言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
語源や考えたこと、お気に入りの歌や発想法、雑学など、政治経済社会の時事ネタも書いたりしています。また、楽習社とは私の脳内にある架空の企業です。現実世界での所属組織や職業が変わろうとも、生涯、理系・文系を問わず、古今東西の学問を楽習(がくしゅう)して、生きていきたいので、架空の企業名を勤務先にしています。その会社を退職する時は私の人生が終焉する時です。.

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鳳仙花の花言葉「私に触れないで」・・・この花の学名、花言葉、この花にまつわるギリシア神話は、実が入った袋などに由来する

今日は、2017年(平成29年) 7月25日 火曜日

近所の家の道端に
鳳仙花(ホウセンカ)が咲いていた。

鳳仙花 20170702_173534

鳳仙花は釣舟草(つりふねそう)科の一年草で、
その学名は「Impatiens balsamina」である。

「balsamina」のスペイン語で「鳳仙花」を意味して、
「Impatiens」はツリフネソウ(ホウセンカ)属を意味するが、

Impatiens(インパチエンス)は、ラテン語の
「impatient(我慢できない・短気)」が語源で、
実が成熟すると、ちょっと触れただけ
種が勢いよくはじけ飛ぶことに由来する。

この植物は、インド近辺から東南アジアが原産とされ、
17世紀ころ日本に渡来したとされる。

和名の「鳳仙花(ホウセンカ)」は中国語を音読みしたもので、
中国で、花の形を中国の伝説の鳥である「鳳凰(ほうおう)」
見立てたことから由来する。


「鳳仙花」の別名に「爪紅(ツマベニ)」は、
この花で赤色の花から女性が爪を赤色に染めるのに用いた
ことに由来する。

この花にはギリシア神話にも登場する。
オリンポスの宮殿である日宴会が催されていた。
その宴会で、来客の神々に贈る黄金のリンゴがひとつ
なくなった。給仕をしていた一人の女神が疑われ、
オリンポスから追放された。
実は、それは、あるいたずら好きの神の仕業であった。

それでも、濡れ衣を着せられオリンポスを追放された
その女神は無実を証明しようと、自分の身体を花に変えた。
鳳仙花の実に触れると袋がすぐに開くのは、
自分は何も持っていない、自分は盗んでいないということを
示すためだとされている。

花言葉の「私に触れないで」は
実が熟すと、パチンとはじけて種を飛ばすことに
由来している。

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泰山木(タイサンボク)=「Southern magnolia」の花言葉は「前途洋洋」「壮麗」・・・・大きく立派な泰山木に大きな盃のような大輪の花が咲きますね

今日は、2017年(平成29年) 6月25日 日曜日

西宮市の自宅から15分ぐらいゆっくり歩いたところにある
福祉センター筋の関西スーパー前の街路樹の
泰山木(タイサンボク)が幾つかの花を咲かせている。

泰山木 20170618_075831 全体

泰山木 20170618_075826 一輪


この植物の漢字表記には
「泰山木」とは別に「大山木」とも表記があったりする。

これは、花の形が大きなおわんのように見え、
その花を大きな盃(さかずき)に見立てたことことから
「大盃木」となり、それが転化して、「大山木」になったという説。

また、この植物が大木となり大きな葉や花を持つことから、
中国山東省の名山の泰山に見立てて、「泰山木」になったという説がある。

この「タイサンボク」は北アメリカ大陸が原産であるが、
アメリカ合衆国南部を象徴する植物として、
ミシシッピ州とルイジアナ州の州花に指定されて、
英語名は「Southern magnolia(サザン マグノリア)」である。

magnoliaは木蓮を意味するが、
おそらく「Southern 」とついたのはアメリカ合衆国南部と
関係しているのかもしれない。


タイサンボクはモクレン科モクレン属の植物であり、
学名は「Magnolia grandiflora」で
「Magnolia 」はモクレン属を意味して、
「grandiflora」は大輪の花の意味がある。

「Magnolia 」という名称は
植物の分類に功績のあった
フランス・モンペリエの植物学者である
ピエール・マニョル (1638-1715 : Pierre Magnol)
の「 Magnol(マニョル)」に由来しているという。

