言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
語源、雑学など、時事ネタなど。また、楽習社とは私の脳内にある架空の企業です。所属組織や職業が変わろうとも、生涯、理系・文系を多様な知を楽習(がくしゅう)して、生きていきたいので、架空企業名を勤務先にしています。それを退職する時は私の人生が終焉する時です。.当ブログ各記事に誘うための目次専用ペ ージはカテゴリートップにあります。PCページは画面左サイドに、スマホ画面からは下のマークの真ん中からカテゴリーにいくことができます

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世の中の森羅万象のことに好奇心を持つものです。
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1909年2月28日 厳寒の峠にて命をかけた男がいた

今日は2007年2月28日
今月は今日で終わる。
今月のニュースで印象に残っているのは
2月6日に、東京都板橋区東武東上線ときわ台駅
で、自殺志願で踏み切りに走りこんだ女性を助けようとして
殉職した宮本邦彦巡査部長(のち2階級特進で「警部」)
を思い出す。

そのような殉職に関することで思い出すのは、
今から、98年前の今日である
1909年(明治42年)2月28日の夜
北海道塩狩峠での出来事である。

名寄発旭川行きの機関車に
当時鉄道院(国鉄の前身)職員である
長野政雄(28)が乗っていた。
彼は当日、休暇で乗客としてこの機関車に
乗っていたのであった。


長野政雄の人生は苦労の人生であった。
彼は、1808年現在の愛知県で生まれるが、
3歳のときに父と死別、
母は、政雄の後見人として親戚を立てるが
その親戚に裏切られ、全財産を失ってしまい
13歳で働かざる得なくなり
母を養いつつ、苦学し、
19歳の時、
大阪貯金管理所登用試験に合格し、判任官の資格を取得し、
大阪に赴任、その時、天満教会でキリスト教の洗礼を受ける。
それが彼の行動原理に大きく影響を及ぼすものになった。

その後、大阪で先輩であった方が北海道の鉄道で働いていた
縁で、その先輩に招かれ、札幌に移り、
1901年(明治34年)に
北海道の旭川の鉄道事務所に転勤し、
鉄道マンとして働いていた。

そして、
1909年2月28日夜
休暇中の長野政雄は名寄発旭川行きの機関車に乗っていた。
その機関車が塩狩峠に差し掛かったとき、
彼の乗っていた最後尾の客車が、塩狩峠頂上近くで連結器が故障し、
置き去りにされてしまった。
厳寒で凍ったレールの上を、その車輌は後ずさりを始めた
やがて、加速し、転覆の危険が高まった。

乗客達の顔は不安で覆われ、怯えていた。
その時、長野政雄は客車の外にあるハンドブレーキを
操作し、逆降暴走する客車を止めようとした。

しかし、スピードがやや落ちたがそれでも
逆降は止まらない。目の前にカーブが迫っていた。
乗客たちは万事休すと感じ、脱線転覆を覚悟した
人もいただろう。
しかし、その客車は止まったのだ。

そして、乗客が車外に出て見た光景は驚きの光景であった。
それは、線路上に横たわる血まみれになった長野政雄であった。
客車は長野政雄の体に乗り上げ止まったのだ。

おそらく、万策つきた長野政雄は
自らの命と引き換えに他の乗客の命を救おうとしたのだろうと
言われている。

長野政雄の命をかけた行為によって
他の乗客全員の命は救われた。

クリスチャンであった長野政雄は常に懐に遺書を忍ばせていた
という。
そのなかに、
「苦楽生死 均(ひと)しく感謝。余は感謝して全てを神に捧ぐ。」
と書かれていたという。

彼は給料の大半は、教会の子供達のために寄付し
キリスト教の
「あなたの隣人を愛せ」という教えを実行していたいた。
そのような彼は、いつも懐に遺書を忍ばせていたということは
いざ何かあれば誰かのために命をかける覚悟があったのだろうと
思う。



この出来事をもとに作家の三浦綾子氏により
小説「塩狩峠」が書かれている。


            
















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テーマ:今日は何の日!? - ジャンル:ニュース


正露丸 「征」を「正」に変えても・・・・・・

今日、仕事の関係でタクシーに乗ったら、
なんとそのタクシーの室内は
強烈な正露丸の独特な臭いが充満していた。


このタクシーの運転手のおじさんは
お腹が痛いのだろうか?と思いながら目的地に着いた。

その正露丸は
もともと「征露丸」と書かれていた。
正露丸が登場しはじめたのは
20世紀初頭、日本とロシアの間で
緊張が高まり、日露戦争がはじまりそうなころであった。

正露丸の初登場には2つの説がある。
1903年
陸軍軍医学校の教官であった戸塚機知三等軍医正らが
開発したいう説と
1902年、
大阪の中島佐一氏が開発し
「忠勇征露丸」として製造販売を開始したことに
由来するという2つの説がある。

どちらにしろ、
この薬が開発された背景には
日清戦争で不衛生な水による伝染病に悩まされるなど
軍隊では
戦闘による死亡よりも劣悪環境による
病気による死亡に悩まされていたことがある。

そこで、兵士達の赤痢や腸チフスの予防薬として
クレオソートを用いた正露丸が開発されたのだ。

ところが、この正露丸、とても独特の臭いがしているので
兵士達はなかなか服用しようとしなかった。
そこで、
軍首脳部は
その服薬を「陛下ノゴ希望ニヨリ」と明治天皇の名を用いて
服用を勧め、
さらに、「露西亜(ロシア)を征伐する」ということで
「征露丸」と名づけられたそうだ。


日露戦争の戦場では、日本兵達は征露丸を服用した。
やがて、日本はロシアに勝利し、
戦地で征露丸を服用した兵士達が帰還した後
「征露丸は、下痢や歯痛に効く」と口々にしたこともあり
征露丸は大ヒット商品になる。

第2次世界大戦終了後、
「ロシアを征伐すると言う意味は良くない」ということで、
政府の指導の下
「征露丸」は「正露丸」に変更された。

ただ、「正」という文字は
「一」と「止」を組み合わせた会意文字で
「一」は囗(くにがまえ)で、城郭に囲まれている集落を表し、
「止」は足跡を意味する。
それは、城郭に囲まれている集落に
足を踏み入れる状況を表している。
つまり、「正」という文字はもともとは
敵国に攻め入り征伐して、相手を正すということ
を意味しているので、
「征露丸」を「正露丸」に改名しても、同じ意味だと思うが。


ところで
「正露丸」は特定の商標かと思いきや、実は
一般の普通名称と
1974年に最高裁が認定している。
それは、「忠勇征露丸」製造販売権を継承した大幸薬品が
「正露丸」の名称の独占的使用権を主張したことに対して、
軍に第2次世界大戦中も「征露丸」を納入しつづけた
和泉薬品工業との間で商標をめぐって、20年におよぶ
裁判の結果、
「正露丸はお腹の調子を整える薬という
一般的な名前として国民は思っているので、
特定の固有の商標とした特許庁の決定はおかしいので取り消すよ」と
最高裁判所は判断した。

