言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
語源、雑学など、時事ネタなど。また、楽習社とは私の脳内にある架空の企業です。所属組織や職業が変わろうとも、生涯、理系・文系を多様な知を楽習(がくしゅう)して、生きていきたいので、架空企業名を勤務先にしています。それを退職する時は私の人生が終焉する時です。.当ブログ各記事に誘うための目次専用ペ ージはカテゴリートップにあります。PCページは画面左サイドに、スマホ画面からは下のマークの真ん中からカテゴリーにいくことができます

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「海の見える理髪店」(荻原浩 作)を耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館で聴いて・・・老男が店主の海の見える理髪店に結婚式を控えた青年が初めて通ったその理由とは! 「青年のつむじ」と「床屋のブランコ」・・・最後はしみじみと深く余韻が残る直木賞受賞作品ですね

今日は、2017年(平成29年)12月10日 日曜日

昨日の午前8時05分から
NHKラジオで
「耳で聞く短編小説 ラジオ文芸館」を聴いた。

昨日の小説は、ラジオ文芸館のページから引用すると、

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「海の見える理髪店」2017年12月9日
作:荻原 浩

 海辺の小さな理髪店へ初めて足を運んだ「僕」と、
この町に移って15年になるという理髪店の「店主」。
 「僕」に向かって、「店主」は、戦後老舗の理髪店を受け継ぎ、
波乱に満ちた店の浮き沈みを経験、刑務所を経験するなどした自身の来し方を、
静かにとめどなく語りだす。
そして、物語のラストで明らかにされる事実が、静かに人々の胸を打つ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

と簡単なあらすじの説明があるが、
最後の方で、「そういうことだったのか!!!」
と気づくところがある。

この物語で、床屋に客として通う青年の頭の「つむじ」
そして、海辺の床屋の庭にある「錆びたブランコ」が
最後に明かされる事実を知る手がかりとなる。

どんな物語か詳細を以下に書いていく。

一部記憶が曖昧な部分があり、少し内容が間違っているかもしれまん。
お許し下さい。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

ある青年が海の見える理髪店に予約を入れて訪れた。
この青年はグラフィックデザイナーを職業にしていて、
ある理由から
いつもいく美容院ではなく、理髪店に行こうと考え、
彼はいろいろ調べて、そこに予約を入れていたのだ。

当日、海辺の小さなまちに行き、
山すそにある小さな停留所から
降りたところの海辺に理髪店があった。

その理髪店の家の花もない庭には
支柱も鎖も赤く錆付いたブランコが置かれていた。

店には、
高齢の背筋が伸びている老男の理容師がいて、
青年にいろいろ話しかけてきて、
この場所で理髪店を始めて15年になるという。

青年は、髪型を老男の理髪師に任せようと言ったが、
理髪師は「そう言われると、床屋冥利につきるが、
お任せいただけるなんてとんでもない
お客さんと相談しながら切っていく」と

いざ、髪を切り始めると、その老男の理髪師は
青年の頭の妙な位置にあるつむじのところで
手を止めたりするのであった。
その老男の理髪師の店主は、青年の髪をまさぐって
小さなため息をつくのであった。

青年が座る理髪席の前に大きな鏡があり、
その鏡には海が広がって映っていた。
秋の午後の水色の空と
深い藍色の海、2つの青が鏡を半分に分けていた。

青年は、その店主の髪の切り具合の心地良さに
これほど床屋は気持ちいいものかと感心した。

この海辺の理髪店の店主を
かつて世間に広めたのは、この店主の腕に惚れた
大物俳優や政財界の名士が店に通い詰めていたという
逸話であった。

前年、その大物俳優が亡くなった時に、
再び、その理髪店のエピソードが話題になり、
店主が東京から離れて海辺の小さな町で理髪店を
続けていることが雑誌の記事になった。

その店主が青年の髪を切っている間、
会話もサービスなのかと思うほど
饒舌に語りかけてきて、
店主の身の上、人生史を語ってきた。

店主は東京の長屋の生まれだという。
祖父の代から床屋をしていて、
店主は3代目である。

戦時中の国民学校の児童のころから
家に帰ると、床屋の手伝いをさせれたという。

店主は青年にこんな話をしても退屈ではないかと
尋ねるが、その青年は続けてもいいと言い、
店主は、青年への理髪作業をしながら、話を続ける。

父親から話術も床屋の腕のひとつだ。父親から理髪師はどんな客とも話ができることが
重要だと教えられ、実際、店主の父親はどんな客にも会話を弾ませていた。
その実家の床屋は昭和20年の大空襲で焼けてしまった。
店主が中学2年のときに終戦をむかえ、その翌月には授業が再開して、
はじめにしたのが、軍国主義教育の教科書の黒塗り作業。
それにばからしさを感じて、すっかり学校に魅力を無くした彼は勉学をさぼり
学校には行かずに、闇市で使いパシリのことをしていた。

その時、店主は
絵を描くことは好きだったので、絵描きになりたいと
独学で絵の勉強をして、デッサンの練習もして、何度か入選もした。
東京の武蔵野にある美術学校が再開すると聞き、
そこの入学しようと希望した。
終戦の2年後に、彼の父がバラック小屋で床屋を再開しても
父の仕事を手伝う気になれなかった。
ただ、美術学校は旧制中学卒が条件だったので、それを卒業して
いなかった彼は受験できなかった。

すると、店主は話を途中で区切り、青年に
「デザインの学校には専門の学校があるのか」と質問してきた。
青年は、美大を出て、デザイン事務所に就職したこと、
イラストレーターとして、顧客が付くようになってきたことを店主に伝える。
すると店主は珍しく、理髪作業の動きを止めた。
店主は自分の手に目を落としていた。
まるで、なぜそこに絵筆ではなくハサミがあるのだといぶかしげる如く。
店主は、青年の視線に気づくと顔をくしゃりとゆがめて笑った。

店主は「いやあ~、素晴らしい」と同じ台詞を繰り返す。

店主は、また自分の人生史の続きを話し出す。
闇市の仕事を辞めて、しばらく看板屋の仕事をしながら美術展の応募を
していたが、まったく見向きもされる実家に戻った。
親父に頭を下げて、床屋の床掃除から始めた。
店主が18歳のとき、子供の頭から理髪をさせてもらえるようになった。
なんとか椅子を任されるようになったのは、家業を手伝い始めて4年目の時。
それからやっと実家の隣に自分の店を設けるようになったが、
父が心臓病で逝去した。父が亡くなり客が減ってしまった。
それから自分に猛特訓を課して、客が減った分、その特訓の時間ができた。
客が戻ってきたのは昭和30年代になってから。
自分の修練が実ったというより
俳優石原裕次郎の人気ととも、裕次郎の兄の慎太郎刈りがにブームとなったからだ。
前髪を長くしたスポーツ刈りのような髪型である。
店主の慎太郎狩りが最もうまいと評判になり、客が増えたのだ。

店主が結婚したのは、店にテレビを置いた年であった。
妻となったのは、
秋田から上京してきた遠い親戚で店の雑用をしてもらっていた
女性であった。彼女は静かで働き者であった。
その女性を母親が気に入って、知らないうちに縁談の話が進み、
いつの間にか所帯を持つことになってしまった。

昭和40年代になると、床屋業はゆっくりと斜陽化していく。
31歳の時に、理容コンクールでちょっとした賞をいただいたが、
自分のような古い床屋は世間の流れに無頓着になってしまっていて、
その賞も売上げには無関係であり、業績が悪化していった。
仕事がうまく行かないと、私生活もダメになり、
酒好きの店主は酔うと自分を見失い妻に暴力をふるうようになった。
無口な彼女は何も口答えしないせず、店主が暴れて割ったものを
黙々と片付けていたが、
「無口で大人しい女ほど恐ろしいものはない」、ある日店主が
商店街の親睦旅行から帰ると、妻は家におらず、
黙って出て行き、離婚となった。

