫納付金といて政府に戻しているのである。

それでも、政府の借金が心配だというのであれば、
ノーベル経済学賞を受賞したスティグリッツ氏も
提案をしている政府紙幣を発行すればいいのである。

政府が直接、紙幣を発行すれば、政府の借金にならない。

そのように政府がお金を大判ぶるまいして、発行しても
実稼働率が低い状況の日本では大幅なインフレはありえない。

そんな日本経済の状況で、財政危機の防止のための
消費増税なんて必要ないし、社会保障の財源も心配する
ことはないと考えている。


今回の、食料品の消費税の税率据え置きとなっても
家電や自動車などの耐久品は増税される。

平成9年と平成26年の消費増税のあと、
家電や自動車の耐久品の消費は落ち込み
個人消費は落ち込んだが、また、増税後にはそうなるだろう。




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日本で初めてジーンズを着た男の先見性と洞察力・・・日米開戦の前年に、東京の街中から山村に引っ越して、農家になった白州次郎

今日は、2015年(平成27年)12月 8日 火曜日

12月8日という日は、近代日本史において運命的な日である。
昭和16年(1941年)12月8日、日本はアメリカとの戦争を開戦し、
第2次世界大戦が名実ともに世界大戦となった日である。

そのような日に、
日本で初めてジーンズを着た男とも言われ、
SMAPの木村拓也や明石家さんまが憧れる男でもあり、
また、敗戦後の占領軍のGHQから
「従順ならざる唯一の日本人」と言わせしめた
白州次郎という人物の物語を紹介する。

白洲次郎 jiro-shirasu c
白州次郎、48歳の時の撮影とされる

白州次郎は、明治35年(1902年)2月17日、
現在の兵庫県芦屋市(当時は、武庫郡精道村)にて、
貿易商の豪快な富豪の息子として誕生する。

次郎の父の豪快ぶりの逸話として、次のようなことがあった。
日露戦争で日本海軍がロシアのバルティック艦隊を日本海海戦で
撃沈して勝利した時、次郎の父は、お祝いと称して、
たまたま同じ汽車の車両に乗り合わせた乗客全員を
神戸のビアホールに誘って、大盤振る舞いにおごったという。

そのような豪快な父のもとで育った白州次郎は、
神戸一中(現在の神戸高校)に通っているときに、
父から高級外国車を与えられ乗り回し、
また、手のつけられない乱暴者として
恐れられていた。

白州次郎は晩年、この神戸一中時代にことを
ある知人との女性の会話でこうふりかえっている。

その知人との女性が、昨今の中学校の校内暴力事件が
ニュースになっていることについて、話題になった時のこと
次のような会話が展開された。

「風の男 白州次郎」P48より引用(一部、私の付け加えもある)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


女性「このごろ新聞を見ると、中学生が荒れていると、いろいろ出ているけどねえ」

白州「俺なんて、あんなものじゃなかったんだよ。悪いなんてもんじゃない」

女性「だんな様も不良だったんですか」

白州「そう不良」

と言って、細君(女性)の方をふりかえり、ニヤリと笑って、

白州「それで、島流しになっちまったんだよ」

女性「へぇー、どこに流されたんです」

白州「イギリスという島さ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

白州次郎が表現したイギリスという島への島流しとは、
彼が、17歳の時の大正8年(1919年)の時、
イギリスの名門大学であるケンブリッジ大学に留学したことである。

白州次郎は、ケンブリッジ大学に留学し、その間も
当時の高級車のベントレーを乗り回すような日々であったが、
7年におよぶケンブリッジ大学への留学経験が、
国際人としての白州次郎を作り上げていき、
世界の中の日本を客観視できるようになり、
日米開戦の渦中でも生き残れる行動を取れる洞察力と先見性を
身に付けたと私は感じる。

白州次郎は、ケンブリッジ大学の大学院で歴史を学び学者になろうと
したが、昭和3年(1928年)に、
昭和金融恐慌の大不況で実家の会社が倒産して、
日本に帰国し、その後、実業家として働き始める。

昭和12年(1937年)、彼は水産貿易関係の商社の取締役に
就任し、海外を飛び回り、イギリスにもよく立ち寄った。

その時、当時の英国の日本大使館の駐英大使に就任した
吉田茂(のちに戦後の内閣総理大臣になる人物)と
白州次郎の関係が深まっていった。

白州次郎と吉田茂は、
当時の日本が、中国などアジア大陸への侵攻をめぐって、
アメリカと対立を深め、アメリカと対立するナチスドイツと
手を組み始めたことに危機を抱き、
絶対にアメリカと戦争すべきでないという認識で一致していた。

しかし、日本政府はアメリカとの対立を深めていき、
白州次郎は、日本は近いうちにアメリカと戦争すると考え、
昭和15年(1940年)、仕事から遠のき、
「農家になるよ」ということで、
東京の街中から鶴川村(現在の東京都町田市)の山村に引っ越して、
農業を始めた。

なぜ、白州次郎はこのような行動をとったのか。
白州次郎は近いうちに、日本はアメリカと戦争をする。
日本は必ず負ける。
また、東京などの大都会は空襲で焼かれ、
日本は食糧危機になると予想した。

