言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
語源、雑学など、時事ネタなど。また、楽習社とは私の脳内にある架空の企業です。所属組織や職業が変わろうとも、生涯、理系・文系を多様な知を楽習(がくしゅう)して、生きていきたいので、架空企業名を勤務先にしています。それを退職する時は私の人生が終焉する時です。.当ブログ各記事に誘うための目次専用ペ ージはカテゴリートップにあります。PCページは画面左サイドに、スマホ画面からは下のマークの真ん中からカテゴリーにいくことができます

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ある夏の定番曲から「平成10年」「平成20年」「平成30年」とわが人生降り返り、10年後を思う・・・平成10年6月3日、ゆずの「夏色」、発売される

今日は、平成30年(2018年)6月3日 日曜日

6月になって
ゆずの「夏色」が発売されたのは
20年前の6月だったよなと思い出した。


ちょうど20年前の今日の
平成10年(1998年)6月3日(水曜日)、
ゆずのメジャーデビューシングルである
「夏色」が発売された日である。


「夏色」は
FM802の1998年6月度の
ヘビーローテーションに選ればれた。

私にとっても
平成10年(1998年)6月は
ひとつの節目だった。

平成8年3月に大学卒業しても
就職せず、別の大学の院に進学しようかと
していたが、願いかなわず、
友人の縁故で小さなシンクタンクに社会人として
初めて就職したのが、平成10年6月であった。

その会社には、
FM802と書かれた縦長のラジオがあり、
それでFM802を耳にしつつ
仕事をしていた。

そのラジオから平成10年中は
よく、ゆずの「夏色」が耳に入ってきた。
「夏色」を聞けば、当時25歳の就職したばかりの
ころを思い出したりする。


さて、そして今から10年前の今日、
つまり、ゆずの「夏色」が発売されて
ちょうど10年経った日の
平成20年(2008年)6月3日(火曜日)に
当ブログ記事にて、

夏色 ~ 1998年6月3日にリリースされた夏の定番となった名曲

と、ゆずの「夏色」発売10周年の日に、
それについて書いたブログ記事をアップしていたのだ。

10年前のことなので、
ふと、そんなブログ記事をアップしたことを忘れていた。

いい曲で、ちょうど10周年記念の日に
アップしたかったのだろうなあと。

その10年前のゆずの「夏色」について書いた
ブログ記事をアップしたころ、
その約3年後に発生した東北沖の超巨大地震による
原発事故の影響で、平成24年に
ゆずの夏色が発売された頃に勤務を始めた会社を失業して、
その後、毎年、職場が転々と変わる人生を過ごすとは
全く想像だにできなかった。

それでも、変わらぬことは
このブログを現在でも最低週1回アップし続けることを
続けていることだ。

さて、これから10年後の
ゆずの「夏色」発売30周年の時、
私が生きているのか、もうこの世に存在しなくなっているかは
わからないが、
もし存命していたら、10年後の6月3日に
何かのブログ記事をアップしたいと思う。
これからの10年どんな人生過ごすだろうなあ。
そんなこと書いていたら
ゆずとは関係なく
渡辺美里の名曲「10years」

♪~あれから10年も この先10年も~♪

という歌詞を思い出した。


ゆず 「夏色」 LIVE Music Video
https://www.youtube.com/watch?v=iwPDNbGzWok


ゆず 「夏色」 PV
http://nicovideo.jp/watch/sm13820911



当ブログでの関連記事

渡辺美里の名曲「10years」について
10years ~ あれから10年も この先10年も 現代は過去と未来の交差点

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「言(こと)」と「事(こと)」・・・・哲学者の長谷川三千子氏の「日本語の哲学へ」より・・・「事(こと)」という意味が先にあり 、そこから「言(こと)」という語の意味を支えている

今日は、2018年(平成30年)5月13日 日曜日

日本語の「言(こと)」という表記や意味について
「事(こと)」に由来しているのではないかと
いうことを、哲学者の長谷川三千子氏が彼女の著書
「日本語の哲学へ」で主張している。

それについて「日本語の哲学へ」の内容を
引用して紹介する。


長谷川三千子氏は
豊田国夫氏の「日本人の言霊思想」のある
調査を引用している。
豊田氏が上代の日本人が言事融即観により
「言」と「事」の意味としてかなり混用
しているのではないかと仮説を立てて、
(「言」を「事」の意味として、
「事」を「言」の意味として表記している)
万葉集などの古代の文献で
「言」と「事」がどのように混用されて
いるか調べた。
しかし、調べてみると混用もあったが
「言」を「言」の意味として、
「事」を「事」の意味として
整然と書き分けられている割合が
想像以上に多かったことを長谷川氏は
紹介している。

