言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
語源、雑学など、時事ネタなど。また、楽習社とは私の脳内にある架空の企業です。所属組織や職業が変わろうとも、生涯、理系・文系を多様な知を楽習(がくしゅう)して、生きていきたいので、架空企業名を勤務先にしています。それを退職する時は私の人生が終焉する時です。.当ブログ各記事に誘うための目次専用ペ ージはカテゴリートップにあります。PCページは画面左サイドに、スマホ画面からは下のマークの真ん中からカテゴリーにいくことができます

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世の中の森羅万象のことに好奇心を持つものです。
いろいろの世の中をことを知り、いろいろ言葉を
つづっていきます。
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「ヤギ」容疑者ではなく、どうして「カルロス」容疑者と表現するの?

広島女児殺害事件で、ペルー人で、日系3世の
ヤギ・カルロス容疑者が逮捕されたが、

各報道機関の報道を聞いているとフルネームを言ったあとに
「カルロス容疑者は・・・」と言っている。

普通は、姓の方の「ヤギ容疑者」はと言うのではないか。
マスコミ機関は、「ヤギ容疑者」だと外国人ということが
伝わらないということなので「カルロス容疑者」と言っているのか?

もし容疑者が「ブリック・カルロス容疑者」なら、普通に姓を
使って報道するので「ブリック容疑者は・・・」と伝えているように
思うが、今回の事件の容疑者の場合も「ヤギ容疑者は・・」と
伝えることが普通なのに、どうして「カルロス容疑者は・・・」なのか?


そんなに外国人ということに焦点をあてたいのかとも思った。
容疑者が外国人であることを文脈にして、何かの議論が発生するのだろうか?

外国人犯罪・外国人労働者・移民の問題などの観点からの議論も
発生するだろう。それも良いと思うが、

小さい女児を狙う犯罪は、日本人がたくさんしている。
仮にヤギ容疑者が犯行をしたとして、最近の小さい女児に対する
殺人を行った日本人との共通性はあるように想像できる。

あまり外国人ということだけに焦点を当てると事の深層追求に
関して、一部分しか見えなくなってしまうかもしれない。
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テーマ:旬のニュース - ジャンル:ニュース


爆弾低気圧~パワフルな低気圧だなあ

昨晩の報道ステーションの天気予報で、
低気圧が発達して「爆弾低気圧」になるという
主旨のことを言っていた。

爆弾低気圧の語源ははっきりとわからないが、気象予報士の
森田正光氏によれば、気象学の権威である小倉義光氏が
1990年にイギリスで猛威を振るった低気圧のことを
気象雑誌に「爆弾低気圧」と紹介したことから始まるようである。
もしかしたら、海外でそのような呼び方をしていたかもしれない。

爆弾低気圧の定義は、緯度60度を基準にとり、緯度φの所で中心気圧が24時間に24(sinφ/sin60)hPa以上降下した温帯低気圧というのである。東京の緯度である北緯35度で計算すれば、中心気圧が24時間に16hPa以上下がった温帯低気圧は爆弾低気圧となるようである。

本日、日本海を進んだ低気圧は、昨日の正午で1008hPaで、
本日正午は、982hPaと26hPa以上も下がっているので、
爆弾低気圧となっている。

気圧が下がるほど、勢力は強くなり風も強くなる。
北海道や東北地方の日本海沿岸には暴風警報が発令されている。

爆弾低気圧に関して、2004年12月5日、爆弾低気圧によって
東京は猛烈な風が吹き、東京における観測史上最高の瞬間最大風速
40.2m を記録し、その後気温が上昇し、12月としては観測史上
最高の24.8℃を記録している。

台風ではなくて、爆弾低気圧による風速が観測史上最高の風速になった。

台風と温帯低気圧の違いは何かと言えば、エネルギー源である。

台風は熱帯低気圧であり、エネルギー源は熱帯の海域で高温・高湿の空気中にある水蒸気が凝結するときに放出する潜熱による熱エネルギーである。

温帯低気圧は、相対的に軽い暖気が上方へ、重い寒気が下方へと移動する際に解放されるエネルギー、つまり位置エネルギーである。暖気と寒気が強くぶつかれば、位置エネルギーが運動エネルギーに転化して、低気圧は猛烈に発達する。また、熱帯低気圧である台風が温帯地域に北上して衰えた後に、温帯低気圧になった後に、暖気と寒気の温度差による位置エネルギーを得る事によって再発達することがある。


テーマ:語源 - ジャンル:学問・文化・芸術


インフルエンザ~天の力が身体にくる

このごろニュースで、新型インフルエンザがいつ発生しても
おかしくない状況になりつつあると言われている。

そのインフルエンザの語源をたどるとイタリア語である。
中世のイタリアでは、原因不明の高熱や咳などが蔓延し、”星の並び方の影響”と言う意味のinfluenceからインフルエンザ(influenza)
という言葉が生まれた。イタリア語読みはインフルエンツァ。

この「influence」をより詳しく分ければ、
(in=中に+flu=流れる)
「中を流れる」から「感化、感染」が原義であり、
天体から発する流れ出る霊気が人の性格・運命に及ぼすと
考えられたようである。

そのインフルエンザという言葉は、1782年イギリスでの流行の際に「インフルエンザ」の疾患名が世界的に広く使用されるようになり
定着したという。

インフルエンザに関する記述は古代ギリシアからあり、医学の父と称されるヒポクラテスが、インフルエンザの症状についての記録をしているという。
そして、アテネとスパルタとの間で戦われたペロポネソス戦争(B.C.430〜427年)は、アテネで大流行した疫病によりアテネの敗北で終結したとされるが、その疫病は、インフルエンザではないかと言われている。

ちなみに、1918年、当時第一次世界大戦の主戦場だった独仏国境の西部戦線で、インフルエンザによる被害としては史上最大となったスペインかぜによって、両軍兵士に多数の被害が出てこの為に戦争の終結が早まったとも言われいる。


日本においても、平安時代からインフルエンザの流行を示す記録がある。それは「咳逆」(しはぶき)という言葉で表されている。

源氏物語の夕顔で

この暁よりしはぶきやみに候らん、かしらいと痛くて苦しく

「朝から風邪を患って、頭がとても痛くて苦しい」という意味ですが、
「咳逆」(しはぶき)という言葉が使われている。

江戸時代になれば「はやりかぜ」と言われ、明治時代に「流行性感冒」という言葉が使われた。「感冒」という語源は不明だが、17世紀初頭に編纂された日本語-ポルトガル語辞書にcanbow(カンバウ)”という“感冒”の発音に似た風邪を意味するところがあるという。

インフルエンザウィルスは、膜の表面が2種類の突起で覆われており、
この突起は赤血球凝集素であるヘマグルチニン(Hemagglutinin)と
ノイラミニダーゼ(Neuraminidase)であり、それぞれの頭文字をとって
【H】と【N】と略される表現される。それらの組み合わせによって、
様々なタイプのインフルエンザウイルスが発生する。その組み合わせを
新しく繰り返していて、新たなタイプのインフルエンザウイルスが誕生する。


1918年から1919年にかけて、全世界で死者5000万人(日本で39万人)の死者を出したスペインかぜは「H1N1型」である。また、それは、鳥インフルエンザが由来していることがわかった。スペインかぜは、それまでヒトに感染しなかったトリインフルエンザウイルスが突然変異し、受容体がヒトに感染する形に変化するようになったものと考えられている。
最近、世界で広がっている鳥インフルエンザは「H5N1型」であり、病原性が強く、いつこのタイプの鳥インフルエンザがヒトからヒトに感染するインフルエンザに変異するのは時間の問題と言われ、この新型インフルエンザの抗体を人類は持ち合わせていないので、スペインかぜの時のような世界的大流行が懸念されている。

普通の人で、できる事と言えば、うがいをして手を洗って、体力を保つぐらいでしかない。それでも感染し発病する可能性は大いにあるが、感染リスクを避けるためにはそれしかないだろう。




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Art De Vivre(アール・ド・ヴィーヴル) ~ 豊かな会話を弾ませる

今月末の朝まで生テレビで、少子化問題をテーマに議論されていた。
フランス人のパネリストが「日本人は、子供を生むとなると、楽しい
というよりも、つらい、大変、という言葉が出てくる。フランスでは
そうではない」という主旨のことを発言していたと思う。

そのことで、ふとフランス語の「Art De Vivre(アール・ド・ヴィーヴル)」という言葉を思い出した。訳し方はいろいろある。「生活の芸術」「芸術的生活術」「生活美学」などあるが、"日常生活を楽しみながら工夫して、心豊かに暮らす"こと意味しているようである。

この言葉を始めて知ったのは、今から4年前に、リクルートフェローの藤原和博氏が、週刊ダイヤモンドで「Art De Vivre」のことをコメントしていたことにあった。そのコラムでまず目にとまったのは

「ヨーロッパ人、特にフランス人は、国は衰えているのにどうして個人が強く生きられるのか」というフレーズである。

藤原氏の文章を続けると

「(フランス人にとって)、個人の人生の豊かさとは、友人や夫
婦の間で交わされる“会話の中身”の豊かさに関係するのではないか。彼、彼女らは、ワイン片手に実に豊かに“食事”の話をし、“家の造作”やフリーマーケットで見つけた。“アンティーク家具”の話をする。明らかにアッパーミドルに属する人たちも、いかに高かったではなく、いかに安く仕入れたか、いかに自分の技術を生かして賢くデザインしたかの会話に心血を注ぐ。
 しかも“個人”ではなく、“夫婦”での二人同士のコミュニケーションが基本だ。フランス人はこうした豊かさを“アール・ド・ヴィーヴル”(芸術的生活術)と表現して人生哲学にまで高めている」