このSouthern magnoliaが日本に来たのは
明治時代だそうで、「泰山木」「大山木」の和名が付き、
公園や街路樹などで植えられたりしている。

さて、この「タイサンボク」の花言葉に、
「前途洋洋」「壮麗」などがある。
これらはタイサンボクの堂々とした立派な大木になるさまと
高い梢の枝先にいくつもの大輪の白い花を
芳しい香を放って咲かすさまから
人生の展望が大きく開く「前途洋洋」と
規模が大きく、整って美しいさまを意味する「壮麗」などの
花言葉がつけられたのではないかと考えられている。



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ランタナの花には「心変わり」と「合意」という対照的な意味の花言葉がる・・・哺乳類には毒だが鳥には美味のランタナの実がランタナの繁栄をもたらす

今日は、2017年(平成29年) 6月 4日 日曜日

西宮市今津の自宅近くの
今津西線の歩道を歩いていると、
歩道の植え込みにあるランタナが
初夏の日差しの下で、咲き誇っているのが見えた。

ランタナc 20170527_144010

ランタナc 20170527_144029


ランタナは熊葛(くまつづら)科の常緑小低木で、
北アメリカ~熱帯アメリカ原産で、
日本には幕末の慶応年間に存在していたようである。

ランタナの学名は「Lantana camara」で、
そのうち「Lantana」は、
ラテン語の「曲げる」という意味の
レンタレ(lentare)の名が付いている
別属(ガマズミ属)のヨーロッパ産の種
「Viburnum lantana」(ヴィバーナム・ランタナ)に
その花形などが似ているから付けられたようである。

そして、「camara」は、
「アーチ型の天井」を意味するラテン語に由来しており、
おそらく、この植物の姿が「アーチ型の天井」を
想起させたのだろう。


ランタナは、
1つの花房の中で次々とと花色が変化するので、
「七変化(シチヘンゲ)」という和名が付いている。

さて、このランタナの果実は、
哺乳類には毒だが、毒がある種子を鳥が
食べることがないようにできる機能がある。
これが、ランタナの繁殖を促進させている。

歯のある哺乳類が小さなランタナの実を食べるとき、
毒のある種子を噛み砕いてしまい、中毒になってしまう。
それゆえ、ランタナの危険性を知る哺乳類は
その実を食べることを避けるため
ランタナにとっては種子の破損を防ぐことにつながる。

一方、歯のない鳥は、小さなランタナの実を取って運んできて食べるとき、
実の中のある種を歯がないので、噛み砕かずに、種の周りのおいしい実の
部分だけをついばむこととなり、残った種は
鳥に運ばれた先で落ちてそこで育つこととなる。

このようにして、ランタナは命をつないでいて
繁殖していて、世界中に帰化植物として定着している。
その繁殖力ゆえに、
国際自然保護連合(IUCN)の種の保全委員会が定めた
世界の侵略的外来種ワースト100に選ばれている。


ランタナの花言葉はいろいろあるが、
七変化の和名の由来にもなった花色が徐々に変化することゆえに
「心変わり」という花言葉があるが、
その一方で、小花が半球形に集まって咲く様子から
「合意」という「心変わり」とは対照的な意味がある。

ある意味集まることに合意した花たちは
まとまって心変わりするということか?



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ポピー(ヒゲナシ)の花言葉と別名に、東西の古(いにしえ)の物語がつきまとう・・・花言葉は「癒し・なぐさめ」、別名は「虞美人草」

今日は、2017年(平成29年) 5月21日 日曜日

5月に街中の民家の道沿いの花壇に、
ポピーの花が咲いている光景が見られる。

虞美人草  ポピー 20170516_110811

ポピーの和名には、
「雛芥子(ヒゲナシ)」、または「虞美人草(グビジンソウ)」
という名がある。

ポピーは欧州原産のキンポウゲ目ケシ科ケシ属の一年草で、
日本には江戸時代に渡来した。

ポピーの学名は、
Papaver rhoeas(ペパベール) である。

Papaverとは、
ラテン語の「papa(粥)」が語源である。
ケシ属の乳汁に催眠作用があり、
その乳汁をお粥(おかゆ)に混ぜ、
子供を寝かしたに由来して、
その学名が付けられた。