正式に妻と離婚したころ、腰までのロングヘアの若者の男がやってきて、
「髪を切って、七三にわけてくれ、同棲の女性が妊娠して、
音楽では食っていけないから、きちんとしたところに就職しようと思って」と
その若者が言った。そのとき、店主は店を変えよう改革しようと思った。
その若者が帰った後、店主自身の髪型を慎太郎刈りを止めて、髪型を変え、
「老舗」というボロ店にしがみついたらダメだ。
借金をして店を改装、待合室にテレビや漫画を置くのを止めて、
ホテルのロビーのような内装にした。
従業員として技術のある男を高給で名のある店から引き抜き雇った。
マッサージを一から学び、2人で、まだ珍しかったエステの講習にも通い、
思い切ってシャンプー、リンスを上等のいいものにして、理髪代も
高めに設定した。今までの顧客には敷居が高いと敬遠されたが、
違う客層から大いにもてはやされた。彼の店はヒットした。

そしてやがて、店主の店に
有名な俳優もやってきて、御贔屓してもらえるようになった。
その俳優はヤクザ映画に出るので、それらしい髪型にしてくれと
注文してきた。その俳優は善人も二枚目ばかり演じるのに疲れていたの
かもしれない。その俳優の頭の両側の地肌が見えるぐらい短髪にして、
トップを長めに残してみた。
得意技だった慎太郎刈りの角刈り版のような髪型であった。
長めに残した毛は、ドライヤーと大量の整髪剤で立たせ、
その時に施したのが、その俳優のトレードマークになった髪型である。
その髪型をその俳優にとても気に入ってもらえた。
その後、その俳優から、撮影所に呼ばれ、メイクアップの人間では
どうしても毛が立たないと、撮影所で髪を整えたことがあった。
その俳優の出入りする店という評判が立っただけでも
ありがたいのに、彼がマスコミに店主の店の名を出してもらい、
それで一層店主の店は注目され、夢のようにうまく行き始めた。

そうなると、まわりから、「長髪の達人」とか「経営手腕」が
あるなどチヤホヤされるようになった。
こん時こそ、頭を垂れるべきであったが、すっかり自分のことを
勘違いしてしまい、下げなくなった頭の中で、
「理容コンクールで1番になった俺が、経営者としても優れている俺が、
他人の髭を剃ったり、頭を洗ったり、耳掃除までしたりする。
こんな仕事をいつまで続けるのだろう。

店主が48歳の時、銀座に2号店を構えた。事業欲と言えば、
聞こえが良いが、欲しかったのは「箔」だった。
2号店が軌道に乗れば、現場仕事はせずに経営に専念しようと
考えた。

2号店出店の翌年、再婚して、2番目の妻を迎えた。
銀座の仕事終わりに通う小料理屋で働く女性をくどいて結婚した
のであった。
彼女はよくできた女房であった。

子どもにも恵まれた。50歳を過ぎて初めての子供だった。
子供はとてもかわいくて。
人生に山と谷があるのなら、まさにこの時が、
自分の人生の頂だった。
銀座への出店は結局失敗となった。
銀座の2号店の経営がうまくいかなくなると酒に逃げて
しまった。店は2号店も1号店も人手に渡った。
銀座の店をあきらめれば経営は続けられたが、
人を殺めてしまった。

そう店主が語った時、
店主にのどの髭剃りをしてもらっていた青年は
店主の剃るカミソリが急に冷たく感じた。

店主は続けて人生史を語り続ける。
26年前のこと、1号店の本店を任せていた男が、突然、
「店を辞めて独立する。」と言い出した。
自分は行く行くはのれん分けを考えていたので、
裏切られた気分で、腹が立った。
その彼は「従業員も連れて行く。顧客名簿も分けろ」と
要求を突きつけられ、怒りが爆発して、
たまたま近くにあった店のヘアアイロンで男を殴ってしまった。
そして男を死なせた。最初はその男の意識があり救急車を呼んだが
帰らぬ人となった。
傷害致死だったので、人を死なせたのに、刑期は申し訳ないほどに
短かった。
2番目の妻とは服役中に離婚した。
妻は離婚することを拒絶したが、
「人殺しの妻」「人殺しの子」となどと言われたら不憫なので、
強引に説き伏せて妻との離婚となった。
それっきり、別れた妻子とは連絡していない。

その店主の人生史を聴きながら、
客の青年は理髪作業の最終過程の顔のマッサージを
店主から受けていた。
店主の5本の指が青年の顔の骨格を確かめるかのように
青年の顔をはっていく。

また、店主の人生史の話は続く。
店主が刑務所から出所した後、
保護司が老人ホームでの出張散髪の仕事を見つけてくれた。
そこで「やっぱり私には床屋しかない」と思った。

東京の家を売り、今の海辺の物件を買い、床屋に改装した。
海が好きだったから。今の場所にした。
また、東京から離れて自分を知る人間が誰もいない
ところであればどこでも良かった。

今の床屋の鏡にこだわったには理由がある。
お客様に海を眺めていただけるというのは口実で、
その鏡は私自身のためにある。
床屋は大きな鏡の前に立つ仕事である。
お客様に常に姿を見られる商売である。
それがつらかった。私の顔など誰も覚えてはいない。
そう思いつつ、いつか誰かに「お前は人殺しだろ」と
指をさされるのが恐ろしかった。夢に、私が殺めた男の
顔が出てくる。

客の青年は店主の出所後の話を聴きながら、
やけに長かった顔のマッサージが終わり、
椅子の背が元に戻される。
青年は瞼を開けると、鏡に映る海が輝いていた。
水平線に沈もうとしている太陽が映りこんでいる。

そして、店主の人生史は続く。
この海辺の床屋を開店して3年目の時、
かつて贔屓していただいていた有名俳優の客が
来店したのだ。
彼は「近くで映画のロケがあったから」と言ったが、
本当は彼が何年も前から映画なんて出ていないことは
知っていた。その俳優の最後の髪を整えたのは
私(店主)であった。
その俳優が亡くなる半月前に、彼が入院する病院に呼ばれ、
持てるだけの道具を持って病院に行った。
その俳優の彼は店主に
「ありがとうございます。今の自分があるのは
あなたのお陰です。」言った。

そういわれた店主は、
「いつ死んでもいい。こんな私でもそんなふうに
言われるだけで、生きてきた甲斐があった。」
すると、店主の客の青年に

「鏡、まぶしいですよね。西日がこの鏡の難点でして、
この時期の日没近くには、なるべく予約を入れないように
していたのですが、原田様(青年)のお若い声の予約が
嬉しくて、つい」

続けて、店主は、客の青年にこう語りかける。

 それにしても、珍しい場所につむじがおありですね。
つむじというのは、お一人おひとり違います。
いいえ、変わるものではありません。
こういう仕事をしているので、違いはすぐにわかります。
最後までよくしゃべるジジイだとお思いでしょう。
いつもじゃありませんよ。こんなことまでお話したのは、
お客様が始めてです。
あなたにだけは話しておこうと思って、
私もそう先が長くないですから。

そして、店主は青年に向って、青年の頭の後ろにある
傷について、こう語った。

 頭の後ろの縫い傷はお小さいころのものでしょう。

青年は、そう語る鏡の中に映る店主を見返した。
逆光を浴びた顔は黒い影になって、表情ははっきりと
わからなかった。

店主は続けて、その青年の縫い傷について語る。

 その傷はね。ブランコから落ちた時のものですよ。
河川敷の公園のブランコです。あそこは地面に石がごろごろ
していましたからね。
息子をそんな危ない場所で遊ばせたくない一心で、
女房は親バカだと笑いましたけれど、
私、ブランコを買って、家の庭に置いたんです。
ここに(海辺の床屋)に古いブランコがありましたでしょ。
あれは、私が東京の家から持ってきたものなのです。

店主は、続けて、青年にこうたずねる。

 お母様はご健在ですか?

