言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
語源や考えたこと、お気に入りの歌や発想法、雑学など、政治経済社会の時事ネタも書いたりしています。また、楽習社とは私の脳内にある架空の企業です。現実世界での所属組織や職業が変わろうとも、生涯、理系・文系を問わず、古今東西の学問を楽習(がくしゅう)して、生きていきたいので、架空の企業名を勤務先にしています。その会社を退職する時は私の人生が終焉する時です。.

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世の中の森羅万象のことに好奇心を持つものです。
いろいろの世の中をことを知り、いろいろ言葉を
つづっていきます。
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しがらみ、その語源・・・川を塞き止めるものから

「しがらみがあって、思うように動けない」と
自由な動きを制約され束縛される状況をあらわす表現として
「しがらみ」が使われる。

「しがらみ」を漢字表記すれば、「柵」と書く。

その「柵」とは、もともとは、
水流を塞き止めるため川の流れの中に、
杭を一定の距離間隔に打ちつけて、
それに竹や柴などをからみつけたものである。

その柵の様子から転じて、
自分が生きていくなかで、自分にまとわりついて
自由な動きを制約して束縛するものという意味で
使われるようになった。

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テーマ:語源 - ジャンル:学問・文化・芸術


TPPでの著作権をめぐるミッキーマウス(アメリカ)とコミケ文化(日本)の攻防・・・えっ、TPPで和歌の本歌取りが刑事罰に対象になるかも!!・・・TPPをめぐる深刻な問題が秘密交渉で進められている

今日は、2015年(平成27年)2月27日 金曜日

TPP(環太平洋連携協定)に関して、
農産物分野の関税に注目が集まっているが、
他に重大な問題をはらむ分野として、
TPPでの著作権の取り扱いに関して、
文化の発展を阻害し、
また、クールジャパンの文化産業の
日本ならではの潜在力の源泉を脅かしかねないような
交渉が進んでいる危険性を帯びている。
まあ、特に、TPPがアメリカの主張のまま
ごり押しが通ってしまうと、
オタク文化の二次創作で成りなっているコミケを
衰退させかねない。
二次創作の文化というのは
日本古来からの伝統で言えば、和歌の本歌取りから
通じるものでもあるが、
もし、TPPの著作権ルールがこのまま
成立してしまったら、
極端に聞こえるかもしれないが、
もし、アメリカ人が和歌を作って、
そのアメリカ人の和歌を本歌取りで
作ったら、理論上、著作権法違反で
刑事罰を受けることが可能になってしまう
恐れがあるのだ。

さて、なぜ、そのようなことが
起こりる危険性を帯びているのか?

それに関しては、
ビデオニュースドットコム
マル激トーク・オン・ディマンド 第724回
「社会を破壊するTPPの著作権条項に注意せよ」
(2015年2月21日)
で、
ゲストスピーカーで出演していた
弁護士の福井健策氏が詳しく説明していた。

特に、アメリカ政府が求めている
著作権の権利を権利者の死後70年までに延長すること、
著作権侵害の非親告罪化することである。

現在の日本では、
著作権の権利の期間は権利者の死後50年である。

ただ、その著作権の権利者の期間が長いとどのような
ことが発生するか。
例えば、日本で青空文庫という夏目漱石などの
過去の偉大な文豪の作品が全て掲載されているのは
著作権が切れていて無料でネット上で見ることが
できるのだが、もうすぐ死後50年になるような
作家の著作権が延長されたりして、青空文庫で
無料で見ることができる期間が先延ばしになる。

また、いざ著作者が亡くなった著作物を使って
ビジネスをしようとしても、
この著作権の死後の権利の引継ぎで
権利者が幾人にも相続されていれば、
誰が権利を保有しているかわかりにくくなり、
結局、その著作物が使われなくなり、
死蔵されてしまうという文化的損失をもたらす恐れがある。
それゆえ、50年の期間を短くしようとう議論が
アメリカ国内でもあるが、
なぜ、アメリカ政府は70年に期間を延ばすことを
主張しているのか。

それは、過去の名作からいろいろキラーコンテンツを持っている
ディズニーやハリウッドなどの映画産業の団体が
著作権の権利を長くすることで利益を得るため
アメリカ政府にロビー活動をして、それにより、
TPP交渉でアメリカ政府は各国にそれを受け入れるように
求めている。
著作権の権利期間が延長されれば
ディズニーに取って有利になるので、
この条項のことは俗に「ミッキーマウス条項」と言われたりしている。

そして、アメリカ政府が求めている
著作権侵害の非親告罪化が
日本の文化活動、例えば、二次創作が多い
コミケなどを萎縮させる恐れが危惧されている。

現在の日本では
著作権侵害の刑事罰の適用は
著作権の保有者が、著作権侵害を訴えることによって
成り立つ親告罪であるが、
アメリカ政府はそれを非親告罪化しろと言っている。

例えば、アメリカ資本が権利を持つ著作物が
日本国内で、著作権侵害があれば、権利者が告発しなくても
行政当局が強制捜査できることとなる。

さて、日本の場合問題なのは、
アニメをパロディにして二次創作をしている作品を
売り出して盛り上がっているコミックマーケット(コミケ)である。

コミケの二次創作作品は
著作権侵害でグレーゾーンであるように見られているが、
著作権者のアニメ作家などは、
黙認して、あまりに度の過ぎたものでなければ訴えたりは
していない。

そのような二次創作はアニメフアンのコミュニティを活性化させ
そのアニメの人気継続に貢献するし、
また、版権を持つ出版社なども、そのような二次創作をする
コミケ出展者のなかから次のアニメ作家などが育つ可能性を
見込み、訴えたりしていない。

そのような日本のあうんの二次創作文化が
TPPで、アメリカの要望により、
著作権侵害の非親告罪化が適用されると、

権利者は全く気にしていないのに、
権力側が摘発に動くことが可能となり、
それを恐れて、コミケの二次創作活動が萎縮し、
それが結果的にクールジャパンのアニメのクオリティを支える
基盤を崩してしまうリスクが出てくる。

また、二次創作というのは和歌の本歌取りでも見られることであり、
理屈の上では、著作権侵害の非親告罪化により
和歌の本歌取りが権力側から摘発することが可能となってくる
恐れがある。

この萎縮問題は、オタクの二次創作に限った問題でない。
例えば、報道でのYouTubeなどのネット上にアップされた
動画利用にも及んでくる。
例えば、昨年の御嶽山の噴火で、山頂付近の登山者が
スマートフォンで移した噴火の瞬間の動画をYouTubeにアップ
していた動画をマスコミが使っていたが、緊急性が高くて
視聴者に実情を伝える公益性をかんがみて、
動画アップ者の許可を得る手続きを省いても放送することは
意義があると思うが、それが著作権の許可を得ず
放送することは著作権法違反で
権利者が訴えなくても権力側が訴追することが
理屈の上では可能となってしまう。
それが政府に批判的な放送局であればあるほど、
恣意的に著作権法を運用して、摘発することが起こりえるかもしれない。
そのようなことを恐れ報道各社が
フェアユース規定のない日本では
報道して公益性があると思える内容の動画を
報道することを躊躇する可能性が出てきて、
視聴者に伝わるべき情報が提供できなくなる恐れもある。

それらのような問題をはらむ
TPPでのアメリカからの著作権に関わる主張に対処するため
弁護士の福井健策氏は、
著作権権利の死後70年に延長に対しては、
著作権登録作品のみにすること、
非親告罪化に関して、
1回目だけは親告罪にして、2回目以降は非親告罪でも可と
することで、かなり、この問題に引き起こされる
萎縮効果を抑制ができるという。

しかし、日本政府がTPPでそのような交渉をしているかどうか
わからない。
それは、TPP交渉は秘密交渉になっているからだ。
国民生活にいろいろ影響を及ぼすような条約交渉の内容
が秘密で進められるという非透明性は民主主義国家であるまじきこと
だと思う。
いざ、条約が締結して、国会批准になった時に
条約内容が公開されるが、あるひとつの部分に重大な問題があっても
TPP条約成立を優先させるため、国会で批准せざる得なくなり、
条約は国内法よりも優位となるため、
TPP導入によって、社会に大きなデメリットが生じても
変えることができないという事態が発生する恐れがある。

そのうちのひとつがこの著作権問題である。


テーマ:TPP - ジャンル:政治・経済


石焼きいもを久々に食べ、焼きいもの歴史をみてみる・・・石焼いも屋は戦後に登場、元祖はラーメン屋からの転業だったそうだ

今日は、2015年(平成27年)2月26日 木曜日

先日の当ブログの記事
自宅近所でコロッケ売っているところに初めて気がついた・・・・プータロー生活になって、近所の発見があるなあで、

近所のコインラインドリー近くにある介護タクシー屋で、
コロッケを売っていることについて書いたが、
昨日、そこを通りかかると、石焼いもを売っていたので、
買って、自宅で食べた。

焼いも 150225_1608~001

もう、焼いもなんて食べるのは何年ぶりだろうか、
前に食べたのをいつかを忘れるくらいの久々の焼いもである。

さて、ところで、石焼きいもなるものが
出現したのは第2次世界大戦後だとされる。

さて、焼いもそのものは、江戸時代からあった。
サツマイモが江戸時代に日本に伝わり、
飢饉対策として広がっていくが、
焼いもで売られるようになった。
当時は、土で作った釜戸の底に
その底に重い木を蓋にして蒸し焼きで、
丸焼きにして売っていた。

明治時代になって、東京では
米の価格がたびたび高騰することがある
一方で、芋の価格は変動が小さかったため
庶民は焼きいもでおなかを満たしていて、
焼きいも屋は繁盛した。

しかし、大正12年(1923年)の
関東大震災で、下町に多くあった焼いも屋は
焼失した。
また、その時の震災復興の流れで、
古いものよりも新しいものが好まれ、
古いもの扱いされた焼いもは売れなくなった。

しかし、焼いも業を続けたいと思った方々は
つぼ焼きという形で焼きいもを売り続けた。

つぼ焼きは中国から伝わり、
昭和初期には関西から全国に広がっていった。
そのつぼ焼きスタイルの焼きいもが新しいものとして
消費者に受け入れていった。

また、売り手にとっても、
釜焼きであれば釜の場所を取ってしまうが、
つぼ焼きであれば釜よりも壷は場所を取らないので
都合が良かった。
また、焼いも専業の店でなくても
駄菓子屋や雑貨屋がちょっとした商売として
場所を取らないつぼ焼きの焼きいもを売っていた。

しかし、第2次世界大戦で、日米開戦に突入した後、
さつまいもは政府の統制商品となり、
自由に売買できなくなり、焼きいも業ができなくなった。
そして、戦災で、かまど焼きとつぼ焼きの焼きいも屋は
廃れていった。
戦争が終わってもすぐには統制が解除されず、
サツマイモが統制解除されたのは昭和25年(1950年)であった。

そのような中、登場したのが石焼いもである。

石焼いもを始めたのは、もともとラーメン屋をしていた
東京都墨田区にいた三野輪万蔵さんだという。

三野輪万蔵さんが50代ぐらいのころに石焼きいもを
はじめた。
釜に熱した石を入れて、それで均等にサツマイモを
蒸し焼きにする方法である。
そして、それをリヤカーで移動式で販売するという
従来の焼きも屋とは違う販売方法であった。

ただ、釜や多くの石などで重いので、
普通のリヤカーでは耐久性がないので、鉄工所に
特注して石焼いも販売用のリヤカーを作ってもらった。

リヤカーで移動販売する石焼もは瞬く間に
東京に広まった。

石焼いもの販売方法で、親方が販売道具一式を用意して、
売り子に販売させていた。
特に、特に石焼いもの発案者の三野輪万蔵さんは別格だったようで、
昭和40年代前半の最盛期には、40~50人の売り子がいたという。

リヤカーの移動方式の石やきいも屋が少なくなったが、
現代では、スーパーの軒先で販売されたり、
また、家庭用石焼きいも器が売り出されている。

テーマ:雑学・情報 - ジャンル:学問・文化・芸術


わが脳内企業である「楽習(がくしゅう)社」でのライフワーク(人生作品)にしたいこと・・・量子力学、日本論、意識、言語など

今日は、2015年(平成27年)2月25日 水曜日

ここ長らく自分が興味を持って読んでいる書籍などの
ジャンルは

・量子力学から超ひも理論
・日本文化、日本語論、日本の思想、西田哲学
・意識に関すること

ということだろうか?

