言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
語源や考えたこと、お気に入りの歌や発想法、雑学など、政治経済社会の時事ネタも書いたりしています。また、楽習社とは私の脳内にある架空の企業です。現実世界での所属組織や職業が変わろうとも、生涯、理系・文系を問わず、古今東西の学問を楽習(がくしゅう)して、生きていきたいので、架空の企業名を勤務先にしています。その会社を退職する時は私の人生が終焉する時です。.

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Author:くわどん
世の中の森羅万象のことに好奇心を持つものです。
いろいろの世の中をことを知り、いろいろ言葉を
つづっていきます。
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2015年11月2日まで、10年間毎日更新してきましたが、その後は、週1回プラスアルファのペースで更新していきます。



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パリは燃えているか、この映像の世紀の主題歌は、歴史の重みと荘厳さを感じさせる

今日は、2015年(平成27年)11月 28日 土曜日

今から20年前の平成7年(1995年)に、
NHKスペシャルで
「映像の世紀」という、世界の様子が映像で
残されるようになってから100年を振り返る
番組が11回にわたって放送された。

私はこの番組は名作だと思うが、
そのテーマ曲が加古隆氏作曲の

「パリは燃えているか」

と題名の曲である。

「パリは燃えているか」というのは
第2次世界大戦で、ドイツが占領していたパリを
フランスのレジスタンスや米英連合軍が進撃したときに、
ヒトラーがパリの破壊を命じて、それが実行されているか
どうかを現地の指揮官にたずねた表現である。

ヒトラーは
「Brennt Paris?(パリは燃えているか?)」と
3回もたずねたという。

さて、その加古隆氏作曲の

「パリは燃えているか」

は、まさに「映像の世紀」という
20世紀の歴史を振り返る番組にはふさわしい
歴史の重みを感じさせる名曲になっている。

映像の世紀では、
第1次世界大戦、第2次世界大戦、そして、
その2つの大戦の戦間期の1920年代に
現代の我々が教授しているライフスタイルの起源を
ふりかえる第3集「それはマンハッタンから始まった」も
興味深いものだった。

そして、私が特に印象に残ったのは第4集の
「ヒトラーの野望」で、
いかに当時のドイツ国民がヒトラーに魅力を感じて
いったのかという視点で編集されていて、
ヒトラーの演説のうまさが伝わってくるものに
なっていた。

そして、第4集の「ヒトラーの野望」の最後で、
ナチスドイツがポーランドに侵攻して、
第2次世界大戦が始まるところで終わり、

その次の第5集「世界は地獄を見た」という
第2次世界大戦の特集になる。

その第2次世界大戦の凄惨な結果は、
映像の世紀第2集の「大量殺戮の完成」という
第1次世界大戦の特集のエンディングで
イギリスの当時の海軍大臣であった
ウィンストン・チャーチル(第2次大戦時は首相)の回想で、
予言めいて語られている。

そのウィンストン・チャーチルの回想が
この番組の主題歌の「パリは燃えているか」とともに
聞こえてくる。

そのようなこともあり、この曲は
歴史の重みと荘厳さを感じさせるものになっている。

その映像の世紀の放送から20年、
NHKで、「新・映像の世紀」が6回にわたり放送される
こととなり、それでも
「パリは燃えているか」は主題歌として、使われている。

その「新・映像の世紀」の第1回放送が行われた翌月、
パリで世界の人々に衝撃を与えたパリ同時多発テロ事件が
発生した。

もし、今世紀の終わりごろに、「映像の世紀」のような
番組が放送されるとしたら、
このパリの同時多発テロ事件や、
2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件の
映像が使われるだろう。
また、日本のできごとでは、
平成23年(2011年)3月11日の大津波や
その後の原発事故の爆発の瞬間の映像が使われたりするの
だろうなあと思ったりする。

その時も、「パリは燃えているか」のような
歴史の重さと荘厳さを感じさせる曲が使われたり
しているのだろうか。

You Tube 映像の世紀 第2集 エンディング
https://www.youtube.com/watch?v=4tx96XLJyaE

で、「パリは燃えているか」が聞けます。




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テーマ:今日の1曲 - ジャンル:音楽


マスコミがほとんど報じないベイルートのテロ事件・・・パリのテロ事件前日に発生したイスラム国によるテロ事件

今日は、2015年(平成27年)11月 22日 日曜日


パリの同時多発テロ事件から1週間経つが、
マスメディアから連日、パリのテロ事件に関する
報道が続いている。
パリの事件は、イスラム国による犯行とされているが、
その同じイスラム国によるテロ事件が
パリの事件の前日に中東の地中海沿いにある国
レバノンの首都ベイルートで発生し、
43名が死亡している。

しかし、そのようなことばベイルートで発生していた
という事実をどれだけの方々が知っているのであろうか?

パリの事件のあと、世界各国の名所のライトアップで
フランス国旗のトリコロールカラーにされたり、
フェイスブックのプロフィール画像にそれが
重なるようにされたりもしたが、
レバノンの首都ベイルートのテロとの扱いの差に
レバノンの国民は世界から見放されているという
失望感が広がったという。

これで思うのが、まぜマスコミが
ベイルートのテロ事件を報道しようとしないのかである。

パリの方が実際にベイルートよりも
ブランド力や世界の政治経済や社会に与える影響が
大きく注目されるのは仕方のないことであるが、
それゆえに、注目度が下がりがちなところの
重大なことを多くの方々に知らせるのがマスメディアの
役割と思うが、その役割をマスコミが果たそうと
していない気がする。