というのである。これには魅力的なものを感じてしまう。日本人は、物的には豊かなのに、どうして、豊かに感じられないのか、生活を楽しめないのか、そのような考えに立てれば、生活を最低保障する程度の所得になってしまったとしても、生活に対する感じ方は違ってくるだろう。

ふと、「仕事での自己実現」と「消費での自己実現」しかないという思い込みをやめよ
という社会学者の宮台真司氏の言葉を思い出した。

市場原理競争至上主義の米国流グローバル経済化が進展する日本や世界において、仕事で自己実現ができるのは、エリートなどのほんのごくわずかであり、仕事で自己実現できないノンエリートは、
「消費での自己実現」から見放されないように「役割とマニュアル」の極端に言えば、「私でなければというものでない」という誰がやっても同じ仕事に励んで、消費での自己実現をしようとするが、それから退却する人間も出てくる。

「仕事での自己実現」からも「消費での自己実現」からも降りて、「仕事外での非消費主義的な自己実現」を目指すことです。昨今の「勝ち組・負け組」という言葉が象徴するのは、自己実現が「仕事での自己実現」か「消費での自己実現」しかあり得ないという思い込みです。まず、この思い込みを解除することが必要です。


ということを宮台氏は言っていた。ただ、社会の誰かによって作られたシステムや価値観・モノサシによる豊かさを享受しようとしているがゆえに、「豊かさになるためには、仕方がない」という嫌々やらされている感が醸成されてしまい、「つらい」「大変」という気持ちになるかもしれない。

フランス人の「Art De Vivre」のように、価格やブランドという外在的な価値ではなく、内発的に自分達の暮らしを手作りで楽しみ、それをもとに創造性に富む豊かな会話をする生活をすればいいかもしれないとも感じる。今の日本は、アメリカ流のグローバル化の荒波にさらされているが、それに棹差して、「つらい」「大変」という生活をするよりも、アメリカ流のグローバル化に対するアンチテーゼという意味も込めて、
「Art De Vivre」で、世間のモノサシに流されない自分らしい暮らしを作って行くことの方が楽しいと感じる。




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くれよんに込められた思い

ある建物などに子供が描いた絵を飾っていることがある。

私は、最近、全然絵を描いていないが、小学生のころは絵を描いて
入選はよくいただいた。

 小さい子は、何か書くものを与えると、線を引いたり、絵を描いたりする。それを見ると、人間の本能として絵を描く欲求というものがあると思う。
 
 小さい頃は、クレヨンなどのお世話になったが、米国には「Crayola(クレヨラ)」というクレヨンがある。1903年に発売されて以来、100年以上のロングセラーである。アメリカでクレヨンと言えば、「Crayola」ある。
「Crayola」は、ただ売るためだけにくれよんを作っているわけでなくて、ある思いがある。
その思い・使命とは

単にクレヨンの製造ではなく、創造性に富む人格形成に寄与する商品を作り、時空を超えて消費者に楽しさを提供すること

である。
 その使命を受けて、クレヨラは、クレヨンだけでなく、ウォッシャブル・マーカー、無分チョーク、シリコン製のパテ材、プラモデル・キット、マジックマーカー、少女向け宝石作りキットなどを作って、子供の創造性を豊かにすることに貢献しようとしている。
 私は、クレヨラの使命を読んだ時は感動した。そのような熱い思いで働けることは幸せだなと思った。

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日本の孤立外交戦略に対するひとつの視点

日本の孤立化を懸念する声があるが、
それに対して、ジャーナリストの田中字(さかい)が
あるひとつの見方をしている。彼の言っている事が
当たっているかどうかわからないが、ひとつの見方として
紹介したい。


最近、中国と韓国との対立で、日本が孤立化していて日本外交は
失敗しているという見方に対して、田中字氏は

「小泉外交は「失敗」していない。」

というのである。田中字氏は、結論として
小泉政権の孤立外向の戦略を

小泉首相の靖国参拝は、暫定的に日本を東アジアで孤立させることで、米軍の撤退に対応できる新体制を日本に作ろうとする「暫定孤立戦略」

と見ているのである。

田中字氏の見方の要点としては、

・日本はアジアで意図的に孤立する戦略を採っているように見え
る。
・小泉総理、日米が中心となって中国を包囲敵視する体制を作り、それ
をテコに日米同盟を強化したい。
・ところが、日米で中国を封じ込める構想は、すでに破綻しつつある。アメリカが中国に対してどんどん譲歩し、敵視を弱めているからである。
・米軍の世界的な再編の一環として、米軍が日本や韓国から撤退しつつある。
・米軍が日本から撤退する傾向にあるということをもとに、小泉首相の靖国参拝の目的を考え直してみると「中国を共通の敵とした日米同盟を強化」とは別の目的が浮かび上がる。「米軍撤退に対応する憲法改定や自衛隊の強化を行うため、中国との緊張関係があった方がよい」という見方である。
・小泉総理が靖国参拝を繰り返さず、日中や日朝の関係が好転し、日本と周辺国との間に緊張がない状態になっていたとしたら、日本国民の間には「在日米軍が撤退しても、今のままの憲法で良い。自衛隊を強くする必要はない」という世論が強くなる。戦後の日本人の中には「軍隊なんか持たない方が平和になる」という考えが根強いが、実際に政府を動かしている人々は、そこそこの軍隊を持たないと国の安全は守れないと考えている。
・日本が今後、孤立戦略を止めたときには、もう周辺国は日本を相手にしてくれなくなるのではないか、という懸念があるかもしれないが、現実を見ると、あまりその心配はない。周辺国は技術力や経済力の面で、日本からもらいたいものがまだたくさんあるからである。

この田中字氏の「日本の孤立戦略のゆくえ」は以下で全文が見れます
http://tanakanews.com/f1124japan.htm

彼の見方が適切かどうかわかりませんが、今後の展開で検証するしかないですね。彼は、米国には、国際協調中道派で、世界の多極化を目指しているグループと米国が単独覇権を取り続け、国際協調を軽視するグループがあるという見方をしています。






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賽は投げられた!~川を越えて、ライバルに向かう

オリンピック女子マラソンの金メダリストの高橋尚子選手と
野口みずき選手が、仲良くメルアド交換している様子が放送
されていた。彼女らは、北京オリンピックの代表をめぐって
ライバルになると想像されている。

そのライバルですが、ライバルの語源は何かと言えば、
よく聞かれるのは、ラテン語の「小川」を意味する 
rivus の派生語の rivalis だというのである。

どうして、小川のrivalisが敵対や競争相手を意味する
rival(ライバル)になった理由について、死活問題であった
水資源を確保するため、川の利用権を巡る争いがあったので
それから競争相手を意味するようになったからと言われる。


川といえば、戦国時代でも決戦場になったことはある。
川中島の戦いや姉川の戦いとある。


川を越える前に戦いを決意した男がいる。
紀元前49年1月10日
ある小さな川にある英雄が川を越えるかどうか考えていた。
その川の名は、ルビコン川、その英雄は「ユリウス・カエサル」である。

属州ガリアとローマ本領の境界であるルビコン川を渡るときは、
軍団を法律により解除しなければならなかった。
しかし、ガリア遠征で名をあげていたカエサルに対してローマ元老院が警戒感を抱き、
武器もなしに裸でローマに帰ると、カエサルの身の危険が迫る可能性がおおいにあった。
ただ、このまま軍を率いていけば悲惨な内戦になるが、武装解除して帰ると自身が危ないかもしれない。

カエサルは終に決断をする。そして、カエサルはこう言った


ここを越えれば、人間世界の悲惨。超えなければ、わが破滅。
進もう、神々の待つところへ、われわれを侮辱した敵の待つところへ、
賽は投げられた!





テーマ:ことば - ジャンル:学問・文化・芸術


視力障害者の超能力!!

