言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
語源や考えたこと、お気に入りの歌や発想法、雑学など、政治経済社会の時事ネタも書いたりしています。また、楽習社とは私の脳内にある架空の企業です。現実世界での所属組織や職業が変わろうとも、生涯、理系・文系を問わず、古今東西の学問を楽習(がくしゅう)して、生きていきたいので、架空の企業名を勤務先にしています。その会社を退職する時は私の人生が終焉する時です。.

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中島みゆきの名曲「糸」の歌詞から、「みずから(自ら)」の意図と自然の「おのずから(自ずから)」の作用が織り成す人生を思う・・「結婚することになりました」という表現が意味するもの

今日は、2017年(平成29年) 3月19日 日曜日

中島みゆきが作詞・作曲した曲で
「糸」という曲がある。

1番の歌詞で

なぜ めぐり逢うのかを
私たちは なにも知らない
いつ めぐり逢うのかを
私たちは いつも知らない
どこにいたの 生きてきたの
遠い空の下 ふたつの物語

縦の糸はあなた 横の糸は私
織りなす布は いつか誰かを
暖めうるかもしれない

とある。この歌詞から
ふと、竹内整一の著書

やまと言葉で哲学する
 ~「おのずから」と「みずから」のあわいで~

と思い出した。

日本人が結婚報告する場合の表現で

「結婚します」と言うよりも

「結婚することになりました」

と「~なりました」

と、自分の意図以外の作用が働いて、
そうなったような意味を含むような表現をする。

みずから(自ら)の意図や努力をしながらも
みずからの(自ら)の作用以外の
自然のおのずから(自ずから)の作用が働きにより、
意図したことが達成できなかったり、できたりする。

自らの意図以外の自然の作用が働いくという感性・世界観が
「結婚することになりました」

という「~なりました」に表現されているようである。

そのようなことを
中島みゆきの「糸」の歌詞の

♪~なぜ めぐり逢うのかを
私たちは なにも知らない
いつ めぐり逢うのかを
私たちは いつも知らない~♪

という部分から、自らの意図を超える
自然のおのずからの作用が働き、
出逢いが生じ、結ばれたりするということが
重なるのである。

みずから(自ら)の意図(糸)と
自然のおのずからの(自ずから)の作用という糸が
結び合って、人生のその時々の出来事が
織り成されていると思うのである。

中島みゆき「糸」
https://www.youtube.com/watch?v=haubodw4lVg


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スマホゲームのガチャ課金に表現される日本社会の伝統思考である「偶然性の受容」




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生真面目さによる 視野狭窄が招いた悲劇的な事故かもしれない・・・埼玉県、トラック衝突巻き添えで母親が死亡した事故から思うこと

今日は、2017年(平成29年) 2月12日 日曜日

これは生真面目さによる視野狭窄が招いた
悲劇的な事故ではなかろうか?被害者にとっても
意図せず加害者になってしまった運転手にとっても。

それは、埼玉県で発生したトラック衝突事故の
巻き添えで母子のうち母親が死亡した事故である。

事故を起こしてしまった28歳のアルバイトの男性は
業務でいつも利用している道が交通渋滞になってしまったので、
初めて利用する迂回路をスマホのナビを見ながら運転していたら
赤信号を見落として、他のトラックと衝突して、
衝突したはずみで歩道を歩いていて母親を死亡させてしまった。


もしかしら、事故を起こしてしまった運転手は、
いつもの道が渋滞になってしまって、
時間通り業務をこなさなくてはいけない、
業務を滞らせてはいけないという

勤務する会社の業務遂行に忠実であろうと
生真面目さに故に、迂回路の初めて使う道を通って
行こうとしたのかもしれない。
滞らせずに業務の遂行を果たすという
生真面目さ故に視野が狭くなり
安全運行・前方注意という意識の欠落を
招いてしまったのかもしれない。

その渋滞が発生していなければ、
被害者も加害者も不幸な事態になっていなかっただろう。

いや、渋滞が発生していたとしても、
運転手やまたその会社のカルチャーに
「渋滞につかまってしまって、仕事遅れてもうたら
仕方ないわ。あははははは」という
おおらかさが普段からあれば、
このような不幸な事故は発生していなかったかもしれない。


テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術


学校がそんなに絶対的なところなのか?権力は個人の幸福追求をそんなに妨害したいのか?「アイドル活動の娘を中学校に通わせず 母親を書類送検」というニュースより、近代自由思想の「愚行権」と日本国憲法第13条を思う

今日は、2017年(平成29年) 1月20日 金曜日

学校がそんなに絶対的なところなのか?
これは権力の横暴ではないか?
権力は個人の幸福追求をそんなに妨害したいのか?