これらは全く関係なさそうで、
私の中の思考のネットワークではリンクしている。

私は、日本に生まれ、日本語で思考する。
まあ、1990年代中期以降、
アメリカ発の経済思想が日本の言論世界を席巻していく
中で、感じた違和感が、私を日本的なものへの探求に
向かわせたひとつの契機である。

そして、私は自分の人生の中で、
海外に出て仕事をすることはないようにも思え、
そうであるならば、日本というものをもっと深く
知っていきたいと思った。

現代日本で日常的に使われている言葉で、
仏教や日本の伝統芸能に由来する単語は多く見られる。

「挨拶」「行儀」「旦那」「ジャンケン」などは
仏教から派生した言葉であり、

「打ち合わせ」「音頭を取る」などは雅楽など
日本の伝統芸能から派生した言葉である。

そのような単語がある日本語が
漢字とひらがなとカタカナという
1つの表意文字と2つの表音文字からの
混成という世界でも稀な言語であるが、
そのような日本語を使って、
どのような文化が作られ、思想が歴史的に
変遷してきたのか、
それらが私も含めた現代の日本人にどのような
影響をもたらしているのかなどに興味がある。

そして、近代日本の最大級の哲学者といえば、
西田幾多郎である。

西田幾多郎が、経験、行為、意識について
いろいろ考察して、「絶対矛盾的自己同一」という難解な
言葉を生み出したりしているが、
いろいろ示唆に富んでいて面白い。

私は、量子力学をかじっているが、
何か、西田哲学に関する書籍を読みながら、
私の中では、西田哲学と量子力学のつながりを
感じてしまう。

量子力学を知っていくうちに、
いかに「虚数」という数字は偉大な数字であるか
感じた。
「虚数」の物理学的な意味についてもっといろいろ
知りたいなと思った。

個人的にだが、
量子力学で説明される真空のゆらぎと
日本文化での「おもかげ」と「うつろい」の世界観との
関係性について思ったことがあった。

さて、日本語など言葉というのは意識から生み出されたり
するが、その意識と量子力学の関係について
いろいろな学者さんの書籍を読んだりしている。

その中で、「意識的電磁場」という言葉が使われている
書籍があり、興味深く何度も読み返している。

専門の学者でもなく
長年ワーキングプアで過ごし、現在無職で、
次にどんな職業に就くかわからない私にとっては、
これらのことをまとめて体系的に論理的に
理論を作ることなんてとうていできない。

遺産で暮らしていけた哲学者のデカルトがうらやましく思えるが、
そのような私の人生を過ごしてきているがゆえに、
それらのことを自分の人生の軸としてのライフワークにして
いきたいなと思っている。
ライフワークと言っても、それで収入を得るわけでなく、
ワーク(work)には作品という意味もあるが、
自分なりの思考の作品みたいなものを作れたらいいかもしれない。

それらの学習分野が、私の脳内企業の「楽習(がくしゅう)社」の
主要事業にしていきたい。


このブログ内の関連記事

日本文化に流れる「おもかげ」の世界観と現代物理学で説明される真空のゆらぎによる「電子と陽電子の対生成」の類似性

テーマ:思うこと - ジャンル:学問・文化・芸術


消費増税の負の影響は、データを見ると、前回増税時よりも大きい・・・・経済誌で消費増税のマイナス面の意見を述べる専門家の意見を載せたがらない動き

今日は、2015年(平成27年)2月24日 火曜日

消費税増税による経済への負の影響についての議論が、
あまりマスコミで少ないのではないかという印象を個人的に
抱いていたが、それが経済雑誌にもあるようなことが
ある学者さんのブログに記載されていた。

それは、社会保障改革の経済学を研究されている
学習院大学教授・鈴木亘氏のブログである。

日経新聞の本年2月20日の
「大機小機」に掲載されていた内容を受けて書いた
鈴木教授のブログ記事を引用する。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
消費税引き上げの負の影響に触れるのはタブーなのか? 学習院大学教授・鈴木亘のブログ
(2015年2月21日21時19分)


実は、消費税の負の影響について、論壇で触れることができないと言う点に関しては、
筆者自身にも、若干の経験がある。だいぶ以前の話になるが、ある雑誌からの依頼原稿に、
次のような記述を入れたところ、なんと掲載を断られたのである。

しかたがないのでその雑誌への掲載をあきらめ、別の雑誌の原稿にこの記述を
使おうとしたところ、またしても、「この部分をカットして欲しい」という
ダメ出しがあった。両方とも、有力な経済雑誌であったため、
本当にびっくりしてしまった。

「量的・質的金融緩和を中心とするアベノミクスにより、順調に景気回復・
デフレ脱却を進めてきた日本経済であったが、昨年4月の消費税引き上げにより、
再び大きな変調に見舞われている。政府は今年度の実質GDP成長率をマイナスと
見込んでいるが、実際にそうなれば、
これは外発的ショック(石油ショック、アジア金融危機、リーマンショック等)
由来のものではなく、
政府自らの内発的ショックによってもたらされた戦後初めてのマイナス成長となる。
税収の高い所得弾力性を利用した財政再建も進められず、
まさに人災としか呼びようのない「大失策」と言える。

 こうした中、衆院解散という安倍首相の決断により、今年10月に予定されていた
消費税の再引き上げが回避されたことは、誠に不幸中の幸いであった。
財務省の根回しによって政官業・マスコミに張り巡らされていた
「消費増税コンセンサス」であったが、その包囲網を突破した
安倍首相・官邸の政治手腕には高い評価が可能である。

 今回の教訓として学ぶべきことは、デフレ脱却と増税による財政再建と
いう二兎を同時に追うことは不可能ということだ。アクセルとブレーキを
同時に踏む行為は実に無益である。まずは、デフレ脱却をしっかり実現
した後に、本格的な財政再建に取り組むべきだ。名目成長率が高まれば、
税収増によって財政が大幅に改善するボーナスが見込める。
ここしばらくは、アベノミクスに集中すべき局面だ。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ということであるが、何が何でも消費増税を達成したい
財務官僚が「ご説明」ということで、
マスコミ関係者や識者などにいろいろ増税賛成派を増やすことに
一生懸命だったということであるが、
その影響か、私が異様さを感じたのが
民主党政権の野田内閣が公約違反の消費増税法成立に突っ走った時、
大手新聞社がほぼ全て増税に賛成で、
民主主義に反するような公約違反の政策を進めていたことである。

また、増税しても影響は一時的で、識者の中には
「増税でいったん落ち込んでも、すぐにV字回復」すると言っていたり
したが、内閣府からの四半期ごとのGDP成長率が
2期連続でマイナス成長となった。

2四半期連続のマイナス成長は国際的に見れば、
「景気後退」と判断される状況である。

そして、昨年の9月から12月の四半期のGDP成長率は
前期に比べてプラスに転じたので、消費増税の影響は和らいだという
意見もあるが、さて、回復力はどうか?

それを、2013年の9月から12月までの四半期ごとのGDPや
同期間ごとの民間消費状況の数値である
「形態別国内家計最終消費支出」を見てみたい。
(いずれも内閣府公表の数値である)

どうして、2013年の9月から12月からの数値を見るかと言うと
消費増税直前の2014年1月から3月の数値は駆け込み需要で、
GDPが増えるからである。

数値はいずれも「実質」である。
各四半期ごとを次の数字記号で表記する。

①2013年 9月から12月
②2014年 1月から 3月
③2014年 4月から 6月(4月1日消費増税実施)
④2014年 7月から 9月
⑤2014年10月から12月

①~④までは確定値、⑤は速報値。
数値は年率

それぞれの四半期の実質GDPを見てみる。

① 527兆9978億円
② 535兆 995億円
③ 525兆9021億円
④ 522兆8521億円
⑤ 525兆7549億円

ということである。

⑤は①よりもマイナス0.4%で、
駆け込み需要直前の時の数値にはまだ回復していない。

さて、消費増税の影響をもろにうける
消費状況を知るため
「形態別国内家計最終消費支出」を見てみる。

さて、そのうち最初に
「国内家計最終消費支出」を
同じ期間の四半期ごとに見てみる。

① 307兆5241億円
② 314兆4768億円
③ 298兆2763億円
④ 299兆1637億円
⑤ 300兆2040億円

ということで、
⑤は①よりもマイナス2.4%で
GDPよりもマイナス成長が大きくなっている。

さて、国内消費で
「サービス消費」を見てみる。
サービス消費には、
通信・運輸・金融・教育などのサービス、
飲食などが含まれている。

① 170兆4786億円
② 170兆8133億円
③ 169兆3157億円
④ 168兆7498億円
⑤ 169兆6023億円

ということで、
⑤は①よりもマイナス0.5%である。
さて、サービスのマイナスの幅は小さいと思えるかも
しれないが、
前回の消費増税の1997年4月の時で
先程と同じように四半期ごとの数値を見てみる。
1996年の10月から12月の四半期から
1997年の10月から12月の四半期まで

① 146兆3143億円
② 149兆 526億円
③ 147兆3196億円(消費増税)
④ 149兆3324億円
⑤ 150兆1010億円

ということで、
⑤は①よりもプラス2.6%であった。

このように見てみると、
前回の消費増税の時は、サービス消費は回復力が
大きかったのに、
今回の増税では、サービス消費は
マイナスのままで回復力が弱いことがうかがえる。

次に今回の増税時の
食料品などの非耐久財消費の数値を見てみる。

① 71兆 297億円
② 72兆1809億円
③ 67兆3986億円
④ 68兆9839億円
⑤ 69兆 638億円

⑤は①よりもマイナス2.8%である。
さて、前回増税時ではそれはマイナス1.4%で、
食料品など日常品の消費が含まれる非耐久財でも
今回増税の方が前回増税時よりも
マイナスが大きくなっている。

次に今回の増税時の
衣服などが含まれる半耐久財の消費の数値を見てみる

① 23兆2313億円
② 24兆8987億円
③ 21兆7033億円
④ 22兆4435億円
⑤ 22兆3462億円

⑤は①よりもマイナス3.8%である。
一方で、マイナス幅は前回の増税時よりは小さい。

次に今回の増税時の
自動車やパソコンやAV機器などの家電製品が含まれる
耐久財の数値を見てみる。
耐久財はひとつの商品当りの単価が大きく、増税の影響が
出やすい項目である。

