言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
語源や考えたこと、お気に入りの歌や発想法、雑学など、政治経済社会の時事ネタも書いたりしています。また、楽習社とは私の脳内にある架空の企業です。現実世界での所属組織や職業が変わろうとも、生涯、理系・文系を問わず、古今東西の学問を楽習(がくしゅう)して、生きていきたいので、架空の企業名を勤務先にしています。その会社を退職する時は私の人生が終焉する時です。.

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化学、その語源・・・錬金術が化学の発展に果たし、幕末に日本の近代化学発展の礎を築いた人物が中国語を借りて翻訳した

今回は「化学」の語源について説明する。

「化学」は
物質の構成・性質・変換について分子・原子レベルで扱う
自然科学の一分野であるが。

それは、英語の「chemistry」の翻訳であるが、
実は、現在の「化学」に相当する表現は
日本では「化学」よりも先にあった

それは、舎密(せいみ)という表現が用いられていた。
それは、オランダ語で化学を意味する単語「Chemie」を
音写して考案された訳語である。
その翻訳を考えたのは江戸後期の蘭学者である
宇田川榕菴(うだがわ ようあん 1798~1846)である。

宇田川榕菴が生み出した造語には、
「水素」「酸素」「窒素」「炭素」などの元素名、
「酸化」「還元」「分析」という化学用語、
また生物学の用語である「細胞」も彼の造語である。
ちなみにコーヒーの漢字表現の「珈琲」も
彼の造語である。

イングランドの化学者ウィリアム・ヘンリーの
Elements of Experimental Chemistryの
オランダ語版を宇田川榕菴が翻訳した
1837年から「舎密開宗」を
彼の死後の1847年まで出版された。
「開宗」は「もののおおもとを啓発する」の意味である。

それで、その後、しばらくは日本では
舎密(せいみ)が使用されていたが、

「Chemistry」の翻訳として、
既に中国で使用されていた
「化学」という表現に切り替わっていく
原因となった人物として2名あげられる。

一人目は、宇都宮鉱之進
(のちの宇都宮三郎 1834年~1902年)である。

彼は、幕末に幕府開成所(明治時代の東京帝国大学源流組織)の
開成所精錬方(現在の東京大学理学部化学教室の源流)を

中国書の「化学入門」に

重学の力は物性を変せずと雖も
化学の力好く物性を変ずるを以って化学と名づく


という中国で使用されている「化学」の語を
初めて役所名にする進言をし、採用され
それが受け入れられ開成所精錬方が
1865年に開成所化学所と改名され、
日本で初めて、公式に「化学」という表現が
用いられたのであった。

ちなみに宇都宮三郎は明治時代になり、
セメントや、炭酸ソーダ、耐火煉瓦の国産化に尽力する。

さて、もう一人の人物は蘭学者であった
川本幸民(かわもと こうみん 1810年~1871年)である。

川本幸民は、宇都宮鉱之進に
教授手伝として協力してもらっていた。

川本幸民は
ドイツ のシュテックハルトが1846年に出版した
「化学の学校」のオランダ語訳の著書を
1860年に日本語に翻訳して
「万有化学」の書名で出版申請して、
その翌年に「化学新書」として出版された。
これが、日本で最初の化学の名をつけた著述とされる。

ちなみに、川本幸民は
ビール、マッチ、銀板写真機・電信機などを
日本で初めて作った人物とされている。

さて、宇田川榕菴がオランダ語から音写翻訳した
舎密(せいみ)は明治44年(1911年)に
出版された英和辞典にchemistryの訳として
「舎密」の語があったという。
明治時代が終わるころまで舎密は使用されていたようである。

さて、英語の「chemistry」は
もともとは錬金術を意味する「alchemy」に由来する。
その「alchemy」も
オランダ語で化学を意味する単語「Chemie」も
もともとはアラビア語の
「al-kimiya」に由来する。

「al」はアラビア語の定冠詞で、英語でいう「the」に相当する。
ちなみに、アルコール(alcohol)、アルカリ(alkali)も
アラビア語由来である。

「al-kimiya」の「kimiya」については諸説あるが、

エジプト語の黒を意味するchemであると言う説、
または、エジプトの術と言う意味の説。

他には、ギリシャ語で金属鋳造術の意という説があり、
「al-kimiya」は、錬金術という技術そのものという意味で
用いられたようである。

錬金術という金以外の金属から金を作ろうとする
試みは古代ギリシアから行われていて、
その古代ギリシアの錬金術の知識がイスラム圏に
伝わり、「al-kimiya」というアラビア語となり、
それがヨーロッパに伝わり、英語の「chemistry」や
オランダ語の「Chemie」に成っていったのだ。

錬金術の目的であった金の製造という夢は
人類は達成できなかったが、
錬金術の実験の過程で、
硝酸、硫酸、塩酸が発明され、
蒸留の技術が発展して、アルコール度数の高い
蒸留酒は錬金術師達の切磋琢磨の賜物であった。

化学の発展に錬金術が欠かせないものであり、
化学を意味する「chemistry」に錬金術が由来している
のは自然なことであり、
その表現を中国語を借りて、
幕末に日本の近代化学発展の礎を築いた者達が
「化学」という表現を用いて、
現在の日本人が使用しているのである。