青年は「ええ」と答える。

店主が黙り込み。ドライヤーの音が響く。
青年は、店主にこう語りかける。

 来週、結婚式があるのです。

そして、まだ明かしていなかったここに来た理由を
手短に説明した。

僕の結婚式だ。そこでいつもの美容室ではなく、
きちんと床屋に行っておきたかった。それだけを
語った。

口(くち)の重い母親からではなく、
自分で集めた噂話を頼りに、苦労してこの店を
探し当てたことは黙っていた。

店主は逆光になった黒い影の顔で青年に

 おめでとうございます。

と言った。青年は

 ありがとうございます

と応える。理髪作業が全て終わり、
上掛けの留め具が解かれる。
自分で脱ごうと思ったが、
熟練の店主の動きは早く
子供の服を脱がすかのように
あっさり上掛けを脱がされてしまった。

レジの脇には、その床屋のメンバーズカードが積まれていたが、
青年は手に取らなかったし、店主も勧めてこなかった。
店主が受け取ろうとしない代金を青年はどうにか支払って、
青年は古いアルバムを閉じるかのようにドアに手をかける。
すると、青年の背中に店主の声が飛んできた。

「あのう。お顔を見せていただけませんか。
もう一度だけ。いえ、前髪の整え具合が気になりますもので」

(終)

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

と、この客の青年と床屋の老男の店主は実は父子の関係であったのだ。
直接的には、父子関係であるという表現はないが、
そうだと理解できる表現でラストが展開していく。

店主が出所後に、贔屓にしてくれていた
有名俳優から「あなたのお陰で」と言われて、
人を殺めてしまった自分であっても、そう言われて
嬉しかったというところで、ある意味、物語が終結しそうな場面であったが、
それを聴いているときの時刻が午前8時40分ごろで、
番組終了まであと5分あり、
NHKの番組ページの解説で
「物語のラストで明らかにされる事実」とあったので、
さらに何かあるのだなと思って聴き続けると、
店主が客の青年に

「それにしても、珍しい場所につむじがおありですね。」

という場面で、あっ、この店主と青年は父子の関係だったのだと
そこで私は気づいた。

店主が別れた妻を「お母さんはご健在ですか」と質問して、
気にするところはなんともしみじみしたものを感じる。

そして、床屋のメンバーズカードを勧めなかったりするのが
父子の一度きりの最後の出会いを感じさせるのである。


それでも、父である店主は、最後に息子の姿を
しっかりと見納めにしようとして、
ドアに手をかける息子に
前髪の整え具合が気になるので、もう一度
顔を見させてください
という場面で終わるのは深く
しみじみとした余韻を残して
心に残るような物語の終わらせ方をしているなと
感じたのであった。


作者の荻原浩氏は、昭和31年(1956年)生まれで、
大学卒業後、広告代理店に入社し、その後、
コピーライターとして独立、39歳の時に小説を書き始め
平成26年(2016年)、今回のラジオ文芸館で
朗読された「海の見える理髪店」で
第155回直木三十五賞を受賞した。


ニコニコ動画 【ラジオ文芸館】荻原浩 「海の見える理髪店」 で、
聴くことができます。





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テーマ:読書メモ - ジャンル:学問・文化・芸術


「遠い野ばらの村」(安房直子 作)を耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館で聴いて・・・小さな村の雑貨店店主のおばあさんは実在しない息子家族の空想話を楽しそうにいつもしていると、なんと本当に孫娘が表れた!!おばあさんは孫娘の正体を知っても孫に会える嬉しさは変わらなかった

今日は、2017年(平成29年)11月 5日 日曜日

昨日の午前8時05分から
NHKラジオで
「耳で聞く短編小説 ラジオ文芸館」を聴いた。

昨日の小説は、ラジオ文芸館のページから引用すると、

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「遠い野ばらの村」2017年11月4日
作:安房 直子

 主人公は一人暮らしのおばあさん。楽しみは、店にやってくるお客さんに
遠くに住んでいる息子家族の話をすること。でもそれは、おばあさんの作り話だった。
ところがある日、その孫娘が本当に訪ねて来る。これまでおばあさんがうっとりと
語ってきた自慢のお下げ髪の女の子は…。
 児童文学者、安房直子の、幻想的でどこか懐かしく、
限りなく優しい作品世界をお楽しみいただく。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

というおとぎ話のようなファンタジーを思わせる。
聴いていくと心温まるお話だった。
どんな物語か詳細を以下に書いていく。

一部記憶が曖昧な部分があり、少し内容が間違っているかもしれまん。
お許し下さい。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

谷間の小さな村で雑貨屋を営むおばあさんがいた。
そのおばあさんは遠くに住む息子家族の話を楽しそうに来店客に
するのだが、お客さんらはおばあさんに子供がいないことを
知っていて、おばあさんの息子自慢は空想の作り話であると
知っている。
ただ、どのお客さんもそれに突っ込んだりする人はいなかった。
おばあさんが、空想の息子家族の話をするとき
楽しそうにするからだ。

空想の中に存在するだけの息子家族であるが、
おばさんは
人に話しているうちに本当にいるような気がしてきて、
孫娘のためにゆかたを縫い始めたりしていた。

すると、ある日、おばあさんのお店に
空想どおりのまん丸の目をしたかわいい顔をした
「千枝(ちえ)」と名乗る孫娘が実際に現われてしまったのだ!!!
おばあさんは孫娘が来てくれたことをとても喜んだ。

千枝はお父さんが作った石鹸をおばあさんのお店において欲しい
と頼み、おばあさんはそんな安い値段で売っていいのかいと
思うような値段で売っていいということで、
その石鹸20個をお店に置いていった。
おばあさんは千枝にゆっくりしていきなよというが、
「一週間たったら、また来ます」と去っていった。

千枝が置いていったバラの香がする石鹸は評判が良く
次々売れていき、そして、おばあさんは孫娘の千枝のことを
お客さんに楽しそうに話す。
おばあさんは千枝が来る日が楽しみで楽しみでたまらず、
千枝が来る日の前日から
ゆかたを縫い上げて、おはぎを作ろうと、
もち米と上等のあずきを用意して、あずきを水につけて
やわらかくしようとしていた。

すると、千枝は約束の日よりも1日早くきて、
すると千枝の他に千枝の弟の男の2人もいた。
おばあさんは千枝以外にも孫がいることに
とても嬉しく思った。
ただ、ちょっと困ったことがあった。
千枝のために作っていたおはぎのためのあずきが柔らかくなるには
翌日までかかる。おばあさんは千枝に泊まって行くように
言うが、石鹸を置いてその日に帰るつもりでいた。

すると、千枝は
「あずきとお米が、すぐやわらかくなるように、
わたしがおまじないしてあげる」と言い出し、
あずきの桶ともち米のお釜に
小さなばらの花びらを浮かべて、

「のんのんのん」

と呪文を唱えると、
あずきは柔らかくなりもち米はふくらみ
おはぎはその日のうちにおいしく食べることが
できるようになった。

千枝の弟の男の子達は
おいしいおはぎを食べているうちに眠たくなってきて
寝ようとすると、
千枝は「寝ちゃだめだよ。おまじないがとけてしまう」と
言いつつ、千枝も眠たくなってしまい眠ってしまう。

