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言霊・楽習社(がくしゅうしゃ) ~心豊かに、言葉を生み、人生を潤す~
語源、雑学など、時事ネタなど。また、楽習社とは私の脳内にある架空の企業です。所属組織や職業が変わろうとも、生涯、理系・文系を多様な知を楽習(がくしゅう)して、生きていきたいので、架空企業名を勤務先にしています。それを退職する時は私の人生が終焉する時です。当ブログ各記事に誘うための目次専用ペ ージはカテゴリートップにあります。PCページは画面左サイドに、スマホ画面からは下のマークの真ん中からカテゴリーにいくことができます

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日本標準時子午線の真上に建つ明石市立天文科学館から見える夕焼けパンダ・・・東経135度の日本標準時子午線、世界の時刻の基準の英国グリニッジ天文台・・・一つの現象や事象や過去からの積み重ねによって生じる

今日は、令和6年(2024年)3月3日 日曜日

一昨日の3月1日、年に2回の機会がある
兵庫県明石市の夕焼けパンダに関する
ニュースを見た。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
夕日と鉄塔がつくりだす「夕焼けパンダ」7年ぶりに 明石
NHK兵庫 NEWS WEB 03月01日 18時29分


夕焼けパンダ 完全 Screenshot_2024-03-02-06-59-10-84


夕日が鉄塔のアンテナと重なってパンダの顔のように見える「夕焼けパンダ」と
呼ばれる現象を観察する催しが明石市で行われ、7年ぶりに完全な形の
「夕焼けパンダ」が姿を現しました。

明石市立天文科学館の展望台では、毎年、3月と10月に、日の入り間近の夕日が
鉄塔と重なり、丸いアンテナの部分がパンダの目や耳に、また、
太陽が顔の輪郭のように見える現象を「夕焼けパンダ」と呼んで
観察会を開いています。

(中略)

明石市立天文科学館の中島正登主任は、
「感動しました。これだけちゃんと見ることができたのは7年ぶりで、
感慨深いです。感動は格別なので、今後も催しを続けていきたい」と
話していました。
夕焼けパンダ 7年ぶり Screenshot_2024-03-01-20-56-28-63

画像は、NHKより
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この夕焼けパンダと称される事象の発見の
きっかけは、平成25年(2013年)10月12日に
遡る。

日本標準時子午線の真上に建つ
明石市立天文科学館が、
太陽の沈む位置を記録するため、連日撮影したのだが
平成25年(2013年)10月12日、

天文科学館から見える夕日が
明石市立天文科学館から西南西方向に約1.4km離れた
明石市樽屋町にあるNTTドコモのアンテナに重なった瞬間、
直径約4メートルの二つのアンテナがパンダのに目元に、
小さなアンテナ群がパンダの耳や鼻に見立てて
パンダの顔のように見えることを偶然発見したのであった。

明石市 夕焼けパンダ 位置 矢印

明石市立天文科学館からの伸びる赤線の矢印の先の赤丸
NTTドコモのアンテナがある

位置図はGooglEarth より

この夕焼けパンダに見ることが可能な日は
1年のうち2回の3月1日ごろと10月12日頃である。

そして、また、この1年2度の日の気象状況によって
完全な夕焼けパンダを見ることができるかどうか左右される。

令和6年(2024年)3月1日の夕焼けパンダは
平成29年(2017年)3月1日以来7年ぶりかつ、
また、完全な夕焼けパンダは
その2回と夕焼けパンダを偶然発見した
平成25年(2013年)10月12日の3回だけである。

ところで、明石市立天文科学館は
日本の標準時(中央標準時)の基準となる子午線である
東経135度の経線の真上に建てられている。

なぜ、明石市に日本標準時子午線となる
東経135度が通っているのかというと、
1884年(明治17年)米国ワシントンで開催された
国際子午線会議にて、世界の時刻の基準となる子午線を
イギリスのグリニッジ天文台を通る子午線(経度0度)に決定。

グリニッジ天文台を通る子午線(経度0度)から東経135度が
明石市を通ることとなったのだ。

そして、地球1周は360度、1日24時間で、
360÷24=15 15度で1時間の時差が生じることとなるが、
135は15の整数倍で、グリニッジ天文台を通る子午線からの
時差がちょうど9時間となるので、
日本政府は明治19年(1886年)明石市を通る東経135度を
日本の標準時子午線に決定
明治21年(1888年)1月1日より適用された。