「るろうに剣心」というアニメで、
宇水という剣客がいた。彼は、志々雄真実(明治政府に対する
反乱組みのリーダーで、日本の天下取りを目指していた)の
志々雄の十本刀のひとりで、盲目ゆえの異常聴覚によって
相手の動きを読む心眼の使い手で、音だけで相手の動きをよみ
相手を打ち倒していた。

なぜ、そのようなことを思い出したかというと、本日の夜7時の
NHKニュースで、東大の先端技術研究所によると、
視力障害者の聴力を測定したところ、健常人より2~3倍速の速さでも何を言っているかわかる能力があることがわかったと報道されていた。

実際、聞いてみると、私には何を言っているかさっぱりわからないが、
被験者の2人の視力障害者が、はっきりと聞き取れていて、何を
言っていたか正解していた。

視力障害者の方曰く「こんなのは聞き取れるのは当たり前で、驚かれている事に驚いた」ということである。

視力障害者は、目が見えないので、聴力を研ぎ澄ます事で、健常人をはるかに上回る音声による情報処理能力を高めていたのである。

能力というのは、使う事で鍛えられるという当然のことを、驚きをもって、感じるニュースであった。

「るろうに剣心」の盲目の剣客である宇水の「心眼」は、現実的におこりうるかもしれないと思った。

テーマ:自然科学 - ジャンル:学問・文化・芸術


宗男が動く~プーチン来日に思う

昨日、小泉総理と来日したプーチン大統領との日露首脳会談が
行われた。

ロシア通だった鈴木宗男衆議院議員が、外務省に対する質問状
を出したことで、マスコミや週刊誌に登場することがある。

ビデオニュース・ドット・コム(1ヶ月525円で視聴可能)
http://www.videonews.com/marugeki/242newmarugeki.html
で、77分にわたって、いろいろお話をしている。
エネルギー確保のためにも、日露関係は重要だと言う。
日本は石油を中東に依存している。そして、その中東石油は
アメリカメジャーの影響下にある。
日露関係の強化は、対アメリカ追従の抑止、また、中国や
韓国に対する外交カードになると言う。

鈴木宗男氏が日露関係強化に動く事は、日本の外交上の
フリーハンド度を高めることにつながってくるので、
日本を意のままに動かしたいアメリカにとって、鈴木宗男氏
の動きは好ましく思わないのではないかという推測があり、
鈴木宗男氏が、スキャンダルで叩かれ、訴追された背景には、
アメリカの影か、それとも、直接アメリカの指示がなくても、
アメリカ勢力に結びつく事で利権を得ているアンチ鈴木宗男勢力が、
失脚させるために動いたのではないかという説は聞かれる。
(ちなみに、中曽根氏や小泉総理など3年以上の長期政権が続く場合は、
日米関係が緊密な時だと言われる)

鈴木宗男氏に捜査が迫っている時に、検察関係者から、
「鈴木さんの電話などの連絡手段には、アメリカ情報当局の盗聴が
ありますよ」と言われたと鈴木宗男氏は証言している。
日本が独自外交しようとすれば、アメリカが横槍を入れるという定説
を感じさせてしまう。

田中角栄元首相は、アメリカと一線を画した中国・ロシア・中東
外交を展開した。それに対して、当時の米国の国務長官だった
キッシーンジャー氏は激怒したという。
独自外交を展開した田中角栄氏が、やがて、アメリカで発覚した
ロッキード事件で訴追されるが、それに関して鈴木氏は、
「テレビで、中曽根元総理が『キッシーンジャーが[ロッキードでは
やりすぎた]と言っていた』と発言した」と中曽根氏が口にしたキッシーンジャー氏の発言を引用していた。
日本が対米独自外交を展開しようとすれば、アメリカの横槍が入り、
長期政権ができなくなってしまうので、アメリカの言うままにしようという認識が日本の政治家にあるかもしれない。

今回のプーチン大統領訪日では、北方領土問題には進展がなかった。
北方領土問題で、日露間の関係が進展しないことはアメリカにとって好都合、また、中国にとっても好都合だろう。

日本をとりまく世界勢力図は変化している。勃興する中国、それを見て、ASEAN諸国は、中国と日本とアメリカを天秤にかけている。
東アジア以外では、インドに中国・ロシアが接近している。そして、
EUはアメリカ主導のグローバル化に対抗しようとしている。ラテンアメリカ諸国は、アメリカ流の経済政策を押し付けられた結果、悪化したりもしたので、アメリカとは距離をとっている。それが先鋭化しているのがベネズエラのチャベス政権である。

そして、アメリカ国内では、ブッシュ政権が、政治スキャンダルなどで
弱体化していると見る向きがある。アメリカの政治力学の変動で、対日、対中、対アジア政策が変動することも考えられる。

日本も小泉政権の過度な対米追従政策で本当に日本の国益になるかどうか見直す方がよいのではないか。
また、ロシアとの関係も、領土問題という難しい問題があるが、世界情勢の変動を踏まえて、日本の外交カードを高めるためにも領土問題ばかりに囚われすぎないほうがよいようにも感じる。

日米中の関係において、日本が、中国に対してはアメリカカードを、アメリカに対しては中国カードを切れるようにハンドリングできる状況がひとつの理想形と言われるが、今の状態では、それはできないように感じる。
世界のパワーバランスが変動している中で、日本外交のあり方には、注目したい。








テーマ:外交 - ジャンル:政治・経済


おはこんばんちは・・・・・挨拶

♪おはこんばんちわ、右を向いて左を向いて「ばいちゃ、ばいちゃ」♪

とDr.スランプアラレちゃんのエンディングソングの歌詞の一部分ですが、ペンギン村の「番地」に「おはよう」「こんばんは」「こんにちは」の挨拶の合成語を掛け合わせたものと思う。

「おはよう」とかの挨拶。「挨拶」という漢字を小学校6年生の時に先生に教えてもらった記憶があって、「挨拶」という漢字を覚える時に
先生が「手へんに『ム』『矢』『く』『タ』」という覚え方を教えてもらったので、すぐに「挨拶」という漢字を書けるようになった。

挨拶という漢字は、どうして「手」へんなのだろうかと思うが、そもそも、「挨(あい)」には、「押す、背中を叩く、開く、押しすすむ」という意味があります。「拶(さつ)」には、「責める、迫る、はさみつける、押しつける」という意味がある。「挨」にも「拶」にも、両方ともに「押す」「複数で押し合う」という意味があり、そこで、仏教の禅宗では、「相手の悟道、知見の深浅を見る」ために問答をすることを「一挨一拶」と言い表した。それが、省略された「挨拶」という言葉が、日常、人に会ったり別れたりするとき、儀礼的に取り交わす言葉や動作を表す意味として使われるようになったようである。


何気なく使う「おはよう」「こんにちは」「こんばんは」という「挨拶」そのものには「相手を知る、相手を見る、相手の気を知る」という深い意味あいがあったかもしれません。

ただ、「おはよう」という声をかけ挨拶をしたときに、相手の表情などから相手を推し量ることができる場合はありますね。













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あるがままを

今日、東京国際女子マラソンで、高橋尚子選手が復活優勝をした
高橋選手は、今は、師匠の小出監督から独立しているが、
その小出選手は人の長所を伸ばしていくのが得意と言われる。

小出監督のことで、こんな話があった。

高校で、男子マラソンの指導をしている時、女性にも負けるほどおそい男子部員がいたようです。はっきりいって、使いものにならなかったのですが、その男子部員が、3000m走に出場したとき、小出監督は、その男子部員に「1000mまで全力で走れ」と指示しました。

その男子部員は、1位で1000mまで走りました。そして小出監督は、「おまえ、いい走りしてるな!あと、もう50mがんばれ」とずーと、言いつづけると、その男子部員は、力を出し、なんと優勝してしまいました。小出監督は「人を粗末にしてはいけない、どんな人でも大切にしないといけないと思った」と言ってました。


話しは変わって、角砂糖の誕生も、自分の都合で決め付けず、砂糖の個性を活かしたものでした。
 砂糖は空気中に長時間放っておくと、水分を含んで固まってしまうと、料理にとっては不便なので、人々は、「これは砂糖の欠点だ」と決め付けていました。それをイギリス人ヘンリー・テイトは、「人間にとって不便だからといって、それを欠点と決めつけてしまってしまってはいけないのではないか。砂糖にとっては、固まることが自然ではないか」と思ったのです。そして、この「固まる」という本質を何かに利用できないかと考えをめぐらせた結果、角砂糖を発明することができたのです。

自分の都合で決め付けず、あるがままを見抜き、あるがままを活かすという視点は大切ですね。




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傷の手当に・・・妻への思いやりから生まれました

最近、乾燥してくると、足のかかとのところが切れやすくなって
バンドエイドをはることがある。

さてのバンドエイドは、発案者の妻に対する思いやりからうまれたそうだ。

1920年ごろだろうか、アメリカの医薬品会社にある男性が勤務していた。
その男性の妻は、あまりにもそそっかしいところがあった。

結婚したばかりの新妻が、家事が不慣れで手に生傷が絶えなかった。
料理で包丁を指先できり、皿を洗ってはガラスの破片でケガをする。
そのため夫の彼は、消毒液やカーゼを用意して絆創膏で妻の手当てをしていた。

ふと彼は「妻がひとりの時にケガをしたら、どうやって傷の手当をしようか?」と考えた。そこで、彼は、妻が独りの時にケガをしても手当てをできるようにと絆創膏の中央にガーゼを付けた物を作った。それによって、妻は独りの時にケガをしても傷の手当てができるようになった。
そのことが、彼の会社の上司が知ることとなり、1921年に初のバンドエイドが誕生したのであった。




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木枯らしが吹く季節に難解な「謎」??

