言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
語源、雑学など、時事ネタなど。また、楽習社とは私の脳内にある架空の企業です。所属組織や職業が変わろうとも、生涯、理系・文系を多様な知を楽習(がくしゅう)して、生きていきたいので、架空企業名を勤務先にしています。それを退職する時は私の人生が終焉する時です。.当ブログ各記事に誘うための目次専用ペ ージはカテゴリートップにあります。PCページは画面左サイドに、スマホ画面からは下のマークの真ん中からカテゴリーにいくことができます

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生命が地上で生存可能になったのは、地球の奥深くの内部の「外核」という層の活動のお陰・・・生命を害する太陽風から命を守る地磁場発生の仕組み

地球上の地上には人類を含め
幾数多の種類の生物が存在している。

さて、地球上の生命誕生の歴史の中で、
地上に生命が存在できるようになったことと
地球の中心部にある外核と呼ばれる層が
深く関係しているとされている。
それはどういうことか?

その説明に入る前に、
どうして、生命が地上に存在できるように
なったのか?

生命は海の中で誕生したが、
ある理由により、地上に出てくることが
できなかった。

その理由とは、太陽から放出される
太陽風である。
太陽活動で放出される太陽風は、
ガンマ線、荷電粒子などの
非常に大きな放射線エネルギーが
あり、それを生命が直接被れば
生物を組織する物質の
化学結合の切断を起こし
大きな悪影響を与える。

そのような生命に甚大な悪影響を与える
太陽風
が地球誕生してから今から
27億年前までは、直接地球上の
地上に注がれていて、
生命が地上やまた太陽風が降り注ぐ
浅い海などには生命が存在することは
困難だった。

さて、27億年前に
地球に何かの出来事が発生したと
見られている。

それはその時に地球に磁場が発生したと
考えられていることである。

地球の北極と南極を両極とする磁場が
発生している。
フレミングの左手の法則というものがあるが、
中指、人差し指、親指をそれぞれ直角方向に立てて、
 中指=電流
 人差し指=磁場
とすれば、親指=力の向き(ローレンツ力)と
物理の時間で習ったと思うが、
その法則が地球の磁場と太陽風の関係に
かかわってくるのである。

さて、生命に悪影響を及ぼす
荷電粒子がある太陽風が地球に差し掛かった時、
北極と南極を両極とする地球の磁場により、
プラスの電荷は
磁界により右向きのローレンツ力を受け、
右に曲がり
マイナスの電荷は
磁界により左向きのローレンツ力を受け、
左に曲がり、地球の磁場の
磁力線と同じ軌跡で運動するようになり、
地球の表面に、生命に悪影響をおよぼす
太陽風が直撃しなくなった。
そうすることで、生命は浅い海で光合成などの
活動をして、やがて、地上にも現れることが
可能になったのだ。

さて、その地球の磁場を生み出しているのは
どうやら地球の中心部にある外核という層の
活動が原因らしい。

この外核では、鉄やニッケルが溶けた液体になっていて、
その溶けた物質が、地球の自転および、
お風呂のお湯の対流と同様に
高温の内核(外核よりのさらに地球中心部の層)によって熱せられて上へ、
上に行って冷やされると下へと移動する対流活動が発生する。
その動きが地球内部の磁力線を横切って運動すると、
電流が発生し、その電流が磁場をさらに強化する。
これを繰り返すことによって、地球全体に広がる
巨大な磁場が発生したと考えられている。

まあ、生命を太陽風から守る地磁気が作られたのは、
地球内部の外核の活動に由来していると考えられているのだ。

我々人類が、いかにして、生存できるようになってきたのか
その理由のひとつに地球内部の外核の活動という
地下の奥深い部分が関係していることに
存在条件に関係性のつながりの奥深さを思うのである。


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テーマ:自然科学 - ジャンル:学問・文化・芸術


有名人のプライベートな不倫をマスコミと世間がバッシングするが、配偶者の浮気容認の夫婦もあり、夫婦のあり方は多様である。現在の未婚男の私は、もし結婚しても、妻の浮気は条件付きで容認する考えである

今日は、2017年(平成29年) 9月9日 土曜日

現在、私は44歳の未婚独身で長年にわたり
特定の異性との交際のない私であるが、
昨今、マスコミが芸能人や政治家などの著名人の
不倫について報道して、それについて、
当事者でない世間が糾弾するという
この日本社会を覆う空気に恐ろしさを感じている。

