言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
語源や考えたこと、お気に入りの歌や発想法、雑学など、政治経済社会の時事ネタも書いたりしています。また、楽習社とは私の脳内にある架空の企業です。現実世界での所属組織や職業が変わろうとも、生涯、理系・文系を問わず、古今東西の学問を楽習(がくしゅう)して、生きていきたいので、架空の企業名を勤務先にしています。その会社を退職する時は私の人生が終焉する時です。.

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Author:くわどん
世の中の森羅万象のことに好奇心を持つものです。
いろいろの世の中をことを知り、いろいろ言葉を
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2015年11月2日まで、10年間毎日更新してきましたが、その後は、週1回プラスアルファのペースで更新していきます。



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2か月に1度行く、上新庄のミスタードーナッツにて、2ヶ月前には、現在勤務している会社を退職するとは考えてもいなかったなあ

今日は、2015年(平成27年)1月31日 土曜日

昨日、午前6時30分前に
西宮市今津の自宅を出て、
大阪市東淀川区の上新庄にむかった。

それは、2ヶ月に1回、
いきつけの美容院で髪を切ってもらうためである。

上新庄は、私が阪神淡路大震災で被災した後、
1年8ヶ月ほど住まいしていたところで、
その時にいき始めた美容院に今も行っているのだ。

上新庄駅には7時30分前には到着し、
その駅前のミスタードーナッツで朝食を
とりながら、読書をして過ごしていた。

いつもなら土曜日に行くことになるのだが、
土曜日であれば、そこで
午前8時05分から耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館を
聞くことになっていて、
2ヶ月前にそこで過ごしたことについて
当ブログの記事

2か月に1度行く、上新庄のミスタードーナッツで、ラジオ文芸館のアンコール放送「尾瀬に死す」を耳にして、前回も同じ場所でそれを聴いていたので、デジャブさを感じた

でも書いている。
そのように土曜日に行くことが通常であるが、
退職する会社での有給休暇の消化で昨日の金曜日は休暇であったので、
金曜日に行くことになったのである。

2ヶ月前にそこで過ごした時は、2ヵ月後には
現在勤務しているところで退職になるとは全く考えていなかったので、
人生いつどのように変わっていくのか先のことはわからないなあと
あらためて思ったのである。

さて、昨日、そのミスタードーナッツで、
読書をして過ごしていると、
隣の席に、50代後半に見える女性と
20代後半から30代前半に見える女性の
母と娘の親子とみられる女性2名が座っていて、
何か広告を見て、買い物のためだろうか、いろいろ
値段を見て検討しているようだった。

その親子とみられる女性2名を見て、
あれ見たことあるなあと思ったら、
おそらく前回、そこに私が来た時にもいて、
さらにその時以外にも見かけた記憶があり、
おそらくは午前8時ごろから
そこで過ごすことが毎日の習慣になっているのだろうなあと
思った。

その後、9時30分ごろまで
ミスタードーナッツで過ごして、
美容院にむかった。

次に通う予定が4月4日であるが、
さて、その時は、私はどのような暮らし方をしているのだろうかと
ふと思った。



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テーマ:日記 - ジャンル:学問・文化・芸術


昨日、8ヶ月間勤務した会社の最終出勤日を終えて・・・生活の糧の仕事を探しをしつつ、私の脳内架空会社の「楽習社(がくしゅうしゃ)」の仕事に励む

今日は、2015年(平成27年)1月30日 金曜日

昨日、神戸三宮で職場があるところでの
最後の出勤日となった。
昨年6月上旬から勤務し始め、
8ヶ月間の勤務を終える日となった。

出勤する時は、いつも会社の近くにある
さんちかのサンマルクカフェで、
開店時の朝7時からいつも決まった席で、
モーニングセットで、
ミルクティとフレンチトーストを口にしつつ
読書をするのが慣わしになっていた。

そこで、今月の15日までは
開店から30分ほど過ごし、
それ以降の出勤日は、
50分ほどそこで過ごしていた。

昨日は、いつもどおりに
決まった席でモーニングセットを口にしつつ、
フランスの哲学者である
モーリス=メルロポンティの「身体図式」に関する
評論を読んでいた。

ところで、
サンマルクカフェで、
いつも食べたいなあと思いつつ、
時間切れで売られていない状態で
食べることができないものがあった。

それが、エッグベネディクトである。
私が店を出る時までに、
できあがっていないことが多く。
前にそこで、それを食べたのは
何ヶ月前か思い出せないくらい
長らく口にすることができなかったが、
昨日は、7時38分ごろにそれができあがり、
出されるとすぐに席を立ち、
それを買い求めた。

エッグベネディクト 150129_0740~001

ああ、最終出勤日に
エッグベネディクトを口にすることが
できて良かった。

そして、7時50分ごろ
ああ、ここで、この時間帯で朝食を取るのは
最後だなと思いつつ店を出て、
近くの職場のあるビルに入った。

職場の入り、いろいろ準備をして、
出勤最終日にやるべきことに取り掛かった。
昼食は、いつもの神戸市役所の地下食堂で済ませ、
その後、
そして、同じ職場の人にいろいろ引き継ぎ作業を終え、
最終日の業務を終えた。

まだ、次の職業は決まっていない。
生活の糧の仕事を探しつつ、
当ブログで

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

楽習社(がくしゅうしゃ)とは私の脳内にある架空の企業です。
現実世界での所属組織や職業が変わろうとも、生涯、理系・文系を問わず、
古今東西の学問を楽習(がくしゅう)して、
生きていきたいので、架空の企業名を勤務先にしています。
その会社を退職する時は私の人生が終焉する時です。.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

と、全く金銭的な収入につながらない
楽習社の仕事を日々しつつ、
金銭を得るための職探しの生活に入る。

このところ楽習社の仕事としては、
重大局面をむかえている
イスラム国日本人人質事件報道をウォッチしつつ
素粒子物理学や様々な哲学者の考え、
日本文化論、このところは岡倉天心の「茶の湯」についてなど
楽習(がくしゅう)することとしている。


テーマ:思うこと - ジャンル:学問・文化・芸術


情報錯綜 イスラム国、日本人人質事件、夕方のヨルダン政府の死刑囚釈放用意情報からの午前4時までの動き

今日は、2015年(平成27年)1月29日 木曜日

イスラム国に人質に取られている
後藤健二さんに関して、
一昨日の日本時間の23時ごろまでに
イスラム国側からの新たな声明で、
24時間以内にヨルダンに死刑囚として
拘束されているサジダ・リシャウィ氏を釈放
しないと、後藤さんとイスラム国が拘束している
ヨルダン人パイロットを殺害するという内容が
伝えられた。
  
それに関して、日本時間の夕刻ごろから
現地の報道ということで、
ヨルダン政府が
サジダ・リシャウィ氏と後藤さんとの1対1の
交換に応じ、ヨルダン人パイロットは殺害しないという
取引がイスラム国側と成立したという情報が
出だしたが、一方で、
ヨルダン政府職員が「そのようなことはない」と
語ったと報じるメディアがあったり、
イスラム過激派の投稿サイトでは
日本時間の19時に、ヨルダン人パイロットを殺害する
とメッセージが伝えれたり情報が錯綜していた。

そして、日本時間の20時ごろに
ヨルダン国営放送が、ヨルダン政府の
メディア担当相が
ヨルダン軍のパイロットが無事に解放されれば、
リシャウィ死刑囚を釈放する用意がある

と伝えたとNHKニュースで放送された。

同様に22時からのテレ朝系の
報道ステーションでも伝えられていた。

そして、23時台に
TBSのNEWS23で、
イスラム国が夜11時に
「アラーの名にかけて、人質達を解放する」という
動画が公表され、その動画を伝えていたが、
その後、後藤さんとは無関係の動画だと訂正があったようだ。

別の情報では
「イスラム国」とみられる組織がインターネット上で映像声明を
出して、ヨルダンがリシャのウィ死刑囚釈放の条件として
ヨルダン人パイロットの解放を提示しているが、
新たな声明では、
ヨルダン人の軍パイロットについて「われわれを殺しに来た」と批判し、
そのパイロットについて「解放を期待するより、斬首されると思うべきだ」と
語ったとされる。

昨日夕刻からテレビやネットでこのことをず~と追跡し、
一旦眠って、4時前に目が覚めて、再びチェックで、
ブログのアップする時点では以上の状況。

情報が錯綜していて、どうなるのやら。



テーマ:政治・経済・時事問題 - ジャンル:政治・経済


イスラム国に人質にされたジャーナリストの後藤さんは、大手メディアの依頼でイスラム国に入ったのか?

今日は、2015年(平成27年)1月28日 水曜日

イスラム国に日本人2名が人質にとられ殺害予告され、
そのうち1名が殺害されたと見られる事件で、
現在も生存しているとみられている
ジャーナリストの後藤健二さんのことに関して、
どうして、昨年10月にイスラム国支配地域に行ったか
その理由について、ネット上の記事で気になる情報が
先週の23日にあったが、それ以来
追跡情報がないが、その記事を引用してみる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
イスラム国人質事件で新情報!
政府がイスラム国との秘密交渉に失敗していた!? 後藤氏を雇ったテレビ局も関与か
(リテラ 2015年1月23日)


実は、ここにきて、ある重要な情報をキャッチした。ある政府関係者が打ち明ける。

「安倍政権の中枢は昨年10月末ごろ、『フリージャーナリストの後藤健二が
イスラム国に誘拐された』との情報をすでに把握していたようだ。
その後、外務省の一握りのスタッフだけで水面下の秘密交渉を続けたものの、
失敗したと聞いている」

(中略)

前出の政府関係者が続ける。

「実は、“御用メディア”として知られるテレビ局が10月下旬ごろ、
シリア入りする前の後藤氏と接触し、取材依頼をしたようだ。
当然、取材経費の話もするだろう。後藤氏はいわばテレビ局に特派された格好。
ところが、数日たっても一向に連絡がない。どうも後藤氏はガイド役に内通されて、
イスラム国に差し出された疑いが出てきた。慌てたテレビ局は、
いち早く政権中枢に相談したという流れのようだ」

(中略)
「実際、このテレビ局は、後藤氏の消息にまつわる独自の情報をつぎつぎと伝えている。
自社がどう関わったかという肝心な点は一切明かしていない」(前出・政府関係者)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ということであるが、
これが事実だとすれば、どこかの大手メディアの依頼で
後藤さんがイスラム国に取材に行っていたこととなるが、
現在、そのような情報は大手メディアでは出ていないように思える。

「御用メディア」という表現から
NHKかと想像したりするが、どこかははっきりはしない。

それ以上の情報がそれ以来出てきていない。
これはガセ情報なのか?
それとも、後藤さんをイスラム国に送り込むようにしかけた
大手メディアが批判の矛先が向かわないように
沈黙しているのか?

後藤さんのジャーナリスト仲間によると
今回のイスラム国に入り、その後、帰国するまでの予定が
慎重な後藤さんらしからぬ無理のある短期間の
スケジュールを組んでいたという。

それが何か公にはなっていない背景を明らかにする
手がかりになるかもしれないが、わからない。

本当に、後藤さんは大手メディアによって
イスラム国に送り込まれることになったのか?

また、この情報をリークしている
政府関係者とはどのような立場の方か?