① 48兆4655億円
② 54兆8137億円
③ 44兆4760億円
④ 42兆5535億円
⑤ 42兆8699億円

⑤は①よりもマイナス11.5%であり、
2桁以上のマイナスで、
前回増税時のそれはマイナス8.6%であり、
今回増税時の方が前回増税時よりも
耐久財消費の落ち込みが大きいことがうかがえる。

さて、消費ではないが、
ひとつあたりの単価がとても大きい住宅に関する
民間住宅投資の今回増税時の数値を見てみると、

① 15兆1750億円
② 15兆5415億円
③ 13兆9350億円
④ 12兆9646億円
⑤ 12兆8060億円

⑤は①よりもマイナス15.6%である。
前回増税時よりもマイナスの幅は小さいが、
人口減少の日本において、今後大幅に住宅投資が
増える見込みは厳しい状況である。

さて、先程説明した今回の増税時の
①~⑤までの四半期での
⑤と①を比較した
「国内家計最終消費支出」のマイナスは2.4%であったが、
前回増税時のそれはマイナス0.4%であった。
GDPの約6割を占める消費の数値に関して、
今回増税時の方が前回増税時よりも落ち込みが大きいことが
うかがえる。
今回増税時には、円安による輸入物価上昇の影響もあることも
考えられるが、消費税が5%から8%に増税されたことにより、
全国で一斉に価格が上がったことは容易に想像できる。

このように、今回の消費増税と合わせて、
GDPの約6割を占める消費の落ち込みが続くという
増税の負の側面がうかがえるデータが出ているのに、
その議論を提示すべき立場にある
経済誌がそれを妨げるような動きは、
国民広くに適切な判断材料を提供する役割を放棄
しているようなものである。

経済誌の企業も増税推進の財務省に何か
おもねるところがあるのかねといぶかってしまう。

テーマ:増税 - ジャンル:政治・経済


寒さ和らぐ春の誘いを感じる早朝、自宅周辺を歩くと、甘栗の香りが漂っていた

今日は、2015年(平成27年)2月23日 月曜日

今朝、西宮市今津の自宅周辺で朝歩きをした。
朝6時30分過ぎに自宅を出る。

もう6時30分になると外は明るくなっている。
今朝の大阪の日の出時刻は6時35分
冬至の時の日の出時刻は7時01分だったので、
その時よりも26分、日の出時刻が早くなっている。

今朝は阪神間は春の誘いを感じるような
寒さが和らぐ朝で、気温は既に10℃を超えていた。

冬至から徐々に太陽が北半球に移動して、
北半球の大気への太陽からのエネルギーが増えて、
徐々に気温が高まり、今朝の寒さ和らぐ朝に
なってきている。

寒さ和らぐ朝の自宅周辺を歩いていて、
名神高速の高架に近づくと、
甘栗の香りがしてきた。

あま栗工場 150223_0649~001

天津甘栗の工場があり、
そこから甘栗の香りが漂っていたのだ。
その工場でも直接販売はしているようである。


テーマ:日記 - ジャンル:学問・文化・芸術


ふしだら、その語源・・・古代インドのサンスクリット語に由来、糸で束ねるとしまりがありますが・・・

生活にしまりがなく規律がなかったり、
だらしなかったりするという意味で
「ふしだら」という表現が使われるが、
その「ふしだら」の語源を遡ると、
古代インドのサンスクリット語にたどりつく。

サンスクリット語に「sutra(スートラ)」という
単語があるが、これは「糸」とか「紐」などを意味する。

さて、古代インドでは、いろいろな教えを文字で
伝える必要があったが、そのころにはまだ紙がなく、
タラジュ(多羅樹)の葉っぱを使っていた。

多羅樹の葉のことをタラヨウ(多羅葉)と言うが、
その多羅葉の裏側に先の尖ったもので字を書くと、
黒くなりまるで鉛筆で書いたかのように文字が残る。

古代インドでは、そのような多羅葉を使って
文字を残していろいろ教えを伝え広めていたが、
その文字があるいくつもの多羅葉を束ねてまとめる
必要があった。
その多羅葉に穴をあけて、糸であるスートラを
使って束ねてまとめて、整理していたのだ。

そのスートラが中国に伝わると
「修多羅」と音訳され、また、それは
「秩序だって束ねる」「整理する」という意味で
使われていた。

そのような意味をもつ
「修多羅」が「しゅたら」「しだら」と変化して
いった。
きちんと秩序立って整理されていると
「しだら」となるが、
逆に乱れてだらしなくなってくると、
「しだら」に否定を意味する「不」をつけて、
「ふしだら」となり、
生活にしまりがなく規律がなかったり、
だらしなかったりするという意味で
使われるようになったそうだ。

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ひたむきな一生懸命さに気持ちが動かされるなあ・・・自宅近くにて、寒い中、果物を歩いて移動販売している若い女性が声をかけてきて

今日は、2015年(平成27年)2月21日 土曜日

昨日、冬の寒さを感じる午後、
自宅近くの西宮市阪神今津駅近くを
歩いていると、
若い女性が、両手で前に
長い方がが50cmぐらいの
長方形のかごを持って歩いていた。

それは、時々、ここで見かける
大阪市内の果樹店がいろいろ野菜や果物を
入れて道行く人々に声をかけて売っている
会社の方だなあと思った。

すると、その若い女性と目が合ってしまい、
その女性が私の方に寄って来た。

その時、私は「うわっ!」と思ってしまった。
金欠状態の私は余計な買い物はしたくないと
思っていたからだ。

すると、その若い女性は
私に話しかけてきて、かごの中を見ると
いちごと甘栗とかあった。

その甘栗は熊本県産で、
あまり関西では売っていないようなことを
言っていた。
価格はひと袋500円だという。

金欠なので買わないでおこうと思ったが、
その若い女性の手の指を見ると、寒さなどの影響か
少し荒れている感じで、
寒い中、一生懸命売っている様子を見たら、
「買おうか」と思い買った。

家に帰って、食べてみると

栗 渋皮煮 

4~5ぐらい入っていて、
甘くておいしかった。

まあ、その売っている人が
男だったら買っていなかっただろうなあ。

まあ、買ったのはその若い女性が
美人だったということもあるけど。

ただ、ひたむきな一生懸命さというのは
ふと気持ちが動かされるものだなあと思った。

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三日月で欠けているところがほのかに明るく見える理由は・・・地球からの反射光・・・2.52秒の光の移動

三日月を見ていると、
欠けている部分がぼんやり明るみを帯びて
見える。

地球照 三日月 20130513-135107

画像は
宙ガール.com (sora-girl.com)
 三日月と木星のランデブー 
より

さて、その欠けているがぼんやり明るく見えている
理由は、それは地球からの反射光である。

そう、地球表面から反射された太陽光が
月面を照らしているので、
欠けている部分がぼんやり明るく見えるのである。

それを地球からの反射光による現象なので、
「地球照(ちきゅうしょう)」と呼ばれていて、
また、西洋では
「新しい月に抱かれた古い月」とも言っている。

月が新月をはさんで、月齢27から3の三日月のころ
月から見た地球は、まるで地球から見る満月のように
満地球の状態になっている。

地球は月の4倍の大きさで、表面積はその13倍、
また、地球には雲もあるので、よりいっそう光を反射しやすくなる。
そのようなこともあり、満月に比べて、
月から見た満地球は数十倍の明るさがある。

そのような地球からの反射光が月をぼんやり明るく
照らしているのである。
地球と月の距離は約38万km、
秒速約30万kmの光が地球で反射して、
約1.26秒で月に届き、
また、それが月で反射して約1.26秒して、
地球上に戻り、人々に
欠けている月の部分をぼんやり明るく見せているのである。
光が、地球→月→地球と約2.52秒かけて移動して、
地球上の人々の目に入っているのである。

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ろれつがまわらない、その語源・・・雅楽に由来する表現である

酔っ払って、舌が回らずまともな会話ができない様子のことを
「ろれつがまわらない」と表現したりする。

さて、その「ろれつがまわらない」という表現の由来は
雅楽の音階にある。

雅楽の音階に「呂(りょ)音階」と「律(りつ)音階」という
音階がある。

それらの音階の名称をまとめて「呂律(りょりつ)」と
言われていた。

実際、その演奏しようとして楽譜を見ても
その「呂律」の音階が煩雑で、音階が合わなかったり、
どちらの音階なのか訳がわからなくなったりしていた。

そのようなことを「呂律(りょりつ)が回らない」と言い、
やがて、「りょ」が変化して、
「ろれつがまわらない」になり、
やがて、うまく話せないという意味で
「ろれつがまわらない」という表現が使われるようになった。



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二の舞 ~ 雅楽の舞から生まれた言葉

「音頭を取って」もらうようにお願いに、「頭取」のところに「打ち合わせ」に行くよ。えっ、頭取は雅楽に精通してるの!



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津波予報で避難して津波が来なくても「いい避難訓練だった」と思えば・・・・昨日の東北沖のM6.9の地震が4年前の巨大地震の余震だったがいいが、もし前震だったら・・・・

今日は、2015年(平成27年)2月18日 水曜日

昨日の午前8時過ぎに
東北地方三陸沖を震源とする
M(マグニチュード)6.9に地震が発生し、
岩手県沿岸で最大20cmの津波が発生した。

津波注意報で三陸地方沿岸の方々は
高台に避難したりしたが、
まあ陸上に押し寄せるような津波は来なかった。

毎回、津波が予想される地震のたびに
避難して、被害が出るような津波が来ないことが
繰り返されると、
避難しない人が増えてくるかもしれない。

ただ、4年前の超巨大地震で、
当初大津波警報発令時は、高さ3mであったが、
結局は10m以上の巨大津波が来て、
逃げ遅れた多くの方々が亡くなった。

また、かつてはあまり地震の揺れが
強くなかったのに、大津波が来襲して
多くの人が亡くなった事例がある。

いざ、本当に大津波が来るのに
「今回も来ないな」と思って避難しないために
命を失うことがあるかもしれない。

そう思うと、津波に関する情報が出て、
避難しても、被害が出るような津波が来ない
いわゆる空振りがあっても、
「今回は、いい訓練になったわ」とか
「たまには、走って運動するのも良いねえ」
という感じで思ってもらえればいいかもしれない。

さて、気象庁は
昨日午前の三陸沖のM6.9の地震について、
4年前にM9.0の超巨大地震の
東北地方太平洋沖地震の余震という見解を示した。

昨日の地震は東北地方太平洋沖地震の震源域の
北端付近であるが、
昨日の地震が余震であってくれたらまだいいと
思ってしまう。

それは、4年前の超巨大地震の
2日前に宮城県沖でM7.2の地震があったが、
まさか、それが2日後のM9.0の前震であるとは
誰もが思わなかった。
それがあるので、もし、昨日の地震が
迫りくる次の巨大地震の前震であったりしないかなと
ふと思ってしまう。
実際どうかわからないが。

また、日本海溝の外側を震源とする
大津波をもたらす
アウターライズの巨大地震発生の可能性が
専門家から指摘されている。

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自宅近所でコロッケ売っているところに初めて気がついた・・・・プータロー生活になって、近所の発見があるなあ

今日は、2015年(平成27年)2月17日 火曜日

昨日の黄昏時前に、
西宮市今津の自宅近くのコインランドリーで
洗濯の間、そこで、本を読みながら過ごしていた。

洗濯が終わって、乾燥機に入れて、
24分あるので、
その間に、コインランドリーから徒歩
1分以内のすぐ近くの
ドラッグストアにいって、用を足して、
店内を少しぶらぶらして、
そして、再びコインランドリーに戻るという
行動パターンをするのだが、
コインラインドリーとドラックストア間にある
介護タクシーの建物の前に
それまで見たことがない光景があった。

そこで、コロッケを売っていたのだ!!

