言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
語源、雑学など、時事ネタなど。また、楽習社とは私の脳内にある架空の企業です。所属組織や職業が変わろうとも、生涯、理系・文系を多様な知を楽習(がくしゅう)して、生きていきたいので、架空企業名を勤務先にしています。それを退職する時は私の人生が終焉する時です。.当ブログ各記事に誘うための目次専用ペ ージはカテゴリートップにあります。PCページは画面左サイドに、スマホ画面からは下のマークの真ん中からカテゴリーにいくことができます

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子どもは時代の変化に敏感だな! 車の運転ごっこをする幼い姉妹・・・運転役は何と言ったか? これからの自動車の技術革新を先読み


今日は、平成30年(2018年)6月26日 火曜日

先週の土曜日、
ポケットラジオでNHKのマイあさラジオで
リスナーからの投稿で、
幼い姉妹の親御さんからのものがあり、

その幼い姉妹が

運転ごっこをしようと

姉妹で車の運転の真似事をすることと
なっていが、

運転役をしていた方が

「ああ~、ぼーとしちゃった」

と、車が自動運転で進むので

ぼーとしていたと言ったことに

いやあ、時代を先取りしたごっこ遊びで
子どもは世の変化に敏感に感じ取るのだなと思った。
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子どもの無知ゆえの素朴な感受性の豊かさの新鮮さと素晴らしさ・・・3歳児は電車が地上から地下に入り「急に夜になった」と驚き、電車が土の下に入ったと教えてもい、その3歳児は何と言ったでしょう?

今日は、2018年(平成30年)3月25日 日曜日

今朝のNHKマイあさラジオで
リスナーからの投稿で、3歳の孫を連れて
電車に乗っていたときの様子の内容の
ものがあった。

3歳の子が走っている電車の先頭からの車窓から見える
線路そのものが走っているように見えて、

「線路も走っている。電車よりも速く走っている」

と言った。

すると、電車は地上から地下に入って行き
窓の外が一気に暗くなると、
その3歳の子は電車が地下に入るとは
わからないので

「うわ。急に夜になった」

と驚いたようだ。
すると、(おじいさんかおばあさんかわすれたが)

地下に入ったことを説明しようと
電車が土の下に入っていったというようなことを
言うと、
その3歳の子は

「モグラさんの国にきたんだ」

と言ったそうだ。

そのような3歳の子を
電車内のまわりの乗客らは
微笑ましく見ていたという。

このように子どもの無知ゆえの
素朴な感受性の豊かさの素晴らしさを感じる。

大きくなれば、
走る電車から線路が走っているように見えるのは
目の錯覚であり、
地上から地下に入るので暗くなるのは当たり前と
既知ゆえに、そんなことに驚いたり
心動くことがないが、
大人よりは知らないこだらけの小さい子どもに
とっては、何もかもが新鮮で驚きで心が動き、
常識にはまり込んでいる大人には思いつかないことを
感じたりする。
それにある種の想像性の新鮮さを感じるのである。



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子供は無知ゆえに豊かである

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ノーベル化学賞受賞者と夏目漱石の小説・・・・ノーベル化学賞を受賞した福井謙一は夏目漱石の「夢十夜」の第六夜の運慶が仁王を彫り出す描写をヒントにノーベル賞受賞の理論を構築した

今日は、2018年(平成30年)3月 5日 月曜日

昭和56年(1981年)に
ノーベル化学賞を受賞した福井謙一(1918年~1998年)がいる。

彼は化学反応における電子の軌道に関する
「フロンティア軌道理論」を構築して、ノーベル賞受賞に
至ったのだが、
その理論を考えた背景のヒントになったのが、
彼が少年時代に読んだ夏目漱石の
小説「夢十夜」の第六夜の運慶が仁王を彫る
物語にあったという。

「夢十夜」の第六夜で
福井謙一に示唆を与えた部分を引用する。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「よくああ無造作に鑿(のみ)を使って、
思うような眉(まみえ)や鼻ができるものだな」と
自分はあんまり感心したから独言のように言った。

するとさっきの若い男が、

「なに、あれは眉や鼻を鑿(のみ)で作るんじゃない。
あの通りの眉や鼻が木の中に埋うまっているのを、
鑿と槌(つち)の力で掘り出すまでだ。
まるで土の中から石を掘り出すようなものだから
けっして間違うはずはない」

と云った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

つまり、運慶は木を彫って仁王像を作っているのではなく、
木に埋まっている仁王を掘り出しているということである。

科学者である福井謙一は化学反応に関する理論を構築するに
あたっても、
最初から木の中に埋まっている仁王を掘り出すかのような
自然らしさが必要と考えた。

福井謙一は既存の化学反応の電子理論では
何か無理があり自然らしさを感じられなかった。

量子力学では、
エネルギーの低いところから軌道が電子で埋まり、
埋まった軌道のうちの一番外側の軌道はエネルギーが高いと
わかっている。

そこから福井謙一は化学反応時の
複数の分子の軌道軌道のうち
最もエネルギーの低い軌道や高い軌道などの
フロンティア軌道が関与しているという
フロンティア軌道理論を構築した。