ふと気になったのであった。

テーマ:政治・経済・時事問題 - ジャンル:政治・経済


イスラム国による日本人人質事件での仲間の死刑囚釈放要求の歴史的背景を見ると、アメリカのイラク占領政策の失敗のとばっちりを日本が被っているようにも感じてしまうなあ

今日は、2015年(平成27年)1月27日 火曜日

イスラム国による日本人人質事件で、
人質2名のうち生き残っているとされる
後藤健二さんの解放の条件として、
イスラム国の全身のイラクのアルカイダの組織に
所属し、ヨルダンでテロ事件を起こし
現在死刑囚になっているサジダ・リシャウィ氏の
釈放を求めたという事態を受けて、
あらためて、アメリカのイラク戦争後のイラク占領政策の
失敗が尾を引いているなと思った。

イラクのアルカイダは
2003年のアメリカによるイラク戦争後の
イラク国内の混乱で、リーダーのザルカウィ氏(のちに米軍の空爆で死亡)
のもと台頭した組織である。
この組織が強化された背景には、
イラクを占領したアメリカが、
フセイン政権の政党のバース党を解体したことがある。

バース党解体により、フセイン政権下で
働いてきた公務員や教師、大学教授、裁判官、警官、
医師らが一斉に失職した。

その失職して行き場を失った元バース党員の公務員や
軍人がイラクのアルカイダに参加し、
そして、現在のイスラム国の統治を支えているのだ。

(ちなみに、アメリカが日本を占領した時は、
間接統治の方法を取り、日本の基本的な統治機構は残していた。)

イラクのアルカイダは
2004年にイラクを旅行していた日本人青年を
人質にとり、日本政府にイラクからの自衛隊撤退を求めたが
拒否されると、人質の日本人青年を斬首して殺害した。
(この動画は見てしまった。かと言ってそうトラウマにもなっていない)

そのイラクのアルカイダが現在のイスラム国の母体のひとつに
なっているが、
イラクのアルカイダのリーダーのザルカウィ氏の側近の親族で
死刑囚としてヨルダンで拘束されている
サジダ・リシャウィ氏の解放を求めてきたということである。
2004年の日本人殺害といい、今回の事件といい
何か因縁めいたものを感じてしまうが。

それはさておき、
現在、イスラム国の最高指導者になっている
バグダディ氏もイラクの元バース党員だとされる。
アメリカ主導の戦後イラク政権への反政府および反米運動で
イラク南部のアメリカ軍の収容所に投獄されていた。
この収容所は、旧フセイン政権を支持する武装勢力の
メンバーと疑われた人物が次々と送り込まれたが、
その収容所に投獄されたバグダディ氏は
より過激な思想に染まっていったという。
そして、おそらくこの収容所で、
元バース党員や元軍人たちと人間関係を深め、
その方々がイスラム国の幹部になっているのではないかと見られる。
つまり、ある意味
米軍の収容所が反米イスラム過激派人物の養成所の
機能を果たしてしまっていたとも言える。

そして、バグダディ氏は収容所から出たあと
2010年ごろ過激派のリーダーとして台頭し、
そして、2011年以降のシリア内戦に乗じて、
シリアで影響力を拡大し、イスラム国の現在に至っているのである。

そして、イスラム国が、今日、
日本人人質のうち1名を殺害し、
さらに残り1名の人質の解放の条件として、
ヨルダンでテロ事件を起こして死刑囚になっている女性の
解放を求めるという日本とヨルダンの間の外交問題に
してしまうようなことになっている。

今回の人質殺害事件とイスラム国台頭への歴史を見ると、
アメリカによるイラク戦争とその後の占領政策の失敗の
とばっちりを日本が受けているようにも思える。


このブログ内の関連記事

2015年1月23日の記事
イスラム国支持者「中立はない、われわれに付くか、付かないかだ」・・・・アメリカの中東政策の代償で国際社会にさらなるテロの脅威が拡散してしまった



テーマ:政治・経済・時事問題 - ジャンル:政治・経済


イスラム国での湯川さん殺害は、昨年秋の日本の公安当局によるイスラム法学者などへの強制捜査がなければなかったかもしれない・・・公安当局の動きが「公安」の本来の意味から遠のく事態を招いた?

今日は、2015年(平成27年)1月26日 月曜日

イスラム国に人質として拘束され、殺害予告された
日本人2名のうち湯川遙菜さんが殺害された可能性が
高まった。

さて、今回のできごとで、昨年の秋の
日本の公安当局による同志社大学ぼイスラム法学者の中田考氏や
イスラム国と接点のあったジャーナリスト常岡浩介氏への
捜索が結果的に今回の危機を大きくしてしまったひとつの
ポイントとなったのではないかという見方がある。

それは北海道大学生がイスラム国に戦闘参加しようとして
その手助けをしたとして、その方々が
私戦予備・陰謀罪の容疑で家宅捜索を受けた。

その警察に捜査の影響について
TBSのNスタである政府情報当局者のコメントが
紹介されていたようである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
Yoshiki Daito さん 2015年1月22日 のツイートより

政府情報当局B氏「中田元教授は協力的で大事な情報源だった。
警察が捜査対象にしてからは情報が途絶えてしまって、関係も壊れてしまった。
日本は交渉役になり得る人を潰してしまった」Nスタ。

中田元教授は協力的で大事な情報源だった。 B78iP64CEAE76BA

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

これはどのようなことなのか?

そのいきさつなどについて、1月22日にお二人が
別々であるが外国人特派員協会で記者会見をしているので、
その内容を引用してみる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【全文】「72時間は短すぎる。時間をもう少しいただきたい」
〜イスラーム法学者・中田考氏がイスラム国の友人たちに呼びかけ
(BLOGOS編集部 2015年1月22日13時19分)


冒頭、同席した秋田一恵弁護士より、中田氏が現在私戦予備・陰謀罪の
被疑者であることから、質問については人質事件についてのみ受ける旨、
説明があった。また、同氏が昨年夏からイスラム国に拘束されている
湯川遥菜氏をめぐって、イスラム国の司令官、ウマル・グラバー氏から
「湯川氏の裁判をしたいので、イスラム法がわかり、日本語、アラビア語が
出来る人をお願いしたい。その際に裁判の様子を伝えるジャーナリストも連れてきてほしい」と
要請を受けていたことも明らかにした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そのジャーナリストというのが常岡浩介氏である。
常岡氏の会見でその時の様子がさらに詳しく説明されている。

昨年の8月にイスラム国の司令官からスパイ容疑で拘束した
湯川遥菜氏の裁判をしたいが、彼は英語もアラビア語も話せないので、
イスラム法に基づいて裁判を行ったという証明をしてくれる立会人や通訳として
イスラム法学者の中田考氏やジャーナリストの常岡浩介氏に
来て欲しいということで9月上旬にイスラム国支配地域に行ったが、
アメリカ軍などの空爆の影響で裁判の開催が難しい状況となり、
1ヵ月後の10月に再訪問ということで話が進んでいたところに
私戦予備・陰謀罪の捜索が始まったという。
その経過について、記者会見の内容をところどころ引用する。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【全文】「警察の捜査が、湯川さん後藤さんの危機的状況を引き起こした」
〜ジャーナリスト・常岡浩介氏が会見
(BLOGOS編集部 2015年1月22日16時59分)


もともと私はイスラム国を取材しようと思っていたわけではなく、
チェチェン紛争を取材していた経緯から、シリアで戦っている
チェチェン人グループを取材しており、その中でチェチェン人が
イスラム国のオマル司令官を紹介してくれたために、
この人物と連絡が取れるようになって、イスラム国の取材が
できることになるという、偶然的な幸運がありました。

そういう形なので、それほど重要な意味を感じないまま、
連絡がつく状態になっていたところ、去年の8月ですけれども、
この司令官から私のところにメッセージが届きました。
「すぐにイスラム国に来てほしい」という内容でした。

そのときの彼の表現では日本人ジャーナリストと書いて
ありましたけれども、"私たちは湯川遥菜氏を拘束している。
この人にはスパイの容疑がかかっており、裁判しようと思っているが、
意思の疎通ができていない。彼は英語もアラビア語もできないので、
日本語とアラビア語の通訳できる人を必要としている"。
そして、残虐行為をしないこと、彼らの論理ですけれども、
イスラム法に基づいて裁判を行ったという証明をしてくれる
立会人、witnessを必要としている、ということでした。

(中略)

オマル司令官に会って事情を聞いたんですけど、やはり彼は湯川氏について、
身代金を取る材料にしないということ、見せしめのための処刑をしないと
いうのがイスラム国の方針であると説明しました。あくまでも彼らの表現
で言うところの人道的、残虐な扱いをしない、イスラム法に従った公正な
裁判をすると言いました。そして湯川氏に会わせてもらえるとの説明を
受けたんですが、待てど暮らせど連れて行かれない。 見ていますと、
オマル司令官は無線機を使って自分の上官に連絡を試みているが返事が
来ない。さらに運が悪くというべきか、ラッカ市にたいしてシリアの
アサド政権による過去最大の空爆が加えられました。死者50人のうち、
35人くらいが市民だったと、欧米のメディアで報道されたのを確認しました。

(中略)

警察の妨害がなければ、私は湯川さんに会えた可能性があった

一旦日本に帰りまして、10月7日に再びイスラム国に向かうということで
準備していたんですけど、前日の夕方16時ごろ、日本の警察、
公安部外事第三課の職員が家宅捜査令状を持って我が家を訪れ、
私戦予備・陰謀罪の関係先として捜索し、そして関係物を押収しました。

(中略)

警察は11月には私に電話してきて、"お前も容疑者である"と言って
きました。そういう捜査も聞いたことがありません。検察への送致も
していません。捜査は着手から3ヶ月経っているんですけれども、
もちろん起訴されていない、警察が処理していないということです。
はっきり言うと、私戦予備罪というのは過去に適用されたこともない
事件でありまして、妥当性があるのかないのかも疑わしい事件で、
警察は強行的に私たちの情報を奪っていったと言ってていいと思います

そして、もし警察が妨害をすることがなければ、私は湯川さんに
イスラム国で会えた可能性があったと考えています。私たちは
彼の裁判に立ち会って無罪にする見通しもありました。
というのも、彼は自分の日記に"シリアでイスラム教に改宗した"と
書いていました。イスラム法では、改宗した人間は、
改宗前の罪が許される。ただ、イスラム国はそれを知らないまま、
裁判を行おうとしていますので、彼がイスラム教徒になったと
いうことを証明すれば、裁判で無罪を取れる可能性がある、
助けることができたかもしれない。 もしそうなれば、後藤健二さんは
無理してイスラム国の圏内にはいることはなかった。
言ってみれば、警察の捜査が、湯川さん後藤さんの危機的状況を
引き起こしたとすら言えると思います

(中略)

次に、僕が北海道大学生を戦闘員として送り込もうとしていた
という風に報道もされていましたし、警察はいまだにそう主張
していますが、最初に学生に接触したのは僕でした。
他に読売新聞や何社かが接触していますが、全てのメディア関係者が、
彼にイスラム国に行く意思はなかったと判断しています。
僕自身も3回会っていますが、彼にその意志はない、
口では適当なことを言い続ける人とだと考えています。

彼はいまだにTwitterで毎日色んな話をしていますが、その内容に、
シリアで戦う意思については発言していません。警察の捜査が
入る前もそういうことは話していません。
中には女性とセックスする話を延々と語っていますけれども、
全くシリアと戦うような素振りはないわけです。
本当に口からペラペラ喋っている人間であって、
そういう一種の放言のようなことを、警察は捕まえて自分たちの手柄に
利用しようとしていただけであって、捜査は架空のものであるとしか見られません。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ということであるが、
警察の公安部外事第三課は、刑事訴追を目的としてではなく
イスラム国関係の情報収集を目的として捜索に踏み切ったのかもしれない。

自分の足で現地まで言って、イスラム国の情報を得れないので、
別にテロ活動に関与などしていない
イスラム国とつながりのある日本人から情報を奪うことで、
ある意味、自分の足で稼がず楽して情報を得ようとしたとも見れる。

そのことが結果的に、日本とイスラム国の貴重な交渉ルートを潰し、
湯川さんの生命を失う事態を招き、さらにその湯川さんを救おうとした
後藤さんが人質となり、その後藤さんと
ヨルダンにいるイスラム国関係者の死刑囚との交換要求という
日本とヨルダンの間の外交問題に発展させてしまうという
事態を招いたと言えるかもしれない。

「公安」の意味を辞書で見てみると、
「社会が安らかで秩序が保たれていること」とあるが、
そうなることで、人々の暮らしや生命が守られることになると思う。

しかし、今回の公安部外事第三課による
はっきり言って、犯罪嫌疑がないような
イスラム法学者やジャーナリストい対する強制捜査により
結果的に、イスラム国にとらわれた日本人の生命を奪うことにつながり、
日本国とヨルダン王国との安定した外交関係に波乱要因をもたらすという
「公安」の本来の意味からさらに遠のくような本末転倒の事態を
引き寄せてしまった。そのように感じてしまう。


テーマ:政治・経済・時事問題 - ジャンル:政治・経済


特徴的な動きをしている数少ないことでも顔を覚えられてしまうものである・・・・9ヶ月ぶりに行ったにしきた前のハローワーク出張所にて

今日は、2015年(平成27年)1月25日 日曜日

有給休暇であった一昨日の午後、
西宮北口駅の南側にある
「しごとサポートウェーブにしきた」という
ハローワーク西宮の出張所のようなところに
求人情報を調べるために行ってきた。
今月いっぱいで、今の職場を退職するため
仕事を探す必要があるからだ。