と思ったニュースがあった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
アイドル活動の娘を中学校に通わせず 母親を書類送検
(NHKニュース 2017年1月18日 16時28分)

アイドル活動をしている娘を中学校に通わせず、教育委員会の指導にも応じなかったとして、
44歳の母親が学校教育法違反の疑いで書類送検されました。
母親は「芸能活動を優先させてやりたかった」と話しているということです。

(中略)

娘はライブやインターネットへの動画の投稿などでアイドル活動をしていて、
母親は「娘が学校に行きたくないと言うので、芸能活動を優先させてやりたかった」と
話しているということです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私はこの母親はとても立派だと思う一方で、
教育委員会と警察の杓子定規ぶりというか、
特に教育委員会の自らの不登校の生徒に学校の魅力を
示すことが出来ないという無能を反省せず、
警察検察の権力を使って
母親を犯罪者にしようとする強権的な振る舞いに
驕りを感じ腹が立った。

このアイドル活動に夢中の女子生徒を無理やり学校に行かせても
つまらなく感じる授業に居眠りをするか
授業中におしゃべりをして授業の妨害をすることになりそうだ。
また、同じ不登校状態の生徒でも、
家でひきこもって自らの可能性を閉じ込めているよりは
自分の可能性を開こうとしてアイドル活動という場に
生きがいを感じて活発に活動している方がよほど健全だと思う。
そんなことも教育委員会の頭の固い役人気質のどうしようもない
輩には考えつかなかったのだろう。

そして、義務教育を15歳までに終わらせるということは
絶対的なのか?
その年齢に時に、中学校に行きたくないと思っても、
20歳を超えて、義務教育を受けることができるような
夜間中学のような仕組みを作ればいいじゃないかと思ったりする。

今回のニュース報道を読むと、
この中学生の母親が学校に無理やりいやがって行かせるよりも
アイドル活動で活き活きしている方が幸せに見えたのではなかろうか?

そのような幸せに見える娘の振る舞いを理解しようとした
母親を犯罪者にしてしまおうとする国家権力のなんと恐ろしいことよ。

権力の濫用を阻止して国民の権利を守るために憲法なるものがあるが、


日本国憲法第13条に

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する
国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、
立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

とある。公共の福祉に反しない限りというのは、他人の人権を侵害しないという
意味だ。

ただ学校に行かないというだけで、嫌いな学校よりも
生きがいを感じるアイドル活動をする娘とその娘を理解して学校に
無理に行かせようとしなかった母親の行動が誰かの人権を侵害したり
しているのだろうか?

学校に行くことに幸福を見出せず、学校に行くことよりも
アイドル活動に生きがいを感じている娘とそれを理解する母親は
その親子なりの幸せのかたちを試行錯誤して追い求めていたのではないか?

つまり、この親子にとっては、学校に無理しても通うことに
幸福追求の価値を見出せなかったということかもしれない。

それなのに、学校に行くことに幸福追求の価値や魅力があることを示せないという
教育委員会が自らのその無能さを省みず、警察権力と使って
その母親を犯罪者に仕立て上げようとするのはなにごとか!!!
けしからん!!!
このニュースを読んだ時、怒り沸騰したわ!

