言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
語源、雑学など、時事ネタなど。また、楽習社とは私の脳内にある架空の企業です。所属組織や職業が変わろうとも、生涯、理系・文系を多様な知を楽習(がくしゅう)して、生きていきたいので、架空企業名を勤務先にしています。それを退職する時は私の人生が終焉する時です。.当ブログ各記事に誘うための目次専用ペ ージはカテゴリートップにあります。PCページは画面左サイドに、スマホ画面からは下のマークの真ん中からカテゴリーにいくことができます

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ある仕事が合わないと思い1年しないうちに退職して、転職したら20年以上続いたという事例を聞き・・・辞めずにとりあえず3年続けるべきという考えもありますが

今日は、2018年(平成30年)2月23日 金曜日

昨日のNHKラジオの「マイあさラジオ」にて、
リスナーからの投稿で、

「就職して2年経つが、ミスをし続けて
退職しようと思う」

という主旨の内容が放送され、
その翌日の放送で
それに対する他のリスナーの方たちからの
反響メッセージが紹介された。

そのうちのひとつに

「就職して、その仕事が合わず
1年もしないうちに辞めて、
別に会社に就職して、その会社で
働いてもう20年くらいになる。
人それぞれ合った仕事があるのでは」

という主旨の内容のものがあった。

よく、合わないからといって
すぐ辞めずに3年は続けるべきという
考えがあったりする。
そのような側面もあるが、
その反響メッセージのように
合わないと思ったら辞めて
次の仕事に就職したら20年も続いた
という場合もある。

その仕事が合わからと思っても
すぐには辞めずにとりあえず3年は続けて
考えるのが良いのか、
とっとと見切りをつけて
次の仕事を探してそこに就職した方が
合った仕事で長続きできるのか、
それは一概に言えず、運命の選択としか
言いようがないとしか言えないが、
辞めずに3年は続けるべきという
考えに囚われず、見切りをつけて
次の仕事に転職した方が長続きできる
場合があるというこうこともある事例を
知りいろいろ思うのであった。

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競馬ギャンブルで貯蓄を無くした35歳男が得た配当とは・・・人生運命は摩訶不思議、競馬場にて「遠い空の下 ふたつの物語」が・・・

今日は、2018年(平成30年)2月17日 土曜日

昨日のNHKラジオの「すっぴん」にて、
ある男性のリスナーからの投稿で、

その男性が35歳の時、
社会人になって以来、コツコツ貯めてきた
貯金を何を思ったか、競馬のギャンブルで
全部無くしてしまったという。

しかし、その競馬場で出会った女性と
結婚して、子どもも授かっているという。

今も競馬場に家族でいくことがあるが
馬券を買ったりはしていないという。

その内容について、
出演していた作家の高橋源一郎氏が

「その配当は結婚した奥様ですね」

という主旨のことを語っていた。

その内容を聴いて
ふと、中島みゆきの「糸」の歌詞

なぜ めぐり逢うのかを
私たちは なにも知らない
いつ めぐり逢うのかを
私たちは いつも知らない
どこにいたの 生きてきたの
遠い空の下 ふたつの物語

縦の糸はあなた 横の糸は私
織りなす布は いつか誰かを
暖めうるかもしれない


を思い出した。
全部の貯蓄を競馬ギャンブルですってしまった
その競馬場にて、
お互い遠い空の下でふたつの物語で生きていた
男女が出会い、結婚という糸で結ばれ
互いに運命を織り成す関係になるとは。

運命の人との出会いというのは
摩訶不思議であり、
まさに、事実は小説よりも奇なりである。


このブログ内の関連記事

中島みゆきの名曲「糸」の歌詞から、「みずから(自ら)」の意図と自然の「おのずから(自ずから)」の作用が織り成す人生を思う・・「結婚することになりました」という表現が意味するもの

人の人生の縁、運命の縁というは、目先の結果ではなく、長い目で見ないとわからないことがありますね

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キャシー中島さんがハワイアンキルトの第一人者になるきっかけは、夫の俳優の勝野洋さんの意図的なプチプータロー状態・・・・夫婦のあ り方は様々で、すごい奥さんだと独身男の私は思う

今日は、2018年(平成30年)2月 8日 木曜日

昨日、NHKラジオの「すっぴん」という番組に
ゲストとして、タレントのキャシー中島さんが出演していた。

キャシー中島さんは
ハワイアンキルトの第一人者でもあり
そのキルト教室開催で収入を得たりしているが
そのきっかけが、彼女の夫である
俳優の勝野洋さんの訳ありプチプータロー生活
だったという。

(プチプータローという表現はキャシーさんは使用しておらず
筆者がデフォルメする感じでその表現を使用している)

キャシー中島さんは
勝野さんに惚れ込んで結婚して3人の子どもを
授かったが、そのようななか
勝野さんが映画などの出演依頼があっても
自分が納得できるものではないと
なかなか出演しないという状態が続き
自宅で仕事もせずに庭弄りをしたり
ゆったり読書を楽しんでいたという。

3人の子どもがいる状態で
そのような夫のふるまいにキャシーさんは
収入を気にしたが、
それを気にして夫が納得しない状態で、
俳優の仕事をどんどんするように言っても

「キャシー中島が夫の勝野洋をダメにした」

とも言われたくないといろいろ思い、
自分が既に身につけていたキルトで収入を得ようと
考え、キルト教室を始め、結果的に
ハワイアンキルトの第一人者と称される状態になったという。