イカコロ 

私は、そこで
イカを丸いコロッケに入れた
イカコロを100円で買った。

その時、買った時刻は16時45分ごろであったが、
その時は、ジャガイモの普通のコロッケは売り切れていて、
店の人が他のお客さんに言うには、
その店はいつも17時まで営業していて、
16時30分になるとジャガイモのコロッケは売り切れるという。

私は、週に1度、いつも土曜日の早朝か午前中に
そのコインランドリーとドラックストアの間を
行ったりしていたこともあり、
そこで、コロッケを売っているとは全く知らなかった。

なぜ、昨日の平日の黄昏前時に、
コインランドリーに行ったかと言うと、
今、プータローをしているからだ。
先月末まで平日は仕事をしていた。
プータロー生活になって、
自宅近所で今まで気がつかなかったできごとに
気づくことがあるのだなあと思う。

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やじうま(野次馬)その語源・・・年老いた馬に由来する言葉

火事や事件現場などにその様子を見物するかのように
物見高く集まったりする人々のことを「やじうま(野次馬)」と
言ったりする。
また、自分とは直接関係の無いできごとに
面白おかしく騒ぎ立てる人たちのことも「野次馬」と言う。

どうして、そのような方々のことを
「野次馬」と言うようになったのか?

それはもともとは年老いた馬を意味する
「親父馬(おやじうま)」に由来している。

年老いた親父馬は体力が衰え仕事には使えなくなってくる。
そのような「おやじうま」から「お」を抜いて
「やじうま」と呼ぶようになる。

そのように仕事に使えない親父馬は
役に立たないようになるなかで、
群れの中を
若い馬の後に付いて行くようになるが、
暴れる馬も同じように仕事に使えず役立たずになるが、
そのような暴れ馬も「やじうま」と呼ぶようになる。

親父馬(おやじうま)は、
馬の群れの中で、若い馬の後ばかりついて歩くようになるが
そこから転じて、
人の後にくっついて、別に誰かの役にたつだけでなく、
無責任にただ騒ぎ立てるという意味で
「野次馬」という表現が使われるようになり、
現在の意味で使用されるようになったそうだ。

また、演説など人が話している時にチャチャを入れる行為を
「やじる(野次る)」と言うが、
これは、明治時代以降に、
「野次馬」から派生した表現である。



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イスラム国に殺害された後藤健二さんが行方不明直前の10月22日にNHK海外放送にシリアからのレポートを伝えたいたことをどれだけの日本人が知っているのだろか?どうして、NHKは総合テレビでそのことを伝えないのか?

今日は、2015年(平成27年)2月15日 日曜日

イスラム国によって殺害された
フリージャーナリストの後藤健二さんが
昨年10月末に行方不明になる直前の10月22日に
シリアでのイスラム国との戦闘の様子を伝える
NHK海外放送に現地レポートをしていたことを
どのくらいの方々が知っているのだろうか?
私は昨日初めて知った。

この事件に関して、
当ブログの今年の1月28日の記事の

イスラム国に人質にされたジャーナリストの後藤さんは、大手メディアの依頼でイスラム国に入ったのか?で、

後藤さんが大手メディアの依頼でイスラム国に入ったのではないかという情報を
次の内容を「リテラ」の記事を引用して伝えた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
イスラム国人質事件で新情報!
政府がイスラム国との秘密交渉に失敗していた!? 後藤氏を雇ったテレビ局も関与か
(リテラ 2015年1月23日)


実は、ここにきて、ある重要な情報をキャッチした。ある政府関係者が打ち明ける。

「安倍政権の中枢は昨年10月末ごろ、『フリージャーナリストの後藤健二が
イスラム国に誘拐された』との情報をすでに把握していたようだ。
その後、外務省の一握りのスタッフだけで水面下の秘密交渉を続けたものの、
失敗したと聞いている」

(中略)

前出の政府関係者が続ける。

「実は、“御用メディア”として知られるテレビ局が10月下旬ごろ、
シリア入りする前の後藤氏と接触し、取材依頼をしたようだ。
当然、取材経費の話もするだろう。後藤氏はいわばテレビ局に特派された格好。
ところが、数日たっても一向に連絡がない。どうも後藤氏はガイド役に内通されて、
イスラム国に差し出された疑いが出てきた。慌てたテレビ局は、
いち早く政権中枢に相談したという流れのようだ」

(中略)
「実際、このテレビ局は、後藤氏の消息にまつわる独自の情報をつぎつぎと伝えている。
自社がどう関わったかという肝心な点は一切明かしていない」(前出・政府関係者)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ということであるが、その後藤さんが10月22日のNHK WORLDの放送で
現地から英語でのレポートの様子が次のNHKのページで閲覧できる。

Islamic State Threat Exodus from Syria
http://www3.nhk.or.jp/nhkworld/english/news/islamicstatethreat/20141022.html


このニュース動画は4分15秒であるが、
4分07秒から後藤さんが

「Kenji Goto for NHK WORLD through Turky near the Syrian border」

と、明確にこれは「NHK WORLD」のためのレポートであることを
言っていて、そのページでは、

Freelance journalist, Kenji Goto reports from Syria, where the northern city of Ayn al-Arab

とシリアのアイン・アル=アラブからのレポートであることが記載されている。

1月20日のイスラム国による後藤さんと湯川さんへの殺害予告の動画がアップされ
報道がされて以来、ほとんどNHKのニュースは毎日見てきたが、
10月22日に同じNHKの海外向け放送のニュースで
後藤さんのレポートが伝えられていたことを
NHKのニュースで聞いた覚えはない。

もしかしたら私が見逃した時に伝えていたかもしれないが、
ネット上でもこのことをはっきりと伝えているところは
昨日まで、知らなかった。

ある意味、これは後藤さんの遺作とも言えるレポートである。
なぜ後藤さんの遺作にもなりえる自分の放送局のレポートを
NHKは日本人のほとんどが見るNHK総合で伝えようとしないのか?

その時、NHK内の人物と後藤さんとの連絡とのやりとりで、
後藤さんがイスラム国に潜入することを知らなかったのだろうか?

そして、NHKは本当に後藤さんが10月末に行方不明になったことを
知らなかったのだろうか?

もし知っていたとしたら、どうして、
日本人ジャーナリストがシリア国内で行方不明になったということを
その時にニュースとして報道しようとしなかったのか?
ということになる。


少なくとも10月22日に
NHKは後藤さんのレポートを海外向け放送で伝えているのだから、
どのような経緯で後藤さんのシリアからのレポートをすることに
なったのか?

後藤さんは昨年の10月2日に一度シリアに入り
現地のレポートをネットでアップして、
同月6日ごろに日本に帰国して、
2日後にTBSのひるおびに生出演している。

その後、10月22日にトルコからシリアに入国したようである。

さて、
NHKは後藤さんのシリア入国前からレポートの契約をしていたのか?
それとも後藤さんのシリア入国後にその契約がなったのか?

リテラの記事では、シリア入国前に後藤さんに取材依頼を
していたようである。
10月22日にシリア入国してすぐに
NHK WORLDにレポートしていることから
シリア行きの目的のひとつにNHKに取材レポートをあげる
ことがあったのはほぼ間違いないだろう。

そうすると
なぜ、NHKはそのことを今回の事件報道で
伝えようとしないのか?

いろいろ謎が残る。


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「マンション」と「アパート」と「ハイツ」の違いは?・・・法的な定義はないけど、イメージとしてざっくり説明すると

共同住宅で
「マンション」と「アパート」と「ハイツ」
という名称を見聞きするが、さてそれはどう違うの?

それらの違いについての定義は
法律で明確にされているわけではない。

ただ
アパートは賃貸で、2階建てぐらいまでの低層の共同住宅で間取りが狭く、
家賃は低いというイメージがあり、
マンションは2~3階以上の中高層の分譲と賃貸の共同住宅で
間取りが広く家賃もアパートよりも高めというイメージがあり、
ハイツはアパートでもちょっと高級感があるという感じである。

さて、日本において、共同住宅の名称で
「マンション」と「アパート」と「ハイツ」のうち
に使われていたのは「アパート」のようである。

「アパート」は英語で
1棟の建物をいくつかの独立した住居に仕切った共同住宅を
意味する「apartment house」に由来する和製英語である。

日本において、
戦前から終戦後の昭和20年代のころの共同住宅は
文化アパートに代表されるような1階建てまたは2階建ての
低層で間取りの狭い木造建築で
あることが多く、それを「アパート」という名称で使用されていた。

やがて、昭和30年代以降になると
鉄骨や鉄筋で作られた3階以上の共同住宅が建てられるようになり、
間取りもそれまでのアパートよりも広く、
外観もそれまでのアパートよりもおしゃれな感じになり、
従来の木造アパートよりも家賃は高めになった。
そのような建物を
英語でもともとは荘園領主などの大邸宅を意味する
「mansion」を用いて「マンション」という名称を
使うようになった。

現在では、不動産の業界では、
マンションと言えば、
鉄骨、鉄筋、または鉄筋コンクリートで作られた
共同住宅のことを意味するようになっている。

そのマンションと違って、アパートは
2階建てまでの低層の共同住宅というように
マンションと区別されるようになった。
やがてアパートの中にも
従来の木造アパートだけでなく、
軽量の鉄筋で作られるアパートも出てきて、
2階建てのアパートでも従来のアパートとイメージで
区別しようと例えば「ハイツ」という表現が使われるように
なってきた。

その「ハイツ」とは英語の「heights」に由来するもので、
ただ意味としては「高さ」ということであるが、
英語圏では、高台にある住宅という意味でも使用されているともいう。
高台にある住宅というのは高級感があるイメージがあるが
それにちなんで、日本の不動産やさんが、
従来のアパートと区別して「ハイツ」という名称を使い始めたのかも
しれない。
また、「ハイツ」はアパートだけでなく構想のマンションにも使用される
ようになった。



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落とし前、その語源・・・・もともとは価格交渉の決着という意味

何か良くないことをされた方が、
その行為をした方にむかって、

「落とし前でもつけてもらおうやないか」

とすごんだ言い方をする様子が演技などで
なされる。
その意味には、決着をつける、
また、失敗や無礼なことに対する後始末がある。

さて、その「落とし前」という表現は、
露天商などのテキヤで使われていた表現であった。

露天に来たお客さんと商品の値段で交渉して、
適当な値段まで落として、お客さんと折り合いをつけて
売買成立の話をつけていた。

そして、落とした値段で売るわけであるが、
値段で売って受け取る取り分を「前」と言った。
それは、「分け前」とかで使われる表現と
同じく「金額」の意味である。

そのようなことから、
お客さんと値段を落として売買成立の話をつけることを
「落とし前」と表現されるようになったが、
やがて、それが、
「話をつける」「失敗や無礼なことにたいする後始末をする」
という意味に変化していったそうだ。