まあ、この親子の振る舞いを愚かだと思う人もいるだろう。
そのように思うのも人それぞれで自由であるが、
愚かな行いをするのも他人の権利を侵害しない限りは良いという
「愚行権」という概念を提示したのが、
イギリスの哲学者ジョン・スチュアート・ミル(1806年~1873年)である。
彼が1859年に発表した「自由論」の中で、「愚行権」が提唱されている。

この「愚行権」の思想と同様のものとして
日本国憲法第13条の幸福追求権があるのだ。

この愚行権は、近代国家の憲法の本義の、
政府の権力濫用を防ぐことで
国民の基本的人権を守るという意味でも
重要な概念だと思っているが、
そのような観点からも、
不登校でアイドル活動をしていた娘に理解を示した母親を
罰金という財産権の侵害という基本的人権を侵害する
可能性がある刑事告発をした教育委員会の輩は
近代自由思想の教養のかけらもない野蛮人だと思った。


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ホテルで乱交パーティをした自衛官夫婦を公然わいせつで逮捕したことは憲法違反で、重大な人権侵害である・・・イギリスの哲学者ジョン・スチュアート・ミルの「愚行権」をマスコミ関係者はどれだけ知っているのだろうか。

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日本の高校生の科学の成績良好だが好奇心は低いという現状とノーベル賞の大隅教授の「科学を役立つためのものではなく、文化として育てて欲しい」という発言より・・・好奇心に基づく探究心を育むことが長期的に役立つものを豊かに生み出す社会にする

今日は、2016年(平成28年)12月11日 日曜日

今年のノーベル医学生理学賞を受賞した
大隅良典栄誉教授が受賞式に先立ち
ストックホルムにあるカロリンスカ研究所の大ホールで
行われた記念講演で大隅教授は次のように語った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ノーベル医学・生理学賞の大隅さんが記念講演
NHKニュース2016年12月8日 5時08分


「私の研究は、細胞の中の仕組みを解明したいという純粋な好奇心によって続けられてきたが、
今や生物学において主要な分野になっている。科学を何かに役立てるためのものではなく、
文化としてとらえ、育んでくれる社会になってほしい」と訴え

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

科学を役立てるというよりも文化として育んで欲しい
という大隅教授の主張に私は強く共感する。

現在43歳の私はもともと文系学部の出身で、
仕事も理系のこことはほぼ無縁の状況であるが、
ここ数年、量子力学から素粒子物理学に興味を抱き、
それに関する著書をいろいろ買って、読み返している。

原子よりも小さな世界の力学が宇宙の成り立ち、
また人類の存在条件に強く関わっているということを知り
より好奇心をかきたてられている。

大隅教授は昨今の日本の科学研究のめぐり、
「役に立つという言葉がとっても社会を駄目にしている」と
すぐに役立つものという短期に実用性の成果を求める
風潮に危惧を抱いている。

さらに私がその大隅教授の一連の発言を思い出すニュースが
最近あった。それは以下のニュースである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
国際学力調査 科学の学力トップクラスも意欲に課題
NHKニュース2016年112月7日 4時46分


OECD=経済協力開発機構は世界の15歳の子どもを対象に科学と数学、
それに読解力を測定する調査を実施し、日本の高校1年生の科学の成績は
参加国中2位とトップクラスでした。

参加した日本の子どもたちに「科学の楽しさ」について聞くと、
「科学の本を読むのが好きだ」と答えたのは35%で、
OECDの平均より17ポイント低くなりました。
また、「科学の知識を得ることなどが楽しい」と答えたのは55%で、
こちらも平均より12ポイント低くなりました。
さらに、これらの結果は10年前と比べていずれも低下するなど、
学ぶ意欲に大きな課題がありました。

一方、「自分の就きたい仕事で役に立つから理科を勉強するのは大切だ」という
設問に対し、「そう思う」と答えたのは61%で、こちらは10年前と比べると
15ポイント高くなっていました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

日本の高校生は科学の成績は高いが、それは
単純に言えば、科学が好きという知的好奇心よりも
就職のためやむを得ず勉強しているということだろうか。

毎年、夏休みのNHKラジオの

子供科学電話相談」に、全国各地の小学生達が
「どうして、だんごむしは汗をかかないの?」など
素朴な好奇心から「知りたい!」という気持ちで
様々な質問をしてくる。

しかし、そのニュースを聞くと、
日本の学校教育環境は子供や青少年が抱く
素朴な知的好奇心を育むというより
やむ得ず学業をさせるという状況になっているのだろうか。

そして、ノーベル賞を受賞する大隅教授
が危惧を抱く
すぐに科学に実利的な成果を求める環境が
子供や青少年に素朴な知的好奇心を育むよりも
いやいや学業をさせられる環境を強いることに
拍車をかけているのかもしれない。