おばあさんは3人を布団に寝させ、
孫達と過ごせたのをとても嬉しく感じた。
そして、おばあさんも眠る孫達とともに就寝する。

翌朝、おばあさんが目が覚めると
3人の孫達が眠っていた布団には誰もいなかったが、
布団には茶色の短い毛が落ちていた。

おばあさんは、千枝ら孫達は実は
狸が化けた姿だったとわかったが、
それでもそれを気にすることはなく
また、千枝たちがおばあさんの店に
やってきて、石鹸を届けに来てくれればと
思った。

しかし、それから1週間経っても、
10日経っても、半月過ぎても
千枝たちはおばあさんの店に姿を表す
ことはなかった。

そのようなある日、村の子供たちが
おばあさんの店で買ったあの石鹸で
シャボン玉を飛ばしていた。

おばあさんはそのうちひとつのなかなか割れない
シャボン玉を追いかけていった。
そのシャボン玉に誘われるように
何里も離れているある場所におばあさんは
たどり着いた。
そこはあの石鹸の野ばらの香がする場所であった。

すると、3匹のこだぬきが座っているのが見えた。

おばあさんは、そのこだぬきに近づくと、
こだぬき達は顔を下に向ける。
そのうち一番大きいこだぬきにおばあさんが
「千枝かい?」と言うと、小さく頷いた。

すると、近くで紫色の煙が立ち上った。
それは、千枝たちのお父さんとお母さんたぬきが
野ばらの香りがする石鹸作りでたちのぼる煙であった。


やがて、日が暮れて、
おばあさんは千枝たちのたぬき一家の住まいの場から
ほのかな提灯に道案内され
家路に付くのであった。

(物語の最後の部分は大まかにこんな感じであったが、
詳細は忘れてしまった)

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

という感じの物語ですが、
今回は語りの中條誠子アナの朗読がとても良かった。
おばあさんが孫とのふれあいに喜ぶ様が
伝わってきた。

孫達が布団からいなくなって茶色の毛が残っていたという
ところで、

ああ、たぬきが化けていたのかと思ったら
その通りだった。

おばあさんの淋しさと切なさがありつつ、
たぬきであっても孫とのふれあえることが
とてもうれしいく喜んでいる様子に
温かくほっこりした気分になりつつ
涙腺が緩みそうになりました。

作者の安房直子さんは
児童文学作家でこの「遠い野ばらの村」で
昭和57年(1982年)に
野間児童文芸賞を受賞している。

*野間児童文芸賞(のまじどうぶんげいしょう)は、
講談社初代社長、野間清治の遺志により設立された
財団法人野間文化財団が昭和38年(1963年)から設けた文学賞。

安房直子さんは他の作品で、
昭和60年(1985年)には
新美南吉児童文学賞を受賞している。

安房直子さんは平成5年(1993年)2月25日
肺炎で逝去、享年50歳。





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今日は、2017年(平成29年) 9月24日 日曜日

昨日の午前8時05分から
NHKラジオで
「耳で聞く短編小説 ラジオ文芸館」を聴いた。

昨日の小説は、ラジオ文芸館のページから引用すると、

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「デートまでの道のり」2017年9月23日
作:瀬尾 まいこ

2015年10月10日放送のアンコール。
保育園で年長組を受け持つ“祥子先生”は、担任する“カンちゃん”の
父親・脩平と交際している。早くに母親を亡くしたカンちゃんは、保育園から逃亡したり、
女の子の鞄にカエルを入れたりするいたずらっ子で、祥子にもなついていない。
祥子は途方に暮れるばかり。脩平から「3人で遊びに行こう」と
提案されても断り続けている。3人でのデートはかなうのか、
それぞれの心模様を温かく描く。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ということで、アンコール放送で、
おそらく、私は一度、聴いたことがあると思ったが、
最後がどうなるかの記憶が薄れているので、内容を思い出す
ことも含めて聴いた。物語の詳細が以下の通りです。
一部記憶が曖昧な部分があり、少し内容が間違っているかもしれまん。
お許し下さい。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@


「光の森保育園」で年長組のカンちゃんの担任である祥子先生は、
彼の父親であり妻を亡くした脩平と交際中である。

母を亡くしたカンちゃんを当初、彼の祖母(修平の母)が迎えに着たり
していたが、祖母が腰痛で送り迎えが難しくなり、
父の修平がカンちゃんを迎えることとなった。

カンちゃんを迎えに着たり、また、カンちゃんが
保育園で逃亡やいたずらなどの問題があったときに
保育園に訪れる修平に祥子先生は惹かれていき交際が始まった。


カンちゃんがある日、祥子先生に
「先生、卵焼きを作れるの?」「どんな味の卵焼きが好き?」と
何かを試すかのような質問をしてきたりして、
カンちゃんの気持ちをつかめなくて、
簡単な園児ではない。
カンちゃんが年中の時から関わっている
祥子先生だが、カンちゃんが自分になかなか懐いてくれないでいるのを
感じていて、修平からカンちゃんを交えた3人でのデートを提案されても
カンちゃんとうまくやれているとは思えない状況で、
それに躊躇してしまったいたのだ。

修平と祥子先生はカンちゃんに気づかれないように
毎週日曜日にカンちゃんんが水泳教室に行っている間に
デートをしていた。
祥子先生は修平にカンちゃんに懐いてもらえず、言うことも
聞いてもらえなかったりということを言うと、
修平は、カンちゃんの大好物のナッツのアイスクリームを
食べさせてあげると、3~4日は言うことを聞いてくれるということだが、
保育園ではそのようなことはできない。

ある日、カンちゃんが熱を出して2日連続保育園を休んだ。
いつもやんちゃで元気なカンちゃんがいないことで
祥子先生は淋しさを感じ、同じ年長の女の子も
「カンちゃんがいなくて淋しい」と言う。

2日間連続で休園した場合、その園児の自宅に
家庭訪問することになっていたので、
祥子先生はカンちゃんの自宅に訪問して、
修平が出迎えた。修平は、幼子の発熱への対応に
慣れてなくて戸惑っていたが、自分の至らなさを口にしていたが、
祥子先生はそのような修平に暖かくフォローの言葉をかけていた。
そして、祥子先生はカンちゃんが横になっている寝室に案内された。
いつも、カンちゃんがいないときに修平とカンちゃんの寝室に
いることがあったが、カンちゃんがいるときに
3人でいるのは初めてであった。
祥子先生がカンちゃんに声をかけても、
カンちゃんは祥子先生に目を合わせず、背を向けてしまった。
祥子先生はカンちゃんのお見舞いで、
カンちゃんと仲良くなれるチャンスと感じてしまったことを
カンちゃんに察してしまわれたと思った。

さて、毎月定期的にしている学習発表会のお遊戯の練習を
することとなった。
祥子先生が担任をする年長組みは前回の発表会の歌の発表では、
みんな歌の順番を間違えたりしてグダグダで惨憺たる結果で、
園長先生から「やる気がないなら止めてもいいよ」とも
言われたりした。

今月の学習発表会のお遊戯の内容は
フルーツサンバを踊ることになり、
発表まで1週間
年長組みのあるひとりを除いてはみんな踊りを覚えたが、

カンちゃんは「つまんない」と全然覚えようとしなかった。
祥子先生は遊びの時間も含めてつきっきりで教えようとした。
祥子先生がなんとかなだめたり、同じ年長の女の子ががんばれと
応援したりする。
かんちゃんは「どうして教えようとするの」と祥子先生に言うと
「だって、カンちゃんだけ踊れないのは困るでしょ」と祥子先生が言えば
「別にこまらないじゃん(祥子先生が)園長先生に怒られるから」と
カンちゃんは「どうだそうだろう」と顔をする。
しぶしぶカンちゃんは練習をする感じである。