それは、夫婦のあり方は夫婦それぞれ、
大人の色恋沙汰は当事者間で対処すればいいだけの
ことであり、私生活というプライベートな領域も
土足のように踏み込み介入することへの危惧を
感じるからである。

配偶者の不倫・浮気が絶対に容認できず
夫婦関係や家庭が崩壊して離婚に至るケースも
多々あると思うが、
配偶者の浮気を容認している夫婦もあり、
そのように夫婦のあり方は夫婦それぞれで
個性やスタイルがあるのに、
それを一元的な倫理という名のもとに
暴力的に多様な夫婦のあり方を抑圧する
ことになりかねないかと思ったりするからである。
不倫バッシング報道されている方が
その配偶者がもしかしたら夫婦のあり方で
別に浮気されてもかまわないと思っている場合も
あるかもしれない。
そうそうであるかないかはその夫婦でしかわからない場合もあり、
その夫婦では、
絶対に不倫は許されないはずだと決め付けてしまうのも
どうかなあと思ってしまう。

配偶者の浮気容認発言をした有名人に
歌手で女優の中島美嘉さんがいる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「浮気されてもいい」中島美嘉の発言に視聴者も共感!?
(ライブドアニュース シネマトゥデイ  2017年4月13日 19時36分)


 歌手で女優の中島美嘉(34)が9日に放送されたバラエティー番組
「行列のできる法律相談所」(日本テレビ系)で浮気を容認する発言し
、ネットで話題になっている。

(中略)

共演者から「(『夫の」清水選手は)モテますよ~」と心配されると、
「モテて結構です。浮気をしてくれても結構です。一番がわたしであれば」と動じず、
「遠距離している以上、それは信じて諦めるしかないので」と自身の結婚観を語った。
万が一、浮気の証拠を見つけてしまったとしても、
「何も聞かずに(ほっておく)」という。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ということだった。
ネット上で見た妻が夫の浮気を容認する事例の記事を引用してみると、

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
全然OK!!私が夫の浮気を容認している理由3つ
(タイケン団 〜レビュー・体験談を紹介するWEBメディア 
 2017年5月31日)


27歳女性。自営業。
はじめて彼氏ができた中学生のころから、男性が途切れたことがなく、
25歳のころに同じようなプレイボーイの現旦那と結婚。
家事とイラストレーターの仕事を両立させながら
美味しい食べ物とお酒を巡る日々を過ごす愛猫家。

夫の浮気を容認している理由1.おたがいに許して浮気を楽しんでいる

私と旦那は元々比較的異性からモテるタイプで、
いわゆるプレイボーイとプレイガールでした。
それは結婚してからも変わらず、籍を入れる際に2人で話し合って
「異性とのデートは家庭に支障をきたさなければ、おたがい容認する」
という約束をしています。

(中略)

彼がモテるのはつき合う前から分かっていたことなので、
いまさら目くじらを立てて気にしたり、束縛したりするなんて
ナンセンスだと思いますし、旦那もいい気はしないと思います。

(中略)

家族でしか埋まらないものや結婚相手でしか埋まらないものがあるように、
「異性の友だちや浮気相手でしか埋まらないものもある」という考え方もあるでしょう。
なので、私自身も浮気をするのに、
とやかく言われたくないからこそ旦那の浮気を許しています。

(中略)

夫の浮気を容認している理由2.結局は私のところに帰ってきてくれる信頼がある

事実私たちは、おたがいの浮気を容認しているからこそ、
仕事や家庭のストレスをほかのところで発散することができています。
だからこそ家に帰ってきたときに、おたがいを大切にし合える心の余裕があるのです。

(中略)

私が1番愛しているのは旦那で、旦那もそれは変わらないという信頼関係があるからこそ、
おたがいの浮気の容認というものが成り立つのです。

夫の浮気を容認している理由3.私だけで満足できないこともある

(中略)

旦那の周りには私より綺麗な女性がいたりするでしょうし、
私では与えられない癒しを与えてくれる女性もいるでしょう。
彼女たちに癒されることで旦那が穏やかに家に帰ってきてくれて、
2人でいるときは仲良く楽しく過ごしていければ、私はそれが1番だと思います。
夫婦といってもそれぞれの道を歩んできた別々の人間です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