どうして、ベイルートでイスラム国がテロを起こしたか?
その背景には、イスラム教でのシーア派とスンニ派との対立がある。

イスラム国はスンニ派である。イスラム国の主要幹部たちは
もともとは、イラク戦争でアメリカ軍に打倒された
旧フセイン政権のバース党の出身者達がいるが、
旧フセイン政権はスンニ派であった。

ベイルートには
シリア内戦にアサド政権支持で参戦している
シーア派組織ヒズボラの拠点があり、
テロ事件はシーア派地区で発生したのであった。

イスラム国のテロが世界に拡散しているなかで、
イスラム国を取り巻く状況はどのようになっているのか、
同じイスラム教でも宗派の対立がイスラム国の事件に
関わっているということをマスコミは伝える役割があると
思う。

その海外での宗派や民族の対立が
多種多様な外国人が住むようになりつつある日本においても
無関係ではない。
先月、東京のトルコ大使館前で、同じトルコ国籍を有する方々どうしが、
政権与党支持者とクルド系トルコ人に別れて乱闘事件が
発生する事件があったが、
そのようなことがあったことを思うと
ベイルートのテロ事件をマスコミはもう少しは伝えるべきでは
なかろうか。

ベイルートのテロ事件で、
自らの身の危険を顧みず、なんとか阻止しようとして
娘さんとともになくなった男性がいた。
最初の爆発のあと、小さな娘さんを連れていた
気づいたアデル・ターモスさんが
2人目が自爆しようとしていたのに気づき、とっさに飛びついたところ
起爆装置が起動して娘さんとともに亡くなってしまった。

もし、アデル・ターモスさんの命をかけた行動がなければ
さらに犠牲者は増えていたかもしれないと言われている。





テーマ:報道・マスコミ - ジャンル:政治・経済


再び、フランスの911が起きてしまった・・・イスラム国との力と力の衝突は無限ループで続きそう。ふと、今回のパリ同時テロで、2003年のイラク戦争に反対した当時のフランスの外務大臣の名演説を思い出した

今日は、2015年(平成27年)11月 15日 日曜日

フランスの911は、2回も起きてしまったんだなあ
と第一報速報を聞いたときそう思った。
昨日の朝、NHKで鹿児島県の地震津波情報を
報道している間に、現地時間の13日の夜に
発生したパリ同時多発テロ事件の速報が飛び込んできた。

今年の1月にアルカイダ系のイスラム過激派組織による
パリの新聞社へのテロ事件は、フランスの911だといわれたが、
今回のテロをそれを上回る100名以上が殺害される
大規模テロとなった。

今年1月のパリのテロの後の1月末に
日本人の後藤健二さんら2名が
イスラム国の人質として映し出され、その後、
殺害されたが、その時のイスラム国のビデオメッセージに
登場していたジハーディ・ジョンをアメリカ軍の空爆で
殺害した可能性が高いとアメリカ政府が成果を強調し、
NHKのニュース9のキャスターもジョンの殺害について
イスラム国へのダメージにある一定の効果があると
述べていた翌朝に、パリでの大規模テロ事件の
報道が飛び込んできたのだ。

フランスのオランド大統領は
今回の犯行はイスラム国の仕業と表明していたが、
もし、今回のテロ実行者らが
ジョン殺害の成果を強調するアメリカ政府の表明を
聞いていたら、
そのことをせせら笑っていたかもしれないし、
よりいっそうをテロを成功させようとモチベーションを
高めたのかもしれないと想像したりする。

今回のパリのテロ実行者が
フランスによるイスラム国掃討のためのシリア空爆を
非難していたというが、フランスという主権国家の
物理的暴力装置であるフランス軍の
爆撃機の攻撃という力の行使に対して、
イスラム国は、銃や爆弾という力の行使で
パリで大規模テロ事件を起こして、一般市民を
大量殺戮した。それは野蛮で残虐だと思うだろう。

しかし、テロを実行したイスラム国側、また、
イスラム国支持者は、
「てめえらも野蛮で残虐だ。目には目をだ」と
思う者がいるかもしれない。

それは、アメリカやフランスなどの欧米主導の
対イスラム国空爆で作戦で、
一般市民が巻き添えになって亡くなってしまったり、
たびたび、アフガン戦争などで、誤爆でテロリストらと
まったく関係のない市民を殺してしまったりしている
ことをがあるからだ。


今年の2月に、
イスラム国と欧米との戦いについて、
哲学者の山崎行太郎氏が
「正義は何処にも誰にもない。力と力の衝突」である。
とコメントしていたが、
その力と力の衝突が無限ループのように続いていく
ようにも感じてしまう。

それにしても、イスラム国の台頭は
フランスも反対したアメリカによる国際法違反の
イラク戦争によって混乱したイラク情勢の
不安定化が主原因のひとつである。

フランスにしてみれば、
アメリカの乱暴さのツケのとばっちりを受けている
ようなものである。

イラク戦争開戦前の2003年2月14日の
国連安全保障理事会において、
イラク問題で開戦に突っ走るアメリカに対して、
戦争に反対したフランスの
当時の外務大臣であるド・ビルパン外相の演説を思い出した。

その演説の一部を引用する。
それを読む前に、当時のアメリカ政府が対イラク開戦に
反対するフランスを「古い国」と揶揄していたこと知ってもらって
いればと思う。

ド・ビルパン外相の演説

 訳の引用はブログ「フランスの日々」
 2008年4月15日 国連安全保障理事会:ヴィルパン外相の演説
 より

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

戦争が終わった暁には、より安全で公正かつ安定した世界に到達できるとは
誰も主張できない。戦争は常に失敗に終わった場合の制裁手段なのである。
数多くの問題を抱える現在、これが我々にとって唯一の解決策だろうか。


(中略)