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わくわく、その語源・・・・水がわきでるように気持ちがわきでる、明治・大正期まで、「わくわく」は恐怖など否定的な感情表現にも用いられてきた

「あしたの遠足が楽しみでわくわくする」

と言うように、
期待や喜びなどで、心が落ち着かず胸が騒ぐ様子を
「わくわく」するという表現が用いられる。

「わくわく」するの語源は、
水が湧き出る、水が沸くという場合に用いられる
「沸く・湧く」から派生したと推察されている。

その様子を、心から感情がわきでる様子と重ねて、
「わくわく」という表現になったのだろう。

現在では、「わくわく」は期待や楽しみの気持ちが
わきでるという肯定的な感情の表出の意味で用いられているが、
白百合女子大学の中里理子(なかざとみちこ)教授の研究によると、
明治・大正期のころまでは、
「わくわく」の意味が、怖い気持ちがあふれるような場合の
否定的な感情の表出に用いられたり、
また、特に、肯定的・否定的のどちらでもない
中立的な感情の表出にも用いられており、
「わくわく」は、肯定・中立・否定的な感情を包括して
なんらかの感情がわきでる様子を表す表現として用いられた
ようである。

それが「わくわく」が楽しみや期待という肯定的な感情の表出に限定
されてきた背景として次の点を中道教授が上げている。

①わくわくと類義語の「どきどき」との関連で意味が限定されてきた。

②「びくびく」「いらいら」などの否定的な感情表現のオノマトペが方が
肯定的なそれよりも多いので、「わくわく」は肯定的な感情表現で限定
されるようになった。

という分析ですが、
「わくわく」という表現を見ても、
時代とともに意味合いがうつろうのがわかり、
言葉は生き物だと思うのである。


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神経、その語源・・・杉田玄白が翻訳のために編み出した造語・・中国伝統医療→杉田玄白→現代中国近代医療

ヒトを含めた動物などの体内にある情報伝達機能を有する
組織を「神経」というが、この「神経」という表現は、
18世紀の江戸時代に西洋医学の翻訳書である
解体新書を作成した杉田玄白による造語である。

当時の日本ではオランダから西洋医学の知識がもたらされていて、
オランダ語の「zenuw(ゼニュー)」の翻訳として
「神経」という表現が造られた。

さて、どうして、「神経」という表現に訳されたのか。

それは、中国の伝統医療の用語を参考にしたものである。

まず「神経」の「神」には、
気や精神という意味がある。

そして、神経の「経」には、
精神や血の通り道という意味がある。

つまり、気や精神の通り道という意味で
「zenuw(ゼニュー)」の訳語として、
杉田玄白は、「神経」という表現を造語したのだ。

そして、杉田玄白が中国の伝統医療の用語を参考に
造られた「造語」という表現が、
中国の近代医学の用語として、
現代中国で使用されている。

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たくみ(匠・巧)、その語源・・・職人が手を組み合わせて、建て組みをする

優れた高等技術がある工芸職人の方などを「匠(たくみ)」と
言ったりする。

「匠」という漢字を使われるが、
また、際がよく、技術的にすぐれているという意味で、
「巧」という漢字も使用される。

さて、その「たくみ」の語源は、
「手を組む」と書いて、
手組(たくみ)と呼ぶ表現または、
「建て組み(たてくみ)」が変化したものだと
されている。

まあ、職人が手を組み合わせて、
建物を建て組みをするということだろうか。

さて、「匠」という漢字は
「匚(かぎがたのものさし)+斤(おの)」から成り立ち

「匚」は、直角に折れ曲がった形の物差しの差し金を
表している。その「匚」と「斤」が合わさって、
ものさしや刃物を使って細工する意味を表し、
優れた洗練された技術を有する者という意味となった。

また、「巧」という漢字は、
にぎる所のある鑿(のみ)、または差し金を意味する
左側の「工」という文字に、
曲げるという意味を持つ右側の文字を合わせた文字である。

「匠」と「巧」とも大工さんの道具に由来する文字である。

「たくみ」「匠」「巧」は
建物を作る方々の優れた技術から広がったことが
うかがえる。

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スズメ(雀)、その語源・・・・スズメの鳴き声は昔は、「シウシウ」「スス」と発音されていた

街中で、すずめがポンポンポンポンッと
軽快に飛び跳ねながら歩いたりする光景を
よく見かける。

さて、その「スズメ(雀)」の語源は
諸説あるが、
そのうちのひとつにその鳴き声に由来する説がある。

すずめの鳴き声の表現として、
現在では、「チュン、チュン」とか「チュ」と発音することが
多いが、
平安時代から室町時代にかけて、
その鳴き声は「シウシウ」と発音されていた。

つまり、現在の「チュ」と発音する「タ行」ではなく
かつては、「サ行」の発音であった。

さらには、古代には、すずめの鳴き声は
「須須(スス)」と「サ行」の発音で
表記されていたとも言われている。

その「スス」の第二音節が濁音化して、
「スズ」になった。

そして、カモメやツバメのように
群れをなすことを意味する「メ」が接尾について
「スズメ」になったとも考えられている。

さて、スズメの漢字表記は「雀」であるが、
それは、尾が短い鳥を意味する「隹」と
小さいを意味する「少」が合わさった文字であり、
尾の短い小さい鳥ということで、スズメは「雀」と
漢字表記されている。

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