豊田国夫氏の「言」と「事」の表記と意味の
割合の調査表を引用すると、


事(表記) 事(意味)⇒24%
言(表記) 言(意味)⇒23%
事(表記) 言(意味)⇒23%
言(表記) 事(意味)⇒ 1%

となる。
47%が「事」は「事」の意味として
「言」は「言」の意味として区別されている。

これについて、長谷川氏は次のように著書で
記述している。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「事」と「言」の表記の「混用」―実は「書き分け」―が
示しているのは、そうした「言霊思想」といったものではありえない。
もしそれを示すのなら、むしろ逆に「言」と書いて「事」をあらわす
例の方が圧倒的に多い、ということになっていたはずである。
いま見た、「事」と「言」との「書き分け」のさまが示しているのは、
ただ端的に「事」が先立っている、という上代の人々の認識であり、
これはつまり、自分たちの「言」という語は「事」の意味にしたがって
生み出されたものである、という自己理解なのである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

つまり、古代の日本人が
何かの「できごと」という「事(こと)」という意味が先にあり、
そこから「言(こと)」という語の意味を支えているというのだ。


長谷川氏は哲学者の和辻哲郎氏(1889年~1960年)が執筆した
「日本語と哲学の問題」から引用している。
その和辻氏の引用文の一部を書き出すと

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「言」のこの特性は、それが本来「こと」の性格として
存するのでないならば、「言」と「事」とが本質的には
同一であるとの前言を覆すことになる。
「こと」が本来「あらわにする」という性格を持ち、
それが「言」として現れるのであるとき、
初めて「言」が本来の「こと」でありつつしかも
それ自身の特性を持つゆえんが理解されるのである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

と和辻氏の文を引用したのを受けて、長谷川氏は
次のように記述している。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

つまり一口に言えば、和辻氏は「言」の特性を「あらわにする」と
いうことの内に認め、そしてそれは、まさしく「事」の特性として
あったものだ、と指摘しているのである。
和辻氏のこの洞察は、「言」と「事」とのむすびつきの核心を
ずばりと言いあてている。
「あらわにする」ということは、「言」の特性であると同時に、
「事」が「言」を生み出すはたらきの根幹でもある。
そしてそれは、「こと」の目立ちととらえ返しの
はたらきによるのである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ということだが、長谷川氏は
「こと」について、
「目立つこと」と「とらえかえす」という機能があり、
それが「こと」を「言」たらめしていると分析している。


長谷川氏は「事」という漢字の字源から
次のような分析をしている。
「事」の字源には、
「すくっと立っている」という様態が
うかがえ、そして、「事」のもともとの字源には
「事」の文字の下側の真ん中の下に突き抜けている線以外に
その右側の方に下に向いた線があり、
それが支える手によって立っている
様態に見えるが、
日本語の「事」の漢字には、その「支える手」によっての
線の部分が無い。

それについて、長谷川氏は次のように記述している。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

日本語の「こと」をあらわす文字として選ばれた「事」においては、
「支える手」というものは完全に無視されている。
そこにはただ、「目立つ」ものとして「自ら生起し」、
屹立する「こと」の姿見られているだけである。
これはまさしく、和辻氏が言っていた
「何人の作為を持たず、何人も左右し得ないこととし」の
「こと」の姿である。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「事」のうちに自らをあらわにする力があり、
何人の作為を持たず、自ら生起し、
自らを「あらわにする」。
その「事」をまっすぐ受けて、「言」が
「言葉」となると古代の日本人が考えていたと
長谷川氏は考察している。



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日本の元号は、暦の世界遺産である!元号廃止論には大反対!・・・・世界の暦の文化多様性は保存されるべきであり、元号抜きでは日本の歴史を語れない

今日は、平成30年(2018年)5月6日 日曜日

平成もあと1年を切り、
来年の5月には新元号になっている。

さて、元号が変わるとなると
グローバルスタンダードの西暦(グレゴリウス暦)と合わず
不便なので、元号廃止論が出てきたりする。

私は、日本の歴史を振り返る道具としての元号の機能性、
また、世界の暦の文化多様性という文脈においても
元号廃止には大反対である。

日本史を習った方なら

「応仁の乱」が西暦1467年に始まったと習っただろう。

さて、その戦乱がどうして「応仁の乱」と言われるのか
理由は単純で、それが始まったのが「応仁元年」だったからだ。
つまり、元号が応仁の時に発生した戦乱であったからだ。