木枯らし吹く季節となり、寒さを感じる今日このごろ
こんな時に思い出す曲は

♪出会いは風の中 恋に落ちたあの日から♪

と小泉今日子の「木枯らしに抱かれて」(1986年)
である。現在、新堂本兄弟にレギュラー出演中である
THE ALFEEの高見沢俊彦が作詞・作曲している曲である。

20年近く経っても、心に残る名曲である。私が中学1年の時に
兄と一緒にステレオ機器を買った時にヒットしいて、早速レンタル
レコード屋から借りてきた。この時は、まだシングルCDはなかった
ので、アナログのレコードだった。テープに録音する時は
レコードの針が飛ばないように、
じっとして、聞き入っていたものだった。

ところで、「木枯らし」と言えば、時々ニュースで「今日、木枯らし1号が吹きました」と聞くことがある。
おおまかな定義を言えば、西高東低の気圧配置で、最大風速がおおむね8メートル以上の北または西北西の風ということである。
先日、東京で木枯らし1号が確認されているが、11月に木枯らし1号が
吹く場合が多いようだ。
木枯らしは「凩」とも書く、もしかしたら、
これは、「木」という字と「嵐」という文字の合成かもしれない。

木枯しのもともとの語源の説として、「木嵐の転化したもの」という
ものがある。

小泉今日子の「木枯しに抱かれて」は、ある曲に似ていると言われる。
それは、1984年に発売されたNik Kershaw(ニック・カーショウ)の 「The Riddle」である。
私は聞いてみたが、確かに最初のイントロの部分は似ている。ただ、
イントロ以外の部分は、似ているかもしれないが、とても似ているとは言い切れない感じである。
Nik Kershaw(ニック・カーショウ)の 「The Riddle」は、全英3位になった曲であり、良い曲である。
「Riddle」とは、「謎」「難解」「穴」などの意味だが、歌詞を見てみると、どれなのか私にはわからなかった。


いずれにしろ、「木枯しに抱かれて」は、心に残る名曲である。
また、誰かカバーして歌われる事がありそうだな。
アルフィーとして翌年セルフカバーしていたと思う。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

聞きたい方は下をクリック!!


木枯しに抱かれて 小泉今日子

The Riddle Nik Kershaw(ニック・カーショウ)













テーマ:懐かしい音楽 - ジャンル:音楽


服の調整~寒くなって、気温差が

このごろ、冬将軍が到来し始めて寒くなった。
朝はとても寒いが、昼間は寒くも感じるが、コートを着るほどかどうか
迷ってしまう。
仕事に行くときは私服なのだが、朝は寒くてダッフルコートを着ていきたくなるが、気温が15℃まで上がるならどうしようかと考える。

ただ、明日は北風が強いということだし、朝も寒そう。職場は京都にあるので、朝の京都はとても寒い。それを考えてダッフルコートを着ていこうと思う。

昼間は屋内でストーブで温まりながら仕事をしていて、
外に出るのは気温の下がった夕方以降になるので、ダッフルコートを着ていくことがいいかなと思う。

予想気温で、朝と昼との気温差を気にする時期になる。
寒くなるなら、いっそう、一気に寒くなった方が(最高気温が
12度以下)着ていく服に悩まないだろう。

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社会通念とは?~寄贈の餌、自宅に持ち帰る 札幌の円山動物園職員

昨晩のNHKプロジェクトXで、旭川動物園の人気復活
の物語を放映していたが、同じ北海道の動物園である
札幌市の円山動物園の職員が、寄贈の餌、自宅に持ち帰ったことが
問題となるニュースがあった。

事の経緯は、札幌市内のスーパーで火災が発生し、商品価値が落ちたコメや野菜などの食料品を餌として寄贈された。そのえさのうち職員21人が動物に振り分けて、残りの普段動物に与える事のないものを自宅に持ち帰っていたことが15日、分かったという。市は「社会通念上適切な行為でなかった」として職員の処分を検討しているということである。


どうして、彼らの行為が問題とされてニュースになるのだろうかとふと疑問に感じた。そして「社会通念」とは何か?


わたしは、寄付をされて食料品を動物に与える分は与えていて、かつ、普段動物に与えないもので、煙にいぶされ商品価値をなくなったものを
職員が持って帰ることが何か良くないことなのだろうか?

普段動物に与えていないものを与える事は動物の身体に異常をきたすリスクがあるかもしれないし、リスクがないように調理しようとしても手間隙がかかる。

また、動物が食べることがないので、人が食べる事となるが、煙にいぶされ商品価値のなくなったものを他者にはあげることは難しいと思う。
そうなれば、自分達が食べるということがあってもおかしくないと思う。

もし、不適切な部分があるとすれば、寄付者に経緯を説明しなかったことになるだろう。もし、私が寄付者の立場であれば、別に説明がなくても良いと感じる。寄付目的である動物の餌にすることは、できることはしているし、普段、動物が食べないなら、そこの職員が自分の食用にしても全く問題ないと感じる。そして、寄付をしたら所有権は相手に移っているので、その処分に関しては、自由だと思う。

誰が、これを問題視しはじめたのかわからないが、この報道のスタンスにも疑問を感じる。

共同通信社の記事を見ると

「食料品を餌として寄贈されたのに」という「のに」という表現、

「職員計21がコメや刺し身などの一部を自宅に持ち帰ったという。中には高級米の魚沼産コシヒカリもあった。」

と最後にわざわざ「高級米の魚沼産コシヒカリ」という文言を付け加えているのはどうしてだろうか?

「のに」という表現に、動物園職員が悪者だというスタンスを感じる。「高級米の魚沼産コシヒカリ」という文言を付け加える事で、「動物の餌として寄付された高級品のコシヒカリを持ち買って自分で食べるなんて、けしからん!」という感情を読者に抱かせることを狙っているのだろうか?
米とか普段動物が食べないものを人が食べて何が問題なのか?いいではないかと思う。

これは、昨晩のTBSでも報じられていたが、札幌市職員が「社会通念上不適切」という主旨の発言をしていたが、私は「社会通念」という定義が曖昧で、かつ、恣意的なものになりやすい言葉を用いて処分をすることは問題だと思う。

誰かに、何かの社会的組織に明らかな実害をもたらしたのなら、制裁処分はわかるが、価値観が多様化して、何が良き事か人々によって判断基準がことなる現代社会において、定義の定まらない「社会通念」という言葉を用いて処分することはして欲しくないと思う。行政機関ならなおさらだと思う。
人事権などの生殺与奪権を握る者が、嫌いなものやライバルに対して、「社会通念」という言葉が濫用して、恣意的に処分する口実にもなりかねないと感じる。






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エヘン虫が!~風邪は万病の元・対策を早めに

昨日と今日と、気温が下がってきた事もあり
ちょっと風邪をひいてしまった。
鼻水はないが、のどがちょっと荒れている。

早速、西宮北口のアクタのドラッグストアで、
のどの患部にスプレーをあてる浅田飴の薬と
大正製薬の「ヴィックス・ドロップ」を買った。
ヴィックス・ドロップは美味しいので、薬というより
お菓子としてついなめたくなってしまう。


そして、自宅に保管していた「葛根湯」を飲んだ。
風邪は万病のもととも言われますので、初期症状のうちに
対策を取ろうと思った。

風邪で思い出したのは、新型のインフルエンザがいつ発生しても
おかしくないと言われ始めましたね。鳥インフルエンザがスペイン風邪
のような感染力と毒性の強い新種のウイルスになるかもしれないとか。

もし、世界的な大発生になれば、相当、混乱しそうですね。


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Torn   ナタリーとトリーネ

いつものように職場でFM802を聞いていたら、
Natalie Imbruglia(ナタリー・インブルーリア)の「Torn」が
かかってきた。おう~懐かしいと思った。

Natalie Imbrugliaは、1997年にTrine Rein (トリーネ・レイン)
の「Torn」をカバーして、イギリスで発売、全英チャート初登場2位となる。その後、「Torn」が収録されているファーストアルバム『Left Of The Middle』をリリースする(全英初登場5位、全米初登場10位という快挙)を果たした。

サビの部分になると、彼女の力強さを感じる。


♪~There's nothing where he used to lie
My inspiration has run dry
That's what's going on, nothings right, I'm torn

I'm all out of faith, this is how I feel
I'm cold and I am shamed lying naked on the floor
Illusion never changed into something real
I'm wide awake and I can see the perfect sky is torn
I'm cold and I'm ashamed bound and broken on the floor
You're a little late, I'm already torn~♪


(訳)
彼のついた嘘のあとには何も残らない
私のインスピレーションはひからびていくつまりはそういうこと。
何にうまくいかない 私は傷だらけ

何も信用できない そう感じてしまうの
寒さに震え 恥辱にまみれ
裸のまま 床に横たわる
幻想は決して現実には変わらない
目覚めれば 雲ひとつない空は傷だらけ
あなたは少し遅すぎたのよ
私はもう傷だらけなの



歌詞は何か悲しいものだが「Torn」とは
動詞「tear」の過去形・過去分詞で、「ひきちぎられた」
「傷つけられた」という意味である。

もともとのオリジナルを歌っていた
Trine Rein は、デビュー曲「Just Missed The Train(ジャスト・ ミスト・ザ・トレイン)」がヒットさせて、こちらが有名だが、
3rdアルバムの「トゥ・ファインド・ザ・トゥルース」に
「Torn」のアコースティックバージョンがあるこちらの
曲もテンポの速いNatalie Imbrugliaと違った良さがある。

私はカバー曲とオリジナルの両方を入手して比較して
聞くのが好きである。


・・・・・・・・・・・・・

聞きたい方は

Natalie Imbruglia  Torn


Trine Rein TORN ~acoustic version





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もみじ~♪秋の夕日に、照る山もみじ~♪

私の職場は京都にある。その京都は今日は寒い。
職場には、今シーズン初めて、ストーブを炊いた。

晩秋の時節、寒くなってくると、山粧うと言われるように
山々の木々は色づいてくる。紅葉の季節である。

ふと、紅葉という言葉について知ってみたいと思った。


紅葉は、だが万葉集では「黄葉」と書いた。漢詩で唐の初期のころ(7世紀)ごろまで黄葉が一般的だったという。また、中国の陰陽五行説において、黄色は、特別な色となっていて、その影響があるのではないかといわれる。やがて、平安時代になってから、「紅葉」が定着していったと言われる。平安と言えば、国風文化で、唐の影響から日本独自の文化ができつつある時代である。


