自動車メーカー「ホンダ」の創発型経営戦略論をルーマンの社会システム論で説明している学者さんの説明内容を紹介します・・・ホンダは結果的に「小型・省エネ」のコンセプトの戦略を実現してしまった
経営戦略において、創発型戦略論がある。 その事例として、ホンダのアメリカ進出の事例があるが それについて、東洋学園大学大学院現代経営研究科 井原久光教授が、社会学のニクラス・ルーマンの 社会システム論を用いて説明しているので それを紹介する。
戦略論の大家であるヘンリー・ミンツバーグによると、
①意図した戦略と ②パターン(一貫した行動)として実現した戦略
に分類して、当初に意図しなかった戦略が実現したパターンを 「創発型(emergent)」戦略と呼んでいる。
その創発型戦略論の事例として、ホンダのアメリカ進出の事例が 有名である。
1958年、ホンダは オートバイの海外進出先としてアメリカ市場に狙いを定め 外部環境(米国市場)と内部資源(自社能力)を検討し、 ハーレーのような大型バイクがアメリカ自動二輪車市場の大半を 占めていたので、 大型の「ドリーム号」(250cc)や「ベンリイ号」(125cc)を 主力製品として投入した。
ところが、アメリカ人は日本人に比べてバイクを高速かつ 長距離運転するため、オイル漏れやクラッチの摩耗などが想定よりも早く進み、 故障の原因となり、1960年4月には、150台ものホンダの大型バイクの エンジンが焼きついて、在庫品も含めて、日本に返送せざるえなくなった。
ホンダはアメリカ市場攻略のヒントを思わぬところで気づくことになる。 ある休日のとき、ロサンゼルスに派遣されたホンダ社員は、 自社製の50ccのスパーカブで気晴らしで乗り回していたところ、 多くの人が自分たちの乗り回している小型バイクに 注目していることに気づき、 新しい(一般の人々がスポーツ感覚で小型バイクに乗るという)市場を 発見したのである。
そのため、主力商品を50ccで 4.5馬力の「スーパーカブ」に切り替え、 価格を競合のハーレーダビットソンの 4分の1に設定。 スポーツ用品店などの新規販路を開拓した。 さらに、「Life」など高級雑誌に “You Meet the Nicest People on a Honda (素晴らしき人々ホンダに乗る)” というコピーの広告キャンペーンを展開した。
このスーパーカブのヒットにより、アメリカ市場でのホンダの信頼性が高まり、 大型バイクにおいてもアメリカ製のシェアを逆転するに至り、 アメリカ市場参入に成功した。
この事例は、あとから分析(意味づけ)すると、 新しいユーザー層にターゲットを絞って、大型バイクメーカーとの競合を 避けた差異化戦略であると言える。
革ジャンを着て長距離をツーリングするハーレーのような大型バイクに乗る スタイルではなく、街中を軽やかに走る「スーパーカブ」はシャレたバイクの 乗り方にアメリカ人には見えて評価を得たのである。
当時のアメリカ市場において、燃費が良く、 壊れにくい小型バイクが売れるとは誰にも想像ができていなかった。
たまたまホンダ社員が気晴らしで自社製のスパーカブで走っていたときに 戦略の転換のヒントに気づいたとも思えるが、 当時、最初に狙っていた大型バイク市場が、自社製大型バイクの不具合で 何か埋め合わせで売らないといけない状況に追い込まれていて、 小型バイクのスパーカブに販売主力を切り替えるという戦略転換は 必然だったかもしれない。このこととが創発型戦略を生み出す こととなった。
スパーカブがもたらした「省エネ・小型化」というコンセプトが ホンダらしさというホンダのアインデンティティ(自己同一性)の イメージを植えつけて、他社との差異を際立たせた。 ここから、「同一性」と「差異」という表現が関係して、 社会学のニクラス・ルーマンの社会システム論と ホンダの創発型戦略との分析がなされるが、 ルーマンの社会システム論を簡単に説明するのは難しい。 それを箇条書きすると次のようになる。
・システムとそのシステムを囲む周りの環境との関係。 ・環境にある複雑性を少なくした領域がシステムとなる。 ・複雑性を少なくすることを「複雑性の縮減」という。 ・社会システムにおいて「複雑性の縮減」を担うのは「意味」。 ・社会システムで、意味づけで複雑性を縮減して、 まわりの環境との差異を作り、システム内の同一性を自己生産する。
と箇条書きしてもなかなかわかりぬくい。 例えば、私がかつて少し興味があった格闘技の世界で説明してみよう。
格闘技と言っても、いろんな格闘技があって、複雑でよくわからない。 格闘技全体を複雑性にあふれたシステムを囲む「環境」として見てみる。 格闘技でも、殴打のみの攻撃ができるのがボクシングである。 「殴打のみ」で勝敗を決めるという意味づけにより複雑性を縮減して、 ボクシングという「システム」ができる。格闘技でも「殴打のみ」の 格闘技という「同一性」をボクシングシステムが取ることで、 格闘技全体の環境との「差異」ができあがる。 また、柔道は「投げ技」、「寝技」、「押え込み」で勝敗を決める 意味づけをして複雑性を縮減した格闘技システムである。
このように周りの環境から意味づけによって複雑性を縮減して 同一性の領域のシステムを自己生産するのであるが、 ライバルとの差異をつけるということで、また格闘技ネタで行くと プロレスラーで総合格闘家の小川直也選手で説明してみよう。 彼は元柔道選手でオリンピックの銀メダリストであるが、 ライバルとの差をつけて勝つために編み出した技が STO(Space Tornado Ogawa)という、 柔道の大外刈をベースにしたプロレスのラリアットと 相撲の浴びせ倒しの要素を組み込んだ強力な技である。