国連という殿堂において、我々は理想と良心の守護者である。
我々の担う重い責任と多大な名誉が、我々に平和的な武装解除を
優先させるはずである。

これが、戦争と占領と蛮行を経験したヨーロッパという
「古い大陸」の「古い国」、フランスのメッセージだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

このド・ビルパン外相の演説のあと、
安全保障理事会議場の傍聴席で、
本来は禁止されている拍手が起こったのであった。

このとき、新大陸で建国されたアメリカ政府が
古い大陸の古い国のフランスの主張に耳を傾けて、
イラク戦争をしていなかったら、
イスラム国の台頭はなかったかもしれないし、
また、今回のパリの大規模テロ事件は
なかったのかもしれない。


このブログ内の関連記事

2015年2月5日の記事
可視化される残虐性と見えないままの残虐性・・・・イスラム国の行為とアメリカ主導の空爆

テーマ:テロリズム - ジャンル:政治・経済


今朝、かえるくんの緊急地震速報がPCからなって!東シナ海震源の大地震はめずらしいなあ

今日は、2015年(平成27年)11月 14日 土曜日

今朝の午前5時50分ごろ
朝食のパンを食べていたところ
私のパソコンにインストールしている
かえるくんがトレードマークの
SignalNowExpressの
緊急地震速報の音がなった!!!

まず予想地震規模が表示され、
マグニチュード(M)7.2と出て、

おお!これは大地震と思い
どこだろうと思いつつ、続いて
地図が出てきて、鹿児島県西方沖の
東シナ海が震源で、
「東シナ海が震源とはめずらしい」と思いつつ
テレビの点けて、NHKにチャンネルをあわした。

かえるくん 緊急地震速報


しかし、NHKではまだ緊急地震速報が表示されて
いなくて、気象情報が放送されていた。

その後、3秒ほどして、NHKで
緊急地震速報のテロップが表示された。

どうして、私のパソコンの緊急地震速報と
テレビの緊急地震速報に時間差が出たのか?

私のPCの緊急地震速報ソフトは
日本周辺でM6.0以上の地震が発生することが
予想されたときに、緊急地震速報を表示するように
設定している。

テレビの緊急地震速報は日本列島のどこかで
震度5以上の揺れが予想された場合に
「警報」としてテレビに表示される。

おそらく、震度5以上と予想されるまで少し
時間がかかったのだろう。

その後、地震の震度が速報され
鹿児島県や佐賀県で震度4が観測されたと
発表された。

地震の規模はM7.0で、
津波が発生するかどうかと、津波注意報ぐらいは
出るかもと思ったら、その通りになった。

だいたいM7.5以上で海底の浅い震源による地震で
大津波の可能性が出てくるともいわれる。

昭和58年(1983年)に、大津波などで
死者104名を出した日本海中部地震は
M7.7であった。

この津波注意報発令のとき、
NHKのアナウンサーが少し
早い口調になって慌てたような印象を受けた。

今回の地震では、実際の津波はトカラ列島で
30cmの潮位変動が観測されたぐらいで
午前7時20分ごろに津波注意報は解除されていた。

ところで、震度4が観測された地点に、
「屋久島町口永良部島公民館」とあった。

口永良部島は今年5月の爆発的噴火で
全島民避難が続いている状態であるが、
公民館の地震計は稼動したままのようである。

さて、この地震津波のNHKをそのまま
見ていて、関西地方からの放送になっても
そのまま津波注意報のテロップが表示されたままで
あったが、NHK大阪からの放送になったとき、
NHK大阪のスタジオから横尾泰輔アナが話していた。

横尾泰輔アナは、平成23年(2011年)3月11日の
東日本大震災の時、まず第1報を5分ほど伝えた
伊藤健三アナに変わって、大津波警報の発令を伝え、
その後、40分ほど伝えていて、
岩手県釜石市を襲う大津波のライブ中継の様子を
伝えていたことを思い出した。

その横尾泰輔アナは、
平成24年4月から東京から大阪に移動になったが、
それは、首都直下地震で東京のNHKが放送不能となった場合に
大阪から全国放送する機能強化プロジェクトのため
大阪に転勤になったという。

もし、現在、
首都直下地震で東京のNHKが放送不能となったら
横尾泰輔アナが大阪から全国放送をするのだろう。

ちなみに、横尾泰輔アナの妻のNHKの北郷三穂子アナは
神戸放送局に転勤して、NHK神戸から兵庫県内に
ニュースを伝えている。



テーマ:地震・天災・自然災害 - ジャンル:ニュース


このごろ職場にゆっくり1時間ほどかけて徒歩出勤している途中で通る西宮大橋からの眺めがいい



今日は、2015年(平成27年)11月 13日 金曜日

先月末で7ヶ月間勤務した西宮市東鳴尾での
派遣業務が終了して、
今週の火曜日から
年末までの新しい派遣先として、
同じ西宮市内の西宮浜での勤務を始めた。

西宮の今津駅近くの自宅から西宮浜の勤務先に
いくのには、阪神西宮駅まで行って、そこから
バスで行くという方法があるが、
トータルで運賃が片道360円かかり往復で
770円となる。

派遣では交通費が出ないので、
遠いのであるが、自宅から西宮浜の
職場には歩ける距離でもあるので、
ゆっくり歩きながら約1時間ほど時間をかけて
徒歩出勤をここ3日間している。
天候や体調が悪くない限りは徒歩出勤するつもりである。

その出勤の歩いている途中で、
西宮市の本土と人工島である西宮浜を結ぶ
西宮大橋を渡る。

この西宮大橋は、昭和55年(1980年)に開通した。
もう開通して、35年経つ。
この橋の長さは590mある。

また、港にかかる橋ということもあって、橋を高くしていて、
高さは16mある。
最も高いところから海面を見ると
とても高く見え、
近くにあるマンションの6階か7階あたりと同じくらいの
高さに見える。

