言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
語源、雑学など、時事ネタなど。また、楽習社とは私の脳内にある架空の企業です。所属組織や職業が変わろうとも、生涯、理系・文系を多様な知を楽習(がくしゅう)して、生きていきたいので、架空企業名を勤務先にしています。それを退職する時は私の人生が終焉する時です。.当ブログ各記事に誘うための目次専用ペ ージはカテゴリートップにあります。PCページは画面左サイドに、スマホ画面からは下のマークの真ん中からカテゴリーにいくことができます

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鼻からチュウブが抜け

入院5日目。鼻から小腸に入れいたチュウブは抜けて、いつも通りに会話できるようになった。そのことに、若い男性医師や若い看護婦さんが、わがことのように喜んでくれて嬉しく思う。まだ、入院以来続いている絶飲食は続いている。
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狭くなっていた小腸が広がり、快方に

入院4日目。鼻から小腸にチュウブを入れて、ほぼ1日で、貯まっていた腸液を取り出すことで、狭くなって閉塞しかけていた小腸が広がり回復にむかっている。チュウブを入れて1日で、そこまで進むことは少ないようだ。

鼻から腸液、取り出し中

入院3日目。絶飲食が48時間続いている。昨日は、小腸に貯まっている腸液を取るため鼻からチュウブを2m20cm入れた。その過程で、先に胃カメラを入れた。自分の体内を見るのは初めてで、興味深く見た。鼻に入れたチュウブからはたくさんの腸液が出てきて、腹痛はやわらいだ。

また入院

また入院することとなった。腸閉塞になりかけているようだ。昨日、激しい腹痛で救急車で、病院に運ばれた。今年の夏、腹膜炎で入院した病院と同じく県立西宮病院で、また同じ病室である。

昨日の福島県沖の地震、マグニチュード8でなくて良かったなあ・・・大津波が発生していたら福島原発はどうなるか

今日は、2013年(平成25年)10月27日 日曜日 

昨日、福島県沖で、マグニチュード7.1の地震があった。

その地震でふと思い出したのは、
当ブログで、今月18日に書いた記事

当たるかどうからわからんが、24日までの地震雲研究者が東京大地震を予想・・・昨年、東大地震研究所が首都直下地震の4年以内の発生確率を70%と言ってたなあ

で、今月の24日まで地震雲で東京大地震の可能性を指摘している
地震雲研究家のことにちて書いたが、その記事で、

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、北陸地震雲予知研究観測所の上出孝之氏は
地震の予想範囲は東京湾から福島沖と
している。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

と書いた。地震の発生は26日と2日外れたが
予想範囲は当たっていた。

それは、さておき、昨日の福島県沖のマグニチュード7.1の地震の
震源地の印を見た時、これは、アウターライズ地震ではと思ったが、
気象庁も、昨日の地震を、アウターライズ地震であると発表していた。

私は、地震の規模がマグニチュード7.1で済んで良かった。
マグニチュードが8を超えていたらと思った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
M7・1地震はアウターライズ型、大津波危険も
(読売新聞 2013年10月26日13時22分)


 気象庁によると、福島県沖のマグニチュード(M)7・1の地震は、
海側の太平洋プレート(岩板)の内部で起きた「アウターライズ型地震」だったとみられる。

 2011年の東日本大震災後、専門家が度々、発生の可能性を指摘しており、
昨年12月にも、三陸沖で同タイプの地震(M7・3)が起きた。
震源が遠く、強い揺れは感じにくいが、海底が上下に大きく動き、大津波を起こしやすい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

とアウターライズ地震は大津波を起こすリスクがあるのだ。
1933年(昭和8年)3月3日、
大津波で死者・不明者約3000名を出した
マグニチュード8.1の昭和三陸地震は
アウターライズ地震である。

アウターライズ地震は断層が垂直にずれるので
地震の規模が大きければ、
大津波を引き起こしやすくなるのである。

昭和三陸地震は、その37年前に発生して
死者不明者2万人以上を出した明治三陸地震の
影響で発生した地震と見られている。

このようなことから、2年前の
東北地方太平洋沖地震の後、
アウターライズ地震による大津波のリスクが
指摘されている。

昨日の福島県沖でのアウターライズ地震が
もし、マグニチュード8であったら、
大津波が発生したかもしれず、
その大津波は福島第一原発の事故現場を襲っていたかも
しれないのだ。

東電は津波対策の防潮堤を作ってしているというが、
私が知る限り、今年の夏までの時点で
砕石を詰め込んだ蛇籠(じゃかご)を積み上げて遮水シートを挟んだ
仮設のものだ。

2年前の大津波でコンクリートで固定された堤防さえも
破壊されていたが、
陸地に固定されていない石を積み上げただけの防潮堤では
大津波で流されてしまうのではなかろうか?

大津波で、その砕石を詰め込んだ蛇籠が
原発の事故現場の設備に流されてると設備が破壊され、
大量の汚染水が海に流出したり、
事故で脆くなっている
原子炉建屋が破壊されて、
大量の放射性物質が噴き出す恐れはないのかと
気になったりする。

ふと思い出した
昨日の地震はマグニチュード7.1であったが、
2年前の東北地方太平洋沖地震の2日前に
マグニチュード7.2の地震が三陸沖であった。
その地震が、当日、2日後のマグニチュード9.0の
超巨大地震の前震だと誰も思わなかった。

のちに
昨日の地震が巨大地震の前震であったと
認識されるような事態になったりしないか
想像したりする。

テーマ:東北地方太平洋沖地震 - ジャンル:ニュース


サメに襲われそうになった元ボクサーが、サメに目がサメるようなパンチを食らわして、サメはさめざめと泣いて逃げた

今日は、2013年(平成25年)10月26日 土曜日 

うわ!すげえ、と思ったニュースがあった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

元ボクサー、サメをKO
(エキサイトニュース 2013年10月25日)

元ボクサーのサーファーが海でサメに襲われたが、得意のパンチで撃退した。

ジェフ・ホートンさん(25)は20日朝、ハワイ・カウアイ島のキラウェア沖で
10人ほどの仲間とサーフィンをしていたとき、近くの海面で背びれが目撃された。

20分後、ホートンさんがサーフボードに乗り、脚をブラブラさせながら水中に
つけていたとき、左手の海中から黒い影が接近してくるのが見えた。
最初はアカエイだと思ったという。

ホートンさんが左脚を海から上げると、サメがガブリとボードに噛みついた。

その衝撃で、ホートンさんは海中に投げ出されたが、回り込んでサメの背後から
背びれを掴んだ。サメの背中に乗り、片手で背びれを掴んだホートンさんは、
もう片方の拳でサメに8発ほどパンチを浴びせた。

「最期に、良いパンチがサメの目に入りました。素晴らしいクリーンヒットだったと思います」

拳が眼の中にめり込むと、サメはたまらず噛みついていたボードを放し、逃げ出した。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

よく、サメの接近に気づいて、水中から脚をあげることが
できて良かったと思う。脚を食いちぎられていた恐れがあった。

サーフボードから海水に垂らされた脚が動くのを見て、アシカか何かの獲物と
サメが見間違って、サーフボードに噛みつくということが
あるようだ。

今回はハワイで、元ボクサーがサメをノックアウトしたといことだが、
昨年の11月、同じくハワイで、テコンドー黒帯の51歳の日系人女性が
海で泳いでいた時に、襲いかかってきた体長3.6mのサメの
目と鼻にテコンドーで磨いたパンチを食らわして撃退したということがあった。

この時、パンチの勢いがあまって、サメの歯をかすめてしまって
60針を縫うけがをしてしまったようだが、

この時もサメの目に打撃を与えて命を守っている。

サメに襲われたら、サメの鼻や目を攻撃すれば良いと言われる。
サメの鼻は敏感な部分で、鼻を攻撃されるとびっくりするようだ。

そして、目に指を入れるとびっくりして、噛みついた歯を放すかも
しれないとも言われる。

まあ、そもそもサメに遭遇しないことが第一だが、
血の気を感じるとサメは獲物があると思って近づく恐れがあるので、
体に傷があったり、生理中は海に入らない方が良さそうだ。