そこに行くのは昨年の4月以来、
約9ヶ月ぶりであるが、
昨日行ったときは、
5台の求人検索機が全て使用されていて、
順番待ちをする必要があり、「4」のカードが
配られた。

あれ、前着たときは、求人検索機は
空いていてすぐに使えたのにと
思ったが、
それは、午前9時からの開始から行っていたから
だったということを思い出した。
次からは前のように朝一から通おうと思った。

順番が来て、求人検索機で
応募したい求人票を印刷して、
担当者の方がいる席に座ると、
その担当者の女性から

「あれ、この時間帯は珍しいですね。
朝早く来られていたのに」

という発言に私はびっくりしてしまった。
私はその女性の顔を覚えていなかったが、
その女性は8ヶ月ぶりに来る私の顔を覚えていたのだ。
私は、あまり「しごとサポートウェーブにしきた」で
求職活動をしたのは昨年の2月ごろから4月ごろに
3~4回ぐらいしか行った記憶がないが、
そのような私の顔を覚えていたのだ。

おそらく、今から9ヶ月から11ヶ月前と
3~4回とそれほど訪問回数は多くないが、
朝一番に来て求職で来るので、
それで顔を記憶されてしまったのだろうか。

特徴のある動きをしていると、
それほど数は多くなくても記憶されて
約9ヶ月離れていても覚えられているもの
なのだなあと思った。

私個人に関して、似たようなことと言えば、
2009年以来、毎年年末に
年に一度だけ訪れるCAFE FLATについて
当ブログの昨年の12月28日の記事
私の恒例行事となった年の瀬の夕刻、西宮北口のCAFE FLATにて、読書をしつつ、サザンの名曲「夕陽に別れを告げて」を聞きながら・・・曇り空でも光が届いているのだなあとふと思い
で、

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

昨年からは、その当日の午前中に
CAFE FLATの窓側の南側の席に座りたいので
その席を予約するために電話をするようになった。

昨年、予約した時は、

「あっ、いつも年末にこられる・・」

と、年に1度の年末しか来ない私のことを覚えてくれていた。

そして、昨日、昨年と同様に、
電話をかけて、

「席の予約をしたくて、今日の昼の2時に
窓側の南側の席を」

と言うと、

「あっ、○○さんですね」

と、私は自分の名前を言っていないのに、
昨年、私が予約して名乗った名前を覚えていたようで、
昨年のその時にしか私は名前を告げたことがないのに、
かつ、1年ぶりなのに、名前まで覚えていて
くれていたことに驚いた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

と、年に一度の年末にしか訪問しないお店であるが、
そのように特徴のある動きをしていると、
顔と名前まで覚えてもらうものである。

私はワンパターンのある特徴のある動きを
してしまうので、行く回数が少なくても
覚えられやすくなってしまうのだなあと
認識した。

テーマ:日記 - ジャンル:学問・文化・芸術


「譲りの合成の誤謬」・・譲られた側がすぐに応じて動かないと・・・電車に乗ろうとして降りる人を降りるのを待っていたら

今日は、2015年(平成27年)1月24日 土曜日

昨日の19時15分ごろ、
阪急西宮北口駅で今津駅行き方面のホームで
電車が到着したので、
乗客が降りるのを待って、乗車しようとしたが、
電車内でドアの右側にいる女子高生3名が、
車内の通路で立ったままですぐには降りようとせず、
何かをまっているようだった。
なかなか彼女達が降りないので、
私も中に入れない。どうしたのだろうと思って
彼女らの視線の先を見ると、
(私から見るとドアの右側から)
別の数名の女子高生達がゆっくりと歩いて
降りようとしてきた。

その時、あっ!と思った。
おそらく武庫川女子高の生徒達だろう。
そして、ドアの右側で立っていた女子高生は
後輩で、
ドアの左側からゆっくり歩いて降りようとしてきたのが
先輩なのだろう。

前にも武庫川女子高生らしき方々が、
先輩が降りるまで後輩が降りないような光景を見たことがあった。

我先に譲り合わずに乗客たちが乗り降りしようとすれば、
混み合うだけで乗り降りできずに円滑に行かなくなるので、
先に乗っている方が降りてから、
それから乗る人が乗車することで円滑さを保っているのだが、
女子高生達の先輩後輩の関係での譲りのため
先輩達がゆったりとしてすぐには降りない状態になると
乗ろうとしている人が降りる人に譲ったまま待たされる状態になり、
なかなか乗れずに、円滑な乗り降りが滞ってしまう。

その時、「譲りの合成の誤謬」という表現が脳裏に出てきた。

「合成の誤謬」とは、経済学で出てくる表現であるが、
各々が貯蓄することが合理的だと考えて、消費を控えてしまうと
結果的に消費が弱まり、不景気になってしまうことを
例えに出される。各々が合理的だと思って振舞うことが
結果的に全体にとって良くない結果をもたらすことを
「合成の誤謬」と言ったりする。

先ほどの電車の乗降の光景で言えば、
乗ろうとする人は降りる人に降りる方を優先させるために
譲る方が合理的だと考え、降りる人が出てくるのを待っていて、
かつ、後輩女子高生が先輩に譲って、先輩が降りるのを待つことが
その関係内での秩序を保つために合理的だとして振舞っているが、
なかなか先輩女子高生がゆっくりとして動きが緩慢になることにより、
後輩女子高生が降りれず、乗る人もなかなか乗れず、
それぞれが合理的であると思って振舞っていても
乗り降りが円滑に行かないという「譲りの合成の誤謬」が
発生してしまったように思えた。
この場合は、先輩女子高生の動きの緩慢さという要因が
「譲りの合成の誤謬」をもたらした。
譲り合いで円滑に動くようにするためには
譲られた側がすぐに応じて動かないと
「譲りの合成の誤謬」が発生してしまうのである。


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イスラム国支持者「中立はない、われわれに付くか、付かないかだ」・・・・アメリカの中東政策の代償で国際社会にさらなるテロの脅威が拡散してしまった

今日は、2015年(平成27年)1月23日 金曜日

イスラム国によって拘束され、殺害予告されている
日本人人質2名のタイムリミットが本日の午後2時50分ごろと
日本政府が認識しているということだが、
そのような行為をしているイスラム国に関して、
当ブログの昨年の大晦日の記事

2014年(平成26年)の3大ニュース・・・「主権国家をめぐるできごと」「消費税と総選挙・安倍自民党大勝」「山が崩れ、山が噴いて、人命奪う」

において、3大ニュースの1位を

1位 主権国家をめぐるできごと
    スコットランド住民投票、ロシアによるクリミア併合、イスラム国の台頭

として、イスラム国の台頭について

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そして、国家を枠組みを問う動きとして、
世界史的なこととして注目したいのが
シリアとイラクという主権国家をまたいで
支配勢力を拡大するイスラム国の台頭である。

どうして、イスラム国の台頭を
世界史的に注目したいと思うのかと言うと
17世紀に確立した現在の国家間関係の基盤となった
ウエストファリア体制への挑戦とも受け取られているからである。

17世紀前半、ヨーロッパでは
プロテスタント勢力とカトリック勢力との間で
三十年戦争と呼ばれる戦争が続き、
ドイツでは人口の4分の1が減ったとも言われる戦争であった。

この戦争を終わらすための条約として、
1648年にウエストファリア条約が締結された。

宗教上の対立から凄惨な戦争を反省して、
宗教と世俗の権力を切り離す政教分離が志向され、
政教分離がなされた世俗権力が主権を有する国家間の並存が
1648年にウエストファリア条約によって確立し、
そのウエストファリア体制が世界に広がり、
現在の国際関係においての国家間関係の基盤となっている。

一方で、シリアとイラクという主権国家をまたいで
支配勢力を拡大していたイスラム過激派勢力が
今年、6月に指導者のアブバクル・バグダディを
カリフ(預言者ムハンマドの後継者=最高権威者)」と
名乗って「イスラム国」の建国を宣言した。

そうなると、
宗教と切り離された世俗権力を主権とする
ウエストファリア体制下での国家ではなく、
イスラム教での最高宗教指導者を元首とする国家を標榜して
いることである。
そして、実際に、既存の主権国家であるシリアとイラクに
支配地域を拡大し、かつ、国家の仕組みを作り上げているのである。

そのウエストファリア体制に挑戦するかのような
イスラム国の台頭に対して、
アメリカは空爆で対処している。

このイスラム国の台頭は集団的自衛権行使を推し進める
安倍政権下の日本と全く無関係と言えなくなってくるかもしれない。

アメリカからの要請で、集団的自衛権をもとに
イスラム国攻撃に自衛隊か参戦することも
もしかしたらあるかもしれない。
そこまで、いかなくても、イスラム国の影響が残る
イラクに自衛隊がPKOに参加して、
イスラム国の兵士と戦闘状態になる可能性もある。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

と書いたが、私からみた昨年1位のニュースの項目が
早速、安倍政権が試される事態を招いているが、
私がこのイスラム国の台頭に注目したのが
17世紀から続くウエストファリアの近代国家体制を否定する
勢力が主権国家であるシリアとイラクに支配地域を広く持ち
イスラム教国家を樹立していることである。

このイスラム国のトップの
アブバクル・バグダディ氏が
「国家主義や民主主義といった幻想を打ち砕く」と述べていた。

そして、一昨日のテレビ報道で、
現地でイスラム国関係者と接触したジャーナリストが
イスラム国の人物は民主主義に敵意を抱くような発言をしていて、
かつ、ジャーナリストは世論形成を担うことから戦闘員だと言っていた。

そして、昨日のNHKのクローズアップ現代でVTR出演していた
イギリスで「イスラム国」を強く支持する
イスラム教の指導者アンジェム・チョードリー氏は

「中立というものはない。われわれに付くのか、付かないかだ」

と、かつての911直後のアメリカのブッシュ大統領の演説を
思い出させるような発言であった。

そして、このようなイスラム国関係者の発言を聞き、
ふと、哲学者で保守反動を自称する山崎行太郎氏のツイッターで
次のようなつぶやきがあった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
山崎行太郎ー哲学者、文芸評論家。‏@yamazakikoutaro

正義は何処にも誰にもない。ヨーロッパ社会とイスラム社会の抗争=戦争は
「力と力の衝突」である。
ヨーロッパ社会から見ればイスラム教やイスラム国は批判・罵倒すべきテロリズムで
ありテロ国家である。
イスラム社会から見れば、その逆である。どちらの立場に立つか?
「善悪の彼岸」の出来事だ。

https://twitter.com/yamazakikoutaro/status/557772156176990212

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

もうどうしようもなく解決困難な事態を国際社会は抱えてしまったのだろう。
西欧発の近代国家の自由と民主主義を憲法に書き記している日本は
イスラム国からすれば対立するものだと看做されるのだろうか。

イスラム国との文明の衝突から日本も逃れられなくなりつつあるかもしれない。

今回の事件を受けて、外務省は渡航情報を出した。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
日本人拘束受け 外務省が「渡航情報」
(NHK 2015年1月22日16時44分)


外務省は、「イスラム国」とみられる組織に日本人2人が拘束されている事件を受けて、
日本人が海外で、テロや誘拐、脅迫などに巻き込まれるおそれもあるとみています。
このため、地域を問わず海外渡航や滞在を予定している日本人に対し、
不測の事態に巻き込まれないよう、最新の治安情勢に関する情報の入手に努め、
状況に応じて適切な安全対策を講じるなどの注意を呼びかける「渡航情報」を出しました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

世界どこに行くにしても、テロには気をつけろよ!

ということである。

イスラム国支配地域でないところの欧米でも
イスラム教の思想に感化された人物が人質事件のテロを起こし、
日本人が巻き込まれた場合、日本人だからと言って
見逃してもらえるような状況ではないということだろう。

イスラム国の台頭の経緯の背景を見ると
アメリカの中東政策は抜きに語れない。

イスラム国はイラクとシリアに支配地域を持つようになったが、
アメリカのブッシュ政権が、国際法違反のイラク戦争を勃発させ、
フセイン独裁政権を打倒したが、その後イラクの治安は多いに乱れた。

シリアでは、アラブの春の民主化運動で、
独裁政権のアサド政権が弾圧に走った結果、
シリアは内戦状態になり、
その反アサド勢力をアメリカは支援して、
アサド政権の転覆を画策したが、結果は、
シリアの治安は混乱したままとなり、その間隙を縫って、
イスラム国が台頭した。

アメリカがイラクとシリアの独裁政権の打倒またはそれを画策した結果、
治安の混乱だけを招き、
フセイン政権やアサド政権よりも酷いイスラム国の台頭を招き、
テロを世界に拡散していく状況になりつつある。

アメリカの中東政策のツケ・代償により、
日本を含む国際社会はさらなるテロの脅威に晒されているように
感じてしまう。


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イスラム国による日本人人質殺害予告は、安倍政権にとって想定内だったのか、想定外だったのか?

