言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
語源、雑学など、時事ネタなど。また、楽習社とは私の脳内にある架空の企業です。所属組織や職業が変わろうとも、生涯、理系・文系を多様な知を楽習(がくしゅう)して、生きていきたいので、架空企業名を勤務先にしています。それを退職する時は私の人生が終焉する時です。.当ブログ各記事に誘うための目次専用ペ ージはカテゴリートップにあります。PCページは画面左サイドに、スマホ画面からは下のマークの真ん中からカテゴリーにいくことができます

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アリはなぜ自分の体重よりも何倍も重いものを運べるのか・・・アリの足と顎にその秘密がアリそうだ

今日は、2015年(平成27年)6月30日 火曜日

一昨日、自宅近所を歩いていると、
アリが自分より大きなものをあごに加えて運んで
歩いているのが見えた。

蟻 150628_0834~001

アリは種類によっては、
自分の体重よりも100倍重いものを
顎に挟んで運ぶことができると言われる。

人間で言えば、
例えば、60kgの体重の人が
60000kg=60tのものを運んでいる
となる。

アリの足には粘着性のある水分があり、
それによって
自分の体重よりも何倍も重いものを運ぶ時の
踏ん張りに役立っているという。


さらに、アメリカのオハイオ大学
エンジニアリングチームの研究によると
アメリカに生息する
アレゲニーマウンドアリの顎を
スーパーコンピューターを使ったモデル解析の手法で
分析したところ
顎の接合部分では、自分の体重の5000倍の重さに
耐えられる強度があることがわかった。

そのアリの顎は、
硬質材と軟質材の組み合わせで成り立っていて、
それが自分の体重の5000倍の重さに
耐えられる強靭さをもたらしているという。

そのアリの強靭な顎のメカニズム解析がロボット工学の
応用につながる可能性が期待され、
また、その分析結果を活用して、
これまで考えられなかった大型の建物を作れるようになったり
することもありえるかもしれない。

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テーマ:雑学・情報 - ジャンル:学問・文化・芸術


6月29日は「星の王子様の日」・・・なにもかもできあがった品を、店で買う。でも友だちを売っている店なんてないから・・・資本の論理で人間関係希薄化が進む中、関係性の履歴を深めることを思う

今日は、2015年(平成27年)6月29日 月曜日

6月29日は「星の王子様の日」である。
それは、小説「星の王子様(Le Petit Prince)」の作者である
フランス人のサン=テグジュペリ(Saint-Exupéry)の生誕の日が
1900年6月29日であることに由来している。

サン=テグジュペリは、20代前半に飛行士になり、
26歳で作家としてデビュー、自分の飛行士の体験を基にした
小説を発表していく。

1931年発表の「夜間飛行」、
1939年発表の「人間の大地」がフランスでベストセラーになる。

1939年9月、第2次世界大戦が勃発して、
フランスがドイツに宣戦布告をすると、
サン=テグジュペリは召集され、
やがて、彼は航空の偵察隊に配属された。
しかし、フランスがナチスドイツに占領され敗北すると、
サン=テグジュペリはアメリカ合衆国に亡命。
その亡命中のアメリカで1943年に発表したのが
「星の王子様」である。

この「星の王子様」にあたり
サン=テグジュペリは次のメッセージを記している。

この物語を世界中の子供たちに
自分が子供だった頃を忘れがちな、
かつて子供だった大人たちに
そして、うわべだけでなく
物事の目には見えない本当のことを見つめる
勇気を持った全ての人々に
心からの友情をこめて贈ります。


その作者のメッセージが記された「星の王子様」のお話は
次のようなものである。


サハラ砂漠に不時着した「ぼく」が
最初の晩の夜明けに、

「おねがい・・・ヒツジの絵を描いて!」
「え?!」

というひとりの少年の声で
目覚めると、その少年は不思議な雰囲気をしていた。
ぼくはその少年からいろいろ話を聞いていった。

その少年は、ある星に住む王子様で、
その星は一軒の家より少し大きいほどの小さな星であった。

その星にはバオバブの芽があった。ただ、
それが根を張ってしまうと星を割ってしまうそうなものであった。
また、その星には小さな小さな火山が3つ、
そして、ある日、別の星から風に乗って運ばれてきた種から
咲いた1本のバラ。
そのバラの花である女性の美しさにひかれ、仲良くなって
友達になろうとするが、
そのバラの女性は、高飛車でわがままで
見栄っ張りで気まぐれで
「あれして、これして」といろいろ要求してくる。
それは本音は、彼女が星の王子の気を引きたい気持ちから
裏腹なことをしてしまっていたのだ。
しかし、星の王子は彼女を愛して、いろいろ世話を
していく。水をあげたり、風に吹かれて寒いからと
ガラスの覆いをかぶせてあげたり。
ただ、星の王子は
彼女のわがままぶりに当惑し、
あるとき、彼女と星の王子がちょっといさかいとなり
もみあった時に
バラの彼女のトゲが王子の手に刺さってしまう。

それで王子はその星を離れ、他の星へ旅することを決意する。
王子はバラの花の彼女を気遣いながらも
戻ってくる気はなかった。
王子が去っていく時、
バラの花の彼女に
「さようなら」と告げると、
彼女は「わたしばかだった」
と本心では王子を愛していることを告げるが、
別れ際にいろいろ彼女を心配して声をかける王子に対して
彼女は
「さあ、いつまでもぐずぐずしないで。いらいらするから。
 行くって決めたのなら、もう行って」
と突き放す言葉を放つ。それは彼女のプライドの高さゆえ
涙を流すところをみられたくなかったからだ。

星の王子は故郷の星を旅立ち、次々と星を旅するが
その星々にいる奇妙な大人達に遭遇する。

1つ目の星には、
自分の体面を保つことに汲々とする王がいて、
王さまは、なにより自分の権威が守られることを望み、
命令に従わないなど、がまんならない絶対君主であった。

2つ目の星には、
賞賛の言葉しか耳に入らない自惚れ屋がいた。

「きみはほんとうに、私を心から称賛しているかな?」大物気どりは王子さまに聞いた。
「『称賛する』って、どういうこと?」
「『称賛する』といのは、私がこの星でいちばんハンサムで、
いちばんおしゃれな服を着ていて、いちばん金持ちでいちばん頭もいいと、認めることだ」
「でもこの星には、あなたしかいないよ!」
「それでも私を、称賛してほしいなあ!」
「称賛するよ」王子さまは、ちょっと肩をすくめて言った。
「でも、どうしてそんなことがおもしろいの?」
 そうして王子さまは、その星をあとにした。
<おとなって、やっぱり変だ>旅を続けながら、王子さまは、すなおにそう思った。

3つ目の星には、
酒を飲む事を恥じ、それを忘れるために酒を飲む呑み助がいた。

「そこでなにをしてるの?」王子さまは、酒びたりの男に聞いた。
男はからになった瓶と酒の入った瓶を、それぞれずらりと並べて、その前でなにも言わずにすわっていた。
「飲んでるんだ」暗い面持ちで、酒びたりの男は答えた。
「どうして飲んでるの?」王子さまがたずねた。
「忘れるため」男が答えた。
「忘れるって、なにを?」なんだかかわいそうになってきて、王子さまは聞いた。
「恥じているのを忘れるため」男はうつむいて、打ち明けた。
「なにを恥じているの?」救ってあげたいと思って、王子さまはたずねた。
「飲むことを恥じている!」酒びたりの男はそう言うと、沈黙のなかに、完全に閉じこもった。
王子さまは、どうしたらいいのかわからなくなって、その星をあとにした。
<おとなって、やっぱりすごく変だ>旅を続けながら、王子さまは、思った。

4目の星には、
夜空の星の所有権を主張し、その数の勘定に日々を費やす実業家がいた。

「ぐうたらどもに、あれこれ夢を見させる金色のちっちゃなものだ。
だが私は、有能な人間だからな!夢など見てるひまはない」
「ああ!星だね?」
「そのとおり。星だ」
「5億もの星をどうするの?」

(中略)

「それはそうだね。それで、あなたは星を所有してどうするの?」
星の王子が言うと、

「おれは星を管理するんだ。星々を数えて、そしてまた数え直すんだ。
難しいことだぞ。でも、おれは重要な人間だからな!」
実業家は言った。

(中略)

星の王子は、重要だと思うものについて、大人たちとは大いに違った考えを持ってた。

「花の持ち主だったから、毎日水をやっていた。三つの火山の持ち主だったから、
毎週煤のそうじをしていた。火の消えたのも、そうじしていた。用心にこしたことはないものね。
だから火山にとっても花にとっても、ぼくが持ち主で、役に立っていた。
でもあなたは、星の役には立っていない・・・・・・」

実業家は口を開いたが、返すことばが見つからなかった。
そこで星の王子は、その星をあとにした。
<おとなってやっぱり、まったくどうかしてるな>王子さまは、
旅を続けながら、すなおにそう思った。

5番目の星には、
1分に1回自転するため、1分ごとにガス灯の点火や消火を行なっている点燈夫がいた。

6番目の星には、
自分の机を離れたこともないという地理学者がいた。

星の王子にとっては、どの大人も変な大人ばかりだと思った。
6番目の星の地理学者の勧めで、彼は地球にむかった。

星の王子が地球で始めに出逢い言葉を交わしたのは蛇だった。

その蛇は星の王子に対して、
「おれが触れたやつは、そいつを生まれ故郷の土に還してやることができるんだぞ。
でも、おまえは純情そうだし、他の星からやって来たんだったよな...」

「おまえを見ているとなんだか哀れに思えてくるよ。おまえはひ弱すぎるんだ、
この岩だらけの地球の上では。自分の惑星が懐かしくなったら、
そのときはおれが手助けしてやるぞ。おれには...」

と謎めいた言葉を言い放った。

その後、星の王子は
砂や岩や雪を歩いて通り抜け、ある一本道を通り抜けると、
5000本のバラが群生しているのを見た。
それを見た彼は、
自分の星のバラよりずっとたくさんのバラを見つけて、
自分が愛したバラは宇宙に1本しか存在していないと
故郷の星に残したバラの彼女は言っていたが、
自分の愛したバラはごくありふれたバラにすぎなかったことを嘆く。

すると、ある一匹のキツネが現れ、
星の王子と言葉を交わす。
そのキツネは星の王子に、
「なつく」ということと「絆をむすぶ」ということの意味を教える。

王子
「友だち(になってくれる人)をさがしているんだ。『なつく』ってどういうこと?」

キツネ
「それはね、『絆を結ぶ』ということだよ。」
    
王子
「絆を結ぶ?」

キツネ
「そうとも。きみはまだ、ぼくにとっては、ほかの十万の男の子と何も変わらない男の子だ。
だからぼくは、べつにきみがいなくてもいい。きみも、別にぼくがいなくてもいい。
きみにとってもぼくは、ほかの十万のキツネと何の変わりもない。
でも、もし、きみがぼくをなつかせたら、僕らは互いに、なくてはならない存在になる。
きみはぼくにとって、世界で1人だけのひとになる。ぼくもきみにとって、
世界で一匹だけのキツネになる」

(中略)

キツネ
「もしよかったら...おいらと親密になっておくれよ!」

王子
「そうしたいけど、僕にはあまり時間がないんだ。僕は友だちを見つけなくてはならないし、
知らなくてはならないこともたくさんあるんだよ」

キツネ
「親密になったことしか知ることはできないよ。人間たちはもう時間がなくなりすぎて、
ほんとうに何も知ることができないでいる。
なにもかもできあがった品を、店で買う。でも友だちを売っている店なんてないから、
人間たちにはもう友だちがいない。きみも友だちがほしいなら、ぼくをなつかせて!」

王子
「どうすればいいの?」

キツネ
「がまん強くなることだ。はじめは、ぼくからちょっとだけ離れて、こんな風に、草の中にすわるんだ。
僕は横目でちらっときみを見るだけだし、きみもなにも言わない。ことばは誤解のもとだから。
でも、日ごとにきみは、少しずつ近くにすわるようにして...」

翌日、星の王子が再びそこに戻ると、

キツネ
「同じ時刻に戻って来ることのほうが大切なんだよ。
例えば、もしきみが夕方の4時に来るなら、僕は3時からうれしくなっている。
時間が経つにつれて、おいらはどんどん幸せになってくる。
4時になったときには、もうそわそわしたり、どきどきしたりおいらは動揺して心配になるんだ。
おいらはこうして幸福の味を知るんだよ!でも、もし君がいつ来るか分からないようだとしたら、
何時に心の準備をすればよいか分からない...習慣にしなくてはいけないんだよ」

そのようにして、星の王子とキツネが親密になっていき、
出発が近づいてきた時、互いに惜別の情を抱きつつ、
キツネは星の王子に

「バラたちにもう一度会いに行ってきなよ。君の花が世界にひとつだけの存在だって
分かるよ。君がここに別れの挨拶をしに戻って来たとき、おいらは君に秘密の贈り物をするよ」

星の王子は、5000本のバラ達のところに向かい、バラ達にこう言った。

「君たちは僕のバラとは全然似ていないよ。まだ君たちはただのバラだもの。
だれも君たちと親密になっていないし、君たちだってだれとも親密になっていない。
君たちは僕と知り合う以前のキツネみたいなものだよ。
以前は大勢いるキツネの一匹にすぎなかったけど、僕と彼とは友だちになったんだ。
だから、今では彼は世界にひとつだけの存在なんだよ」

バラたちはとても困惑した。
続けて、星の王子はバラ達にこう言った。

「君たちは美しいけど、空っぽだよ。だれも君たちのために死なないんだ。
もちろん僕のバラだって、通りすがりの人が見れば、きみたちと同じだと思うだろう。
でも、君たちすべてよりも彼女ただひとりのほうがもっと大切なんだ。
なぜなら、彼女だけが僕が水をあげたバラだからだよ。
ガラスのおおいをかけてやったのも、あのバラだもの。
ついたてで守ってやったのも、
毛虫を殺してあげた(蝶々になるのを待つために二、三匹残した以外)
バラだからだよ。
文句や自慢、ときどきは黙りこんだりするのにまで、耳をかたむけてやったのも。
だって彼女は、ぼくのバラだもの」


そして、星の王子はキツネのところへと戻ると

「さようなら...」
とキツネに言うと、
キツネも
「さようなら」
キツネと告げると、続けて
「これがおいらの秘密だよ。とても単純なんだ。
心でなくちゃ見えないものがあるんだよ。大事なものは目では見えないんだ」