発表会当日、祥子先生は熱が出て頭はクラクラで体調は最悪、
だからと言って休むわけにもいかなず、だるい身体で保育園に
出勤するがどうしてもダメだった。
そのため祥子先生は投げやりな気持ちになっていて、
自分が元気だろうとそうでなかろうと
カンちゃんは真面目に踊らず発表会はダメだろうと思った。

教室内を整理していると、
「なあ、先生」とカンちゃんが祥子先生の背中を叩いて呼びかける。
祥子先生はカンちゃんが「踊りなんか踊らないと宣言しにきたのだろう」と
思ったら、かんちゃんが
「デートしよう。お父さんと先生と僕とで、かぶとやま公園に行くんだ。
今日のお遊戯がうまくいったら、3人でかぶとやま公園に行こう」と
提案してきたが、どうしてかんちゃんがそのようなことを言い出したのか
わからず
祥子先生が「どうして」と聞くと
「先生、お父さんと僕とでお出かけしたくないの?」
カンちゃんは、やはり、父の修平と祥子先生の関係に気づいていたのだ。
とにかく今日の発表会は投げやりになっていはいけないと祥子先生は
思った。
いざ、発表会が始まると子供たちの踊りはなかなか良かくて
みんなが楽しそうに踊る。カンちゃんも練習の成果もあり
まわりの子の踊りを見ながらそれなりに踊っていた。
ついでに、カンちゃんは退場するときに方向を間違えて
ひとりで右側に歩いていき、みんなの笑いを誘った。

発表会が終わり、カンちゃんが祥子先生に
「やった。うまくいったね」と興奮気味に言う。
「ええ~~。ダメだったじゃん。カンちゃん最後歩いていくところ
違ってたよ」
「なんだよ~。公園行きたくないの?」
「行かない。」
「ほんとに?」とカンちゃんは目を丸くして祥子先生を見る。
祥子先生はカンちゃんに
「まあ、あせらなくてもチャンスは来月にもあるから。
次は、お話し発表会だしね」
「みんなで物語覚えて話すやつ?」
「そう」
「僕、あれ一番嫌い」
「そうだったね。でも、成功したらみんなでかぶとやま公園行こうよ」と
祥子先生が言うと
「ええええ~」とカンちゃんは大げさに頭を抱えてみせた。
「大丈夫だよ。カンちゃん、今日の踊りだってすごっく良かったもん。
次はもっと上手にできるよ。」
「ほんとうかなあ?」
「ほんと。ほんど」
フルーツサンバの次は物語、祥子先生とカンちゃんの間で
乗り越えないといけないことはいっぱいあるが、その先にはデート。
楽しいことが待っている。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

というお話でしたが、最後の方の物語の内容は
2年ぶりに聴く事で思い出せた。
幼いカンちゃんは、お父さんと祥子先生の恋仲に気づいていたのですね。
最後は、3人でのデートは成るのかと思わせたが、
まだ、ハードルをあげて、祥子先生はカンちゃんとの仲をもっと深めて、
カンちゃん3人でのデートを成し遂げたいと思ったのかもしれません。

作者の瀬尾まいこさんは昭和49年(1974年)大阪生まれで、
中学校国語講師を9年務めた後、平成17年(2005年)に教員採用試験に合格
されて、平成23年(2011年)退職するまでは中学校で国語教諭として
勤務しつつ作家活動を行なっていた。

今回の「デートまでの道のり」は平成23年に発売された
短編小説集の「おしまいのデート」に収録されている作品である。





ニコニコ動画に40分全編の録音がありましたので
【ラジオ文芸館】瀬尾 まいこ 「デートまでの道のり」を聴くことができます
http://www.nicovideo.jp/watch/sm31976503





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今日は、2017年(平成29年) 2月 5日 日曜日

昨日の朝の午前8時05分からNHKラジオで、
「耳で聞く短編小説ラジオ文芸館」を聴いた。

昨日の小説は、朝井リョウ氏の
「水曜日の南階段はきれい」であった。

そのあらすじをNHKの番組ページから引用する。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「水曜日の南階段はきれい」

2017年2月4日
作:朝井 リョウ

大学受験と卒業を間近に控えた光太郎は、ひょんなことから、英作文が得意なクラスメートの
夕子さんに図書室で添削をしてもらうことになる。
毎週水曜日と金曜日に南階段と窓の掃除を欠かさずに行っていた夕子さん。
(中略)
勉強や掃除をともにしながら、二人は卒業式の後配られる文集の表紙を交換することを約束する。
志望校に合格し、卒業式のあと、夕子さんにお礼を言おうと彼女を探す光太郎。
しかし、彼女の姿は見つからない。二人で掃除をした南階段の踊り場には、
アメリカへ留学する夕子さんの本当の思いが書かれた文集が置かれていた…。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ということだが、この物語の詳細を以下に書いていく。
少々記憶が曖昧な部分があり、間違っている部分があるかも
しれません。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

高校3年生の神谷光太郎は、音楽が好きでライブ活動を
それも、学校の中庭で、学校の音楽仲間とともに
ゲリラライブをしていたりしていた。

そんなある日、校内の掲示板に同行から
コロラド大学への留学志望者募集の掲示物があり
光太郎は「この学校からそのようなところの行く生徒がいるのか。
自分とは縁遠いことだな」と思ってそれを読んだ。

光太郎はミヤマ大に入学して、ある音楽サークルに入り、
英語でカッコイイ歌詞を書いて
ライヴ活動をすることを夢見ていた。

さて、
大学受験と卒業を控えた光太郎はセンター試験が終わった後、
学校でゲリラライブをしたのだが、そこでひと騒動あって、
職員室でいろいろお説教されるのだが、
そのとき、英語の先生の机に模範解答の用紙があった。
じつは、それは彼のクラスメートの荻島夕子の書いた解答であった。

先生曰く「荻島さんの英文はとてもいいので使わせてもらっている」
ということだった。

その英語の先生からミヤマ大学に行くには英語をしっかりしないと
とアドバイスを受けたのだが、その荻島夕子の模範解答を見て
彼は思いついた。そう、彼女に英語を教えてもらおう。

それまで、
光太郎は夕子とはそれほど言葉を交わすことはなかったが、
彼女が毎週水曜日学校の南階段を掃除している光景を目にしていた。

そして、学校の図書室に入る夕子に光太郎を声をかけ、
英語の特訓をしてもうらことをお願いした。

夕子はそれを受け入れ、図書室での夕子による
光太郎への英語特訓が始まった。

夕子の早口の説明に光太郎は聞き返したりしながら、
夕子から英作文のいろいろアドバイスを受けたりしていた。
次の日には、彼女は英作文と和訳の問題を用意してくれた。

水曜日の夕子の英語特訓の後、光太郎は夕子の階段掃除に付き合ったりもした。
また、金曜日には南階段の窓拭きの掃除も一緒にしたりした。

光太郎は夕子に階段や窓をなぜ掃除するのか質問したが、
彼女は彼の問いに答えなかった。

また、光太郎は夕子に夕子の夢は何か?卒業後どのような進路に
進むのかを質問したが、即答はされなかった。

ただ、夕子から次のような言葉が返ってきた。
「高校の卒業式の日に、卒業文集の表紙を交換しよう」

卒業生各自に配布される卒業文集の表紙が交換できるように
なっていて、そこにメッセージを書いてメッセージ交換を
したりできるのだ。

光太郎はミヤマ大学に合格できた。

そして、卒業式の日を迎えた。
式が終わった後、担任から
文集、アルバムがクラスの一人ずつ渡された。

その後、ふと光太郎が周りを見渡すと
夕子の姿はなかった。

神谷光太郎は下駄箱に向ったが、夕子の下駄箱には
既に彼女の靴は無かった。

その日は金曜日、南階段に向かった。
夕子の姿は見えなかったが、その階段の窓に
夕子の卒業文集が立てかけられていた。

その表紙には夕子が書いた黒一色の文字が
綴られていた。

そこにはなぜ水曜日に南階段の掃除をしていたのかの
理由が書かれていた。

まず、水曜日に階段を掃除する理由については
あることをごまかすためだという。

主目的は金曜日の南階段の窓拭き掃除にあった。
その主目的をごまかすために水曜日に南階段掃除をしていたのだ。
どうして、金曜日に南階段の窓拭き掃除をしてきたのか?