紅葉をどうして「もみじ」と言うか、ひとつの説として私が知っているのは、次の説である。黄葉(紅葉)することを「もみつ」と言っていたが、濁音化し、動詞の「もみつ」は「もみづ」に、名詞の「もみち」は「もみぢ」になったという説である。


寒さ増し、色鮮やかに、衣着る秋の山並みに心躍らす紅葉の季節になれば、つい「もみじ」が鼻歌で出てくる。私が好きな曲である。


♪~秋の夕日に 照る山 もみじ 
濃いも薄いも 数ある中に
松を彩る 楓や蔦は 山の麓の裾模様

谷の流れに 散り浮く もみじ
波に揺られて 離れて寄って
赤や黄色の 色様々に 水の上にも織る錦~♪

      
           (作詞 高野 辰之 作曲 岡野 貞一)

これは1911年(明治44年)に発表された文部省唱歌である。この作詞・作曲のコンビは、「うさぎ追いし~」で始まる「故郷(ふるさと)」、「菜の花畑に~」で始まる「朧月夜(おぼろづきよ)」などをつくった。この「もみじ」の歌詞は、長野県出身の高野が帰省の折、今は廃線となった信越線の碓氷峠の熊ノ平駅近くで見た景色がきっかけになって誕生した。1番は山の紅葉を、2番は川の流れに浮く紅葉を歌うな歌には、和歌の伝統がしっかりと息づいているという。


2番の「水の上にも織る錦」と聞けば、百人一首の和歌をすぐに思い出す方がいるだろう。

69番の能因法師の

 嵐吹く三室の山のもみじ葉は龍田の川の錦なりけり

私は詳しくないので、あるページを調べてみると、
意味
激しい山嵐が吹き散らす、三室山のもみじ葉は、龍田川に舞い落ちて,川面に美しい錦を織り上げている。

上の句では激しい風に吹き散らされる紅葉の動的な美しさ,下の句では,竜田川の水面に浮かぶ色鮮やかな紅葉の静的な美しさを対照的に詠んでいるということである。

この竜田川は、古来紅葉の名所として知られ、崇神天皇が川に流れていた八葉の楓葉を五穀豊穣を祈願し生駒の竜田神社に献上されたという伝説がある。

この竜田川では、もうひとつ百人一首である。

ちはやぶる神代も聞かず竜田川からくれなゐに水くくるとは


伊勢物語の主人公とも言われる在原業平の歌である。

意味
竜田川の水面を紅の絞り染めのように彩る紅葉たち。神代にもこんな美しさがあったとは聞いたことがないほど見事な美しさだ。


川面に浮かぶ紅葉に関して、私も何年か前に、短歌を作ったことがあった(きちんとルールを知らないので、不適切なところがあるかもしれませんが)


 木枯らしで川面に移る紅い葉の瀬に別けられし何時しか交わる

意味
木枯らしで、同じ木の同じ枝にあった2枚の紅葉の葉が川に流され、川瀬の石で2つの流れに別々に流れても、その流れが合流して、再び隣合わせになり、一緒にながれて交わる。


これを思いついたときは、会社で徹夜で仕事をしていて、会社にある風呂の湯船の中で思いついたものだった。歌を思いついた経緯は、私は桑田佳祐の曲を好きなのでよく聞くのだが、当時発売された「白い恋人達」のカップリングで「あの素晴らしい愛をもう一度」をカバーしたライブ曲があったのだが、その歌詞で、「♪~あの時同じ花を見て 美しいと言った二人の 心と心が 今はもう通わない あの素晴らしい愛をもう一度~♪」というフレーズがあるが、心と心が通わなくなってしまっても、また通い合うようになれば良いかなという発想で、先ほどの一句を思いついた。
 また、川の石で流れが分かれて再び交わると言うのは、小倉百人一首第77番首


 せをはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に あはむとぞ思ふ  
                                「崇徳院」の歌を真似た。
意味
岩を噛み ほとばしる急流滝の早瀬は岩に堰かれしぶきをあげて二つにわかれるぼくときみも 今は堰かれて別れてもさきには必ず再会してこの恋をつらぬくつもりだよ。


紅葉というのは、山を粧っても、川面を赤い錦に覆いつくしても美しく感じるものである。紅葉というのは、山を粧っても、川面を赤い錦に覆いつくしても美しく感じるものである。その美しい紅葉を見て、古から日本人は歌にしてきた。私も真似して歌を思いつく。
また、「紅葉」という名の付く女性がいたら、美しいのだろうなと想像してしまいますね。







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死者は全員ブラジル人~名神高速7人死亡事故

滋賀県彦根市の名神高速道路で、7人が死亡する事故が発生し、
死者の全員は、ブラジル人だった。
死亡した方々の所在地は私は存じないが、
事故の発生した滋賀県は、ブラジル人の対人口比率は
他の県より多い。(3年前に、関西の外国人調査をした
時のデータ)

工場で働く日系ブラジル人などが滋賀県で多く入る。
ブラジル人向けの商売もあり、ある3階建てのビル内全部が
ブラジル人向け商店というところもあるという。

滋賀県にあるブラジル人向けの移動スーパーの車が、
神戸市東灘区にあるブラジル人在住地域に来ることがある。
その神戸のブラジル人在住地域の日本人が経営する肉屋では、
日本人が食べない肉の部位は、捨てていたのだが、ブラジル人と
しては食用になるので、在住ブラジル人のおかげで、地元の日本人にとっても商売になるケースもある。夫婦共働きで、月収50万円の
在住ブラジル人市場をターゲットにした商売がある。

ただ、正規雇用されにくかったり、保険が適用されにくかったりと
社会的身分が不安定なところがあるということだった。(3年前の
調査の時点だが)

日本に住む在外外国人のことを考えると、日本の人口減少に備え、
移民政策をするべきという意見もある。
一方で、昨今のフランスにおける移民若者による暴動が発生している
こともあり、移民政策に対する反対論あるいは慎重論も出てくるだろう。

移民政策を取った場合のメリットとデメリットと対応策など幅広い議論はあって良いと思う。そんなことを名神高速道路事故によるブラジル人7名死亡のニュースを聞いて思ったことだった。





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SONYの名前の由来~小さいぼうや

最近、不調のソニーであるが、ソニーは調子が良いときと悪い時の落差が大きいのが、よくあることであるが、
ふと、ソニーの企業名の由来を思い出した。

このブログは、言葉のこと、語源のこともピックアップすることを主旨にするつもりなので、ソニーの名前の由来を取り上げたい。
ソニーは、初めは、1946年設立の東京通信工業という社名だった。それが1958年にソニーと変更した。

(SOUND)や(SONIC)の語源となったラテン語の「SONUS」ソヌスと、小さい、坊やと言う意味の(SONNY)を掛け合わせて作られた言葉です。 これは自分たちの会社は非常に小さいが、それにも増して、はつらつとした若者の集まりであるという思いを込めて「SONY]という社名にした。

社名には相当思いが込められていたのだろう。やがて、終戦直後まもない東京で生まれた町工場が、世界的大企業になる。

設立趣意書に

真面目ナル技術者ノ技能ヲ、最高度ニ発揮セシムベキ自由豁達ニシテ愉快ナル理想工場ノ建設

とある。「真面目ナル技術者」が「自由豁達ニシテ愉快ナル」という言葉に触れると、ソニーの命名のもととなる「小さい、坊やと言う意味の(SONNY)」と小さい会社だが、はつらつとした若者の集まりである
という思いに通ずるものを感じる。

終戦直後、焼け野原の東京で、世の中が混乱しているなか、強い思いを込めてやり続けてきたソニーの創業者達は凄いと思う。

ソニーはいまや大企業になり、大企業になれば、官僚的になってしまう
要因もあるが、いつまでも、社名に込められた言霊を大事にしてもらって、また、画期的な商品を出し続けて欲しいと思う。






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布袋のベスト版 懐かしいBOOWYの曲もセルフカバー

職場で、仕事をしつつ、FM802を聞いていると
懐かしい曲が耳に入った。「BAD FEELING」というBOOWY
の曲であるが、氷室京介の声ではない。
声は、布袋寅泰の声だった。

布袋は、12月7日に、「ALL TIME SUPER BEST」という
ベストアルバムを出すが、その1曲目に、「BAD FEELING」
が入っている。そして、懐かしいなと思っていると、
802で、次にOn Air されたのは、布袋が歌う「BE MY BABY」
だった。布袋と吉川晃司とのユニットCOMPLEXの曲だ。