ところで、サメをノックアウトした元ボクサーのニュースをネタにした
2ちゃんねるのスレッド

【海外】元ボクサー、海でサメに襲われる→サメの背中に乗り8発ほどパンチを浴びせて撃退→「素晴らしいクリーンヒットだった」・ハワイ
で、

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

106 :名無しさん@13周年:2013/10/25(金) 18:12:54.46 ID:4dlUfGsg0
サメはさめざめと泣いた


224 :名無しさん@13周年:2013/10/25(金) 18:57:35.94 ID:0QlFVkc10
目がサメるような一撃

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

と書き込まれていた。


このブログ内の関連記事

登山中にクマに接近された女性がラジオの音で難を逃れる・・・そう言えば、あるおじいさんがクマを撃退したすごい出来事があったなあ




テーマ:気になったニュース - ジャンル:ニュース


1971年10月25日、青山高原にて、近鉄大阪線の脱線事故・・・急こう配の下り坂をブレーキが効かない電車が暴走

今日は、2013年(平成25年)10月25日 金曜日 

今から42年前の今日の
1971年(昭和46年)10月25日(月曜日)
三重県の青山高原を走る近鉄大阪線で脱線事故が
発生して、25名が亡くなった。

1970年代初め、
近鉄大阪線の青山高原の区間は単線で、
複線化の計画があがっていた。

そのような最中の
1971年(昭和46年)10月25日
15時37分頃、
近鉄大阪線の西青山駅と東青山駅
(現在の東青山駅とは全く別の場所にあった)間の
青山トンネル東口手前200m付近で
上本町発近鉄名古屋行き特急が
ATS(自動列車停止装置)誤操作のため
非常ブレーキがかかって停車。

その特急電車の運転手は下車して、
ブレーキが解除できず
各車両の空気ブレーキ装置の供給コックを閉鎖してブレーキを開放した。

その作業の前に、停止地点は下り33%の急こう配のため
車輪に手歯止め(車止めのようなもの)を挟み、
ブレーキを解除して、車両が勝手に動くことを防いでいた。

そのブレーキを開放作業の間、
空気がブレーキに入らないままの状態であったが、
一旦、運転手は運転席に戻った。

その時、緊急停止しため
東青山駅からやってきた助役が
運転手に確認を取らずに車止めを外してしまった。

運転手がブレーキを解除したところ、
各車両の空気ブレーキ装置の供給コックを閉鎖したままだったので、
空気が入らず、つまりブレーキが効かない状態のままとなり、
下り33%の急こう配を特急電車が下り始めた。

急こう配の下り坂をブレーキが効かない特急電車は
暴走状態となり、特急電車は青山トンネルを出て
東青山駅を暴走状態のまま通過し、
15時58分ごろ
東青山駅とその次の駅の榊原温泉口駅の間にある
信号所の安全側線の車止めを
時速120kmで暴走したまま
突破して、本線に入って脱線した。
その脱線した車両のうち3両目以降は
総谷トンネル入り口付近の壁に激突して止まったが、
先頭の2両が、そのまま総谷トンネルに入った。

単線の線路の総谷トンネルの反対側から
賢島発京都・難波行き特急電車が走ってきた。
暴走している名古屋行きの特急車両と
京都・難波行き特急電車がトンネル内で正面衝突をした。

この事故で、京都・難波行き特急電車の運転手と車掌と
車止めを外してしまった東青山駅の助役を含む
25名が亡くなった。227名の重軽傷者を出した。

事故直後、
事故現場付近の町内放送で、
「大事故が発生したので、町民はすぐ救出作業に出てください」と
繰り返し放送され、近くで野良仕事をしていた方々は
仕事を放り出して、救助に向かい、多くのけが人の
うめき声が聞こえたという。

この事故を受けて、事故現場付近の
複線化が前倒しで進み、
1975年(昭和50年)11月に
青山トンネルに変わる新青山トンネルが完成し
複線化され、事故が発生した単線の線路は廃線された。

ちなみに正面衝突が発生した
旧総谷トンネルは現在も残っており、
そこに行くことができて、
トンネルの壁に電車の衝突の跡が残っているのが
見えるようだ。
それは、
旧総谷トンネル (SHAFT web index)
ご覧になれます。

テーマ:今日は何の日? - ジャンル:ニュース


1929年10月24日、バブルがはじけて、世界大恐慌へ、第2次世界大戦への導火線がついていく

今日は、2013年(平成25年)10月24日 木曜日 

ちょうど、今から84年前の今日の
1929年10月24日の木曜日。

やがて、世界の経済を揺るがす出来事が発生する。

ニューヨーク株式市場が大暴落したのである。

1920年代後半、ニューヨーク株式市場は
多くの資金が流入して、
ダウ平均株価が5年で5倍になるなど
暴騰していて、バブル状態になっていった。

1929年9月3日に、
ダウ平均株価は
当時の最高値の381ドル17セントをつけた。
その後、株式市場は調整局面に入って
1カ月で17%下落したが、
その後の1週間で下落分の半分を戻すなど
乱高下が大きくなっていた。

そして、1929年10月24日の木曜日
午前中に株価は大暴落した。
一旦、銀行家たちが協議して
株を買い支えるようにして、暴落は一旦止まった。
それは、過去の恐慌で、恐慌を終わらせることができた
方法であったが、それも一時しのぎにすぎず
週明けの、1929年10月28日の月曜日と
その翌日の29日の火曜日に、両日とも
1日で10%以上大暴落した。

最初に大暴落が始まった
10月24日が木曜日だったので
暗黒の木曜日と言われ、
10月29日の大暴落の日は、非劇の火曜日と
言われるようになった。

まあ、1920年代後半のバブル経済の崩壊が始まったのであった。
1920年代後半に
ニューヨーク株式市場のバブルが膨らんでいる間
ヨーロッパの国々からも
バブルの味を得ようとアメリカに資金が流出していった。

ヨーロッパの国々は金本位制をとっていて
自国の通貨が流出してドルになっていくと
金本位制を維持できなくなっていくので、
金利を引き上げた。
金利を引き上げると、設備投資などが弱くなるので
景気が停滞して、失業者が増えて行く。

アメリカ本国では、借金をしても
上がり続ける株を買うことが儲かるので、
どんどん株式投資にお金が流れて行く、
そうなると、工場などの生産設備への設備投資などに
お金が流れなくなってくるので、
アメリカも金利を上げることで、過度な株式投資への
資金流入を防ごうとした。

ただ、その欧米諸国の利上げが実体経済を悪化させていき
そのような中でも、
ニューヨーク株式市場のバブルが膨らだが、やがて
大暴落することなる。

株価の大暴落で、借金をして株を買っていた方々は
借金を返済できなくなり、そうすると
銀行は新たにお金を貸し出すことに慎重となり、
信用収縮が発生して、お金の流れが悪化する。

また、株価の暴落で、資産が減るので、消費も落ちて
そして、暴落前の金利引き上げで実態経済が弱くなっていた中、
暴落による信用収縮と消費の低下がさらに経済を悪化させた。

そのような事態になっているにもかかわらず
金本位制維持のため、なんとさらに貸出を弱くする
金利引き上げの政策がとられて、さらに経済の悪化が進む。

そして、急激な経済の収縮に各国政府も適切な政策を取らず、
デフレが進み、
世界的な大恐慌になっていった。

1933年には、アメリカの失業率が25%
名目GDPも1919年比で、45%減少という
激しい経済の収縮となる。

アメリカだけでなく、ドイツなど欧州も深刻な大不況となり、
急激な経済収縮に対応するため
自国の製品を外国産に対して、売れるようにするため
保護貿易政策を取り始め、ブロック経済を形成、
それが世界の貿易取引を収縮させ、そして
各国の対立を強くしていく。

これが第2次世界大戦への導火線となっていく。

ドイツも深刻な不況となり、その不況下深刻化するなかで
ヒトラー率いるナチスがドイツ国民の支持を得て、
1933年にヒトラー政権が成立する。

やがて、このヒトラーが
1939年9月1日に第2次世界大戦を勃発させたが、
この第2次世界大戦の軍需という血を流す
大規模な公共事業により
アメリカは大恐慌から立ち直り、景気が本格的に
回復した。

ちなみに、ニューヨーク株式市場が
暗黒の木曜日の前の史上最高値の381ドル17セントを
再び超えたのが、第2次世界大戦後の
1954年であった。


このブログ内の関連記事

1989年(平成元年)12月29日、東京株式市場、バブル絶頂の最高値の日・・・あれから20年、株価はその時の27%、かの世界大恐慌の時のNY株価も最高値更新に何年かかったか?