とこの事例のように、夫婦互いに浮気を容認していて、
うまく行っている夫婦もあるのだ。

それぞれの夫婦当事者間の浮気・不倫に対する価値観は様々にありえるのだ。
それなにの、「その夫婦間では浮気・不倫は絶対許されないはずだ」と
当然のように決め付けて報道するのはいかがなものかなと感じる。

さて、私は44歳の異性にモテナイ未婚のワーキングプア生活を
続けている男であるが、もし、今後、結婚することがあるとして、
(現実的になさそで、生涯未婚のまま終わりそうだが)
妻の浮気は条件付きで容認する考えである。

その条件とは、まずは
「浮気をしてくれても結構です。一番がわたしであれば」
と女優の中島美嘉さんが言っていた内容と同じである。

私を最優先に満たして欲しい時、妻と時間と行動をともにしたい時は
浮気相手よりは最優先にしてもらえること。

他の条件としては、浮気相手に結婚している人を選ばない。
それは、相手の夫婦関係や家族関係を崩壊させる恐れと
民事的な損害賠償リスクを負うからである。

他には、浮気相手との性行為はしてもいいが、避妊をすること。
(妻の浮気相手が男性ではなく、女性の同性愛であれば心配はないが)

浮気相手に、自分が既婚者であり夫がいることをきちんと告知すること。

以上の条件を守ってもらえれば、結婚相手の妻となる方に
浮気はしてもいいとは考える。

浮気相手によって、私だけでは満足させられない妻の欲求が満たされ、
その妻が私の満たしたいことをしてくれれば、
その私はその妻の浮気相手に感謝するだろう。

もし、妻の中で、私よりも浮気相手のほうの重要度が高まってしまえば、
私の力不足ということで、離婚されても仕方ないかなと思っている。

そして、私が妻の浮気を容認するのと同じことを妻から私に認めて欲しいとは
言わないつもりである。

以上が、もし、結婚することがあるとすれば、妻の浮気は別にいいよと
思うことである。

私のような結婚観を抱く人間もいて、また、配偶者の浮気を容認する
夫婦もあり、夫婦のありかたそれぞれなので、
マスコミが一刀両断に、浮気・不倫=絶対に許されるべきでないことと
決め付けるのは、夫婦のあり方の多様性を否定するようで
気持ち悪く感じる。


政治家・芸能人などの不倫報道をマスコミが大きく報道する意義はあるのだろうか?・・ベッキー騒動以降増える不倫報道、ちなみにフランスの大統領の愛人報道についてフランス人の反応は大人の反応を示している





テーマ:思うこと - ジャンル:学問・文化・芸術


かつての同級生の訃報(享年43歳)を知り・・・ほぼ思い出すこともなくなってしまった方々と時間を共有できたことに謝意を抱く

今日は、2017年(平成29年) 5月24日 水曜日

昨日、故郷の実家の母から
LINEで、私のかつての同級生が
享年43歳で他界した知らせが届いた。
それを知り、故郷の友人にLINEから
他界した彼は食道癌で亡くなったようである。

また、もうながらく、
その彼のことを思い出すことはなかったが、
いざ、訃報を知ると、

その彼とは小学生の時に、
同じ地域だったということもあり、
地域の子ども会の行事で一緒にいたり、
また、1回、彼の家に遊びに行ったこともあったりと
彼とともに過ごした脳内に保存されていた
記憶が次々と蘇ってきた。

それは、今から約30年から35年前くらいの時である。
そのときは、私ももちろん本人も
43歳で人生が終える運命だったとは
全く想像さえできなかっただろう。

彼の訃報を知り、
ほぼ思い出すことがなくなっていた人たちとの
交わり、時間を共有できてきたことのありがたみを
思うのである。

そのように、私が小さきころに
時間をともにしていただいた享年43歳で他界した
彼に謝意の気持ちを抱く。


このブログ内の関連記事

以下のリンク記事は、直接、亡くなった彼とは関係ないですが、
その記事中の

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

当時7歳の小学生1年生の私はこの時の午後3時前か4時前かのニュースを
仙台から遠く離れた和歌山県御坊市で、
友人宅で見ていた記憶がある。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