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私の病気の体験談が少しは誰かの役にたったのかな・・・昨日、ある女性に久々に偶然出逢った、前に逢った時、彼女は「お腹が痛い」と言っていた。

今日は、2015年(平成27年)2月12日 木曜日

私の病気の体験談が少しは誰かの参考情報として
役にたったなのかなあと思うことが昨日あった。

昨日、ある女性と昨年の夏以来、久々に
偶然、出逢った。
その女性は私が学生時代のころからの知り合いで、
実は、年齢は私とひとつ違うが誕生日で、
既に2人のお子さんを持つ方である。

その女性は、
「あの時、結局、盲腸で入院した」と
私に言った。

昨年の夏に、あるところで、偶然会ったときに、
その女性が、
「ここ2日ぐらい、お腹が痛くて」と言っていた。

私はその前年の夏に、虫垂炎・腹膜炎で入院した時、
痛みを感じ始めてから、痛みを我慢して
2日間過ごし、その間、ひどい痛みを感じたままであったが、
飲食店でのバイトに行ったりして、我慢していたが、
痛みを発祥して、3日目の朝に救急車を呼んで、
緊急入院かつ手術になった。
痛みを発祥してから48時間以上、放置したことで
病状が進行してしまったようだった。

そのような経験もあって、その女性に
「痛みがひどかったら躊躇せずに救急車を呼んで
病院に行った方がいい」と伝えた。

そのようなことを昨年の夏に逢ったときに
私はその女性に言ったのだが、昨日逢った時、
その後の経過報告を聞いた。

その女性は、私の話を聞いたその日、自宅に戻って、
主人と相談して、病院に行ったら
虫垂炎と診断されて、お医者さんから
「我慢されていたのですね」と言われ、
「手術しますか」と言われたが、
手術で盲腸を切らず、散らしてもらったという。

なぜ、その女性は手術の選択をしなかったのか?

それは私の話を聞いてからそのようにしたという。

昨年の夏、私がその女性に次のような話をした。

私は腹膜炎で手術をして退院したが、
退院から約2ヵ月半後に腸閉塞で入院することとなった。

腸閉塞になった理由は、
腹膜炎の手術によって生じた癒着であった。

そのような私の経験をその女性に話したので、
その女性は手術はせずに散らす治療をお願いしたという。

それで痛みは治まり、その後は異常はないという。

私の病気の体験談が少しばかり、その女性の
参考情報として役にたったことがあって
良かったなあと思った。


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昨日の午後、冬風になびく幟(のぼり)を見て、風を生み出す地球規模の大気の動きと太陽中心部の10万年前に思いをはせる

今日は、2015年(平成27年)2月11日 水曜日

昨日、西宮市今津の自宅近くの駅ビルのロッテリアで
読書しつつ、外の様子を時折ながめると、
外に立てられていたロッテリアの幟(のぼり)が
やや強めの冬の風になびいていた。

そのころの時間帯の阪神間の
風向・風速を調べてみると、
西よりの7~8メートル風が吹いていた。

昨日は西高東低の冬型の気圧配置のため
西よりの風が吹いていた。

風というのは気圧差によって発生するが、
その気圧差は温度の差によってもたらされてくる。

温度が高いほど分子活動が活発なわけであるが、
その地球上の大気の分子活動にエネルギーを与えているのは
太陽からの光である。

その太陽からの光は、太陽の「表面」から
約8分19秒かけて、地球に到達する。

太陽の「表面」とカギ括弧で強調するように
表現したのには理由がある。

太陽の光は太陽中心部の
水素の核融合によりもたらされているのだが、
その核融合によって生み出されたガンマ線が
太陽の表面に到着した時に、ガンマ線よりも
波長の長い電磁波となり、光となって宇宙空間に
放出されるわけであるが、
実は、太陽中心部の核融合で生み出されたガンマ線が
太陽の表面に到着するまで、平均で10万年を要すると
言われている。

そう、10万年前に太陽の内部で生み出されたエネルギーが
太陽の表面に届いて、8分19秒で地球に届き、
地球上の大気の分子にエネルギーを与えて
温度の変化をもたらし、そして、気圧差をもたらし、
風を生み出しているのである。

そうであるなら、
日々、感じる風というものが
10万年がかりの悠久の歴史の賜物と思ってしまう。

そのような地球規模の大気の変動と10万年単位の
太陽エネルギーの賜物である風を古(いにしえ)の人々は
神の息吹だと考えていた。

当ブログの記事
風・wind  ~ 風は神の息吹  風の語源は・・・・・ で、

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「かぜ」は「か」という表記と「ぜ」という表記から
成っているが、
その「か」と「ぜ」という言葉が合成されて
生まれた言葉である。

「か」は空気の「気」に由来している。
「気」は「気配」と書いて「けはい」
と言うように
「け」と表音されるが、その「け」が転じたものである。
 ちなみに、「香り」の「か」の「気(け)」が転じたものである。

「ぜ」は「し」が転じたものである。
古事記に風の神として、
志那都比古神(しなつひこのかみ)が登場するが、
「志那(し・な)」には「息が長い」という意味があり、
「し」に風の意味がある
古の方々は風は風の神様の息だと考えていたのだ。
その「し」が「じ」となった。

「気(け)」が転じた「か」と
風を意味する「じ」が合わさって
「かじ」と言われるようになり、それが転じて
「かぜ」と呼ぶようになった。

「風」という漢字の字源は、風の神と考えられた
鳳(おおとり)の象形に由来する。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

と風の語源と「風」という文字が神に由来するものであることを
紹介した。

ふと、昨日の午後、冬風になびく幟を見ただけであるが、
風についてのメカニズムや語源などを知っていることで、
地球規模、あるいは太陽という宇宙規模のことに
そして、風についての古人の世界観などに思いをはせることができた。
そのように思いをはせることができるのは
ものごとをいろいろ知ってきたからである。
知識を蓄積することで、
何気ない日常の現象から、宇宙規模まで思いを至らすことを可能にする
至福のひと時に豊かさを感じるのである。




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日本人カメラマンのシリア行きの自由をテロの脅しで制限したことで・・・日米同盟強化を進める安倍政権は軍事とテロの戦いではアメリカ追従だけど、アメリカと共有する「自由」については追従しないのだなあ

今日は、2015年(平成27年)2月10日 火曜日

昨日の当ブログの記事で、
イスラム国のテロの脅しで、日本人のシリアへの移動の自由を規制することは、テロに屈したことにならなのか!
で、新潟県のカメラマンがイスラム国の支配地域があるシリア入国を阻止するため
外務省が彼の旅券を取り上げたことについて書いたが、
アメリカ政府だったらどう反応するかなあと思ったら、
それを考えるに参考になるアメリカのケリー国務長官のある
発言を取り上げたツイートがあった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

大島隆 Takashi Oshima ‏@takashioshima1
先月ジャーナリストの安全に関する会議が国務省で開かれたときの、
ケリー国務長官の演説。「ジャーナリズムには危険が伴う。
リスクを完全に取り除く方法はなく、唯一の例外は沈黙だ。
しかし、これは降伏だ。世界は何が起きているか伝えられることを
必要としている。沈黙は独裁者や圧政者に力を与える」

https://twitter.com/takashioshima1/status/564199260296867840

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ケリー国務長官を少し言い換えると、
沈黙は圧政者に力を与え、
ジャーナリストが危険地域に行かなくなればその沈黙につながり、
それこそが降伏である
と、降伏ということは屈することであり、
日本政府がイスラム国のテロ脅迫されたことによって
ジャーナリストなどの
シリアへの入国という移動の自由を制限することは、
ケリー長官の発言から察すると、テロに屈したということに
なると言えると思う。

軍事や安全保障のことでは、安倍政権はアメリカの追従が大好きなように
見えるが、日米同盟は、「自由」という価値観を共有していることをひとつの
基盤にしているが、
テロの脅しに屈して、ジャーナリストの移動の自由を制限することは
日米同盟が共有している「自由」という価値観とは反することじゃないか。
安倍政権は自由という日米同盟で共有する価値観に関しては、
アメリカ追従ではないのだなあと。



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イスラム国のテロの脅しで、日本人のシリアへの移動の自由を規制することは、テロに屈したことにならなのか!

今日は、2015年(平成27年)2月9日 月曜日

イスラム国による日本人殺害事件で、
イスラム国が日本人をターゲットにした殺害の脅しを
出しているが、
そのような中、
イスラム国の支配地域がある
シリアに渡航しようとしていた新潟県のカメラマン(杉本さん)に
対して、本人の生命の保護のためということで、
外務省がその方のパスポートを取り上げた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「応じなければ逮捕と言われた」 「報道の自由妨げる行為」
(東京新聞 2015年2月8日 朝刊)


 杉本さんは新潟日報社の取材に、自宅を訪れた外務省職員らから
「返納しなければ逮捕する」との趣旨のことを言われ、返納を決めたと明かした。

 杉本さんによると、七日午後七時半ごろ、同省職員と新潟県警の警察官ら計数人が訪れ、
旅券返納を求めた。この際のやりとりの中で、職員らは「返納に応じなければ逮捕する」
との趣旨の発言をしたという。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

これって、外務省がまた人質事件になったら余計な仕事が増えるので、
そうならないようにやったんじゃないかと勘ぐったりするが、
それはさておき、
外務省は旅券法を根拠に、そのような対応に出たと思うが、
もし、そのカメラマンがシリアに行ったとして、
その本人がイスラム国に殺害されても、誰の権利を侵害することもない。

近代社会は基本的には誰かの権利を侵害しない限りは、
何をやっても自由で、この場合、憲法で認めら得ている移動の自由の
侵害にあたらないかどうかを裁判で争ったらおもしろいと思う。

さて、外務省は、イスラム国が日本人を殺害するという
テロの脅しを出しているので、シリアに日本人が行けば、
その殺害される恐れがあるからということで、
国民の基本的人権のひとつである移動の自由を政府機関が規制するといことは、
テロの脅しによって国民の自由を制約することを政府が成すというこであり、
これこそ、日本国政府がテロに屈したということにならないか!
そのように思った。

この論理がまかり通ると、いざ、自衛隊が海外で戦闘をしている地域を
危険地域だからということで、ジャーナリストを行けないようにしたら、
本当は自衛隊が大敗北をしたのに、大勝利をしたと
第2次世界大戦中の大本営のように発表しても、
現地取材でそれをウソだと証明して、国民に真実を伝える
ジャーナリストを排除することができることになる。




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お母さんという呼び方の語源は「おかたさま」・・・そして、「お母さん」が定着したのは明治政府の国策の結果である

母親のことを「お母さん」と呼ぶことが一般的である。
さて、ただ「母」という漢字には音読み・訓読みでも
「かあ」という音はない。
どうして、「お母(かあ)さん」と呼ぶようになったのか?