テーマ:今日は何の日? - ジャンル:ニュース


午前と午後の意味の「A.M」「P.M」は何の略か・・・12時を境に

このごろ、仕事で
午前と午後を意味する
「A.M」「P.M」という表記を使う用紙を
使うことがある。

さて、どうして、
午前が「A.M」で、午後が「P.M」なのか。

この表現は、ラテン語に由来している。
「A.M」も「P.M」も、「M」があるが、
それは、ラテン語で正午を意味する
「Meridiem」の「M」である。

そして、「A.M」の「A」は、
前を意味する「ante」で、
正午の前=午前ということで、
「Ante Meridiem」で
「A.M」。

すると「P.M」の「P」は
後を意味する「post」で
正午の後=午後ということで
「Post Meridiem」で
「P.M」。

日本でも、午前と午後という意味で
「A.M」「P.M」という表記が普及しているが、
例えば、日本では、午前10時という意味で

AM10:00

と、時刻の前に、書かれ、AとMの間にピリオドなども
含まれずに表記されるが、英語では、

10:00a.m

と時刻の後ろに「a.m」と表記され、
aとmの間に、ピリオドを入れる。

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台風26号から変わった温帯低気圧は、いずこへ・・・熱帯から北極圏近くの冷帯へ

今日は、2013年(平成25年)10月22日 火曜日 

先週の水曜日(10月16日)に
伊豆大島に大きな被害をもたらした台風26号は
その日の15時に
三陸沖で温帯低気圧になり、そのまま北東に
進んでいき、
24時間後の10月17日には
カムチャッカ半島の東に進み
中心気圧が962hPaと発達した
温帯低気圧の状態であった。

天気図 2013年10月17日15時 
天気図 2013年10月17日15時

画像は気象庁より

その後、カムチャッカ半島の東の
ベーリング海に達してからは
台風26号から変わった温帯低気圧の動きは
かなりゆっくりとなり、だんだんと衰退して
いったが、その低気圧は
北米の天気図を見ると
昨日の15時には、
ベーリング海をさらに北に進み
ほぼ北極圏の近くの位置にいる

天気図 北米 2013年10月21日15時 

天気図 2013年10月21日15時(日本時間)

天気図の左上の↑のLマーク

画像はMSN天気予報より

この温帯低気圧は
もともとは、熱帯の海で生まれた
台風であった。
10月8日ごろに南の熱帯の海で、
熱帯低気圧として発生して、
10月11日に台風26号なり
北上して温帯低気圧になり、
13日かけて、北極圏付近の冷帯まで
移動してきたのだ。


このブログ内の関連記事

2013年10月17日の記事
台風26号は強い温帯低気圧になった・・・北海道は雪、台風が温帯低気圧になる過程で、伊豆大島の災害が発生した

2012年10月6日の記事
台風17号から変わった温帯低気圧はどこに行ったか?・・・約2週間かけて、熱帯から寒帯に移動

2011年9月27日の記事 
台風15号から変わった温帯低気圧、5日後には、どうなっているか・・・偏西風に乗って・・・


テーマ:気象 - ジャンル:学問・文化・芸術


下駄をあずける、その語源・・・履物なければ動けません

「下駄をあずける」という表現がある。
その意味は、他人に処理や行動を任せることである。

さて、どうして、その意味が
「下駄をあずける」という表現になったのか。

江戸時代に、芝居小屋や寄席、遊郭などの
大衆遊戯施設は土足厳禁で、
下駄などの履き物を預ける習慣があった。

当時、下駄は高級品だったようで、
それを他人に預けるというのは、その他人を
信頼しないとできないことである。
また、下駄をあずけるとその場以外には動けなくなる。

そのような状況から、他人に処理や行動を任せるという意味の
「下駄をあずける」という表現が使われるようになったようだ。

テーマ:語源 - ジャンル:学問・文化・芸術


軽自動車税増税提言とTPP・・・軽自動車税増税したら、自民党は次の参議院選挙で大敗するかも?

今日は、2013年(平成25年)10月20日 日曜日 

ふと、目に留まるニュース記事を見つけた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

軽自動車税引き上げ提言へ 総務省の有識者検討会
(47NEWS 共同通信 2013年10月17日18時42分)


総務省の有識者検討会は17日、2015年に廃止される自動車取得税の
代替財源として、同じ地方税の軽自動車税の税率引き上げなどを求めた
報告書案を大筋合意した。31日に正式決定する。総務省は年末の
税制改正で実現を目指すが、軽自動車業界の反発は必至で、調整は難航しそうだ。

 報告書案は、小型の普通自動車と軽自動車の性能差や価格差が小さく
なっていると指摘。自動車税が最低でも2万9500円かかるのに対し、
軽自動車税が最高7200円なのは不公平だとして適正化を求めた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

このニュースを見た瞬間、アメリカが推し進める
TPP(環太平洋経済連携協定)を想起した。

なぜかと言うと、
アメリカの自動車業界が、TPPに日本が加盟するなら
軽自動車優遇税制の廃止が条件だと言っているからである。

どうやら
TPP本交渉と並行して進んでいる日米の二国間協議で
アメリカから具体的要求として、
「軽自動車の優遇税制の見直し」が議題にあがっているようである。

アメリカの自動車メーカーは、軽自動車を作る気も全くなく
日本の実情に合わせるような車作りも努力もせずに
大きな車を作りがちな
アメリカの自動車が日本で売れないのは、
軽自動車優遇税制があるからで、それは非関税障壁だと
言いがかりをつけているのだ。
外国メーカーが軽自動車を売っても、優遇税制を
受けることができるので、国内外メーカーを問わず
平等であるのに、自分たちの努力不足を棚にあげて
まるで、ドラえもんに出てくるジャイアンみたいな
こと言っている。

まあ、そんな聞きかがせいいいいがかりでも
日本政府として、もし、TPPのため
軽自動車への増税をしたら、TPPへの反発が強まるため、
地方税の自動車取得税廃止の代替財源のために
軽自動車への増税という理屈で、
軽自動車優遇を見直すことがあるかもしれない。

ただもし、自民党政権が
軽自動車への増税を認めると
次の参議院選挙で大敗して、与野党逆転を
許すひとつの要因いなるかもしれないと想像する。

軽自動車の普及率が高いのは
大都市部よりも交通事情が良くない地方である。

電車やバスなどの交通機関の利用が不便な地方では、
自動車が必需品で、
燃費とかガソリン代とか考えて軽自動車を購入する方が
多いのだ。
もし、自民党政権が軽自動車への増税をすれば、
そのような生活必需品化している軽自動車を増税するような
ことになれば、特に普及率が高い地方で
政権への反発が強まり、次の参議院選挙で
野党が、軽自動車増税の撤廃を公約にして
自民党政権を批判すれば、
軽自動車増税に不満を抱く地方の有権者は
自民党にお灸をすえて懲らしめようと思って、
野党の候補者に投票する可能性が出てくる。
そして、軽自動車は
高齢者や女性による軽自動車の購入が多い。

人口比率的に高齢者が多く、かつ、投票率は高いし、
女性は生活に直撃するような政策には敏感である。
そのような方々が、軽自動車増税を批判する候補者に
投票する可能性が高まる。

そして、参議院では、地方の選挙区は1人区なので、
軽自動車増税を批判で、議席を地方で多く失えば
参議院で与党の自民党が過半する割れするリスクが増えるのである。
実際、3年後の参議院選挙で、そうなるかどうかわからないが、
軽自動車を増税すれば、地方からの反発は強まり、
もし、それが、TPPが原因だとすれば、
TPP反対論が強まるかもしれない。