これが福井謙一が
最初から木の中に埋まっている仁王を掘り出すかのような
自然らしさの説明に無理のない理論と考えた
フロンティア軌道理論であった。

これにより福井謙一はノーベル化学賞受賞をするのだが、
その発想のきっかけになったのは
彼が少年時代に読んだ夏目漱石の小説だったのだ。

小説などの文学的センスが自然科学の新理論を生み出す
発想の源になったりするのである。
日本人初のノーベル賞を受賞した湯川秀樹は
李白の漢詩から「素領域」という素粒子物理学に示唆を
与えるコンセプトを閃いたりしている。


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「虹は誰が描いているの?」・・・・冬休み子ども科学電話相談にて3歳の女の子の自然現象の原因を擬人化する問いかけに昔の神話などに通じるものを感じた


今日は、2018年(平成30年)1月 6日 土曜日

昨日のNHKラジオに
冬休み子ども科学電話相談にて、
3歳の女の子が

「虹は誰が描いているの?」

という質問をしてきた。

その「誰が描いているの?」という
問い方に3歳児らしい
発想の柔軟性を感じた。

大人になると
虹は自然現象なので
そのように擬人化する
発想は出てこなくなる。

その3歳の女の子の質問に対して、
専門家の先生は、
まず、「虹はいつ見ることができた?」
と3歳児に問いかけるようにして、

日中にずっと雨も降らずに
晴れ渡っている日は見られないこと。

雨が上がった後の晴れたときに
虹が見ることができることなどを説明して
お日様(太陽)の光と雨の細かい水の粒が
あることで虹ができる。
誰が虹を描いているかとなると
お日様の光と雨の水の粒が描いている
という回答をしていた。

この3歳の女の子の
自然現象の原因を擬人化する発想は
昔の神話やおとぎ話で
神などの超越的な存在や人物が
自然現象を引き起こす物語と
通ずるものがあると思った。

科学の進歩につれ、
超越神という擬人化的存在が
原因ではなく、
相当する自然の因果関係や
自然の法則に置き換わっるように
なった。


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虹の語源について
虹とレインボウ ~ 雨上がりの後の空にかかる7色の光の帯、東洋と西洋では違って見えたようだ

早朝、東の空は朝焼けに染まり、西の空には大きく弧を描く虹が見え・・・西の空に虹が見える時間帯は早朝になるのはなぜ?


アイリス~天上と地上を結ぶ虹の橋を渡り、恋のお使いをする


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今日(2009年11月20日)の40年前の今日の1969年(昭和44年)11月20日、大阪梅田に世界初の川のある地下街が完成・・・・フランス語で「虹」を意味するカフェがあるところ

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もし私が公立高校の校長なら、服装・頭髪・化粧は一切自由ににて、生徒や親御さんに対してメイクアップやファッション講習を行い ファッションセンスの良い学校を目指す・・・こどもの日に「子どもの権利条約」の表現の自由から思ったこと

今日は、2017年(平成29年) 5月 5日 金曜日

で、本日はわが国日本では「こどもの日」という祝日であり、
その「こどもの日」にちなみ、
1989年で国連で採択され、日本政府が平成6年(1994年)に
批准発効したした「子どもの権利条約(児童の権利に関する条約)」に
関係することを書きたいと思う。

そのまえに、
韓国のインターナショナルスクールに通っている日韓ハーフの16歳(記述当時)
の方のブログ記事を引用する。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ブログYUE짱's journey
海外の学校と日本の学校の比較〜校則編〜
2016年10月10日(月)


日本の高校に1年弱通い、インターに転校した私にとって学校で一番に差を感じたのは、
校則であった。日本の高校では、数多くの校則に縛られ、スカートは膝頭にかかるくらい、
頭髪、化粧、ピアスの注意など様々なことがあった。私の周りではどのようにすれば
先生に見つからないかを試行錯誤する生徒がたくさんいた。私はレベルの低い
先生相手に試行錯誤するのも無駄だと思っていたので、学校でのおしゃれは全く
をもってしなかった。
しかし、今こうしてインターナショナルスクールに通いながら疑問に思うことが沢山ある。


『なぜ髪を染めてはいけないのか?』これは生徒の誰もが思うのではないだろうか。
先生たちの模範解答はこうだ、『学校のイメージが悪くなる』そして、
世間でも『チャラい』というイメージがつきがちだと思う。

しかし、髪を染めることの何が学校のイメージを悪くするのか?
何をチャラく思わせるのか。

(中略)

私が通うインターでは20か国以上の国から生徒が集まっている。
もちろんその生徒らの髪色は全く違う。そして私の学校では染髪というものが許されている。
と言うより、許可をしない理由がないのだ。
個人個人のパーソナリティの主張はもちろん内面でもあるが外見からの方がより主張ができる。
その人にしかないセンスやindividuality などは尊重するべきではないのだろうか?
そしてこれらはもちろん外見からも内面からも大いに見ることができる。

日本の学校の髪を染めてはいけないという校則は、日本の中では通用するかもしれないが、
世界を見たときに、それは小さな社会でしかないことを日本人はわかっているのだろうか??
それこそ、グローバル化や国際社会と言われいる中、このような状況は適切なものなのだろうか。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

現在、16~7歳と思われる女性の意見だが、
とても素晴らしく強く共感するものである。
彼女のコメントに、


個人個人のパーソナリティの主張はもちろん内面でもあるが外見からの方がより主張ができる。
その人にしかないセンスやindividuality などは尊重するべきではないのだろうか?