だから、正露丸で最も有名な大幸薬品の正露丸は
「ラッパのマークの正露丸」ということで、
特定化するようになっている。



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天気晴朗なれども波高し~1905年5月27日 日本海海戦においての示された明治人の言語力

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ハクションとくしゃみして、山のことを思う

このごろ、くしゃみをすることが多くなった。
花粉が飛んでいるからだ。

スギ花粉によるものだろう。
スギ花粉症の要因のひとつとして、
杉の植林が多すぎたことによると言う言説をきいたことがあった。

父親に次のようなことを聞いたことがあった。

針葉樹の杉が植林される前の山は広葉樹が多かったのだが、
その時は、ちょっとした雨でも川は濁ることはなかったが、
針葉樹の杉が多く植林された現在はちょっとした雨でもすぐに濁る。

一方で、広葉樹の多い時は、一度川が濁ると濁りは簡単に
取れなかったが、
針葉樹の杉が多く植林された現在では、
川が濁っても、すぐに濁りが取れる。


その話から、おそらく、針葉樹が多くなり、
広葉樹が少なくなった結果
山の保水力が落ちたのではなかろうかと感じる。




テーマ:日記 - ジャンル:日記


おかげさま ~ 目に見えない存在に対する謝意

何か良いことがあると
「お蔭様で」という言葉がでてくる。

自分以外の人や物から受け取る恵みを意味する
「お陰」に「様」をつけて呼ばれているもの。

それは、神や仏も含め普段は見えないものに対する
謝意を表す言葉である。

影とは御影が
神仏や貴人の霊魂、神霊、みたまを意味することにも通じる。
日本人は「面影」と、今はその対象そのものは見えないが、
その対象を感じさせるものを愛でてきたが、
そのように目に見えないものを愛で大切にし、
それに感謝する意味があったのだろうか。

この「お陰様」という言葉は、
特に江戸時代になれば
伊勢参りのことを「おかげ参り」と呼んでいた。

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稽古 ~ 古に学ぶこと

何かの技を高めるために練習することを
「稽古」というが、その語源は

「古(いにしえ)を稽(かんがえる)」という意味である。

それは中国最古の歴史書である「書経」の「尭典」に
「若稽古帝尭」
「若(ここ)に古の帝尭を稽ふ」と
書かれていたことに由来するという。

つまり、古の道を考える、学ぶという意味であり、
古のことを学び、現在に活用するということであった。

それから、昔の書物を読んで学ぶこという意味になり、
やがて練習するという意味にもなってくる。


遣隋使・遣唐使との交流を経て「稽古」という意味が
日本に伝わり、やがて室町時代になると武芸を極めるために
鍛錬すると言う意味で使われるようになった。

やがて、学問・武芸だけでなく、
芸能・宗教でも使われるようになり
江戸時代には庶民の間にも定着した。


参考
「稽古」及び「練習」の語誌的研究(南谷直利,北野与一)











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桜の花は全身全霊を込めた強い生命力の表現である

今年は暖冬の影響で、
桜が早く開花すると言われている。
(一方で、桜はある程度の寒さによる締りがないと
つぼみのふくらみは遅くなるので、あまりに暖冬過ぎると
それほど開花が早まらないとも聞いた)

自宅近くの歩道は、レンガを敷き詰めた道になっていて、
その道のレンガを覆っていない土の部分に桜の木が
幾本も植えられていて、
毎年、春になれば綺麗に咲き誇っているのである。

その桜並木のレンガ道を見ると、
所々で、レンガが浮き上がっているようになっているところがある。

そうなっている原因はおそらく、桜の木の張った根が太くなって、
それにより土が盛り上がり、その影響でレンガが浮き上がっている
のだろう。
それには、桜の生命力の強さを感じる。

そう言えば、桜の染料は桜の花でなく、幹の部分から取るようだ。
その話に触れると、桜は全身全霊を込めて綺麗な花を咲かせている
ように思える。

春だけに咲く可憐な綺麗な桜の花は、
全身全霊を込めた強い生命力の表現であると感じるのである。



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目が疲れた

徐々に夜明けが早くなってきていることが
このごろわかる。
バスや電車で同じ時間に乗っていても、
日光の入射角が違っていることがわかる。


と、今日はパソコンに向かい続けて、目が疲れているので、
あまり書かない。ちょっと遠くを見たりして、目を休めたいが、
まだまだパソコンを使った作業は続く。



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短歌を書いて様々なことに興味を持ち動くこと

数年前に書いた短歌である。

タイトルは「永劫回帰」

 黄昏の優しき光に心奪わる
        枯れ木の枝に蕾膨らむ

意味
 黄昏時のあまりまぶしくない夕焼けについ目が行ってしまう。その優しい光が枯れ木に注ぎ、蕾が膨らみ新たな命が芽生える。
 黄昏は、終末だが、その黄昏の光が蕾という新たな始まりを告げる。循環し、事態は永劫回帰する


単調な暮らし、左脳ばかりを使っていると、
若い年齢でも痴呆になる可能性があるいう話をきいたことがある。
それを防ぐためには、
新たなことをして脳に刺激を与えること、
趣味で音楽を聴いたり、夕日を見て綺麗だなと情緒・感情を持つ。
それで詩を作ったり、絵画を書くことがいい。
 また、第2の心臓と言われる脚の筋力を使ったりして、血流を良くして脳の血流を良くすることが大切。
また、多くの方々と会話をすることが大切。
詩を書いたり、絵画を書いたり、体を動かしたり、
多様な人と話しをすることは脳を活性化するうえで
大切なことと思う。

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マージナルマン ~ 創造性とバランス感覚

一昨日のブログの
組み合わせを見つける」で、

今まで、関係無かったものを関係付けて、組み合わせて編集し、
新たなモノ・コトが生み出していくということを
書きましたが、

新たな組み合わせを見つけ、創造性のあるものを
生み出す潜在力を秘めているのが
マージナル・マン [marginal man]と呼ばれる人たちです。


マージナル・マンとは、
異質な2つの集団に同時に属しているのだが、
両方の集団にも完全に帰属しているわけでなく、
集団の境界に位置する人物を意味する。
このような人物は
帰属集団がはっきりしないがゆえに
不安定で動揺しやすい行動様式を示しやすいとされるが、
一方で、2つの異質な集団に属しているがゆえに、
ひとつの集団だけに属している人たちが気づかない
視点や発想を持ち、
関係なさそうなものに関係性を見つけて、
新たな何かを創造する潜在性をもつと言われている。
その典型例が、ユダヤ人とされる。
彼らは国を持たないがゆえに、
様々な国を流浪していきたが、
それゆえに、現地人が気づかないことに気づき
新たなものや仕組みを考え出すことができるといわれる。

すぐに、違った集団に属することはできないかもしれないが、
異質の集団と交わっていくことで、
今までとは違った視点や発想をもつことができて、
新たな関係性を見つけ、新たな組み合わせを作り
何か新しいものが創造されることにつながってくるかもしれない。