「大事なものは目では見えない」
星の王子は、忘れてしまわないように繰り返した。

「きみのバラをかけがえのないものにしたのは、きみが、バラのために費やした時間だったんだ」

「僕がバラのために費やした時間」
星の王子は、忘れてしまわないように繰り返した。

「人間たちは、こういう真理を忘れてしまった。きみは、なつかせたもの、
絆を結んだものには、永遠に責任を持つんだ。きみは、きみのバラに、責任がある」
キツネは言った。

「僕は、僕のバラに責任を負っている...」
星の王子は、忘れてしまわないように繰り返した。

星の王子様はその後、鉄道のポイントを切り換える
転轍手(てんてつしゅ)と言葉を交わす。
その中で、星の王子はこう言った。
「子供たちだけが自分がなにを探しているのか知っているんだよ。
子供たちはぼろきれでできた人形に時間を費やしていて、
だからその人形はとても大切なものになるんだよ。
もしだれかが人形を取り上げたら、子供たちは泣いてしまうだろう...」

そんなこんな話を日々飛行機を修理しようと悪戦苦闘するかたわら
星の王子から聞いていた飛行士のぼくであるが、
ついに蓄えの水が底をつき、途方に暮れる。
星の王子は井戸を探しに行こうという。砂漠の中にあるはずはないと
思ったが、井戸が見つかった。

星空の下を歩き、滑車の歌を聞き、ぼくが力仕事をして得た水だ。
だからこそ、それは贈り物にも似た、心にいい水なのだ

そうぼくは思った。

そして、星の王子は、
明日でちょうど地球に来てから一年がたつのだと
ぼくにに告げる。
星の王子は、あることのために自分が落ちてきた場所に
戻ろうとしていたのだ。

星の王子が
「ところで、君にはしなくちゃいけないことがあるよね。機械を修理しなくちゃいけない。
僕はここで待っているよ。明日の晩には戻ってきて...」と、
ぼくに言うと、星の王子はその場に残り
ぼくは飛行機の修理をするために戻っていった。
翌日、奇跡的に飛行機が直り、ぼくは王子に報せに行く。
すると、王子は蛇と話をしていた。

「きみのはいい毒なんだね? ぼくを長く苦しめたりしないね?」

その蛇は人間が咬まれると30秒で死ぬような黄色の蛇であった。

 驚いたぼくは、ヘビを追い払うと星の王子を抱きかかえた。
「ぼくも、きょう、家に帰るんだ・・・」と王子はつぶやく。

星の王子が砂漠にやってきたのは、1年前と星の配置が全く同じ時に、
ヘビに噛まれることで、身体を置いて自分の故郷の
小惑星に帰るためだったのだ。

星の王子は、ぼくにこう言う。

「きみは、夜に、星をながめる。ぼくの星がどこにあるのかをき
みに知らせるのには、ぼくの星からでは、あまりにちいさすぎる
よ。そのほうがいいんだ。ぼくの星は、きみにとって、空いっぱ
いの星のなかの一つになるんだ。だから、空いっぱいの星をなが
めるのが、きみは好きになって……。星はみんな、きみのともだ
ちになる。そうだ、きみに贈りものをするよ……」

「夜に、きみが空をながめるとき、ぼくがその星の一つに住んで
いるから、ぼくがその星の一つで笑っているから、だから、きみ
にとっては、星がみんな笑っているみたいになる。きみは、それ
で、笑うのが上手な星をもつことになるんだ!」

その夜、一人で出かけた星の王子に、ぼくは急いで追いつく。

星の王子はぼくにこう言う。
「きみは、わかっているよね。あまりにとおすぎるんだ。ぼくは、
この体を持っていけない。あまりに重すぎるんだ」

「ね・・・ぼくの花・・・ぼくはあの花に責任があるんだ! 
それにあの花、ほんとうに弱いんだもの! ものも知らないし。
世界から身を守るのに、何の役にも立たない四つのトゲしか持ってないし・・・」

そして、星の王子のくるぶしあたりに黄色く光るものが見え、
声も出さず星の王子は一本の木が倒れるごとく
音も立てず、ゆっくりと倒れていった。

翌日、星の王子の身体は跡形もなくなっていた。
王子が自分の星に帰れたのだとぼくは考え、夜空を見上げる。

その後、砂漠から無事に帰還してからぼくは、6年たった今も、
自分の星に帰ったであろう星の王子のことを考える。

「王子さまの星はどうなっただろう? もしかしたらあのヒツジが、
花を食べちゃったかもしれないぞ・・・」

 あるときは、続けてこう思う。

「そんなことはないさ! 王子さまは毎晩ガラスのおおいで花を守ってやるんだし、
ヒツジのこともしっかりみはっているだろう」

 するとぼくはうれしくなる。星という星がぜんぶ、やさしく笑う。

またある時は、こんな風に思う。
「一度や二度、ぼんやりしてしまえば、もうおしまいだ!
ある晩、ガラスのふたをかけるのを忘れたり、
夜、ひつじが音を立てずに出て行ったりしたら」
そう思うと、鈴はみな、涙に変わってしまう!・・・

そこには、まさに、大きな秘密があるのです。
王子さまを愛しているあなたたちにとっても、ぼくにとっても、ぼくたちの知らない、
どこかのヒツジが、バラの花を食べたか、食べなかったかで、世界のどこかが、
すっかり違ってしまうのです…
空をみてください。 そして、自分の心に聞いてみてください。
「ヒツジは、花を、食べた? 食べなかった?」
答えがどちらかで、あなたの目に映るものが、まったく変わったもののように
見えることでしょう…
そして、それが、どんなに大事なことか、大人は誰一人、つゆほども、わかり
はしないでしょう。


というのがサン=テグジュペリ作の「星の王子さま」の物語である。

私が、この「星の王子さま」のセリフで印象に残っているのが、
キツネの

「親密になったことしか知ることはできないよ。人間たちはもう時間がなくなりすぎて、
ほんとうに何も知ることができないでいる。
なにもかもできあがった品を、店で買う。でも友だちを売っている店なんてないから、
人間たちにはもう友だちがいない。」


というところである。

それは現代社会の利潤と効率を求める資本の論理が
グローバル経済化の中でさら加速度的に貫徹され、
地域の共同体および企業内の共同体性も
人的移動の過剰流動性の高まりで、空洞化してきて、
人間関係の希薄化が高まる機能に働いていることである。

「なにもかもできあがった品を、店で買う」というので
ふとチェーンストアの都市部のコンビニを思い出す。
別にコンビニの定員さんと言葉を交わさずともレジに
できあがっている商品を持っていくだけで、清算され売買が終わる。
そこで、そこの定員さんと関係性の履歴を深めることはない。
それが昔ながらの商店街なら
お客さんと定員さんの関係性の履歴が深まり
絆も作られていく。
そのようなことが資本の論理が貫徹されていく、
現代の大手コンビニでは、どうしても、
誰でもできる入れ替え可能な「役割とマニュアル」による労働で、
匿名性の高い
過剰流動性(人と人とのつながりが希薄になりやすい)の社会
を表すような状況である。
このような社会では不安ベースの社会的な相互信頼が
生まれにくくなり、政治的には全体主義的な状況を
生み出すひとつの条件となってくる。

一方、それとは逆の状況のことで言うと、
個人的な私の近況で
ここ2~3ヶ月、西宮市の東鳴尾で勤務しているが、
昼食時に、人通りが少なくなっている商店街に
ふとできた小さなギャラリーカフェに多数通っているが、
小さな店ということもあり、店主との女性の会話が増え、
関係性の履歴が深まっていく。

星の王子さまのキツネのセリフで

「同じ時刻に戻って来ることのほうが大切なんだよ。
例えば、もしきみが夕方の4時に来るなら、僕は3時からうれしくなっている。
時間が経つにつれて、おいらはどんどん幸せになってくる。
4時になったときには、もうそわそわしたり、どきどきしたりおいらは動揺して心配になるんだ。
おいらはこうして幸福の味を知るんだよ!でも、もし君がいつ来るか分からないようだとしたら、
何時に心の準備をすればよいか分からない...習慣にしなくてはいけないんだよ」


とあったが、
同じ時間帯に行くことで、関係の履歴の
少しずつ積み上げることで
記名性(名前がわかったり、あの人と特定の人の
フアンになるような)があり、過剰流動性がなく、安定した
人間関係がつくりやすい信頼ベースの社会の機能を高める
ことに少しでも自分の動きが機能すればと思う。


テーマ:今日は何の日? - ジャンル:ニュース


違憲立法の安保法案を批判するマスコミを兵糧攻めで言論弾圧する発言をした自民党国会議員の輩こそ、民主主義国家としての日本の品位を傷つける国賊だ!・・・それにしても、自民党の劣化は本当にひどいなあ

今日は、2015年(平成27年)6月28日 日曜日

自民党の安倍首相を支持する若手国会議員の勉強会で、
安保法案を批判する報道に関し
「マスコミをこらしめるには広告料収入をなくせばいい。
文化人が経団連に働き掛けてほしい」と
のたまったようで、これを聞いて、
本当に自民党の劣化はひどいなあと思った。


安倍政権が提出している安保法案は
圧倒的多数の憲法学者が憲法違反だと指摘している
法案をマスコミが全く批判しないほうがおかしなことであり、
その真っ当な批判をしているマスコミを
権力を持つ政権与党の議員から言論制圧を志向する発言が
公然と出るのは民主主義国ではあり得ない。

このような思考を持つ輩(やから)が
自民党内の安倍政権支持の議員にいると思うと、
安倍政権がこのまま力をもったまま続くと
言論制圧的な空気がさらに強まる恐れがあり、
安倍政権をこれ以上続くことが良くないと思える。

そんなに集団的自衛権を行使の法案を成立させたいなら
先に正々堂々と憲法改正の発議することが筋だろう。

それができないので、無理な解釈変更で
憲法違反の可能性が高い法案を通そうとする
立憲主義に反することをすれば、
権力を縛り、権力による人権侵害を防止し、
国民の基本的人権を保障する最高法規である憲法が
ないがしろにされても何も違和感のない状態となり、
国民の基本的人権の侵害がまかり通ることに
なりかねないのだ。

立憲主義への侵害は、そのような危険性がはらんでいるので、
違憲立法を強引に押し通そうとする安倍政権に対する批判が
高まるのであり、その批判を報じるメディアを威圧・制圧しようと
考える発言が安倍首相に近い自民党若手国会議員から出たことは
日本は本当に民主主義国家なのかと国際的な疑義を生じさせ、
日本の国際的な地位品位を貶める発言であり、
そのような発言をする国会議員こそ、
私からすれば、国賊な輩だと愛国ゆえに思い、
そのような議員が支持し、立憲主義に反する安倍政権が続くことは
日本のためにならないと、愛国ゆえに私は思う。




テーマ:安倍政権 - ジャンル:政治・経済


6月27日は「メディアリテラシーの日」・・・松本サリン事件で、無実の民をマスコミは犯人扱い・・・ちなみに、別のあの毒カレー事件の女性死刑囚は本当に真犯人なのか?

今日は、2015年(平成27年)6月27日 土曜日

6月27日は、メディアリテラシーの日である。

報道機関におけるコンプライアンスの基軸として、
メディア・リテラシー活動に取り組んでいる長野に本社を置く
テレビ信州が制定したのが
「メディアリテラシーの日」である。

なぜ6月27日が メディアリテラシーの日なのかという
説明の前に、メディアリテラシーについて、簡単な説明を
すると
単純に大雑把に言えば、

マスメディアからの報道などをそのまま鵜呑みにせずに
批判的に吟味できること

ということである。
ちょっと小難しく言うと

情報メディアを主体的に読み解いて必要な情報を引き出し、その真偽を見抜き、活用する能力

となる。

なぜ、6月27日がメディアリテラシーの日なのかと言うと、
平成6年(1994年)6月27日、
まさに、マスメディアの言うことをそのまま鵜呑みにしては
いけないと思わせる事件があったからだ。

それは、長野県松本市で発生した大量殺人事件である。
それは松本サリン事件と呼ばれる事件である。

平成6年6月27日の夜遅くから28日0時過ぎにかけて、
長野県松本市内の住宅街で、
化学兵器として使用される神経ガスのサリンが散布され
近隣住民ら7名が死亡(のちに治療中の1名が死亡し、計8名が死亡)
する事件が発生した。
化学兵器が一般市民への無差別テロ行為に使われ世界初の事件でもあった。

それはオウム真理教による犯行だと翌年の東京地下鉄サリン事件の後に
明らかになるのだが、
松本サリン事件発生直後は、何が使われたかが不明確なまま
長野県警は第一通報者の河野義行さんを重要参考人として
殺人容疑で
5人家族のうち、河野義行さんも含めて
4人が入院する被害を受けた河野さんの長男が
留守を預かる自宅を家宅捜索を始めた。
警察が「捜索で薬品類を押収した」と発表すると
警察のリーク情報をもとにマスコミが河野義行さんを犯人視する
報道が始まり、
警察とマスコミが補完するかたちでの冤罪事件が始まった。

警察からのリーク情報をもとに
河野義行さんの自宅にあった薬品を混ぜているうちに
何らかのガスが発生したかのような印象をマスコミが
報道を始めた。

「第一通報者宅を捜索 「薬品調合、間違えた」と救急隊に話す - 松本のガス中毒死」(毎日新聞)
「会社員宅から薬品押収/農薬調合に失敗か」(朝日新聞)
「事件直後に会社員が薬剤使用ほのめかす」(読売新聞)

とあたかも河野義行さんが7名が死亡した毒ガスを作ってしまったかの
ような印象を抱かせる報道が相次いだ。
実際に、事件発生日に河野義行さんは薬剤の調合などしていなかったのにも
関わらず・・・・。

はじめに警察の思い込みの捜査がこの冤罪被害の起動となり、
その警察発表ををそのまま垂れ流すマスコミ報道が冤罪被害を拡大させていった。

さて、警察が河野さんを犯人として疑った行動は河野さんによると

事件発生時、河野さんも妻が毒ガスを吸って苦しみだして、
また、家族も河野さん本人も体調に異常をきたし、
119番の救急通報をした。
河野さん本人も毒ガスを吸って異常をきたすなか
救急隊員が来たら少しでも早く妻のところへ誘導しようと
苦しむ妻から離れて玄関まで移動した。
これが警察が河野さんに不審を抱き犯人視するきっかけになったというのだ。
事情聴取の時に
「河野さんね、普通であれば奥さんが苦しんでいるときに奥さんのところを離れる。
こういうことはしない。あんたの行動は極めて不自然だ」