勝野さんが出演依頼を断った映画で
別の俳優が出演して活躍している様子について
キャシー中島さんが、勝野さんに

「自分が出ていたらと思って、悔しく思ったりしないの?」

と質問したら

「あの映画は彼が出演することが合っていて良いじゃないの」

と言ったことに対して、キャシーさんは
勝野さんの大きさを感じて、
「まるで宇宙のようだ」という主旨の発言をしていた。

夫婦のあり方は様々で、
世の奥様方全てに、
キャシーさんのように振舞うことを
期待することは禁物である。
ただ、このような夫婦もあり
こんな女性を妻にできた勝野さんは幸せだなあと
独身男の私は思う。

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人生とはいつも死と隣りあわせで、現在、元気で生きていることが奇跡かもしれない・・・・阪神淡路大震災で被災して23年で思うこと

今日は、2018年(平成30年)1月 17日 水曜日

阪神淡路大震災が発生して今日で23年になる。
当時、大学3回生だった私は西宮市の上ヶ原の下宿屋で
被災した。

午前5時46分の地震発生時は起床済みで
机の前の椅子に座っていた。
下宿屋が傾き居住不能になるほどの
激しい揺れを体験したが、
身の危険を感じはしなかった。

下宿屋の傾きは5度から10度の間ぐらいで
あったが居住危険と判断され全壊認定された。

被災後の後片付けに実家から手伝いに
きてくれた父が、
傾いた下宿屋の崩れた外壁の中に見えた
筋交いを見ていた。
すると、材木屋で働いていた父が

「この筋交いが無ければ完全につぶれていたかもな」

とつぶやいた。

阪神淡路大震災で私が通う大学の学生で15名亡くなったが、
そのうち私が知る限りは10名は私の下宿屋があった
おなじ上ヶ原地区で下宿屋の倒壊で亡くなった。

私が大学入学時に完全倒壊した下宿屋を選んで住んでいたら、
そして、実際に住んでいた下宿屋の
耐震性が実際よりの弱かったら
私の人生は平成7年(1995年)1月17日で
終わっていたかもしれない。

そう思うと、人生とはいつも死と隣りあわせで
生きていて、現在も元気に生きていられるのは
奇跡かもしれないと阪神淡路大震災を被災してから
23年の今日に思うのであった。


このブログ内の関連記事

阪神淡路大震災リンク

2006年1月17日の記事  「風化」の語源と「震災」の風化懸念
あれから11年、「風化」が懸念されている

2007年1月17日の記事
地震直後に風呂に水を貯めた人がいた ~阪神・淡路大震災から12年

2008年1月17日の記事
震災時のコミュニケーションの確保 ~ 阪神・淡路大震災から13年 震災時の「赤い伝言カード」

2009年1月17日の記事
大地震による地滑り災害の脅威 ~ 阪神淡路大震災から14年、西宮市仁川の地滑り災害が埋もれた記憶にならないように

2010年1月17日の記事
阪神淡路大震災から15年・・・・被災地の真っただ中にいた私の地震直後の経過と私が見れなかった発生直後の地震報道の経過を振り返る

2012年1月17日の記事
阪神淡路大震災から17年・・・2つの7連覇チームと平成の2つの大震災・・伊勢湾台風から17年後を比べつつ

2013年1月17日の記事
阪神大震災で、実は津波が発生していた!・・・大阪湾断層帯大地震で神戸に5分以内に4mを超す大津波が来襲!!

2014年1月17日の記事
阪神淡路大震災から19年、被災地だった西宮はあの大災害の面影は今はなく・・・・前回の東京五輪は終戦から19年後だったなあ

2015年1月17日の記事
阪神淡路大震災20周年・・・20年で様変わりし、震災の面影なき西宮北口を見ると、東日本大震災での震災遺構保存は記憶の伝承のために必要だと思う


2014年2月13日の記事
私の人生と平成の2つの大震災・・・2月13日は、その2つの大震災の中間日

1月17日のもうひとつの大きな出来事
2011年1月17日の記事
砂漠の嵐作戦が始まったのは、今から20年前の今日の1991年1月17日・・・湾岸戦争開戦


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ネコアレルギーを有する同一を多重人格者が別人格に時には、ネコアレルギーにならずネコと遊べる事例・・・心と身体の関係、心も自然法則のなかに組み込まれているのだろうか

今日は、2017年(平成29年)12月 1日 金曜日


心・感情と身体の疾病の関係性について
いろいろ言われたりするが、
感情と身体の関係について研究している
神経生物学者のキャンディス・パート博士によると、
ある多重人格者のことについてのコメントがあるようで、

その多重人格者がある人格が出ているときには、
ネコアレルギーを発症してそれに苦しみとても
ネコに近づくことはできないが、
同じ人物であっても、それとは別人格が出ているときは
ネコアレルギーは発症せず、何時間でも平気でネコと
遊べるのだというのだ。

多重人格は同一の身体にあるのだが、
物質としての身体は変わりないのに、
人格が異なると身体に出る反応が異なるというのだ。

心の状態が、原子の集合体である身体という物質に
影響を与えることをうかがわせるものである。

心や感情が
自然法則に従う原子の集合体である身体という物質の
状態に作用を及ぼすというのであれば、
心や感情が自然法則のなかに組み込まれる性質と
考えることができるのではないかと思う。