また、同じ集団ばかりにいると世の変化に気づかなかったり、
自分の所属集団の価値観が世間とずれていても
気づかずにそのまま突っ走ってしまい大きな不祥事を招く
ことになる。
それを防ぐにも、マージナルマンの発想はあって良いと思う。

ビジネスマンでありながら、社会問題に、経済以外の
幅広い社会科学的な多くのコメントをしている
寺島実朗氏が、自分をマージナルマンとしてとらえている。
彼の何の著書が忘れたが、次のような言葉を彼の著書から
メモしていたので、掲載する。

企業と社会の境界領域にいて、それぞれを見据え、かつそれぞれの立場を踏まえた知的活動を心がけること。企業を取り巻く環境の変化を的確に捉えるには、社会にも軸足を置いたほうがいい。会社の利害だけにとらわれていては、時代の変化を客観的に捉えられない。一方、帰属する組織があることで現場感覚を失わずに、問題意識を凝縮、収斂できる。つまり、2つの視座、モノサシを持って時代を捕らえる。

このように述べていた。
昨今の企業の不祥事を見ていると、このような
マージナルマンの発想がなかったのだろうなと思う。
    


寺島氏の近著(2007年2月22日発売)
 寺島実郎の発言2
  ~ 経済人はなぜ平和に敏感でなければならないのか ~

のなかに、

付録
「マージナルマン」としての軌跡―自分自身が語られることの面映ゆさ


がある。 ぜひ購読して読もうと思う。


              











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かばんに数種類の本

通勤する時、
幾つかの本をかばんに入れている。

頭の回転が良さそうならば、
やや難しい本も読むことができるので、
そのような本を読めるが、
朝はまだ脳の回転が遅い時もあるので、
言葉の歳時記などで、
ひとつの項目が10秒ぐらいで読めるものを
見る。

それでも、眠気がするのなら、眠っている。


テーマ:日記 - ジャンル:日記


組み合わせを見つける



「知識」そのもの、「情報」そのものの本質的な意味を問う著書に興味があり、目を通して考えているこのごろです。そのなかで、知識はどのようにして生み出されるのか、どのようにして編集され、新しい知やコトが生み出されるのかを研究しています。
 編集という作業は、普段、みんなやっていることで、例えば、料理を作るにしても、いろいろな素材を組み合わせて、料理を作ることも編集作業です。

人と人との組み合わせ、遺伝もDNAのアデニン、グアニン、チミン、シトシン、の4つの塩基の組み合わせを色々なパターンで組み合わせて編集したものです。
 編集とは、色々な素材を組み合わせ、関係付けて、何かを生み出すことです。特に、今まで、関係無かったものを関係付けて編集し、新たなモノ・コトが生み出され、新発明につながり、我々の生活を支える文化・文明を支えてきました。
 私自身も、今まで、関係無かったものを関係付けて編集し、新たなモノ・コトが生み出すことができたらなあと思うこのごろです。

テーマ:頭の体操 - ジャンル:学問・文化・芸術


日本の15歳は先進国で最も孤独を感じている!

気になるニュースを毎日新聞でみた。

それは
国連児童基金(ユニセフ)が先進国が加盟するOECD諸国で
15歳の幸福度を調査したところ
日本の15歳は、先進国で最も孤独感を感じているという
ニュースであった。

毎日新聞の記事を一部掲載すると

幸福度:日本の子供、先進国で最も孤独 ユニセフ調査


 報告書は経済協力開発機構(OECD)加盟国のうち25カ国について各種指標を比較。子供の意識に関する項目の中で「孤独を感じる」と答えた日本の15歳の割合は29.8%で、2位のアイスランド(10.3%)以下、フランス(6.4%)や英国(5.4%)などに比べ飛び抜けて高かった。「自分が気まずく感じる」との回答も、日本が18.1%とトップだった。


というものであった。

どうしてそのような状況になっているのか
私にはわからないが、

本当の自分を安心してさらけ出せる場や機会がないのだろうか?

友人関係はあるが、表面的な会話だけになってしまっているのだろうか?

同調圧力が強くて、自分の個性を出しにくいのだろうか?


原因はわからないが、
ともかく、人間関係に豊かさを感じていないように
感じる。





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2月 「如月」と「February」の語源は? そう言えば、2月はどうして28日までなのか?

2月は「如月」(きさらぎ)と
呼ばれる。

如月の語源の説にはいくつかある
よく言われているのは次の説である。

あまりの寒さで
衣(きぬ)を更に重ね着するような情景を
「衣更着(きさらぎ)」と呼び、
そのような月であるから2月は「きさらぎ」に
なったという説が有力視されている。
しかし、その説は
旧暦の2月は、現在の3月ぐらいであり春先の暖かさを
感じる時期になるので、
その説に意義を唱えられることもある。

他の語源の説として
「生更ぎ(きさらぎ)」がある。
それは、草木が新たに芽吹く、つまり草木が更新する月であるので
「生更ぎ(きさらぎ)」が2月の「きさらぎ」になったという説である。

また、他の説としては
温かくなり「陽気が更に来る」ということで
「気更来(きさらぎ)」が2月の「きさらぎ」
になったという説もある。


きさらぎは「如月」と書きますが、
これは、中国の最古の辞書とされる
爾雅(じが)の中の「釈天」に

「二月爲如」(二月を如となす)という
記述に由来しているという。

どうして「如」なのだろうか?

仏教では、
「如」とは「序」を表し、
「序」という字には、
「次第に万物が相したがって現出する様子」という
意味があるとされる。



また、
宮島醤油会長コラムによると

清の時代のある学者は
「如者 隨從之義、萬物相随而出、如如然也」
つまり、「如」は、從うという意味があり、
萬物(万物)が次々に隨(從)って動き出す。その動き出す状態を
意味するという。


この「如」の意味からすると
如月の語源は
「生更ぎ(きさらぎ)」説が妥当かもしれないと感じる。

 

さて、2月は英語では「February」である。
その語源は、清めの儀式の「Februa」に由来する。
浄罪の清めの儀式を行う月ということで、
「Februarius」としていたのだが、
実は、もともと2月を意味するものでなかった。


どうして、2月は「February」になったのだろうか。
それは、ローマ帝国の時代に遡る。
暦はローマ帝国の時代に作られたが、
もともと月は1月から10月までしかなく、
現在の3月のMarchが1月にあたっていた。
それまでは、太陰暦を使用していた。
紀元前710年ごろまで
ロムルス・レムス暦という太陰暦を使用していて、
その暦では、1年をMarutius(現在の3月)
からDecember(デセンベル 現在の12月)までの
10ヵ月304日として、残りの余った日々を
「死の季節」とした。


紀元前710年以降は、太陰暦のヌマ暦が採用され、
「死の季節」を2分割したのが、
ローマ神話の守護神ヤヌス(Janus)にちなんで「Januarius」
「清めの儀式」を意味する語 (Februa)にちなんで「Februarius」
としていた。
清めの儀式は
今までの罪を悔い改めて新しく出直すという意味があるとされるが
「Februarius」が1年の最後の月になっていたから
そうなったのかもしれない。


ところが
紀元前46年、
ローマで絶大な権力を握っていたユリウス・カエサルが
完全な太陽暦の暦を採用するに
あたって、

1年の最後の方の「死の季節」に
ローマ神話の守護神ヤヌス(Janus)にちなんで
命名された「Januarius」が用いられていることに対して

「Januarius」が最後の方になっているのは、
神に対して失礼だ、という事で「Januarius」を
1年の初めにもってきて、
それとともに「Januarius」に続く、
「Februarius」を2月に持ち込んできた。

それが「Februarius」が2月になった原因である。


ところで、2月は28日までしかなく、
4年に1回29日があるだけだが、実は
2月は毎年29日あり、4年に1回30日がある月で
あったのだ。

どうして、2月が28日までしかないのか?

