言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
語源や考えたこと、お気に入りの歌や発想法、雑学など、政治経済社会の時事ネタも書いたりしています。また、楽習社とは私の脳内にある架空の企業です。現実世界での所属組織や職業が変わろうとも、生涯、理系・文系を問わず、古今東西の学問を楽習(がくしゅう)して、生きていきたいので、架空の企業名を勤務先にしています。その会社を退職する時は私の人生が終焉する時です。.

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卒業式の定番曲「蛍の光」は、和洋中折衷の歌である。

今日は、2017年(平成29年) 3月12日 日曜日

卒業式の定番曲になっている「蛍の光」
もともと、イギリスのスコットランドの民謡である
Auld Lang Syne (オールド・ラング・ザイン)という曲に
東京師範学校教員であった稲垣千穎(いながき ちかい)が
文部省所属の音楽教育機関である音楽取調掛として、
作詞したとされる。

ほたるのひかり、まどのゆき、
ふみよむつきひ、かさねつゝ、
いつしかとしも、すぎのとを、
あけてぞけさは、わかれゆく。


歌詞の形式は、平安時代から続く
七五調四節の今様の形式となっている。

さて、1番の歌詞を漢字交じりで見ると

蛍の光、窓の雪、
書読む月日、重ねつゝ、
何時しか年も、すぎの戸を、
開けてぞ今朝は、別れ行く


という内容であるが、
曲名と歌詞の内容は、
悪条件の環境の中でも一途の学問を成し遂げたことを
意味する中国の故事「蛍雪の功」に由来する。

蛍雪の功の由来する人物は2名いる。

一人目は、4世紀ごろの中国の東晋末期の政治家であった
車胤(しゃ いん)。
彼の家は貧しく、灯りをともすための油も欠き、
夏の夜に袋に数十匹の蛍を集め、その光で書物を照らして
勉学に励んだと言われる。

もう一人は、車胤と同時代ごろに活躍した官僚であった
孫康(そん こう)。
彼の家も貧しく、灯りをともすための油も欠き、
冬には、窓から注ぐ
積雪が反射する月光で書物を読んだとされる。

そのような、蛍雪の功の逸話に沿った内容の
今様形式の歌詞には、
「掛詞」と「係り結び」がある。

何時しか年も、すぎの戸を
開けてぞ今朝は

の「すぎ」には

「年が過ぎる」と
「杉の戸」が掛詞となっている。

また、「開けて」には

「杉の戸を開ける」と
「年が明ける」が掛詞となっている。

そして、

開けてぞ今朝は、別れ行く

には、係り結びの文法になっている。

「開けてぞ」

の「ぞ」が「別れ行く」の
「行く」を連体形にして、
何か強い決意を表したような
強調する係り結びになっている。

さて、「蛍の光」の原曲は
イギリスのスコットランド民謡の
Auld Lang Syne (オールド・ラング・ザイン)という
作曲者が不明の「遠い昔」という意味の曲名の曲であるが、
18世紀には、スコットランドの詩人であった
ロバート・バーンズが
懐かしき旧友との再会を祝杯する内容の歌詞を付けた。
この曲は、スコットランドでは準国歌扱いされているという。

卒業式の定番曲になっている「蛍の光」は
スコットランドという「西洋」由来のメロディをベースに、
蛍雪の功という「中国」の故事をベースにした歌詞に、
そして、今様形式や掛詞や係り結びという「和」の要素という
「和洋中折衷」の曲だと言えるだろう。


平原綾香 「蛍の光」 「Auld Lang Syne」
https://www.youtube.com/watch?v=T_srayBoLko

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「ポケモン」と「メンコ遊び」と「昆虫採集」、ポケモンのルーツは昆虫採集にあり!・・・子供のころの遊びの性質を言語化することで、新しいアイデアのヒントになるかもしれない