その由来はもともと、
武家社会で、妻や母のことを「御方様(おかたさま)」と呼んでいたことに
由来しているという。

さて、どうして、その「御方様」が「お母さん」になっていったのか?
よく言われている説が、
平安時代の公家社会の家のつくりである寝殿造にあるとされる。

寝殿造りでは、屋敷の北側にある「北の方」の対屋に
妻などが住まいしていていることから「北の方さま」と呼ばれ、
そのうち方角の表現が抜けて、「方さま」と呼ばれ、
敬称の「お」をつけて「御方様(おかたさま)」と呼ばれるように
なったという。その呼び方を子供が真似て「かかさま」とか「おっかあ」
と呼ぶようになったとされる。

その説に関して、少し違った説もあり、
「御方様」という表現は他人の奥さんに対する呼称であったが、
やがて、実の夫がそれを取り入れ、実の妻に「お」の敬称を取って
「かたさま」と呼び、それを子供が真似て、「かかさま」「かあちゃん」と
呼ぶようになったとも考えられている。

さて、江戸時代になれば、母に対する呼称で階級差が出てきた。
武家階級などの上流階級では、母のことを「お母様」「かかさま」と
「さま」をつけていたが、庶民の間では「おっかあ」「おっかさん」と
呼称していた。

明治時代になり、四民平等で身分制度も廃止されたことを受け、
政府は母親に対する呼称の階級差をなくすことを目的として、
学校教育において、母親に対する呼称の統一をすることを目指し、
明治36年(1903年)の国定教科書の
尋常小学校読本に
「オカアサン。オハヤウゴザイマス。」という文を載せて、
「おかあさん」という表現で呼称統一していこうとした。

当初は、上流階級からも庶民からも馴染めないとして、
受け入れられず、すぐに普及はしなかったが、
学校教育で「お母さん」の呼称の教科書を使い続けたこともあり、
やがて、一般的に受容され、現在に至っているのである。

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奥さん・・・よその夫妻の妻を「奥さん」と呼ぶようになった理由

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小学生にイスラム国に殺害された日本人遺体画像を見せたことについて・・・私は小学生のころからテレビ報道で残虐シーンを時々見てたなあ・・・ベトナム戦争の時のあの映像が報道されていなかったら・・・

今日は、2015年(平成27年)2月7日 土曜日

名古屋市の小学校の情報化についての授業で
20代の女性教師が、イスラム国によって殺害された
湯川さんの遺体の映像を見せたことについての報道があった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
小5授業で「イスラム国」遺体画像 名古屋市教委、謝罪
(朝日新聞 2015年2月5日19時34分)


 名古屋市東区の市立小学校で5年生の社会科の授業中、過激派組織「イスラム国」に
殺害された日本人男性とみられる遺体が映った画像を、20代の女性担任教諭が
児童らに見せていたことがわかった。市教育委員会は5日、「不適切だった」と謝罪した。

(中略)

校長によると、授業のテーマは「情報化が進むことによる利点と問題点」。
東日本大震災後、見る人の心的苦痛を考え津波の映像を流さない放送局もあったが、
報道で支援が広がったなどと教諭は説明し、
「どこまで真実を報道することがよいか」を議論させた。

 議論に入る前に後藤さんらの画像を示す際、「見たくない人は見なくていい」と話すと、
児童35人のうち5人ほどが顔を伏せた。今のところ、体調を崩した児童はいないという。

(中略)

市教委は「テーマ設定はいいが、国内のメディアも報じない残虐な画像を
発達段階の子どもたちに見せたのは大きな問題。厳正に対処したい」としている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まさに「どこまで真実を報道することがよいか」について
この児童の方々は、身をもって体験することになったなと思った。

現在41歳の私は、イスラム国の殺害映像には免疫があるので
そう精神的なダメージはないが、
小学生のころはどうだったのだろうかとふと振り返った。

小学生のころから私は
カメラがとらえた決定的瞬間という幾度も
ゴールデンタイムの木曜スペシャルのような番組での特集を見てきて、
おそらく現在では放送されないであろうな
あるスタントマンの死亡直後の頭部がない遺体映像とかあったが
それを見て私はトラウマになったことはない。

そして、戦争報道で思い出したのが、
1982年のイギリスとアルゼンチンの間の戦争であった
フォークランド紛争の特番で、
重傷を負ったばかりの兵士が担架で運ばれていて、
片足の膝下から切断されている様子が映っていて、
さらにもう一度スローモーションでそこを拡大して
強調して伝える内容であった。
それは、大手マスコミのゴールデンタイムの番組であった。

1982年は、私は小学3年生であったが、
私はそれを見て、トラウマになってはいない。

そう思うと
もし、小学5年生の自分が授業で湯川さんの遺体を
見せられても、そう精神的にダメージはなかっただろうなと思う。

ただ、一方で、
そのような映像を見てショックを強く受ける人がいるのも事実で、
子供だけでなく、大の大人の男性さえも・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
遺体の写真見た裁判員男性、一時意識失う…解任
(読売新聞2015年2月5日 7時45分)


 京都地裁で審理中の殺人事件の裁判員裁判(後藤真知子裁判長)で、
裁判員の男性が遺体のカラー写真を見た直後に意識を失っていたことが
同地裁への取材でわかった。

男性は同地裁に「写真が原因」と説明したといい、地裁は4日、男性を
解任し、補充裁判員を後任に充てた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ということなので、
誰がどのような映像を見てショックを受けて、意識を失うかわからないような
状態なので、公に見せるようなことは控えた方がいいとなる。

ただ、そうなると、世の中全体がそうなっていくと
現実を直視できず、現実感がないままに議論が進んでしまったりする
恐れも出てくる。

ふと、思い出したのが、ベトナム戦争時での
ある映像である。

それは1968年2月1日、
当時、アメリカが支援していた南ベトナムの首都サイゴンで、
アメリカの敵であった北ベトナムのベトコン兵士が
捕虜として捕らえられたが、
その捕虜を路上で、南ベトナムの警察庁長官が
軍事裁判にかけることなく、銃で処刑した。

その様子がカラーで写真と映像で撮影され、
それが全世界に配信されて、
「そのようなことをする南ベトナム政府をアメリカが支援する
正当性があるのか」と
アメリカ国内でのベトナム戦争への反戦運動を一気に加勢させる
こととなった。

もし、現在の日本のマスコミの基準であれば、
おそらくその様子は報道されていないであろう。
もし、報道されいままであったら、
反戦世論の加速がなかったかもしれない。

その処刑というひとりの兵士が殺害される映像や画像を
多くの人たちが目にすることによって、
ベトナム戦争のひとつの現実を知ることとなり、
その戦争への正当性についてアメリカ国民が考える
材料を提供することになったのだ。

ちなみに、その映像を私が初めて見たのは
それも小学生の時のテレビ番組だった。
時折、小学生の時からそのような映像を目にしていたので、
免疫ができてしまっていたかもしれないなあ。

それはさておき、
今回、イスラム国に拘束されていたヨルダン人パイロットが
殺害されて、その報復としてヨルダン政府が一気に
イスラム国への大規模空爆を行った。

この殺害が明らかになるまで、
ヨルダン国内では、イスラム国への空爆について、
アメリカの戦争になぜ付き合う必要があるのかなど
空爆に反対する意見もあり、厭戦気分があったが、
国内世論が沸騰し、
一気にイスラム国への徹底報復に傾き、
さっそく、大規模な空爆にふみきった。

ヨルダン国内の世論がどうしてそうなったのか?
あの動画を見ると理解できる。
世界のできごとを知るためにも
残虐な場面でも直視する意味を思う。

ただ、あのヨルダン人パイロットの殺害の映像を
マスメディアでは放送しない方がいいだろう。
おそらく、意識を失い卒倒する人が出る可能性があるからだ。

今は、インターネットがあり、マスメディアでは放送できない内容でも
「見る」という意思があれば見ることができる状況である。

さて、今回の記事は、
小学生の先生が児童に殺害された遺体の画像を見せたことへの
ニュースから始まったが、
もし、私が小学5年生でその先生と同じ教室で
見ていたとしたら、
おそらく私は
「マスコミでは先生を叩いてますが、先生の伝えたかったことは理解できた。
私は何もなくて平気ですよ。」
と思っていただろう。

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可視化される残虐性と見えないままの残虐性・・・・イスラム国の行為とアメリカ主導の空爆

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尋常(じんじょう)ではない、そもそも「尋常」とはどういう意味で、その語源は・・・1.8メートルと3.6メートル

普通ではないという意味で
「尋常(じんじょう)ではない」という表現が使われる
ことがある。
ということは「ない」という否定形をとると
「尋常」とは「普通」という意味になる。

さて、どうして、「尋常」が「普通」という意味に
なったのか?

そもそも「尋常」の「尋」も「常」も長さの単位で、
「尋」は6尺の長さで、「常」は「尋」の倍の12尺の長さである。

1尺=約30センチなので、
「尋」は約1.8メートルで、「常」は約3.6メートルとなる。

「尋」や「常」のような長さは、どこにでもある
ごくありふれた並みの長さだったので、
そこから、普通のこととか、当たり前のこととの意味として、
「尋常」という表現が用いられるようになった。

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可視化される残虐性と見えないままの残虐性・・・・イスラム国の行為とアメリカ主導の空爆

今日は、2015年(平成27年)2月5日 木曜日

昨日、イスラム国に囚われていた
ヨルダン人パイロットが殺害されていく様子が映った
動画がネット上に配信された。

私はその様子を見たが、詳しい描写は説明しないが、
もし、同様のことを日本人人質になされていたら、
日本国民が激高して、
「憲法9条を変えて、軍隊を送り込め!」という世論の流れが
加速されそうな内容で、
もし、それがアメリカ人になされていたら
アメリカ国内で、
「ためらわずに一気に地上軍を投入して、イスラム国を殲滅しろ!」
という世論が一気に高まりそうだなと思うような内容であった。

この動画のあるシーンを見て、
これは、イスラム国がアメリカ主導の有志連合による空爆に対する
「目には目を」の復讐のメッセージだろうなあと強く推察した。

檻の中で横たわっている
ほぼ絶命しているであろうヨルダン人パイロットの身体に
ある行為をしていた。

それを見て、私は、アメリカ主導の有志連合による空爆で
亡くなる人の場面を再現しているかのように思えた。

そう思うと、
イスラム国が多くの人々が残虐だと思える人質殺害の様子を
公開し、残虐性を可視化させる一方で、
アメリカ主導の有志連合による空爆によって
巻き添えで亡くなる非戦闘員の一般市民の亡骸は
直接その現場にいる方々など以外の多くの世界の人々にとっては
見えないままになっていると思った。

2001年以降のアメリカによる対テロ戦争やイラク戦争において、
空爆によって非戦闘員の一般人も多く亡くなっている。
その亡骸を直接、目にした人は、その残酷さ、残虐性を感じ、
それに反発し、復讐心を抱いて、アメリカなどにテロ行為に
走っていくのだろうと想像する。

私はこのブログ記事のタイトルの中で

「イスラム国の行為とアメリカ主導の空爆」

という表現を使っている。

あえて、このような表現を使った。


「イスラム国の行為」では、何の行為か
具体的に指示していないので、わからないか、
あるいは、読者の方が想像して、
イスラム国による残虐だと感じる殺害方法を想像する方が
いるかもしれない。

一方、「アメリカ主導の空爆」という表現を目にしただけで、
どのくらいの人が、残虐性を想像できただろうか?