それには、ローマ帝国の2人の英雄が関係している。
それは、カエサルとローマの初代皇帝アウグストゥスである。

カエサルの功績が称えられ、
ユリウス・カエサルが生まれた月である
7月(「Quintilis (クィンティリス)」)を
「ユリウス・カエサル(Julius Caesar)」にちなみ
「Julius」に変更した。それが英語の7月の「July」になった。

そして、カエサルの死後、カエサルの後継者になった
アウグストゥスが事実上初代皇帝になったのだが、
そのアウグストゥス(Augustus)を称え
8月を「Augustus」にした。これが英語の8月の「August」になる。

ところが、ある問題が発生した。
31日ある月を「大」の月、30日の月を「小」の月として、
「大」の月、その次は「小」の月にしていたのだが、
7月は「大」の月、8月は「小」の月になっていた。
カエサルの7月は「大」の月なのに、
初代皇帝になったアウグストゥスの8月は「小」の
月では対等でないという問題であった。

元老院から尊厳者を意味する「アウグストゥス」
の称号を受け、初代皇帝になったアウグストゥスと
ユリウス・カエサルは同等にしないといけない。
そこで、
8月も7月と同じ「大の月」にすることとなり、31日となった。

すると、8月がそれまで30日であったのが、31日となった
ことによって新たな問題が発生する。当時のユリウス暦では
1年365日(閏年は366日)と決まっていた。
8月が1日増えたその分、
どこかの月の1日分を減らさないといけなくなった。
どこを削るかとなれば、すでに29日しかなかった2月を
さらにもう1日減らしたので、
2月は28日までになったのであった。



このブログでの参考


○月の語源関連
7月~日本で文を綴る月は、西洋では英雄の月である

葉月の8月~ローマ帝国初代皇帝アウグストゥスのおかげで、夏休みが1日増えた!!

○カエサル関連
賽は投げられた!~川を越えて、ライバルに向かう

「乾坤一擲」「賽は投げられた」 ~ 歴史を作った英雄の運命を賭けた決断





テーマ:語源 - ジャンル:学問・文化・芸術


2月15日は「春一番名付けの日」だって ~春一番が早い年は大きな災害が発生するかもと「みなみ」さんが言ってました

昨日(2007年2月14日)、
春一番が吹いたが、
今日2月15日は
「春一番名付けの日」とされているようで、
2月15日に初めて、気象用語として
「春一番」という言葉が使われるようになったとされている
ようです。

春一番の語源については
このブログで昨年3月7日に
春一番~雪が解けて川になって流れて行きます
で書いていますが、再掲すると

1859年(安政6)2月13日(旧暦)
(新暦では3月17日),
五島列島沖に出漁した壱岐郷ノ浦の
漁師53人が強い突風にあって遭難したことを受けて、
郷ノ浦の漁師の間で春の初めの強い南風を、
春一または春一番と呼ぶようになったのが始まりで、
その言葉が、1950年代後半よりマスコミで使用され一般化し、
気象用語となったようです。
春一番は1951年から観測されているようです。


ちなみに
私の住む西宮市はサンテレビという兵庫県の地方TVが
映るのだが、そのニュース番組のお天気コーナーで
お天気お姉さんの気象予報士である
上原みなみさんが

春一番が早く発生する年は大きな災害が発生しやすいと
過去のデータを引用しながら説明してました。

彼女のブログ

みなみかぜ 「春一番」 2007.02.14 Wednesday

で、早い春一番の年と災害についてちょっと
コメントしています。







テーマ:今日は何の日!? - ジャンル:ニュース


言葉の曖昧さと厳密さ  ~東洋と西洋

日本語というのは、あまり言葉を厳密に定義せず、
あいまいさが残り、「感覚的にそうなんだ」と
いうところがありますね。
西洋の言葉は、言葉の意味をかなり厳密に
定義するところがありますね。
それゆえ、哲学が発達しましたし、
異民族とのコミュニケーションでは、
文化が異質なもの同士がコミュニケーションするには、
あいまいさを排除して、
厳密にしないとあとで誤解が生じることもありますし、
また、異民族との闘争・論争で、
自分たちを正当化するためには、
言葉の意味を厳密にして、
一種の要塞化しないといけない面が
あったという識者もいます。
 
私は、西洋的な言葉を厳密に定義する文化も、
日本的に言葉に言い表せ尽くせないあいまいなものも好きですね。
「もののあわれ」とか「をかし」とか、説明するのは難しいですね。
 
松尾芭蕉の

静けさや岩にしみいる蝉の声

という俳句は、西洋人に説明するのは大変だと思いますし、
本が一冊できるくらいになるかもしれません。

言葉を厳密に定義する西洋で、科学も発達して、
20世紀には物理学が、
量子力学と相対性理論というところで発達しましたが、
量子力学をしていた学者やアインシュタインは、
なぜか、インド哲学などの東洋哲学に惹かれていくのですね。
 アインシュタインは、自然の神秘に感動を覚えていたようですし、
量子力学では、確率的にしかわからないという面もあり、
そこが東洋哲学に惹かれていった原因かもしれません。

 ビートルズの名曲「Let it be」も、
東洋哲学の影響があったと言われています。
「Let it be」は、「あるがままに、なすがままに」と
いう意味ですね。「it」というのは、
ものすごく哲学的な意味があるのですね。

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以心伝心 ~ 花を捻りて微笑する

「以心伝心」という言葉がある。
言葉を使わずとも心が相手に通じることを意味するが、
この言葉は、もともと仏教に関する言葉である。

晩年の釈迦が
霊鷲山(りょうじゅうせん)で
仏法を説いていた時、
大梵天王(だいぼんておう =バラモン教の
主たる神の1つであるブラフマーが仏教に取り入れたれた名前)
が、金波羅華(こんぱらげ)という金色(または黄色)の花を
釈迦に授けた。
その花を釈迦は聴衆に向け、花をひねったところ
誰もその意味を理解できない様子であった。
すると、釈迦は聴衆の中にいた
釈迦の十大弟子のうちのひとり摩訶迦葉(まかかしょう)に
視線を向けると、釈迦のその行為の意味を悟り
摩訶迦葉は微笑を返した。
すると釈迦は