さて、このポピーの花には、
東西の古(いにしえ)の物語がつきまとう。

まず、西洋の古代ギリシア神話と
ポピーにまつわる物語である。

ギリシア神話に、豊穣の女神デメテルがいる。

デメテルは全知全能の神であるゼウスの姉であるが、
ゼウスが無理やりデメテルに迫って、彼との間に
娘のペルセポネーを授かることとなった。

ある日、豊穣の女神デメテルはとても心を痛めていた。
それは、愛娘のペルセポネーが行方不明になったからだ。

デメテルは事情通の
月の女神アルテミスの従姉妹である
ヘカテーにペルセポネーの行方について尋ねてみた。

すると、ヘカテーは
死後の世界の冥府の神であるハデスが
ペルセポネーを連れ去ったと豊穣の女神デメテルに
告げる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

これは、恋愛と金星の女神であるアフロディーテ(=ローマ神話のヴィーナスに相当)
の謀略だとされている。アフロディーテら恋愛神を疎んだペルセポネーに対する報復として、
ハデスがペルセポネーに恋に落ちるようにアフロディーテの息子であるエロースから
目の前に映る女性に恋をしてしまう矢を射られしまい、その時、目に映ったのが
ペルセポネーであった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ただ、豊穣の女神デメテルは同じゼウス兄弟であるハデスは
荒々しい他の兄弟達と違って、優しいので、そのようなことを
することに疑問を抱いた。

そこで、豊穣の女神デメテルは、
地上の事は何でも知っていると言われた
太陽神ヘーリオスに聴いてみた。

すると、ペルセポネーを惚れてしまったハデスが
ペルセポネーの父であるゼウスに彼女への求婚の承諾を依頼して、
母親であるデメテルに相談することなく認めてしまったというのだ。

太陽神ヘーリオスからその経緯を聴いた
豊穣の女神デメテルにゼウスに猛抗議をするが、
「冥界の王であるハーデースならば夫として不釣合いではないだろう」
とゼウスは悪びれもせず言い訳した。
それにデメテルは激怒する。
そのような愛娘ペルセポネーの失踪事件に、
夫のゼウスも関わっていたことを知った
豊穣の女神デメテルは深く傷心した。

その傷心を抱いたままデメテルは食事もとらず一睡もせず
ペルセポネーを探し回る。
彼女は娘のペルセポネーを探すため
地上の世界に降りた。
その間、豊穣の女神デメテルが天上界に
いなくなったため地上は大飢饉がもたらされた。

ペルセポネーを失い悲しみにくれながら愛娘を
探し続け、一睡もできないいる
豊穣の女神デメテルを癒そうと眠りの神ヒュプノスは
睡眠効果のあるポピーの実をデメテルい与えた。
それを口にしたデメテルは眠りに就くことができた。

その神話に由来して、ポピーの花言葉に「癒し・なぐさめ」という
花言葉が付けられたという。

ちなみに、豊穣の女神デメテルはペルセポネーを取り戻すことができて、
地上の大飢饉もなくなり、地は再び豊穣と実りを取り戻したという。

さて、ポピーのにまつわる東洋の古(いにしえ)の物語は
古代中国の紀元前202年に天下をかけた英雄の最終決戦である
垓下の戦い(がいかのたたかい)である。

古代中国の天下統一を初めて成した秦帝国が滅亡した後、
次の天下の覇者を目指して、
楚軍を率いる項羽と漢軍を率いる劉邦(のちの漢帝国初代皇帝)との間で
楚漢戦争(項羽と劉邦の戦い)繰り広げられたが、
いよいよ最終決着を迎える時が来た。

そして、垓下(がいか)にて、
項羽の楚軍は四方を劉邦の漢軍に包囲された。

項羽は四面四方を包囲する漢軍から夜中、楚歌の大合唱が
聞こえ、項羽は最期を悟る。(これが「四面楚歌」の由来)

それを悟った項羽は最後の宴を行う。
その時、項羽とともにしていた愛人の虞美人と
彼の騅(すい)という愛馬との別れを告げる詩をうたう。

力拔山兮氣蓋世 (力は山を抜き、気は世を蓋う)
時不利兮騅不逝 (時利あらずして騅逝かず)
騅不逝兮可奈何 (騅逝かざるを如何せん)
虞兮虞兮奈若何 (虞や虞や若を如何せん)