格闘技界という様々なライバル選手がいる複雑な環境において、 元柔道家の小川直也選手は、柔道技をベースにした STOという技を繰り出して、他の格闘ライバル選手と差異を 作り出し、小川直也を際立たせるために複雑性を縮減して、 元柔道家で強い格闘技の選手としての小川直也という システムの同一性を強化する自己生産をしていると言えそうである。
まあ、こんなそんなでルーマンの社会システム論を 格闘技の世界を用いて粗っぽく説明してきたが、 さて、本題のホンダの創発型戦略を ルーマンの社会システム論で分析する 東洋学園大学大学院現代経営研究科井原久光教授による 説明に戻る。
ホンダはアメリカ市場進出にあたりもともとは 大型二輪車市場を狙ったが、自社製品の不具合と たまたま自社の小型低燃費バイクにニーズがあることに 気づき、「省エネ・小型化」というコンセプトが ホンダらしさというホンダのアインデンティティ(自己同一性)の イメージを植えつけることができた。
ホンダは二輪車に続いて乗用車でもアメリカ市場に参入するが、 小型車に特化していたホンダは省エネ・低燃費をアピールする。 1970年代のオイルショックで石油価格が高騰していて、 大型で燃費の悪い米国車は「ガスガズラー(gas guzzler)」と呼ばれ、 知的ではないというマイナスのイメージが広がり始めた。 そのような中で「小型・省エネ・低燃費」のホンダの乗用車は 人気が上がり、また、ホンダはCVCCという独自の 排気ガス対策エンジンで、最も厳しいとされる カリフォルニア州の排気ガス規制を初めてクリアできて、 日本車の中でも最も知的な車というイメージが定着した。
乗用車市場に進出したばかりのホンダは大型車が トヨタや日産に比べて少ないという弱みがあり、 小型車に特化せざるえなかったが、 それもホンダが二輪車でのアメリカ市場進出時において、 大型(「ドリーム」/「ベンリイ号」)の不具合で 小型(「スーパーカブ」)しか選択肢がなかっ た場合と同じである。 二輪車における「スーパーカブ」の半ば偶発的な成功事例 (過去の体験的な事例)が、各時点で、再解釈され再編 集されて、「小型・省エネ・低燃費」等の 新しい意味づけを得て、ホンダの1970年代 のアメリカ乗用車市場での成功につながるが、 もはや偶発的ではなく創発型戦略とみなされる。
創発型戦略は、外部(競合他社や顧客)から見た その企業の一貫性(アイデンティティ)という意味が大きく、 外部から見たその企業と一貫性には少なくとも 差異性と同質性がある。
それをルーマンの社会システム論的に言えば、 システムは、周りの複雑性の高い環境との 周界の複雑性を縮減しながら環境へ の適応を図っていくが、システムが意味的境界によって 環境との差異を作って複雑性を縮減して、 システム内の一貫性や同質性を保つには、 不断に意味を自己の内に生み出さないといけない。 その際、周界(環境)との意味的境界を維持するためには、 常に「今」の瞬間に「自己とは何か」を 問い直さなければならない。
意味的境界を維持することは、 自己の差異性(他者と違う自分)と 同一性(過去と同じ自分)を統一しながら、 自己と社会を再構成することである。 そのためには、新しい出来事を付け加えながら、 統一的なストーリーを時間軸の中で再組織化 していかなければならない。
このルーマンのシステム論を踏まえて、 創発型戦略で改めて説明すれば、 外部から見たその企業と一貫性には少なくとも 差異性と同質性があるが、 差異性とは、他の企業とは区別されるその 企業らしさであり、 同質性とは過去の企業と現在の企業が 同じであるという一貫性である。
これを「ホンダらしさ」で言えば。 トヨタや日産とは違いが差異性アイデンティティーであり、 今のホンダには、昔の「ホンダらしさ」と同じものを感じる というのが同質性アイデンティティーである。
アメリカでの二輪車市場参入の時、 スパーカブがもたらした「省エネ・小型化」というコンセプトが ホンダらしさというホンダのアインデンティティ(自己同一性)の イメージを植えつけて、他社との差異を際立たせた。 それが、アメリカの乗用車市場進出でも 二輪車市場参入の時の同様のパターンとしての創発型戦略が 大型車ラインナップが弱い中、小型車省エネがオイルショックが 追い風となり成功する戦略となってしまった。
これはホンダの創発型戦略は国内市場でも パターンとしての創発型戦略の戦略的なを実現している。 例えば、1990年代のホンダのオデッセイは 同種の競合他社と比べて、「省エネ・低床」のコンセプトで 開発製造販売をして成功している。
ホンダは二輪車乗用車市場という複雑性のある市場環境において、 結果的に獲得してしまった「省エネ・小型化」というコンセプトの 意味づけにより、複雑性の縮減がなされ、 競合他社との差異性と一貫性や同質性を保つ ホンダの創発型戦略のシステムが不断に再生産されつづけてきたと 見える。
以上が、ホンダの創発型戦略について、 東洋学園大学大学院現代経営研究科 井原久光教授が、社会学のニクラス・ルーマンの 社会システム論を用いて説明の内容である。 (格闘技でのルーマンの社会システム論の説明は 私が思いついたものです)
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