「私はあらゆる真実を見破ることができる智慧の蔵をもつ。
この世界の奥にある大きな調和の姿が見える。
それは、この上なく安らかな心であり、
宇宙の真実を明らかにする智慧である。
ただし、それは定まったすがたを持つものでなく、
微妙な智慧であり、文字や言葉では表現できるものでない。
だから、それは心を以って心へと伝えられるものなのだ。
それを摩訶迦葉は理解した」

と言った。

そこから、言葉を使わずとも心が相手に通じることを意味する
「以心伝心」という言葉が生まれた。

また、釈迦が花をひねったことに由来して、
このお話は
「花を捻りて微笑する」と訓読みされる
「拈華微笑(ねんげみしょう)」という題名
がつけられていて、
「言葉を使わずお互いが理解しあうこと」と
以心伝心と同じ意味で使われる。







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散歩 ~ 気楽なものでなくもともとは命がけの行為であった

気分転換に「散歩」でもしようかと
目的地もなくてくてく歩くことを
散歩というが、
その散歩の語源は、今のような無目的なものでなく
切羽詰まったものであった。

3~4世紀ごろの中国で
健康のため
五石散という5つの薬石(硫黄、赤石脂、鍾乳石、紫石英、朱砂)
を飲むことが貴族の間で流行っていた。
その風習が奈良時代までに日本に伝わってきていた。


この五石散という薬は、虚弱体質に効く妙薬とされ、
飲むとぽかぽかし、多くの汗をく
これを「散発」といった。

ただ
五石散を飲めば良いというわけでなかった。
なかなかその「散発」の状態にならないことがあった。
五石散を飲んでも
身体が温まらない場合は、薬毒が体にこもったり
内臓を溶かし死に至ると考えられていたので、
「散発」の状態を早く出すために
歩き回ったという。これを「散歩」と言った。

それが転じて
目的地もなくてくてく歩くことを
「散歩」と言うようになったという。

現代でも
余分な栄養やストレスという毒が体内に貯まっている方も
多そうなので、「散歩」することは健康にいいかもしれない。


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空には星が綺麗~Blue is short Red is long

冬の夜空にはオリオン座が見えるが、それを見て
2000年に書いた詩を今日は掲載します。




空には星が綺麗~Blue is short Red is long


青白くかがやく星 リゲル
その青さは、新たなるものを求め、目先を見つめ
瞬間的に素早く動く若さ
まだまだ、元気よく 突き進む

赤くゆらめく星 ベテルギウス
その赤さは、古を思いながら、遠くを眺める
ゆったりと悠久さがある成熟さ
黄昏をむかえ役目を終える、

消えては新しいものになり
生成流転を繰り返す



この詩、そのこころは:
リゲルとベテルギウスは、冬の星座オリオン座の星
青白く光る星は、若い星で、青い光は、紫外線に近いことからもわかるように波長が短い光である
若者は、近視眼とゆうか目先の短い期間のことを見てすぐに動く、
それは、インターネットが
出現したスピードを求められる世界では、
素早さとして大切かもしれない。
そのようなことが求められる21世紀を迎える

赤い星は、年老いた星である。赤い光は、波長が長い光である
成熟した老人は、目先のこと、流行にとらわれず、歴史を振り返りながら現在を見て、未来を思う。
20世紀は、まもなく終わるが、現在と未来は、
過去の延長線上にある。
情報化でスピードが求められる現代、浮き足がちだか、歴史の礎をしっかり認識しておく必要がある。
年老いた星は爆発して消えるが、また、それが新しい星となる。
それは、過去の偉人は、消えて亡くなるが、偉人のエッセンスは、「温故知新」の如く現在にも、未来にも新しいものとして再び必要とされるかのようだ。
歴史は循環する。



と当時は書いたのだが、IT化と経済の規制緩和と
グローバル経済化により速度が速くなり
すぐに利益などの結果を求める傾向が
小泉政権下の日本では強くなったのかなと
思えることもあった。
加速度的に急膨張した
新興企業や有名ファンドが
スキャンダルで崩壊したこともあった。

あまりにも変化の速度が速過ぎると
社会システムがきちんと維持できない感じがする。
目先の利益だけで、手早くとりあえず何かを出すだけでは
歴史の残る物は出てこず、泡沫のごとくすぐに消えていく
ようにも感じる。

何かを作るにはじっくり時間をかける方が良いこともある。
知識社会化が言われる中で、文化的なソフト価値が
重視されるが、それを生み出すのがクリエーターであるが、
それに関して、こんなコメントをある方からいだいた。

東京は動きが早すぎるので、じっくり何かを考えて作り上げることができず、追い込まれる。クリエーターは呑気なので、時間的に追い詰められると創作活動がやりにくくなる。東京ではすぐに収益など結果を求められ、クリエーターが楽しむ余地がない。大阪は東京とは逆でクリエーターのゆったりさを受け入れる余地がある。


スピードが行き過ぎると弊害が出てくるように思えるのだ。
新しき良きモノを生み出すには、
波長の長いゆったりさも必要なのだ。







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正しい原因を作ること

高村光太郎の
「火星が出てゐる」

という詩に次のフレーズがある。


予約された結果を思うのは卑しい 
正しい原因に生きること 
それのみが浄い



なんとすごい言葉なのだと思った。
自分のやっていることが
将来どのような価値をもたらしてくれるのか
わからないとモチベーションが下がったりして
動きが鈍くなるが、

今目の前のことで、やるべきこと
良き行いをして
正しい原因を作っていくことが
重要なのだと感じる。

皆がこのような気持ちで過ごしていけば
良き社会になりそうな感じもするが。


先の詩の
他の部分も掲載しますと


 火星が出てゐる。


要するにどうすればいいか、という問いは、
折角たどった思索の道を初にかえす。
要するにどうでもいいのか。
否、否、無限大に否。

待つがいい、そうして第一の力を以て、
そんな問いに急ぐ お前の弱さを滅ぼすがいい。
予約された結果を思うのは卑しい。
正しい原因に生きる事、それのみが浄い。

お前の心を更にゆすぶり返す為には、
もう一度 頭を高くあげて、
この寝静まった 暗い駒込台の真上に光る
あの大きな、まっかな星を見るがいい。


火星が出てゐる。


おれは知らない、人間が何をせねばならないかを。
おれは知らない、人間が何を得ようとすべきかを。
おれは思う、  人間が天然の一片であり得る事を。
おれは感ずる、 人間が無に等しい故に大である事を。

ああ、おれは身ぶるいする、無に等しい事のたのもしさよ。
無をさえ滅した 必然の瀰漫よ。


火星が出てゐる。


                 高村光太郎



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へえ~、伊藤美咲は大阪の短大に通っていたのか!