と、そして、河野さんの自宅に趣味の写真の現像液として使うために
置いていあった青酸カリがあった。それには警察はいろめきだち、
河野さん宅を長野県警は強制捜査に踏み切り、
この時警察は発表で河野義行宅を捜索すると実名で発表、
それを受けて、マスコミの警察発表の垂れ流し報道が始まるのだ。

マスコミ各社は河野義行さんの入院中の病院に多数かけつけ、
いつ逮捕連行されるのか、その絵をとろうとメディアスクラム状態になった。

やがて、毒物は神経ガスのサリンだとわかり、専門家の中からは
河野さん宅で警察が押収した薬物からはサリンは作れないという指摘もあったが、
それでも長野県警は河野さんへの捜査を止めずにいた。

事件から約1ヵ月後、河野義行さんが松本警察署で事情聴取を受けている間、
河野さんの自宅にて
河野さんの当時高校生であった長男に対して、3人の警官が取り囲んで
尋問して、
「親父はもう吐いた。ポリグラフでも反応が出て、お父さん自身罪を認めている。
僕だけ隠してもどうなるものでもない、僕も早く罪を認めて本当のことを言いなさい。」

ともちろん河野さん本人も毒ガスを作ったなんて言ってないのに、
長男に対して、「お父さんが罪を認めたと言った」と警察は虚偽の情報を伝えた。
長男に「お父さんが毒ガスを作って撒いた」ということを言わそうとしたのだろう。

長男は少数劣勢の中、強い意思で真実を守り、警察の誘導を跳ね返した。

河野さん曰く、もしこの時、長男が警察の圧力に押され、
お父さん自身罪を認めているならそうかもしれないと言ってしまったら
逮捕されていたかもしれないと。


もし、そうなったら、マスコミが警察発表を垂れ流しして、
「やっぱりあの人が犯人だったのだ」と世間は思うことになっただろう。


その翌日には、警察にて、河野さん本人に対して、

「おまえが犯人だ。おまえは亡くなった人に申しわけないと思わないのか、
警察はおまえの44年間全部わかっているのだ、さっさと自分がやったと罪を認めろ」

と自白の強要としてきたという。

長野県警が河野さんを犯人視扱いしている間、
マスコミはきっぱりと河野さんが犯人ではないと伝えることを
していなかった。

河野さんへの疑いがきっぱりと晴れるには
翌年の3月20日に発生したオウム真理教による東京地下鉄サリン事件を
待たなければならなかった。

この松本サリン事件における河野義行さんへの
マスコミ報道による冤罪事件を受けて
メディア・リテラシー活動に取り組んでいる長野に本社を置く
テレビ信州は、松本サリン事件が発生した6月27日を
「メディアリテラシーの日」に制定した。

このような警察とマスコミ報道による冤罪事件は
警察と特定のマスコミが参加する記者クラブ制度があることが
背景にあるとされる。

その構造はいまだにあり、このような
警察とマスコミによる冤罪事件が発生する可能性は残ったままである。

さて、同じ毒物がらみの事件で、
現在、死刑判決が確定している女性に対して、
殺人事件としては、
有罪にしてはいけないのではないかと思うある有名な事件がある。
もし、私が裁判員であるなら、
「彼女がやったと断定できないので、無罪」と考える事件である。

それは平成10年7月に発生し、4名が死亡した
和歌山毒カレー事件である。

この事件で、近所の住む林眞須美さんが
自宅にあったヒ素をカレー鍋に入れて、
それで4名が殺害されたと裁判で確定しているが、
検察側が有罪の根拠としたある物証に疑義が生じている。

東京理科大の中井泉教授が
兵庫県にあるSpring-8(スプリングエイト)という直径450mで
1周約1500mという世界最高性能の放射光を生み出す大型施設を
用いて、
林眞須美さんの自宅にあったヒ素とカレー鍋にヒ素混入のために使用された
紙コップについていたヒ素が一致したと
分析結果を出して、それを検察は物証に使った。

これを聞けば、物証が一致しているんので、裁判官が林眞須美さんが犯行を実行した
と心証を抱くと思うし、多くの方もそう思うだろう。

しかし、違う専門家からその物証に対して、疑義が提示された。
その疑義を提示したのは京都大学大学院工学研究科の河合潤教授である。

河合潤教授の分析結果を単純に言えば、

林眞須美さんの自宅にあったヒ素と事件に関係する紙コップについていた
ヒ素は同一ではあるが、それに混在している不純物は一致しない。

ということである。
それについて、詳しくは
インターネット放送のビデオニュースドットコムで
紹介されているので、それを引用すると

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
和歌山カレー事件に見る、科学鑑定への誤解が冤罪を生む構図
河合潤氏(京都大学大学院工学研究科教授)
 by ビデオニュースドットコム 2015年4月18日


 林真須美氏は黙秘を貫くなどして、一貫して犯行を否認していたが、
自白や動機の解明が行われないまま、裁判では、犯行に使われたヒ素の
流通経路や組成の同一性が、いわゆる中井鑑定によって裏付けられたことで、
真須美氏の犯行であったと断定されている。
中井鑑定はかつて真須美氏の夫・健治氏がシロアリ駆除業を営んでいたために
林家に残っていたヒ素と、ヒ素をカレーに投げ入れるために使われたとされる、
現場のゴミ袋から回収された紙コップに付着していたヒ素が、
同一のものだったと結論づけたもので、林真須美氏が犯人だったと断定する上での
決定的な証拠となった。

 しかし、京都大学大学院の河合潤教授が中井鑑定の中身を検証した結果、
この裁判では中井鑑定に対する大きな誤解があることが判明した。
中井鑑定は事件の関係先9箇所から採取したヒ素がいずれも同じ起源であることを
示しただけで、
それはその地域で流通するヒ素がほぼ同じドラム缶に入って中国から輸入
されたものだったために、当然のことだった。
 中井鑑定はむしろ、林家から発見されたヒ素とカレーにヒ素を混入されるために
使われた紙コップに付着していたヒ素とは、軽元素の不純物の含有量が一致しておらず、
まったくの別物であることを示していた。
しかも、林家のヒ素よりも紙コップに付着していたヒ素の方が、
3倍から7倍も純度が高いものだったことから、林家にあったヒ素を発見された紙コップを
使ってカレーに投入するというストーリーがあり得なかったことを、
中井鑑定は示していたのだった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ということである。この分析結果をもとに
林真須美さんは再審請求をしている。

事件発生当時、マスコミが大々的に報道して、
林真須美さんを殺人犯同然の報道をしてきたが
現在、そのマスコミから
事件の重大な証拠となった物証から
重大な疑義が出ていることがあまり伝えられてない。

このようなことがあることをあまり多くの方々は知らないだろう。

近代刑事裁判の原則のひとつとして、

「疑わしきは被告人の利益に」「疑わしきは罰せず」がある。

これは、検察が提示する証拠に、それが本当に被告人を
有罪にとするには疑問あると確信がもてないとなれば、
被告人に有利な方向で決定しなければならないということである。

刑事事件やその裁判などの報道において、
その近代刑事裁判の原則を知っているかどうかで
報道の見方も違ったものになる。
「この人が犯人だ」と思い込みから
「検察は被告人を有罪とできる立証をどれだけできるのか」
という見方が取れるようになってくる。

それは、本当に無罪の人を刑罰を課すことを防ぐために必要な
視点なのである。

裁判員制度が導入され、全ての成人の日本国民に
刑事裁判に参加して、
本当は無罪の人に死刑判決を出してしまう潜在的な可能性があるのが
現在の日本である。

松本サリン事件の河野さんの事例のように
警察発表をそのまま垂れ流すマスコミが現存している日本では
なおさらである。

それを思うと、さらに
刑事事件の報道におけるメディアリテラシーの重要性を
感じざるをえない。

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「竜巻」と「ダウンバースト」・・・「竜巻」という上昇気流の方は漢字という表意文字で、「ダウンバースト」という下降気流の方はカタカナという表音文字が使用されることについて

今日は、2015年(平成27年)6月26日 金曜日

ダウンバーストという現象がある。
それは、発達した積乱雲したから
下降気流の強い吹き降ろしの風のことである。

風向・風速の広がりから
「マイクロバースト(広がりが4km未満)」と
「マクロバースト(広がりが4km以上)」に分類される。

一方、発達した積乱雲へ強い上昇気流で発生する現象が
「竜巻」である。

さてその「竜巻」と「ダウンバースト」で
ふっと思ったのが上昇気流の方は「竜巻」という
漢字を用いた日本語で、
一方、下降気流の方は「ダウンバースト」という
西洋由来の言葉を翻訳せずそのまま使用していることである。

「ダウンバースト」は英語表記すれば、
「downburst」である。

これはもともとは
「downdraft outburst」という表現が略されたものである。

「downdraft」の
「 draft」には「すきま風,通風」という意味があり、
下向きを意味する「down」と合わせて
「下向き通風」という意味になる。

「outburst」は「爆発,噴出」という意味があり、

「downdraft outburst」で
「下向きの爆発的な風」という意味になり、
それが略され、「downburst」という表現になっているが、

もし、その言葉が日本に伝わってくるのが
明治時代のころだったら、
そのまま使わず、日本語に翻訳した表現を考えたのでは
なかろうかと思う。

「downburst」は、強い爆発的な下向きの風という意味なので
私なら思いつく翻訳は「下降暴風」である。

現代は明治のころと違って、
西洋由来の表現が怒涛の如く流れ込んできており、
いちいち翻訳せずにそのままの表音で使用されることが
多い。日本語には「てにおは」などの助詞が鋳型の機能を果たすので、
そのまま外来語をカタカナという表音文字に置き換えれば、
日本語の文として成り立ってしまうので、便利ではあるが、
もう少しは、明治時代の知識人に習って、
翻訳して、表意文字の漢字表記を考えてもらえたらと思う。


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翁長雄志沖縄県知事と安倍首相、誰が言うかによって、言葉の響きに違いを感じる・・・安倍首相は前回、アメリカがらみの政策で辞任に追い込まれたなあ

今日は、2015年(平成27年)6月25日 木曜日


一昨日の沖縄慰霊碑の「戦後70年沖縄全戦没者追悼式」での
翁長雄志沖縄県知事と安倍首相とのスピーチをした時、
特に米軍基地問題に関することにふれた時、
式に参列していた聴衆の方々の反応に明らかな差が出た。

翁長は式典でのスピーチで次のように語った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

沖縄の米軍の基地問題は我が国の安全保障の問題であり、
国民全体で負担すべき重要な課題であります。
特に普天間飛行場の辺野古移設については昨年の選挙で
反対の民意が示されており、辺野古に新基地を作ることは困難であります。
そもそも私たち県民の思いとは全く別に強制接収された「世界一危険」と
いわれる普天間飛行場の固定化は許されず、
その危険性除去のため
「辺野古に移設する。嫌なら沖縄が代替案を出しなさい」
との考えは到底、県民には受け入れられるものではありません。
国民の自由・平等・人権・民主主義が等しく保障されずして、
平和の礎を築くことはできないのであります。

政府においては固定観念に縛られず、普天間基地を辺野古に
移設する作業の中止を決断され、沖縄の基地負担を軽減する
政策を再度見直されることを強く求めます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

とスピーチすると、聴衆から大きな支持の拍手が鳴り響いた。

一方、沖縄の民意に反して、辺野古に米軍新基地の建設を強行
しようとしている安倍首相が登場すると、

聴衆の中から
「何しにきたんだ」「帰れ」という罵声が飛び、

そして、安倍首相がスピーチの中で

「これからも沖縄の基地負担軽減に全力を尽くす」

と言うと、

「嘘言うな」と突っ込みの罵声が
浴びせられた。

そりゃそうだろう。
沖縄の民意に反して、米軍の新基地を辺野古に作ろうと
している人が、
「沖縄の基地負担軽減に全力を尽くす」とのたまっても、

「はあ、何言うてんねん」と思うわな。

言葉と実際の行動に差があるほど、
言葉が虚しくなるわな。

この式典を受けて、軍事ジャーナリストの
神浦元彰氏が次のようにつぶやいていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
沖縄県は23日、戦後70年の「慰霊の日」。糸満市摩文仁の平和祈念公園で
沖縄全戦没者追悼式。翁長知事が平和宣言を行い、米軍普天間飛行場移設に、
「反対の民意は示されており、辺野古に新基地を建設することは困難だ」と訴えた。
(時事通信 6月23日 電子版)安倍首相が益々小粒に見えてきた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

誰が何を言うか。同じことを言っても誰が言うかによって、
受け取る側への響き方が変わる。

翁長雄志沖縄県知事は骨のある政治家に見え、
安倍首相が小粒に見えてくる状況である。

さて、その安倍首相の支持率が
憲法違反が指摘されている集団的自衛権を可能とする
安保法案を通そうとしていることで
低下している。特に女性の支持率減少が目立っているという。

この沖縄の基地問題も
このたびの安保法案もアメリカがらみである。

安倍首相が一度総理大臣を辞任した背景には、
参議院選で自民党が破れ、過半数を割り、
アメリカの対テロ戦争への協力として
自衛隊のインド洋派遣の延長ができなくなったことがある。

アメリカがらみの政策で民意に反することをやろうと
すればするほど、
安倍首相が小粒に見える状況である。

安倍首相は、前回の辞任と同じくアメリカがらみの
ことが原因になるのだろうか。


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2015年6月13日の記事
もし、沖縄が独立したらアメリカの覇権は大きく揺らぐかもしれない・・・・安倍政権の現在の沖縄への姿勢により、長い目で見て、日本が沖縄を失うことになる懸念を抱く

テーマ:安倍政権 - ジャンル:政治・経済


竜巻・tornado(トルネード)、その語源・・・・竜が天に昇り、ろくろが回り

竜巻による局所的な暴風が時々日本でも発生し、
人的被害をもたらすことがある。

竜巻とは発達した積乱雲の下で地上から雲へと
細長く延びる高速な渦巻き状の上昇気流である。

竜巻の中心付近では気圧が急激に下がっているため、
巻き込まれた空気中の水蒸気が減圧のため冷やされて水滴となり
細長く伸びる渦巻状の雲が発生するのである。

さて、その竜巻はなぜ「竜巻」と言うのか。

竜巻の「竜」は「竜(たつ・りゅう)」である。
竜は鳴き声によって啼き声によって雷雲や嵐をもらし、
そして、天に昇る時は周りの空気を巻き上げて雲をつくる。
その巻き上げられた地上から雲へと
細長く伸びる雲
が雲に頭を突っ込んだ巨大な竜の尾に見えたことから
「竜巻」と呼ぶようになったとされる。