このブログ内の関連記事

2012年1月15日の記事
TPPで米自動車3社が、日本の「軽自動車」規格撤廃要求・・・日本が呑めない要求ならTPP不参加だが、呑んでしまったら、軽自動車がなくなり地方切り捨てが進む

2013年3月13日の記事 
TPPは日本国民のためになるのか?・・・アメリカが自動車分野で日本に無茶苦茶な要求をしてきていて


テーマ:TPP - ジャンル:政治・経済


ごちそうさま、その語源・・・昔は食材を集めるのも走り回ってひと苦労

食事を終った時に
「ごちそうさま」と感謝の言葉を添えて終わったりする。

その「ごちそうさま」を漢字表記すると
「御馳走様」で、その「馳走」とは、馬を走らせる
という意味である。

昔は食事などもてなしの用意をするためには
現代のように冷蔵庫などはないので、
馬などを使って、食材を調達しなければならなかった。

そして、馬を走らせて集めた食材を使って
料理を作って、お客さんをもてなしたりした。

その「馳走」に丁寧語の「御」がついて、御馳走となり、
美味しい料理でもてなしたりする意味で使われるようになり、

そして、その食事を用意してくれるために
走り回っていろいろ労力をかけてくれたことに
対する感謝の念から、語尾に「様」をつけるようになり、
江戸時代後期になると、食後の挨拶に「御馳走様(ごちそうさま」」と
言うようになった。

このブログ内の関連記事

料理の語源
料理 ~ はかりおさめること 料理は「料治」だった?



テーマ:語源 - ジャンル:学問・文化・芸術


当たるかどうからわからんが、24日までの地震雲研究者が東京大地震を予想・・・昨年、東大地震研究所が首都直下地震の4年以内の発生確率を70%と言ってたなあ

今日は、2013年(平成25年)10月18日 金曜日 

台風が過ぎ去ったが、
こんな当たるかどうかわからない地震予知の
ネタがあった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
台風一過が危ない…第一人者が警告「10・24までに首都圏地震も」
(日刊ゲンダイ 2013年10月16日10時28分)


「今月24日までに、首都圏M7.5、震度6、7規模の地震が起きる」――。
地震雲研究の第一人者が、緊急警告だ。

 大地震の予測を出したのは、北陸地震雲予知研究観測所の上出孝之氏。
30年以上地震雲の観測を続け、スマトラ沖地震(04年、M9.3)や
四川省地震(08年、M8.0)の発生などを予知し、2年半前の3・11直前の三陸沖地震も的中させた。

(中略)

「関東大震災の直前が大嵐だったとの記録が残っているように、
私が調査してきた過去の統計から見ても、台風の後や満月の前後は
大きな地震が発生しています。今週は、16日に台風26号が本州に
接近すると予報されており、19~20日は満月。不安要素が重なっ
ているだけに、なおさら注意が必要です」


 上出氏の一連の地震予知は、マスコミや関係自治体に発信されている。
昨年1年間は48回の予知のうち42回が的中。
今年(10月14日現在)は31回中24回も的中させているという。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ということだが、まあこの地震予知が当たるかどうか
わからんが、
昨年の1月に東大の地震研究所の研究チームが
4年以内にマグニチュード7の首都直下型地震が
発生する確率は70%と発表していた。

そう思うと、別に今月の24日までに東京で大地震が
あってもおかしくはない。

ただ、それが当たるかどうかわからないが、
東大のその発表から1年経っているので
あと3年ぐらいの間に東京で大地震が発生する
確率は高いままとなる。

まあ、こんなに地震リスクの高い東京が
オリンピック開催地によく決まったなあと思ったりもする。

さて、北陸地震雲予知研究観測所の上出孝之氏は
地震の予想範囲は東京湾から福島沖と
している。

もし、福島沖の地震で、それも
日本海溝の外側で発生する
マグニチュード8クラスの
アウターライズ地震であれば、
巨大津波が再び福島県を襲う可能性があり、
もし、そうなれば、
東京電力福島原子力発電所の事故処理設備は
巨大津波で破壊され、大量の汚染水が
海に流れ出す恐れがある。


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台風26号は強い温帯低気圧になった・・・北海道は雪、台風が温帯低気圧になる過程で、伊豆大島の災害が発生した

今日は、2013年(平成25年)10月17日 木曜日 

昨日は、
台風26号がが南海上を通過した後の大阪は
半袖では寒さを感じる気候であった。

その台風26号は昨日の15時に
温帯低気圧になったが、
その時の天気図を見ると

天気図 2013年10月16日15時 
天気図 2013年10月16日15時

温帯低気圧になった時の中心気圧は
968hPaと強い台風の勢力と変わらないままで、
天気図を見れば、まさに西高東低の冬型の気圧配置で

同じ時刻の気象衛星の画像を見ると

気象衛星 201310161300-00
気象衛星 2013年10月16日15時

日本海に、
西高東低の冬型の気圧配置の時に
おなじみの北からの冷たい空気の吹き出しによる
筋状の雲が並んでいる。

台風から変わった温帯低気圧は
エネルギー源を、台風の時の水蒸気の潜熱から
冷たい空気と温かい空気の重さの差による
位置エネルギーにかわっただけで、
さらにもともと台風であったため
温かい空気をもっているので
冷たい空気と温かい空気の温度差が大きいので
それだけ、重さの差が大きくなるので、
位置エネルギーがさらに大きくなり
発達する。

その台風26号から変わった温帯低気圧に流れ込む
冷たい空気で、北海道では気温が下がり
昨日の午後には、北海道の帯広空港では

帯広空港。翼に積もった雪 BWrL3g3CQAAN0Nv

画像はhttps://pbs.twimg.com/media/BWrL3g3CQAAN0Nv.jpg より

飛行機の翼に積もった雪の消雪作業をしなければ
ならないほどの積雪となった。

帯広は、1892年(明治25年)の観測開始以来
最も早く積雪となったのであった。

この寒気と台風の暖気の境目が
あの伊豆大島の豪雨と水害をもたらした。

昨日の伊豆大島では、時間雨量で
2時まで  92.0ミリ
3時まで 118.0ミリ
4時まで 118.5ミリ
5時まで  97.5ミリ

と100ミリ前後の豪雨が4時間続いて、
大規模な土砂崩れが発生して、ひとつの集落が
飲まれてしまった。

その時間帯の天気図を見ると
天気図 2013年10月16日03時 
天気図 2013年10月16日03時 

ちょうど伊豆大島の南を台風の中心が
通過している時、台風の中心の北側には
前線ができていて、台風の温かい空気と
北からの冷たい空気の境目にできた前線は
かなり雨雲が発達したが、その下に
伊豆大島があった。

台風26号は
この時から、中心気圧が955hPa
という強い勢力でありながら
温帯低気圧化していっていたののだが、
その過程で激しい豪雨が伊豆大島に
もたらされ、大きな災害になった。

気象関係の画像は
気象庁より

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台風26号は関東に向かっているが、台風から遠く離れた九州北部に暴風警報・・・・西高東低の冬型の気圧配置になりそう

今日は、2013年(平成25年)10月16日 水曜日 

大型の台風26号は、
私が住む近畿地方から離れて
関東地方に接近するようだが、
ただ、北風が強く吹きそうだ。

昨日の午後に
台風から遠く離れた
九州北部で暴風警報が発令されていた。

そして、夜には京都府の丹後地方にも
暴風警報が発令された。

つまり、台風から離れていても
日本海側では暴風が吹く状態に
なっているのだ。

ちょっと、天気図を見ると
天気図 13101518c
天気図 2013年10月15日18時


台風が日本の南海上を中心気圧950hPaで、
一方、大陸の高気圧の中心気圧が1028hPaで
気圧差が78hPaあり、気圧差が大きくなっている。
気圧差が大きくなる程、
気圧の高いところから低いところへの空気の流れ込みの
傾斜が強くなり、風が強くなる。