昨晩から今日は雨が降っている。
低気圧が通過しているから雨が降るのだが、
天気図を見ると春先の天気図ですね。

この冬は暖かかったので、
春の花の季節が早くなりそうですね。


そうそう、
今日、仕事で関西の大学を色々調べていたら、
叶姉妹の叶美香が夙川学院短大で
伊藤美咲が大阪府河内長野市にある
大阪千代田短大に通学していたことを知って
「へぇ~」だった。
伊藤美咲は
幼稚園に就職が内定していたが、
大阪の心斎橋でスカウトされ芸能界に入った
そうだ。

もし、スカウトされなければ、彼女は
今頃幼稚園の先生をしていたのかと思うと
人生の縁とか出会いは不思議なものだ。

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「パイ山広場」は「パイ山広場」のままでいいのだ! ~ 阪急三宮北広場の新名称決定を受けて

阪急三宮駅北側の広場に
正式名称をつけようということで
神戸市中央区まちづくり推進課が愛称募集をしていたが
「さんきたアモーレ広場」になったというニュースを
サンテレビでしていた。

「さんきた」は三宮の北
「アモーレ」は、その広場の彫刻像が愛を意味する「アモーレ」という
名前であることに由来するようだ。

この広場は、通称
でこぼこ公園とか、パイ山と呼ばれている。

      20070208145747.jpg


見ての通り、広場には小さな山がいくつかあり、
そこから「でこぼこ公園」とか、
山を女性の乳房をなぞらえて「パイ山」と呼ばれるようになったのだ。

ここでは、ストリートミュージシャン達がライブをしていたり、
多くの人達が待ち合わせ場所にしている。

何か「パイ山」と名称は良くないということから
この広場の新名称を募集して
「さんきたアモーレ」に決定というのだが、
まず名前が長すぎる。定着しない感じがするなあ。
かつて、国鉄からJRになったときに、
JR東日本が、国鉄時代に「国電」と呼ばれた代わりに
新名称を識者を集めて考えて、
「E電」としたのだが、
全く定着しなかったことを思い出す。

それにしても、
多くの一般の人々に定着した名称を変えることは難しいと思う。

例えば、
大阪市のアメリカ村に、通称「三角公園」と呼ばれる
公園があるが、正式名称は「御津公園」であるが、
公園の形が三角形をしているので「三角公園」と
呼ばれるようになり、そっちの方が定着していて
正式名の「御津公園」と聞いてもわからない人が
多いのではないか。

多くの人々にっては「三角公園」の方が通じる。

それと同じように、
阪急三宮北広場の正式名称を
「さんきたアモーレ」にしたところで、
既に一般人に「でこぼこ公園」「パイ山公園」
で広まってしまっているので、
「さんきたアモーレ広場」と言っても多くの人たちに
とっては「?。それどこ」となり
「パイ山」と言った方が理解してもらえるだろう。


それにしても、「パイ山」という名称はどこがいけないのだろうか?
多くの方々は、生まれたばかりのころは
母の乳房から栄養を得て、生命力を培っていたのだ。
ある意味、乳房は人類にとっては欠かせない神聖な部位なのだ。
そう考えれば、「パイ山」という名称も
悪くはないと思うが。

あの広場は「パイ山広場」のままでよいと思うが。

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芋餅 ~ ふと思い出したおいしきもの 

先日、ふとあることで、
小さいころ、母が作っていたある食べ物を思い出した。

それは、
焼いた餅と蒸したさつまいもを混ぜたものだった。
鹿児島県出身の母はよくそれを作っていた。

何という名前かわからなかったので、
実家の母にメールしたところ
「芋餅」という返事が返ってきた。

とても、おいしかった記憶があった。
蒸したさつまいもと餅を混ぜているボールを見ると
ちょうど

   20070207130713.jpg

   こんな感じだった。


ふと、懐かしく思い、また食べたいなあと思った。



このブログでの
「さつまいも」関係のコメント

さつまいも~薩摩を通じて日本全国に伝わり、人々を救った

芋づる式に  ~ 薩摩藩士の大出世を皮肉って









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そもそも「コンテンツ」の意味は? 

仕事で、
「コンテンツ」に関することを
調べることがあった。

そもそも「コンテンツ」という言葉を耳にし出したのは
1990年代半ばである。
その「コンテンツ」意味は、
デジタル技術を活用したマルチメディア技術が発達してきて、
マルチメディアに乗せる映画や音楽などの著作物である。

もともと、アメリカでマルチメディアで配信されるソフトを
contentsと言っていたのだろうか。
「contents」は、そのまま訳すと「内容」となる。

直訳した「内容」と言うものを使うのも違和感があったのか
そのまま「contents」と言う言葉が、使われるようになった。

ただ、「コンテンツ」とはいろいろ人によっては
イメージがずれる面もあるが、

2004年(平成16年)に制定された
コンテンツの創造、保護及び活用の促進に関する法律
による「コンテンツ」の定義は

映画、音楽、演劇、文芸、写真、漫画、アニメーション、コンピュータゲームその他の文字、図形、色彩、音声、動作若しくは映像若しくはこれらを組み合わせたもの又はこれらに係る情報を電子計算機を介して提供するためのプログラム(電子計算機に対する指令であって、一の結果を得ることができるように組み合わせたものをいう。)であって、人間の創造的活動により生み出されるもののうち、教養又は娯楽の範囲に属するもの


となっている。まわりくどい感じだが、
教養や娯楽に関係する著作物ということになるだろう。

それにしても、「コンテンツ」と言う外来語をそのまま使っている
明治なら、なんとか日本語化していただろう。
もし、「コンテンツ」を日本語化したらどのような単語になるのだろうか?思いつくのは、「創芸品」「創芸物」かな。
他にもっと良い表現があればいいと思うが。


P.S
「コンテンツ」と言えば、著作権に関係するが、
このブログで、著作権問題に関する記事を取り上げてます。


これじゃ、オリジナル曲も自分の店で演奏できなくなるよ ~ 大阪地裁が「将来、著作権侵害をする恐れがある」という理由で演奏停止命令


えっ、個人経営のバーやカフェでの生演奏やCD使用に著作権料がいるの!~表現の自由の制約であり、文化の発展を阻害するものだ





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今朝は放射冷却現象で寒かったよ 

今朝はとても気温が下がり、
私の職場のある京都市は、マイナス2度まで
下がったという。

それは、晴れたことにより
地上から放射される熱を遮る物がなくなったことによって
気温が下がる放射冷却現象によるものだ。

よく、天気予報で
「明日の朝は、晴れることにより放射冷却現象で気温が下がり」
と言われる。

もともと「放射冷却」とは気象に限ったことでなく
物理学で使われる言葉である。

絶対温度(マイナス273度)が0度ではないあらゆる物体は、
外部から入ってくる光・電磁波による熱放射など、あらゆる
波長に応じて吸収し、
その一方で、
その温度に応じて自ら電磁波を放射する。これを熱放射と呼ぶ。
これは、量子力学で名前が登場するプランクが発見した
プランクの法則により説明される。
(式はややこしいので、書かない)

先ほどの説明からすると、
日中、太陽から光・電磁波による熱放射により
地面が温められるが、
夜になると、太陽からの熱放射が無くなり、
逆に、地表から放出される電磁波などによる熱放射量が多くなり、
温度が下がる。


雲があったり、水蒸気が多ければ、地表から放射された熱も
雲や水蒸気に当たって反射して、大気中に熱が残る。
一方、雲が無ければ、地表から放射された熱を遮る物が
なくなり、そのまま宇宙空間に放出されるので、
とても気温が下がってしまい寒くなるのである。