今日は、2015年(平成27年)1月22日 木曜日

今回のイスラム国による日本人人質殺害予告の事件は、
政府にとって、想定外だったのか?想定内だったのか?

昨年の11月に、既に
今回殺害予告されているジャーナリストの後藤氏が
イスラム国に拘束され身代金が要求されていたことが
報道されている。

昨日の関西テレビのニュースアンカーでの
青山繁晴氏のコーナーで、
青山氏は、
政府内で
イスラム国が拘束した後藤氏や湯川氏を
日本を揺さぶるカードとして、
殺害予告をしてくることをシミュレーションしていて、
ただ、解放するための手立ては乏しいという
判断をだしていた。
ただ、そのために安倍首相の中東歴訪を止めれば、
日本はテロに屈しやすいという印象を与えてしまうため
今回の中東歴訪を予定通り実行したというのだ。
1977年の日本赤軍によるダッカ事件で
日本政府が日本赤軍の要求に応じて
身代金と刑務所にいる仲間を超法規的処理で釈放したことから
日本はテロに屈するという印象を払拭するためにも
今回の安倍首相の中東歴訪は止めるわけにはいかなかった。

そのような趣旨のことを政府関係者は言っていたという内容を
青山氏は説明していた。
それを聴いていると、政府はこのような事態を発生することを
想定内にしていたということになる。

一方で、ネット上で朝日新聞の報道から

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そもそも事件は政権にとって「想定外」だったようだ。首相官邸の高官は明かす。
「今回のような事態は全く想像していなかった。湯川(遥菜)さんの足取りもつかめていなかった」

朝日新聞の
「敵視された日本の中東支援 首相の外遊、一転して緊迫」に
掲載されていたようだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この朝日新聞の報道を見ると、

おいおい、想定内か想定外かどっちやねん!!

と思ってしまう。

想定外であったら、
11月から身代金要求が出ていたのに、
政府の危機管理としてお粗末としかいいようがない。

一方で、想定内であったとき、
イスラム国の広報戦略にイスラム諸国の諸国民が
乗せられてしまうリスクをどれほど想定しているのだろうかと
気になる。

ちょうど、安倍首相が今回の事件で
テロに対する非難を声明を出したところがイスラエルであった。

その記者会見で、安倍首相の背後に
イスラエル国旗があり、それを見たイスラム諸国で
反イスラエル感情を持つ方々の中に

「おい、日本はイスラエルの肩を持っているのか。
イスラエルは対テロを名目にパレスチナの人々を殺害している。
アメリカの言うテロとの戦いで、普通の市民が殺されている。
そのようなイスラエルやアメリカの肩を持つのか」

と日本のイスラム諸国において、
親日的な人々が多いという日本にとって
有利な外交的ポジションを損なう事態になりかねない。

安倍首相は、イスラエルの新聞に
イスラエル政府が進めるヨルダン川西岸占領地域への
入植政策は、国際法違反であると
パレスチナに寄り添う意見を寄稿している。

それをもっと、イスラム諸国の方々に伝わるように
して欲しいものだと思う。


このブログ内の関連記事

2015年1月21日の記事
「テロには屈しない」という表現に感じる違和感・・・・安全地帯にいる我々が言ってもなあ

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「テロには屈しない」という表現に感じる違和感・・・・安全地帯にいる我々が言ってもなあ

今日は、2015年(平成27年)1月21日 水曜日

イスラム国に拘束されていた日本人2名に対して、
イスラム国が、日本政府が72時間以内に2億ドル
支払わなければ殺害するという脅迫してきたことに対して、
安倍首相が「テロには屈しない」と言っていた。

何かこの「テロには屈しない」という表現に違和感を感じるのは
なぜだろうか?

もし、人質になっていて首を切断される状況になると覚悟している
その本人が「私の命はどうなってもいいから、テロには屈しないで、
要求に応じるな」と言えば、説得力を感じるが、
別に人質の日本人2名が首を切断され殺害されても、
安倍首相そのものには肉体的なダメージはなく、
そのように安全地帯にいる人が
「テロには屈しない」と言っても、何か説得力を感じないのだ。

「テロには屈しない」と言うより、「テロによる要求には応じない」
というのが事実関係を伝えるので妥当ではと感じる。

「テロによる要求には応じない」=人質が殺されてもかまいません

ということに結果的になると思うが。

この事件に関して、フリーライターの赤木智弘氏の
ツイッターで、このようなつぶやきがあった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

赤木智弘@お前も流星にしてやろうか‏@T_akagi

人質が安倍晋三と石原慎太郎だったら。
テロリスト「2億ドル払わなければ人質を殺す」
日本人「どうぞどうぞ」
テロリスト「人質の命がどうなってもいいのか!」
日本人「どうぞどうぞ」
テロリスト「本当に殺るぞ!」
日本人「どうぞどうぞ」
テロリスト「お前らに人の心はないのか?」

https://twitter.com/T_akagi/status/557446562574393344
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

もし、安倍首相本人が人質になってしまって、自分の首を切断される危機が迫る中、

日本国民が「テロには屈するな。テロリストの要求に応じるな」

という大合唱になってしまったら、安倍首相本人はどう感じるだろうか?

さて、イスラム国の要求期限は3日後の午後になるが、
最終的に人質の2名は首を切断される事態になるだろうと思う。

このように淡々と自分が書けるのも、自分が安全地帯にいるからだと
思いながら書いている。

このような事態が集団的自衛権の拡大を進める安倍政権下で起きていることに
注目している。
2名の日本人が惨殺されたことを政治的に利用して、
何かしらの政治的な動きになっていくかもしれないなあと。


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万引き偽装動画の少年が生活保護を受けていたことについて・・・前科ありの彼に、生活保護を認めず汗水流して働かして、更正につながった場合もあるかもしれないし、さらなる挫折でより大きな大事件を起こしていたかもしれない

今日は、2015年(平成27年)1月20日 火曜日

売り物の商品につまようじを刺したり、
万引きをしている様子の動画を投稿していた少年が
建造物侵入容疑で逮捕されたが、
(実際は、万引きなどは偽装だったようだが)
この少年が前科の殺人予告の事件で少年院を出所した後、
生活保護を受けていたことに対して、
フジテレビの18時からのニュースのコメンテーターが、

「このようなことができるなら、
生活保護を与えるのではなく、汗水流して、
働くようにしていくべき」

という趣旨のことを言っていた。

それはごもっともと思えるが、
さて、この彼を生活保護を与えずに働かす方向に
持って行ったとして、そのごもっともなべき論の
理想状態になっていたかどうかわからない。

このような社会から多くの非難を浴びる自らの行為の
動画のネット上に投稿して、注目を浴びることで、
彼なりの自尊感情の欠落の穴埋めをしようとしていたかもしれない。

仮に、彼に自尊感情が欠落しているとして話を進めると、
今回のような事象を引き起こした彼は、
少年院にいる間に、その欠落を埋めることはできなかったとなる。

さて、そのような自尊感情が欠落したままに、
生活保護を与えず働かせた場合どうなるか?

その職場の人間関係に恵まれれば、
彼の自尊心の欠落を埋めてくれて、更正につながっていたかも
しれない。

一方で、殺人予告という前科が影響して、
なかなか就職できず、ホームレスになっていたかもしれない。

もし、何らかの職につけたとしても、
職業経験がない状態で、仕事がうまくいかず、
かつ、職場の人間関係がうまくいかず、仕事がなかなか
できないことで、批判され続ければ、結局、
退職することになっていたかもしれない。

そうなれば、自尊感情の欠落は埋められるどころが
より大きくなる。

さて、もし、就職または、仕事に失敗して、
ホームレスに彼がなったとしたら、
インターネットで動画などでアップして、
ネット上で自己顕示できる機会がなくなっているだろう。

さて、そのような彼は、
少年法や猟奇的な殺人事件を起こした
神戸の少年事件に強い関心を抱いていたようだが、
ホームレス状態になった場合の彼が、
自尊感情のさらなる欠落の穴埋めのための
自己顕示を示すために、
秋葉原の大量殺人事件のような
今回のような騒動がかわいいと思えるぐらいの
事を引き起こすことがあったかもしれない。

「もし」の仮定の話なので、
わからないが、
前科の彼が少年院出所後に
生活保護を与えずに、
汗水流して働かすように導こうとすることが
いい結果につながることもあれば、
一方で、自尊感情が欠落したままの彼にとっては、
必ずしも良い結果にならず、
更なる惨劇にをもたらす可能性があるかもしれないと
想像することもあっていいのではないかと感じた。

彼の生い立ちはわからないので、
情報が少ない中での想像に過ぎないが、
彼がどのような生い立ちを経てきたのかは
「自尊感情」をキーワードにして
関心を抱くところである。

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じたばたする、その語源・・・「七回転げ回り、八回倒れる」ほどに、もがき苦しみ

あわてふためいたいり、
手足をバタバタしたりしている様子を
「じたばたする」と言ったりする。

その「じたばた」という表現は
四字熟語で、ひどく苦しんで転げまわることを意味する
「七転八倒」に由来するとも言われる。

七転八倒という表現は、
13世紀、中国の宋代、朱子がその門弟たちと交わした言葉を編纂した
「朱子語類」の中に、

ただ商(殷)の季(すえ)に當(あた)り、七転八倒して上下崩頽(ほうたい)

このように使われているが、意味は

商王朝の末期に世の中が混乱し総崩れになり大いに乱れた

ということであるが、そのように「世の中の乱れる」という意味で
「七転八倒」が使われているが、それが転用され、
もがき苦しみ転げまわることという意味でも使われるようになる。

「七」と「八」という数字は数が多いことを表す意味で
使われ、「七回転げ回り、八回倒れる」ほどもがき苦しみ
転げまわるということである。

そのような意味の「七転八倒」の
「七(しち)」が「じた」
「八(ばっ)」が「ばた」に変化して、
あわてふためいたいり、
手足をバタバタしたりしている様子の意味として
「じたばたする」という表現が生まれたという説がある。

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紫綬褒章を尻ポケットから取り出した桑田佳祐は謝罪不要だ・・・ネトウヨの皆さんは、福島県民の故郷を奪っている東電にデモとかしないのですかねえ

今日は、2015年(平成27年)1月18日 日曜日

サザンオールスターズの年越しライブで、
桑田佳祐が、昨年の秋に彼が受賞した
「日本国天皇」の名で授与される紫綬褒章を尻ポケットから取り出し、
「5000円からいきましょう、ほしい人~?」などと
公開オークションをするかのようなジョークを交えたことに
対して、
「天皇陛下に対する不敬だ」という批判が出て、かつ、
サザンの曲のピースとハイライトのPVやパフォーマンスを
めぐって、「反日」や「売国」だの批判がネット上で
巻き起こり、
在特会やネトウヨらしき方々が、
サザンオールスターズの所属事務所のアミューズの前で
デモを起こすという事態になった。

それを受けてかわからないが、
桑田佳祐とアミューズが謝罪文を出し、
一部は以下のような内容であった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

昨年秋、桑田佳祐が、紫綬褒章を賜るという栄誉に浴することができましたことから、
ファンの方々に多数お集まりいただけるライブの場をお借りして、
紫綬褒章をお披露目させていただき、
いつも応援して下さっている皆様への感謝の気持ちをお伝えする
場面も作らせていただきました。
その際、感謝の表現方法に充分な配慮が足りず、ジョークを織り込み、
紫綬褒章の取り扱いにも不備があった為、不快な思いをされた方もいらっしゃいました。
深く反省すると共に、ここに謹んでお詫び申し上げます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ということだが、
今回の件で、桑田佳祐とアミューズは全く謝罪する必要がないと思う。

ネトウヨのデモがフジテレビデモのように拡大して、
ライブ活動などに影響を及ぼすことを懸念して
謝罪文を出したのかもしれないが、
逆に、これを逆手にとって、炎上マーケティングで
一儲けしようというあざとさというか
たくましさを見せて欲しかったわ。