この天気図を見ると大陸に高気圧があって、
そこから日本海沿いに、高気圧から
台風に向かって、等圧線に沿って、
風が吹きこんでいる。

大陸の高気圧から日本海に向かって
強い風が吹き込むというのは
西高東低の冬型の気圧配置で
見られる状況である。
昨日は、大陸から
日本の南海上に熱帯低気圧である
台風に風が流れ込み
西高南低の気圧配置あったが、
気象衛星の画像を見ると

気象衛星 201310152200-00
気象衛星 2013年10月15日22時

日本列島を通過する台風26号の雲が
目立つが、中国沖の東シナ海の上空には
よく西高東低の冬型の気圧配置の時によく
見られる筋状の雲が並んでいるのが見える。

台風の進路予想で
今日の18時で、東北の三陸沖に
達して、予想中心気圧が
960hPaの状態で、熱帯低気圧の台風から
温帯低気圧に変わると見られていて、
勢力の強い温帯低気圧となるようで、
まさに、西高東低の冬型の気圧配置になりそうだ。

画像は気象庁より

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10月に、大型台風26号接近中・・・ふと、1979年の台風20号を思い出す

今日は、2013年(平成25年)10月15日 火曜日 

大型で非常に強い台風26号が
日本の南海上を中心気圧930hPaまで
発達した。どうやら最盛期は過ぎたようだが
昨日の21時現在で、935hPaで
かなり発達している。
また、強風域が直径1300kmと大型である。

そして、今日以降は、北東方向に吹く
偏西風に乗って、北上の速度を上げるようだ。

私が住む西宮市がある近畿地方は
直撃は受けずに、関東地方が直撃の恐れが
あるようだが、近畿地方でも風が強く吹き、
また、台風が東日本方面に通過しても
近畿地方でも吹き返しの強い風が吹くと予想
されている。

さて、10月の大型台風で
速度を上げて日本列島付近を北上する台風で
思い出すのは、
1979年(昭和54年)の台風20号。

当時、6歳であった私は、故郷の和歌山県御坊市に住んでいたが
その台風20号は、和歌山県白浜町に上陸して、
父と一緒に、海に台風の高波見物にいった記憶がある。

さてその1979年の台風20号は
日本のはるか南海上を通過している時に
中心気圧が870hPaまで低下して、
海上において世界で最も気圧が下がった台風となった。

その台風は、上陸時の勢力は中心気圧は
965hPaまで上がったが、
大きな暴風圏をともなったまま
日本列島を速度をあげて縦断して、
ほぼ全国を暴風域に巻きこみ
北海道付近を通過した時、
多くの漁船が
急に速度をあげた台風からの避難に遅れて
遭難で亡くなる方が多く、全国で115名が死亡した。

10月の台風で
今回の台風26号のように
強い勢力を保ったまま速度を上げて
北上する台風は、対応に遅れて大きな被害を恐れも
あるのである。


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ホテルで乱交パーティをした自衛官夫婦を公然わいせつで逮捕したことは憲法違反で、重大な人権侵害である・・・イギリスの哲学者ジョン・スチュアート・ミルの「愚行権」をマスコミ関係者はどれだけ知っているのだろうか。

今日は、2013年(平成25年)10月14日 月曜日 

これは、憲法違反だと思うニュースがあった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
自衛官夫婦、ホテルで公然わいせつ行為…逮捕
(読売新聞 2013年10月12日 12時41分)


インターネットを通じて参加者を集め、札幌市のホテルで乱交パーティーを
開くなどしたとして、北海道警札幌中央署は11日、北海道千歳市新富1、
陸上自衛隊東千歳駐屯地の2等陸曹東村吉峰(39)と妻千恵(38)の
両容疑者を公然わいせつと公然わいせつほう助の容疑で現行犯逮捕した。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この逮捕された夫婦が、刑罰を受けなければないらないような
被害を誰かに被らせたりしたのか!!!そうではないだろう。
なのに、なぜ逮捕されたりされなければならないのだ。

私は、このような乱交パーティの摘発で逮捕という身柄拘束をする
警察権力の行使に、常々違憲性を抱いている。

当ブログの2010年10月17日で
被害者なき乱交パーティでの逮捕は、日本国憲法第13条違反である・・・香川の50名乱交パーティ摘発という人権侵害
その私の主張を書いている。

なぜ憲法違反かと思うかについて
それに私が書いた内容を修正しながら引用していく。

日本国憲法第13条に

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する
国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、
立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

とある。幸福を得るために公共の福祉に反しない限り何やっても良いということで、
さて、公共の福祉とは何かとなると

「人権相互の矛盾を調整するために認められる実質的公平の原理」
つまり、他人の権利とぶつからない限り何をやっても良い。
簡単に言えば、他人の権利を侵害しない、他人に迷惑をかけない限り
何やっても良いということである。
これは、フランス人権宣言でもこの考え方であり、
近代自由主義国家に当然とされていることである。

今回の乱交パーティで、無理やり強姦された女性もおらず、
閉鎖された空間で、乱交パーティ参加者以外の目に触れることもなく
この乱交パーティの参加者以外の他人の権利が侵害される状況でなく、
誰の権利を侵害するわけでなく、
それぞれの性的快楽を得たいという幸福追求をしていたわけで、
それを公然わいせつ罪で摘発するのは、日本国憲法第13条に違反すると
思う。

乱交パーティなんてバカなことをと感じる人も多くいるかもしれないが、
イギリスの哲学者ジョン・スチュアート・ミル(1806年~1873年)が
1859年に発表した「自由論」の中で、提唱した「愚行権」
から見れば、なんら問題はない。

他の人から見て、愚かなことをしているように見えても
他人に危害を加えない限りは自由に、その愚かなことをふるまえる。
その結果は自分で責任を負う。
何が幸福が、各個人それぞれであり、個人の幸福追求においては
他者に害を及ぼさない限りは愚かに見えることでもやっても良いのである。

愚行権はまあ、このような主旨であるが、
何が幸福かについては、個人の自由に委ねているのだが、
そう踏まえると
日本国憲法第13条の
「すべて国民は、個人として尊重される」は大きな意味があると思う。

今回、せっかく誰も被害者がいないのに
日本国憲法第13条で保障された
幸福追求をしていた乱交パーティで、警察に身柄拘束された方々は
憲法違反として訴訟をおこしてくれたらと思う。

逮捕された方々も、
「私は誰も傷つけたりしていないのに、なぜ逮捕されなければならないのか」
と堂々と抗議してもいいくらいで、何ら恥じることはない。

むしろ恥なのは、このような人権侵害を平気で行う
警察とその警察の権力行使を容認している日本政府であり、
日本の裁判所である。

日本のマスコミで、被害者なき乱交パーティでの身柄拘束という
重大な人権侵害に全く異議を唱えないことに
いつも私は、日本のマスコミの近代国家観=基本的人権の擁護
の脆弱性を感じるし、
近代の自由観、特にイギリスの哲学者ジョン・スチュアート・ミルの
愚行権といことも知らないマスコミ関係者も多いのだろうと思う。
この愚行権は、近代国家の憲法の本義の、政府の権力濫用を防ぐことで
国民の基本的人権を守るという意味でも
重要な概念だと思っている。



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10月13日、11宮家51名の皇族離脱が決定した日・・・旧皇族の子孫で東京オリンピック招致に活躍した方がいる

今日は、2013年(平成25年)10月13日 日曜日 

今から66年前の今日の
1947年(昭和22年)10月13日(月曜日)
11宮家51名の皇族離脱が決定した日である。

この11宮家は世襲親王家である伏見宮家の系統である。
世襲親王家とは、今上天皇との血縁の遠近に関係なく
代々親王を地位であり続ける宮家である。

その世襲親王家で、北朝の崇光天皇の
皇子・栄仁親王(よしひと、なかひと)から
始まるその世襲親王家の伏見宮家の系統の11宮家が
明治時代以降、皇族としての地位を得ていた。
その11宮家とは