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ipodに飾りをつけて

おととい、
電車に乗っていると隣に座っている若い女性が
ipodで曲を聴いていたのだが、

そのipodを、多くの女性が携帯電話を飾っているのと同じように
様々な装飾品をつけ、飾っていた。


そう言えば、携帯電話とipodは面積のサイズ的にやや近いかもしれない
と思ったが、
女性は、いろいろなものに飾りをつけていきたいのだなあと
思った。

電器店で、ipodを若い女性に売る時に、
装飾品も一緒に売ればいいかもと思った。
もう、既にしているかもしれないが。



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見えないものが見える時

昨日は寒かった。
気温が低いと、息が白くなる。

特に気温が低いと、息の白さも濃くなり、
見えなかったものが見えることによる気付くことがある。

息を「ハー」とはいて、真っ白な吐息を目で追うと
1秒ぐらいで、3メートルぐらい広がっていくことがわかる。


自分の息というのは、ここまで広がっていくのかと
驚く。自分の体から発するものは案外広範囲に及んでいるのだなと
思った。

ちなみに、今日は節分である。
昨年の節分の日にこのブログで、節分のことについて書いている。


節分 ~~ 鬼は外!は陰陽五行が由来! 恵方巻は大阪商人とセブンイレブンの商売根性が普及させた!


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ベンジャミン氏が、植草氏の逮捕の陰謀説をテレビで言ったようだ!! ~ 植草氏が暴こうとした日米政府とアメリカ資本による大規模インサイダー取引疑惑

神州の泉 テレビ朝日が植草氏の国策逮捕疑惑を放送!!!によると

今日、元フォーブス支局長で
ジャーナリストのベンジャミン・フルフォード氏が
テレビ朝日で
植草一秀被告の痴漢容疑の逮捕を
りそな銀行処理過程において、
政府関係者
外資が絡んだ巨大インサイダー疑惑を追及していたことで狙われて
逮捕された「国策捜査」による陰謀と
言っていたようだ。

そして、
日刊スポーツ記事に
「元フォーブス支局長「植草被告陰謀説」という
ベンジャミン・フルフォード氏の植草氏が陰謀にはめられたという
コメントによる記事を載せている。
(いつリンク先のページが削除されるのか分からないので、
全文掲載する)



元フォーブス支局長「植草被告陰謀説」
 電車内で痴漢行為をしたとして公判中の元早大大学院教授植草一秀被告(46)に1日、思わぬ“援軍”が現れた。米経済誌「フォーブス」の元アジア太平洋支局長のベンジャミン・フルフォード氏で、植草被告が大手銀行をめぐる、政府関係者、外資が絡んだ巨大インサイダー疑惑を追及していたことで狙われ「国策逮捕」された可能性が高いとの見方を示した。同氏によると、植草被告は3月にも同疑惑の告発本を出版するという。

 多くの著書で日本の暗部に切り込んできたフルフォード氏は、植草被告の痴漢逮捕事件にも強い関心を持ち先月末、同被告に会ったという。取材に応じた同氏は強い口調で「私も最初は『懲りない人』だと思った。しかし、周辺の状況を取材してみると、あまりにもおかしな偶然が重なっていることに気付いた。今は、彼は国策捜査で逮捕された可能性が高いと考えている」と話した。

 同氏によると、植草被告は政府関係者、米ファンドなどが絡んだ大手銀行株をめぐるインサイダー取引疑惑について調べていたという。「国策逮捕」の背後には、その疑惑が公開されることを恐れる米国関係者や政府関係者がいると推測しているというのだ。

 同氏は「(植草被告は)この疑惑についてネットで書いた直後、痴漢容疑で逮捕された。また逮捕時、疑惑の告発本を出版しようとしていた。さらに最近、この疑惑を調べていた国税庁関係者が植草被告に似たわいせつ事件で逮捕され、疑惑に関連する記事を書いたある記者が直後に不審死した。この疑惑にまつわる『偶然』があまりにも多過ぎる。非常に怪しい」と続けた。

 植草被告はこの疑惑に関する告発本を3月にも出版する意向を同氏に明かしたという。植草被告は逮捕直後自殺を図ったとされるが、同氏は「彼は私に『自殺するつもりは全くない』と言いました。自殺に見せかけて殺されることを恐れているからです。彼は日本の経済の裏を暴くことをあきらめていません」と話した。

 フルフォード氏は自身の公式ブログに「もし彼(植草被告)に何か起これば、アメリカの息がかかった勢力だと思ってください」とまで書いた。同氏も3月ごろ、この疑惑をテーマとした本を出す意向で「この件は、今までで一番危ない取材と感じている」と話した。果たして植草被告の「大逆転」はあるのか?


という、
私が驚いたのは

疑惑に関連する記事を書いたある記者が直後に不審死した。

のコメントである。

りそな銀行から自民党への政治献金についての記事を
書いた人だ。

このブログでも、昨年の12月18日に
その記事のことを紹介して

りそな銀行による自民党への異常融資が報道されたが、かのインサイダー疑惑は追及されるのだろうか?

なんとその記事を書いた記者が
ベンジャミン氏のブログ記事

日本のために命をはっている植草先生(February 01, 2007)によると

この記事が出る前日に「自殺」として亡くなったことになった
というのだ。

この記事を書いた鈴木氏は竹下政権崩壊のきっかけになった
リクルート事件をすっぱ抜いた人だが、
その鈴木氏が、りそな銀行から自民党への献金問題の記事を
投稿したその日の夜に
横浜湾で遺体が見つかったというのだ。
「自殺」としているが、自殺する理由があったのだろうか?


そして、
この疑惑を調べていた国税庁関係者が植草被告に似たわいせつ事件で逮捕された

と言うところを見て、その事件についての記事をそのまま引用すると


手鏡でスカート内のぞく 国税調査官逮捕
 7日午後3時15分ごろ、横浜市西区のJR横浜駅東口ルミネのエスカレーターで、男が高校2年の女子生徒(17)のスカート内を手鏡でのぞいているのを警戒中の鉄道警察隊員が発見し、男を県迷惑防止条例違反(のぞき)の現行犯で逮捕した。

 逮捕されたのは住所不詳、神奈川税務署国税調査官、太田光紀容疑者(37)。太田容疑者は調べに対して、「やっていない」と容疑を否認しているという。

 戸部署によると、鉄道警察隊員が、エスカレーター付近で女性を物色している太田容疑者を発見し、警戒していたところ、女子生徒の後ろに密着するように並んでエスカレーターに乗ったという。

(09/08 09:29)


という、これって、植草氏が1回目に逮捕された手鏡事件と同じじゃん!!!と思った。

この手鏡事件に関しては、
このブログで
植草氏が、痴漢容疑で逮捕される前の
昨年9月8日に
植草氏は冤罪?~小泉政権終了にあたって思うこと
で書いたように、
冤罪の可能性があるし、もし彼がしたとしても
デュープロセス上、無罪だと思っている。


今回の東京蒲田駅での痴漢容疑は本当にやったのか、やっていないのかわからないが、

疑問点の意見として



①民間人二人による現行犯逮捕と報道されたにもかかわらず、その二人は現場を見ていないと言って公判に出てこない

②あとから名乗り出た目撃者は、植草が女性のお尻をいやらしそうに見つめていたと言ったのに 眼鏡をかけていたかと聞かれると覚えていないと言った

③捕まえた二人の服装は、私服と答えた。警察などの制服の職業か?