さて、その高い橋の上からも眺めは良くて、

西宮大橋から 151110_0758~001

西宮大橋の東側の歩道から
阪神高速湾岸線が通る西宮港大橋(支間長:252m)が見え、
橋の近くにあるヨットハーバーに停留している多くのヨットが
見える。

この橋の下を時々、ヨットが入港するため海上を
移動している様子を見ることがある。

このように橋の上からの良い眺めをみながら
徒歩出勤している。
また、夜に帰宅するとき、この西宮大橋を歩いていると
阪神間大都市圏の夜景の美しさを楽しめる。




テーマ:日記 - ジャンル:学問・文化・芸術


ヤクザの元幹部から金を借りた日大名誉教授が解雇されそうになっているが、それこそ非人道的で暴力的行為に思える・・・国民栄誉賞を受賞した歌手の美空ひばりは山口組組長に父親代わりになってもらって芸能活動をしていたけどね

今日は、2015年(平成27年)11月 10日 火曜日

日本大学の名誉教授がヤクザの山口組の元幹部との
交際が明らかになって、それを受けて日大が解雇を検討
しているというが、私はそれには疑問を感じる。

別は私はやくざ関係者との交際はなく、
法の適用はヤクザであってもそうでない人物に対しても
平等に適用されれればいいと考えている。

さて、その日大の名誉教授は山口組の元幹部から
お金を借りていたということであるが、
その経済行為そのものは全く違法性はない。

NHKの取材の対して、その名誉教授は次のように
コメントしている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
NHKニュース 日本大学名誉教授 山口組元幹部から2000万円借金
2015年11月9日 12時07分


名誉教授は取材に対し、金を借りた相手が山口組の幹部だと認識していたとしたうえで、
「日頃からつきあいがあり、軽い気持ちで借りた。
これまで返済を求められていないので借りたままだが、そのうち返すつもりだ。
反社会的勢力だからすべてが悪いというのはおかしいと思う」と説明しています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「反社会的勢力だからすべてが悪いというのはおかしいと思う」
という日大名誉教授の発言を支持する。

ふと、思い出したのは、国民栄誉賞が授与されている歌手の
美空ひばりである。

美空ひばりは山口組三代目組長の田岡一雄の庇護のもと
彼が父親代わりになり芸能興行を行っていたのだ。

また、俳優の高倉健主演のの東映映画のヤクザ映画には
その田岡一雄が原作のものがあった。

美空ひばりや高倉健という今も語り継がれる大スターは
ヤクザのお世話になっていたからと言って、
否定されたりしていないだろう。

大学のことで戻るが、
もし、社会学のフィールドワーク調査で、
フーゾク業界や不良少年の集まりなどをリサーチしようと
した時、真実を追究するため事実関係をありのままに
調査しようとしたら、ヤクザ関係者と接触さぜるえない事態が
ありうる。
その学術調査の真理を追究するためにヤクザと接点をもったかと言って、
大学を解雇されるようなことがあれば、社会科学の真理を追究する
ということの妨げになることはいうまでもない。

また、私がかつて所属した職場に関係のある方が、
若いころにヤクザの組長の息子の家庭教師をしたことがあると
言っていた。
もし、ヤクザの組長の息子のだからと言って、
家庭教師もするなとなったら、その息子の勉学の向上という
真っ当なこともできなくなってしまうのではないか。

もし、ヤクザ関係者ではない人物が
犯罪などの反社会的な行為を行ったからと言って
もしその人物が心を許せる長年の友人であるならば、
接点を全くもたなくなるということはないだろうと思う。

ヤクザであってもヤクザでなくても何か犯罪行為を
してしまった人物も一人の人間であり、
その人間のごく普通の合法的な交際までも
社会的制裁の対象にする方が非人道的で暴力的だと思う。

もし、この日大名誉教授が解雇されるようなことがあれば
訴訟をおこしてくれたら、裁判所がどう判断するかある意味
興味を抱く。

テーマ:気になったニュース - ジャンル:ニュース


西宮ガーデンズにて、あるカップルの様子を見て、サン=テグジュペリの「愛すること」に関する名言を思い出す

今日は、2015年(平成27年)11月 7日 土曜日

昨日の黄昏時が過ぎたころ、
西宮ガーデンズに行った時のこと
あるカップルを見かけた。

おそらく30歳前後だと見えたが、
男性の方はスーツを着ていて、
女性の方は、白いブラウスにジャケットに
スカートの姿であり、
女性の方は男性に腕組み
仕事帰りの週末デートを
ガーデンズ内で楽しんでいるようであった。

私はそのカップルが歩く様子を横から
見ていたのだが、
足元に注目がいった。

2人の歩くタイミング、歩幅が
自然と揃っているのだ。

お互いに自然と、右足を出せば、
2人とも右足、続いて左足と揃っていて、
歩幅も同じくらいで、女性が男性に
腕組みをしながら、2人とも前を向いて
歩いていく。

そのように歩くタイミングが自然と揃いながら
前を向いて歩いていくそのカップルを見ていると、
ある表現を思い出した。

それは、フランスの作家
アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ(Antoine de Saint-Exupéry)
の作品「人間の大地」(1939年)に

愛するということは、お互いに顔を見あうことではなくて、
いっしょに同じ方向を見ることだとである


Aimer ce n'est point nous regarder l'un l'autre
 mais regarder ensemble dans la même direction


という表現である。

そのカップルの2人が歩くタイミングと歩幅を自然と揃えて、
前という同じ方向に向かって歩いている姿から
大学時代の第2外国語のフランス語の時間で、
サン=テグジュペリの「人間の大地」で習ったフレーズが
脳内の記憶のファイルがクリックされ、
蘇ってきた。