そのような日本標準時子午線である東経135度の真上に
昭和35年(1960年)の時の記念日の6月10日に
開館する明石市立天文科学館が建てられたのである。

その位置が日本標準時子午線である東経135度に
なるには、イギリスのグリニッジ天文台を通る子午線が
世界の時刻の基準となる子午線(経度0度)であることが
関わってくる。
明石市立天文科学館から見える夕焼けパンダが見える要因として
イギリスのグリニッジ天文台を通る子午線が(経度0度)の
世界の時刻の基準となり、それを基準として
日本の標準時子午線となる東経135度が明石市を通り、
その真上に明石市立天文科学館が建てられたことにある。

夕焼けパンダという面白き事象が見られる条件が
過去からの積み重ねの要因があることをふと思うであった。
つまり、一つの現象や事象や過去からの積み重ねによって生じる
と思うのであった。


このブログ内の関連記事

7月13日は日本標準時刻記念日・・・・かつて、日本に時差があった!!それもとある1つの県内に時差があった!!!

京都府木津川市にある浄瑠璃時
彼岸の中日にあたる春分の日・秋分の日になると
太陽の動きによりある演出がなされるような作りになっている
それについて書いた記事

彼岸の中日の浄瑠璃時


夕焼けにちなみ
夕陽に別れを告げて ~ 私のサザンNO.2ソング

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令和6年(2024年)2月29日に、さんちか2番街、4年に一度の日にリニューアルオープン・・・昭和40年(1965年)に開業した「さんちか」は新陳代謝で新鮮さを保とうとしているなあ

今日は、令和6年(2024年)2月29日 水曜日

本日は4年に一度の2月29日、
私がいつも通勤で通う神戸三宮駅の南にある
さんちかの2番街が
リニューアルオープンする。

先月末ごろからは工事の囲いの壁が取り払われ
各店舗ごとに2月29日のオープンを知らせる
ポスターが貼られていた。

さんちか2番街 229RN Screenshot_2024-02-16-06-29-57-15

さんちか2番街 229RN 上島 Screenshot_2024-02-16-06-31-54-22

さんちか2番街 229RN AL  Screenshot_2024-02-16-06-29-34-72

上の3つの画像は、令和6年2月16日
午前6時30分ごろ撮影


一昨日の20時過ぎ、
Afternoon Tea LIVING
(アフタヌーンティー リビング)では、
2月29日の開店に向けて
準備作業がなされているようで、
灯りがともされ
人が動きがあるのがうかがえた。

さんちか2番街 229RN AL 2日前 Screenshot_2024-02-27-20-11-30-56

さんちかの北側にある1、2番街は
令和4年(2022年)4月から休業し大規模
リニューアル工事を行っているが、
そのうちの2番街が、本日の2月29日
リニューアルオープンする。

開業する日は、だいたい月初めなどの
イメージがあるが、3月1日でなりそうであるが、
3月1日ではなく、2月29日という4年に一度の日という
希少性の高い日を選んだかなあと思ったりした。

そういえば、このリニューアルオープンする箇所には
ラジオ関西のサテライトスタジオがあったが、
今回のリニューアル工事を期に閉鎖された。

また、この辺りには
「アリスの樹」という待ち合わせの場所があったようだ。

さんちかは今から59年前の昭和40年(1965年)に開業
したが、新陳代謝をして地下の町の新鮮さを保とうと
している。


このブログ内の関連記事

平成21年(2009年)7月20日の記事
かつて、「さんちか」には「アリスの樹」という待ち合わせの場所があったようだが、今や、その面影もなく、思い出としての都市の記憶にならないことには淋しいものがある

令和5年(2023年)10月24日の記事
同じ鉢に菊花とハロウインのお化けかぼちゃ・・・さんちか入り口の階段の秋を彩る和洋折衷

令和5年(2023年)12月29日の記事
令和と昭和の交差点・・・さんセンタープラザにて、高度経済成長期に作られたものに令和の現在でも恩恵を受けることを思い、かつ、元号があることで、過去の時代の面影を意味を思う

ちなみに4年前の2月29日の記事
令和2年(2020年)2月29日  土曜日
自宅近所のドラックストアでもトイレットペーパー品切れ・・・それは政府発表は信頼されてないからだ・・・私が生まれた年に発生したトイレットペーパー騒動を令和の現在で遭遇するとは