それにしても、
桑田佳祐が紫綬褒章を尻ポケットから取り出したぐらいで、
「天皇陛下に対する不敬」だとギャーギャーピーピーわめく
方々がいるようだが、
私からすれば、
たかが桑田佳祐が紫綬褒章を尻ポケットから取り出したぐらいで、
紫綬褒章の権威が下がるような柔なものなのか、
それぐらいで、権威が下がるなら、それに過ぎないだけであって、
たかがそのような桑田佳祐のふるまいで
ギャーギャーピーピーわめくこと事態、
紫綬褒章や天皇陛下の価値を貶める
国賊ものだと私は思ってしまう。

それにしても、
このようなギャーギャーピーピーわめくようなことでもない
桑田佳祐に対して抗議のデモをするネトウヨの方々は、
愛国心を意識している方々だと思うが、
そのような方々が、
原発事故で福島県民の多くの故郷を奪っている東京電力に対して、
デモをしたといことはあるのだろうか?
私が知る限り見聞きしたことはない。


戦前の昭和初期の右翼と言えば、
血盟団事件で三井財閥の総帥の團琢磨を暗殺していたりして、
財界に対して、激しい行動を起こしているが、
一方で、ネトウヨさん達は、
原発事故で多くの福島県民の多数を故郷喪失状態にしている
東京電力(今期に、約5000億円の純利益をあげていて、
これは福島原発事故前の2010年や2009年よりも大きな金額)

にデモを仕掛けようともしないネトウヨの方々は
戦前の昭和初期の右翼とは異なるタイプなのだろうなあ。



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阪神淡路大震災20周年・・・20年で様変わりし、震災の面影なき西宮北口を見ると、東日本大震災での震災遺構保存は記憶の伝承のために必要だと思う

今日は、2015年(平成27年)1月17日 土曜日

昨日、神戸三宮の職場近くの
神戸市役所の西隣の道路を歩いていると、
毎日放送(MBS)の車が止まっていた。

MBS車両 神戸市役所前 150116_1145~001

神戸市役所の近くには、
震災の記念行事が行われる東遊園地が
あるが、
おそらく、阪神淡路大震災20周年関連の
取材で、MBSの車が止まっていたのかなあと
想像した。

今日で、約6400名が亡くなった
阪神淡路大震災から20年になる。

私は、21歳の大学3回生の時、
大学近くにあった西宮市上ヶ原の下宿屋で
被災した。

あの時、既に起床して椅子に座っていた私は
最初の初期微動から感じて、
いつもの地震かと思っていたら、
急に強い揺れになり、
後ろを振るかえると、
本棚代わりにしているカラーボックスが倒れ始め、
そして、本が宙に浮いているのが見えたときに、
停電で真っ暗になり、その後、ガラスが割れる音が
響いた。

その時は、全く怖いとは思わなかった。

椅子に座りながら

お~!お~!お~!

と感じつつ、
ただ、いつもの地震と違うと思うぐらであった。

揺れが収まり、他の部屋にいる方の声が聞こえ、
私はその時、
「地震で割れたガラスで足をケガする」という
情報をテレビで聞いていたことをとっさに思い出し、

「足元のガラスに気をつけろよ~」と呼びかけていた。

その後、直線距離でおよそ300mぐらい離れたところの
友人の住む下宿屋はほぼ無傷ということで、
そこに避難させてもらった。

電気は当日の昼ごろには復旧していた。

その友人宅にはテレビがなかったので、
私の下宿からテレビを持っていって、
地震報道を見続けた。

その夜テレビを見ながら驚いたのが
ほぼ1時間ごとに発表される
死者と不明者の数が、それぞれ約100人ずつ
増えていったことだ。

そして死者数が1000人を超えたことを
知ったとき、現代の日本でそのような大災害が
起きるなんて全く思っていなかったので
驚いた。

日本の
自然災害で、1000名以上の死者が出たのは
阪神淡路大震災の前では、
昭和34年(1959年)に
死者・不明者約5000名を出した
伊勢湾台風であった。


私が生まれたのは昭和48年(1973年)と
高度経済成長期が終え、日本が経済先進国の地位を
確立した後であった。

経済的に豊かになった国で
防災対策が進み、
私が物心ついた後にリアルタイムのテレビ報道で見た
大災害は
昭和57年(1982年)に
約300名が死亡した長崎大水害、
昭和58年(1983年)に大津波で
約100名が死亡した日本海中部地震、
そして、平成5年(1993年)に
約220名が大津波などで亡くなった北海道南西沖地震と
日本国内で、
死亡者数が1000名を越す災害をテレビで見ることはなかった。


私にとって、生きてきてそれまでは、
大災害はテレビの画面の中のできごとであったが、
まさに死亡者が1000名を越す大災害の
被災地の真っ只中に自分が
いることになってしまっていたのだ。

そのような感想を抱きながら
当時の日本の戦後最大の自然災害の最中にいたのであった。


その後、下宿屋は住めなくなり全壊扱いで、
大阪市に引っ越すことになった。

翌年の10月末に再び西宮市に戻り
それ以来、西宮市に住み続けている。

そして、今日で
阪神淡路大震災から20年になる。

さて、昨日、阪急西宮北口駅の
南東側にある
西宮ガーデンズに行った。
震災当時はなかった施設で、
そこは、震災当時は
西宮スタジアムであった。

震災発生から約4ヵ月後の
5月16日に
そこで、BON JOVIがライブを行っていた。

震災から20年経った今、
その西宮スタジアムはなく、
阪急西宮北口駅周辺はこの20年で
大きく変わった。

駅の北東側の商店街は
震度7の揺れで壊滅的な状態となり、
再開発で、平成13年(2001年)に
商業施設と高層住宅の複合施設の
ACTA西宮となった。

駅の西側の北西側は
あまり、震災当時と変わらないが、
南西側には、
プレラ西宮という公共施設と住宅が入る設備ができ、
また、県立芸術文化センターという大きな劇場のホールが
作られた。

震災発生の翌日に
大阪梅田までの電車が復旧し、
復旧支援のターミナル駅となった
阪急西宮北口駅周辺は
この20年で大きく様変わりし、
あのような大災害の面影もない。

震災の後に生まれて、そのようなことも知らない
方々にとっては、
今の西宮北口駅周辺を見て、
20年前にあのような大災害があったことは
想像できないだろう。

西宮市だけでも1000人以上が亡くなり、
人口が3万人も減ってしまった。

空間的に震災の記憶の継承が
なされない風景になっている。

それでふと思ったのが、
東日本大震災で、巨大津波の被害の痕跡を残す
震災遺構を保存するか取り壊すかで様々な議論になったりしたが、
巨大災害の記憶を空間的に継承して感じてもらうためにも
もう、20年前のあの巨大災害の面影が残らない
西宮北口駅周辺を見て、
東日本大震災の被災地にある
震災遺構を保存する方が良いのではないかと思ったりする。

ちなみに、東日本大震災での原発事故により
私は14年間勤めた仕事の職を失うこととなった。

阪神淡路大震災と東日本大震災という
平成の2つの大震災は私の人生を大きく変えるものになった。

さて、東日本大震災が発生して、20年となるには
あと16年ある。

阪神淡路大震災から20年の今と
東日本大震災から20年後の時の16年後とで
どのような違いがあり、何か共通することがあったりするのか
想像したりする。

当ブログでは、
平成18年(2006年)以来、1月17日は
平成23年(2011年)を除いては、
阪神淡路大震災のことについて書いてきたが、
それから20年むかえた今回をもって、
1月17日に、阪神淡路大震災について書くことは
終わりにしようと思う。
私個人としては、もうそれについて書くことがなくなったという
感じである。

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2006年1月17日の記事  「風化」の語源と「震災」の風化懸念
あれから11年、「風化」が懸念されている

2007年1月17日の記事
地震直後に風呂に水を貯めた人がいた ~阪神・淡路大震災から12年

2008年1月17日の記事
震災時のコミュニケーションの確保 ~ 阪神・淡路大震災から13年 震災時の「赤い伝言カード」

2009年1月17日の記事
大地震による地滑り災害の脅威 ~ 阪神淡路大震災から14年、西宮市仁川の地滑り災害が埋もれた記憶にならないように

2010年1月17日の記事
阪神淡路大震災から15年・・・・被災地の真っただ中にいた私の地震直後の経過と私が見れなかった発生直後の地震報道の経過を振り返る

2012年1月17日の記事
阪神淡路大震災から17年・・・2つの7連覇チームと平成の2つの大震災・・伊勢湾台風から17年後を比べつつ

2013年1月17日の記事
阪神大震災で、実は津波が発生していた!・・・大阪湾断層帯大地震で神戸に5分以内に4mを超す大津波が来襲!!

2014年1月17日の記事
阪神淡路大震災から19年、被災地だった西宮はあの大災害の面影は今はなく・・・・前回の東京五輪は終戦から19年後だったなあ

2014年2月13日の記事
私の人生と平成の2つの大震災・・・2月13日は、その2つの大震災の中間日

1月17日のもうひとつの大きな出来事
2011年1月17日の記事
砂漠の嵐作戦が始まったのは、今から20年前の今日の1991年1月17日・・・湾岸戦争開戦


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シャルリー・エブドの表現の自由を守るため、誰かの自由が奪われるかも・・・フランステロで治安権限強化、911テロの後、アメリカではテロ対策のもと人権侵害が発生した

今日は、2015年(平成27年)1月16日 金曜日

フランスのパリで、
イスラム教の預言者であるマホメットを風刺する絵を
掲載していたシャルリー・エブド社が
テロ攻撃され、多数の死者を出したが、
そのシャルリー・エブド社が表現の自由の意思を貫徹しようと
しているのだろうか、
再び、マホメットを風刺する絵を載せた。

これはテロ攻撃を仕掛けた側からすれば

「おい、われ!
まだケンカ売っているんか。
売られたケンカは買ってやろうやないか」

という意識で、再びテロ攻撃を仕掛ける
機会をうかがうことになるのではないか。

フランスでは、このたびのテロ事件を受けて、
治安関係の権限強化を進めるようだが、
アメリカの911テロのあと
治安関係の強化にともない
基本的人権を侵害するような事態が発生した。

フランスでは大統領が
テロリストとの戦争だと言ったが、
シャルリー・エブドがマホメットに対する風刺画を
描くという表現の自由を守るために
さらなるテロを招くリスクが高まり、
テロ防止のために治安権限が強化されるなかで、
誰かの基本的人権、つまり、誰かの自由が奪われる
事態が発生することになるのではないかと想像する。


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2015年1月12日の記事
フランステロ抗議で「JE SUIS CHARLIE」を掲げることで次なるテロを招くという自覚はあるのだろうか?・・・表現の自由をめぐっての文明の対立が、流血の事態を招いている


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今年も地球の自転が15回転目になり半月経ち・・・かつて1月15日は成人の日であったが、私が21才の時のその日、2日後にあののようなことが起きるとは全く想像していなかった

今日は、2015年(平成27年)1月15日 木曜日

今月も半月が過ぎた。
つまり、今年になって半月が過ぎたということである。
2週間前に今年が始まったばかりなのに、
繰り返し地球が自転して、今日で
今年になって15回転目になり、
半月たったのだ。
今年という時が刻まれ進んでいるのだ。


2週間前に元日で正月気分だったのに、
今年は進んでいる。
まだ今年のうち24分の1=約4%と
わずかであるが、
また半月経てば1ヶ月経ち、
今年のうち12分の1=約8%進む
こととなる。

だんだん時が進んでいくのだ。

先週から仕事始めで、
職場のある神戸三宮を歩いたりするが、
仕事始めから2週目となり、
地球が1回自転して、また次の日に
職場のある神戸三宮を歩き、
今日で、
1月15日になる。
今日もそこを歩くことになるのだろう。

そういえば1月15日は
かつては成人の日の祝日として
固定されていた。

私が大学3年生のとき、
1月15日は成人の日でかつ日曜日であった。

私はその時、西宮市で過ごしていた。
それは今から20年前の成人の日であった。

あと2日後の夜明け前に
大災害をもたらす大地震に遭遇するとは
全く考えていなかった20年前の成人の日であった。

私が今、通勤で歩く三宮にて
20年前の1月15日の成人の日に
歩いていた人々が
あのようなことが2日後に起きるとは
誰も思っていなかっただろう。


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昨日の夜明け前、外に出ると思ったより寒くなかった・・・・雲という天然の布団で冷え込みが弱まった

今日は、2015年(平成27年)1月14日 水曜日

昨日、まだ夜が明けきらぬ

午前5時50分ごろに
西宮市今津の自宅を出た。

外に出たとき思ったほど寒くなかった。

前日の天気予報で、
気温が2℃以下と冷え込む予報であったが、
家を出る前、テレビのNHK中継で、
大阪の気温が5℃台で、

「あれ、予報よりも気温が高いなあ」と

思った。

いざ、外に出るとその理由がわかった。

空が雲に覆われていたのだ。

夜明け前に、空に雲がなく晴れていると、
地表の熱が奪われる放射冷却の現象が発生して
冷え込む。

逆に、そのときに雲に覆われていると、
いったん地表から放射された熱が
雲に反射して再び地表の方に戻っていく、
そのため気温が保たれ、
冷え込みが弱まる。

ある意味、雲が天然の布団となって、
冷え込みを防いでくれているのだ。

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元の木阿弥、その語源・・・・戦国時代、大和の国のある武将の影武者として「木阿弥」という人物がいたという

一度良くなっても、再度、良くない状態に戻った時に
「元の木阿弥」という表現が使われることがある。

さて、どうして、そのような意味で
「元の木阿弥」という表現が生まれたのか?