布袋が歌う「BE MY BABY」は、「ALL TIME SUPER BEST」の2曲目
にある。

BOOWYは、私が中学生の時にブームだった。人気が絶頂の時に
解散した。それ以来、伝説のバンドとして語り継がれている。

私は、B・BLUEのヒットで始めて知ったが、同級生の
音楽に詳しい人は、JUST A HERO とかMORALとか売れる以前のことを
知っていた。それから、BOOWYの過去のアルバムは全部借りてきた
。”GIGS”JUST A HERO TOURのジャケットは今でもカッコいいと思う。
そのライブアルバムで、氷室が「ライブハウス武道館へようこそ」と
言っている。

boowy gigs just a hero tour



BOOWYの曲は、作詞が氷室で、作曲は布袋がほとんどだったが、NO.NEWYORKは、作詞は深沢和明である。BOOWYは結成当時は、6人で、
のちに4人になるが、深沢は脱退したうちの1人で、サックスを担当していた。

しかし、もしかしたら、ある人物が生きていたなら、BOOWYのメンバー構成や、音楽性や歌詞はどうなっていただろうとふと思う人物がいるその人物とは「山田かまち」である。

彼は、地元の中学在学中に氷室京介や松井恒松(BOOWYのベース)らとロックグループを編成いたが、17歳の時に、上半身裸でエレキギターの練習中に感電死した。死後、彼のベットの下から彼の母親が見つけた多くの詩集や絵に対する評価が高まった。山田かまち水彩デッサン美術館には、やまだかまちに宛てた氷室京介からの手紙があるようだ。

もし、山田かまちが、死なずにギターとしてBOOWYにいたら、BOWYの一員として布袋はいなかったかもしれないと想像したりする。
布袋がほとんど作曲したことを考えると、今に聞き継がれるBOOWYの名曲はなかったかもしれない。あるいは、別の曲が名曲として残っていたかもしれないとも想像したりする。

私は、BOOWYの曲では、「Cloudy Heart」「ハイウエイに乗る前に」「Memory」「On My Beat」「Funny Boy」「Downtown Shuffule」
「Dancing in the plesureland」「Honky Tonky Crazy」など、好きな曲を取り上げたらきりがないくらい、中高時代は聞きまくった。

そんなことを思い出しながら、802から聞こえる布袋が歌う「BAD FEELING」を聞いていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
聞きたい方、もっと知りたい方は


布袋寅泰 ALL TIME SUPER BEST


BOOWY



山田かまち












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本田美奈子、急性骨髄性白血病で死すを聞いて・・・

本田美奈子が、38歳の若さで、
急性骨髄性白血病で亡くなったというニュースを聞き
2年くらい前のあるCMのフレーズを思い出した。

「--昭和60年、その美しい人は、白血病に倒れた。あの頃、もし日本に骨髄バンクがあり、あなたのドナー登録があったなら、きっとぼくらは46歳の夏目雅子さんに会えたに違いない--。」


女優夏目雅子も、1985年(昭和60年)27歳の若さで、急性骨髄性白血病で亡くなった。
(私は、堺正章が出演していた「西遊記」の三蔵法師役を夏目雅子が
していたことを思い出す。)

骨髄バンクは1990年(平成2年)に日本に設立された。骨髄移植を成功させるためには、患者と骨髄を提供する人(ドナー)のHLA(白血球の型)を一致させる必要がある。ドナーは通常白血球の型(HLA)の一致した同胞(兄弟・姉妹)やその他の血縁の方が選ばれます。ただし白血球の型の一致する確率は、同胞間でも約25%と低いため、最近公的骨髄バンクに登録している非血縁者からの骨髄移植が増えてきている。

骨髄バンク設立の物語は、プロジェクトX「決断 命の一滴」
~白血病・日本初の骨髄バンク~ で、詳しく放映されていた。

夏目雅子が白血病で死亡した翌年、ある大学院生の女性が白血病になった。彼女は、骨髄の型が奇跡的に母親と適合し、移植して生還できたが、姉妹のように過ごした1人の少女は、提供者が見つからず、中学3年生の15才で亡くなる。それをきっかけに、彼女は、骨髄バンク設立の運動を始め、平成元年、9月。やっとの思いで第1号移植への道が見えてきた。日本初の提供者は40才男性。岐阜の市役所職員だった。そしてその決断により骨髄バンクの未来が開けたのだった。

2004年3月末現在、ドナー登録者は約18万5000人。しかし、患者の約2割の方にはHLA(白血球の型)が適合したドナー候補者は1人も見つかっていないのが実情である。もし、ドナー登録者がもっと多ければ、本田美奈子は復活できたかもしれない。


本田美奈子の生前の人柄について、コラムニストの勝谷誠彦氏が日記で以下のようにコメントしていた。

 本田美奈子という人を私はこれまでよく知らなかった。(中略)しかし彼女が逝ってはじめて私は「棺を覆って定まる」という言葉を痛感した。芸能人に限らず表現者というものはコツコツと続けていて後世に残す創造物に対する評価と露出度で得る浮名がある。本田さんはパチンコ屋や宝石屋の売名イベントに出ることなく男との浮ついた話も皆無な人だった。つまりはメディア的には露出度があまりなかったにもかかわらず彼女の価値というものは実は芸能人やアーチストたちこそが本当にわかっていたのだ。その惜しむ声で知った。
 芸能人というのは周囲すべてがライバルなので仲間が亡くなってもある種慇懃ながら冷たいコメントを出すものだという。しかし昨夜の通夜に集った人々はその数の多さも異例ながら語る言葉のひとつひとつの重さに私は心打たれた。
 (中略)
 一昨日の『ザ・情報ツウ』の本番前にはいつも剽軽な井上公造さん(芸能ジャーナリスト)が沈痛な表情で「まずいですよ。本番中もつかな」と呟いていた。
 スポーツ紙各紙は一面で扱ったが異例なのは著名人ではなく現場の記者たちがいずれも追悼文を書いていることだった。ある人はプロ野球のキャンプ地である人は異動先の全く違う部署で。井上さんもそして記者たちも取材を通じて本田さんの心遣いに触れていた。外からの評価以上に本田美奈子という存在は尊敬され惜しまれたのだと知った。「ただ生きるなよく生きよ」。そのことを実践した光芒ある生だった。


と、あまり本田美奈子を知らない人物でさえも、彼女の死を心底惜しむ人たちの話を聞いて、彼女の素晴らしさを知ったようである。
私は、中学生の時に、本田美奈子が「1986年のマリリン」や田村正和が主演していたドラマ「パパはニュースキャスター!」の主題歌「Oneway Generation」を歌っていたころのことは記憶しているが、それ以降はあまり知らなかった。その後は、かなり幅広く才能を磨いてきたということを今回の死で、知った。

そして、彼女の死を惜しむのは、日本国内だけでなく、海外からも来ている。あのイギリスのバンド「QUEEN」のギタリスト、ブライアン・メイが、自身のHPで、本田美奈子に対する追悼文を出していた。

ブライアン・メイと本田美奈子との出会いは1986年。和製マドンナと評された本田さんの歌声を知り、翌87年に「Crazy Nig
hts」「Golden Days」の2曲を作詞作曲しレコーディングにも付き添った。

ブライアン・メイはHPで「親愛なる友人の美奈子が亡くなった。まだ若いのに。とても明るくて輝いていた。『Golden Days』はしばらく聴けない」とつづり、「Minako was a little angel. Love」と締めくくった。
(ブライアン・メイに関連して言えば、ヴォーカルのフレーディ・マーキュリーを難病のエイズで亡くしている)

本田美奈子死去関係のニュースで、彼女が歌う「アメイジング・グレイス」を聞くと、ふと、ドラマ「白い巨塔」で、ガンに体を蝕まれ、自身の死を悟った財前五郎が、里見の前で、「不安はない・・・・ただ無念だ」という言葉を発していたことを思い出す。
闘病を経て、これから新たな挑戦をしていこうとしていた本田美奈子にとっても、38歳で人生の幕を閉じることは無念だったように想像する。


夏目雅子にしても、同じく白血病で亡くなったアンディ・フグにしても、エイズで亡くなったフレーディ・フレーディ・マーキュリーにしても、そして、本田美奈子にしても、難病で若くして亡くなったこの方々は、亡くなっても、世の中の人たちの記憶に残るような、濃密な魂のこもった生き方をしてきたのだろう。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

もっと、知りたい方は、あるいは、聞きたい方は


本田美奈子 アメイジング・グレイス



CD&DVD THE BEST 本田美奈子



DVD プロジェクトX 挑戦者たち 第4期 Vol.8 決断 命の一滴 ― 白血病・日本初の骨髄バンク



 日本骨髄バンク

















テーマ:本田美奈子 - ジャンル:アイドル・芸能


アメリカの牛肉は大丈夫かい?

私の職場は、京都にある。その京都で、
11月16日
ブッシュ大統領と小泉首相との日米首脳会談が行われる。

ブッシュ大統領訪日の前に、ある日米間の懸案事項が決まった。
それは、アメリカ産の牛肉輸入再開である。

ビデオニュースドットコムというインターネット放送局の
今週のテーマが、BSE感染したアメリカ産牛肉輸入再開問題と
日本外交である。
(1ヵ月525円で視聴できます)

長いので、ビデオニュースドットコムの内容と私が少し付け加えた意見を5つの視点でコメントします。

①やっぱり、アメリカの牛肉は食べたくない!
②人命よりも日米関係?
③記者クラブ制度とマスコミ組織の権力構造
④ロッキードのトラウマ?日本は独自外交はできないの?
⑤経済のグローバル化とスローフード・・日本の食料自給率


①やっぱり、アメリカの牛肉は食べたくない!