それは、毎週金曜日に学校の中庭でライブをする神谷君の
姿を見たかったからだという。

特にもっともその様子がより良く見える場所が
南階段の窓であった。

また、その文面には、
夕子の夢と卒業後の進路について綴られていた。

夕子は卒業後、学校の応募で合格した
アメリカのコロラド大学に留学するという。それは翻訳家になりたいとう
夢のためであった。

素敵な文章を外国の人に伝える仕事をするのが夢だという。

そして、会わずに旅立ったのは光太郎に会ってしまうと
留学にためらいが出てしまうかもしれないからと。

そして、光太郎がライブで歌ったいた曲の英訳があり、
それが夕子の翻訳家としての最初の仕事であると。

光太郎がミュージシャンになる夢を守っていたのと同じように
夕子は翻訳家になりたいとう夢を守っていたのであった。

そして、それを読んだ光太郎が南階段の窓を見たとき、
その中庭が見える窓だけが透明に輝いていた。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

という感じの物語でしたが、
最後の夕子さんの思いが綴られていたところで
素敵なお話だと感じました。

さて、このストーリーを読んだ
女性の方々は、この夕子さんの振る舞いに
どのような感情・感想を抱くのか
知りたいものです。

さて、これを書いた朝井リョウ氏は
平成元年(1989年)生まれで、
平成25年(2013年)に、
平成生まれの作家としては初の直木賞を受賞した。

その直木賞受賞作品は「何者」という作品であるが、
それは、就職活動を控えた学生達による物語であるが、
その登場人物に出版社就職を希望する
神谷光太郎なる人物が登場する。

「水曜日の南階段はきれい」が収録されている
「最後の恋 MEN'S つまり、自分史上最高の恋」の
神谷光太郎は「何者」で就活をしてる神谷光太郎の
高校時代のできごと、つまり、彼が出版社就職を
希望する背景を描いているのだ。

就職活動をしている光太郎にとって、
もし、出版社に就職すれば、
もう連絡が取れなくなっている荻島夕子と
会えるかもしれない。そう彼女が翻訳家になっていれば。

「水曜日の南階段はきれい」について、
朝井リョウ氏は次のようにコメントしている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「これは、実は本編(=『何者』)より前に書いたものなんです。
〈最後の恋〉がテーマのアンソロジーだったので、
相手の女の子にとってある意味での〈最後の恋〉を書きました。
その後に光太郎というキャラクターを借りて書き始めたのが『何者』です」

ほんのひきだし 2016年8月31日
朝井リョウ『何様』インタビュー:『何者』よりもっと広く、もっと遠くへ 
『何様』に込められた作家・朝井リョウのいま より

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

別々の作品に、ある人物の過去と現在という時間的連続性を
持たせて書いていたようである。
もし、今回の「水曜日の南階段はきれい」を
「何者」を知ったうえで聴けば違った感想を抱いていたかもしれません。


各々、日々生きていて、何かの動機と目的をもって
行動するとき、その人のそれまでの人生史の積み重ねが
あったりするが、誰かとの思い出というものがその背景に
あったりするのだろうなあと思ったりします。







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耳で聞く短編小説ラジオ文芸館 鈴木光司 作「大山」・・・バブルに翻弄された元夫からの復縁の申し出の旅路にて、元妻からの粋な計らいとは

人生という名の自転車は、自力で漕ぎ続けるのだ・・・「耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館」で「自転車を漕ぐとき」、41歳無職の男の物語を同じく41歳で再び無職に戻る私が聴いて


2か月に1度行く、上新庄のミスタードーナッツで、ラジオ文芸館のアンコール放送「尾瀬に死す」を耳にして、前回も同じ場所でそれを聴いていたので、デジャブさを感じた

透明人間とはそういうことだったのか!・・・耳で聞く短編小説ラジオ文芸館、島田雅彦の作「透明人間の夢」を聞いて、ホームレス寸前の彷徨う若い男女の恋の結末は!

人生、思わぬ偶然のできごとでどう変わるかわからない・・・角田光代の「誕生日休暇」を耳で聞く短編小説「ラジオ文芸館」で耳にして



テーマ:読書メモ - ジャンル:学問・文化・芸術


「沖縄戦下の幼女 みえちゃんからの伝言」(比嘉淳子 作)を耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館で聴いて・・・夫婦不和で育つ子供の心にできた哀しみの魂の大穴は、戦争で怯えて亡くなった子供の哀しみと変わらない・・・己ばかりを優先せず、まわりと調和することの大切さ

今日は、2016年(平成28年)12月04日 日曜日

昨日の朝の午前8時05分から
NHKラジオで、「耳で聞く短編小説ラジオ文芸館」を
聴いた。

昨日の小説は、比嘉淳子氏の
「沖縄戦下の幼女 みえちゃんからの伝言」であった。

そのあらすじをNHK番組のページから引用する。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

本土(関東)で都会生活をしていた「アタシ」は、3歳と1歳の子どもがいる
主婦(夫婦とも沖縄出身)。本土から沖縄本島中部のマンションへと、
家族そろって戻ったが、忙しさを理由に家族を顧みない夫とは喧嘩の毎日。
ついに夫は家に帰らなくなった。「アタシ」は育児ストレスから娘を叱り、
手をあげてしまうようになった。
そんなある日、娘が「毎晩、みえちゃんが、首を絞める。助けて」と訴えてきた。
みえちゃんは、沖縄戦の時、壕の中で母親にあやめられた幼女の幽霊だった。
壕の中で「泣く子は悪い!泣くとアメリカに見つかる」と言われ続けたみえちゃんは、
泣いている子を見つけると「泣くと殺されるぞ!」と訴えていたのだ。
「アタシ」は気づいた。現代に生きる自分の娘と、壕で戦死した子どもの心に
共通する気持ちがあったことに…。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ということだが、この物語の詳細を以下に書いていく。
少々記憶が曖昧な部分があり、間違っている部分があるかも
しれません。

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女性である主人公の「アタシ」は沖縄出身であるが、大学進学で
関東に出た。大学卒業後、関東で、同じく沖縄出身の先輩の男性と
結婚して、関東で過ごしていた。

沖縄と違って、本土は交通網が整い好きなときにテーマパークに
行けたりとアタシの好奇心を満たしてくれて、
便利で魅力的な都会生活が続くことに何の疑いを持たず未来永劫
続くものだと思っていた。

しかし、義兄が来て、還暦を迎えた義母があと何年もつかわからないと
伝えてきた。
それを聞いた夫は沖縄に移ることを決意。アタシは二児の子供とともに
家族4人、沖縄本島中部にある高層マンションに転居した。

そこでの生活は快適便利は関東との生活とは一変し、
車がなければトイレットペーパーを変えないようなところで、
猛スピードでトラックが走るような道の端を
下の子供を前に抱いて、上の子をおんぶして
連日往復6キロを歩いて買い物に行くような苦行の日々が
続く。そのようなアタシの状況に夫は思いをはせることもなく、
そのような夫に対するイライラが高まっていた。
さらに仕事が多忙になった夫はあまり家に帰ってくることもなく、
たまの仕事が休みの日もゴルフか二日酔いでつぶれて、
家族から団欒と笑顔が消えてきた。
「離婚」という文字が脳裏に浮かぶようになる。
アタシ達には、関東時代の仲睦まじかった夫婦の面影も
なくなっていた。