キーワードは「影武者」である。

それは、戦国時代に遡る。
当時、現代の奈良県にあたる大和に
筒井順昭(じゅんしょう)という武将がいた。

ただ、1551年に
筒井順昭は28歳という若さで重病になり、
死期が迫っているのを悟った。

ただ、跡継ぎ息子の藤勝(後の順慶)は幼い。

順昭はもし今自分が亡くなれば、
敵対している松永氏が攻め込んでくると考え、
自分に近い氏族や側近の家老を呼び、
自分が亡くなった時、どうするべきかを対策を伝えた。

筒井順昭は彼らに、自分が亡くなったことは公表するな。
そして、次にこう伝えた。

順昭のところにお見舞いにきて、琴を奏でて
慰めに頻繁によく来てくれていた木阿弥という人物が
自分の顔や声や似て、かつ年齢も近いので、
彼を筒井家に招きいれるようにと。
つまり、木阿弥を自分の影武者として迎え入れろという
指示だった。

順昭の死後、木阿弥を順昭を影武者として迎え入れた。
盲目の木阿弥は貧乏な僧侶であったが、一変して、
経済的に豊かな殿様として生活を始めることとなった。

そして、時は経ち、
幼かった跡継ぎ息子の藤勝は育ち、
順慶(じゅんけい)と名を変え、筒井家の後継体制を整え、
順昭の死を公表し、順慶に後を継がせた。

それにともない木阿弥は順昭の影武者をする必要ななくなり、
元の貧乏な盲目僧侶に戻った。

そのようなお話から、
一度良くなっても再度良くない状態に戻ることを
「元の木阿弥」と言うようななったそうだ。

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フランステロ抗議で「JE SUIS CHARLIE」を掲げることで次なるテロを招くという自覚はあるのだろうか?・・・表現の自由をめぐっての文明の対立が、流血の事態を招いている

今日は、2015年(平成27年)1月12日 月曜日

フランスのパリで、
イスラム教の預言者であるマホメットを風刺する絵を
掲載していたシャルリー・エブド社が
アルカイダ系の組織から指示を受けたと思われる
者たちによるテロ攻撃を受けて、
多数の死者を出す事態になったことを受けて、
それに抗議する意思表示として
「JE SUIS CHARLIE」(私はシャルリー(・エブド)」と
いうプラカードやそれを表した物を身につけたりしている。

ふと思ったのだが、
その行為をする方々に対して、
テロ攻撃を指示した組織からすれば、
攻撃の対象になるべき人物だと判断なれることは
ないのだろうか?

シャルリー・エブドで
イスラム国がムハンマドの首を切る風刺漫画が
掲載されていたが、
イスラム教を精神的支柱にしてアイデンティティに
している方々の中に
その風刺漫画を見て、
かなり精神的に冒涜されたと思う方はないのだろうか?

今回の事件を指揮したのは
アラビア半島のイエメンにある
「アラビア半島のアルカイダ(AQAP)」とされるが、
彼らもイスラム教徒であり、
アイデンティティの根拠となるようなムハンマドを
冒涜すれば、テロをすることをためらわない彼らにとって
「JE SUIS CHARLIE"」と表明するもの達は
ムハンマドを冒涜する表現を肯定するもの達であり、
敵であり、死の制裁を加えられるべきもの達だと考える
のではなかろうか?

「JE SUIS CHARLIE"」を表現するものを持ったり、
身に着けたりする方々が、欧米諸国で広がったが、
AQAPにとっては、テロ攻撃の対象国民になるという
ことになるのではないだろうか?

今回の事件で、マスコミのインタビューに応じた
AQAPの幹部は

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「フランスの息子たちの中には、アッラーの預言者に対する礼を失している者がいる・・・
アッラーの兵士らがこうした者たちに敬意の表し方を教え、表現の自由の範囲を教えてやったのだ」

イエメンのアルカイダ、仏への新たな攻撃を警告 米民間情報機関
(AFPニュース 2015年1月10日 12時30分)より

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

とコメントしているが、
表現の自由をめぐっての文明の対立が、流血の事態を招いているようにも思える。

NHKのニュースで、
京都で今回のテロ事件の犠牲者を追悼するための記帳が
行われたというニュースがあったが、
そこでは、
記帳者に「JE SUIS CHARLIE」のバッジが配布されていたという。
そのニュースのインタビューに出ていたある日本人女性が
「テロには屈しない」と言っていたが、
その時、私が感じたのは、
「身の危険を感じない状況で、そのようなことは誰でも
言えるわなあ」と、
「JE SUIS CHARLIE」ということを多くの方々が表現する
社会は、アルカイダ系のテロ攻撃の対象になり、
次なるテロ攻撃を受けて、次なる流血の事態が発生するという
ことをどれだけ自覚しているのだろうか、自覚はしていないのでは
なかろうかと感じた。

そう言えば、表現の自由とイスラムに関わるテロではないかと
思われる事件はかつて、日本でも発生していた。

イギリスの作家サルマン・ラシュディ氏が
ムハンマドを題材にした小説「悪魔の詩」を1988年に発表したが、
その内容がイスラムを冒涜するものだとして、
イラン最高指導者ホメイニ師は作者のラシュディの死刑宣告をし、
また、各国でそれを出版したり翻訳した方々が暗殺される事件が
発生したが、
日本では、1991年に
それを翻訳した筑波大学助教授の五十嵐一氏が
学内で殺害される事件が発生している。
これは犯人未特定のまま時効になったが、
翻訳したことによって、殺害されたのではないかと
考えられている。

そのように、かつて、日本でも
イスラムを冒涜する小説に関わった人物が殺害されるという
事件が発生していて、
今回のフランスのテロ事件で、抗議を意思を表すために
「JE SUIS CHARLIE」と表記するものを
ツイッターでフェイスブックなど個人が特定されるSNSで載せることは
テロ組織に攻撃される可能性があるかもしれないと
頭の片隅においてい置いた方が良さそうである。

「JE SUIS CHARLIE」を掲げることにより
次なるテロを招き、それにより、もしかしたら自分が死ぬことが
あるかもしれないし、自分が死ななくても、
誰かがテロにより命を失う事態が発生するかもしれない。

「JE SUIS CHARLIE」を掲げるなら
そのなよう自覚を持ってもらえればと思う。


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パリで言論機関へのテロ・・・・911テロからの対テロ戦争後もこのような衝撃的なテロは時折勃発し続けるのだろうなあ

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知人の長男の6歳園児に独創性の芽・・・・学校の成績に一喜一憂しないで、彼の独創性を育んで欲しいなあ

今日は、2015年(平成27年)1月11日 日曜日

昨日、私の知人のママが経営するカフェで
おいしいフレーバーティを口にしつつ、
彼女といろいろ話に花咲かせた。

彼女の8歳の長女と6歳の長男の話題になって、
その姉弟のぬり絵の塗り方のスタンスの違いが
あるという。

ある店で
彼女がとてもいい感じのぬり絵の本があったので、
それを勧めたところ、長男が

「それって、描き方や塗る色とか決まったものでしょ。
それはいやだ」

と言ったという。

彼は誰かによって決められたやり方ではなく、
自分の思うがままに描きたいタイプだという。

一方、姉の方は指定された方法で描くタイプだという。

その6歳の長男は
ロゴブロックでも、
作り方の説明書を見ず、
自分で想像して自分の流儀で作っていくという、

彼は、枠にはめられない
独創性を持つタイプだと思った。

そう感じて、カフェのママにこういった

「学校の成績に一喜一憂しない方が良い。
 彼の独創性を伸ばすのが重要である」

学校のテストの成績はある一定の枠にはまって
評価する仕組みである。

枠にはまった基本知識を習得することは
重要であるが、
枠の中から外に出る新たな発想を生み出すことは
弱くなる可能性がある。

一方で、そのそれまでのやり方にこだわらず
自己流で新たなことをやっていこうという
6歳の彼の個性は、
既存の固定概念を打破して、他の人たちが思いつかないような
新しい価値を生み出す可能性を秘めており、
その個性を大事に育んで欲しいと思った。


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8年ぶりに武庫之荘駅で下車した・・・15年近くの途中駅での8年ぶりの下車、何気ない光景も記録に留めておこう

今日は、2015年(平成27年)1月10日 土曜日

昨日、仕事の用事で、
阪急神戸線の武庫之荘駅で下車した。

武庫之荘駅で下車したのは
何年ぶりだろうかと思い出そうとした。

私は、西宮市に住まいしていて、
今は昨年の6月から
阪急電車の西宮北口駅から神戸方面に
通勤しているが、
過去15年ほどは、
同駅から梅田方面に通っていた。

西宮北口駅の梅田方面のひとつ隣駅である
武庫之荘駅は途中駅であったが、
私はそこで下車することは
ほとんどなかった。

そして前に武庫之荘で下車したのは
いつだったのだろうか?

その記憶の蘇らせた。

それは、
平成18年(2006年)の
7月下旬か8月上旬に、
武庫之荘に家電のリサイクルショップで
洗濯機を買った時のことを思い出した。

そのころ、西宮市にあるわが母校
関学正門前のところに部屋を借りて
引っ越したばかりで、
洗濯機がなかったので、
それをより安く買うために
武庫之荘駅を下車したのだ。

昨日は、その時以来、
約8年ぶりに武庫之荘駅に下車したこととなる。

そのときは、駅から徒歩でそれほど時間のかからない
ところにショップがあったが、
昨日はバスに乗り10分ほどでして
武庫豊町というバス停で下車した。

8年ぶりということで、
かつ、武庫之荘はほとんど下車した記憶も乏しいで、
町並みの光景がどのようなものだったのか、
あまり覚えていない。

そのようなこともあってか
バスから眺める光景を新鮮に感じた。

それにしても、武庫之荘駅を下車する用事は
その2日前に決まったことで、
それまでは武庫之荘に8年ぶりに下車するような
ことになるとは全く想像していなかった。

さて、今度、武庫之荘駅を下車することが
あるのはいつのことだろうか?

そうそう、
また、武庫之荘から神戸三宮の職場に戻るため
武庫之荘駅の北入り口から
同駅の南側の神戸方面のホームに行くため
そのホームの階段の出口近くにさしかかったところ、
反対側のホームに梅田方面の電車が到着した。
すると
ある女性があわてて駆け足で反対側のホームに行くため
駆け足で階段を折り始めはじめた。

梅田方面の電車に乗りたくてあわてているなあと
思いつつ、間に合うのは難しいのではと思ったが、
私が神戸方面のホームに立ち、
向かい側のホームに停車している梅田方面の電車の
扉が開き乗客の乗り降りがなされているのが見えた。


すると、
梅田方面の電車の扉が閉まろうとして、

あの女性、乗るのに間に合いそうにないなあと思っていると、
扉が半分締まったところで、その女性が
ホームに現れ始め、あわてて、電車に駆け寄る。
すると扉が開き、無事、乗車することができた。

何気ないよくあり得る光景であるが、
8年ぶり武庫之荘駅を乗り降りして、
かつ、次回、武庫之荘駅を乗り降りすることが
あれば、このようなことがあったことを
記憶に留めたいと思い、
書き留めた。


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2014年12月4日の記事
現在の仕事の所要で、阪神電鉄尼崎駅で下車して、かつての職業の思い出が蘇る

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パリで言論機関へのテロ・・・・911テロからの対テロ戦争後もこのような衝撃的なテロは時折勃発し続けるのだろうなあ

今日は、2015年(平成27年)1月9日 金曜日

フランスのパリで、
マホメットを風刺する絵を載せた
風刺週刊紙シャルリー・エブド(Charlie Hebdo)社が
銃撃され、12名が死亡するテロ事件が発生した。

事件の一報を聞いた直後から注目し、
カラシニコフ銃とロケットランチャーという重武装で、
目的を定めて用意周到に準備して、
プロの訓練を受けているように感じられるようだ。

どうやら、イスラム過激派に関わる人物が
実行犯と思われているようだが、
フランスでは衝撃が走っている。

さて、これがフランスの911のような事態に
なっていくのか。

アメリカの911の後は、
好戦的世論が強まり、戦争を始めた。

さて、フランスの世論はどうなるのだろうか?