あまり少ないのではないか?

実際、私は「アメリカの空爆」という表現を目にしても、
それがもたらす残虐性を感じることはほとんどなかった。

それは、アメリカの空爆で巻き添えで亡くなった人々の
亡骸を画像や動画で目にしていないからだ。

ここで、ふと思い出したのが、
先月の阪神大震災20年のテレビの特集で、
「御遺体をテレビで放送することが賛成か反対か」で
議論になっていた。

私はそれに対して、どちらかだという結論を抱いていないが、
私個人はそのような映像に対する免疫があるので、
見ても精神的なダメージは受ける度合いは小さい。

ただ、今回のイスラム国の事件で、
私の個人的な経験では、
実際に画像と映像で見ると見ないとでは、
残虐性のリアリティを想起できない、
見えないようにされていた残虐性に気がつくことはなかっただろうと
思った。

このたびのイスラム国と欧米との戦いについて、
哲学者の山崎行太郎氏が
「正義は何処にも誰にもない。力と力の衝突」である。
とコメントしていたが、
その力と力の衝突が
互いに程度の差こそあれ、残虐性を抱えて、
なされていて、
その残虐性を抱えた力と力の衝突に
日本国と日本人は無関係ではいられなくなってきたのだなと思う。




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マスコミ各社が、日本人人質事件の番組で出演者に「政府批判はするな」と言論統制・・・マスコミは権力の犬なのか!

今日は、2015年(平成27年)2月4日 水曜日

マスコミは権力の犬なのか!と脊髄反射的に
思ってしまうツイートがあった。

それは、ジャーナリストの常岡浩介氏のツイートである。
イスラム国関係者ともコネクションがある彼が、
今回のイスラム国による日本人人質事件で、
テレビ局出演を依頼された時の様子を次のように
つぶやいている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

☪常岡浩介容疑者☪認証済みアカウント ‏@shamilsh
番組に呼んでおいて「政府批判は控えろ」と言ってきた局が複数あった。
だったら、ぼくを呼ばなければいいだけです。容疑者のぼくが警察や当局を
褒め称えていないことぐらい分かるでしょう。呼んでおいて、
「要請通りの発言をしないなら帰れ」といってきた番組もあったが
(もちろん帰った)、論外。

https://twitter.com/shamilsh/status/562355927609643008

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「容疑者」という表現について少し説明しておくと、
当ブログの2015年1月26日の記事
イスラム国での湯川さん殺害は、昨年秋の日本の公安当局によるイスラム法学者などへの強制捜査がなければなかったかもしれない・・・公安当局の動きが「公安」の本来の意味から遠のく事態を招いた?で説明したように、
常岡浩介氏は昨年の秋に北大生をイスラム国への戦闘員への誘ったということで、
私戦予備・陰謀罪で強制捜査され、いろいろ押収された経緯がある。
(私が思うにそれは公安が楽して情報収集したいがための言いがかりの捜査で、実際に起訴されていない)

さて、その常岡氏が今回の人質事件で、
マスコミ各社に出演する時に、「政府批判は控えろ」と
言われたということだが、
マスメディアは政府のやっていることが適切なのかどうか
多角的な視点や情報を提供するという弟4の権力の機能が
あるというのに、そのような気概もないのかねと思う。

戦前の日本は、中国がけしからん、アメリカがけしからんと
マスコミが戦争を煽って、日本人を300万人以上死なしてしまう
戦争に突入してしまった。

911後のアメリカは、テロリストけしからんとアフガニスタンに
戦争をしかけ、そして、大量破壊兵器を持っているフセインのイラクは
けしからんと戦争をしかけ(実際は大量破壊兵器はなかったのだが)
その時のアメリカのメディアは戦争に肯定的であったが、
その結果として、現在のイスラム国の台頭を招き、
アフガンはタリバンが温存されたままで不安定なままであり、
アメリカ政府の重荷になったままである。

マスコミが政府に迎合した結果、国益を損ねる事態を招くことが
起こりえるのだ。

今回のイスラム国による人質事件で、
安倍首相が中東歴訪で
イスラム国に日本人が拘束されていることがわかっている段階で、
直接的に戦闘行為とは関係ない人道支援をどうして
対イスラム国との戦いの文脈で言って、
イスラム国に人質の日本人殺害予告の口実を与えるような
演説をしたのか?

よくありがちな人質立てこもり事件で、
現場で指揮を取る警察が立てこもり犯を下手に刺激するような
言い方すれば、人質に危害が出る恐れがあると
普通は考えるが、政府はそのようなことも想像できなかったのか?

など、
もし、そのようなことでマスコミで議論されないようになると、
「テロに屈しない」「テロとの戦い」という観念的な
現実を直視しない言葉遊びになってしまい
イスラム国のジハーディ・ジョンが言っていた
「勝ち目のない戦争」の泥沼から日本が抜け出せない
ことを招きよせることにつながるかもしれない。

このような書き方をすれば、
「お前はテロリストの味方なのか」とか
「テロリストの迎合するのか」とか、しまいには「非国民」と
言われそうだが、
私は愛国ゆえに、日本が勝ち目のない負け戦をしないためには
政府がやっていることに是々非々で見ることが必要であり、
その大きな役割を果たすべきマスコミが
「政府批判をするな」と出演者に言論統制するとは
70年前の敗戦の歴史を忘れたのかと思ってしまう。

ちなみに、今回の事件の対応を見て、
私は安倍首相では負け戦をしてしまいそうな不安を
さらに強くしている。

また、イスラム国の性質を見ると、
どこかの勢力がイスラム国と戦争せざる得ない状況であるが、
イスラム国が消滅しても、あの地域の紛争は続くのではないかと
感じる。
そのように紛争が長期化しそうなリスクのあるところに
ノコノコと安易に軍隊を出さないほうがいいと思う。




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億劫(おっくう)という表現は仏教に由来する言葉で、もともとは「とてつもなく長~い時間」という意味

面倒くさくて、煩わしく、気が進まない時に
「億劫(おっくう)」という表現を使うことがある。

さて、その「億劫」は仏教に由来する表現である。

まず、「億劫」の「劫(くう)」は、
サンスクリット語の「kalpa」の音写で、
古代インドの時間での最長単位で、
それはとてつもなく長~い時間で、
例えば、100年に1度、天女が大きい岩の上に降りて、
羽衣の袖でその岩山の頂上の表面をなでて、
それを繰り返して、その岩山が擦り切れて消滅するまでの
時間が、一つの劫だとされる。

そんなたとえ話聞いただけでも、
気の遠くなるような時間だが、その気の遠くなるような時間の
「劫」が億もあったら、考えられないほどの無限に感じられる時間の
長さになる。

そのような未来永劫続くような考えられない時間のかかる
ことに取り組むとなれば、面倒くさくて、煩わしく感じて、
やってられないと思い、気が進まなくなる。

それから、そのような意味で
「億劫」という表現が用いられるようになった。

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○仏教に由来する言葉

愛敬・愛嬌 ~ 仏様の柔和で慈悲深い表情を見れば

諦める ~ もともとは仏教用語で、「断念」という意味と違う意味であった

足を洗う

おはこんばんちは・・・・・挨拶

以心伝心 ~ 花を捻りて微笑する

一期一会~once-in-a-lifetime encounter

一連托生~同じ蓮の花の上に生命を托す相手を間違うと大変

覚悟 ~ 真理・正法を悟る 

行儀 ~ 行く・止まる・座る・寝る・・・・仏教の修行

玄関~奥深き道理を悟るための関門

金輪際~大地の最下層の極限の果て

ジャンケンは天の意思である!

食堂~食べる事も修行

しっぺい返し・・・仏教の禅宗に由来する言葉

しょっちゅう ~ 「初中後」・初めも、中ごろも、終わりの時も

図に乗って、お坊さんが声楽を唱える

世界は「時空」 ~仏教から生まれた言葉

そそう(粗相・麁相)・・・・・・・軽率な感じがするこの言葉は、もともとは、仏教に由来することばで、茶の湯の重要なコンセプトになっている

退屈 ~ もともとは仏教後 困難に退き屈してしまうと、やることが無くなる

醍醐味 ~ もともと仏教に由来し、日本のある有名な乳酸飲料の語源にもなっている

台無し ~ 台が無ければ、値打ちが下がる

大丈夫、菩薩様がいるから

コーヒーフレッシュの「スジャータ」~由来は釈迦を救い癒した娘にあり

ダンナさんとデートする ~「ダンナ」と「デート」は同じ語源であった!!

当意即妙~仏教に由来する熟語である「当意即妙」の判断は命を救う事がある

投機~もともとは仏教用語で、師匠と弟子の心機一致の意味である

どっこいしょ~何処へ行くんだ?六根の汚れを清めに山にいくのだ!

ナイショ~もともとは、心のうちで悟りを得た証明という意味だった!!

喉仏とアダムのリンゴ・・・・・日本・西洋とも語源は宗教に由来

悲願 ~ 「仏様の願い」が語源

「微塵」の語源は・・・原子と分子の関係に相当する意味のある言葉

秘密 ~ 仏教に由来する言葉・・教義の秘奥深密の真意は隠して伝える

トイレは、お手洗いをして、お化粧して綺麗になれる便利な所・・・・トイレや便所の語源をたどると、不浄を払い、清く美しくなる場ということを感じる・・・ちなみに「W.C」は、「ワシントン・クラブ」ではありません。

何かの「冥利」につきる喜びは、神様・仏様が授けてくれたもの

めっぽう ~ 仏教の滅法に由来。法が滅べば、なんでもありでめちゃくちゃ

シャリ(お寿司の米粒)の語源・・・仏教が生まれた古代インドのサンスクリットに由来する



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後藤さん殺害、安倍首相は、人道支援をイスラム国との戦争の文脈で言う必要があったのか?・・・勝ち戦ができそうには思えない安倍首相のもとで、イスラム国に宣戦布告することへの不安

今日は、2015年(平成27年)2月2日 月曜日

昨日の午前5時から
NHKニュースを見ていた。
そのニュースで、インフルエンザ防止対策に取り組む
小学校のミニ特集をしている途中で、
急に画面がニューススタジオに切り替わった。

その瞬間、私は

「あっ、イスラム国の人質事件で新しい動きがあったのだな」

と思ったら、テロップおよびキャスターから

「後藤さん殺害と見られる動画配信」という速報が

伝えられた。それ以降、ネットで2ちゃんねるの速報ヘッドラインで
追跡してみると、人質となっていた後藤健二さんが
殺害された後の遺体の画像が添付されていて、それを見て確認した。

動画では、ひざまづいた後藤さんの服をつかむ
黒装束のジハーディ・ジョンと呼ばれる男が、

「安倍よ、勝てない戦争に参加した向こう見ずな
決断によってこのナイフは後藤健二を殺すだけでなく
今後もあなたの国民はどこにいても
殺されることになる。日本の悪夢が始まる」

と日本人が攻撃の対象になることを伝えた。

今回の事件での殺害予告のビデオが出された時に、
安倍首相が中東歴訪で、イスラム国と戦う国々に支援で2億ドル
出すということを口実にしてイスラム国側が殺害予告を出してきたが、

昨日の菅官房長官の記者会見で、
「(対イスラム国戦争への)有志連合の後方支援しない」
と言っていたが、そうであるならば、
既にイスラム国に日本人2名が囚われている段階で、
安倍首相が人道支援をどうしてイスラム国との戦いの文脈で、
位置づける必要があったのか?