そして、昭和16年(1941年)12月8日、
日本はアメリカに戦争をしかけた。
そして、戦争の結末は、白州次郎の予想通りになった。

白州次郎は、戦争の間、食料が困窮していくなか、
農地で栽培した食料を、知人の家に配ったり、
空襲で家を焼失した友人を自宅に招いて、
長い間、居候させて世話をしていた。


ちなみに、彼は、
この鶴川村の山荘の家の名前を、
その地が、かつて武蔵の国といわれた東京と
また、相模の国といわれた神奈川県の境近くにあったので、
それらの文字の最初の字をとって、
「武相荘(ぶあいそう)」と名付けた。

そして、敗戦後の昭和20年(1945年)に、
白州次郎は外務大臣になった吉田茂に請われて、
日本の占領政策を指揮するGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)
との交渉などを担当する終戦連絡事務局の参与に就任した。

その昭和20年の12月24日のクリスマスイブの日、
白州次郎は外務大臣の吉田茂の名代として、
GHQの最高司令官で絶対的な存在であったダグラス・マッカーサーに、
昭和天皇からのクリスマスプレゼントをマッカーサーの執務室に
届けにいった。

白州次郎は、マッカーサーにあうと、流暢な英語で挨拶をして、
昭和天皇からのマッカーサーへのクリスマスプレゼントをさしだした。

その時、マッカーサーには数多くのプレゼントが届けられていたことも
あったのか、
マッカーサーが、極めて事務的に、絨毯を親指で指して、

「その辺においといてくれ」


と言うやいやな、白州次郎は烈火の如く激怒して、

「これは、天皇陛下から足下(そっか)への贈り物である。
天皇陛下はこの国を統(す)べてこられた。
たとえ敗戦国の統治者からの贈り物とはいえ、
それなりの礼を尽くして受け取られるのが原則ということ
ではないか。にもかかわらず、その辺に置いておけとは
何事だ!」

そして、続けて、白州次郎はマッカーサーにこう言った。

「礼儀をわきまえぬものに贈り物を渡すことはできない。
持ち帰らせていただく」

この白州次郎のあまりの剣幕ぶりに、マッカーサーは
驚きうろたえ

「待ってくれ」と白州次郎に声をかけ、

マッカーサーは秘書官を呼び、
あらたなテーブルを用意させ、そして、白州次郎から
マッカーサーは、昭和天皇からのクリスマスプレゼントを
受け取り、うやうやしくそこの置いた。

そのようなできごともあり、
また、彼はイギリス仕込みの英語で主張すべきところは
頑強に主張したことから
GHQの人たちから、白州次郎は
「従順ならざる唯一の日本人」と言われたりしたのであった。

その翌年の2月、
白州次郎はGHQと、新憲法制定の交渉に関わった。

その後、総理大臣になった吉田茂の内閣のもと、
昭和23年(1948年)に
当時の商工省の外局として設立された貿易庁の長官に就任する。

白州次郎は、日本の復興には、経済を立ち直らせねばならない、
そのために貿易立国として、成長していかなけねばならないと考え、
その政策を立案する官庁が必要だと考え、
商工省を改組して、通商産業省の設立に動き、
中心的存在となった。
その通商産業省は現在の経済産業省である。

このような活躍ぶりから、吉田茂から

「白州三百人力」

と評された。

その後、白州次郎は実業界にもどり、
東北電力の会長や様々な企業の取締役に従事してきた。

そのような実業をこなしつつ、
ファッションデザイナーの三宅一生の
ショーにモデルとして出演もし、
80歳になるまで、ポルシェを乗り回す人生を
過ごしてきた。


そして、白州次郎は、昭和60年(1985年)11月28日、
83歳で逝去した。

白州次郎の遺言に

「葬式無用 戒名不用」と記してあり、

葬式は行われず、墓石には戒名はない。



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水木しげると西宮市今津・・・・鬼太郎の構想は彼の今津時代にあるとも言われている

今日は、2015年(平成27年)12月 2日 水曜日


今週の月曜日の11月30日に、
漫画「ゲゲゲの鬼太郎」の作者の水木しげるさんが
93歳で逝去されたたが、
私が現在住んでいる西宮市今津と水木しげるさんは
大きくゆかりがある。

それは、水木しげるさんが
昭和28年(1953年)から昭和32年(1957年)に
かけて、西宮市の今津で居住して、紙芝居を制作しながら、
「ゲゲゲの鬼太郎」の前身となる「空手鬼太郎」や
「墓場鬼太郎」を制作していた。

その「墓場鬼太郎」は
今津の近くの墓場を散歩しながらその発想を得たと
言われたりしている。

また、
「ゲゲゲの鬼太郎」で登場する
「砂かけ婆(ばばあ)」は、西宮市周辺でも伝わる妖怪であり、
「ゲゲゲの鬼太郎」の発想は、
彼が紙芝居制作職人として働きながら住まいしていた
西宮市の今津の時代にあったともみられている。

阪神電鉄今津駅から徒歩2分ほどにある
(私の自宅からも徒歩3~4分ほど)にある
今津駅前商店街には、

「ゲゲゲの鬼太郎
 水木しげる邸跡」

と書かれた街灯が設置されている。


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