今日は、2016年(平成28年)8月 28日 日曜日

私は、今月末まで、西宮市の西宮浜で勤務することになっているが、
さて、その西宮浜の高層マンション街である異変が起こっている。

それは、ポケモンGOのレアキャラがゲットできるエリアに
なっているようで、
道路脇に路駐している車も多々あるようで、
警察のパトカーが来て、注意喚起をしているほどに
なっているという。

私は、スマホを持たず、ポケモンGOはやっていないが、
1990年代半ばにポケモンがブームになった時、
ポケモンには、メンコ遊びや昆虫採集との共通性があり、
遊びの本質をついたものだと評論されたりした。
ポケモンには、
キャラクターを「集める」、そして「育てる」
そのキャラクターを通信機能を通じて、
他のプレイヤーと「競わす」、または「交換する」

この「集める」「育てる」「競わす」「交換する」
という4つの機能は、まさに、メンコ遊びや昆虫採集に
見られるものだ。

そう、まさに、ポケモンのの開発者である田尻智氏は
幼いころに昆虫採集にはまり込んで、虫博士と称されるほど
だったようで、昆虫を探しては友人たちと交換するという
少年時代を過ごし、その原体験が
ポケモンを通信機能で交換するというアイデアに結びついたのだ。

子供のころにはまった遊びの性質や機能を言語化することで、
新しいアイデアとして花開くことがあることがあるかもしれない。



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たんごむしはどうして汗をかかないの?・・・子供の不思議さを感じる力の素晴らしさを夏休み子ども科学電話相談を聴いて思う

今日は、2016年(平成28年)7月 24日 日曜日

夏休み期間、
NHKラジオでは、朝の8時05分の午前中、
夏休み子ども科学電話相談を放送している。

昭和59年(1984年)から30年以上放送しているが、
今年も7月21日から始まった。

私は、その日、最初の30分ほど聴いていたが、
最初の質問は、小学1年生の女の子からの質問で、

「どうして、だんごむしは汗をかかないの?」

とあった。

おおこれは、いい質問だなあと思った。
私はこのごろ職場でよく
だんごむしをみかけるが、全くそんなことを
疑問に感じることはなかった。

現在、43歳の私であるが、
日々の当たり前の日常で、当たり前のことに
疑問に感じり、不思議に感じたり感覚は小さくなるが、
そのような不思議を感じる力と
日常を当たり前を新鮮に感じる力が子供には、
あるのだなと思ったのであった。

その質問に答えたのは、
昆虫学者の矢島稔(やじま みのる)氏である。

矢島氏も「いい質問だね」と言っていた。

虫には、空気を出し入れする気門という穴があって、
そこから体で中で熱くなった空気を出したりしているのだよ。

という主旨の回答をしていた。


矢島氏は、この番組が始まった
昭和59年(1984年)から出演していたが、
この日が、この番組出演の最終回であった。

矢島氏は、専門の昆虫のことで、
ふだん気づいていないこと、
子供たちが質問してきて、
もっと勉強しないといけないと思って、
鍛えられたという。


このブログ内の関連記事


2012年8月31日の記事
夏休み子ども科学電話相談最終日・・・人類が培った知を引き継ぐ子どもたちがその次世代に伝えていきながら、新たな発見をしていくのだろう


2012年7月31日の記事
子供が不思議に思うことに答えて、次世代に知を伝える・・・・夏休み子ども科学電話相談を聞きながら

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大阪都構想住民投票を呼びかけるトイレットペーパー広告・・・トイレットペーパーの使用頻度が高い使い捨てという特性が広告に適しているかもしれない

今日は、2015年(平成27年)5月6日 水曜日

先週の土曜日、
自宅のある西宮市から
いつも髪を切ってもらっている
大阪市東淀川区の上新庄の美容室に行った時、
そこのトイレを使わせてもらった時、
トイレットペーパーに目が入った。

住民投票呼びかけトイレ紙 150502_1036~001

トイレットペーパーそのものが
5月17日に大阪市で実施される
いわゆる大阪都構想(特別区設置)に関する
住民投票を呼びかける広告が掲載されていて、
トイレットペーパーそのものが広告になっていた。