リュウの竜(たつ)は、
「たつ(立・起)」また「たちのぼる(立ち昇る)」から
「たつ」と呼ばれるようになった。

まさに竜巻は、竜が立ち昇るように見えることから
竜巻になったのである。

さて、その「竜巻」は英語では
「tornado(トルネード)」である。

tornadoは
スペイン語で tornar(帰る、返す)という
動詞の過去分詞で、この動詞は英語の turn にあたる語である。

さて、その語の起源をさらに遡ると、
ギリシャ語の「旋回する」「らせん」「ろくろ」を意味する
「tornos(トルノス)」に由来している。


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6月23日は沖縄慰霊の日・・・日米両軍で住民を巻き込んだ熾烈かつ凄惨な激闘の沖縄戦の組織的戦闘終結の日

今日は、2015年(平成27年)6月23日 火曜日

6月23日は、沖縄慰霊の日である。
第2次世界大戦で、日米両軍で沖縄県住民を巻き込んだ
熾烈かつ凄惨な激闘であった沖縄戦において、
昭和20年(1945年)6月23日(土曜日)、
沖縄における日本軍による組織的戦闘が終わったことに由来して、
琉球政府及び沖縄県が定めた記念日である。

第2次世界大戦における太平洋戦争において、
日本軍はアメリカ軍の圧倒的な物量に押され、
昭和20年(1945年)には、
日本の敗戦は必至の状況になっていたが、
それでも日本軍は抵抗を続けていた。
そして日本軍は、本土防衛の最後の拠点を沖縄として、
第32軍を創設し、沖縄の首里に司令部が設置された。


そのような最中、アメリカ軍は
日本本土への攻撃の拠点のひとつを沖縄と定め、
アイスバーグ作戦(Operation Iceberg)という作戦名で沖縄攻略のため
兵員約18万3000人、補給部隊を含めると、約54万8000人
艦船1400~1500隻という大兵力を投入して、
昭和20年3月26日、沖縄本島の西方沖にある
慶良間諸島への上陸、そして、
同年4月1日に沖縄本島中西部への上陸作戦を開始。
ここから約2ヶ月半以上に及ぶ熾烈かつ凄惨な激闘となった
沖縄戦が始まった。

50万人を超えるアメリカの大兵力に対して、
日本軍の兵力は9万6400人、そして、
戦場動員された13歳から70歳代の地元住民
を含めても約11~12万人の兵力で
血みどろの激しい抵抗をアメリカ軍に行った。

当時の日本政府の方針として、
沖縄での戦闘を
本土決戦を1日でも遅らせるための「本土防衛のための捨て石」作戦
と位置づけ、
「玉砕精神」で戦争指導と作戦遂行をし、この方針を軍のみならず
一般住民にまで貫徹。このことがさらに住民を巻き込む凄惨な
結果をもたらすひとつの要因となった。

アメリカとの圧倒的な兵力の差があり
日本の兵力不足は明らかな状況で、
女性や子どもまでも戦場に動員され、
軍民一体となってアメリカ軍に抵抗していく
持久戦に持ち込もうとした。

一方、短期決戦を考えていたアメリカ軍は
住民犠牲をなるべく避けて、保護を考えていたが、
日本軍のゲリラ戦の激しい抵抗に手を焼き、
無差別に攻撃していき、住民を巻き添えにしていいった。

アメリカ軍は地形が変わるほどの砲弾の雨を降らせ、
軍人と住民が混在して避難している洞窟を
火炎放射器で焼き尽くし、住民も亡くなって行った。

また、洞窟に避難していた住民達には
敵に捕まって捕虜になることは恥だという考え方が
広まっていたこともあり、手榴弾などで
集団自決で亡くなったりもした。

同年5月下旬には、首里にあった第32軍の司令部が
陥落したが、第32軍の牛島満軍司令官は
アメリカ軍を沖縄に足止めする期間を少しでも長く
するためと、
沖縄本島の首里より南の地域に撤退することを決定する。

アメリカ軍はもう日本軍の抵抗もそれほどではないだろうと
考えたりもしたが、それでも日本軍の抵抗は強く
アメリカ軍のバックナー軍司令官が日本軍の砲弾で戦死
現在でも
アメリカ軍史上において最高位の階級で戦死した
唯一の事例となっている。

そのようなことがあっても日本軍の劣勢は変わらず、
日本軍では、
飢餓や病気で1日に約4000人亡くなる日もあった。

また、避難してきた住民が沖縄本島の南端の地域に
集中しつつ、そこが最後の戦闘地域となり、
それによりさらに住民の犠牲者が増えていった。

そして、昭和20年(1945年)6月23日
第32軍の牛島満軍司令官と長勇参謀長が自決し、
軍としての組織的戦闘が終焉した。
(その後残った日本兵が散発的にアメリカ軍と戦闘したりして
 降伏調印したのは同年の9月7日であった)

この沖縄戦の戦死者は

日本 18万8136人
    そのうち沖縄県出身者 12万2228人
               (一般人94000人 軍人・軍属 28228人)

アメリカ 1万2520人

(データは 昭和51年(1976年)沖縄県援護課発表による)

これを見ても、一般住民の戦死者が軍人よりも3倍以上あり、
第2次世界大戦における最激戦地のひとつとなった沖縄戦が
いかに住民を巻き込んだ激しい地上戦であったことがうかがえる。

終戦後の昭和36年(1961年)にアメリカ統治下の
沖縄において琉球政府が
沖縄戦で日本軍の組織的戦闘が終焉した6月23日を慰霊の日として
公休日とした。
昭和47年(1972年)5月15日に沖縄が日本に復帰した後、
法的な祝日の根拠を失ったが、
平成3年(1991年)に沖縄県の条例により沖縄県では
6月23日の慰霊の日が休日となっている。

この沖縄戦の結果、アメリカに占領された沖縄が
日本に復帰するまで、27年の歳月を要し、
現在でも米軍基地問題が尾をひくこととなっている。

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2012年5月15日の記事
5月15日・・・五・一五事件と沖縄返還が同じ日であること・・・2012年、五・一五事件から80年、沖縄返還から40年

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名探偵コナンの「安室透(アムロトオル)」と機主動戦士ガンダムの「アムロ・レイ」・・・聞き覚えのある声と思ったら

今日は、2015年(平成27年)6月22日 月曜日

テレビアニメの「名探偵コナン」で
このごろ「緋色の○○」シリーズが続いていて、
その中で、喫茶店ポアロのバイトで私立探偵をしている
安室透(アムロトオル)を中心にストーリーが展開
しているが、その安室透の声が聴き覚えがあるなあと
思って、エンディングでのその声優役を見てみると、
安室透(アムロトオル)の声をしているのは声優の
古谷徹(フルヤトオル)氏であった。

古谷徹氏と言えば、
1980年代の大ヒットアニメ
「機主動戦士ガンダム」の主人公のアムロ・レイの声の役を
務めていた。

そう、安室透(アムロトオル)とアムロ・レイは名前が似ている。

なぜそうなっているのか?

名探偵コナンの原作者の青山剛昌氏は、ガンダムの大フアンなのだ。
それでそうなっているようである。

安室透(アムロトオル)の「アムロ」はガンダムの主人公の
「アムロ・レイ」に由来し、
また、「トオル」は安室透(アムロトオル)とアムロ・レイの
声の役をしている古谷徹(フルヤトオル)氏の「トオル」に
由来している。

そして、安室透(アムロトオル)の本名は
「降谷零(フルヤレイ)」であるが、それも
ガンダムのアムロ・レイと声の役の古谷徹(フルヤトオル)氏に
由来しているのである。

さて、その古谷徹氏は15歳の時に、
アニメ「巨人の星」の主人公の星飛雄馬を声の役を務め
大きな反響となった。

古谷徹氏は
他に有名なアニメの声役としては、
ドラゴンボールのヤムチャ、
ドクタースランプ(テレビアニメ第2作)のスッパマン
きまぐれオレンジ☆ロードの春日恭介役などをしている。

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「イービーのかなわぬ望み」を耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館で聴いて・・・垂直移動のエレベーターで生きてきたイービーの結末から「空間」についてちょっと思う

今日は、2015年(平成27年)6月21日 日曜日

昨日の午前8時05分からNHKラジオの
耳で聞く短編小説ラジオ文芸館を聞いた。

昨日は、芥川賞作家の小川洋子作の「イービーのかなわぬ望み」である。
その簡単なあらすじがラジオ文芸館のHPにあるので、
引用すると

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「イービーのかなわぬ望み」 2015年6月20日
作:小川 洋子

2013年11月16日放送のアンコール。
中華料理店のエレベーターの中で産み落とされ、エレベーターボーイとして成長したイービー。
9歳でエレベーターに閉じこもり、そこで生活をする彼の身体は、箱に納まる大きさのままだった。
そんなイービーに恋心を抱くウェイトレス。2人の気持ちが通じ合うようなった時、
中華料理店が取り壊されることになる。エレベーターでしか生きられないイービーは、
どんな運命を迎えるのか…。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

と、アンコール放送とあるが、私は前回放送の時も聴いていて、
この「イービーのかなわぬ望み」を聴くのは2回目である。

町で一番老舗の中華料理店の福寿楼でエレベーターボーイとして働くイービー。
イービーとは、「エレベーターボーイ」の 頭文字E.Bである。
お客さんも出入り業者も郵便屋さんも
誰も彼の本名は知らず「イービー」と呼んでいるのだ。

ある日ランチの時間が終わろうかとし時、
妊娠した女性が、その中華料理店の料理が食べたくてやってきた。
出産のために精をつけるために、ツバメの巣のスープを飲もうというのだ。
すると、店のエレベーターの中で産気づき、動けなくなり、
エレベーターのビロードのソファーにしがみつき、そこで子どもを産んでしまった。
なんと、その女性は子どもを産んだあと、赤子を残したまま去ってしまった。

その子供をエレベーターで、その子を取り上げた
店の洗い場で働くおばさんが育てた。
イービーを背中におぶって洗い物をしたりしていた。
おばさんは福寿楼の地下で住み込みで働いていたので、
イービーは福寿楼が住まいとなった。

イービーは歩き出せるようになると
エレベーターに強い関心を示し、エレベーターを気に入って、
そこに居続けることになる。

お客の邪魔になるかもしれないと心配されたが、
逆に
エレベーターに男の子がいるということでお客さんにも評判で、
イービーはマスコットボーイ的存在になっていった。

そのおばさんがイービーが9歳の時に亡くなると
イービーは、ずっとエレベーターの中で生きていくこととなり、
イービーとエレベーターは一体化していくような状況になる。
彼は、エレベーターの中で、寝食をするようになり、
まわりもそれが当然と思うようになる。
彼の体格はエレベーターのサイズに合わすかの如く、
9歳の体型のままで成長が止まってしまった。
ただ、その体型で、4階建ての福寿楼のエレベーターの
最上階ボタンの4階を押すにはちょうど適した身長で、
小さい体のため客を圧迫しない。

そして、エレベーターにい続けるイービーは
エレベーターボーイとして働くこととなり、
来る日も来る日も、エレベーターにのる客を案内していた。
老舗の古い建物にあるこのエレベーターは鉄製の扉を手動で
開けなければならなかった。
お客様を安全に運び、エレベーター内を清潔にして、エレベーターを
管理していた。

そんな中華料理店の福寿楼にウエイトレスとして働くある新米の若い女性が
イービーに心を寄せることとなる。
その女性の担当は3階であったが、従業員が勤務中に
エレベーター使用は禁止だったので、エレベーターが開く時ぐらいに
イービーを見かけるぐらいであったが、
ただ、行き先の階のボタンを押すだけなのだが、
客を見て、この客はどの階に行きたいのかを察知して、
押していくという彼の仕事ぶりを見て、プロのエレベーターボーイとして
動くのを感じた。

彼女は、いつかイービーと話せたらと思っていた。
そんなある日、遅番の時、
彼に夜食を運ぶことを頼まれた。
初めて、イービーと言葉を交わすこととなる。

近くで見ると、いかに彼の小ささがエレベーターに
マッチしているのかがわかった。
まるで、エレベーターの部品であるかのように

イービーが
「もし良かったらデザートを半分こしないか」

と言ってきた。彼は半分にしたデザートのシャーベットを
スプーンに乗せ、彼女の口に運ぶと、
彼女はそのシャーベットを口に入れ、瞬く間に
シャーベットが溶けていった。

それから彼女は何かに理由をつけて遅番に入るようになった。
それは、イービーに夜食を入れることができるからだ。

夜食の到着はイービーにとって仕事の終了を告げるので、
イービーは心をゆるして語る状況になる。

イービーは 目立たない イービーの存在に気づかない客もいる。
薄ぼんやりした暗がりのようなエレベーターに溶け込み、
イービーはエレベーターと一体化しているようであった。

イービーは、
「もしこの仕事を引退する時になったら、
エレベーターのテスト塔で暮らしたい。
僕はここから出たことがないからそれはどこにあるかわからない。
草原のようなところにあるかもしれない」

「テスト塔ならお客さん相手にすることもなく
ただ自由に上下移動するだけで、時には早く動いたりするから
おもしろいかもしれない」

という夢を抱く。

どんな時もイービーとそのウエイトレスの若い女性は、
デザートは半分にして食べた。
そんな時は、彼女はどきどきした。

彼女は仕事が終わった後、エレベーターで、
イービーとともに夜食のデザートを食べたり、

デザートを食べた後、イービーにエレベーターを動かして
欲しいと頼んだ。
その時にイービーが自分のためにエレベーターをして
くれているという優越感もあり、また、彼の純粋さを感じ取る
ことができたからだ。

エレベーターが上下する時、
空中に閉じ込められたエレベーターで
2人だけの時間、時に、イービーにつかまったりして、
彼の暖かみを感じる。エレベーターと溶け込んでいる彼を
感じ取ることができず、もし、薄暗いままだったらどうしようと
思ったが、彼の体温を感じることができた。
地上でも屋上でもない、空中に2人きりでいる限り平和で、
それ以上望みがないのだ。