何気ない日常の光景に
歴史に残る名言が蘇る機会があるのだなと
ふと思うのであった。




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6月29日は「星の王子様の日」・・・なにもかもできあがった品を、店で買う。でも友だちを売っている店なんてないから・・・資本の論理で人間関係希薄化が進む中、関係性の履歴を深めることを思う

テーマ:言霊(格言・名言・自分の考え) - ジャンル:学問・文化・芸術


霜月上旬のある早朝の上新庄にて・・・大学受験の時にあるお世話になった場を久々に見て・・・年齢が増えていくうちに人生の思い出や記憶が積み重なっていく

今日は、2015年(平成27年)11月 6日 金曜日

昨日の夜明け前、西宮市今津の自宅を出て、
髪を切りに行くため大阪市東淀川区の上新庄の
行きつけの店に行った。

その店は20年前の震災の後、
1年半ほど上新庄に住まいしていたことを
きっかけに、上新庄を離れても通い続けている
店である。

髪を切る前に、上新庄駅前のミスタードーナッツで
読書がてらに食事をするが、まだ、ミスドが
開店していなかったので、駅から徒歩で
3分ほどのあるところに行った。
そこは学年で3つ年上の兄が、
近くの大学に通うために下宿していた民家である。

そこは今どうなっているのかと思い足を運んだ。
郵便局が見える角を北方向に曲がり
路地を歩くと、

「あっ!見えてきた。今もあるんだ!」

上新庄 下宿 151105_0642~001


ただ、その民家の門は金網で閉鎖されていて、
今は誰も住まいしていないようであった。

ここで思い出すは、私が大学受験をした時の
平成4年2月2日から3日にかけてのことである。

私が京都の私学の受験を終えて、西宮の私学の受験の間の2日間のうち、
1泊を、兄の下宿で泊まらせてもらった。
兄は、私が風邪をひかないようにと、就寝するときに、
兄は寒い方の入り口がわで寝て、
私が奥の方の比較的寒くない方に寝るように気遣いをしてもらった。

そのようなお気遣いもあり、風邪もひかずに過ごせて、
西宮の私学の受験も合格し、その大学に通うこととなった。

20年前の震災後、上新庄に住むことを決めたのは、
震災直後は、西宮のライフラインが壊滅していたこともあったが、
兄が住んでいたことがあるということで、思いついたからだ。


そして、上新庄に住むことなり、今、通っている美容室に
上新庄を離れても、20年以上通うことになった。

その兄の元下宿を離れて、ミスタードーナッツの開店時間に
なり、そこに入った。

食事をしながら読書をしていると、
店内に流れるBGMで、
The Policeの
「Every Breath You Take(見つめていたい)」が
耳に入ってきた。

この曲は、先週の金曜日でも、ある店のBGMで
耳にした。

それは、先月末まで勤務していた西宮の東鳴尾の職場近くにある
昼食のため利用していた Living cafe である。

そこでの勤務最後の日で、Living cafeでパンケーキを食べることは
しばらくないだろうと思いながら食べていた時に
耳にしたのが「Every Breath You Take」だったが、
1週間後にまた、屋外の店舗で耳にして、
現在、無職になり仕事探し中の時期ということもあり、
この曲を聞くと、人生のいち場面などを思い出したりも
するのだろうかと思った。

先に説明した、大学受験の時にお世話になった
兄の元下宿屋といい、
年を重ねていくごとに、思い出の場や記憶が積み重なって
いくのだなと思うのである。


このブログ内の関連記事

2014年1月12日の記事
大阪市上新庄の美容室にて、「オカムラ君、店にこの前来たよ」という店主の発言を耳にして・・・えっ、あの有名人が?

テーマ:日記 - ジャンル:学問・文化・芸術


言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ブログ開設10周年、10年間毎日書き続けて、様々な知を吸収してきた。知という文化遺伝子(ミーム)を残すことを果たせたらと思う

今日は、2015年(平成27年)11月 2日 月曜日

本日で、このブログ

「言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~」

を毎日書き続けて10周年になる。
それにしても、
10年前の平成17年(2005年)11月2日に
このブログを始めた時に、10年間も毎日書き続けるとは
思ってもいなかった。

この10年、語源のことや様々な雑学、
生きているうえで大切にしたいこと、その時々の時事問題の
ネタなどを調べては書き続けてきた。

最も多く調べて書いたのは、語源のことである。

特に日本語の語源を見ると、
仏教や日本の伝統文化の面影が
現代の日本人が使う日本語の中にあふれている
ということがわかる。

例えば仏教に由来する言葉として、

「挨拶」「以心伝心」「行儀」「玄関」「食堂」「しょっちゅう」「世界」
「どっこいしょ」「(コーヒーのフレッシュの)スジャータ」「ないしょ」

などなど、仏教に由来するという説がある語源を紹介してきた。

また、「旦那」という言葉も仏教に由来する表現であるが、
「旦那とデートする」という表現の「旦那」と「デート」は
両方とも元々の語源を遡ると、古代インドのサンスクリット語の
「与える」という意味の「dana(ダーナ)」を共通の語源とする
ことを知ったときはとても興味深く感動したものであった。

日本の伝統文化に由来する言葉として、

雅楽に由来する「打ち合わせ」、歌舞伎に由来する「段取り」
連歌に由来する「挙句の果て」「付き合い」

などなど、仏教や雅楽、歌舞伎、連歌など
日本の伝統文化芸能を日常において、あまり意識することがなくても
それに由来する言葉を現代の日本人が使い続け、
お互いの意思疎通をしており、
日本語にそれらの面影が残され続けていると感じる。