このままの生活では行き詰ると思ったアタシは夫に、
休日は買いものに付き合うか、
アタシが車をもつか、
沖縄でももっと便利な那覇に引越しをするかを
迫った。夫はすべて拒否して、大ゲンカとなり、
そのまま出勤をした夫はその日から家に
帰ってこなくなった。

事情を知らない姑から日々電話がかかってきて、
いろいろ干渉をしてくる。それにもアタシは追い詰められた。

そのような中、千葉に住むアタシの祖父が亡くなったという知らせが
入った。父を早くに亡くしたアタシにとっては、父親のような存在であった。

そのような祖父の葬式を行くことを夫と姑は許してくれなかった。
そのような事情をしらない実の母からは責められた。
「女三界に家なし」を実感したアタシは死をあこがれ始める。

ある日、自分の住むマンションの9階のベランダで
洗濯物を取り込んでいる時、
幼子がミニカーで遊んでいた。そのミニカーが隙間から
階下を落下していく。
ベランダから階下を覗きこんだ時、
「落ちれば確実に死ねる」と咄嗟に思い、
自分の子供を抱えて飛び降りおうとしたとき、

ばかもんーーーー!

と怒声がした。なんとそこに、
亡くなったはずの祖父はミニカーをもって立っていたのだ。
祖父は「お前はおじいちゃんの自慢の孫だ。チビたちも
お前の子供だ。さぞかし立派になるだろう」

すると祖父はもういなくなっていて、
記憶を蘇らせると、実際にベランダに出ていなくて、
高層階では、洗濯物を干すことは禁止されている。
自分は子供達と昼寝をしていた。

そして、目が覚める。そう夢を見ていたのだ。
それは死の憧れがそうさせたのか。


ある日娘が通う幼稚園から
呼び出しを受けた。
娘の髪の毛が抜けて薄くなっていることを指摘された。
家庭の状況でそうなっているのを見過ごせないと。

そして、娘が描いた「みんなだいすき」という題の絵を
見せられた。

夫の顔はクレヨンの黒色で塗りつぶされ、
息子を抱いているアタシは赤鬼の顔、
アタシと青いドレスを着た娘の間に
見知らぬ頭に包帯を巻いた女の子が描かれていた。

娘は絵についてこう説明するという。

パパは顔がわからないから黒。
ママはいつも怒ってばかりいるから赤鬼。

そして、その見知らぬ女の子は
「みえちゃん」と娘は説明しているという。

その絵にはアタシは打ちのめされた。
いつも笑顔ではいる娘は
実は心では、
冷え切った家庭の中で、悲鳴を上げていた。

ある日、息子を寝かしつけている時、
娘が「ママに抱っこされてネンネする」と
しつこく言い寄ってきた。
娘の赤ちゃん帰りがひどくなり、日々のいらいらも
重なって、そのような手を煩わせる娘に
ついつい手をあげてしまった。

アタシに叩かれた娘は大声で泣きながら

「だって、だって、みえちゃんがね。
『お前が悪い。お前が悪い』と言って、
アタチの首を絞めるんだ。こわいの。
ママが助けてくれないもん」

と大声で泣き続けた。
娘の言っている意味を理解できなかったが、
娘に手を上げてしまった後悔で、その夜は
アタシも泣いてしまった。

夫との関係が冷却したままで、姑からの
干渉が続くなか。子供二人と母子3人で
沖縄を出ようと思った。

そのようなある日の深夜、
就寝中のアタシは物音で目が覚めた。
すると金縛りで動けなくなった。

体の上に重みを感じる。
そして、誰かがアタシの首を絞めている。
首を絞めているのは頭に包帯をぐるぐるに巻いた
おかっぱ頭の5~6歳ぐらい小さな女の子だった。

その女の子は
「くるしい。苦しい。お前が悪い。お前が悪い」と
アタシの首を絞めてくる。

何とかして、その女の子を押し退けるとすぐさま
その包帯の女の子は娘に襲いかかろうとする。

アタシは、娘を守るため、
その女の子の包帯をつかみ、娘から離した。

するとその女の子は消え去った。

すると、娘はその光景を見ていて、
「あの子がみえちゃんだよ。毎日アタチをいじめにくる。
なのに、ママはアタチを叩いたよう」

娘の恐怖体験を理解できたが、それを今まで理解できなかった。
また、そようような自分に母親としてのふがいなさを感じた。

みえちゃんの服装は、汚れた開襟シャツにもんぺ姿という
第2次世界大戦中の装いを想像させる姿であった。
アタシが住むマンションあたりは、
沖縄戦の激戦地になったと聞き、近くには慰霊塔がある。

その後、アタシは母子3人で新しく住むための引越し先の住まいを
探しあて、引越しの準備をしていた。

引越しのための箱詰め作業をしているとき、
急激な睡魔に襲われ、その場に眠りこむ
アタシの前にみえちゃんが現れた。

アタシはみえちゃんに語りかけた。
5歳だと言う。

アタシ「どうしてここにいるの」

みえちゃん「母ちゃんがここで」

アタシ「お母さんを待っているの?」

みえちゃん「ちがう」

みえちゃんの包帯姿のことについて聞いた。

アタシ「みえちゃんは、そのケガで死んじゃったの?」

みえちゃん「母ちゃんが、首を絞めた」

みえちゃんの説明では、
避難壕の中では静かにしないといけないが、
怖くてみえちゃんは泣いてしまった。
泣いてしまうとアメリカ兵に見つかると言って、
泣く子は憎まれる。

それでもみえちゃんが泣き続けるので、
するとおじさんが、「みんなで死のう」と
手榴弾で自決することを言った。

みえちゃんの母は嫌がったが、
おじさんが
「一人残るとみじめだからみんなでいこう」と。

既に顔を火傷していたみえちゃんは苦しんでいて、
さらにみえちゃんのお母さんが、

「これ以上、みえにつらい思いをさせたくない
みえの体が爆弾でバラバラになるのは嫌だ」と

みえの首を絞めた土に埋めた。

その説明を語るみえちゃんの包帯の隙間から見える目には
涙が溜まっていた。

アタシは、みえちゃんにどうしてアタシの娘の首を絞めたのか
質問した。するとみえちゃんは

「みんながいつも哀しい心だから」

そのみえちゃんの一言にアタシは落雷を受けたような
衝撃を受けた。

アタシだけでなく、娘の哀しい心を抱いていたのを
みえちゃんに見抜かれていた。

言葉で表現できない娘は絵を描くことで
心の穴を訴えていた。

その心の穴は親が作った魂の落とし穴だった。

アタシ達夫婦は、己の我をぶつけ合うだけで、
子供に向きあおうとしなかったことが
娘の哀しみの魂の落とし穴を作ったのだ。

みえちゃんは続けて語る。

「みえはいつも怖かった。
おばあちゃんが火炎放射器で焼かれて、
みえも顔を焼かれて怖かった。だからいつも泣いていた」

さらにみえちゃんは

「ここにいたお兄さん(お兄さんとは幽霊で現れたアタシの祖父)が
ここの子供は怖い思いはしていない。今は戦争はないから。
でも、ここの子供は泣いていた。みえと一緒。
『泣くから殺される。お前が悪い。泣くな』
みえは言ったんだ」