移民に対して排斥の機運が高まるのか?

911テロからもう13年経つが、
ある方が言っていた
ビンラディンのコンセプトにあるという
「(身の危険の)不安の再分配」は、
テロとの戦いを名目に超大国が戦争を起こした後も
テロはなくならい。

これからも、時折
世界に衝撃を与えるようなテロは勃発するのだろうなあ。



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戦時中の「ぜいたくは敵だ!」というスローガンにたった一文字落書きしただけで・・・・息苦しい社会において、ユーモアに富んだ政府批判を表現した感性の豊かさにあっぱれ!

今日は、2015年(平成27年)1月8日 木曜日

昨日のNHKクローズアップ現代で、
小説家の谷崎潤一郎が戦時下に細雪を執筆していたことに
ついての特集があった。

戦時中に、細雪は文芸誌で発表されると、
作品で描かれる奢侈や華やかさが
時局にそぐわないという圧力を受け
連載停止に追い込まれた。

そのように第2次世界大戦中の
日本は物資が不足し、
「ぜいたくは敵だ!」という
スローガンのポスターが至るところに
貼られていた時代である。

さて、あるところに貼られた
「ぜいたくは敵だ!」というポスターに
誰かが手を加えて、一文字入れて落書きしていて、

「ぜいたくは()敵だ!」

と全く逆の意味に変わっていたという。

私は、この当時の社会の風潮をたった
一文字で痛烈に批判したピカイチな落書きに

あっぱれ!!!

と思った。

戦争に勝つためだと
無謀な超大国アメリカとの戦争で
国民生活が困窮していき、
我慢を強いられていても
政府を批判できない社会において、
ちょっとしたたった一文字の落書きであるが、
これほど痛烈に政府や社会批判を
言い表した、そのウィットとユーモアに感動した。

経済的にも自由に表現ができない息苦しさがあふれる
時代状況において、
そのようなウィットとユーモアに富んだ
批評をたった一文字で言い表す
その方の感性の豊かさにあっぱれである。



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お払い箱、その語源・・・もともとはお伊勢さんからのありがたいお祓いの札が入っている箱だったのですが・・・・

いらなくなった物を捨てたり、
人を排除したり、解雇したりするような時に
「お払い箱」になるという表現を使うことがある。


どうして、そのような意味で「お払い箱」と
言うようになったのか?

その起源は、まず伊勢神宮にある。

伊勢神宮では、毎年、有力な地方の信者に
お祓いの札を入れた箱を配っていた。

その箱のことを「お祓い箱」と呼んでいた。
そのようなお払いの札が入っているので、
信者達は、とても、それをありがたいものとして
受け取っていた。

ありがたがっているものなにに、どうして
不要なものを捨てるという意味に変わっていたのか?

そのありがたいお祓い箱は、毎年、伊勢神宮から
配られるのであるが、
新しいお祓い箱が来ると、
それまで使っていたお払い箱は
いらなくなった物を入れる箱として使われたという。

そこから、「祓い」と「払い」をかけて、
「お払い箱」と言うようになり、
そこから、
いらなくなった物を捨てたり、
人を排除したり、解雇したりするような時に
「お払い箱」と表現するようになったそうだ。

テーマ:語源 - ジャンル:学問・文化・芸術


福島原発事故前、津波リスクを懸念した部下の意見に圧力をかけ聞き入れず・・・あの原発事故と敗れるとわかりながら日米開戦に踏み切った状況と重なるなあ

今日は、2015年(平成27年)1月6日 火曜日

この年末年始に、
福島原発事故の背景要因に関わる見過ごせない
ニュースがあった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
福島第1.3号機 津波懸念の職員に圧力か
(河北新聞 2014年12月31日)


<旧保安院プルサーマルに配慮?>
 東京電力福島第1原発3号機で2010年9月に始まったプルトニウム・
ウラン混合酸化物(MOX)燃料利用の「プルサーマル」に絡み、
敷地への大津波襲来を懸念する旧経済産業省原子力安全・保安院の職員に、
上司が圧力めいた発言をしていたことが30日までに、政府が公開した
第1原発事故調査・検証委員会の聴取結果書(調書)で分かった。

<上司「余計なことは言うな」「関わるとクビに」>
 この職員は東日本大震災震災当時、保安院の耐震安全審査室長をしていた
男性。現在は原子力規制庁で原発の新規制基準適合性審査で地震・津波分野を
担当している。
 調書によると、男性は08年ごろから、宮城県などを襲った貞観津波(869年)
クラスの大津波が福島第1原発敷地に襲来する可能性を認識。
「ちゃんと議論しないとまずい」と考えていたという。
 3号機でのプルサーマルをめぐっては、計画した東京電力に対し
福島県が耐震安全性確認などの条件を出していたが、保安院は詳細な
地震動評価や津波評価を見送り、施設の安全性のみを審議する方針とした。
 このため男性が10年7月ごろ、原子力安全委員会に貞観津波の知見を
議論してもらうよう上司に具申すると、複数の上司から「その件は安全委と
手を握っているから余計なことは言うな」「あまり関わるとクビになる」
などと言われたという。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ということで、これを読むとあの大事故は起こるべくして
起こったなと思わしてしまう。

実は、私は10年近く、仕事で
原発やその他のプラント工場関係の
ヒューマンエラーの調査に携わったことがあるが、
リスクを感じてそれを善意を持って申した部下に対して、
それを上司が圧力をかけて押さえ込むようなことは
安全文化を構築するうええ、最もやってはいけないことである。

圧力をかけた方は、
それまででは想定外の巨大津波のリスクを考慮することで、
余計にコストがかかったり、対策で時間が取られ、
プルサーマル計画が停滞したりすることを嫌がったのだろう。
まあ、計画が走り出したのだから、それをじゃまするなと・・・・
それがもたらしたひとつの結末があの大事故である。

このような状況は、
今から70年以上前の日米開戦に至る過程と重なるようにも
感じる。
日米開戦直前の昭和16年の夏に
日本中のエリートが集められて設立された総力戦研究所において
模擬内閣が作られ、日米戦争を緻密にシミュレーションした結果
その結論は

日米開戦日本必敗

であった。実際に本当の近衛内閣に報告されていたのにも
かかわらず、その年の12月8日、日米開戦にふみきった。
「日米開戦日本必敗」という結論が出されているのに、
アメリカとの開戦を止められなかったのだ。

実際の戦争はそのシミュレーションに近い結果になり、
都市部は地方都市までも空襲で焼かれ、300万人近い日本国民が
亡くなり、亡国の危機をむかえたのだ。

本来は、傾聴すべき意見なのに
日米開戦に向けての計画が走り出したので、
それをじゃまするような意見は省みられなかったのだろう。

いったん、走り始めると、その危険性を的確に指摘する
意見は無視されたり、圧力をかけられたりして取り上げられず、
結果的にカタストロフィーをむかえてしまう。

その日米開戦に至る過程と4年前の福島原発事故に
至る過程が重なってしまうのである。

福島原発事故は、まさに戦後日本の最大の危機であった。
なぜそうであったのかについて、当ブログの
2014年3月11日の記事

首都圏3000万人避難を想定していた・・・東日本大震災での原発事故はまさに戦後日本の最大の危機であったで、

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

特に、福島第一原子力発電所の原子炉建屋の中で
最も多い1535本(460トン)を保管する
4号機の使用済み核燃料プールは沸騰を始めて
空焚き寸前になった。

それらの使用済み核燃料が溶融すればさらなる
大量の放射能漏れが発生し、
首相官邸では、最悪のシナリオとして、
首都圏3000万人の避難を想定していたのだ。

あの時、菅首相が、「このままでは東日本がダメになる」
と発言していた背景にそのような危機を想定せざるえない
状況になっていたからであった。

そのような最悪のシナリオが発生した場合の
首相談話の原稿が用意されていたという。

そして、事故現場で対策の陣頭指揮をとっていた
当時の福島第一原発の吉田所長は
無事な北海道と西日本、
アウトの東日本に日本が3分割されるかもしれない
という危機感を抱いて、事故の対応にあたっていたという。

結果的には、空焚き寸前になった4号機の
使用済み核燃料プールは
4号機内で発生した水素爆発の衝撃でその横の
別なプールの水が偶然、核燃料プールに流れ込み危機を免れた。

ただ、もし、その偶然による危機回避がなければ
首都圏3000万人避難という事態を招いていたかもしれないのだ。

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本当に首都圏3000万人の避難という事態にまで
なっていたら、まさに、日米開戦で敗戦し亡国の危機をむかえたような
感じの事態になっていたかもしれない。

いろいろなリスクが指摘されていたのに、
そのリスクの指摘に真摯に向き合わず、
一度走り始めたらとめられなくなり、最後には
大きな社会的危機をもたらしてしまう。

4年前の福島原発事故は日米開戦に至る過程と
重なり、ある意味、日本の病理のようにも感じた。

私は、そう感じることもあり、
あの事故で、「日本は原発を持ってはいけない国である」と
強く思い至ったのであった。



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疲れて考える気力のない時に、ふと沸き立つように一句がひらめいたきっかけは天気図を思い出したこと・・・・潜在的な蓄積がその時しかわきたたないひらめきをもたらし、それを記録すること

今日は、2015年(平成27年)1月5日 月曜日

昨日の当ブログの記事
川面に浮かぶ都鳥を見て一句、「~や」という句切れを意識して作ってみた・・・・俳句を生み出す日本語の特徴が日本国民を芸術的な国民にしているというで、

さざ波や
 空に浮かびし
      都鳥


という一句を思いついたことについて
いろいろ説明しながら書いたが、
それを書き上げるのに2時間ほど時間が
かかってしまい。

ああ~疲れた。ちょっと横になりたいなあ~

と思っていて、
疲れていて何も考える気力もなかったのだが、
なぜかわからないが、
ふと

冬風や
  ななめに流る
     瀬戸の雲


という一句を思いついた。

私が住む西宮市は瀬戸内海の大阪湾に面しているので、
瀬戸は瀬戸内海のことである。

冬の風に乗せられて、
瀬戸の海の上空の雲が斜めにながされているという
ことであるが、

さて、この「ななめ」という発想は
その光景をイメージしたから出てきたのではない。
それは後付である。

さて、何を思い出して「ななめ」を思いついたのか、
それは当ブログに3日前にアップした記事

昨日、西宮では風が強かった・・・西高東低の冬型の気圧配置が崩れつつも風が強くなった理由を天気図から探ってみた

に掲載した天気図からである。

天気図 15010218
天気図 2015年1月2日18時 

その天気図からそのときの記事で
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

また、等圧線の方向が前日は
北から南にかけて、縦方向であったが、
この時は、西北西から東南東と斜めになっている。

こうなると西よりの風が強くなり、
大阪湾では、瀬戸内海からの西よりの風が強くなる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

と等圧線が近畿地方で、天気図上で
斜めになっている様子を説明しているが、
その「斜め」になっている等圧線の天気図を思い出して、

冬風や
  ななめに流る
     瀬戸の雲


という一句を思いついた。

疲れて横になりたいと思って布団に入ろうかと
思って何も考える気力がないのにも
関わらず、急に沸き立つように一句が
私の脳内ニューロンネットワークをかけめぐって
出てきたのである。

忘れてはいけないとあわてて、
メモにして残した。

その時の日時は
2015年1月3日20時53分であった。

そして、また、それと同類の一句を
その2分後に思いつく。

北風や
 縦に流れる
    瀬戸の雲


である。

「縦に流れる」と
「縦」とあるが、それもおもいついたのは
先ほどふれた3日前の記事に載せた天気図

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
天気図 15010121
天気図 2015年1月1日21時