また、鎌倉時代に
中国を支配していたモンゴル帝国の元が日本に侵攻した元寇では
1度目の侵攻は「文永の役」と言われ、
2度目の侵攻は「弘安の役」と言われるが、
それも元号が「文永」と「弘安」の時代に発生したからだ。

また、江戸時代の「天保の大飢饉」は
元号が「天保」の時に発生したから、
その名称がついている。

日本の近代史においては
「明治維新」はまさに元号が「明治」だったからであり、
海外の日本研究者が明治維新について著書を出すときの
タイトルは「The Meiji Restoration 」と「明治」の元号由来の
名称が使用されている。

また、近代日本の歴史で「大正デモクラシー」とあるが、
まさに元号が「大正」に時代に発生した現象であったことに
由来する。

また、元号の名称がつく出来事は政治・社会事象だけでなく
自然現象に関することにもつけられている。

東日本大震災に類似する平安時代の巨大地震である
貞観地震の名の由来は、元号が「貞観」の時代に発生したからであり、
江戸時代中期にに発生した南海トラフ巨大地震である
「宝永地震」とその49日後に発生した富士山大噴火を「宝永の大噴火」と
称するのは元号が「宝永」の時代に発生したからだ。


日本の歴史的大事象を振り返るにあたって、
元号というのは重要な機能を果たしている。

これから100年後、いやさらに後世の日本人が
歴史を振り返るとき、
第2次世界大戦の敗戦とその後の高度経済成長と
日本史で稀な時代であったという意味で
元号が「昭和」の時代をインデックスとして
活用できる。

また、平成も日本経済史的には「平成デフレ」と
経済的には高成長が続いた「昭和」とは全く違う
経済環境の時代とすぐに明確に区別できたりして
元号による区切りが後世の日本人が歴史を振り返るときに
便利だと思う。

日本の歴史を知ることにおいて
元号というのは切っても切り離せないものだ。
それゆえに元号廃止には大反対だ。

それでも、元号廃止派は
キリスト教国に由来する西暦(グレゴリウス暦)が
グローバルスタンダードとなっていて、
日本だけしか通用しない元号表記は不便だから
ということに理由にしたりするが、
元号存続は世界的に見れば
暦の多様性の保持という意味もあると思う、

西暦はキリスト教国由来であるが、
世界の宗教はキリスト教だけではない。

まず、キリスト教発生前から存在する
ユダヤ教では
神が天地を創造した年を元年とするユダヤ暦があり、
現在では、ユダヤ暦5778年。
ユダヤ教徒が大多数のイスラエルでは、
ユダヤ暦が西暦と日付が異なる
祝福の日付は、ユダヤ暦に従い毎年変わる。

イスラム教国ではイスラム暦として
ムハンマドがメッカからメディナに移住(ヒジュラ 聖遷)した年を
元年とするヒジュラ暦やヒジュラ紀元のペルシア暦(イラン暦)があり、
現在は1439年となる。
イスラム教国でも、祝日がイスラム暦がベースになっていたりする。

そして、仏教国に関して言えば、
タイ仏暦(タイ太陽暦)である。
タイ王国では、釈迦が入滅した翌年を紀元とする仏暦を
公式の暦に採用していて、現在は2561年である。

また、台湾では西暦と併用して、中華民国暦という暦が
標準化されている。
台湾は第2次世界大戦後に、中国の国共内戦で敗れた
中国国民党が統治した。
辛亥革命の翌年である西暦1912年に
中華民国が成立したが、中華民国を継承する中国国民党は
台湾で、中華民国が成立した西暦1912年を紀元とする
中華民国暦を採用しているのである。
現在は107年となる。


このように世界ではキリスト教国由来の西暦以外の
様々な多様な暦がある。

グローバル化が進み世界が標準化されていくと
文化多様性が損なわれてしまうのではないかという
議論が、文化帝国主義への批判などの文脈からなされたりする。

キリスト教国由来の西暦しか世界の暦としか認めない、
また、西暦が世界標準化しているので、自国の暦は止めろというのは
まさに文化多様性を破壊する行為である。
私からすれば、英語が世界標準語化しているので、
日本語などの自国の言語を廃止して、英語だけを公用語に
しろと言っているようなものに感じる。

今回、西暦以外の世界の多様な暦を紹介したが、
紀元が定まっていて、
ただ、和暦である元号のように暦の紀元年が
変わってしまうことがない。

そう思うと、日本の元号は世界的に見て
稀な暦と言えるかもしれない。
また、元号は中国が発祥で朝鮮半島やベトナムでも
採用されたが、現在、元号を使用しているのは日本だけである。

そう思うと、日本の元号は暦の世界遺産であると思う!!
そんな世界遺産たる日本の元号を廃止するとはもってのほかである!!!




