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石野田奈津代「春空 -ハルソラ-」・・・・・桜の花にとって厳しい寒い冬が必要なように、彼女にも冬の時代が必要だったのだろうか
今年の2月くらい FM802で、
透き通った女性の歌声で、
♪〜見上げれば春の空 桜の花びらがにじんでゆく〜♪
とミディアムバラードが聞こえてきて、 良い曲だなと思って調べたら、
 2009年2月14日 NHK公開ライブ より
石野田奈津代が 歌う「春空 -ハルソラ-」であった。
石野田奈津代という歌手の名前は初めて知った。
彼女は1980年4月28日生まれで、 伊豆諸島の神津島出身で、 高校入学ともに東京都心に移り住み、 1999年に現役女子高生ストリートシンガーソングライターとして、 ソニー・ミュージックアソシエイテッドレコーズから「いしのだなつよ」という名義で メジャーデビューしたが、 デビュー後、約2年で契約が打ち切られ、 その後、インディーズで活動することとなった。
2003年にはバンドを組んだりしていたが、 2005年にはアーティスト名を本名の石野田奈津代」として 活動を続けてきた。
そのようにインディーズの活動をしてきた 2007年秋ごろに この「春空―ハルソラ―」を作詞、作曲したという。
そのきっかけは、2人だけで一緒に活動をしていたが、 一緒に活動をしてきたスタッフから 「もっといい歌を作らないと、応援できない」 と言われたことだという。
そこで、 誰かの背中を押してあげられる歌を作ろうと思い、 曲作りに励んだ。 それは、彼女の曲を聴いた方々から 「不登校だったけど学校続けようと思った」 「ずっと格闘家目指して10年ぐらいやってきたけど、励まされた」 とか車椅子を使って生活をしている方から 「がんばろうと思った」など そのようなメッセージが寄せられることがあったからだという。
そして、彼女が作り上げた曲が 「春空 -ハルソラ-」であった。
この曲は、2008年3月5日に インディーズ作品として発売された。
そして、この「春空 -ハルソラ-」で2009年2月11日、 再びメジャーデビューをすることとなった。
この曲を再デビュー曲として選んだ理由は、 ラジオなどでOnAirされた結果、好評で 「そばにいる人を大切にしようと思いました」って 言われることもあったからだそうだ。
歌詞に
♪〜 見上げれば春の空 いつも私を信じてくれたね 今ここにいられるのは 君に巡り会えたから
舞い上がれ空高く 新しい春の空へ
それぞれの道を 歩いていくけど どんな坂道も越えてゆくよ この街の色すべて 君と過ごした日々 ずっとこの胸に抱いて 〜♪
とあるが、この歌詞に触れ、 「そばにいる人を大切にしよう」と 思う人がいたのかもしれない。
石野田奈津代は この曲を 「別れ」がある人に是非聴いてほしいと語っている。
別れてしまって、淋しい、悲しいだけでなく、 離れていくけれど、「自分は強く生きていきたい!」と 思ってもらいたいと語っている。
今、別れがない場合には、今、そばにいる人を大切にしようと 思ってもらいたいと そのような気持ちをこめて彼女はこの曲を作っているという。
私がこの曲の歌詞で印象だったのは、
♪〜乗り越えたいくつもの冬が 辛く厳しく寒い程 春に咲く桜は強く咲く 私も強くなれたかな?〜♪
の部分である。
このブログの 越厳春来・休眠打破 〜 美しい花を春に咲かすためには厳しい冬の寒さが必要 で書いたように 桜は、前の年の夏から開花の準備を始め、その後、休眠するが、 その休眠を覚ますために寒い冬が必要なのだ。 そして、その寒い冬があるからこそ、 春に美しく花を咲かすのである。
それが、 石野田奈津代自身の人生と重なる印象を受ける。
メジャーデビューという春で 一度、花を咲かせたが、 その後解雇され、花は萎んだかのように思えたが、 絶望と苦難の日々の中、 インディーズ活動で力を貯え、 再び、メジャーデビューという春の花を咲かすような 人生を20代ながら送っている彼女の人生が重なる。

♪〜1年後10年後 必ずまた花を咲かせるから 離れてもわかるように 力いっぱい歌うよ 桜舞う春の空に〜♪
1999年にデビューしてから、そのまた10年後に 再び、メジャーデビューをすることになった 彼女が歌うこの 「春空 -ハルソラ-」は 実際に彼女の歌声から離れても 何年後、10数年後にも、 再び、記憶のジュークボックスから取り出したくなるような 力強い名曲であると私は思う。
You Tube 春空 −ハルソラー(インディーズVer.) 石野田奈津代
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