そんなある日、、老舗の中華料理店の福寿楼が老朽化のため
取り壊されることとなる情報が飛び込んできた。

オーナーは、イービーを新しい店舗で洗物をしてもらおうと
ウエイトレスの彼女に伝えたが、彼女はそれに抵抗感を抱く。

福寿楼は取り壊される状況になっても
イービーはエレベーターに残ったまま。
彼女は、イービーをエレベーターから連れ出そうとする。

イービーは「いいんだ。僕はエレベーター以外では生きられない」
彼女は「私がテスト塔に連れて行く」

イービー「僕なんかほおっておいて」
彼女は「なんて悲しいこと言うの。テスト塔のエレベーターが自由に
上下するところで・・・・」

壊されていく建物の中を、彼女は小さな体のイービーを抱きかかえ
逃げて行き、路面電車が走る通りを北へ北へ、テスト塔があるかもしれない
草原は北にあると思ったからだ。

彼女の抱きかかえた9歳児のままの体型のイービーは、
さなぎになる幼虫のように彼女の胸に顔をうずめていた。


イービーがだんだん軽くなっていくのを感じたが、
それまで垂直移動のエレベーターで過ごしてきたイービーにとって
生まれて初めて、
何もかも水平にながれていくことに耐えられず、彼の体は砂時計のように
はらはらと彼女の胸から零れ落ちて消えていった。
そして、彼女の手には、イービーがつけていた育ての親のおばさんのリングが
残っているだけだった。


というストーリーであった。
細かいセリフなどはきちんと覚えていないが、
あらすじはそのようなものである。

自分の存在意義を見出せる場所が、
福寿楼でエレベーターだったイービーにとっては、
そこが無くなることで、自分も消えてしまうということに
なった。

人間は3次元空間の中で生きているが、
水平移動が基本で、垂直方向に動くことは少ない。
建物内で垂直方向に移動するとなると、
階段やエレベーターなど使わないとできない。
その逆であったのがイービーであった。

おおざっぱに粗っぽく言えば、
2次元の平面に
垂直方向が加わって3次元空間となる。

2次元の方向は前後左右。
それに3次元となると、前後左右に、
上下方向が加わる。

たいていの人間は3次元空間の中でも
多くは前後左右に移動することが多いが、
イービーにとっては、上下に移動することが
基本であった。

そのように垂直移動の空間の中で生きてきた
イービーにとっては、
水平移動になると身体が持たなくて砂粒となり
消えていった。
特異な個性を発揮する場が失われ、
その存在そのものが消え去ってしまったのだ。

この物語の結末で、
水平移動と垂直移動のことで
3次元空間のことを思ったが、
この小説「イービーのかなわぬ望み」の作者の
小川洋子氏の作品に映画化された
「博士の愛した数式」があることを思い出した。
それによく参照されるのがオイラーという大数学者
である。

そのオイラーが発見した公式のうちを1つを
使って、物理学での「超ひも理論」で、
空間が9次元になると説明され、
4次元以上の空間は、コンパクトに巻き込まれた
とても、とても、とても、とても、とても、とても微小な
複雑な空間となって、3次元空間のあらゆるところに
あると説明されている。

垂直移動で生きてきたイービーが消え去った先は
そのコンパクト化された
4次元以上の空間なのかとSF的に想像したりする。

この「イービーのかなわぬ望み」は
平成19年(2007年)9月に発売された
「夜明けの縁をさ迷う人々」の
9つの短編小説のひとつとして掲載されている。

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○ラジオ文芸館に関すること

原田マハ 作の「無用の人」を、耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館で私の人生と重ね合わせながら聴いて・・・無用の人扱いされた他界した父が娘に贈った最後の誕生日プレゼントとは

耳で聞く短編小説ラジオ文芸館 鈴木光司 作「大山」・・・バブルに翻弄された元夫からの復縁の申し出の旅路にて、元妻からの粋な計らいとは

人生という名の自転車は、自力で漕ぎ続けるのだ・・・「耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館」で「自転車を漕ぐとき」、41歳無職の男の物語を同じく41歳で再び無職に戻る私が聴いて

ロバのサイン会・・・消費され消え行くものに過ぎないものが育む絆・・・耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館を聴いて・・・

2か月に1度行く、上新庄のミスタードーナッツで、ラジオ文芸館のアンコール放送「尾瀬に死す」を耳にして、前回も同じ場所でそれを聴いていたので、デジャブさを感じた

透明人間とはそういうことだったのか!・・・耳で聞く短編小説ラジオ文芸館、島田雅彦の作「透明人間の夢」を聞いて、ホームレス寸前の彷徨う若い男女の恋の結末は!

人生、思わぬ偶然のできごとでどう変わるかわからない・・・角田光代の「誕生日休暇」を耳で聞く短編小説「ラジオ文芸館」で耳にして




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ホッピングはもともとは美容体操器具であった、21世紀になり進化したホッピングは「フライバー」という2m以上も飛び跳ねるおもちゃになった

今日は、2015年(平成27年)6月20日 土曜日

一昨日、NHKニュース7で、
キャスターの武田アナが、番組中、
なんと、ホッピングで飛ぶ実演をしていた!

武田アナ ホッピング 150618192001

もうその時の2ちゃんねるの
「NHK総合を常に実況し続けるスレ 110235 」では、

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

620 : 公共放送名無しさん[sage] 投稿日:2015/06/18(木) 19:19:27.62
たけたんポッピングwwwww

621 : 公共放送名無しさん[sage] 投稿日:2015/06/18(木) 19:19:26.08
たけたん!!

622 : 公共放送名無しさん[sage] 投稿日:2015/06/18(木) 19:19:26.07
たけたんうp!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「たけたん」とは、武田アナへのニックネームだが、
もうこのように大盛り上がりで、一気にスレのレスが加速した。

さて、そのホッピングとは、
もともとは1918年にアメリカで美容体操用具として発売されていた「ポゴスティック」
というものをおもちゃ化したものである。

それが、昭和31年(1956年)の夏頃から
日本で、乗って飛び跳ねるおもちゃとして売れ出したらしい。
一説によると、そのブームが大阪発だとも言われる。

このホッピングのブームは瞬く間に全国に広がり、
それも大人用から子供用まで、数段階のホッピングが発売された。

ただ、ホッピングで跳ね続けるのが楽しいため
それを長時間やりすぎて、胃下垂や足の骨膜炎を発症する子供が
続出して、「ポゴをやり過ぎると胃下垂になる」と噂が広まり
ブームは沈静化した。

やがて、それから約30年経った1980年(昭和55年)に
おもちゃメーカーのバンダイが 「スカイホッピー」という名前のホッピングを発売して、
再び大流行し、おもちゃとして定着した。

現在、そのホッピングを進化させたフライバーが発売されている。
MIT(マサチューセッツ工科大学)に学んだ発明家ブルース・ミドルトン氏が
ポゴスティックを1918年から生産発売していたSBIエンタープライズ社に
21世紀の新しいポゴスティックを開発することを提案し、
それが商品化されたのがフライバーである。

バランス感覚を養う玩具から重力バランススポーツに進化させた
フライバーは、跳ぶ高さがホッピングの10倍となり、
2m29cmの高さまで跳んだ記録がある。
フライバーは日本には、平成19年(2007年)
モトクロスの練習用やスノーボード(ハーフパイプなどのジャンプ競技)の練習用として、
空中バランスを養うために使う人が増えてきという。



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国立大学の人文系学部廃止と国民の政策批判能力・・・あっ、そうそう、阪急電鉄の名経営者だった小林一三は小説家志望だっただよなあ

今日は、2015年(平成27年)6月19日 金曜日

安倍内閣が、国立大学への方針として、
カネにつながる実学重視して、
その一方で人文系の学部を廃止していこうとしている
ことに対して、哲学研究や住民投票運動に関わった
國分功一郎氏がツイートで次のようにつぶやいている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
國分功一郎 @lethal_notion

国立大学の人文系学部が廃止されようとしているそうですが、
これは残業代ゼロ法案や派遣法改悪と通底しているのであって、
国民から知識と知恵と時間を奪って、政策についての判断能力を
低下させるための政策ですね。一貫しています。

9:01 - 2015年6月15日
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

とあった。
それでふと思うのが、国立大の人文系廃止の動きとは
対照的に感じたのがフランスの入学試験の内容である。
フランスでは、日本のセンター試験にあたるバカロレアの
科学系(日本で言う「理系」)の哲学の入試問題である。

その問いの内容は

・政治に関心を持たずに道徳的にふるまうことはできるか
・労働は自意識を持つことを容認するのか
・ベルクソン『思考と動き』の抜粋に対する解説
  *ベルクソンは、20世紀前半のフランスの哲学者

と理系の入試でありながら社会と思想を問う内容である。
このバカロレアを導入したのはナポレオンであるが、
ナポレオンは
哲学を深く学ぶことで人はより自由に思考でき、
その自由な思考により人間はより自由な存在になる
と考えていた。

フランスでは、哲学教育による教養が
思考の自由を持つ人々により共和国フランスの理想を基礎づけるものと
考えられていて、この教養がフランス共和国の理念と
民主主義に関わることととらえている。

理系の学生にも哲学という人文系の素養を
フランスでは求めている。

哲学的な思考を育む思考の自由が民主主義に関わることと
フランスではとらえているということを思うと
國分功一郎氏が
「国立大学の人文系学部が廃止が、
国民から政策についての判断能力を
低下させるための政策につながっている」
とつぶやくのもうなづける。

昨今は、安倍内閣が憲法違反が濃厚な
安全保障法案を強引に推し進めようとしているが、
まさに立憲主義の危機である。

そのようなことを思考することを
大学の文系の学部で学んだりするが、
今の政権の文系学部軽視の動きは
国民の政権批評の能力を弱める方向に機能しそうである。

さて、人文系学部軽視の背景には、
それは経済的収益につながる知識や技能を高めることに
つながらないという考えがあると思うが、
人文学的センスと会社経営ということで思い浮かぶのが
阪急電鉄の社長をしていた小林一三(1873年~1957年)である。

小林一三と言えば、
線路を引くだけだった鉄道事業に、宅地開発、遊園地、歌劇、
百貨店などを組み合わせ沿線開発という
新たなビジネスモデルを持ち込み、日本型私鉄経営の原型を
作った人物である。

小林一三は青年期に小説家を目指して、
慶應義塾大学文に入学し、小説を書いたりしていた。
その後、銀行マンを経て、阪急電鉄の前身の会社に入り、
経営者になっていった。

文学青年で小説家を志していた小林は、大衆が何を考え、何を望んでいるか、
大衆の気持ちをとらえることができたと言われるが、
その背景には、小説家になろうとして、人間の心理や思考を洞察
してきたことがあるかもしれないと思ったりする。

そして、彼は、宝塚歌劇を立ち上げるが、
自らも22作品、脚本を執筆したが、
まさに小説家の素養がここに劇団経営に活かされたと言える。

商売をするにあたりターゲットの顧客層が、
どのような生活を営み、その生活で何を思い、何に価値をおき、
どのような心理なのか。そのようなことを考えるのは
まさに人文的素養に関わることだと思うが、
国立大学の人文系廃止は、顧客層の心理に対する洞察力を養う
という観点から見ればそれから遠ざけるものになったりしないかと
思ったりする。

小林一三は学問について、次のような言葉を残している。

学問は飯の種ではない 
 学校に行って学問をするということは、飯を食う材料
(よい会社に入るため)ではなく、人間としての教養を
身につけるため。

と、この小林一三の言葉を、国立大学の文学部を廃止しよう
としている政府の人間達に爪の垢を煎じて飲ませたいわ。


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夜空の星を見て、波でもあり粒子でもある光が宇宙空間を悠久の旅をして、目に入って見えることを思う

今日は、2015年(平成27年)6月18日 木曜日

このごろ20時ごろ仕事帰りで、職場の最寄駅のホームで
電車を待っている間、夜空に見える星が目に映る。

夜空に輝く星は、実は過去の光なのである。

秒速30万kmの波でもあり粒子でもある光が
数年、数十年、数百年、あるいは1000年以上かけて
目の中に飛び込んでいるのである。

光が1年に進む距離を1光年と定義されるが、
それをkmに換算すると、約9兆4600億km。

北極星なら約430光年と
430年前の北極星の姿を見ていて、
そのころの日本では、豊臣秀吉や徳川家康が
天下人になろうとして活躍していたころである。
そのころに北極星を出発した光が現在の我々の目に
飛び込み映っているのである。

さらに、夏の星座の大三角形のひとつである
白鳥座のデネブは約1400光年で、
1400年前と言えば、日本では、
奈良の飛鳥で政治が行われていたころ、
そのようなころにデネブを出発した光が
現在の我々に見えている。

1400光年をkmに換算すると、
1京3244兆kmと途方もない距離で、
夜空に輝く星からの光は、
宇宙空間を悠久の旅をして、我々の目に入っているのである。

ちなみに、光は電磁波という波でもあり、
粒子でもあるが、
夜空に輝く星が、瞬時にして、ヒトの目に見えるためには、
粒子という性質である必要がある。

星からの波でもあり粒子でもある光が、宇宙空間を
悠久の旅をしてきて、
粒子としてヒトの目に入り、
目の網膜にあるレチナールという物質を刺激して、
の刺激によって信号が視神経を通じて脳に伝わるこで、
星として見えるのである。

もし、波のままなら一等星の明るい星でも、
見える状態になるまで115日かかるが、
粒子であれば、瞬時にレチナールという物質を刺激する
エネルギー量があるので、
宇宙空間を悠久の旅をしてきた星から光をすぐに
見ることができるのである。


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PC無事退院して、復活!!!・・・6年以上使っていたら愛着も湧いてくるわ

今日は、2015年(平成27年)6月17日 水曜日

私のPC(パソコン)無事退院して、回復して自宅に戻ってきた!!