強い西高東低の冬型の気圧配置で
等圧線が北から南にほぼ縦方向に並んでいる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

と、天気図での近畿地方での
等圧線が南北方向の縦になっている。

そのような天気図のときは
北風になり、空の様子も
北風にのって、雲が縦方向に流れているように
見えるので、

北風や
 縦に流れる
    瀬戸の雲


という一句をすぐに思いついたのだ。

その一句もすぐにメモに残した。

それにしても、
疲れていて、何も考える気がしないという時に、
なぜ、急に沸き立つように一句思いついたのか
ヒトの脳というのは不思議だなと思いつつ、
その時の状況を振り返ってみると、

さざ波や
 空に浮かびし
      都鳥


という昨日の記事に載せた一句は
もともとは、

青空や
 雪をかぶりし
     六甲山


という昨年の11月5日の
出勤直前に、
(出勤前に寄ったさんちかのサンマルクカフェと
 オフィスビルに入る直前に見た青空を見て)
思いついた一句を書こうと思ったが、
これではだめだなあと思って変えたのであったが、
その最初に考えていた一句の「雪」とか
冬の気候を表す表現が、
もしかしたら、疲れながらも、
斜め模様の天気図のことを思い出すきっかけに
つながったのかもしれない。

そして、その疲れの中で
ひらめいた一句をメモに書き留めて良かった。

それから1時間後には全く、何か発想しようという
気力ない状態で、急に何かひらめくようなことにも
ならなかった。

その時でなければ、ひらめかなかった一句だったのだ。

ただ、疲れの中、そのときでひらめかなかった一句は
それをひらめかせるだけの
潜在的な蓄積があったのだ。

その潜在的な蓄積も、
何かを考え思いつこうとしていたからこそ、
いったんひと作業を終えて疲れていたにもかかわらず
ひらめきにつながったのだろう。

天気図画像は気象庁より

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川面に浮かぶ都鳥を見て一句、「~や」という句切れを意識して作ってみた・・・・俳句を生み出す日本語の特徴が日本国民を芸術的な国民にしているという

今日は、2015年(平成27年)1月4日 日曜日

ふと、一句、思い立つ

さざ波や
 空に浮かびし
      都鳥


遠く離れたところの川面に
都鳥が浮かんでいるのが見えるが、
空の水色と
それとさざなみの川面の水色と一体化している。
そのような冬の川面にて
都鳥(ユリカモメ)が体を浮かせて羽を休ませているが、
それがまるで
羽を休めて羽ばたいていないのに、
まるで青空に浮かんでいるように見える都鳥
という意味である。

私は、この一句を考えるにあたって、

一句目の「さざ波や」、それも
特に「~や」にこだわった。

一句目が
「~や」で切れる句で有名なのは
松尾芭蕉の句で

夏草や
 兵どもが
    夢の跡


閑さや
 岩にしみ入る
     蝉の声

 
六月や
 峰に雲置く
     嵐山


など幾つかある。

これらの一句目の区切れの文字に「や」ではなく
本来の助詞を使えばどうなるか、
例えば、

閑さ「に」
 岩にしみ入る
     蝉の声
 
六月「の」
 峰に雲置く
     嵐山

それについて、
野内良三氏の著書
「偶然から読み解く日本文化」では
次のように説明している。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「や」の代わりに本来の助詞を代入してよめば一読瞭然、
句の世界が狭くなり、平板化してしまう。
「や」は場を大きく設定して、それからおもむろに
語り出すという感じである。
「や」は句を二つに分け、段差(切れ)を作る。
「や」はゆるく包んで「意外性」をたぐりよせる。
俳句(発句)はこの意外性(小さな驚き)をよしとする。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

とある。

松尾芭蕉の

閑さや
 岩にしみ入る
     蝉の声


は、静かだというのに、蝉の鳴き声が響いては
やかましいのではないかと思わせるが、
蝉の声を聞いているうちに感じ取った
広大な天地に満ちる「閑さ」を心の中で感じ取った
ことをあらわしているという。

閑さやという静寂さを表す一句目の区切れを
「や」にすることで、蝉の声という喧騒さを感じさせる
光景の中で、「閑さ」を感じ取る意外性を
引き出している。

私は、松尾芭蕉のような味わい深い一句は
なかなか作れないが、
少し真似して、

さざ波や
 空に浮かびし
      都鳥


を作ってみた。

「さざ波」と言うと、川や海の水面の上で
発生する現象であり、
「さざ波」から急に「空」に変わり、
空では鳥は飛んで羽ばたいているはずなのに
浮かんでいるという「意外性」をたぐりよせるために
一句目に「や」という句切れにこだわった。

それは、
さざ波であると川面も揺れが小さく
水色の空との境界線がぼやけていて
水面と空が一体化しているように見え、
それゆえに、川面に浮いているはずの
都鳥が空に浮いているように見える。

一体化した空と川面に浮かび漂う都鳥を
表すために「意外性」をたぐり寄せる
「や」という句切れを用いたという感じである。

少し話は逸れるが、
水面と空の一体化というのは
小倉百人一首の
七十六 
法性寺入道前関白太政大臣(藤原忠通)の

わたの原 漕ぎ出てて見れば ひさかたの
            雲居にまがう 沖つ白波


からヒントを得たものである。

 広々とした大海原に船で漕ぎ出して遠くを見渡してみると
   はるか遠くでは、雲と見間違うばかりに、沖の白波が立っている

という歌意であるが、

沖の白波と白い雲が混じり合って、
海と空の境界線がわからなくなっている光景を
「雲居にまがう 沖つ白波」と表現している。

そのような藤原忠通の歌をヒントにしながら、
「~や」の句切れの一句を作ってみた。

さて、「~や」などの俳句の「切れ」がもたらしたものに
ついて、先ほどにも引用した野内良三氏は
著書「偶然から読み解く日本文化」で次のように書き記している。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

俳句の「切れ」には日本語の統語原理の最高の表現が見られる。
日本語の特質を洗練し、芸術の域に高めたものが俳句である。
俳句は日本語の「容」偶然性をすばり体現している。
俳句は日本語の論理そのものだ。
多くの日本人が自分の思いを俳句に託そうとするのは、
けだし当然かもしれない。
世界を見渡しても日本人ほど「芸術的な」国民はいない。
これは日本語だからこそ可能なのだろう。

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野内良三氏は
西洋の文章は、全体が部分の流れを決める必然主義であるが、
日本の文章は、部分の自由(偶然)を許容する「容」偶然主義であり、
日本語は風呂敷のように何でも包みこんでしまう融通無碍な言語である。

と述べている。

それを読むと、
それゆえに論理的なつながりがなくても
感覚的な主観や感情の表現に日本語が適していて、
「~や」という句切れの表現で意外性をもった
つながりをもって俳句を作れたりするのだろうと思う。

そのような日本語の特性にふれながら
一句作ったのであった。

このブログ内の関連記事

野内良三氏の著書「偶然から読み解く日本文化」を読みながら一句作ったことについて
はかなさの二重性を感じる一句を過去に自分が創作していた・・・ある書物の再読で見た私の書き込みから見出して



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昨日、西宮では風が強かった・・・西高東低の冬型の気圧配置が崩れつつも風が強くなった理由を天気図から探ってみた

今日は、2015年(平成27年)1月3日 土曜日

昨晩の20時から21時を過ぎて、
私が住む西宮市の今津の自宅にて、
外の風の音が強くなっていると感じた。

西高東低の冬型の気圧配置で、

午前中はそれほど風を強く感じなかったが、
日が暮れてから、
風が強くなった音がする。

そう言えば、前日はそれほど風は
強く吹いている感じがしなかった。
例えば、1日の21時の風速

風 201501012100-00
風速 2015年1月1日21時

大阪湾岸地域の風速は
2m~8mであった。

そのときの天気図を見てみると

天気図 15010121
天気図 2015年1月1日21時

強い西高東低の冬型の気圧配置で
等圧線が北から南にほぼ縦方向に並んでいる。

一方、昨日の午後から風が強くなり、
昨日の18時の風速を見てみると

風 201501021800-00
風速 2015年1月2日18時

大阪湾岸地域の風速は
5m~16mと、前日の21時に比べると
約2倍、風速が強くなっている。

また、同じ時刻の天気図を見てみると、

天気図 15010218
天気図 2015年1月2日18時 

ぱっと見ると、前日の天気図に比べると
西高東低の冬型の気圧配置が少し崩れているように
見えて、このような時は風も弱まるように思えるが、
北陸・東海から西日本のところの等圧線をよく見てみると、

能登半島の付け根付近に、
1010hPaの小さな低気圧がある。

その低気圧に影響されてのかもしれないが、
そして、北陸・東海から西日本の等圧線の間隔が
前日に比べると狭まっている。
等圧線の間隔が狭くなるほど、風は強くなる。

また、等圧線の方向が前日は
北から南にかけて、縦方向であったが、
この時は、西北西から東南東と斜めになっている。

こうなると西よりの風が強くなり、
大阪湾では、瀬戸内海からの西よりの風が強くなる。

昨日、西宮市の自宅付近で風を強く感じたので
天気図の変化を見てみてみた。

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31年ぶりにNHK紅白出演のサザン・・・・「ピースとハイライト」を歌い、桑田佳祐がちょび髭をつけていたのは安倍首相へのメッセージなのか?

今日は、2015年(平成27年)1月2日 金曜日

一昨日の大晦日の紅白歌合戦に
サザンオールスターズが31年ぶりに
出演した。

サザンが出演するかどうか
いろいろ言われていて、
出場歌手があと1組の段階で
出ておらず、時間的に見て、
どうなのなあと思ったら、
出演となって、
「おお~!終わりの方まで見たかいあった」
と思った。

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【紅白】サザン31年ぶり出演 4月から10年ぶり本格全国ツアー
(スポーツ報知 2015年1月1日 6時)


サザンオールスターズは年越ライブを行っている横浜アリーナから
生中継で出演した。31年ぶり4度目の紅白10+ 件は、事前に一
切告知しないサプライズ登場。画面に現れた桑田佳祐(58)は、
ちょびひげをつけて「お久しぶりです」。笑いを誘うと
「ピースとハイライト」、「東京VICTORY」を熱唱した。

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ピースとハイライトは一昨年に発売された曲であるが、
この曲の歌詞は、日中関係の緊張が高まったことを背景にして
桑田佳祐が作詞したという。

その歌詞には

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硬い拳を振り上げても
心開かない

都合のいい大義名分(かいしゃく)で
争いを仕掛けて
裸の王様が牛耳る世は…狂気(Insane)
20世紀で懲りたはずでしょう?
燻る火種が燃え上がるだけ

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

とある。

ネット上で、紅白のNHKの中継が終わった後、
桑田佳祐が安倍首相のことを軽くDisっていたと
言われている。

そして、今回、紅白で、
「ピースとハイライト」を歌ったことについて、
ツイッターでこのような意見があった。

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三重大好き 雪之助‏@oguriman123

紅白歌合戦、サザンのピースとハイライトは、集団的自衛権で暴走する
安倍政権への今年最後の抵抗になったと思う。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
というつぶやきがあり、
ネット上でも同様に見る意見が散見された。

そして、中継が始まったときに、
桑田佳祐がちょび髭をつけていて、
いつも通りのおふざけかと思われたが、
それに対して、
安倍首相をヒトラーに重ねてみる
コラージュ写真があるが、
それと重ねて、今回の桑田佳祐の演出を
とらえるつぶやきもある。

桑田のちょび髭とアベヒトラー 

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唯門居士‏@yuimonkoji
皮肉られ蔑まれているのに、きっとあのバカは全然気づかないんだろうなぁ...
#サザン #紅白

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実際、紅白で桑田佳祐がちょび髭の演出をして
「ピースとハイライト」を歌ったことが
安倍首相へのあてつけを意図したことかどうかは
わからないが、
そのように受け取る人たちがいるということである。

私は、安倍首相に対して、
反戦平和主義という観点からではなく、
勝ち戦ができるかどうか不安を抱いている。

実際に戦火を交わることがなくても
外交において、
結果的に負けてしまい、
日本の国益を損なうことをしてしまわないか
論理的に説明することはできないが、
感覚的にそのような不安を抱かせるものを感じる。





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