とあるが、服装はある種の自己表現である。

子どもの権利条約第13条に

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1 児童は、表現の自由についての権利を有する。この権利には、口頭、
手書き若しくは印刷、芸術の形態又は自ら選択する他の方法により、
国境とのかかわりなく、あらゆる種類の情報及び考えを求め、
受け及び伝える自由を含む。

2 1の権利の行使については、一定の制限を課することができる。
ただし、その制限は、法律によって定められ、かつ、
次の目的のために必要とされるものに限る。

(a) 他の者の権利又は信用の尊重
(b) 国の安全、公の秩序又は公衆の健康若しくは道徳の保護

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まあ、子どもの権利条約対象年齢の18歳未満の少年にも、成人と同様に。
他者の権利を侵害しない限り、社会の円滑な運営に障害にならない限り
表現の自由はあるよという事である。

日本の公立学校に生徒個人の自由を奪う
無意味、かつ、非合理な校則今もはびこる状況は
日本国政府が批准した子どもの権利条約第13条の
基本精神とは程遠い状況である。

また、子どもの権利条約第28条には、

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

締約国は、学校の規律が児童の人間の尊厳に適合する方法で及びこの条約に
従って運用されることを確保するためのすべての適当な措置をとる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

とあるが、男子は耳に髪がかかってはいけないというあほな校則があったり、
スカートは膝上何センチ以内というまあどうでもいい規則があったり、
とても 児童の人間の尊厳に適合する方法というこの条約の主旨に沿わないのが
日本の公立学校の現状である。また、その背景に文部科学省がこの条約の主旨に
反して、校則を適用外と解釈していることがある。

まあ、服装や制服の細かな規則はいざ社会人になったら、きちんと
服装や身なりを企業に受け入れられ就職できるようにするためと
いった理由があったりするが、
私個人の経験から、20年近く幾つかの企業の職場で勤務しているが、
そのうち18年くらいは服装自由の職場である。
また、他にクリエータ系の企業に就職したり、家業の小さな店を
引き継いだりするところでは正装がなかったりする。
特に公立学校では、多様な背景や多様な職業や職場選択をする
生徒が集まるのだから、一律の価値にもとづく校則は適さないと
思う。

なぜその規則があるのか「ルールはルールだ」と言って、
納得できる根拠を説明を教師ができなければ、先に
引用した16歳の少女のブログに

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
私はレベルの低い
先生相手に試行錯誤するのも無駄だと思っていたので、
学校でのおしゃれは全く
をもってしなかった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

と書かれていたように軽蔑されるのだ。
軽蔑する尊敬できない人物から指導を受けても
説得力を感じなくて、効果がないだろう。

ふと、もし、私が公立高校学校の校長だったら、
子どもの権利条約や日本国憲法の基本的人権の尊重に則り、
制服なし、服装自由、髪の毛の色も自由、お化粧も自由と
するだろう。

髪の毛を染めることを禁止、また、お化粧の禁止の
理由として、その本人の皮膚を傷めるからという理由があるが、
それは禁止の理由にならないと私は思う。

その生徒をことを思うなら、
髪の毛を染めたり、お化粧をしたりして、皮膚のトラブルを
どう予防するのか、その方法を教えてあげるのが
本当の指導教育ではないかと思う。
よく事細かな無意味とも思える校則を正当化する理由に、
大人になって社会人になるために必要と言う意見があるが、
特に女性は、大人になって社会人になったら服装やお化粧は
必須になってくるので、学校で教えるのが適切ではないかと
思う。

また。専門のアドバイザーを学校に招いて、
「お化粧するならナチュラルメイクでクレンジングや
洗顔等のスキンケアもしっかりした方がいい」とお化粧をする
生徒に教えてあげる機会を設ける。

また、そのお化粧やファッションの専門のアドバイザーを招くときに、
保護者の方も来てもらって、その親御さん本人のリクエストに
応じたアドバイスもしてもらうということがあっていいだろう。
まあ、親御さんへもメークアップ講習をしたりするのだ。

また、所得格差に応じて、低価格の服装でおしゃれに見える
着こなし方をアドバイスしてもらったりして、
年に1度の学校祭にはファッションショーを開催したりして、
あの公立学校を卒業したら、ファッションセンスに磨きがかかる
というブランド力のある学校を目指したいなあとふと思った。

私はそのような立場ではないので、実行できず、しようともしないが、
そのような発想が思い浮かぶのは、自由があるからだ。
自由を抑圧するような無意味な校則のある学校ではできないだろう。
自由や個性を尊重し、よりよい社会になっていくように
誘うのが本来の学校のあり方ではないかと
子どもの日に子どもの権利条約の基本思想から
自由な発想を働かせ思いついたことを書きました。


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