私のPCは半年ぐらい前から、電源を入れてもなかなか起動しない
という状況になっていた。

電源スイッチを入れても、始めにランプはつくのだが、
HD(ハードディスク)のアクセスランプは点灯せず、
うんともすんとも言わなくなって、起動しない。
それでも、1時間ぐらい、そのままにして、
PCを暖めて、あらためて、電源を入れなおすと、
なんとかOSの起動までいっては、すぐに電源が切れて、
それでも、2~3回、電源を入れては切れてしまうことを
繰り返すと、なんとかOSが安定的に起動して、
使用できる状態になる。

そうなると、電源を切ることはは次に電源が点かなく
なって、PCが使えなくなってしまう恐れがあるので、
1ヶ月以上電源を切らずに点け放しにしてきたりもした。
それでも、オーバーヒートでPCが勝ってに電源が切れてしまって、
再び、起動させるのに、電源は入れても起動せず、
電源を入れたままで、PCを暖めて、
2~3回、電源を入れては切れてしまうことを
繰り返すと、なんとかOSが安定的に起動することが
できるということが幾度が発生するようになってきた。

そして、先週の木曜日の11日の21時前、
仕事が終わって自宅に戻ると、
電源を入れたままにしていたはずのPCが
おそらくオーバーヒートのため勝手に電源が切られていた。

それまでと同じく、電源を入れて、なかなか起動しなくても
1時間か2時間ぐらいしたら、OSまで起動できるだろうと思ったが、
ついにはそうならなくなった。

そして、翌日の金曜日の夜明け前に、24時間OKの
パソコン修理業の方に連絡を入れて、修理を出すこととなった。
私の見立てでは、おそらくHDにの問題ではなく、
マザーボード上のコンデンサか何かの問題だろうと思っていた。

そして、次の日の土曜日に自宅に、パソコン修理業の方に
来てもらった。

すると、「これはもって帰って内部を開けないとわからない」
ということで、私のPCはパソコン修理屋さんに入院となり
手術を受けることになった。

今週の月曜日の15日の夜には、修理屋さんから電話があり、
「治った(直った)」ということだった。

そして、昨日の夜に自宅に持ってきてもらい。
電源を入れると、すぐに正常に起動した。

原因は、コンピュータの制御や演算や情報転送をつかさどる中枢部分
であるCPU(Central Processing Unit=中央処理装置)の熱破損
ということであった。

また、PC内の温度上昇を抑制するためのクーラーファンが
埃詰まりになっていて、その機能が低下していたということであった。

クーラーファンを掃除して、埃詰まりを解消。
そして、CPUが接着しているマザーボードを同型のジャンク品から手配した
者から交換したということである。

価格は2万円であった。

このPCを購入したのは2008年12月で、
もう6年以上使用していて、2万円を修理代に使うなら
それにプラスアルファのお金を足して、新しいPCを
買うほうがいいと思うが、私の今の経済状況ではそれも
難しく。まあ、何とか2万円なら出すことができると
思って、修理の方を選んだ。

もう6年も使って、さらに2万円費やして、修理もしたら
よりいっそう、このノートPCに対する愛着が深まるわ。

ちなみに、パソコンの修理屋さんは

「アット」という
西宮市にある修理屋さんで、
TEL 0798-32-3224

年中無休 24時間OK だそうです。
私も朝の4時30分に電話を入れたら、電話応対して
くれました。


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パソコンなく本棚眺め

パソコンが修理中で、自宅にないので、このごろは500冊以上ある本棚を眺め、そこから久々に目を通す本を取り出したりしている。

整理すれば、思わぬ宝が

自宅にある書類棚を整理していて、封筒の中を見ると、4000円が入っていた。それがあることを忘れていたので、嬉しく思えた。整理することの大切さを思う。

PC入院中

PCが壊れて、只今、修理屋さんで入院中で、手術中である。成功するのか。うまくいかず、死亡宣告されるかどうかわからない。しはらくはブログは携帯電話からの短文になる。

もし、沖縄が独立したらアメリカの覇権は大きく揺らぐかもしれない・・・・安倍政権の現在の沖縄への姿勢により、長い目で見て、日本が沖縄を失うことになる懸念を抱く

今日は、2015年(平成27年)6月13日 土曜日

沖縄県の辺野古への米軍新基地建設に関して、
反対を表明して知事に就任した翁長沖縄県知事の動きに
関して、保守系の哲学者である山崎行太郎氏が自身のブログで

「沖縄独立論」の国際政治学。

というタイトルで次のように書いている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「沖縄独立論」の国際政治学。
(2015年6月9日 山崎行太郎氏)


翁長=沖縄県知事が、米国直訴の旅から帰国し、「沖縄米軍基地紛争」は
更に次の段階へ進もうとしているように見える。では、次の段階とは何か?
それは、「琉球王国再興」や「琉球独立論」、ないしは「沖縄独立論」
という恐怖のシナリオである。

翁長=沖縄県知事は、「落としどころ」などという「妥協案」を模索している
だろうか?
翁長=沖縄県知事に、「妥協」という後退戦は許されていない。
進むか切腹しかない。翁長=沖縄県知事の「次の政治的選択」を、
米政府をはじめ、国際社会が注視しているだろう。

(中略)

ドイツの避暑地で、「法の支配」「自由」「デモクラシー」の国際的共有を
高らかに歌い上げた安倍首相だが、ひとたび帰国し、国内問題となると「君子豹変」し、
国民や一般庶民の声など無視し、「中国独裁政権」以上の強権政治へ邁進しようとする。
「独裁政治ごっこ」とでも言うしかない。

この「独裁政治ごっこ」は、かなり高くつくだろう。日本を国家存亡の危機に、
つまり破滅のどん底へ突き落とすかもしれない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

とコメントしている。

今のところ、沖縄県内でも独立論が多数を占めているわけではない。
ただ、沖縄県は1872年(明治5年)の当時の日本政府による琉球処分で
日本に組み込まれるまで、琉球王国という独立国であったのだ。
まあ、日本が琉球王国を侵略して沖縄県を日本の領土にしたという歴史がある。

そのような歴史もあり、潜在的に沖縄には沖縄独立論がくすぶっている。
昨年のイギリスでのスコットランドの独立を問う住民投票では
米軍基地問題など沖縄の自決を願う沖縄県民に何らかの刺激になったとも
言われたりしている。

さて、沖縄の辺野古への米軍新基地建設をまぐって、
それへの反対を訴えて知事に当選したのが
翁長氏である。

辺野古への米軍新基地建設反対は沖縄の民意なのである。
一方で、安倍首相はその民意に耳を傾けず、辺野古新基地建設を
強行しようとしている。

それに関して、ジャーナリストの田原総一郎氏が
流血の事態もありえると言っていたが、
私が思うに、民主的な法的な手続きで、いくら多数の民意が
政府の強硬な姿勢で反映されないとしたらどうなるか。

「いくら、正当な法的手続きで多数の意見が伝わらなかったら、
力づくで訴えるしかない」

と考え出す人が出てくるかもしれない。そうなると、
テロや暴動が発生することになってくる。

あまりにも政府が強硬な姿勢を取っていると、
血で血を洗う事態になってくる恐れもある。

テロなどでなくても、スコットランドであったような
沖縄独立運動の世論を盛り上げていくことをしていったほうが、
沖縄にとっては、日本本土の国民に衝撃を与えるためにも
良いと、もし、私が沖縄県民なら考えるだろう。

アメリカにとっても、沖縄がもし本当に独立してしまったら、
海兵隊の新基地を沖縄に設置しようとしたために
嘉手納基地という巨大な米空軍の基地を失うことになってしまう
かもしれない。
そうなれば、日米同盟に大きな動揺を与えることになり、
また、アメリカの世界戦略も崩れかねないだろう。

それにしても、今の安倍政権の沖縄への姿勢が
長い目で見て、将来、日本が沖縄を失うことにつながって
いかないか懸念を抱く。

テーマ:沖縄米軍基地問題 - ジャンル:政治・経済


アマリリスの花言葉「内気」「すばらしく美しい」・・・内気な少女アマリリスの血から生まれた美しい花は、横を向いて「おしゃべり」しているみたい

今日は、2015年(平成27年)6月12日 金曜日

先日、西宮市今津の自宅周辺を朝歩きしていると、
ある民家の壁上に、花咲くアマリリスが置かれていた。

アマリリス 150606_0537~001

アマリリスは、
ヒガンバナ科ヒッペアストルム属に分類され、
ブラジルやペルーを中心とし、南アメリカに
約70種が分布する球根植物である。

ヒッペアストラム(Hippeastrum)とは、
ギリシア語の
hippos(馬)+ astrom(星、似る)から

「馬のような大きな星形」という意味がある。

そのようなアマリリスは
17世紀後半に欧州にもたらされ、
そこで、違う種同士を掛け合わせの品種改良など
されてきた。

やがて、日本には江戸時代の天保年間(1830年~1844年)に
もたらされた。

アマリリスという花の名前は、
古代ローマの詩人である
ウェルギリウス(BC70年~BC19年)の
初の作品「牧歌」に
登場する羊飼いの娘に由来するとされる。

さて、その羊飼いの娘のアマリリスには、次のような
お話がある。

アマリリスはある日、羊飼いの少年アルテオに恋をする。
そのアルテオは、花に夢中でアマリリスのことは
気にもかけない。

あるとき、そのアルテオが
彼に花を届けてくれる別の少女に好意を抱いた。

それ知ったアマリリスはショックを受け、
神様にお祈りをするとあるお告げと矢を授けられた。
そのお告げでは、「その矢で自分を傷つけろ」ということであった。

アマリリスは、そのお告げどおり実行すると、
傷から流れた血から、これまでみたことがないような
とても美しい花が咲き、そして、アルテオはひざをついて、
アマリリスに愛を告げた。

そのようなお話から、この花にアマリリスという名前がつき、
さらに、「内気」「すばらしく美しい」というアマリリスの花言葉も
生まれたようだ。

ちなみに、アマリリスの別の花言葉に「おしゃべり」とあるが、
花が横向きにつくため、となりの花とおしゃべりをしているように
見えるからである。

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安倍首相に「民主主義・法の支配」という価値共有するG7サミットの議長になる資格はあるのか?・・・違憲濃厚の安保法案を進め、沖縄の民意を無視して新米軍基地建設を進める安倍首相

今日は、2015年(平成27年)6月11日 木曜日


先日、ドイツでG7サミットが開催され、その時
日本から出席している安倍首相が

「G7は、自由、民主主義、人権、法の支配といった基本的価値に立脚し、
国際社会の秩序を支えてきた」

とのたまったようだが、
そのようなことを安倍首相が言うと、ちゃんちゃらおかしく感じる。

その理由は主に2つ。
そのうちの1つは、憲法違反が濃厚と指摘される
安全保障関連法案を安倍内閣が強引に進めようとしていることである。


先週の衆院憲法審査会で、自民党が推薦した学者でも
安倍内閣による集団的自衛権行使を可能とする
安保法案について、憲法違反であると述べていた。

憲法というのはあらゆる法に超越する
最高法規である。
その最高法規である憲法に対して違反することを
やろうとしている安倍首相が
「法の支配」をうんぬんとのたまっていることに、
笑ってしまうわ。

そして、もうひとつの理由は
沖縄県民の民意を無視して、
強引に沖縄県名護市の辺野古に
米軍の新基地を建設しようとしていることである。

そのように民意に反することを強引に進め、憲法違反の法案を
進める
安倍首相がサミットで「民主主義」とか「法の支配」とか
のたまっていることにおかしさを思わざる得ない。
そのような安倍首相が、1年後も続くとしたら、
自由、民主主義、人権、法の支配といった基本的価値を
共有するサミット議長国の議長の資格があるのかねと
疑問を抱く。

安倍首相が今の安保法案を通したいのなら、
先に憲法改正の国民投票で国民の賛同を得てから
進めるが「法の支配」としての筋である。

私は対米自立のためにも重武装化を進めるための
憲法9条改正には賛成であるが、
今のようなアメリカケツ舐め外交をする日本政府のもとでは
憲法9条は変えないほうがいいと思う。


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沖縄の辺野古基地建設反対する翁長沖縄県知事「日本の国が独立は神話だと言われないように」・・・日本や沖縄から「出て行け」と言われて困るのはアメリカ軍である

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葵 (アオイ)の名の由来・・・お日さまを仰ぐ花が咲く日を逢う日にしましょう

今日は、2015年(平成27年)6月10日 水曜日

6月上旬、
西宮市今津の自宅周辺を朝歩きしていると、
立葵 (タチアオイ)が咲いているのを見かけた。

立葵 150605_0526~001

葵(アオイ)と言えば、
古代から中世までは、冬でも咲く冬葵(フユアオイ)であったが、
江戸時代の近世以降は、
葵(アオイ)と言えば、この立葵 (タチアオイ)のことを意味
するようになったとされる。

さて、どうして、「アオイ」と言うようになったのか?
諸説あるが、そのうちの1つは
この植物が太陽の方に花や葉をを向けて、
まるで、お日さまを
仰ぐように咲くことから「仰日(アフヒ)」と呼ばれ、
それが変化して「アオイ」になったという説がある。

もう1つ紹介すると、万葉集に遡る。
万葉集第十六巻に掲載されている「3834」という番号が
あてられている作者不明の歌

梨(なし)棗(なつめ) 黍(きび)に粟(あは)つぎ
延(は)ふ田葛(くず)の 後(のち)も逢はむと
葵(あふひ)花咲く


歌の意味

梨(なし)、棗(なつめ)、黍(きみ)に粟(あは)とつぎつぎと稔るように
続いてあなたに会いたい
延び続ける葛(くず)のつるが一旦離れて別れても
またつながるように、またあなたに会いたい。
あなたに逢う日は(葵の)花が咲くようにうれしい。


この歌には、
 黍(きび)に粟(あは)つぎ ⇒ 君に逢はつぎ
 葵(あふひ) ⇒ 逢う日

という掛詞になっている。

そう、
後(のち)も逢はむと 葵(あふひ)花咲く

から、「逢日(アフヒ)」に由来して、

葵(アオイ)になったという語源の説がある。

さて、この万葉集で歌われたこの歌の葵とは
冬葵(フユアオイ)のことだとされているが、
「日本の植物学の父」と称された
植物学者の牧野富太郎は
この万葉集で歌われた葵は立葵であると主張している。

さて、ちなみにこの立葵の学名は
Althaea rosea
 Althaeaは「アルテア属」で、roseaには、「バラのような」
という意味で、

Althaeaはギリシア語由来の古典ラテン語に由来し、
ギリシア語「althaia」は「althaino」(治療)が語源である。

Althaea roseaは、薬用の効果があるとされ、
その立葵が日本に伝わった古くから薬草として伝わって
きたという。

その立葵は、梅雨が始まるころの6月上旬に咲き、
梅雨明けのころの花の季節が終わるので、「梅雨葵」という
別名がある。

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たかが運動会の組体操で一体感の演出をさせる気持ち悪さ・・・続出する組体操での事故の背景と戦前の日本軍の失敗の背景には、非合理で非科学的な精神主義の悪弊の共通性を感じる