私は「面影」と「うつろい」という表現が好きである。
そうなったのは、編集工学を提唱しつづけている
松岡正剛氏の著書「日本という方法~おもかげ・うつろいの文化」を
読んだことに由来する。
それでは、おもかげとうつろいをキーワードに日本の社会や文化が
どのように編集されてきたかということを説明しているが、
それがとてもおもしろく私の愛読書になっている。

そして、その「おもかげ」「うつろい」という表現と
元々文系である私がここ10年近く、独学で少しずつ学んできた
量子力学・素粒子物理学が私の頭の中ではつながっている。

「日本という方法~おもかげ・うつろいの文化」に
次のような説明がある。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まず、空洞のようなウツがある。そこには何もない。
少なくともそう感じられる。そこから何かの折にウツロイが出てくる。
そのウツロイを追っていくと、どこからかウツツになっているのです。
非現実のウツはウツロイをへて現実のウツツになっていくのです。


「日本という方法~おもかげ・うつろいの文化」P112

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

というところに量子力学を学んできた私は思うところがあり、
「電子陽電子反応」という書き込みをした。

書き込み 日本という方法 140802_1606~001

電気的にマイナスである電子と、電気的にプラスである陽電子、
陽電子は量子力学でのディラック方程式の発明をきっかけに発見された
ものであるが、それがなぜ、その日本文化を説明する本のところと
重なるように思えたのか。

ウツとは空(くう)であり無とも言える。
空を物理学で言い換えると真空となる。

量子力学が発展するまで、物理学では、
真空には、
全く何も目に見えない物も含めて全く物がない
完全な無であると考えられてきたが、
量子力学により、
真空のゆらぎによって、何もないところから
電子と陽電子がペアで対生成(ついせいせい)する
ことがわかってきた。

つまり、無と思われた真空から有が生じているように
思えてしまうのである。

なぜ、何も見えないように思えるかと言えば、
電子と陽電子は、プラスとマイナスで電気的に中性になるので、
一見何もない状態に思えるのである。

何もないと思われていた真空でのゆらぎによって
電子と陽電子がペアの有である物質が生み出されるという現象と
空洞で何もないウツからウツロイという動きによって
ウツツ(現)が表れるという日本に伝わる世界観と相通ずるものを
感じたのである。

つまり、日本古来から伝わる世界観が
現代物理学で説明される現象と重なるように感じたのだ。

これらは私のものの見方、世界観というものに
大きな影響を与えている。

さて、日本の伝統思想を含めた東洋思想と
量子力学の親和性を感じる学者さんたちもいるが、
特に、そのような流れのなかで、すごいと思ったのが
日本人初のノーベル賞を受賞した湯川秀樹である。

彼は小さいころから中国古来の老荘思想に関する書籍にふれ、
その老荘思想の世界観を背景に量子力学・素粒子物理学の研究を
深めてきたのである。

また、圧巻だったのは、湯川秀樹が漢詩から物理学の概念を
ひらめいたことである。
漢詩にも精通していた湯川秀樹は、
中国の唐の時代の詩人である李白の
「春夜桃李園に宴するの序」という漢詩の冒頭の

夫(そ)れ天地は万物の逆旅(げきりょ)にして
光陰は百代の過客(かかく)なり


から、素粒子物理学においての「素領域」という概念を
ひらめいたというのだ!!!

漢詩から物理学のコンセプトを発想する湯川秀樹の
天才ぷり、クリエイティビティに度肝を抜かされるような
衝撃を受けた。

それを知ったのは平成22年ごろだっただろうか、
量子力学やうつろいをキーワードにした日本文化のことに
関心を抱きつつ過ごしてきたが、
うつろいと言えば、無常感とも通ずるところがあるとされるが、
無常を感じさせるできごとが
平成23年(2011年)3月11日14時46分に発生した
マグニチュード9.0という超巨大地震によってもたらされた
ことである。

あの日、その地震の揺れは、私は京都の職場で体感した。
震度3でありながら、異様な船酔いするような長い揺れに
どこかで大地震が発生したと感じて、
すぐにメディアにアクセスして、地震津波情報を聞き続けた。
そして、当日に夕刻の帰宅途中の電車内で音声放送を聴いている時、

「東京電力、福島第一原子力発電所の原子炉が安定的に冷却できなくなった」

という報道を耳にして、原発や化学工場などの
ヒューマンエラー関係の研究調査に10年近く
携わってきた私は、それが何を意味するかはわかり、

「あああ、やられてしまった。大変なことになる」

その通り大変なことになってしまった。
事故現場で指揮を取っていた吉田所長は
最悪、東日本に人が住めなくなるという危機感を抱き、
当時の首相官邸では、首都圏3000万人避難のワーストシナリオを
想定するまさに日本の戦後最大の危機に直面した。

そして、私にとって、その原発事故が原因で、
翌年の平成24年8月で、14年間勤務してきた小さなシンクタンクを
失業することとなった。

その後、職を転々として、4つの職業に就いてきて、
このブログ10周年の日は、先月末で一旦失業して、仕事探しをしている
状況である。

また、その間、2度も入院をした。
ちょうど今から2年前の今日は病床の上に寝ていて、
そこから携帯電話で当ブログ開始8周年のことについて
書いてアップしている。

そのように入院して病床にいても、失業して、
その後、職を転々としても、
うつろいの人生の日々を過ごすなか、
10年間、毎日、このブログは更新し続けてきた。

このブログのタイトルにある「楽習社(がくしゅうしゃ)」について、

楽習社とは私の脳内にある架空の企業です。
現実世界での所属組織や職業が変わろうとも、
生涯、理系・文系を問わず、
古今東西の学問を楽習(がくしゅう)して、生きていきたいので、
架空の企業名を勤務先にしています。
その会社を退職する時は私の人生が終焉する時です。