結論から言えば、今のままでは、アメリカから輸入される牛肉を
安心して食べられないということである。吉野家の牛丼は食べたく
ないなあと思ってしまう。

牛肉だけでない、牛肉を使ってつくられている食材は他にある。スープ粉やカレールーがある。生肉は原産地表示されるが、ファミレスで出されてくる加工肉などは、どの国の肉が混じっているかわからない。

アメリカは、BSEに感染している特定危険部位を取り除くようにしたとは言っているが、作業現場で、それを取り除く作業をする人の人数が少ない、また、牛肉から作られる肉骨粉を特定危険部位を混ぜて作っていたり、その肉骨粉をニワトリに食べさせ、そのニワトリが出す糞を牛のえさの飼料に混ぜている状態で、BSEに感染している肉骨粉が他の牛の胃袋に入り、BSEの感染が広がっていく危険性が残ったままである。


②人命よりも日米関係?

はっきり言って、アメリカからの牛肉輸入再開はすべきでない状況である。しかし、日本政府は、再開することとしている。なぜか、それは、日米関係を重視して、牛肉問題で紛糾させたくないからだ。この問題は、厚生労働省や農水省や外務省が関わった。特に、牛肉輸入再開に積極的だったのは外務省であったようだ。

牛肉輸入再開が決定されたのは先月だが、既に昨年の夏ごろには決まっていたという。それは、ブッシュ大統領の大統領選挙再選に配慮していたからと言われる。ブッシュ大統領の支持基盤に、アメリカの食肉業界がある。食肉業界は日本への輸出再開を強く求めていた。

外務省には、もしかしたらこんな発想があったかもしれない。もし、BSE感染牛を食べて、ヤコブ病になって死んでしまうのはごくわずか、ごくわずかの人が死ぬくらいのことしかないのに、牛肉輸入に頑なに抵抗して、日米関係を壊すことはあってはならないと・・こんな話を聞くと、外務省ではなく、「害務省」と言われるかもしれないが。(ヤコブ病になれば、脳がスポンジになって、痴呆となり、必ず死ぬ)


③記者クラブ制度とマスコミ組織の権力構造

もし、世論が強行に反対であれば、輸入再開はできなかったと思うが、マスコミはやっと最近になって、アメリカ牛肉輸入再開の問題点を言い始めたが、そんなことは、昨年の夏の時点でわかっていた。なぜ、その時から、アメリカ牛肉輸入再開の問題点を強く指摘する報道がされなかったのか?それには、記者クラブ制度とマスコミ組織の権力構造が背景にあるという。

記者クラブとは、大手マスコミの記者が、公的機関から優先的に役所情報を提供する仕組みである。外務省にもある。もし、外務省にある記者クラブの大手マスコミの記者が、アメリカ牛肉輸入再開の問題点があるとわかっていても、それを報道したら、外務省から情報を与えてもらえなくなるという制裁を加えられたり、不利な扱いをうけることを懸念して、報道しない可能性がある。

また、アメリカ牛肉輸入再開には消極的である厚生労働省や農水省の記者クラブの記者は、大手マスコミでは若手記者が担当する。一方、外務省は、年配の上司の記者が担当する。つまり、厚生労働省や農水省の記者クラブの若手記者が、アメリカ牛肉輸入再開のことを記事にして報道しようとしても、若手記者よりも権力のある年配の記者がいる外務省の記者クラブ(外務省の意向に沿っている)の意見の方が強いので、結局は大きくは報道されることなくなってしまう。

もし、1年前から、マスコミが積極的にアメリカ牛肉輸入再開の問題点を報道していたら、世論の反対はより強くなっていただろう。


④ロッキードのトラウマ?日本は独自外交はできないの?

それにしても、どうして、日本はアメリカの意向に唯々諾々になってしまうのだろうか。それは、日本が安全保障や外交などで、アメリカから独り立ちできる外交資源を作ってこなかったからである。小泉政権になってからより一層、対米追従の度合いは増している。

終戦直後から高度経済成長が終わる1970年代前半までは、日本が生きていくために、アメリカべったりは意味があった。そして、経済成長で日本が豊かになった時に首相になった田中角栄は、アメリカとは一線を画した独自外交を展開し始めた。アメリカの頭越しに、日中国交回復をしたり、中東諸国との積極的な外交を展開した。

ただ、その田中角栄は金脈政治問題で辞任、辞任後も強い影響力を残したままだったが、そこにアメリカで発覚したロッキード事件で逮捕される。事実かうわさかわからないが、アメリカの陰謀があるのではないかと言われ、そのロッキードのトラウマが日本の政治家達にあり、対米独自外交を思いとどませることになっているとも言われる。



⑤経済のグローバル化とスローフード・・日本の食料自給率


ただ、日本の外交だけの問題だけでなく、アメリカが推し進める経済の自由化・グローバル化によって、アメリカからの農産物が世界に輸出されている状況においては、アメリカで作られた肉骨粉が、アルゼンチンや中国に輸出されていて、もしそれがBSEに感染していれば、中国などのアメリカ以外の国からの食材輸入でBSEに日本人が感染するリスクもある。

近年、スローフードという言葉を耳にするようになったが、忙しい時代にゆっくり食べましょうということだが、それだけでなく、経済のグローバル化が進み、画一的なファストフードが広がっていく中、その国・地域の伝統的な食材や料理を大事にして、自らの地域で食材を作り自ら食べるという地産地食がコンセプトにある。これはヨーロッパから発生したが、ヨーロッパがアメリカが主導するグローバル化に対抗しているのである。スローフード運動は、グローバル化をめぐる欧州と米国の国際社会における主導権争いの一面もある。

今回の、BSE感染リスクのあるアメリカ産牛肉輸入再開問題には、日本の食糧自給率が40%以下という構造的な問題も背景にある。食のグローバル化が進む中、日本の食のあり方・農業・食料政策の見直しも必要だろう。



BSE感染リスクのあるアメリカ産牛肉輸入再開問題は、日米関係・日本外交、マスコミの問題、経済のグローバル化、日本の食糧事情などの様々な構造的な問題をあぶりだした。

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BSE 




アメリカの牛肉



牛肉と政治

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象さんの超能力!

NHKの番組で動物もの(不思議大自然だったかな?)
を見た。

象の特集で、乾季の時季に群れを成して移動する象のことを
取り上げていた。

象は人間には聞こえない低周波音を出して、それでコミュニケーションをとっているらしい。

例えば、乾季の時には貴重となる池で、ある象の群れが水浴びをしていたら、別の象の群れがやってきた。争いが起こりそうにも思うが、別
の象の群れが来る前に、水浴びをしていた象の群れは池を出て行った。
なぜかというと、低周波によって、象の群れ同士がコミュニケーションを取って、譲ったのだ。

また、池にはいろいろな群れの象が集まってくるが、メスの象は、争いを好まないので、他の群れのメス象にあいさつをしにいく、乾季の時に他の群れの象に、1年ぶりに出会っていても、お互いの顔は覚えているということだ。

ある象の群れで、子象を連れ添っている若い母親象が過労で群れから外れ始め、倒れこんでしまった。群れはどんどん先に行ってしまった。すると若い母親象は渾身の力をふりしぼって、低周波の音で助けを呼ぶと、群れが戻ってきた。他の象たちが励ますなか、倒れてから約5時間後、若い母親象は立ち上がった。象の群れはめったに仲間を見捨てることはないという。

この象の低周波は、昨年のスマトラ沖地震によるインド洋大津波の時にも役立った。時速700kmの津波は時速1200kmの低周波を出す。象がその低周波を察知して、異常を感じ、そして仲間に呼びかけて、津波が来る前に避難していて、象は津波の被害にあわなかったそうだ。

津波が低周波を出すなら、海岸沿いに低周波を察知する機械を置いたら、津波の到来がより早く察知できるかもしれない。



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どうして会長が謝るの?~NHK記者放火事件

NHKの記者が放火をした事件で、NHKの会長が陳謝して、
給料の減額を発表していた。

いつも、ある企業に所属している社員が、業務以外の私的
生活における違法行為をした時に、会社のトップが陳謝する
ことがあるが、どうしてだろうかと思う。

今回は、報道関係の組織ということもあったと思うが、
業務のことと業見以外の社員のプライベートタイムで発生
してしまったことは分けて考えるべきではないかと感じる。
プライベートタイムでしてしまった不法行為は、会社には
責任はないことであると思う。

業務と関係のないプライベートタイムでの不法行為で会社
が陳謝することとなれば、極端になれば、社員が私生活で
不法行為をしていなかどうか管理と監視する口実を与えかね
ないのではないかとも思った。

会社人間からの脱却をということをバブル崩壊以降マスコミで
議論されたが、社員の私生活での違法行為を会社が陳謝する
ということは、社員が会社人間であることを前提として考えて
いるのかとも想像する。

社員が会社の業務と関係のない私生活での違法行為や不祥事に
関して、会社が陳謝する必要はないと思う。





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神戸~6km 海と山

最近、神戸に行く事が増えている。行くといっても
三宮と岡本だが、いろいろおしゃれなカフェがある。

そして、阪神高速湾岸線から見る神戸の夜景は綺麗である。
神戸は海からすぐ六甲山系の山並みがせまっている。
神戸市の海岸線から、標高931mの六甲山頂の距離は
約6kmで、そのように海から6kmに標高1000m近い
山並みがあるところに100万都市があるのは
世界的に珍しいと聞いたことがある。

3年位前、仕事で、関西の外国人の調査をした時、
神戸に事業をしている北欧系の方が、日本で事業をするため
家族とともに住まおうとすれば、物価や住居・通勤関係の
問題で東京に住む事は嫌がる。まだ、神戸の方が、自然があり
住みやすいと言っていた。

神戸は外国人から見て魅力に感じる都市でもあるようだ。






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愛の言霊 ~日本文化のミーム?