④22時18分蒲田着の快速から降りたのに、22時21分にはパトカーの警官に連絡がついていた いつ、だれが痴漢の事実を確認し、だれが警察に電話したのか?
捕まえた二人が直接電話した可能性が高い、
しかしこの二人は現場を見ていないと言って公判に出てこないのである


としている。

普通、2回も、わいせつ事件で逮捕されたら、
「また、やったのか」ということで、
彼を擁護する人はあまりないのだが、
どうして、これほどまで、擁護する人がいるのか

それは、やはり、植草氏が
りそな銀行処理をめぐって、
日米政府とアメリカ資本による大規模インサイダー疑惑を追及
している彼が逮捕されてしまったことによる。

そして、ベンジャミン氏は


りそなの何がそんなにやばいのでしょうか?植草先生の暴露本は3月に出版される予定です。
その本の中でも紹介されますが、竹中平蔵が昨年アメリカの雑誌Newsweekで「大きすぎて潰せない」ということを断言した。
その結果、銀行株、特にりそなの株はどん底まで落ちた。みんな潰れると思っていたから。
そのどん底に落ちた時に、なぜか外資ばっかりが銀行株を買いあさった。
日本人の金融が一部の特定の外国人ファンドの手に入ったときに竹中氏が「やっぱり救済します」と言って、血税で銀行を救済した。そのお陰で一部の特定の外国人ファンドはぼろ儲けした。
そしてその後、救済された銀行がたくさん自民党の一部の先生にお金をばら撒くようになった。
おそらく日本の金融界ののっとりに協力したためのご褒美だろう。
郵政の英米化が終わったら、日本人の経済が悪い外国の奴等にのっとられるであろう。
だからこのネタは非常に危険なのである。それゆえに、命をはってでも追求する必要性がある。


と書き綴っている。

植草氏の裁判と
大掛かりなインサイダー疑惑が明らかになっていくのか
闇に葬られるのか?

注目したい。

このブログでの
参考
植草氏の痴漢容疑逮捕事件と日米政府とアメリカ資本が関係したインサイダー疑惑










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これじゃ、オリジナル曲も自分の店で演奏できなくなるよ ~ 大阪地裁が「将来、著作権侵害をする恐れがある」という理由で演奏停止命令

思わず椅子から転げ落ちそうになったニュースがあった。
著作権問題をめぐる判決だ。

2ちゃんねるからそのまま引用する

・著作権を侵害しているとして日本音楽著作権協会から申請された仮処分で、ピアノなどの 演奏を差し止められた和歌山のレストランが、使用料を払う必要のないクラシックや オリジナル曲だけを演奏していることを証明するため、ネットで協会に演奏の中継を始めた
 ところ、仮処分抗告審で演奏を認める異例の決定が出された。協会はこれを不服として 提訴。訴訟の判決は、30日に言い渡される。

 レストランは、和歌山市の「デサフィナード」。協会が2004年6月、著作権の管理を委託されている曲を演奏しているとして著作権使用料を求めたところ、経営者の木下晴夫さん(56)が 「演奏のほとんどは著作権に触れないクラシックやオリジナル曲」と拒否した。
 協会は同10月、大阪地裁に仮処分を申請。木下さんは「使用料の必要な曲は今後、一切 演奏しない」と約束したが、地裁は05年4月、「演奏内容を確認するすべがない」と演奏を差し止める決定を出した。
 これに対し、木下さんは曲目に問題がないことを示すため、店に音声付きモニターカメラを 設置。演奏の様子をネットで流し、協会側にパスワードを知らせて常時確認できるようにした。
 結果、抗告審では、大阪高裁が「曲を確認できる状態になった」として仮処分決定を取り消した。
 協会の担当者は「演奏中止の仮処分が退けられたケースは聞いたことがない。オリジナルと 称している曲も元の曲をアレンジしただけで、使用料は払うべきだ」と主張。翌10月、演奏の差し止めと、著作権侵害による損害金約250万円の支払いを求める訴えを大阪地裁に起こした。
 木下さんは「仮処分決定が取り消されたのに、改めて演奏差し止めの提訴をするのは納得 いかない。司法には正しい判断をしてほしい」と訴える。(一部略)

※以下、続報

・判決が30日、大阪地裁であった。田中俊次裁判長は「将来的にも著作権侵害行為を続ける恐れがある」として演奏差し止めやピアノ撤去、損害金約190万円の支払いなどを命じる判決を言い渡した。(抜粋)



というのである。
私は、小さな零細事業者に対して、
生演奏やCDの曲を流すことに対しても
著作権料を取ることに異議があるのだが、

まあ、この
「デサフィナード」が、JASRACに譲歩して、
JASRAC管理下の著作権のある曲を使わわず
オリジナルの曲しか使わない。
その確認方法として
店に音声付きモニターカメラを設置し、
演奏の様子をネットで流し、
協会側にパスワードを知らせて常時確認できるようにした
のにもかかわらず、
田中俊次裁判長は「将来的にも著作権侵害行為を続ける恐れがある」として演奏差し止めやピアノ撤去を命じたというのである。

え~~~と絶句した。
実際に違法行為をして、その手段となったものを没収・撤去命令
はあると思うが、
まだ、違法行為をしているかどうかもわからないのに、
これからするかもしれないので、撤去を命じるって!!!

最初の地裁判断の
「演奏内容を確認するすべがない」と演奏を差し止める決定のも
納得がいかない。

それによって、オリジナル曲を表現の機会の自由を制限することに
なる。日本国憲法第21条で保障された「表現の自由」が
「演奏内容を確認するすべがない」という権力執行側の無能力によって、制限されることはおかしい。

また、「デサフィナード」側が
「演奏内容を確認するすべがない」という権力執行側の無能力を
サポートすべく店に音声付きモニターカメラを設置し、
演奏の様子をネットで流し、協会側にパスワードを知らせて常時確認できるようにしたのにもかかわらず、
地裁が演奏停止を命令するという
オリジナル曲を発表する機会を奪うという表現の自由を制限を
事実上命じたことになる。


このようにオリジナル曲でさえも
発表の機会を制限することを司法が認めるとなれば、
表現の自由から生まれる文化的豊かさを国民から
奪っていくことになっていくだろう。

オリジナル曲でなくても
小さな零細事業者に対して、
生演奏やCDの曲を流すことに対しても
著作権料を取ることによっても
音楽文化の発展とその豊かさの享受を
奪っていくことになると感じる。

参考

デサフィナードのHP


このブログでの参考

えっ、個人経営のバーやカフェでの生演奏やCD使用に著作権料がいるの!~表現の自由の制約であり、文化の発展を阻害するものだ









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