ふと、20世紀の初頭に
相対性理論を世に発表して、それまでの
物理学の時間や空間の概念に革命をもたらした
アインシュタインは、
5歳の時に父親からもらった方位磁石のコンパスが
常に北を指すののを見て、
何もない空間に見えない力が働いていることに不思議を
感じて、自然界の摂理に好奇心を抱いていった。

ちなみに、1905年に
彼が特殊相対性理論を世に発表した時は、
大学の教員ではなく、特許局の役人をしていた時だった。

彼は、自然の摂理に対する幼い時からの好奇心を
どのような立場であっても、それを深い探究に育み
時間や空間、重力に関わる自然の摂理を解明していったのだ。

彼の死後の現代において、
アインシュタインの相対性理論によって
活用されている製品がある。
それはカーナビのGPSである。

相対性理論が発表された時、
将来、GPSという機器にそれが活用されるとは
ほぼ、多くの人々は思わなかっただろう。

自然の摂理を解き明かす基礎研究が
将来、何の技術に活用されるかはわからない。
ただ、知りたいという知的好奇心に基づく探究心が
自然の摂理を解き明かしていくことにつながっていく。
目先の実用性を拙速にめるのではなく、
そのような知的好奇心を育む環境が
長期的に見て、実用性の幅を広げることにつながる
のではなかろうか。


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ノーベル賞受賞の大隅良典氏の「役に立つという言葉がとっても社会を駄目にしている」という発言から・・・・100年以上経って、実用性に活用される基礎研究がある

カーナビと相対性理論・・・GPS用衛星は地上よりも時間が早く進むので、相対性理論に基づく時間の補正が必要

原子爆弾と相対性理論・・・たった1000グラム、たった1グラムで、広島市が破壊され、10万人以上の命が奪われた

ガン治療と相対性理論・・・・動きが早い物質ほど、時間の進みが遅くなる、その原理を活用してガン治療に活用

ガン検診と量子力学・・・量子力学で見出されたプラスの電子がガン検診に活用されている


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学問の進歩とは無知の知の無限ループである・・・学問が進歩するほど「知らないことすら知らなかった」ことに気づき、ソクラテスの言う「知らないということを知っている」無知の知を自覚するのである

今日は、2016年(平成28年)11月27日 日曜日

物理に関する書籍で、
大栗博司氏の「重力とは何か」に
書かれているある一節を読んで、
古代ギリシアの哲学者
ソクラテス(B.C469年頃~B.C399年)の
「無知の知」を思い出した。

「無知の知」とは「知らないということを知っている」
という意味である。

それに関するエピソードは、ソクラテスの弟子の
プラトンの著書「ソクラテスの弁明」で書かれている。

ソクラテスの友人が
デルフォイのアポロン神殿で
「この世で一番賢いのはソクラテスである」という
神託を受けた。それを友人から聞いたソクラテスは
自分のことを賢いと思ったことはなく
次のように自問した。

神は一体、何を意味し、また何事を暗示するのであろうか

ソクラテスはそれについて思案して、ある行動で
その意味について探ろうとして、その行動について、
次のように語っている。

私は賢者の世評のある人々のひとりをたずねた。
(中略)神託に対して反証をあげ、そうしてこれに向い、
「見よ、この人こそ私よりも賢明である。しかるに汝は
至賢であるといった」と主張することが出来るであろう。


そう考え世間で賢いと言われている人々とあって問答をして
いったのであった。ところが実際、そのような賢者と呼ばれる
方々と問答を重ねているうちに次のように考えたのだ。
賢者と呼ばれるある政治家との問答のエピソードについて
こう語った。