今日は、2015年(平成27年)6月9日 火曜日

このごろ各地の学校では運動会なる行事が行われているようだが、

美学者で大阪市立大学准教授の増田聡氏のツイートで

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

増田聡‏@smasuda
今日は子供の小学校の運動会だった。諸々面白かったが六年生の組体操の途中で
「仲間を信じて頑張った」的ポエムが延々読み上げられる演出には参った。
昔はもう少し体育会的にストイックな「競技」だったように思う(BGMもなかった)。
保護者向け感動コンテンツという位置づけが浸透しているのかしら

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

とあって、

「仲間を信じて頑張った」的ポエムが延々読み上げられる演出

というところを読んで、私は脊髄反射的に

うわ~!きもちわる~~~~

と嫌悪感を抱いた。

自分が30年前に運動会の組体操をしていた時には
そのような演出はなかったことなので、それゆえに
そのような演出に違和感を感じたのかもしれない。

組体操の練習を放課後の時間でもやっていて、
組体操の「蛇の皮むき」などやった記憶は残っているが、
ピラミッドの何段目を担当したか覚えていない。

つまり、あまり私個人としては、
別に組体操をやって達成感とか感動とか心に残るような
こともなかった。
そのようなこともあってか、
たかが運動会の組体操で、子供に
一体感の感動を強要させるようなポエムを読ませるなんて

バカか

と思ってしまう。
もし、自分の子供がいるとして、小学校でそんな気持ち悪いこと
させるのは止めてくれ!と思うだろう。

ただ、そのような嫌悪感、「一体感」や「感動」という名のもとに
教師達が作る集団圧力による空気で抑圧されるのだろなあ。

昨今、学校の運動会の組体操での重傷事故、最悪の場合は死亡事故が
続出しているという。

昨今の組体操での事故についての朝日新聞の特集において

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
人間ピラミッド、誰のための高みか? 反響を元に考える
朝日新聞 2015年4月6日05時13分


2月17日のオピニオン面で、内田良・名古屋大准教授は、学校の部活動のスポー
ツ事故が多発していると指摘しました。運動会の組み体操でも骨折事故が後を絶たないのに、
「感動」や「一体感」が優先されてリスクに目が向けられず、
スポーツ科学の知識が教育現場に浸透していない問題があると論じました。

 坂上康博・一橋大教授は、部活動の精神主義が戦前の兵士養成のための体育から受け継がれ、
第2次大戦後にむしろ強くなったと分析。日本社会では、
学校を卒業して初めてスポーツを楽しめるようになる特殊な状況が続いてきたと読み解きました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

と、識者の意見があったが、
「感動」や「一体感」という精神主義的な面を強調するあまりリスク対策が軽視されるというのは
まさに、戦前の日本軍が精神主義で非合理な作戦で兵士をたくさん死なせた
こと(インパール作戦など)と変わりないあと思う。

私が感じた嫌悪感の背景に、非合理で非科学的な精神主義に対するものがあったのだろう。

もし、自分の子供がいて、そのような非合理で非科学的な精神主義を運動会に
もちこむ教師がいたら、第2次大戦での日本軍の失敗を歴史の教訓に持ち出して、
その教師達を反面教師にして、非合理で非科学的な精神主義の問題点を子供に教えることに
なるだろう。


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3年連続、ケーキ屋さんの軒下の巣で、ツバメが子育て中・・・・夫婦のツバメが、ケーキ屋さん前を通りがかった猫にめがけて猛攻しかける

今日は、2015年(平成27年)6月8日 月曜日

2日前、雨上がりの朝、
西宮市今津の自宅マンションの
裏通りに出ると、
そこにあるケーキ屋さん前で
1羽のツバメが地上1メートル以下の
低空飛行をしながらけたたましく鳴いていて、
猫めがけて勢いよく飛び掛っていた。

そのケーキ屋さんの軒下にはツバメの巣があり、
子供が数羽いる。

つばめの巣 150606_0528~001
画像の赤丸内にツバメの子供がいる。

実は、ここのツバメの巣は
今年作られたものではない。

私が知る限り、
今津に引っ越してきた2年前からある巣である。
つまり、3年連続でこの巣をツバメが利用して、
子育てしているのである。

毎年、ツバメが巣立って、ツバメがいなくなっても
巣はそのままに残り、
また、翌年、その巣をツバメが子育てのため
使っている。

さて、今年もここで子育てをしているツバメは、
昨年も、ここを使ったツバメなのだろうか?
それとも、ここを巣立ったツバメなのだろうか?
それとも、それらとは無関係のここの巣を初めて
利用するツバメなのだろうか?

ツバメは巣立つとその年の秋まで日本にいて、
冬になると東南アジアなどの南方の国々の地で
越冬する。
そして、初夏のころまでには
日本に戻って、子育てをするのである。

ただ、ツバメは天敵などに狙われて、
特に巣立った子供のツバメなどの半年以内の生存率が13%と
厳しいものであるが、

もしかしたら、生き残ったツバメが
また同じツバメが、そのケーキ屋さんの軒下の巣を
使っていることもありえるかもしれない。

さて、私が、再びそのケーキ屋さんの前を通ると
今度は2羽のツバメが
ツバメが地上1メートル以下の
低空飛行をしながらけたたましく鳴いていていた。

すると、猫が近くに駐車していた車の下にもぐりこむ。
それでも、2羽のツバメが車の周りを鳴きながら
ぐるぐるまわって飛び続ける。
おそらく、その2羽は夫婦のツバメだろう。

すると、猫は車の下から出て、車から離れてどこか
いこうとして出てきたところを
2羽のツバメが猫めがけて飛び掛り、
猫は参ったといわんばかりに逃げていった。

ツバメの巣は、高い位置にあり、猫など地上の生物が
上がってくるには難しいところにあり、
猫はツバメを狙っていなくて、たまたま通りかかった
だけかもしれないが、
子供を守ろうとするツバメにとっては、警戒すべき
天敵である猫は追っ払いたかったのだろう。

実は、ツバメが人の住まいなどに巣を作るには理由がある。
人がいると天敵のカラスなど近づかないためだという。
つまり、ツバメは人間をガードマンとして利用している
ということになる。

さて、
ツバメの子育ての時期になると、
糞対策として、その巣の下の方に
ケーキ屋さんが、ダンボールの箱を吊っている。

ケーキ屋さんもそこを利用するお客さんも
ツバメの巣立ちを暖かく見守っているのだなあと思う。


このブログ内の関連記事

2014年6月 8日の記事
もうすぐ巣立ちかな・・・今年も自宅アパート裏のケーキ屋さんの軒先のツバメの巣から

2013年6月13日の記事
どうやら巣立ちしたようだ、1週間前に見た近所のパン屋のツバメの巣のヒナ達・・・半年以内の生存率が13%と厳しいが、来年も同じところに巣は作るかな

ツバメの巣がパチンコ屋の軒先に・・・人間はツバメの巣のガードマン

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♪~紀ノ川は 今日も輝く海に 変わらぬ 微笑浮かべ 夢見て流れる~♪・・・1970年代生まれ以前の和歌山県人なら、県民歌のような地元企業のCMソング

今日は、2015年(平成27年)6月7日 日曜日

現在42歳の私は、兵庫県西宮市に大学進学以来
20年以上住まいしているが、
高校卒業までは和歌山県御坊市に住まいしていたが、
1970年代生まれまでの和歌山県人であれば、
次の歌詞の曲は耳にしている人は多いはず。

♪~紀ノ川は 今日も輝く海に 変わらぬ 微笑浮かべ 夢見て流れる~♪

そう、テレビ和歌山で、長年
湊組グループ(和歌山市)のCMソングとして放送されて
きたものである。

それをネット上に
VOCALOIDソフトのキャラクター初音ミクに
その歌を歌わせているのを聴けるのが次のページにある。
http://www.ndbkm.com/watch/sm5396078

♪~紀ノ川は今日も輝く海に、
変わらぬほほえみ浮かべ、夢見て流れる
笑顔でこんにちは、
ふるさとにこんにちは、
明日のために~♪


と、もともとこの湊組グループのCM曲では、
デューク・エイセスが歌っていた。
(デューク・エイセスはNHK紅白に8回出場、
 「いい湯だな」、かに道楽のCMソングなどを歌っている)

この湊組グループCMソングは、
私が小学生のころには(1980年代前半)
テレビ和歌山でのCMで放送されていて、
もう耳にこびりついてしまった。
そのCMでは、地元の和歌山の老若男女の方々が出演していて、
そのCMを見ていた私の父が
「このおっちゃん、もうええ年になってるとちがうか」と
つぶやいていて、おそらく、もう私が小学生のその時には長年放送され
続けていたようである。

テレビ和歌山の開局が
1974年(昭和49年)4月1日であるので、
テレビ和歌山開局してまもないころから
その湊組グループCMソングが放送されていたのかもしれない。

ちなみに湊組グループは、和歌山市に拠点を置く
合資会社湊組を中心とする企業体で、
1941年(昭和16年)に
住友金属工業株式会社和歌山製鉄所の構内運搬
沿岸荷役作業の専属協力会社として創立し、
物流、倉庫、建設業を主な事業としている。

さて、和歌山県人ならよく耳にしていたこの曲について
曲名など知る人はおらず、歌詞に「紀ノ川」とあるので、

この湊組グループのCMソングを「紀ノ川ブルース」と言ったりしていた。

私がこの曲で印象に残っているのは、中学生か高校生初期のころ
だっただろうか。

地元の御坊の文化会館の小ホールで、
アマチュアのコピーバンドのライブがあって、
私もそれを見に行っていたのだが、
その時代の流行歌を演奏していたのだが、
ちょっと小休止したときに、そのバンドが

♪~笑顔でこんにちは、
ふるさとにこんにちは、
明日のために~♪


と歌いだし、
場内は大盛り上がりで、私も笑いつつ
楽しんだ。

その湊組グループのCMソングは
私が高校生のころには別に曲(現代のCM曲)に変わった。

まあ、それにしても、
湊組グループのこの初代のCMソングは
私の年代のころよりも上の和歌山県人にとっては
県民歌といってもいいいようなCMソングだと思う。

歌詞は、もう一番あったので、そえを含めて
歌詞を最後に掲載

♪~紀ノ川は今日も輝く海に、
変わらぬほほえみ浮かべ、夢見て流れる
笑顔でこんにちは、
ふるさとにこんにちは、
明日のために

子供らは 今日も笑顔で走る 
まぶしい 白い歯見せて あの山この海 
自然にありがとう 
ふるさとにありがとう
あしたの朝を~♪


テーマ:今日の1曲 - ジャンル:音楽


昼咲月見草(ヒルザキツキミソウ)・・・・昼間に咲く月見草

今日は、2015年(平成27年)6月6日 土曜日

西宮市今津の自宅周辺を朝歩きをしていて、
西宮の教育会館の
のフェンスに咲く花々を眺めると
昼咲月見草(ヒルザキツキミソウ)を見つけた。

昼咲月見草 150531_0606~001

昼咲月見草 150604_0537~001

昼咲月見草
アカバナ科マツヨイグサ属の多年生植物で、
宵に咲く月見草とは違って、
昼間でも咲くので、昼咲月見草と呼ばれる。

学名は、
Oenothera speciosa(オエノセラ・スペキオサ)

Oenothera(オエノセラ)は、
ギリシャ語の 「oinos(酒)+ ther(野獣)」
に由来していて、根にブドウ酒のような香りがあって、
野獣がそれを好むためということのようだ。

この昼咲月見草は、
北米原産の帰化植物で、
観賞用として輸入・栽培されていたが
昼咲月見草は丈夫で野生化している。

昼咲月見草は5月~7月にかけて咲き、
4~5cmぐらいの
薄いピンク色または白色の花びらを4つもつ。
その花の特徴として、
8本の雄蕊と、先端が十字型をした雌蕊がある。

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こんなところに銭湯の煙突が!西宮今津の自宅周辺を朝歩きしていると、銭湯発見!それは、大箇温泉という温泉法で温泉と定義される銭湯である

今日は、2015年(平成27年)6月5日 金曜日

先日、西宮市の阪急今津駅近くの自宅周辺を朝歩きをしていて、
津門大箇町(つとおおごちょう)辺りをぷらぷらと歩いていたところ
煙突を見つけた。

銭湯 津門 150531_0552~001

あれ、こんなところに銭湯があるのかあと思い。
その銭湯の正面にまわると

銭湯 津門 150531_0554~001
大箇温泉という名前の銭湯である。

銭湯 津門 150531_0555~001

それは天然温泉元湯で、
源泉名は「宮泉(みやみず)の湯」で、
地下700mからくみ上げているようで、
弱アルカリ性の単純温泉ということである。

単なる銭湯は、水道水を温めてお金をとって
湯貸しするということだが、

温泉法第2条で、
「温泉」とは、地中からゆう出する温水、鉱水及び水蒸気その他のガス
(炭化水素を主成分とする天然ガスを除く。)で、別表に掲げる温度又は物質を有するものをいう。

とあり、まあ、天然の自然から湧き出るお湯またはガスによる
お湯ということで、この銭湯は地下から湧き出る温泉水の湯を使っているので、
温泉法にあたり、温泉である。

大箇温泉のホームページを見てみると
この温泉に関するいろいろな説明がある。

平成13年(2001年)に、その場の地下を掘って
温泉掘削に成功して、その翌年に温泉での営業を開始したようである。

それ以前にも銭湯として営業してきたようで、
将来の銭湯に危機感を抱いて、温泉発掘をしようとなった
ということである。

掘削工事の空きスペースを確保するため、住居の一部を取り壊したという。
そのかいもあって温泉掘削に成功した。

深さを700mにしたのは、適当な水温の温泉水がとれること。
700mであれば、100m深くなるごとに3℃ずつ水温があがるので、
地上の温度が15℃ならば、45℃の温泉水が湧き出ることになる。

また、その深さは
単純泉の湧出が予測される深さ
からだったという。
なぜ、単純泉にしたのかというと、
塩分や鉄分が濃くて くせのある温泉よりも
毎日利用する銭湯なら、
あっさりした単純泉のほうが良いと考えたという。

さて、この温泉水は、弱アルカリ性だということだが、
弱アルカリ性であると、お肌にすべすべ感があるという。

また、兵庫県公衆浴場業生活衛生同業組合のブログの
兵庫の銭湯物語で、この大箇温泉の紹介


公衆浴場で元湯天然温泉と軟水を楽しめるのは”大箇温泉”だけです!!