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水の都を流れる川面に浮かぶ桜の花びらを見て、一首を思いつく・・・・・自ずから(おのずから)と自ら(みずから)の間(はざま)の 合わいのなかでわが行く末を歩んで生きたい

今日は、2018年(平成30年)4月 1日 日曜日

昨日は水の都と称される大阪市内の
オフィスビルの10階の窓から見える
川面に揺らめく桜の花びらが少々
帯状になっているのを見て、
もっと桜が散るころになれば、
その桜の花びらの帯が大きくなり
より花筏(はないかだ)らしくなるな
と思った。

散った桜の花びらが水の上に帯のように
浮かび流れる姿を筏(いかだ)にみたて
「花筏(はないかだ)」と呼ぶ。


そこで一首を思いつく

夕映えの
 川面に揺れる
   花筏
  波風(はぜ)に棹差す
   わが行く末を


夕刻のほのかな陽に照らされる
川面に浮かぶ花筏は
微かな波やそよ風に任せて
流れていく
自分の力ではどうにもならない
自然の自然の自ずから(おのずから)の作用に
身を棹差しながらも
自分の意図による自ら(みずから)の作為により
よりよき流れに進めるように
自ずから(おのずから)と自ら(みずから)の間(はざま)の
合わいのなかで
わが行く末を歩んで生きたい

という思いがあるその一首を思い浮かべた

ちなみに
自ずから(おのずから)と自ら(みずから)にあわい
に関しては当ブログ記事

中島みゆきの名曲「糸」の歌詞から、「みずから(自ら)」の意図と自然の「おのずから(自ずから)」の作用が織り成す人生を思う・・「結婚することになりました」という表現が意味するもの

にも書いているので、ご興味ある方は
そのリンク記事をお目を通していただけば
幸いです。




テーマ:詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など - ジャンル:学問・文化・芸術


アイドルとフアン以上の「ひとりの人」としての心のつながりがあったのだろうなあ・・・ある地下アイドルが10年以上追い続けてくれたフアンの安否がわからず自宅をつきとめ確かめてみたら・・・・単身世帯が増える現代社会における人と人とのつながりとは

今日は、2018年(平成30年)3月21日 水曜日

ツイッターであるツイートに目が止まった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
bakatau8u7
@bakatau8u7
55歳男性(同い年!)が孤独死。葬式は行われず遠い親戚が遺体引き取り。
急にぱったりライブに来なくなった男性を心配した地下アイドルがさまざまな
手段を駆使して自宅を突き止め、近所の人から(!)事情を聞いて、
アイドル主催で彼のお別れ会を開くことに…。現代の寓話ですね。必読。

16:35 - 2018年3月19日

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

と、その地下アイドルとは
有坂愛海(ありさか えみ)さんである。
有坂さんのことは今回のことで私は初めて知ったが、
有坂さんはロリータシンガーソングライターを称していて、
平成19年(2007年)から活動している。

有坂さんのその孤独死したフアンについての
ニュース記事を引用すると

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
55歳ファンが孤独死 心配して自宅を突き止めたアイドル、亡くなったことを知り追悼ライブを開催
( BIGLOBEニュース編集部 2018年3月20日 19時19分)


ファンの間で「おっきゃん」の愛称で知られていた55歳の男性は、
10年間ほとんど全てのライブに来場していた。
しかし、昨年に大動脈乖離の手術を受けることになり入院。
その後、SNSの更新は止まり、ライブにも訪れなくなっていた。

心配していた有坂は、事務所に所属しておらず、
迷惑をかけるメンバーもいないことから、
このファンの会いに行くことを決意。住所や電話番号、メールアドレスなどの
連絡先は知らなかったが、本名を頼りに自宅を突き止めて訪問。
その際、近所の住人から、退院後の昨年8月29日に自宅で
亡くなったと聞いたという。

ファンには家族がなく、葬式も行わなれなかったと知った有坂は、
「みんなで集まって故人の思い出話を話す日がないと、寂しすぎる」と
お別れ会の開催を決定。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

とより詳しく書かれているが、有坂愛海さんの
それについてのブログ記事をところところピックアップする

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
有坂愛海 OFFICIAL BLOG
ファンを亡くした気持ち