彼との対談中に私は、なるほどこの人は多くの人々には賢者に見え、
なかんずく彼自身はそう思い込んでいるが、
しかしその実彼はそうではないという印象を受けた。
(中略)
とにかく俺の方があの男よりは賢明である。なぜといえば、
私達は二人とも、善につていも美についても何も知っていまいと思われるが、
しかし、彼は何も知らないのに、何かを知っていると信じており、
これに反して私は、何も知りもしないが、知っているとも思っていないからである。
されば、私は少なくとも自ら知らぬことを知っているとは思っていないかぎりにおいて、
あの男よりも智慧の上で少しばかり優っているらしく思われる。

とソクラテスは語ったが、他の賢者と称される者たちと問答をしたが、
それと同じ結論だった。つまり、ソクラテスは神託の意味を
「自分は知らないということを知っている無知の知」を自覚している
ということで、最も賢い人間であるとという意味で
最も賢いとされたのだと解釈したのであった。

(ソクラテスの発言は、「ソクラテスの弁明」久保勉訳より)

さて、そのようなソクラテスの「無知の知」を
大栗博司氏の「重力とは何か」に書かれている
次の一節を読んだとき、思い出したのだ。

私たちはそれを知らないことすら知らない。そこまで掘っていって初めて、
その未知の世界に対峙し、いままで問うことすら思いつかなかった謎に
出会うのです。


という部分である。大栗氏は学問の進歩を
洞窟を掘り広げ進めていくことに比喩して、
目の前にある洞窟の岩盤に隠されている未知の世界を
掘り崩して知識は増えるが、ただもっと奥にある
知らない世界に気づかされるというのである。

例えば、
物理学での重力に関する学問の進歩は
万有引力を唱えたニュートン理論によって大きく進歩して、
宇宙の未知の世界についての解明が進み知識が蓄積されて
いったが、それでもニュートン理論で説明できない
現象が観測され、さらに未知のことに人類は気づかされたが、
その新たな未知の謎を解いたのが、
アインシュタインの相対性理論である。

その例は水星の近日点の角度のずれの謎である。
水星の軌道で最も太陽に近づく近日点は
水星以外の周りの惑星の重力の影響でずれが生じるのだのだが、
それが100年で、約574秒ずれる。

そのズレのうち約531秒は
ニュートン方程式の算出により
金星や地球などの他の惑星が
原因だとわかったのだが、
あとの約43秒については算出できず、
新たな未知の謎があらわれたのだ。

そう、ニュートン理論によって知識を得た人類は
宇宙のことの知識を増やしていったが、
未知の新たな謎が遭遇して、
「知らないことすら知らなかった」ことに
気づいたのだ。

その謎に対して、いろいろな回答を科学者たちは
考察して、フランスのルベリエ(1811~1877)
という数学者は、別の新たな未知の惑星によるものだと
いう説を出した。

ルベリエは、天王星の惑星の軌道が
ニュートン理論の計算式よりずれているので、
天王星の外側に未知の惑星があると予言して、
実際に、海王星が発見された。

ただ、ルベリエの水星の軌道に影響を与える
新惑星の存在は見つからなかった。

その水星の近日点のズレの謎を解いたのが
アインシュタインの相対性理論であった。

その約43秒のズレのうち
約7秒は、楕円軌道を運行することによる
質量の変化であった。
これは、特殊相対性理論の運動する物体は質量が
変化するという法則によるもので、
楕円軌道の公転運動で速度が増えることによって
質量が増えて、約7秒のズレが生じると
特殊相対性理論の計算式から導き出された。

さて、残る約36秒は一般相対性理論の
重力の方程式から導かれた。

一般相対性理論において、重力が強いほど
空間に歪みが生じる法則がある。

そう残りの36秒のズレは
太陽の強い重力による空間の歪みによって
もたらされたものであった。

ニュートン理論の進化で
「知らないことすら知らなかった」ことに
気づいた人類は、相対性理論によって
その知らなかったことへの解答を得たが、
アインシュタインの相対性理論によって、
新たな「知らないことすら知らなかった」ことに
気づかされて、ソクラテスの言う「無知の知」を
自覚させられ、まだまだ未知の世界の解明の
取り組んでいるのである。

学問の進歩とは無知の知の無限ループである
と言えるかもしれない。






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