アタシは、泣いている子は悪い子だから殺されるという思考回路が
できあがっているみえちゃんの話を聞きながら、

この平和な時代に生まれた娘が戦死した子供と同じ哀しみの心を
抱いていたことに気づかされた。
アタシが子供たちと向き合って、大事に大事に愛してあげなければ。

この地を離れるアタシであるが、みえちゃんはここに残ったままである。

大好きな母ちゃんに殺されても、子供はお母さんを探して彷徨う。
母親は愛情が故に、戦争で追い込まれた極限状態の中、
わが子を殺めたことで地獄を彷徨う。
戦争は人を悪魔に変えてしまう。

アタシ達は普通に「死の記憶」を持つ土地に住んでいる。
「住める土地」と「住めない土地」という言い方がなされる。
幽霊が出るという噂があったり、不幸があったりした場所を
「住めない土地」と言ったりするが、
「住める土地」と「住めない土地」の違いを決めるのは、
そこに住む人間の心の持ちようである。

「己ばかりを優先してはいないか」
「まわりと調和を持てているか」
「心は満たされているか」

みえちゃんによって、子供の心に穴を開けていけない
夫の真に将来に向けて語りあった。

その後夫婦の縒りはもどり、
関東の時代と同じように明るい家庭に変わっていった。
夫婦でお酒を飲みに行くことも増えた。

みえちゃんとのできごとからかなり年月が過ぎ
年季の入った夫婦となったアタシ達がお気に入りの
ワインバルで出会った男性の祖父が、
話を聞くとあのみえちゃんがいた土地で農地の地主だったという。

壕に隠れたおばあさんと孫娘は火炎放射器で焼かれて、
おばあさんは即死、孫娘はろくな治療を受けずに亡くなったと。

おそらくその男性の話はみえちゃんの話だろうが、
自決した話にはなっていない。自決や母がやむを得ずわが子を
殺めた話は外にだせないのかもしれない。

その男性の話によるとみえちゃんと思われるその子の
遺骨だけが見つからなかった。
それで、代々の土地に慰霊塔を建てた。
土地の後継者は土地を手放して、そこに高層マンションが建てられた。

アタシは、その男性に
「その近くの防空壕の跡地に、お菓子やお水をお供えして、
『安らかになれ、天に届け』と強く念じて」

と伝えた。


@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

というお話であったが、
残念ながら、人類が続く限り、戦争は無くならないだろう。
ただ、その戦争は、そこ国に、その土地に暮らし、住まう人たちの
意識模様の集合が引き起こすのかもしれない。

個々の家庭での満たされぬ思いや
不満集合体が社会全体の大きな不満の集合体となり、
行き着くところが国同士や民族同士の戦争になるのかもしれない。

この短編小説で

::::::::::::::::::::::::

「住める土地」と「住めない土地」の違いを決めるのは、
そこに住む人間の心の持ちようである。

「己ばかりを優先してはいないか」
「まわりと調和を持てているか」
「心は満たされているか」

::::::::::::::::::::::::::

とあったが、それは日々の暮らしで、
よりよく生きていくうえで大切な心の持ちようだと思う。


たとえ、世の中、大不況になって生活が苦しくなっても、
戦争で荒廃しても、家族や友人など身の回りの親しき人たちが
そして、己も含めて、
元気に生きてなんとか過ごしていけているだけでも喜びを
感じていければ、大変な社会状況になっても、
心まで荒んでしまうことは防げるだろう。

今の暮らしで不満に思うことがあったとしても、
70数年前のわが国、日本で、日々、爆弾の雨に
怯えながら暮らしていた人々のことを思うと
大したことはないと思う。
その時代は、飛行機雲をみたら身の危険を感じるような
時代であった。その飛行機から爆弾の雨が降って
くるからだ。
そう思うと、飛行機雲を見て、そんなことを感じる必要のない
現代は恵まれている。

この小説で

アタシ達は普通に「死の記憶」を持つ土地に住んでいる。

とあったが、それを耳にして、
今の私の職場の最寄駅の大阪市の京橋駅を語らえずには
いられない。

京橋駅も第2次世界大戦による死の記憶がある場所である。

その出来事が発生したのは
昭和20年(1945年)8月14日。
そう翌日には、日本政府が降伏して戦争が終わったのである。

戦争が終わる1日前に、米軍の空襲の爆弾がそれて
京橋駅を直撃して、少なくとも210名が亡くなったとされる。

もし、あと1日早く8月14日に戦争が終わっていれば、
亡くならなかった命であった。


そのような戦争による死の記憶の歴史を振り返りつつ、
戦争で怖い思いをしてなくなったみえちゃんのように、
現代の日々の暮らしの中での己の振る舞いや心の持ち方が
身近な人に哀しみという魂の大きな穴を作ることになっていないか。
そのようにふと思いながら、
この耳で聞く短編小説を聴き終えたのであった。





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○ラジオ文芸館に関すること

ロバのサイン会・・・消費され消え行くものに過ぎないものが育む絆・・・耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館を聴いて・・・

原田マハ 作の「無用の人」を、耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館で私の人生と重ね合わせながら聴いて・・・無用の人扱いされた他界した父が娘に贈った最後の誕生日プレゼントとは


「トオリヌケ キンシ」(加納朋子 作 )を耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館で聴いて・・・・何気ない日常のふるまいが誰かを大きく助けていることがあれば嬉しいですね

「あなたに会いたい」(浅田次郎 作)を耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館で聴いて・・・出世のために若かりし時に捨てた恋人の幻影か・・カーナビからの「あなたに会いたい」の声で誘われた場所は・・・

「サヤンテラス」(乙川優三郎 作)を耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館で聴いて・・・私の愛するテラスでの亡き夫の声は幽霊か面影か

「仮面パパ」(森浩美 作)を耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館で聴いて・・・偽りの「育メンパパ」に仕組まれたワナは


「車窓家族」(高田郁 作)を耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館で聴いて・・・車窓から見える老夫婦の何気ないほっこりした日常が見知らぬ人どうしの言葉を交わすきっかけをつくり


「曲芸と野球」(小川洋子 作)を耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館で聴いて・・・曲芸師の女性と野球少年という異色の組み合わせの男女の淡くも末永い絆


「はるか」(北村薫 作)を耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館で聴いて・・・天真爛漫の無邪気な女子高生の明るさが潤いと彩りのある豊かな日常にもたらす


「本番、スタート」(ドリアン助川 作)を耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館で聴いて・・・・日の目を見ず、下っ端であろうが、その人の人生の主人公はその人本人なのである


「かがやく」(帚木蓬生 作 )を耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館で聴いて・・・・人間は自分が得意として輝いている時のことに関心を持ってもらえることに喜びを感じるのだ


「超たぬき理論」(東野圭吾 作 )を耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館で聴いて・・・・えっ!UFOの正体はたぬきが化けた文福茶釜だってえええ??・・・こじつけと思い込みの想像力・・ちなみに、宇宙人って誰のこと


「イービーのかなわぬ望み」を耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館で聴いて・・・垂直移動のエレベーターで生きてきたイービーの結末から「空間」についてちょっと思う


耳で聞く短編小説ラジオ文芸館 鈴木光司 作「大山」・・・バブルに翻弄された元夫からの復縁の申し出の旅路にて、元妻からの粋な計らいとは

人生という名の自転車は、自力で漕ぎ続けるのだ・・・「耳で聞く短編小説NHKラジオ文芸館」で「自転車を漕ぐとき」、41歳無職の男の物語を同じく41歳で再び無職に戻る私が聴いて


2か月に1度行く、上新庄のミスタードーナッツで、ラジオ文芸館のアンコール放送「尾瀬に死す」を耳にして、前回も同じ場所でそれを聴いていたので、デジャブさを感じた

透明人間とはそういうことだったのか!・・・耳で聞く短編小説ラジオ文芸館、島田雅彦の作「透明人間の夢」を聞いて、ホームレス寸前の彷徨う若い男女の恋の結末は!

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