店の方によると
そのトイレットペーパーは商店街を通じて
配布されたようである。

トイレットペーパー広告は数年前からあるようだが、
私はそれを見るのは初めての経験であった。

トイレットペーパーそのものを広告にした
初めての人は、
どのような発想で、そのように思い至り、実行したのか
興味がある。

以前から、トイレットペーパーに模様などがデザインされた
ものが販売されてきたが、
そのようにできるなら広告を印刷することも
可能だろうと思ったのかもしれない。

人間なら必ず排便はするので、
トイレットペーパーを目にする頻度は高くなる。

公衆トイレであれば、
トイレットペーパーでの広告で
不特定多数の方々に伝える機会となる。

また、住民投票など公共的なイベントに来てもらえるようにと
各家庭のトイレのトイレットペーパーで使用されたら、
毎日、自宅トイレで目にすることになり、
意識付けを高める頻度を高くできる。

毎日使うものを広告にするとなった時、
トイレットペーパーのような使い捨てが適しているのかもしれない。
広告はその時々、用済みになればすぐに捨てられるものである。

毎日使うものだからと言って、
例えば、お箸などに広告をしても、使い捨てにできず
広告で伝えたいことの旬が過ぎてしまうし、
買うほうもそのようにすぐが旬がすぎるものが広告された
お箸なんて使いたいとも思わないだろう。

人が必ず使うもので使用頻度が高く、
公衆トイレなら不特定多数へのリーチがあり、
家庭用なら毎日、使用者に伝えることができる。
そして、使い捨てであること。

これらのトイレットペーパーの特性が
広告としても適しているのかもしれないと思った。


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歩くということ、動くということで、思っていたり考えたりすることが変わってしまうことがある

今日は、2015年(平成27年)5月2日 土曜日

歩いて動くということで、
ふと、やろうとしていたこと思いつくことが変わったり
するのだなあと思う経験が先日あった。

一昨日当ブログの記事で
落選する候補者がいるからこそ選挙が行われ民主主義が活性化するのである
をアップしたが、
実は統一地方選挙に関して
それとは違うこと(西宮市の投票所別投票率について)を書こうと思っていた。

2月からは毎朝、雨の日以外は朝歩きをしているのだが、
ちょっと先日、予定していた起床時刻よりも30分遅く目覚めた。
そして、そのときは、入浴しないまま眠ってしまったので、
あわててシャワーを浴びた。
それでも出勤までは十分時間的余裕があったのだが、
シャワーを浴びる時までは、
今日は朝歩きをやめようかなと思ったが、
シャワーを浴び終え、室内で身体を乾かしていると、
「やはり、今日も習慣通りに朝歩きをしよう」と朝歩きに出た。
いつもよりは少し短いコースであるいたのだが、
25分ほど歩いて、あと2~3分で自宅マンションに戻る距離に
なったころ、
ふと、

政治学者である岩田温氏のツイート
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
落選された全ての方々へ。選挙戦お疲れ様でした。リベラル・デモクラシーが
健全に機能するためには、選挙という闘争の舞台が存在しなければなりません。
落選を恐れずに挑戦する人々の存在があってこそ、
リベラル・デモクラシーは機能します。
是非とも、捲土重来を期して、次回の当選を目指して下さい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

をなぜか思い出し、
地方選挙について書くなら、
西宮市の投票所別投票率についてのことよりも
全国的に適用できて、政治学者の良いコメントを引して
書いた方が良いなあと思った。

それで、それを引用した記事を書くことになったのだ。

もし、その日、シャワーを浴び終わって、
朝歩きをせず、そのまま、すぐにブログ記事に書く
作業に取り掛かっていたら、
西宮市の投票所別投票率について書いていただろう。

しかし、このごろの朝の習慣通りに
朝歩くという動きをすることで、
ふとした発想が起こり、書く内容のテーマが変わったのである。

歩くということ、動くということで、
思っていたり考えたりすることが変わってしまうことがある
ことを実感したのであった。

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