梨本宮家
山階宮家
久邇宮家
華頂宮家
小松宮家
北白川宮家
東伏見宮家
賀陽宮家
朝香宮家
竹田宮家
東久邇宮家

である。しかし、第2次世界大戦の敗戦後、
GHQにより皇室財産が、国庫に帰属することとなり、
経済的理由から
世襲親王家である伏見宮家の系統の宮家まで
皇族として維持することが難しくなり
皇族を離脱することとなった。

この系譜の方々を旧宮家とか旧皇族と称している。
その旧皇族の子孫のうち
現在の多くの国民に知られている方に
竹田恒和氏がいる。

竹田恒和氏は、
日本オリンピック委員会(JOC)会長として、
2020年の東京オリンピック招致で
最終選考で、プレゼンをしていた方である。

旧皇族関係で関わりのあるホテルとして
プリンスホテルである。
旧皇族の土地にホテルを建てているので
プリンスホテルというホテル名がついているのである。

さて、最近、この旧皇族が注目されている理由として、
天皇の男系維持のために旧皇族を皇族として復帰させるべきという
議論があるからだ。



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大阪では、昨日も10月の真夏日で今月で5回目・・・・統計開始以降、10月として最多の真夏日記録を更新

今日は、2013年(平成25年)10月12日 土曜日 

昨日の当ブログの記事、
昨日も10月の真夏日、大阪での10月の真夏日が4日目に・・・過去の大阪の10月の真夏日をみてみる、さて、最も遅い真夏日はいつで、


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
昨日、大阪では、13時02分に
最高気温で31.9℃を観測し、
10月になって、4日目の真夏日を観測した。

大阪で、10月に4日も真夏日を観測するのは
1920年(大正9年)以降で、
1999年(平成11年)以来、2回目である。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

と、一昨日の10月11日までに
10月として4回目の真夏日を観測するのは
1920年(大正9年)の統計開始以降2回目であると書いたが、

昨日も大阪では、31.3℃(14時05分)を観測し、
1920年(大正9年)の統計開始以降、初めて
10月に真夏日を5日観測することとなった。

この10月は気温は高く、大阪では、
昨日まで、真夏日以外の日すべてが、
最高気温が25℃以上の夏日となっており
夏の名残りの空気が漂う10月上旬となっていて、
あと3日後ぐらいまで、夏日が続く予想である。

その後雨のあと秋の空気が覆ってくる様子であるが、
最近の傾向として、夏と冬の間の春と秋が
短くなっている感じがして、
今年も短い秋になったりするのかな。


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昨日も10月の真夏日、大阪での10月の真夏日が4日目に・・・過去の大阪の10月の真夏日をみてみる、さて、最も遅い真夏日はいつ

今日は、2013年(平成25年)10月11日 金曜日 

昨日、大阪では、13時02分に
最高気温で31.9℃を観測し、
10月になって、4日目の真夏日を観測した。

大阪で、10月に4日も真夏日を観測するのは
1920年(大正9年)以降で、
1999年(平成11年)以来、2回目である。

1920年以降、大阪で10月に真夏日を
観測された年と、10月の真夏日数を見てみると、

1933年(昭和 8年) 1日
1938年(昭和13年) 2日
1941年(昭和16年) 1日
1945年(昭和20年) 2日
1948年(昭和23年) 1日
1951年(昭和26年) 2日
1961年(昭和36年) 2日
1975年(昭和50年) 1日
1984年(昭和59年) 1日
1992年(平成 4年) 1日
1994年(平成 6年) 1日
1998年(平成10年) 1日
1999年(平成11年) 4日
2004年(平成16年) 1日
2005年(平成17年) 1日
2013年(平成25年) 4日 2013年10月10日現在

と、1920年以降、
大阪で、10月に真夏日を観測した年は、16回あり、
18日の真夏日がある。

10月の真夏日は、温暖化が進んだ
近年になって多くなったというイメージがあるが、
1940年代の10年間で4年、10月の真夏日を観測しており、
10月の真夏日は、昔からあったということである。

同じく1920年以降で
大阪の10月の真夏日で
最も気温が高い日は、
1961年(昭和36年)10月3日の32.9℃で、
最も遅い真夏日は
1933年(昭和 8年)10月20日の30.0℃である。


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元も子もない、その語源・・・投資で儲けようと思ったら失敗してしまって、すっからかんに

何もかもすべてを失うという意味で
「元も子もない」という表現がある。

「元も子もない」の「元」とは「元金」のことで、
「子」は「利子」のことである。

投資をして、儲けて利子を得るはずが
投資に失敗して、利子を得るどころか
元金も失ってしまう。
そのような状況を「元も子もない」と言うようになったが、
そこから、無理をしてしまって、本来得ようとしたものだけでなく
失う必要のないものまで含めて、全てを失ってしまうことの意味で
用いられるようになった。

例えば、ダイエットをしようとして、無理をしてしまって
拒食症となって、命そのものを失ってしまったりすると
「元も子もない」となる。
カーペンターズの
カレン・カーペンター は、無理なダイエットによって
拒食症となり、32歳の若さでなくなった。
まさに、元も子もない非劇になってしまった。


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ヒッグス博士、論文発表から49年後に、ノーベル賞物理学賞を受賞!・・・質量をもたらすヒッグス粒子の存在の予測は、ある日本人物理学者からヒントを得たのであった

今日は、2013年(平成25年)10月 9日 水曜日 

今年のノーベル物理学賞に予想通り、
イギリスのエディンバラ大学のピーター・ヒッグス名誉教授が
受賞した。

ピーター・ヒッグス博士は、
1964年、物質に質量が生じる要因となる
ヒッグス粒子の存在を予測した。

実際、そのヒッグス粒子の存在を確かめることは
時間がかかったが、やっと最近になって、
ヒッグス粒子の存在が確認され、
1964年にヒッグス粒子の存在を予測した
論文を発表して、49年後にノーベル賞を受賞となった。

さて、ピーター・ヒッグス博士が
質量をもたらすヒッグス粒子の存在を予測する
きっかけとなったのは、ある物理学者の論文を読んだからだ。

その物理学者とは、2008年に
「自発的対称性の破れ」と称されることを発見して
ノーベル物理学賞を受賞した南部陽一郎博士の論文である。

その南部陽一郎の論文にヒントを得て、
ヒッグス粒子の存在を予測したのである。

ヒッグス博士は、南部陽一郎博士がノーベル賞を受賞した時に
ヒッグス粒子の存在を予言するきっかけになったのは
南部氏の理論だと語っている。

南部陽一郎博士の論文を大きなヒントとして、
ヒッグス博士が1964年に
物質に質量をもたらす粒子としてヒッグス粒子を存在を予測して
やっと49年後の2013年にノーベル物理学賞を受賞することとなった。

ちなみに、全く物理学とは関係ないが
1964年とその49年後というつながりで言えば、
1964年は東京オリンピックの年
その49年後にの2013年に、2度目の東京オリンピックの
開催が決まった。

*ちなみに、南部陽一郎博士は
現在はアメリカ国籍で、日本の国籍をゆうしていません。


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2012年(平成24年)7月5日の記事
ヒッグス粒子発見ニュース・・・ヒッグス粒子から理解する福島原発事故と今も福島で続く放射能汚染


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福島原発事故、やはり地震の揺れだけでメルトダウンは発生していたのか!・・・元東電原発技術者が地震後の原子炉内の水量データから地震原因説を裏付ける

今日は、2013年(平成25年)10月 8日 火曜日 

2011年3月11日に発生した
マグニチュード9.0という超巨大地震であった
東北地方太平洋沖地震の大津波で
福島原発事故が起きたとされている。

あの日、東京電力福島第一原子力発電所では、
地震で、外部電源を喪失して、
そのバックアップとして、非常用電源が作動して、
地震のため自動停止した原子炉を冷却していたが、
地震から約50分後に襲来した大津波によって
非常用電源が停止して、原子炉の冷却機能が停止して、
メルトダウンに到り、大事故になったと東電や政府は
今のところそう言っている。

ただ、本当に津波だけがメルトダウンの原因なのか
地震の揺れそのものでもメルトダウンに至ってしまった
いたのではないかという指摘がなされたりしていて、
実際、福島原発事故に対する国会の事故調査委員会でも
地震による損傷で冷却機能を失った可能性は排除できないと
指摘している。