と説明しているが、そのような人生観を抱いて
このブログを毎日書き続けてきたから、
失業して、職を転々としても、
私のアイデンティティのようなものは崩れず、
精神的にダメージは受けず、楽しく人生を過ごせて
きたのかもしれない。

まあ、そのような状況なので、結婚もできず
子供を授かって、物理的な遺伝子(gene:ジーン)は
残すことはできないが、
先月の10月27日に、
ほぼ10年前の11月27日にアップした
当ブログのある記事に「拍手」ボタンが
押されたりしていることをふまえると、
このように文字を通じて、
知という文化遺伝子(meme:ミーム)を残す
役割を果たせたらと思っている。


この10年の間に、素粒子物理学や素粒子宇宙論を
学んで、物理学的に「人間とは何か」を定義すると、

人間とは星屑のかけらの塊(かたまり)である。


人間だけでなく、万物は星屑のかけらの塊と言っていい。

人間も含む万物を構成する原子は、
夜空に輝く恒星のなかでの核融合と、
その恒星の最期である超新星爆発による核融合で
生み出された星屑のかけらの塊なのだ。

原子という星屑のかけらの塊で作られる
万物の自然の理をさらに学びつつ、
星屑のかけらの塊である人間が生み出す
言の葉について探求しつつこれからの人生を
過ごしたいと思う。
そのようなことを思うブログ開始10週年の日である。

さて、最後に、10年間、毎日書き続けてきたが、
今後は、アップのペースを落として、
週1回プラスαのアップのペースにしていく。

そうすることは、1年前から決めていた。
もう9年毎日書き続けてきたので、10年まで毎日しよう。

その後は、週1回のペースにしようと。

毎日、アウトプットをしていると知識をインプットする
時間が削られてしまうのである。

今後は、
インプットすることに充実させて、
週1回のアウトプットを充実させれたらと思っている。


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言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ブログ開設9周年・・・9年間、毎日書き続けてきた。所属企業変わろうとも「楽習社」の人間として書き続けて行きたい 



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東住吉女児焼死再審、冤罪被害の青木恵子さんを虚偽の自白に追い込んだ代用監獄制度は、国連の委員会から廃止を勧告されている。全国民が冤罪被害に陥るリスクもあり、かつ、無辜の民に死刑を含む実刑判決を出す立場にもなりうる

今日は、2015年(平成27年)11月 1日 日曜日

先日、大阪市東住吉区で平成7(1995)年、
当時11歳の小学6年の女児が焼死した火災で、
殺人などの罪でともに無期懲役刑が確定し、
服役していた母親の青木恵子さんと内縁の
夫だった朴龍晧さんが大阪高裁決定で再審開始が認められ、
釈放され、再審でほぼ無罪判決が出ることが確実視されている。

娘さんを放火で殺害したということで殺人罪で
無期懲役で服役していたが、

青木さんらを支援する弁護士などの活動によって、
娘さんが亡くなった火災は車庫の車から漏れた油に
風呂湯沸かし器のガスの火が引火した自然発火で
あることが証明され、かつ、
朴さんが警察の取調べ段階で供述した放火方法の
再現実験したところ、
朴さんが大やけどをしてしまうような状況で
実際、そのような大やけどをしていない
朴さんの状態と矛盾することが示された。

そのようなことがあり、再審を裁判所が認めたのだ。

さてどうして、青木さんと朴さんは
実刑判決を受けて、刑務所に送られることとなった。
それは、
警察の取調べで放火したことを認める自白が
信用あるとされたからだ。

ただ、やってもいないことを認めてしまうのは
なぜか?

そのような冤罪事件を生み出した背景に、
国連の委員会から問題が指摘され廃止が勧告されている
被疑者に対するある扱いの制度がある。
それは、代用監獄制度である。

代用監獄とは、警察の留置所のことである。
本来の監獄は拘置所になる。
さて、代用監獄が何が問題かと言えば、
被疑者に対する取調べは、拘置所なら
時間が制限されていたりするが、
留置書では警察のやりたい放題で、
拘置所の取調べでは、被疑者に対する
食事の時間も、決まった時間に一定時間決められているが、
警察の留置所では、
取り調べ時間も食事時間も警察の好き勝手に
決められてしまう。
そのようななか、長時間の取調べで
警察から様々な精神的圧迫を受けて、それに耐えかねて、
それによりやってもない犯罪を自白してしまう
というのだ。

さて、今回の事件の青木恵子さんに
対してどのような代用監獄の警察の留置所で
どのような取調べがなされたか。

JCA-NET
青木さん控訴審 第19回公判 2003.01.30

から引用する。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

警察に連行されるとき刑事から「手錠せんかったこと、ありがたく思え!」と
罵声を浴びせられました。
逮捕された9月10日以降の警察による取調べは過酷なものでした。
4畳~6畳ほどの窓も時計もない部屋で取調べを受けました。
「朴(内縁の夫)が、やったこと自供したぞ」
「長男が、火をつけるところを見たと言ってるぞ」
「死んだ子どもに悪いという気持ちがあるなら謝ったらどうだ」
などと執拗な追求を受けます。

いくら弁解しても刑事にまったく自分の言い分を聞いてもらえなかった
青木さんは、
「子どもを助けられなかったのは私の責任だ」
「近所の人々からも、父親からもそのことを責められている」
「もうどうでもいい」と自暴自棄な気持ちから
「自供書」「供述書」を取られてしまいます。