今回は、このブログのタイトルに「言霊」と名付けていることに
ちなんで、サザンの「愛の言霊」を取り上げる。

この曲は、ラップ調のリズムに、「釈迦堂」「湘南浪漫」「黄泉の国」など、普段はあまり使わないような言葉が踊る。

この愛の言霊に関して、編集工学の松岡正剛氏は、現代的な曲でありながらも、日本的であると言う。
松岡氏のコメントが載っていた部分をそのまま引用する。

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例えば、「縁はやーれんそーらん、千代に What Cha Cha 、釈迦堂も闇や、宵や宵や、鳶が湘南浪漫、風に乗っちゃって、縁の先ゃ黄泉の国や」というふうになっているのだが、これをラップ調に言葉づかいをずらして独特の調子に唄う。そこでどうなるかというと、「釈迦堂も」は「シャカドも」で「シャカドモ」と聞こえるし、「闇や、宵や宵や」は「やみやヨイヤヨイヤ」で、あの「よいやっ、よいやっ」の掛け声にも聞こえ、さらには「ヤンヤやんや」とも「縁は、いいや」とも響いてくるのである。

これは、日本が昔から得意としていた縁語とか歌語の伝統である。例えば、「宇治」といえば「憂し」を、「大坂」といえば「逢坂の関」と「逢う坂」が連じてくるという手法で、やりかたによってはどんなふうにも関連を広げることができる。ただし、そこにはセンスが必要で、たんにダジャレになっているのではつまらない。やはり意味が似たように連携していなければならない。

桑田佳祐がうまいのは、そこなのだ。『愛の言霊』では、「ことだま・しらべ・うたげ」「宴・縁・闇」「千代・鳶(とんび)・黄泉(よみ)」「閻魔堂・釈迦堂」さらには「わっぱ・ラッパー」などが実にたくみに歌の中にまぎれて乱舞する。

 私はこれが『梁塵秘抄(りょうじんひしょう)』などの今様の実態だったのではないかと思う。また、室町後期に流行した閑吟集などの小唄も、こんな感じで受け取られていたのではないかと思う。日本は、いまも、どこにでも再発見できる!

(情報源のURLは既に無くなっています)
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ということであった。
私が初めてこのコメントを読んだ時は、目からうろこが落ちる感じだった。外国で生まれた音を使いつつ、日本的なものを出していることに関心した。サザンフアンのサイトからの情報によれば、桑田自身は、どのような歌詞になるかよくわからかったようで、いろいろと試行錯誤したのではないかと思われるコメントが載ってあった。



桑田佳祐がどのような意味をこめて「愛の言霊」というタイトルをつけたのかわからないが、日本的なものを埋め込もうとしているという松岡氏の評価を知り、より気にいってしまった。

この曲の最後の方に

遥か以前から光輝く星を見つめる時.涙ぐんでしまう人間の存在.肉体、それらは.
宇宙からの言霊を記憶するのだ

禮! 幾千億年前の星の光が 人の世の運命を僕に告げるの
過去に多くの人が愚かな者が 幾千憶年前の星の光見て
戦をしたり罪犯したならぼくも またそれを繰り返すのか
今は滅ぴた星の光なのに 見つめるままに夢に見るたぴに
涙ぐむのはなぜなのかそして 僕はどこから来たのか
この魂は誰のものなのか

とあるが、人間の歴史以上にはるかに長い宇宙の歴史と人間を
同じ歌詞のなかに位置づけられると、宇宙から見れば、わずかな
人間の歴史、ちっぽけな人間世界で、まったく過去とかわらず
愚かなことを繰り返している人間というものをふと感じてしまった。


その人間も、気持ちを持ち、その気持ちや思いを表すものとして
言葉を作ってきた。ただ、今の人間は、今の人間の形になる前は
言葉もなく、水の中に生きていた。その生命体をつくったものは
その起源は何か?まだまだわからぬ部分が多いが、生命を過去から
現在につなぎつづけるものとして遺伝子がある。
「宇宙からの言霊を記憶するのだ」という歌詞に触れると
パンスペルミア仮説(宇宙からの生命体の萌芽が地球に来たという説)
を思い浮かべる。遺伝子の構成物であるアミノ酸は宇宙からの隕石
に含まれていると言われる。ただ、宇宙に生命があった時には、
言霊を出す魂というものはあったのだろうか?

遺伝子というのは情報である。他のものと交配することで遺伝子の
様々な種類の情報を作ってきた。生命体が進化して、脳を持ち、
脳だけでは、情報の記録が再生されにくいので、脳のある身体の外に
記号や情報を書き、言葉を作って、情報を再生し、それにより、人間は幾世代も過去のことを現代に伝えてきた。少なくとも、情報を言葉をツールとして伝えていくときには、人間にはなんらかの魂を持っていたと
思う。

遺伝子をジーン(gene)ということに対応して、文化遺伝子をミーム
(meme)と言うが、人間の思想や言葉、行動・生活様式などの文化が
遺伝子と同じように伝わっていくことである。文化や言葉となれば、
魂・言霊とのつながりを考えてしまう。思いや意思、その思いや意思
に裏打ちされた言葉や行動様式を次世代に伝えていくこと。ミームは
日本語の訳語として「意伝子」とも使われることがある。

桑田佳祐の歌詞には、掛詞など和歌の伝統的な修辞法がよく見られる
と言われるが、欧米的なものがどっと日本に注ぎ込まれても、桑田佳祐は日本文化のミームを「愛の言霊」で表したようにも感じる。


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ただの歌詩じゃねえか、こんなもん  桑田 佳祐 (著)


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甘栗むいちゃいました~言い換えれば・・・・

「甘栗むいちゃいました」はカネボウフーズの有名なヒット商品である。
ヒット商品の要素には、メリットとわかりやすさが必要とも言われる。

「甘栗むいちゃいました」は、読んで字のごとく、むいたままの甘栗とわかる。むかなくて、甘栗が食べられるとなれば、思わず手が出てします。

「甘栗むいちゃいました」は、カネボウフーズのヒット商品であるが、初めは、カネボウではなく、岡山県のメーカーが開発したものであった。「むき栗」という商品名でカネボウフーズよりも先に売っていたのだった。そして、後発のカネボウフーズが「甘栗むいちゃいました」を売り出す。岡山の中小メーカーが、大手のカネボウフーズに逆転されてしまった。

ただ、企業の大きさ以外に、岡山県のメーカーとカネボウフーズには、このむいた甘栗の売り方に違いがあった。それは、岡山県のメーカーは、「お惣菜」として売り出したのに対して、カネボウフーズは、「若い女性向けのお菓子」として売ったのである。「お惣菜」と「お菓子」とカテゴリーが違っていたのだ。

何か新しいことを考える時、言葉の言い換えることが有効とも言われる。例えば、車を乗り物としてではなく、家族や恋人と過ごす空間と言い換えることはできる。「甘栗」を「お菓子」と言い換えたとも考えられる。実際にカネボウフーズの意思決定プロセスはわからないが、言葉を日常の慣れた意味だけでとらえるのではなく、言い換えて、日常的に使わない意味に言い換えることが、新商品開発において有効ではないかと感じたエピソードである。

ようこそ!「言霊(心豊かに、言葉を生み、経済を潤す) 」へ

このページの管理者のくわどんです。
昨日はまだまだ、書き込み損ねたので、全く記事がなかったのですが、
何人かの方が、クリックしていただいたようで、申し訳ないです。
ここでは、ヒット商品の開発物語やマーケティング的な狙いのこと
街づくりに関してにぎわっていたり、あらたに挑戦していたりする事例を取り上げていきます。
また、言葉のことに関することも記事にしていきます。ビジネスにおいて新しい発想をしたり、コンセプトを生み出すには言葉の力が必要です。言葉のもともとの意味を知る事で、ネーミングする時に役立ちます。

その言葉のもっている意味を言い換えて、重層的に意味を捉える事で、関係のないものが関係づけられます。編集工学で有名な松岡正剛氏が、「プランニング編集術」の中で、松岡氏が広告の仕事をしている時、一本ずつ広告を取るのは効率が悪いので、一網打尽に連合広告を取る事を考え、「航空会社」と「化粧品」という一見関係なさそうな業界の会社をある言葉に言い換えることを思いついたことがきっかけに全日空とマックスファクター社の連合広告をとりました。さて、その言葉とはなんでしょう?


今月中に、まぐまぐから2つのメルマガ
「誰か来る!にぎわう!買ってくれる! 」
  →ヒット商品の開発エピソード、にぎわう店やまちの事例紹介

「言の葉の泉、ことばのたから」
  →言葉の語源、格言、四字熟語、言葉の歳時記などの紹介

を発刊する予定で、その準備をしています。


これから、このブログを充実させていきますので、よろしくお願いしいます。