と伝えている。

硬度成分(マグネシウム、カルシウム、金属イオン)が
極端に含まれない水を軟水であるが、
軟水であると、角質が取れやすく、
お肌ツルツル、肌あれ防止作用が期待などのエステ効果がある
とPRされている。

また、楽にやせる遠赤外線サウナというものをPRしている。

銭湯 津門 150531_0555~002

さて、この大箇温泉は毎月26日は「ふろ」の日ということで、
大人1人につき子供1人無料で、
200個のおもちゃのあひるが浮かぶという。



大箇温泉
料金 420円~550円 (大人1名)
大人(中学生以上)420円、小学生 160円、小学生未満 80円
サウナ利用は130円加算
住所 兵庫県西宮市津門大箇町7-17
TEL:0798-26-0217
営業時間 15:30~23:30
定休日 木曜日(祝日の場合は営業)
駐車場 あり


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近畿地方の2015年の梅雨入りを6月3日に発表・・・・6月3日の梅雨入りは過去に6回で、そして、そのうちひとつの梅雨明けは8月になった

今日は、2015年(平成27年)6月4日 木曜日

近畿地方では、
昨日、未明から朝にかけて強い雨が降っていたが、
昨日、梅雨入りが大阪管区気象台から発表された。

梅雨入り日は昨年と同じ6月3日である。
(実は昨年の梅雨入りは6月4日に発表されたが、
 確定日は6月3日である)
また、平年よりも4日早い梅雨入りである。

1951年(昭和26年)の統計開始以来、
近畿地方で6月3日が梅雨入り日の年とその時の
梅雨明け日は

1971年(昭和46年) 7月28日
1972年(昭和47年) 7月18日 
1995年(平成 7年) 7月23日 
1999年(平成11年) 7月22日 
2009年(平成21年) 8月 3日 
2014年(平成26年) 7月20日 

と、過去に6回あり、
梅雨明け日は、およそ7月中旬から下旬であるが、
なかには8月3日と最も遅い梅雨明け日になったこともあった。

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梅雨関係のリンク

梅雨の語源・梅雨発生のメカニズム
梅雨 ~梅の実が熟す頃の長雨は、ジェッ
ト気流とヒマラヤ山脈・チベット高原の高山によるもの


梅雨時の大雨から生まれた言葉
集中豪雨はマスコミの造語

2014年の梅雨明け
2014年の近畿の梅雨明けは、梅雨明け平年日に発表される・・・過去に7月21日の梅雨明けは何回あったか

2014年の梅雨入り
近畿の2014年梅雨入り日は6月4日・・・近畿で6月4日が梅雨入り日になるのは統計開始以来初めて

2013年の梅雨明け
2013年の近畿の梅雨明け日は、一昨年と同じ日で統計史上3位の早さ、今年の梅雨は雨量少なめで、梅雨入り日の確定日が変更になるかもしれない

2013年の梅雨入り
近畿の2013年の梅雨入りは5月28日・・・さて、これまでの梅雨入りで、何番目に早い梅雨入りでしょうか?

2012年の梅雨入り
2012年、大阪市で真夏日初日になった翌日に近畿地方の梅雨入りが発表される・・過去10年の真夏日初日と梅雨入り日を見てみる

2012年の梅雨明け
2012年の近畿の梅雨明けは7月17日・・・1984年の梅雨入り日と梅雨明け日と同じになった、ところで、関西の揚水発電所付近の梅雨期の雨量はどうだったか


2011年の梅雨入り
2011年、近畿で5月26日と過去2番目に早い梅雨入り・・・台風も近付いているが、大雨とそして、福島原発方面への接近も気になる

2011年の梅雨に関して、

2011年5月30日
台風育ちの温帯低気圧が嵐をもたらした・・・・近畿で、台風から温帯低気圧に変わった後に、最大瞬間風速を記録

2011年6月20日
梅雨時の雨の日の月曜日

2011年の梅雨明け
近畿、過去3番目に早い梅雨明け、平年よりも梅雨入り・梅雨明けが約2週間早く、それだけ真夏が早まった・・・・ちなみに最も早い梅雨明け日は・・・

2010年の梅雨入り
2010年の梅雨入りは平年よりも7日遅い6月13日だった・・・・さて、最も遅い梅雨入り日は何日でしょう

2010年の梅雨明け
昨日(7月17日)に、近畿の梅雨明け発表・・・今年の梅雨は雨の日と雨量が多い梅雨だったなあ

2009年の梅雨明け
近畿地方、2009年の梅雨明けは8月3日と最も遅く・・・・阪神間は、8月の最初の2日間に、梅雨末期の集中豪雨が降った


梅雨末期の大災害
長崎大水害の日~咄嗟の判断・命を救ったカーテン

1953年7月18日 ~ 和歌山県地方を襲った大水害の日

梅雨前線を作るジェット気流が西風になる理由は?
コリオリの力~地球の自転によって、ジェット気流が西風になる

梅雨時の花といえば
移り気な紫陽花は七変化して成長する

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西暦1615年6月3日(和暦 慶長20年5月7日)、大坂城炎上落城す・・・1467年の応仁の乱から始まった戦国乱世が終焉す

今日は、2015年(平成27年)6月3日 水曜日

今から400年前の今日の
西暦1615年6月3日(和暦 慶長20年5月7日)は
大阪夏の陣により大坂城が炎上落城した日である。

豊臣家排除を考えていた江戸幕府の初代将軍であった
徳川家康は、方広寺鐘銘事件で
鐘に彫られた「国家安康」「君臣豊楽」の文言に関して、
家康から解読依頼を受けた儒学者の林羅山は「家康呪詛の意図がある」と
家康に伝えた。

そのようなこともあり
前年の西暦1614(慶長19年)に
大阪冬の陣が勃発し、この時の和議で
豊臣家の大坂城の外堀が埋められることとなった。

しかし、翌年になって、
豊臣家に不審な動きがあると
徳川家は開戦の準備に動き、
豊臣家も開戦は避けられないと
外堀が埋められた大坂城の篭城戦では勝ち目なしと
考え、野戦で一気に敵方の総大将の家康を討つ作戦を立てる。

そして、
西暦1615年5月25日(和暦 慶長20年4月28日)
大坂夏の陣が開戦
道明寺・誉田合戦、八尾・若江合戦などで
豊臣軍は破れ、
そして、西暦1615年6月3日(和暦 慶長20年5月7日)に
最後の決戦となる天王寺・岡山の戦いが始まる。

豊臣軍は、真田幸村、大野治房、明石全登、毛利勝永らが
作戦会議の結果

右翼として真田隊、左翼として毛利隊を四天王寺・茶臼山付近に布陣し、
射撃戦と突撃を繰り返して家康の本陣を孤立させる。
そして、明石全登の軽騎兵団を迂回・待機させ、
合図と共にこれを急襲・横撃させる。

しかし、いざ、戦いが始まると
左翼の毛利隊が合図を待たずに発砲し、作戦は水泡になった。

そこで、真田幸村は
「今はこれで戦は終わり也。あとは快く戦うべし。狙うは徳川家康の首ただひとつのみ」
と、真田幸村率いる真田軍は
一気呵成に真一文字に家康本陣に突撃を敢行する。
その勢いは凄まじく、
10部隊以上の徳川勢を蹴散らして本陣に突入。
あまりの急な攻め込まれように、
家康の己の所在を明示するため馬印が倒れ、
家康は自害を覚悟した。
また、毛利・明石・大野治房隊などを含む豊臣諸部隊が全線にわたって奮戦し、
徳川軍は総崩れ状態になる。
ただ、数に勝る徳川軍は体勢を立て直し、真田幸村は追い詰められ討ち死にする。
唯一戦線を維持し続けた毛利勝永の指揮により、豊臣軍は大坂城内に総退却するが、
冬の陣で堀を埋められた大坂城は裸同然で、徳川軍が城内に侵入する。
そして、大坂城本丸内部で内通者によって放たれた火の手により、
天守閣も炎上。炎上する天守閣の炎により大坂の夜の空は照らされ、
京都からも大坂の夜空が明るく見えたという。
そして、西暦1615年6月3日(和暦 慶長20年5月7日)の深夜には
大坂城は落城した。
翌日には、豊臣方の豊臣秀頼と淀君は自害。
大坂夏の陣は終戦し、
西暦1467年の応仁の乱から始まった戦国乱世は
ここで終焉した。それは
武器を偃(ふ)せて武器庫に収め、
長く続いた戦国時代の終わりと平和の始まりを意味するで
「元和偃武(げんなえんぶ)」と呼ばれ、
元号も「元和」に改元された。

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大金鶏菊(オオキンケイギク)、金鶏のような綺麗な黄色の花を咲かすこの花、人間の都合で日本で持ち込んだのに、繁殖力が強すぎると悪者扱いされて・・・

今日は、2015年(平成27年)6月2日 火曜日

西宮市今津の自宅周辺を朝歩きしていると
ある空き地一面に広がる大金鶏菊(オオキンケイギク)が
目に入る。

大金鶏菊 150515_0551~001

もう、この半月ほど強く咲き誇ったままである。

大金鶏菊(オオキンケイギク)は
北アメリカ原産で、キク科の多年生草本である。
明治時代の1880年代に、鑑賞用植物として
日本に持ち込まれてきたようである。

大金鶏菊は強靭で、荒地であってもよく生育するので、
道路の法面緑化等に使用されていた。

大金鶏菊は再生力が強く
刈り取りに耐え、種子は数年生存できるような
強靭さをもつ。

それゆえ繁殖力が強く、
大金鶏菊がそこに定着してしまうと
従来そこで繁殖している野生植物の
生育場所を奪い、周囲の環境を大きく変えてしまうため
平成18年(2006年)に
外来生物法に基づく特定外来生物に指定されて、
生きたままの運搬や栽培、譲渡などが原則として禁止された。

また、日本生態学会により日本の侵略的外来種ワースト100に選定
されている。

それにしてもなんだかなあ。
もともとただ、鑑賞したいという人間の都合で
日本に持ち込まれ、かて、道路の法面緑化等散々利用しておきながら
「ワースト外来種」という「悪者」のレッテルを貼るというのも
いかがなものかね。

それにしてもただ繁殖力が強く、国産種が駆逐されかねないという
ことで、悪者外来種扱いといことだけど、
例えば、お米の稲というのは弥生時代か縄文時代に日本に持ち込まれた
外来種で、稲作が持ち込まれたことで
自然環境が変化していると思うし、
それによって他の植物の生育が変わったりしなかったのだろうか?

そう思うと、大金鶏菊も外来種とはいえ、
もう100年以上も日本の野生に定着していると
日本になじんだ植物であり、それを悪者扱いするとは・・・。
まあ、変化のスピードを抑制するために規制することは理解できるけど。

ちなみに、大金鶏菊は、金鶏菊に「大」がついているが、
「大」のつかない金鶏菊がある。
大金鶏菊と金鶏菊の違いは、花の中心部に紫の縁取りがあると
「大」ではない金鶏菊で、
金鶏菊が一年草であるが、大金鶏菊は多年草である。
また、大金鶏菊の方には花びらに切れ込みがある。

金鶏菊の名前の由来には、
花の形が鶏の鶏冠(とさか)に似て、その色が金色に輝いているように
見えるからとか、
花の色が黄色の鳥の金鶏に見立ててたからという
諸説がある。

金鶏菊で検索すると画像は、多くは
大金鶏菊の画像が出てくるので、
金鶏菊と言えば、大金鶏菊の花を思いつくのが
一般的になっていそうである。


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口永良部島と箱根山の噴火から、過去のとてつもない大噴火をふりかえる・・・四国の縄文文化を絶滅させた大噴火と神奈川県の大半が火砕流に覆われた大噴火

今日は、2015年(平成27年)6月1日 月曜日

先日、
鹿児島県の口永良部島の新岳で爆発的噴火が発生し、
それに伴い海まで流れる火砕流も発生した。
それにより、口永良部島の住民100名以上が
近くの屋久島に避難した。

さて、私はその噴火で思い出したのは
その口永良部島と本土の薩摩半島の間にある
薩摩硫黄島周辺海域海底にある
鬼界カルデラという火山のことである。

南九州のカルデラマップ clip_image002

その鬼界カルデラが今から約7300年前の
縄文時代にとてつもない大噴火を起こし、
現在の鹿児島県本土の多くの地域を火砕流で
多いつくし、その時の縄文文化は絶滅したと
考えられている。
また、その時の噴火の火山灰で、
九州・四国地方で25~30cm、
中国・近畿地方は15~20cm、
東海地方約10cmの厚さで降り積もった。

それにより、食料調達などが困難になり、
四国の縄文人も絶滅したと言われ、
縄文初期の遺跡や遺物が西日本であまり見られず、
東日本に集中しているのは、
その約7300年前の鬼界カルデラの大噴火が
原因だと考えられている。

さて、噴火活動で最近、箱根山の火山活動が
活発になっているが、
箱根山は6万年前に、先に説明した
約7300年前の鬼界カルデラ噴火よりは規模は
小さいが噴火だが、それでもとてつもない噴火をして、
火砕流が現在の横浜市まで到達したという。
もし、今、そのようなことが発生すれば、
あっという間に神奈川県民の数百万人が亡くなる事態となる。
ただ、現在の箱根山ではそのような噴火は考えられないようだが、
箱根山の芦ノ湖周辺などおカルデラ内部での大きな被害をもたらす
噴火は3000年ぐらいの周期で発生しているようである。

さて、先に説明した
約7300年前の鬼界カルデラ噴火のような
巨大噴火は日本列島において
過去12万年の間に17回発生していて、
単純平均すると7000年に1回、日本列島のどこかで
とてつもない巨大噴火が発生していることとなる。
そう考えると、前の日本列島における巨大噴火が
約7300年前の鬼界カルデラ噴火なので、
いつ現在の日本列島でおきてもおかしくないとなる。
それらの噴火は、
青森県の十和田湖以北と九州に偏っているが、
もし、九州で発生すれば、
日本列島全体に大量の火山灰が降り注ぎ、
経済活動は滞り、物流が停滞し、そして、
農作物の生産が壊滅的になるので、
日本国内で食料危機になる可能性がある。

図は巨大噴火に埋もれていた幻の縄文文化より一部改変

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