2月29日のできごと
4年に1度の2月29日の出来事・・・1976年2月29日、日本初の実用人工衛星の打ち上げ、世界初の観測成果をもたらす


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気付いて、すぐに行動変容をしたおかげでその利点を、そのきっかけになったことから5日後に実感することとなった

今日は、令和6年(2024年)2月23日  金曜日

これまでは長距離を歩くときには
長距離を歩くため、荷物は
肩から掛ける小さな
ショルダー ポーチのみにしていたのだが、

今月の2月10日の記事
ポケットに入るような小道具を持っていることは予想外の出来事による別の選択肢の行動を快適にしたり、新たな方法に気付いたりする

にて、今月の2月7日(水曜日)の出来事で
次のように書いた

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この日、予想外の雨が降ったが、
ポケットの中に、折り畳みのエコバッグを入れていたり
老眼鏡という小道具を持っていたことで
雨宿り先で遭遇した本を買って持って帰ることができたり
雨宿りの時間つぶしをすることができた。

また、いつも持ち歩くバックは本を多く入れていて、
出し入れが面倒くさいのでそのままにしており
長距離歩く時は持っていかないようにしている。

今回、折り畳みのエコバッグを急遽使うことをしてからは
長距離歩くときも、この軽いエコバックに軽い本を入れて
持ち歩くことができるなと気づいたのであった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

という予想外の雨をきっかけに
長距離歩くときも、この軽いエコバックに軽い本を入れて
持ち歩くという行動変容に至ったのだが、
それがすぐに良い結果となるできごとがあった。

今月の2月12日の振替休日の日、
西宮市の今津駅近くの自宅から西方に
長距離歩いて、夙川周辺を歩いていて、
2月7日のことをきっかけに
この軽いエコバックに軽い本を入れていた。

この日の14時15分頃夙川の西方にある
鳴尾御影線の交差点から森具公園に入った。

森具公園 Screenshot_2024-02-12-14-14-56-21

公園内を歩いていると、少々、小腹を満たしたいなと
思い、森具公園の向かいにあるセブンイレブンに入った。

森具 セブンイレブン Screenshot_2024-02-12-14-25-46-37

森具公園 map
Googleマップより

セブンイレブンでショコラ生どら焼きを買って
食べるため、再度森具公園に戻りベンチに座った。

ショコラ生どら焼き Screenshot_2024-02-12-14-26-58-79

セブンイレブンでショコラ生どら焼きを買った時、
スマホのセブンイレブンのアプリを使ったのだが、
何か当たったのか

ゼロサイダートリプルファイバー Screenshot_2024-02-12-14-27-01-43

ゼロサイダートリプルファイバーという
ペットボトルに入った飲み物を無料でいただいた。

それはすぐに飲まないでおこうと思い持ち歩いて
いこうと思った時、
軽いエコバックに入れた。

エコバッグ IMG20240212142645
エコバック

その時、あっ、
2月7日のことをきっかけに
長距離歩くときも、この軽いエコバックに
軽い本を入れて
持ち歩くという行動変容に至っていなければ、
手に抱えたままで持ち歩かなければならず
不便をしていただろうなと思った。

気付いて、すぐに行動変容をしたおかげで
その利点を、そのきっかけになったことから5日後
に実感することとなった。


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西宮ガーデンズにある大きな毛筆の展示物が見えた・・・平成4年(1992年)のうるう年の立春から32年後の令和6年(2024年)立春の日での不思議な巡り合わせ

今日は、令和6年(2024年)2月4日 日曜日

二十四節気の立春の本日、
西宮ガーデンズ内を運動がてら歩いていると、

西宮ガーデンズ内のウエルカムガーデンの
3階あたりに天井から吊り下げられている展示物に

西宮ガーデンズ 関学 立春大吉 Screenshot_2024-02-04-14-33-02-19

立春大吉
大きな夢を抱き
未知なる世界へ
今、飛び込もう

魁(さきがけ)