この地震によるメルトダウン説を強い根拠をもって
説得力のあるデータをもって説いている方がいる。

その方とは、
元東電技術者、現場で原発のオペレーションを日常的に行っていた
木村俊雄氏である。

そのような原発の原子炉の稼働状況について詳しく知っている
木村氏があるデータが東電から公開されていないことに疑問を持ち
東電に強く公開を求めた。
それは、原子炉内の過渡現象記録装置のデータで、
それは航空機に例えるなら、よく航空機の事故調査で使用される
ボイスレコーダやフライトレコーダに相当するデータである。

そのデータが、やっと東電から今年の8月に公開され、
それを分析した木村俊雄氏は、地震によって
メルトダウンが発生したことを確信したという。

過渡現象記録装置のデータには、原子炉内の
地震直後の水の流入量に関するデータがあり、
それが地震によるメルトダウンを決定的にするものだったようだ。

そのデータの推移は次のようなものである。

核燃料が入っている原子炉圧力容器に地震発生前には
毎時18000トンのペースで流入して、
圧力容器の下から上に水が対流して、
核燃料の冷却を続けていた。

下から上に水が上がるのは、
水温の差によって、水温の高い水とそれが低い水との
間に密度差ができて、水温の高くて密度が低くなる
水が浮力を持ち下から上にあがる。
そのようにして、圧力容器内を対流して核燃料を
冷やして、最終的に 蒸気となり、
タービンを回している。

そのような水の流れの仕組があるのだが、

そして、地震発生とともに原子炉を自動停止したため
原子炉圧力容器内への水の流入量は急激に減る。
それは通常通りであるが、
通常なら、自動停止した後でも
毎時2000トンの水が流入して、
圧力容器の下から上に水が対流して、
核燃料の冷却を続けるはずであるが、
3月11日の14時46分過ぎに地震が発生してから
約1分30秒で、圧力容器内への水の流量がゼロに
なってしまっていたのだ。

これは何を物語るかと言うと、
何らかの力で、水が流れる配管が破損して、水漏れが
発生して、流量がゼロになったと考えられるのだ。

その結果、冷却機能を喪失して、メルトダウンに至った
と木村俊雄氏がみている。

その何らかの力とは、地震の揺れである。

メルトダウンした福島第一原発の1号機の
原子炉はアメリカのGE社製のMARK1(マークワン)であるが、
それの耐震の想定は、マグニチュード7.5だったという。

実際のマグニチュードは9.0であった。
そして、あの地震は揺れの時間が長かったが、
福島県沿岸では、震度6強を観測したが、
震度4以上の揺れの時間が3分程続いたとみられている。

そして、原子炉の圧力容器など耐震性を強化しても
圧力容器につながる様々な小さな配管はそれほど耐震性を
強化していなかったと見られている。

もし、地震の揺れだけでメルトダウンに至ったとすれば、
耐震性を強化して、原発を再稼動させなければならないが、
政府は津波による事故原因と考えていて、
それをもとに原発の再稼動をしようとしてして、
地震の揺れによるメルトダウン防止の対策を取らないままに
再稼動を進めていくととなる。

圧力容器につながる小さな配管までも耐震強度を上げると
なると、物理的かつコスト的に原発を動かすことが
難しくなるとも指摘されており、
原発を再稼動させたいと考えている方々の中には
福島原発事故を地震の揺れが原因であったと認めてしまうと
原発を動かせなくなるので、地震説を認めず
津波原因説で、津波対策だけで再稼動をさせていく動機付けが
生まれる状況である。

木村俊雄氏の公演は
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/104956
視聴できますが、会員制で
掲載期間終了後は、会員限定記事となってしまいますので
ご興味ある方は、お早いうちに御視聴下さい。


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10月7日は、「川柳の発祥の日」・・・江戸時代中期に生まれてた川柳は今も多くの日本人に親しまれ

今日は、2013年(平成25年)10月 7日 月曜日 

10月7日は、「川柳の発祥の日」となっている。
なぜ、10月7日が「川柳の発祥の日なのかと言うと、
江戸時代中期の
1757年10月7日(宝暦7年8月25日)に
柄井川柳(からい せんりゅう 1718年~1790年)が
「川柳評万句合」を初めて開催したことに由来している。

万句合(まんくあわせ)とは、
享保期(1716年~1736年)以後特に江戸で盛んになった
した雑俳(俳句と同じ五七五の一七音で、世相や風俗などを風刺したり、
滑稽をねらった短詩)の興行形態である。

1回の興行に1万句前後の応募があったため
「万句合」と呼ばれるようになったようだ。

そのころ
前句付けの点者として活動していた
柄井川柳である。

前句付けとは、連歌の五七五七七のうち
下の句の七七のお題を用意して、
気の利いた上の句の五七五を考えて競う
ことである。

それを評価して点を点ける者を点者と言った。

前句付けの点者として活動していた
柄井川柳が、
前句付の点者として無名庵川柳と号して、
そのころ流行っていた
滑稽な前句付けの雑俳を多く募集して
点数を付けて賞品を出す
「川柳評万句合」を
1757年10月7日(宝暦7年8月25日)に
初めて開催したのであった。

季語も要らず、おもしろければ
基本の五七五から少し変形しても良いとして
多くの人々から親しま続けているおが
川柳で、
現在では、サラリーマン川柳が有名であるが、
私の記憶に残っている一句で

昼食は 妻がセレブで 俺セルフ

というのがあって、大笑いした。
ランチタイムになるとご婦人たちが
女性同士で、3000円以上はしそうなところで
食事をしている光景を良く見かけるが、その影で、
その旦那は社員食堂やセルフサービスの低価格の店で
昼食をしている光景を思い浮かべる一句である。

サラリーマン川柳ではないが、
靴下メーカーが募集した足の臭いに関する川柳で

新幹線 異臭騒ぎは オレの足

という一句があり、これも大笑いした。

このようにユーモアあふれる川柳は
江戸時代中期に生まれて以降
約250年経った現在において
日本人の多くに親しまれている。



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重い究極の選択・・・横浜・踏切で救助死事故から、もし助けられた人が自殺志願者だったらというコメントから、ある政治学での究極の選択が迫られるエピソードを思い出した

今日は、2013年(平成25年)10月 6日 日曜日 

先日、横浜で、踏切で倒れた老人を助けようとして亡くなった女性の
ニュースがあったが、
もし、これが事実だったら、せつないなあと思うし、
なかなかマスコミでは言いにくいコメントを見つけた。
ただ、投げかけるテーマは、政治思想的、社会思想的に
いろいろ意味あるテーマになるかもしれない。

大石英司の代替空港というメルマガのバックナンバーページに
そのことについて、次のようにコメントしていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 たぶん自殺志願者なんだろうけれど、今の日本社会の縮図ですね。年寄りを無
為に生かすために現役世代が犠牲になる。
 やりきれないのは、もし自殺志願者だったら、彼にとって、最悪の結果でしょ
う。死にたかったのに、死ねない所か、わざわざ自分を助けに来た人間が身代わ
りに死んでしまうなんて。
 JRにしても、こういう人からお金を取れるとは思えないし、見舞金は出さな
きゃならないし。
 ドライバーにせよ、歩行者にせよ、踏切に差し掛かる時、この人は助ける、こ
の人は助けない、という自分の中の線引きを確認しつつ踏切を渡らなきゃならな
いかも知れない。

http://melma.com/backnumber_173916_5903966/より

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

これを見て、
私が、大学生の時の西洋政治思想のゼミに入った。
その時のゼミ案内に載っていたエピソードを思いだした。

Episode

ある飛行機に100人乗っていたが、何かのトラブルで燃料が漏れ出した。
緊急着陸できる空港もまだ遠い。
パワーが落ちてきたため飛行機を軽くする必要にせまられた。
人間以外の不必要な荷物はすべて飛行機から落とした。
しかし、それでも飛行機は重く、100人のうち10人は、
飛んでいる飛行機から落ちてもらわないといけないとなった。
その10人をどのようにして選ぶか?