の「友人宅」とは、43歳で亡くなった彼の自宅のことです。

大嵐のホワイトクリスマス・・・・1980年(昭和55年)12月24日 仙台

テーマ:思うこと - ジャンル:学問・文化・芸術


人生の因果の不思議さ・・・日常の何気ない出来事のそもそものきっかけは10年以上前の大きな出来事であったり、自分以外の誰かが存在していることに由来したりする

今日は、2017年(平成29年) 5月22日 月曜日

一昨日、午前中
約2ヶ月に1回行く散髪のため
西宮市の自宅から大阪市東淀川区上新庄に
行った。

散髪に行くまでに、
上新庄駅前のミスタードーナッツで、
土曜日の朝に8時05分から
NHKラジオ第一で放送される
耳で聴く短編小説ラジオ文芸館を
聴くのが慣わしとなっている。

一昨日は帚木 蓬生(ははきぎ・ほうせい)作の
「かがやく」であった。
これは、2015年9月5日放送のアンコール放送であった。
私もこれを聴くのは2回目であったが、
前回放送されたその日は、一昨日と同じく、
散髪前に
上新庄駅前のミスタードーナッツで
過ごしていて、「かがやく」を聴いていたのだ。

2回とも同じ場所でそれを聴くことになったのだ。

ふと、そのような何気ない約2年またぎの出来事が
私の日常のひとコマに生じたのかと振り返ると、

そのきっかけは、22年前の
平成7年1月17日に発生した阪神淡路大震災により
西宮市の下宿屋が居住不能となり、
また、西宮市内は大地震でライフラインが機能停止して、
どこかに引越しを余儀なくされたことにある。

さて、どうして大阪市の上新庄にしたのか。
それは、私の兄が大学生の時に、
上新庄に下宿していていて、その時は、
兄は既に卒業していて、上新庄にいなかったが、
ふと大阪で引越し先として思い浮かぶのは
かつて兄が過ごしていた上新庄であったのだ。

また、その時、親しくしていただいた男性が
上新庄に居住していて、引越し先探しと
保証金の立替えをしてもらったりした。

そこで、上新庄の住むこととなり、
そこで通い始めた美容室にて、
平成8年10月に上新庄を離れて、
西宮に戻っても22年、
その上新庄の美容室に散髪のため
通っている。

2ヶ月に1度行く、
上新庄のミスタードーナッツにて、
ラジオ文芸館の同じ短編小説を
平成27年5月20日に聴くという
何気ない光景は、
阪神淡路大震災という22年前の出来事と
私の兄がたまたまかつて上新庄に下宿
していたことに由来している。
何気ない日常の光景が、
10年以上前の何かの大きな出来事や
自分の以外の誰かが存在していることが
もともとのきっかけになっているという
因果の不思議さを感じるのである。


ちなみに一昨日聴いた「かがやく」について、前回聴いた時にブログで紹介しています。
「かがやく」(帚木蓬生 作 )を耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館で聴いて・・・・人間は自分が得意として輝いている時のことに関心を持ってもらえることに喜びを感じるのだ

このブログ内の関連記事

私が上新庄で通う美容室は、ある有名お笑い芸人がかつてアルバイトをしていた店です。
大阪市上新庄の美容室にて、「オカムラ君、店にこの前来たよ」という店主の発言を耳にして・・・えっ、あの有名人が?

テーマ:思うこと - ジャンル:学問・文化・芸術


今日で44歳になるが、生活の糧のための仕事をしつつ、楽習社の業務として、50歳までは「日本語をはじめとする言語について」と「素粒子物理学」の理解を深める人生を送りたいと思う

今日は、2017年(平成29年)5月16日 火曜日

今日で、私は満44歳になる。
このごろは私が生まれた日に実家の両親に
私を生み育てていただいた謝意の手紙を送っている。

まあ、よう44歳まで生きてこれたなあと
ふと思う。

そのような感覚は5年前に14年勤務していた
小さなシンクタンクを福島原発事故の影響で
失業してから、職を転々とする年月を送るようになり
よりそう思うようになったが、
かといって、自分の人生を悲観も楽観もしていない。

このブログの
「言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~」
を平成17年(2005年)11月2日から10年間毎日アップしつづけ、
その後は週1回+αのペースでアップを続けてきて、自分が赴くまま
知りたいと思い調べたことや思うことを書き続けているという
楽しみがあるから、職業的に不安定人生だが、
自分の人生を悲観も楽観もしていなのだろうと思う。