関西学院大学


と、大きな毛筆で書かれたような文字が
載っているものが見えた。

ちょうど、
32年前の今日の
平成4年(1992年)2月4日(火曜日)の
立春の日
私は関西学院大学法学部政治学科の
入学試験を受験したのであった。

そして、私は合格することができて、
関西学院大学が母校となったのだった。

その32年後の立春の日に

ちょうど、32年前の今日の
立春に受験した母校の大学関係者の
作品の冒頭に

立春大吉

と「立春」の文字があり、
それをたまたま母校の受験日と同じ日の
32年後の立春の日に目にするという
不思議な巡り合わせをを感じてしまうのであった。

32年前の大学受験の時、
6校の私立大学で
全て政治学科の学科を選び
どの大学に合格できるかわからない状況であった。

32年前は、西宮ガーデンズは存在していなくて
西宮球場が存在していたのであった。

32年前の立春の日に、
関西学院大学に入学することとなり、
その32年後の立春の日、
当時は存在していなかった西宮ガーデンズで

立春大吉
大きな夢を抱き
未知なる世界へ
今、飛び込もう

魁(さきがけ)

関西学院大学

と、大きな毛筆で書かれたような文字を
目にすることになるとは全く想像もしていなかった。


ちなみに
32年前の今年の立春の共通点は
両方ともうるう年の立春である。
うるう年で4年に一度の2月29日という日が
1日増えることで、立春の日から数えての
八十八夜や二百十日は例年とは異なる。



このブログ内の関連記事

令和4年(2022年)2月4日の記事
ちょうど30年前の今日(平成4年=1992年2月4日)、母校となる大学受験の日であった・・・それから30年、カネの乏しい人生であっても、豊かな楽習(がくしゅう)人生を育めている

令和5年(2023年)11月26日の記事
西宮ガーデンズ開業15周年!! 令和5年11月26日・・・ほぼ毎週金曜日、ガーデンズの丸福に通っている・・また、丸福以外に15年経っても営業を続けているテナントがあったりする

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いつも通りの日常の1日が過ぎることがいかに大切か・・・1週間前の日曜日は昨年だった、まさか、翌日の年明けの元日に大地震が発生して、人生が大きく変わったり、また、突然終わったりするとは想像できていた方はほぼ皆無だろう

今日は、令和6年(2024年) 1月 7日 日曜日

1週間前の日曜日は昨年だった。
昨年の最終日である大晦日であった。
その日の夜、大みそか恒例のNHKの紅白歌合戦が
放送され、その放送が終わって15分後には
年が明けたのだが、
1週間前の大晦日の日、
まさか、翌日の年明けの元日に、
能登半島で大地震が発生して、人生が突然終わってしまう、
運命が大きく変わってしまう方々が多数発生する
事態になるとは全く想像さえしていなかった。
そして、元日の翌日の2日には、
羽田空港で、
能登半島地震の対応のため
新潟航空基地へ物資を送る途中の
海上保安庁の飛行機が、日航機と衝突して
命を失ったり、その事故の影響で
予定が大きく変わったりするなど
大晦日の日には想像できていた方は
ほとんどいなかったというか、ほぼ皆無だっただろう。

当ブログの
令和5年(2023年)12月1日の記事

「今日も何事もなく元気に帰宅できて良かったな」・・・身に危機を感じることがあったわけでなはないが、いつも通りの日常の1日が過ぎることの喜びをしみじみと思うのであった

にて、

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ふと、もしかして、明日、自分は死んだりするかもしれない

と何の根拠もなく思い出した。

(中略)

その帰宅の自宅のマンションに着く直前に

「今日も何事もなく元気に帰宅できて良かったな」

と、いつも通りの日常の1日が過ぎることの
喜びをしみじみと思うのであった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ということを書いたが、本当に人生はいつ何時
どうなるかわからないと思うと、
いつも通りの日常の1日が過ぎることが
いかに大切かと思うのである。


このブログでの関連記事

令和6年(2023年)1月3日の記事
ひとつの出来事が次の新たな出来事を連鎖して引き起こす・・・・昨日(1月2日)の羽田空港の事故は、前日の元日に発生した令和6年能登半島地震がなければ発生していなかった

平成30年(2018年)1月17日の記事
人生とはいつも死と隣りあわせで、現在、元気で生きていることが奇跡かもしれない・・・・阪神淡路大震災で被災して23年で思うこと

令和2年(2020年)1月17日の記事 
阪神淡路大震災から25年・・・当時大学3回生の私は下宿屋で被災した。住処を選ぶことは生死を分けることにもなるのだ

令和3年(2021年)3月 7日の記事
生き残るということは何かを成していくこと・・・大津波に飲まれながらも生還、苦労を抱え生きていく



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