意味

私の力は山をも抜き去り、私の気迫は天下を覆うほどだった
しかし時は不利になり、愛馬の騅(すい)も進もうとしない
騅が進もうとしないのはどうしたことか
虞よ、虞美人よお前をどうすればよいのか いやどうしようもない 


と、項羽は愛してきた女である虞美人に最後の思いを
辞世の詩で伝える。

それに対して、虞美人は項羽に次の詩を返す。

漢兵已略地,四方楚歌聲。 (漢兵、已に地を略し 四方は楚歌の聲)
大王意氣盡,賤妾何聊生。 (大王、意気尽きたれば 賎妾何ぞ生を聊んぜん)


意味

漢兵はすでに楚の地を占領して、四方周りは漢軍に囲まれ故郷の楚歌が聞こえてきます
大王様(項羽)の意気が尽き果てたのなら この賤しい私はなんで生きていけましょう


と、虞美人も最期を覚悟し、項羽から渡された剣を使って、
剣舞を舞い終えるとそれの剣で自らの首を付き、
自害したという伝説がある。

そして、虞美人の流した血のあとに翌年美しいヒゲナシ(ポピー)花が咲いた。
または、虞美人の墓に美しく咲いたヒゲナシ(ポピー)があり、それに
ちなみ、ヒゲナシ(ポピー)のことを
虞美人草(グビジンソウ)と呼ぶようにもなった。

ちなみに夏目漱石の
職業作家として執筆した第1作である
小説「虞美人草」というタイトルは
彼がタイトル名がないまま新聞連載のための
小説を構想している時、
近所の神社の祭礼の帰りに植木屋である花を見かけ、
植木屋にその花の名前をたずねると

「虞美人草でさあ」

と返ってきた。それに閃きを感じた
夏目漱石は、その小説のタイトルを
「虞美人草」にしたのであった。


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紫露草(ムラサキツユクサ)の花言葉の「尊敬しているが恋愛ではない」の由来は・・・西宮の自宅近所にて、輝く雫が映える細長い葉の中に咲く青紫の花が見えて

今日は、2017年(平成29年) 5月15日 月曜日

一昨日と昨日、
西宮市の自宅近くにある大阪ガス今津事務所前の
ツツジのある植え込みに、
ひとつだけ、輝く雫が映える細長い葉の中に
青紫の花を咲かす植物が見えた。

ムラサキツユクサ 20170514_074959

ムラサキツユクサ 20170513_162536

ムラサキツユクサ 20170514_074947



それは「紫露草(ムラサキツユクサ)」という花である。
原産地は北アメリカで、17世紀に園芸品種として
欧州に伝わり、日本には明治時代に渡来したようである。


紫露草の学名は「Tradescantia reflexa」で、
「Tradescantia(トラデスカンティア)」は、
英国の植物学者でありまた国王のチャールズ1世の庭師を
務めたJohn Tradescant(ジョン・トラデスカント。1577~1638。)に
由来している。

そして、「reflexa」は強く反り曲がるという意味がある。

「紫露草(ムラサキツユクサ)」は、
同じツユクサ科のツユクサと同じく、
1日花であり、紫色がかって咲いたりするので
「紫露草」という和名がついた。

1日花ということだが、
大阪ガス今津事務所前に
一昨日の土曜日に咲いていた花は翌朝の日曜日には
には萎んでいいたが、同じ茎から花が咲いていた。
ただ、その日の夕刻ごろには既に萎んでしまっていた。

ムラサキツユクサの雄しべに生えている紫色の毛が、
細胞内小器官に様々な生体分子を細胞内で輸送するための
細胞運動である原形質流動の観察に使われる。

さて、この紫露草の花言葉は
「尊敬しているが恋愛ではない」で花言葉としては
長い花言葉である。
それを英語で表記すると
「esteem not love」で、その由来は
ムラサキツユクサの青い花色が聖母マリアの衣服と同じ色で、
聖母には恋心抱いて慕うというよりは敬意を抱くという意味だろう。







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