2018年03月20日(火) 01時38分31秒

アーティストとファンの関係ってなんなんですかね
十年間思えば毎日のように会っていたのに
家族よりも顔を合わせていて
振返れば電話番号も知らないんです。

思えばいつも会いに来てくれていましたね。
十年前の初めて私の予約出来て来てくれたのは渋谷の歌姫乱舞というイベントで
同じ事務所の違う子のファンだと思っていたのに
「二週間ごとにローテーションしてる」なんてふざけて笑って 
じゃあ今だけ私のターンなんだね、なんて言って
それから殆ど全部のライブに来てくれましたね。十年間。

(中略)

顔を合わせることが当然のようで いつもそこに居るのが当然で
だから手術後来なくなってSNSの更新が止まった時から
みんなで心配して最悪の事態を想像しては打ち消して
ひょっこり顔を出してくれるのを待っていたよ

アーティストとファンの関係ってなんなんですかね
君の旅立ちを知れることもないし
だから、私から、会いに行くことが出来ない
君が、会いに来てくれなくちゃ

(中略)

私は事務所も入ってないし、迷惑をかけるメンバーもいないので
自分の意思でおうちを調べて会いに行きました。
時間がかかったけど。
実際この社会は調べようと思えば調べられるけど
そして私はおっきゃんに愛されてる自信があるから嫌がられないと思ったし
事情が事情だからしたけど
ノーアポで自宅を調べて訪ねて言ったら常識的にダメだよ笑
まねしないでね。

通販とか年賀状とかでファンの個人情報を知る機会もあるけど
でも、おっきゃんに関しては知らなかったんだよね。
あの駅が最寄って言ってたよね、とか昔聞いた本名とか
そんな情報の断片を集めて。

10年分の予約メールのどこかに、電話番号書いてないかなとか
mixiから昔のメアドから10年分全部読むという途方もない作業をして
どんなときも応援されていて本当に何回来てくれたんだろうと思い返した。

(中略)

家で一人亡くなって
会社の人は知るだろうけど
友人とかにも知られずお葬式もなく…っていうのは、悲しすぎるな、と。
なのでお知らせを書いたわけです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ということだが、
このできごと、単なるアーティストとフアンの関係というよりも
「ひとりの人」としての心のつながりというものを感じた。

これが超メジャーな有名アーティストやアイドルであったら
ありえなかっただろうなあと感じた。

いわゆる地下アイドル的で、アーティストとフアンが
小規模なこじんまりした規模だったので、
濃密な関係性が10年という歳月を通じて育まれて
きたのだろうなあと印象を抱く。

有坂さんのブログで記述されていた

アーティストとファンの関係ってなんなんですかね
君の旅立ちを知れることもないし
だから、私から、会いに行くことが出来ない
君が、会いに来てくれなくちゃ

というのが普通の
アーティストとフアンの関係だろうと思うが
10年以上いつもライブに来てくれて
実の家族以上に顔を見る関係の方が
病気の手術以降、行方や安否が定かでなくなり
いても立ってもいられず、
自宅を探して、元気なのかそれとも
を確かめずにはいられなかったのだろうなあと
思えた。

さて、このフアンの方が孤独死したということが
現在の日本がこれからの課題を反映している
事象だと思える。

それに関しても、有坂さんのブログの別記事で

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
有坂愛海 OFFICIAL BLOG
反響ありがとうございます。

2018年03月21日(水) 03時26分

やっぱり大事なファンがまた安否が分からなくなったら
岡山でも福島でも名古屋でも確かめに行くと思う
行かないと気がすまない
お葬式にも行くと思う。
「間に合わなかった」のが悲しい後悔なので
お見舞いとかも行きたいけど、それはどうなんだろうね
みんなで行きましょうかね
お見舞いファンミ笑

でもこういうのは嫌なので 元気で出来たら嫁を作ってくださいね。
嫁というか、生涯独身で一人でも安心して
天国に行ける世の中になればいいのにね


冗談のようにもう誰も孤独死しないようにシェアハウスを
建て老後はそこの管理人をしてみんなで住むぞ、と言ったのは超本気。

ネットニュースの孤独死したファンのーという見出し、
そのとおりで的確な表現なんだけど とても胸が痛いね

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ということで、今回は、孤独死が発覚した後での
追悼会となったが、
ひとりのアーティストを応援するフアンという
共通する思いを抱いたコミュニティや
共通の趣味でつながった方々との
人と人との関係性を深めるというのも
単身世帯が多くなる今後の日本において
価値あるものだと思う。


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