このブログのタイトルの下に

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

語源や考えたこと、お気に入りの歌や発想法、雑学など、政治経済社会の時事ネタも
書いたりしています。また、楽習社とは私の脳内にある架空の企業です。
現実世界での所属組織や職業が変わろうとも、生涯、理系・文系を問わず、
古今東西の学問を楽習(がくしゅう)して、生きていきたいので、
架空の企業名を勤務先にしています。その会社を退職する時は私の人生が終焉する時です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

と、私がこのブログを続ける思いをつづっている。
今は、生活のために派遣社員として、また飲食店でバイトしつつ、
自分がやりたいと思う仕事ではない業務に従事をしながら
仕事以外の時間でできるときには様々な本を読み、
それなどから知ったことからブログを書いたりする人生を
送っているが、そのうえで参考になるような人生を過ごしている方の
事例を2つ取り上げる。

1つ目は、仕事をしながらアメリカの名門大学である
コロンビア大学の学位を12年かけて取得した52歳の男性である。
この方は内戦がひどくなった旧ユーゴスラビアから逃げるようにして
アメリカに移住、コロンビア大学の用務員として職を得た。
はじめは英語さえも話せなかったが、
コロンビア大学では職員に対して無料の講座を開いているのを活用して、
まずは英語の講座を受け、2001年から一般教養課程に入学し、
古典文学を学び始めた。午前中に大学の講義を受講して、
午後から用務員として清掃の仕事などをこなし、
23時に仕事が終わった後、自宅で自習をしてきた。
それを12年続け、すべての単位を取得して、学位を得て
卒業できたのだ。

もう2つ目は、11年食堂勤務の傍ら小説を書き続けて、
松本清張賞を受賞した小説家の山口恵以子さんである。

彼女は、漫画家を目指して、高校生の時に賞に応募したが
絵が下手と指摘され断念した。その後早稲田大学を卒業後、
宝飾の会社に正社員として就職するがその会社が3年で倒産。
派遣社員として働き、その後、脚本家を目指して、
松竹シナリオ研究所でドラマの脚本の基になるプロットばかりで
生活は安定しなかった。

生活の安定のため求人広告で見つけた食堂の正社員の仕事に就く。
そのころ彼女の年齢は40代となり、
テレビ局のプロデューサーは自分と同世代で、
「脚本家の芽はない」と年齢と関係がない作家の転向。

食堂で責任のある立場になり、その分、生活に安定し、
余裕が出ると、仕事以外の時間は作家活動に没頭、
毎日午前3時半に起床。仕事後に2~3時間、週2日の休日に8時間、
ケータイ小説などを書き、そして、55歳の時に
松本清張賞を受賞して、作家として芽が出たのだ。

そのように2人の事例から
生活のために仕事をしながら、自分が学びたいこと
書きたいことを書き続けるというのが
私の状況と重なる。

今日で44歳になった私であるが、
50歳まで、「日本語をはじめとする言語について」と
「素粒子物理学」を中心に知見を深める人生を過ごしたいなと思う。

「日本語をはじめとする言語について」は、
自分は日々、日本語という言語を使い、考えたり、話したり、
書いたりしているが、自分がどのような立場であれ、
日本語という言語は必要不可欠な道具である。
その日本語のいろいろな語源や成り立ちや歴史、特徴などを
知って生きたいなと思っている。

「素粒子物理学」は、それにより、
大宇宙の始まりを推察できて、我々人類を成り立たせる
自然の永遠普遍の根本原理のようなものを垣間見ることが
できることに、知れば知るほど、興味が深くなる。
もともと文系の私は数学はあまり強くないが、
それを数学的にきちんと理解できるようになりたいなと
思っている。
これまで、その素粒子物理学において、
量子力学と特殊相対性理論を統合した
ディラック方程式を理解を深めようとしてきたが、
係数に行列があったりして、何度か挑戦しては、
途中で未理解のまま終わってしまうことを繰り返しているが、
何度もしていくうちに徐々に少しずつ理解が深まっている。
ディラック方程式により陽電子という反物質の存在が予言され
発見され、宇宙創成のビックバン理論につながるものである。
50歳までに、それを含めた物理数学を理解を深めたいと
思っている。

生活の糧のための仕事をしながら、楽習社の作業として、
50歳までに
日本語をはじめとする言語について」と
「素粒子物理学」の理解を深める人生を送りたいと
思っている。





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