9月10日の夜、O弁護士が、翌日には斉藤弁護士が青木さんに接見し
「やっていないことを認めてはいけない」とアドバイスし、
青木さんは再び否認しますが、
刑事から「お前は、娘を助けにいけへんかったやろ。
それは、殺したんと同じや」とふたたび厳しく追及されます。
刑事からそのようになじられると青木さんは、その通りだと、考えてしまいます。
この間、青木さんは東住吉警察署からいったん
大阪拘置所に身柄を移された後、再び東住吉警察署に移されています。
拘置所の管理下から、警察の代用監獄へ、青木さんの恐怖感、不安感、
疑心はおそらく頂点に達していたのではないかと思われます。

「弁護士の言い分は通らん。警察の言い分が通るんや」と再び刑事の
厳しい追及が始まります。刑事の取調べは夜の11時過ぎにまでおよんでいます。
9月14日午後11時40分に接見した塩野弁護士の
「接見メモ」によれば、この接見の際、
青木さんは
「冷静に考えれば、娘を助けようとすれば助けられたはずです。
でも、助けられませんでした。それは殺したのも同じです。
私はやっていません。でも、もういいんです」と答えています。
もうどうにもならない、どうでもいいという青木さんのあきらめ、
絶望感が傍聴席に伝わってきました。

しかし、青木さんは、東住吉署で同房になった女性から
「本当にやってなかったら、殺した、なんか言うたらあかん。
天国の子どもがかわいそうや」と励まされたことがきっかけとなり、
9月15日以降再び否認、黙秘に転じます。
そんな彼女の態度に、刑事は異常とも思える追求を行います。
遺骨が預けられていたお寺に出向き、その写真を撮影して青木さんに見せ
「子どもの法名言うてみい! 覚えているか!」と迫り、
長女の生前の制服姿の写真を取調室の壁に貼り付け、
「写真を見てみろ!」「遺体の写真も見せるぞ!」
「オウム真理教の事件、新聞に載ってるな。白状せんと情状酌量されんぞ。
お前、このまま否認してたら死刑やぞ、ええか!」と迫ります。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

と、どこかの中世の遅れた国かと思えるような取り調べである。
このような代用監獄での脅迫的な取調べで
青木さんは、
やってもないのに放火をしたと自白に追い込まれたのである。

このような冤罪の自白を生み出す日本の代用監獄について、
国連の拷問禁止委員会が日本政府に廃止を勧告している。
「代用監獄」は、先進国ではとっくに廃止された制度であり、
この冤罪の虚偽の自白を生み出す代用監獄を止めない
日本の人権後進国ぶりを示すものだと批判されている。

これはひとごとではなく、
もしかしたら見に覚えのない犯罪事案の犯罪者とされて
代用監獄の警察の留置所で脅迫や圧迫によって
やってもないのに「やった」と自白に追い込まれ、
それによって、実刑判決が下され、
刑務所に送られたり、死刑になったりする
潜在的なリスクが全国民にある状態である。

また、自分が無辜の民をそのような立場に追いやる可能性がある。
それは、裁判員として、自分がいつ、殺人事件の裁判の
裁判員に選任されて、検察の言い分を鵜呑みにして、
無辜の民に死刑を含めた実刑判決を下す立場になる
可能性が全ての国民にあるのだ。

やってもいないのに自白した例で思い出したのは
PC遠隔操作ウイルス事件で、誤認逮捕された大学生が
横浜市のホームページに市内の小学校への襲撃予告を書き込んだとして、
やってもいないのに「やった」と自白に追い込まれることがあった。

どうして、大学生の彼はやっていないのにやったと自白したのか?
それは絶縁調書と言われるものがあった。

警察が犯行を認めない(そら、やってないから認めない)
大学生にしびれをきかせて、
その大学生の父に、親子の縁を切るという絶縁の調書に署名させ、
無辜の民の大学生に自白を迫り、やってないけど、やりましたと
自白させたのだ。

しかし、横浜市のホームページに市内の小学校への襲撃予告を
2秒間で250文字書き込まれたことがわかっていたが、
普通、2秒間で300文字なんてかけないだろと
警察や検察はまったく不思議に思わなかったのだろうか。
その大学生はそれについて「一心不乱に打ち込んだ」と供述して、
それを調書に証拠として検察は提出した。

そんな内容は、小学生が見ても「あほか」と思えるものである。
そんな内容の自白の証拠で、当時19歳の少年だった大学生に対して
家庭裁判所が採用して、保護観察処分を下しているのだ。

裁判所も「あほか」と思える虚偽の自白の証拠を認めてしまっているのである。

今回の東住吉の火災での冤罪事件でも裁判所が最高裁まで
青木さんと朴さんの虚偽の自白を検察の言い分を認めて
実刑判決を出してしまっているのである。

このような裁判所の姿勢も国際的に大きな批判のある
代用監獄を放置させる要因になっていると思う。


ところで、先に説明したPC遠隔操作
誤認逮捕での親子の縁を切るという絶縁調書を作った
この警察の手法の非人道性には驚愕した。
もし、仮に、その大学生が真犯人だっとしても
刑事処分終了後の社会復帰のことを考えているのかと思った。

もし、親子の縁を切られれば、それだけ社会復帰するには
不利な状況になり、更生のさまたげになり、何かの再犯を誘発する
ということを全く考えてないと思った。

その大学生の無実がわかった後、
警察からの絶縁調書に署名してしまった父親はとても
心苦しかっただろう。

本当に酷いことだと思う。

今回の東住吉の冤罪事件で釈放された青木さんは
「警察はこんなにひどいところと思い知った」
と語っていたが、冤罪事件の被害者にとっては
まさに、代用監獄の警察での取り調べはひどいところと
感じるのである。


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