というエピソードである。(フィクションですよ)

おそらく、このエピソードは、政治による価値判断、資源配分の決定などを
考えさせるものだったと想像するが、
究極の状況に追い込まれたらどうするかといことである。

ふと、思い出したのは、
1977年(昭和52年)
ダッカ日航機ハイジャック事件である。

日航機が日本赤軍によりハイジャックされ、
バングラデシュのダッカに着陸した。
日本赤軍の要求は、日本で服役および拘留中の
日本赤軍のメンバーの釈放と身代金を要求、
要求が実現されなければ、人質の殺害、
特にアメリカ人人質を先に殺害すると通告。

これは、犯人の要求を呑まなければ
人質が殺害される。
ただ、要求を受け入れると、日本はテロに屈する国だとして
再び、日本関係を標的にしたテロが誘発されるという事態になった。

この事件の3年前の1974年、日本赤軍が
オランダのハーグで、
フランス大使館占拠事件で、
フランス政府にフランスで拘留中の日本赤軍のメンバーの
解放を要求して、その要求を行け入れさせる事件があった。

これぞ、政治で求められる厳しい決断の場面である。
新たなテロの誘発を防ぐために、人質を犠牲にするか、
人質の犠牲を防ぐために、新たなテロの誘発のリスクを覚悟して
犯人の要求を受け入れるか。

ダッカ空港のハイジャックの解決策として、
海外で、実行犯を制圧することが難しかった
日本政府として、、
当時の福田赳夫内閣総理大臣は
「一人の生命は地球より重い」と語り、
日本赤軍の要求を受け入れ、超法規的処置で
服役および拘留中の日本赤軍のメンバーを釈放した。

この時、国際社会から、日本はテロに屈したとか
日本はテレビだけでなくテロも輸出するのかと批判を浴びた。

ダッカ事件から、19年後の
1996年12月、ペルーの首都リマで
日本大使公邸占拠事件が発生する。
ネストル・セルパをリーダーとする
トゥパク・アマル革命運動のメンバーが
日本大使公邸を占拠。
その時、天皇誕生日を祝うパーティが開催されていて
約600名が人質になった。

セルパは、
逮捕、拘留されているトゥパク・アマル革命運動のメンバーの釈放を
当時のペルーのフジモリ政権に要求した。

一説には、ネストル・セルパはダッカ事件での
日本政府の対応を知っており、日本が関係する
ところで、人質を大量にとれば、要求が実現するかもしれない
と考えたとも言われている。

多くの人質は解放されたが、
最終的には、
ペルー政府要人や軍人、日本大使館員や日本企業のペルー駐在員ら
約70名が人質として残された。

日本政府の当時の
橋本龍太郎内閣総理大臣は
人命最優先に考え
ペルー政府に、武力行使を避け、平和的解決を要望した。
最終的には、フジモリ大統領はタイミングを見計らって
武力行使を決断した。
日本人人質は全員救出されたが、
ペルー人の人質1名が亡くなった。

この時は、犯人グループが1カ所に集中していた
という強行突入の絶妙なタイミングがあったこともあり
少ない犠牲でほぼ成功したが、条件が悪ければ
多くの人命が失われた可能性もあった。

政治が何かを決定する時、
このような厳しくて難しい決定を迫られることがある。

そんなことを
横浜での、40代の女性が自らの命を顧みず
電車が迫る踏切で、横になっていた老人を助けた
事を受けての大石英司氏のコメントを見て
ふと思い出した。


このブログ内の関連記事

2007年4月23日の記事
4月23日 ペルー日本大使公邸強行突入 ~ 銃弾に砕かれた少年少女の夢・命を救った誉め言葉



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糸を引く、その語源・・・お人形を糸で操作して

裏で、指図して人を操ることを「糸を引く」と言うが、
その語源は、操り人形にある。

操り人形は、見ている人達から見えないようにして、
糸をひっぱって人形を操って動かすが、
裏で、指図して人を操る様子が
それと同じように見えるから、
「糸を引く」と表現されるようになった。



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秋波を送る・・その語源・・・秋は空気は澄んで、女性の目元も涼しげで

「秋波(しゅうは)を送る」という慣用句がある。
その意味は、女性が異性の気を惹くために媚びた色目を使うことである。

もともと「秋波」とは秋の澄みきった水波を意味していて、
それと女性の美目麗しい涼しげな目元がイメージが重なるため、
美人の涼しい目もとという意味でも
意味で「秋波」が用いられるようになった。

さて、その「秋波」を用いた漢詩がある。
中国の五代十国時代の南唐の第三代皇帝であった
李煜(りいく)の詩「菩薩蛮(ぼさつばん)」に

眼色暗相鉤、秋波横欲流

眼色暗(ひそ)かに相(あい)鉤(いざ)ない
秋波横ざまに流れんと欲す

とある。

その意味は、
目でひそかに誘う、(美しい目元で)横目を流してくる

というような感じであるが、


宮廷で音楽を奏でている女性が
その美しい目元で、自分に色目を使ってくる
様子をあらわしているようだ。

このように、
女性が異性の気を惹くために媚びた色目を使うという意味で
「秋波(しゅうは)を送る」と使われるようになった。

今では、女性だけでなく、
個人や組織が媚を売るという意味でも
「秋波(しゅうは)を送る」は使われる。




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夕刻の満員ぎみの電車内での微笑ましい光景・・・ベビーカーに乗っている2歳ぐらいの女の子の微笑みが創りだした光景

今日は、2013年(平成25年)10月 3日 木曜日 

一昨日の夕刻、阪急神戸線で、
西宮北口方面行きの電車の扉のそばに
乗車していた。
十三駅に停車した時、
2歳ぐらいの女児が座っているベビーカーを
押して、若いお母さんが乗ってきた。

少し、車両内は込んでいたが、
ベビーカーをそのままにできるだけの
スペースはあった。

すると、そのベビーカーに座っている
2歳ぐらいの女の子がまわりをかわいい微笑みを
見せていて、思わず、まわりの乗客の方々も
その女の子に視線を注ぐ、
その女の子は特に、隣に立っていた熟年夫婦に
笑みをこぼしながら見つめると、
その熟年夫婦の
ベビーカーに座っている女の子に
自然と微笑みを返して、
その熟年夫婦の奥さんが、女の子のお母さんに
話しかけて、すこし会話がはずんでいた。

お互いに見ず知らずの者同士であるが、
小さなかわいい女の子の微笑みが
創りだした心温まる微笑ましい光景を見ることが
できて良かった。



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消費増税、赤字でも消費税を負担させられる中小企業・・・中小企業の倒産とか、社長が首を吊る事態が増えたりはしないか

今日は、2013年(平成25年)10月 2日 水曜日 

安倍首相は、来年4月からの消費増税を決めた。
さて、消費増税で問題になることのひとつに
中小企業の問題がある。

消費税とは間接税で、消費者が直接、納税するのではなく
その消費者が買った商品を売った事業者が納税するのが
消費税である。
つまり、消費者は間接的に消費に支払った税の負担はするが
最後に直接納税するのは、事業者である。

ただ、事業者が消費税を納税するとなれば、
中小企業にとって、大きな負担になる。

中小企業の場合、元請けからの圧力で
増税分を価格転嫁できなかったり、
また、そうでなくても、価格競争力維持のため
なかなか増税分の値上げができない。

また、法人税と違って、赤字でも
消費税を納税しなくてはならず、
もち延滞などしてしまうと
サラ金なみの高金利の延滞税を支払わなければ
ならない。
そのため、中小企業の経営者は
赤字でも消費税を納税するために
生活費を削ったり、保険を解約したり、時には借金したりして
納税しているとも言われる。
時には、経営が苦しくて消費税を滞納したため
税務署にいきなり差し押さえ処分を受け
倒産や自殺に追い込まれる事態もあるという。


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2013年9月14日の記事
予定通り消費増税をして景気は大丈夫か・・・2013年と前回増税前年の1996年の四半期ごとのGDP成長率を見る。前回増税時、家電や自動車などの耐久財ほど売れなくなった




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