現地の戦闘で難民になっている方々には、
イスラム国の迫害からだけで逃げてきたとも限らず、
シリアのアサド政権の迫害で逃れてきた方々もいれば、
米軍によるイスラム国への空爆の巻き添えで
家を失った方々もいる。

そのようなことを思うと、
「政情不安定な状況で、困難に直面している方々を援助する」
という文脈で人道支援を表明すれば良かったのではないかと思ったりする。

別に直接的に軍事作戦と無関係な人道支援をイスラム国との戦いの
文脈で表明することによって、
イスラム国側に人質の日本人殺害の口実を与える隙を作り、
挙句の果てには、イスラム国に日本人全員を攻撃対象にすると
言わせしめて、普通に海外に行っている日本人への攻撃リスクを
高める結果を招いてしまっているとも言えるかもしれない。

安倍首相に、日本をアメリカのようにいざとなれば武力行使を
よりやりやすい状況にしたい、また、アメリカと同じような立場に
少しでも近づきたいという思いがあり、それゆえに
別に軍事作戦でもない人道支援を「イスラム国との戦い」という
中に組み入れて発言したのかもしれない。

いざ、戦いを始めるとなれば、自分の振る舞いによって
敵はどのような反撃を仕掛けてくるかを想定し、
それにどう備えるかということができなければ、
軍師として、あるいは一国の最高権力者としては不適切で
逆に自国民をより危機に陥れてしまうリスクをもたらして
しまうのではないかと思う。

ここで、哲学者で保守反動の立場の山崎行太郎氏のブログを引用したい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2015-02-01 後藤さん殺害!安倍首相の「戦争ごっこ」の後始末!

後藤健二さんが殺害されたようだ。「イスラム国」からのビデオが公開されたらしい。
この結果は、良かれ悪しかれ、「対テロ戦争ごっこ」に熱中する安倍首相の判断と
決断が招いたものである。

(中略)

良かれ悪しかれ、安倍首相は、「イスラム国問題」や「イスラエル問題」という
火中の栗を、自分から進んで拾いに行ったのだ。「中庸」という言葉や、
「テロに屈するな」という言葉で、現代の火薬庫=中東問題が、
簡単に解決できると思ったのだろう。この軽薄な思考力の問題は、
安倍晋三の軽薄さの問題だが、同時に日本国民の軽薄さの問題だ。

安倍首相の「テロに屈することはない」「許しがたい卑劣な行為だ」
「許しがたい暴挙」「罪を償わせる」・・・という言葉は、
「イスラム国」に対する宣戦布告である、ということを日本国民は
知っておくべきだろう。
いずれにしろ、安倍首相の「戦争ごっこ」の後始末は高くつくだろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

という主張であるが、
安倍政権下の日本は、対イスラム国との戦争に入ってしまったということ
だろうか。

まあ、
イスラム国は5年後には、支配領域をパキスタンや中央アジア
北アフリカ、ヨーロッパのバルカン半島まで支配領域を
広げることを構想として抱いていて、
イスラム国の思想や行動を見ると、いずれ
どこかの主権国家や組織がイスラム国との戦争をやらなければならない
状況になり、現にクルド人民兵などがイスラム国と戦争をしているが、
もし、日本も参戦せざる得ない状況になったとしても、
安倍政権下で、今回の後藤さん殺害までの経緯を見てみると、
安倍首相が上手な戦争をできるとは思えないように感じてしまう。
つまり、安倍首相では勝てない、あるいは敗北を喫してしまう、
そうならなくても、泥沼の戦争に陥って、国力を疲弊させてしまう。
そのような不安を抱くのである。

今回の後藤さん殺害でのジハーディ・ジョンが発した
「日本人全員を攻撃対象とする」メッセージについて
専門家が「イスラム国は単なる恐喝屋ゆえに」
どのようにしてくるか次のようにコメントしている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「日本にとっての悪夢が始まる」の意味
イスラム国は外交のプロではない。単なる恐喝屋 菅原出
(日経ビジネス 2015年2月2日)


これからも日本人が狙われる

 さて、これからのISの動きを考える上で注意しなければならないのは、
後藤さんを殺害したとみられる映像で、ジハーディ・ジョンと見られる人物が、
日本人をこれからも「場所を問わず殺す。日本にとっての悪夢が始まる」
という不気味な警告でメッセージを結んでいる点であろう。
これはISのオフィシャル・ロゴが付いた公式声明である。

繰り返すが、ISは公式声明で宣言したことは実行する。

そのことで、世界でもっとも恐ろしい恐喝屋としての地位を築いているからである。

この言葉が単なる脅しでないことを示すために、世界中の支持者に対し、
日本人を襲うようにさらに呼びかけている可能性があるし、
また世界中のIS支持者が自発的に呼応してこのISの
メッセージ通りの行動をとろうとする可能性もある。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ということである。
一国の首相が戦いに臨むということは
その国民は不運にも巻き添えになってしまうリスクを抱えるということである。



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人生という名の自転車は、自力で漕ぎ続けるのだ・・・「耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館」で「自転車を漕ぐとき」、41歳無職の男の物語を同じく41歳で再び無職に戻る私が聴いて

今日は、2015年(平成27年)2月1日 日曜日

昨日、
午前8時05分からの「耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館」は

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「自転車を漕ぐとき」

作:薄井 ゆうじ

2013年8月31日放送のアンコール。
離婚と勤め先の倒産で、心も体も疲れ切った中年男の私が、店先でふと
高級自転車に目をとめたことから、自転車好きだった10歳の頃の、夢やあこがれを思い出す。
東京から茨城に引っ越した少年の私は、新しい友人の、
アメリカ人の母親・エミリーに恋心をいだく。
そして、夏休み、エミリーと離婚した友人の父を訪ねて、友人と一緒に仙台まで
自転車で行こうという計画を立てるが、友人とエミリーは突然仙台に
引っ越してしまい、友情と初恋はともに失われた。
その後一度は仙台を訪ねようと思いつつも先送りにしてきたのだが、
すべてを失った30年後の今、手持ちの現金をはたいてこの自転車を買い、
仙台へ旅立つことを決める…。

NHKラジオ文芸館のページより

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というあらすじであるが、
より詳しく書いていくと、

離婚で家族を失い、そして勤め先の倒産で失業し、
カプセルホテルなどで過ごしていた主人公の41歳の男の「クニヒロ」は
ふと目をとめた自転車に引き寄せられ自転車店に入ってしまう。

その自転車を見て、東京から茨城県に引っ越した10歳の時の
あることを思い出す。

そして、物語は10歳の時の様子から進んでいく。

10歳のクニヒロが茨城県の転向先の小学校で
自己紹介の挨拶をした時、普通に話しているだけなのに
笑いが起こってしまう。それがなぜだかわからなかったが、
茨城弁を使うクラスの男の子から
「(話し方が)女みでぇだ」と言われて、からかわれていたのが
わかった。東京弁が冷たく感じるようなのである。

そんな時、茨城弁を話すジョージという男の子と話すようになる。
そのジョージの目を見ると瞳が青かった。

ただ、そのジョージは今度は東京弁に切り替えて
クニヒロに話かけてくる。

ジョージの母はアメリカ人で父が日本人、
そのジョージも東京の福生から何年か前に茨城県に
引っ越してきて、最初は東京弁をからかわれて
早く茨城弁を覚えてクラスに馴染んでいったという。
「おめェも、早ぐ、茨城弁話さねどダメだドゥ」
とジョージから言われ、クニヒロにとっては
ジョージは茨城弁の先生のようになり、
親交を深めていった。

ジョージの父母は離婚しており、父と妹は仙台に住んでいた。
そして、クニヒロとジョージは意気投合して、夏休みの時に
自転車で東北旅行をする計画を立てた。

そして、ジョージの家に一泊して、東北への自転車旅行の計画を
さらに練ろうとした。そして、ジョージの家の二段ベッドの下で眠ることになった。
その二段ベッドの下は、かつてジョージの妹が眠っていたところだという。

クニヒロがそこで横になっていると、ジョージの母のエミリーが寝室にやってきて、
エミリーはクニヒロの頬に軽く口づけして「おやすみ」と言った。
クニヒロはエミリーの美しさに魅せられてしまったのであった。

二段ベッドの上に寝ているジョージと言葉を交わし、
ジョージは妹に恋をしてしまったと言った。
自転車で仙台にいって父のところにいる妹に
会いたいとジョージは思っていた。

その日、友だちになった記念に保温機能のついたマグカップをもらってクニヒロは
それを大事に使い続けていた。

それからしばらくして、ジョージの家に行くと様子がおかしく
クニヒロ宛の手紙があり、
仙台にいる妹が重い病気のため仕事が忙しい父だけでは看ることができず
エミリーも仙台に行くこととなり、ジョージとともに仙台に引っ越したことが
わかる。これで、ジョージとの仙台への自転車旅行計画は幻になった。

その後、クニヒロはジョージと文通を続けていた。

やがて、歳月はめぐり、クニヒロは旅行会社で勤め始め、
28歳で結婚し、女の子を授かるが、38歳で離婚した。
2ヶ月に1度、クニヒロは娘と会うことができたが、娘はクニヒロと会うことを
あまり喜んではいないようだった。
そして、41歳になったクニヒロは、勤め先の旅行会社が倒産し、
ホームレス同然の状態となり、元妻に「養育費が払えない」と伝える。

そのような時に、クニヒロは通りを歩いていると
ふと自転車屋で陳列しているピカピカな自転車に目がとまった。

それを見たクニヒロは自転車好きだった10歳のころ、夢や憧れを抱いていた
自分を思い出し、おもわず、その自転車屋に入ってしまうのだ。

ドロップハンドル、ギア付の自転車を手持ち金ぎりぎりで買ってしまったのだ。
そのような自分のふるまいにクニヒロ自身が信じられない気持ちでいた。

クニヒロは店の電話を借りて、仙台にいるジョージの母のエミリーに電話をかける。
彼女は59歳になっていた。そのエミリーに仙台に行くことを告げて電話を切る。

そうクニヒロはエミリーに会うために自転車で仙台に行こうと思い立ったのだ。
そして、エミリーに結婚を申し込むことをクニヒロは決意したのであった。
小学生の時には言えなかったけど今なら言えると

途中、アルバイトをしながらになるからいつ仙台に到着するかはわからない。

自分の人生いつも遅きに失していた。失敗した結婚、会社にずるずる最後まで
未練をつないだことが良くなかった。

クニヒロは

「人生という名の自転車は、自力で漕ぎ続けるのだ
けれど、今人生をリセットしよう
30年を取り戻すんだ。 風になろう」


そのように胸に思いを抱いて、
仙台に向けて自転車を漕ぎ出す。


そこでこの物語は終わる。
41歳のホームレス同然の無職の男が
人生の再生をかけて、初恋のエミリーに結婚を申し込むため
仙台に自転車に出かけようということであるが、
ふと、私自身、現在41歳で、これから再び無職に戻るため
同じ「41歳の無職の男」という立場で聞き入ってしまった。

私も何とかして、人生という名の自転車を漕ぎ続けていこうかと・・・・

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